艦むす奮戦記
第五話
――韓国及び中国との戦闘に備え、練度を鍛える艦娘たち。航空兵力の両国から日本本土までの航続距離が無いために爆撃機の襲来も起きず、対馬や尖閣諸島に戦闘機が現れる程度に留まっていた。それでも本格的な戦闘に発展しないのは日本側の高練度と最新兵器に恐れを抱いている証であった。横須賀地方隊の施設は艦娘用に拡充され、訓練施設も充実してきていた。が、装備の試射も重要なので、陸軍の東富士演習場を借り、艦娘用の装備の性能チェックも兼ねた試射が行なわれていた。
――東富士演習場
「よ〜し、長門!的に向けて撃ってみてくれ」
「了解した。しかしだ、提督。なんで海軍の我々が陸軍の演習場でこんなことをせねばならんのだ!?」
「戦艦級の大砲を陸が近い海でぶっ放してみろ。たちまち『音がうるさい!』とか、『海を汚すな!』って市民団体から猛抗議が来る。人間サイズならサイズに比例して音も静かになるからという上の判断だ」
「……民主主義を履き違えていないか?それって」
「日本の左巻きの人たちは『反体制、反国家』を気取ってれば満足なんだよ。戦後はそれで持て囃されてたのを忘れられない。80年間進歩がない連中なのさ」
「秩序を保っていられるのは国家あっての物種なんだぞ?それがなくなれば相手の好きにされることは目に見えているというのに……私や伊勢たちのようにな」
長門と私はここで意見の一致を見た。長門は国内の反体制的な動きを嫌っているらしく、嘆きの声を発した。敗戦後、戦う船としての責務を果たせないまま原爆実験に処された無念さからか、敗戦した場合に国は相手国に概ね逆らえない事をよく知っている故か、権利をいたずらに主張し、国の秩序を乱す反体制的な左翼勢力を嫌っているのがよく分かる。また、戦後に用済みとなった艦艇の多くが解体させられた事も根に持っているらしかった。
「なら、今度の戦で勝てばいい。勝てば左翼連中も手のひら返しでお前たちを褒め称えるようになる。日本人は昔から勝った方に迎合するからな。徳川幕府、明治維新、太平洋戦争……」
そう。日本人は昔から『勝てば官軍負ければ賊軍』という気質と風調が近世以前から存在する。その気質が戦後のアメリカへの驚くくらいの従順さ(もちろん、全てをアメリカの好きにさせたわけではない。この史実を曲解した後世のアメリカはイラク戦争において失敗を犯し、国際的発言権の低下を招いた)に繋がったのだ。今回の戦争で軍が勝てばマスメディアは手のひら返しで擦り寄ってくると私は長門に示唆した。実際に戦後は反体制的論調で鳴らしている某大手新聞は、戦中は軍部御用達新聞であった。戦争は勝って終わるべきのだ。『負けた戦争』は後世に禍根を残すだけなのだから。ベトナム戦争やイラク戦争のように。
「本当にな……つくづく思うよ。勝てば全て許されるのだと」
長門は戦艦勢の中で唯一、稼働状況を概ね維持できたまま終戦を迎えている。それ故に国土を守れなかった事への悔恨が人一倍大きい事が伺える。原爆で広島と長崎が壊滅した事、東京・名古屋、大阪を空襲して大勢の一般人が犠牲になった事を、戦艦で唯一無二、戦後日本の船出を見た。自分が原爆の犠牲になった後の戦後日本は戦前より圧倒的に物質的に豊かにはなったが、精神的には民主主義を履き違えてるとしか思えない傲慢な未熟さががあるのではないか。長門はそう思えてならないのだろう。
「それでは第一射、行くぞ!」
長門が艤装に備え付けられた41cm砲を斉射する。ただし、サイズが人間サイズなので発砲音はスケール相応の静粛性を見せた。新造の主砲なので、射程はおおよそ前世の頃より向上しているし、威力も理論上はアイオワ級戦艦の50口径40cm砲を更に超えている。口径もアイオワ級戦艦と同等の50口径へ拡大しているために砲身が長砲身化した。この試作装備は元来の長門型の主砲が、かのアイオワ級戦艦に比べて威力不足である事(年式を考えれば当然だが)を知る技術屋達の提言で作られた。当初はミサイル全盛の世の中に主砲の必要性は上層部から疑問視され、マスメディアなどの軍事の素人達は『時代錯誤の遺物なんか取っ払え』と宣う。しかし軍はミサイルと違って製造に金が掛からない砲弾の安価なところと、砲弾は『誘導が効かない』というイメージが定着している事による『誤射の時の言い訳が楽である』などの色々な観点から、戦艦娘たちの主砲装備は新造されたのである。
