短編『次元震パニック』
(ドラえもん×多重クロス)



――そんなこんなで、怒った調Bをなだめた二人。しかしながら、B達と自分達とでは、決定的な力の差がある事に悔しそうな顔であった――


「これで分かったか?」

「……ズルいです。それじゃチートしてるようなものじゃないですか」

「仕方ねぇよ。あたしらとお前らとじゃ、人生経験も、生きた時間も桁が違うんだ。その辺は、お前らが一生戦おうとも追いつけるモンじゃねぇさ」

「神様になったのなら、どうして現世に?」

「冥界に肉体持ったまま行けるから、今更あの世に留まっていても面白いことねぇし、現世に戻った。二回死んで二回戻った。神格になったのはそれからだ」

「うぅ。マリアとセレナのギアで、そんなポーズとらないでくださいぃ…」

「複製品なんだから、そこはな。複製品である以上、お前らの規則に縛られてないしな」

「それに、貴方の世界に干渉したわけでもないし、ね?」

「うぅ。それ、元の世界の人達が聞いたら憤死ものだって」

シンフォギアを新たに生むにはその母体となる聖遺物を得ることが必要だが、黒江は既存のシンフォギアを母体の聖遺物ごとコピーし、作り上げた。そのため、本来は存在し得ないシンフォギアである。力のリミッター代わりに運用することそのものが贅沢な使用法なため、調Bは膨れつつも、曇った表情を見せた。逆説的に言えば、自分達は微力である事が示されたからであろう。

「私もケイさんも他の世界と違う、自分固有の能力を得たのは、何かのきっかけだし、こればっかりは運としか。世界によっては、フロンティア事変の後に極刑が下されてるかもしれない。ほんの少しの事が、世界を変えるんだよ」

調Aは、フロンティア事変を終えると、自分はマリア共々に極刑(死刑)を下されたかも知れない世界線がどこかに存在し得る事を、魔神皇帝の敗北の因果が存在し得る事で自覚したか、運命は決められたものではないと考えている。

「ただなー、使い方と鍛え方で神の座に手をかけるのは出来なくはないぜ?コレ(シンフォギア)。お前らの司令、綾香と追いかけっこうを生身で出来てる辺り、あと一歩なんだよなぁ」

「司令は人間超えてますから……だけど、それは可能性の一つじゃ?」

「流れが途中で変わる派生が生じる場合もある。魔神皇帝(マジンカイザー)に敗北の世界が存在し得たように、お前らにも、敵に屈した世界はあり得る」

「魔神皇帝……」

「マジンガーZの正常進化の究極形の一つだが、それにも『負けた』世界は存在し得たからな。」

魔神皇帝はその名の通り、大抵の世界で究極のマジンガーとして君臨したが、ミケーネ闇の帝王、あるいはDr.ヘルに膝を屈した世界がどこかには存在し、マジンガーZEROを歓喜させた。この例のように、出来事には、因果の不確実性はつきものであると、レイブンズは実感している。

「鍛えなくたって、偶然で神の領域に届いちまうヤツ(調)もいるしな」

「ええ。偶然ですから、私のこの力は」

調Aは黒江と混じり合って得た力である、ナインセンシズに驕る事無く、鍛錬を続けている。その結果、この時点では一端の聖闘士だが、その結果は黒江との出会いが起こしたと、自身はあくまで謙遜した振る舞いである。

「届くだけじゃ戦いにはならない。目線が合って、同じ場所に立てなければ争いにならないよ。マジンガーZが進化を重ねて、ゲッターロボの皇帝と並び立ったようにね」

ゲッターエンペラーの事だ。マジンガーZがゼウスになるのは、ここから長い歳月を必要とするが、1000年以内にゲッターはエンペラーを生み出す。このように、のび太や黒江たちとの出会いが『与えられた力に振り回されない様に自身を鍛える必要が有ると認識した』結果、彼女は自身を鍛えている。兜甲児から『マジンガーZを祖父から受け取った時の遺言』を引き合いに出され、覚悟を問われたこともある。