「命中!」
標的は対装甲貫徹力を試すために、戦車用の複合装甲板を使ったものだ。これは装甲を持つ艦艇が『時代遅れ』とされている時勢なので、戦艦勢の徹甲弾を試せる標的の調達に難儀した。陸で実験を行うのは、重装甲を持つ兵器が既に戦車だけになっていた故だ。アイオワ級戦艦のヴァイタルパートを想定した装甲板は破壊され、その威力を示す。
「何で戦車用の装甲板相手に自慢の主砲を撃たなければならならんのだ提督!」
「しょうがないだろ。戦艦はもう過去の遺物化して久しいし、装甲艦自体ももう無いからな」
「ぐぬぬぬ……やはりこれで戦果を揚げ、マスコミ連中をギャフンと言わせるしかない!」
長門は憤慨する。自分たち戦艦の存在意義である『重装甲による生存性と巨砲による絶大な攻撃力』が過去のモノとされて久しいこの時代においては、自慢の巨砲さえ存在意義に疑問符がつけられてしまっている。それを払拭させるためには主砲で戦果を挙げる必要があると意気込む。
「よし、これで試射は成功。次は陸戦訓練に入る」
「はぁ!?私達は『船』だぞ!?なんで陸に上がった河童みたいな事せねばならんのだ!?」
「陸に上がってる時に暴漢とかに襲われたらぢどうすんだよ?艤装持ってない時に襲われたら?」
「……」
「艤装外して、所定の場所に迎え。以上だ」
「り、了解」
……という理屈で長門を丸め込んだ私は別のところに赴いた。それはとある艦が現れた事を上から通達されたからだ。それはもちろん、戦後日本のヒーローであるあの大和だった。大和は今、演習場内にいるという。私は急ぎ、大和のもとに向かった。
「君が大和か……?」
「は、はい」
大和は長門よりも大型艦であったため、長門よりも長身の女性として転生していた。容姿は『名は体を表す』を地で行く、清楚な古き良き『大和撫子』を具現化した、ロングヘアースタイルの美少女。あの獰猛さと精悍さを全面に出していた戦艦としての姿とは裏腹の可憐さである。艤装がなければ映画女優かモデルをそのままできるほどの美貌も持つ。肝心の艤装は持ち合わせのもので、ミッドウェー海戦以前の初期艤装が再現されていた。
「とりあえず、我が国防海軍へようこそ。大和。日本本土に帰るのはほぼ100年ぶりだね?」
「ええ。坊ノ岬沖で沈んでからはそうなります。変わりましたね、日本も」
「君は一億総特攻の魁として散った。その後の日本は国土を復興させ、80年代終わりには経済面で米国を一時的にしろ追い抜くまでに成長したのさ。軍隊は開戦時より規模が小さくなったがね」
「そうですか……軍事力で負けたから今度は経済で戦って、勝った。でも身の丈に合ってるとはとても」
「90年代から長らく経済が低迷したおかげでその歪に気づいた。今は70年代の水準まで戻ったが、資本主義ってのは定期的に不況になるからな。軍事力もある程度取り戻せたが、アメリカの一人勝ちさ」
私は大和に『その後の日本の歩み』を簡潔に話す。米内光政大将はかつて『完全復活には数百年はかかる』と述べられていたが、物質面では20年程度で元以上に豊かにはなった。軍事力も価値観の変化を考慮に入れれば、かつての軍事力の6割程度は取り戻した。だが、この時代においてもアメリカは経済面で衰えを見せ始めたとは言え、軍事力は往年のそれを維持している。21世紀も半分過ぎようとするこの時代でも一人勝ち状態は継続している事に大和は表情を曇らせる。
「この時代でも軍事力じゃアメリカに敵わないんですね。相変わらずと言おうか、なんといおうか……」
「ただソ連は崩壊したけどな。共産主義の限界を露呈して経済面から崩れていって、1991年にロシアが共和制で復活する形で消えたよ」
「ソ連の、いえ、共産主義の信望者はあの時期には軍や政府に相当いたというのを山本提督達が話していたのを覚えています。まさかあのソ連が……」
「栄枯必衰だよ。帝国が滅んだ後の今の日本も中国が軍拡をしなければ中興する事はできなかった。アメリカとて往年の経済力はもはやない。ソ連の滅亡は必然だった」