「俺は、マジンガーを受け取る時、おじいちゃんに『お前は神にも悪魔にもなれる』と言われた事がある。君は、綾ちゃんから受け継いだ力を善のために使うのか、それとも邪のために使うのか」

――という具合である。調Aは正しい方向に導いてくれる人間がいた事、のび太という強い善性の持ち主(ドラえもんも『のび太は悪い事は出来ない男だ』と太鼓判を押している)を慕う事で、善の心を持つ事を決定づけられた。そこがBが『贖罪』の意識で戦っているのに対する差異だった。辿った道も違うため、マリアに国連が極刑が請求しても、調Aは黒江の行いのおかげで、それをすんでで免れた。その事もあり、切歌との間に溝が生じた事もある(初期段階で当人が転移し、成り代わっていた黒江の善の行いのほうが印象が強く、極刑に反対論が強かったが、首謀者と見なされたマリアは、国連と司法取引をしなければ、極刑間違い無しだった。それが切歌の精神状態が快方に向かうのが遅れた要因である)。現在は解消されたが、それが切歌に調への怒りを抱かせた原因でもあった。従って、成り代わりの功罪の罪の部分は、国際法廷で調のみが即座に不起訴処分になった事であろう。(また、帰還後には黒江に、『響に無礼を働いた』という事で叱られており、当人にとっては苦い経験ではあったが)――

「お、基地が戦闘態勢に入ったようだな。サイレンがなってる」

「まー、私らが出るまでも無いでしょ」

「おう。維新隊と天誅組に任せよう」

64Fは主力である新撰組はこの時期、温存されており、比較的若いウィッチが多い維新隊と天誅組が実働していた。これは64Fの人員バランスが歪だと、日本側から指摘されたためだ。仕方がないが、新撰組は全員がG/F組であるので、他の中隊よりも練度が上である。そのため、当時の中堅とされる人員が多めの中隊を実働させていた。新撰組はこの時期は定期訓練以外は暇であり、芳佳は軍医、圭子や黒江は全隊の教官を時々する以外は開店休業状態である。そのため、次元震パニックはちょうどいい仕事でもあった。

「スクランブルだというのに、貴方達は出ないのですか?」

「あたしらが出るまでもねぇよ。定期便のB-29か17が来るだけだし、二軍でどうにかなる」

「に、二軍……」

「あたしらは本当なら大隊の指揮官してるような連中の集まりだから、若い連中にも手柄立てさせねぇとな」

「ケイさん、こう見えても27です」

「27歳ぃ!?」

「翼さん、驚きすぎです」

「し、しかしだな、それにしては……」

「前に会ったときから、こっちじゃ2年経ってんだよ。あの時は変身もしてたしな」

「ケイさん、それは私の世界での話ですって」

「あ、そうか」

「貴方は別の私達と共に戦った事が?」

「一回な。今はウチも色々と政治的に配慮せにゃならない事も多くてな。議会の押さえ込みに動いてる」

「軍が議会に?」

「別の世界の21世紀日本と連邦組んだら、向こう側の度の過ぎた干渉が多くてな。丁度左派政権が色々やらかして、5年くらいたった頃でな、まだ尾を引いてるぜ」

21世紀日本の野党や反戦団体などが干渉してくる事が絶えない扶桑は、空軍を独立した軍隊にした意義を改めて感じていた。日本軍はバラバラに陸海軍が迎撃行動を取り、組織的戦闘が出来ない組織と指摘され、扶桑は空軍の方向性を独立空軍と定めた。日本側の革新政権は倒れたが、既存マスメディアは反政権、反軍的な論調が多いのには変わりはなく、扶桑は振り回されており、軍人達への暴行は根絶されてはいない。B-29やB-17を落とすウィッチなり、戦闘機のカラー写真は重宝されるため、エース部隊には撮影班が随行している。扶桑の航空ウィッチは6割がMATに移籍し、残りの4割が軍に残ったが、それまでに人数が減り続けたため、この時期は実質的に100人いるかどうかも怪しかった。そのため、その過半数の人数が在籍し、ベテランの8割がいる64Fがプロパガンダに使われるのも当然だ。23世紀で言うロンド・ベルのようなものであるからだ。ウィッチ志願者の確保のためにレイブンズ主役の伝記映画を取るのも、国策の面が強まっている。自業自得だが、ウィッチ兵科は若手の離脱で存続の危機にあり、プロパガンダの意味も込めて、レイブンズたちには准将の階級と自由行動権、シンフォギアやISなどの自由使用が認められている。黒江達は開戦の前日のY委員会で『今までの定数が600人くらい(扶桑での航空ウィッチの素質の有るものの最大数が700前後)、定年が40年伸ばせるとして、実数が5倍に出来るかと言えば良いところ半分、それでも2.5倍だろう。定数は維持できるか微妙なところだ』と試算を出しており、厚生省に移された日本軍の資料から、『霊力部隊』(ウィッチ部隊。東條英機が本土決戦の切り札として用意していた部隊で、実働期間は半年ほど)の予定人員の生存者を義勇兵として採用、ウィッチを極秘にインターネットで募集するなどの対策を講じている。これはユキヲ政権当時の施策の名残りにより、自衛隊内部に非協力的な者が増えたため、独自に行っている。また、生存している元日本軍将兵の雇い入れも本格化しており、下原が西暦2000年の北海道で出会った肉屋の店主も存命で、特務大尉待遇で扶桑軍に勤務し始めていた。日本にとっては老人の『口減らし』(実質)、扶桑には『手っ取り早く、再訓練期間の短い熟練将兵が得られる』メリットがあり、元・日本軍在籍経験者の多くは義勇兵になっていた。世代的に最末期に在籍し、その後の人生で辛酸を舐めたり、老い果てて家族に除け者扱いされていた者がやる気があり、次に職業軍人の若手だった世代が、中には、予科練などのヘ育課程在籍中に終戦した世代の者も多かった。元軍人かつ、戦後に自衛隊に就職したが、昔と異なり、周りに後ろ指をさされ、子供に石を投げられていた事がある者は、自衛隊員としてではなく、軍人として戦場に戻る者も多かった。そのため、日本で自衛官への過去の行為が省みられるようになるきっかけともなった。自衛官経験もある旧軍人が自衛官としてではなく、旧軍人として義勇兵になっていた事は、その時代の自衛官への周囲の目に起因するため、野党も突っ込んだ質問を避けた。旧軍人は生存者に少なからず、自衛官経験もあるものが多いからだ。

「おかげで、大量に元軍人のジジイ連中を青年に若返らせて雇うハメになった。元から志願制だったのが、反軍キャンペーンで、去年なんて入隊志願者が20人だったところもあるからな」