「戦後の日本はどうなったのです?」
「戦後はアメリカ合衆国を範にして復興した。軍隊を二の次にして、経済に邁進したおかげで戦後20年で経済大国に躍進して繁栄を謳歌したが、1990年代に土地バブルが弾けると下降線を辿り、以後は上がったり下がったりの繰り返しさ」
「軍隊が負けた後の経済至上の繁栄も限界を迎えたのですね。なにか複雑です」
「日本は下降線になると、とことん落ちる性質があるからな」
ソビエト連邦崩壊は戦後体制の解体の福音でもあり、日本国内にもいる共産主義信仰者の衰勢のきっかけを与えた。私は戦前戦後通してロシア勢に翻弄されてきた日本の運命にため息をつく。戦後は軍が存続したおかげで、ソ連崩壊時の20世紀末頃に軍事力的圧力で北方領土返還が叶った。力で戻したために、当時の政権は左翼勢力から文句言われまくったという。が、世界は所詮、金で動く。30年ほど前の夏季五輪も左翼勢力が『辞退しろ!』と宣ったが、国内世論とスポーツ業界の圧力で頓挫。五輪は無事に開催する事ができた。もはやマスコミを押さえていれば国民を操れる時代は終わったのだ。左翼は未だにそれを理解しない。それと時たま野党が政権を取る度の赤点レベルの失政により、国民は左翼勢力=反体制勢力との認識を持ってしまった。海外は政権交代が久しく実行されない日本を笑うが、日本国民が安定政治を望んでいるからである。
「君もさっそく訓練に加わってもらう。その無線で長門に連絡を取ってくれ。」
「は、はい!」
大和は無線を手に取り、長門に連絡を取ったのだが、長門の反応はというと……。
「な、何ぃ!?お前が来たというのか!大和」
「は、はい。お久しぶりです、長門さん」
「陸奥を差し置いて、お前が来るとは。まぁいい。訓練が終わったらびっちりお前を鍛えてやる!覚悟しろ」
長門は明らかに受話器腰でさえ不機嫌そうだった。妹の陸奥を差し置いて、大和が先に来たというのは納得出来ないらしい。だが、戦後の国民は大和の帰還を諸手を挙げて歓迎するだろう。かの某宇宙戦艦の影響もあり、戦後の日本人は大和こそが戦艦であるという認識を持っているからだ。長門は戦前戦中の人気ナンバー1であった自負があるためか、大和にライバル心を抱いている。戦艦としての性能は当然ながら最新最後の世代である大和型に敵わない長門だが、20年間、海の安全を守ってきたという自負がある分、プライドが高いのだ。この日の夜。休息を取った私に大和と長門がやってきた。金剛はお風呂中だ。
――富士駐屯地内
「提督、大和の艤装はどうするつもりだ?初期の艤装では副砲が多すぎる」
「うむ。上は長門、お前で近代化改修のテストをしたいそうだ。空母は戦後もあるから事例があるが、戦艦は1980年代の頃の記録しか今は米軍にも残ってないからな……」
「私が実験材料だと!?」
「しょうがないだろ。紀伊型や加賀型が建造されてないから、大和に次ぐ戦力として期待されてるんだぞ、お前」
「ぐぬぬ……コレでも大正の頃は世界最大最強の座に就いてたというのに……二番手だとぉ〜!」
「お前がルーキー時代の活躍はもう遠い過去だから諦めろ」
「い〜や〜だ!」
長門は就役から大和の就役までの20年の間の栄光が心の拠り所だが、もはやそれは優に100年も昔の出来事として消え去った。上層部は長門を『旧世代最強だが、新世代の前ではロートル』と認識している。長門を実験に使い、大和、今後現れるであろう武蔵のテストケースにするためだろう。
「上も完全に実験材料にするつもり満々だしな。陸奥がいたとしても多分お前が選ばれただろう」
「陸奥のアレが原因か……?」
「そうだ。陸奥はそれだけでなく、名前継いだ原子力船が放射能漏れ起こしてるから、『縁起が悪い』から嫌われてんのよ」
陸奥は長門の妹という栄光を味わったが、同時に不運の最期を遂げた戦艦である。戦後に名前を受け継いだ原子力船が事故を起こしたため、軍の艦艇も陸奥の名は受け継いではいない。長門はその顛末に大いに嘆いた。
「なんという事だ……私達の名を継ぐ者はいなかったというのか……」