「若返らせるほどの科学力が?」

「来訪者達の超技術なら可能だ。パイロットの穴埋め、熟練の戦車/潜水艦乗りの確保はこれで賄った」

「平行世界の行き介いがこれほどに容易とは……」

「戦争を名目に規制したけどな」

「まあ、日本人ってマナー違反するのも多くいるし」

「う、うぅ〜む」

唸る翼B。

「あ、源田司令からの通達です、ケイさん。『ラーズグリーズは駆け抜ける』。以上です」

「親父さんもあの飛行隊を出してきたか。あれは表には出せんが、使えるモノは使う主義だからな」

「ラーズグリーズって隠語を言う日がくるなんて。冗談かと思いましたよ」

「あたしもだ。まあ、あたしらをあちらこちら動かすわけにもいかんから、『あの構想』を実現させたんだろう。ちょうど機材も揃ったからな」

「綾香の奴、親父さんに『エ○コン5』でもやらせたんだろうなー」

「私はZEROのほう勧めたんですけどね。まあ、私の時代だと、オフラインの新作はあったかどうか」

「ラーズグリーズなんて、元の北欧神話に詳しくなくても、フライトアクションゲーしてる人たちは元ネタ分かりそうですけど、日本に何人いるのかな?」

「さあ。維新隊や天誅組の連中には友軍の部隊として通達したが、連中の何人かは爆笑してたから、わかったんだろう」

「そうですかね?」

調Aと圭子は、タブレットに入った源田からの極秘通達『ラーズグリーズは駆け抜けた』の意味を知っている。とある飛行隊を指す隠語だ。源田が大日本帝国陸海軍の元撃墜王を極秘に集めて組織したという『亡霊飛行隊』。『存在しない部隊』として存在する者達。源田実が組織した『存在しない飛行隊』。戦争の前から準備していた、源田実の秘中の秘の策。それにはドラえもん一味も噛んでいる事を。それは源田実の腹心でもある、自分達64Fの幹部級にしか知らされていない事項であった。

「これで維新隊と天誅組が背後から攻撃される心配は消えた。親父さんのもう一つのジョーカーが敵に効くのを祈ろうぜ」

「司令もまさか、日本帝国の記録で戦死した人間まで動員するなんて。これこそ亡霊ですね。北欧神話からじゃなくて、エ○コンからが元ネタなんて」

「プロパガンダはそういうもんだ。あのシャア・アズナブルだって、ジオンの統帥部がちょうど第一次世界大戦にレッドバロンとか言う第一世代の撃墜王がいたから、それとの共通点がヒントで生んだとか」

「いつの時代も、人間は考える事は同じって事ですね」

「そういうことだ」

赤い彗星や白き流星など、23世紀世界での撃墜王の異名も、実はごく単純な理由で生まれている。連邦は当初、ジオンへの対抗心から、エースを宣伝はしなかったが、グリプス戦役以降はガンダムパイロット=陣営最強のエース専用機の風潮が強まったため、メカトピア戦役以降はエースを積極的に宣伝。カミーユやジュドーなどの大物は世に知られている。扶桑は21世紀から通常パイロットの『撃墜王』不在を叩かれたため、その意趣返しも兼ねて生み出されたのが、存在しない『飛行42戦隊』、暗号名『ラーズグリーズ』なのだ。戦いを終わらせる戦女神の名を暗号名とし、公式記録には残らず、『黒塗りの戦闘機伝説』を巷に残して消えてゆく部隊。大日本帝国の記録で戦死と判定された、日本国の記録で天寿を全うしたとされる撃墜王たちで構成される影の部隊。64Fを表の世界で活躍する撃墜王とすれば、『死人』の彼らは裏の世界での撃墜王。非公式記録では、大日本帝国時代の撃墜記録にプラスされる形であるので、ある古参の撃墜王はドイツの撃墜王並に膨れ上がっていたとのこと。



――当時、黒江達のみが知る事だが、旧日本軍の撃墜王達、つまりウィッチの同位体も戦いに加わっており、史実の戦死者などは、死の寸前などに様々な手段で助命し、そこから連れてくるなどの手段で生き永らえ、極秘に扶桑軍の戦線に加わっており、その例の一つが菅野の同位体である『菅野直』大尉だ。源田実の直接配下の記録上に『存在しない飛行隊』に属している。戦死した撃墜王はその戦死から救われた後、その飛行隊で極秘に黒塗りの紫電改を駆り、『存在しない飛行(ラーズグリーズ)隊』として防空任務についている。表向きの仕事は同位体に任せ、裏の仕事を引き受けた彼ら。黒塗りの紫電改、あるいは烈風(最後期はF-2ジェット戦闘機であった)を使い、各地の戦場に出没し、垂直尾翼の『黒い鷲』のエンブレムから、『ブラックホーク部隊』とも、また、戦いの大勢を決める時に忽然と現れる様から、敵から北欧神話のヴァルキリーの一柱になぞらえるように、『ラーズグリーズ』と畏怖される事になる。当時の扶桑空軍総司令である源田実直轄の精鋭部隊である、『64戦隊』とのみ交流があった事、64のピンチに駆けつける事もあった事から、戦後に様々な憶測を呼ぶ事になる。ウィッチ世界の源田実が、墓場までその秘密を持っていったのもあって、64Fと『ラーズグリーズ』と畏れられた飛行隊の関係の謎は後世に残され、当事者らの胸の内に秘めるのみとなる事になる。源田は剣を二振り持っていたのだ。見せびらかすための剣、裏の仕事に使うための剣を――

「あの、話がまったく見えないのですが、女史」

「要は、日本の公式記録で死んでるはずの人間も動員したって事だ。タイムマシンとかの超技術で助けて、働き口を与えて」

「いいんですか、そのような事を」

「正確には死んでない事になるんだが、戦争中の日本では、死んだほうが名誉になる倫理観だったしな。終戦で価値観が変わって、軍人が疎んじられる様を知って自暴自棄を起こされるよりはマシだろう?義勇兵の連中には、そうした経験から、マスメディアを嫌う人間は多い。戦時中は一億総特攻とかの煽っておいて、戦後は手のひら返しだからな」

連邦化に反対していた日本の勢力の多くは、旧軍人の名誉の完全回復を嫌い、戦争中の暗部を押し付けようとしていた。大日本帝国の行為を扶桑に補償させるのはナンセンスにすぎるが、日本の世論には扶桑の国体や軍へ冷淡な論調も多く、扶桑を革新政権がコントロールしようとしたのも頷ける。戦備が不十分である状態で開戦したのも、リベリオン側の都合であるが、扶桑側に責任を被せる論調すら存在し、軍関係者の義憤を煽った。キャンペーンで失われた現役世代ウィッチの代わりを自衛隊や義勇兵に求めるのは、扶桑が行使すべき当然の権利である。義勇兵にウィッチへ好感を持つ者が多いのは、この事が大きく関係している。日本は民間団体などが一般大衆の被害補償を求めているが、扶桑には相当数の大陸領の居住者がおり、それらを入れると、膨大な金額の補償金が必要となり、国が破綻してしまう。また、日本で戦時中、国債などで補償が一応は約束されており、GHQが占領時に紙くずに変えた事がわかると、彼らは怨嗟を亡命リベリオンにも向けた。そのため、暴行の矛先が向き、国際問題になったりする。結果、日本連邦法の制定前の段階でさえ、扶桑の法律で裁かれた日本人などは45年からの二年で500人を超え、アメリカをして『敗戦した戦争の憂さ晴らしに、弱い者いじめをしている』と呆れさせたほどに陰湿であった。後に、アメリカや英国が仲介し、扶桑への補償は21世紀の世界各国が分担して払う事、亡命リベリオンの国家承認が国連で決議された他、扶桑の防空体制が戦争開戦までに飛躍的に強化された事で、ウィッチ世界の在来戦略爆撃機の価値が大きく低下するという軍事的変革も起こる。皮肉な事に、日本が強引に推し進めさせた『防空体制整備』が、1945年当時最新鋭の戦略爆撃機を陳腐化させる』光景が出現。戦術作戦にもB-29やB-17が姿を見せるようになったのは、リベリオン側も扶桑に与えられた防空兵器が在来型戦略爆撃機を陳腐化させたという自覚があり、B-47以降のジェット戦略爆撃機の開発を急がせた。しかし、扶桑のように、『ウィッチ装備の進歩のためには、通常兵器の進化はむしろ不可欠』という知見を得ていないリベリオン本国ではウィッチ閥による妨害が甚だしく、その結果、扶桑の精強な防空飛行隊や高射部隊に阻まれ、ティターンズの支援を持ってしても一時的制空権しか取る事が出来ないという、情けない事態が、この時期より顕在化してゆくのであった。