「それは大和姉妹も同じさ。お前や陸奥と同じように『戦前日本の象徴』だったという理由で大和、武蔵、長門、陸奥の四つの名は政治屋の『配慮』で封印されたままだ。しかしお前らが転生した事でその不文律は意味が無くなったがな」
そう。敗戦後の日本は左翼系政党の突き上げやお隣の国々に『配慮』して、軍艦名に旧戦艦の中でも特に著名な大和を始めとする四つを特に欠番扱いにしてきた。が、艦娘として彼女らが転生した事でそれは意味をなさなくなった。お隣の国々が明確に敵国化したおかげで20世紀末以降に見られた『媚を売る』タイプの政治家達が失脚し、世論が沸騰した相乗効果で配慮の必要が無くなったためだ。これにより船としての4つを作れる大義名分が出来た。
「お前達は近いうちに行なわれる観艦式にお呼びがかかる。昨年に即位した陛下も見に来られるだろうから、練度を上げとけ」
「あ、ああ。了解した」
――観艦式。通常は戦時においては行なわれることはないのだが、元々予定されていたのと、陛下が世代交代して年号が変わったのを祝い、なおかつ海軍の士気を高める意図もあり、敢えて通常通りに行なわれる。これは中国や韓国への当て付けではなく、中国の背後にいるロシア連邦を牽制し、欧州勢に日本海軍の完全復興を見せつけ、戦後の外交を優位にするためのイベントであった。
――欧州 フランス
「日本海軍が復興したら我が海軍の立場がWWU以前の地位に甘んじる事になる。それだけは避けなくてはならん。日本如きに今のミリタリーバランスを崩させられるのは許せん」
「しかし大統領、今の我が国の海軍戦力では日本海軍に対抗し得ません。奴らは例の存在を手に入れたことで往年の戦艦、巡洋戦艦、重巡洋艦などのカテゴリを復興させ、近代化させていると思われるので、水上戦力では我が軍を上回ります」
「ふん。時代はイージス艦に原子力潜水艦や原子力空母だ。戦艦がいくらあろうが『木偶の坊』ではないか」
「日本の技術を甘く見てはなりません。彼の国の『HENTAI』技術を以ってすれば、戦艦や重巡洋艦に現在艦に伍する能力を与えることは容易でしょう」
「君は何を恐れる?SAMURAIがいた頃ならいざ知らず、第二次大戦に負けた後の日本はスパイ天国の、媚びを売る事しか能がなかった時期さえある国家だ。カミカゼやハラキリなど遠い昔にすぎん。我が国が裏で動くことにも気がつかんだろう」
海軍提督は大統領に忠告する。彼は知っているのだ。20世紀後半以後の日本はHENTAI的な技術で他国が造り出した製品を小型高性能化し、幾度も市場を荒らしてきた。そして一時はアメリカ合衆国さえも追い抜いたほどの日本人の底力を。そして日本海軍やイギリス海軍の復興が進む中、相対的にフランス海軍は立場を失いつつある。大統領は今のヨーロッパ有数の海軍の地位を維持するために、アジアの騒乱を利用するつもりらしいが、怒った日本人は民族の衰亡さえ恐れない『狂戦士』と化する事を忘れているのだ。第二次大戦後の日本の『アメリカ合衆国の犬』、『媚びを売ることで国際的地位が得られると思っている姿しか知らぬ今の欧米の一般人の考えそうなことだが、軍人は忘れていない。今や中東のテロリストまでが行う自爆を組織的に唯一、推進した国が日本である事を、アメリカ合衆国相手に最悪、民族の衰亡まで戦いを続けるつもりだった日本軍部を。
(日本はもはや今世紀前半までの媚を売る国家では無くなった。かつての誇りを取り戻しつつある。もし、大統領の策謀が日本に察知されたら宇宙開発用ロケットを弾道ミサイルに転用してパリやリヨン、マルセイユにぶち込みかねん。そうなればアメリカやイギリス、ドイツなどに漬け込まれる。亡国はなんとしても避けなくてはならん。途上国の地位が上がった以上、先進国にはかつてほどの優位は無いのだから)
彼は大統領が抱くビジョンを『無謀な欲張り』と心の中で断じた。そしてフランスの進む道を誤せるわけには行かないと、あの手この手で大統領のスキャンダルを探るようになる。しかし彼の行動は遅しに失し、翌日、フランス製兵器のロシア連邦などに対する売却が決議されてしまう…。
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