――64Fの維新隊と天誅組の側面をカバーするかのように、発進準備を整える部隊があった。64F基地のある地の地下奥深くの区画の西部に位置する地下区画を本拠とする極秘部隊。地上への滑走路で唸りを挙げるハ43特エンジン(排気タービン付き)。それを積む黒塗りのレシプロ戦闘機としての最終型の真新しい紫電改。胴体の日の丸と垂直尾翼の黒い鷲のエンブレム。彼らこそ、便宜上の部隊符号『飛行42戦隊』。後に渾名される『ラーズグリーズ』部隊。メンバーはこのウィッチ世界に同位体がおり、尚且つ史実太平洋戦争で武勇を馳せながらも無念の戦死を遂げたはずの者が多く、その意味も込められていた。亡霊。戦死したはずの彼らが与えられし役目。それこそが『ラーズグリーズ』。彼らは裏方としてだが、扶桑の空に初めて姿を現す。べらぼうに強い謎の紫電改部隊として。リベリオン軍のこの日の戦闘記録に、『フソウの別働隊に黒塗りの紫電改(ジョージ)を使う手練が現れた!!亡霊か夜間戦闘機みたいに黒に染められていて、敢闘精神旺盛だった!!B-2912機の防御方陣に躊躇なく突っ込んできやがる!!』という物があり、彼らの登場が衝撃であったかが窺える。エンジンと防弾などが強化されていた最終型紫電改を用いていた事、彼らの卓越した腕前で敵機を翻弄した事、少数で維新隊/天誅組の背中を守りきった事から、彼らは実態以上に評価され、64Fの新中隊か!との恐れを抱かせ、実は温存されている64主力と同等の評価をいきなり受けた。


「黒塗りの紫電改(ジョージ)がうしろに!!振り切れない!!ウァー!」

無線に響く、このような悲鳴。後に、彼らが64Fと独立した部隊である事が判明した後は、実態以上に最前線の航空戦力が存在すると、敵であるティターンズ/リベリオン本国軍に評価され、その近郊を保つ名目で、少なからずの航空戦力を張り付けにせざるを得ない状況を生み出し、扶桑にとっての『かけがえのない時間(新兵器開発と配備)』を稼ぐ事に成功する。この飛行隊の運用目的は達しられ、数年後の反攻開始までの膠着状態を作り出す事に成功したのだった。


――戦線の実働部隊である64Fの異常な豪華さも、表向きは『残された人員の内のベテランやエースを配属させたら、A級ウィッチに偏っただけである』というのが日本側への説明であった。本来は空軍でも、源流を海軍航空隊に求められる部隊は『大半が新兵であるとする海軍航空隊の基準』を踏襲するはずであったが、日本が求める精強な部隊は『全員がA級ウィッチ/搭乗員』であるとする精鋭部隊思想が入った事、カールスラントのG機関員の幹部ウィッチは全員がJG44の隊員、もしくは在籍経験者であることへの対抗心もあるが、前史では実現していた『新人のボトムアップ』が新人らのMATへの移籍でその人数が減り、64Fへの新人の大量配属が実現困難であるとされたので、人員を既に一定以上の練度がある中堅から古参たちで固める事になったのである。従って、64では『若輩者』とされる下原や芳佳でさえ、この47年の時点では、1000時間近い飛行時間を飛んでいるのである。従って、メンバーに加わった調Aは『最若年搭乗員』の一人と目され、部隊のマスコット扱いであったとか。(扶桑が前々史で行おうとし、今回も一部官僚軍人らが空軍の準備中に提唱した『戦力再配分と戦力の均衡』は、当然ながら貴重なベテランの酷使による消耗を恐れた日本側が猛反対し、第44戦闘団と343空の活躍を扶桑軍に説いたために却下され、源田の一声で事変時に活躍した64Fの再始動が決議された。ウィッチの平均練度は確かに高まったが、若手の不足により、航空ウィッチ兵科の前途が危ぶまれている。黒江が日誌に残しているように、『特技』という事で、航空ウィッチ兵科を無くす事も検討されており、練度が突出した精鋭部隊をいくつか置き、広告塔に使うというのが扶桑の広告宣伝も兼ねたプロパガンダ戦略だった。その内の『真の意味での実働要員』を集めたのが64戦隊である。扶桑海事変での前例がこうして踏襲された事と、影として、ラーズグリーズ飛行隊が付き添っていた事もあり、64Fの属する第5飛行師団/その最終上位編成の第3航空軍を、編成が変わり、太平洋戦争も遠い記憶の彼方となった頃の後年に『戦時中、もっとも華々しい戦歴を持つ飛行軍ながら、謎も多いミステリアスな飛行軍である』とする評が航空ファン雑誌を賑わせたとか)

「うちは野球で言えば、メジャーリーグのオールスターチームみたいなところだ。私らが出しゃばる必要はあまりない」

「ですね」

「月詠、お前……なんと言おうか、変わったな」

「そこにいる自分自身とは別人ですからね、厳密に言えば。ほら、コーラ」

「うぅ。ズルいよ……シュルシャガナをLINKERも無しに纏えて、負荷もないなんて」

「力が神の位に届いちゃったし、このままで生活した事もあるからなぁ。風呂に入るときと用を足す時以外は展開したままだったし、それで公共交通機関も乗ってたしねぇ」

「嘘!?」

「確か、しずかが撮ってた買い物途中での一枚があったな?」

「ええ。たしか、データでもらってるから…あるはず。あった」

「!?」

普通にシンフォギア姿で、練馬区が運営する区営バスに、フランスパンを片手に乗車しようとする調Aの姿。Bは気が動転し、コーラを持つ手が震えだす。

「え、え、えッ!?し、シンフォギアで普通に買い物ッ!?」

「まー、それが修行だったしね。楽しかったよ?その写真の日本、耐性があるから、シンフォギア姿でも普通に生活できたし。グロッシー・メタリックの鎧みたいなパワードスーツが走ってても『ちょっと避けとこうか』で済んじゃうからね、あの辺り」

「確かこの時、サンバルカンが普通に一般人に聞き込みしてたよな、変身後で」

「ええ。私もイーグルさんに聞かれましたよ。ショッカーの残党が逃げ込んだとかで」

ススキヶ原は普通にヒーロー達も変身後の姿で行動できる地なので、ヒーロー達も変身した状態で行動している事が多い。この時はバス待ちの時間に、通りかかったバルイーグルに『ショッカーの怪人を見なかったか?』と聞かれている。

「なにそれぇ……」

「仕方がないよ。私が居候してた世界、普通にスーパーヒーローがわんさかいて、悪と何十年も戦ってる世界だし」

「だから、今更なんだよ。平行世界の自分と会うなんてよ」

圭子が調Bの頭を撫でる。調Bは悔しそうである。別の自分が響に比肩する、いやそれ以上の力を得ていて、しかもギアを纏うのに何の制限要素もなく、日常生活すら送れる。否応なしに力の差を思い知らされる。しかも圭子はアガートラームの複製品を苦もなく起動させられる。そのため、Bは劣等感に打ちのめされているようだ。いや、恐怖も感じていた。それは人間を超えた存在となった事で、切歌への思いを捨て去ったかに見えたからもあるが、それ以上に理不尽までの差を感じていた。力だ。自分がLINKERを過剰投与しても、シンフォギアの永続的な使用は不可能である。なのに、それを無しでシンフォギアの起動をやってのけ、更に神と同等の力を持つ。恐怖とは自覚しない『恐怖』を感じ、精神的に痛手を被る調B。

「あなた達はいったいなんなんです!?人なんですか、神様なんですか!?」

「月詠!」

「で、でも、翼さん!!」

「天神さまや将門公の同類ってところか?」

「神殺しの力を得た人であり、神の座に登った者とその眷族と言った所かな」

二人の答えは明確だった。それだけに、恐怖も大きい調B。翼Bが思わず諌めるほどに、それが表れていた。Aは仕方がないと思いつつ、自分にもあり得た可能性なため、同情するのだった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.