――扶桑海軍はメッサーシュミットme262に手を焼き、陸軍もTa152相手に苦戦を余儀なくされていた。これは万全の整備補給体制下のドイツ軍後期から末期の高性能機には速度面で日本軍機では太刀打ちが困難であったからだ。フェイトは平行世界のミッドチルダからの帰還後は、可変戦闘機だけでなく、在来型戦闘機でも出撃するようになっていた。

「フェイト。フォッケウルフとやってきたが、奴ら手強いぜ」

「シャーリーさんはP-51でやって来たんでしょ?それで?」

「速度で互角、火力で負けている。運動性はまあ、こっちのほうがいいが、火力で負けてるから如何せん逃がしちまった」

「こっちはP-51より下手したら100キロも遅いドンガメがあるんですから、兵たちに聞かれたら大事ですよ」

「確かになぁ……本当はP-47のほうがいいんだが、扶桑軍は持ってねーでやんの」

「あれはまだ亡命リベリオン軍にもそんなに数ないですから。扶桑もヤーボにはあまり興味なかったからサンプル品も輸入してなかったらしいです」

「マジかよ。サンプル品くらい買えってんだ」

「あそこはドイツ軍びいきですから。亡命リベリオン軍からの援軍は?」

「ダムバスターズが送られてくるそうだ。思いのほか良く奴らが実績上げたんで、『ダムバスターズ』の異名は奴らのモノになったそうで、リベリオンじゃまれに見る才能のウィッチ達だそうだ」

「ウィッチが艦艇攻撃に駆り出されるなんて、始めてでしょうし、まだ対艦ミサイルは影しかないから魚雷使うしかないですからね」

フェイトは扶桑の在来型戦闘機では、『疾風』、『鍾馗二型乙』を乗機に選んでいた。『疾風」は『紫電改』より出足がよく、搭載量で勝る(疾風は紫電改より加速力・速度面で微妙に勝っている)、鍾馗二型乙は40ミリ砲を積んでいるからであった。



――高オクタン燃料を用いた扶桑軍機は史実帝国陸海軍機と比較し、実測値に最大100キロ、平均でも60キロ以上の速度差があった。機体の工作精度に差がある故に、技術者の元設計ポテンシャルを戦場で発揮可能であったからである。しかしそれでもドイツ空軍には手を焼くあたり、伊達に連合国軍との果て無き速度競争をしてきたわけではないというのを実感したフェイト。VF-22同様のノーズアートを施した両機は元は飛行47戦隊の保有機であったのを、同隊の主力中隊がジェット機への機種転換訓練を始めたために余剰となったのを貰ったものだ。受領後にエンジンと機体その他にはチューンナップが施されており、独自に機上電探が備えられているという違いがあった。

「で、どうだ?レシプロ戦闘機の感想は?」

「足が遅い以外は概ねいい感触です。自家用機にしたいくらいですよ」

「電子機器積み込みまくったジェット機と違って、整備時間も相対的に短いから自家用機にゃおあつらえ向きだ。尾輪式に慣れれば、映画なんかのスタント飛行でバイトできるし、食いはぐれないぜ」

「確かに」

ハンガーに駐機されている四式戦闘機二型(エンジンをハ43よりも大馬力のものに変えた疾風最終生産型)は正に長島飛行機レシプロ戦闘機の一つの完成型と言えた。武装はホ5からホ155-Uに強化された。レシプロ戦闘機としては、より根本設計が新しい烈風に引けを取らないポテンシャルを持つ。ジェット機への移行という濁流の前では徒花にすぎなかった。キ87計画が社内の議論と、ジェット機への社内技術力集約目的に中止され、84の改善型のN型開発に吸収された結果、その折衷的ポジションとして生まれたのがこの二型だ。扶桑における疾風系統の最終到達地点であり、後々に初期空軍でしばしの間、『戦闘爆撃機』として運用されたと、後世に記録される。

「向こうはコイツをなんて呼んでる?」

「連合国軍のコードネームを流用してるみたいで、そのままフランクですよ」

「んじゃ紫電改はジョージか。機体名知ってる奴らも多いと思うけど、戦場でいう暇ないからな。で、黒江さんは四式か?」

「五式です。アレのほうが運動性いいんで好きみたいですよ」

「五式か。飛燕に空冷エンジン乗っけた急ごしらえのやつだろ?いいのかよ?」

「元はメッサーシュミットのパクリみたいな飛燕ですけど、エンジンが非力過ぎて機体設計ポテンシャルを発揮させられずじまいでした。それを液冷より軽くて、より大馬力の空冷エンジンつけたら存外に高性能機に生まれ変わった。狂喜乱舞した上層部が制式生産させたのが五式だそうです。それで疾風が不評な古参部隊中心に一式の代替に配備されてるんですよ」

「なんかP-51みたいな話だな。あれはアリソンエンジン→マーリンエンジンだけど。古今東西、元々のエンジンより素性が良いエンジン積んだら戦力アップなんて、よくあるしな」

「んじゃ、そろそろ行ってきます」

「おう。頑張ってこい」

時代かがった飛行帽とマフラーをした上で、対Gスーツと酸素マスクをつける姿はアンバランスさを醸し出していた。だが、史実日本軍が安定した高高度飛行がままならなかったのに比べれば遥かに恵まれた装備である。暖機運転をしていた四式二型が舞い上がり、先に上がった五式と四式の混成編隊と合流した。全機が電探と完璧な無線機装備というのは、1930年代に比べて遥かに恵まれていた。

「今回の任務内容はなんですか、武子大尉」

「今回はメッサーシュミットBF109Kの駐留する飛行場を掃射と爆撃で機能不全に陥らせる。両方共マイナーチェンジ型になってるから、そのテストでもある。各機は僚機との連携を密に!」

「了解!大尉、五式に乗り換えたんですか?」

「いい加減にキ43じゃきつくてね。私らの世代辺りまでは航空機の訓練も受けていたからの芸当なんだけどね」


――武子や智子らの世代からおよそ一、二世代を境に、ウィッチ教育が完全にストライカーユニットを扱うことだけに特化したため、航空機を扱えるウィッチの数は年々減少していた。武子らは航空機の操縦訓練も副次的に行われた世代の最晩年にあたるため、このような芸当もこなせるのだ。

「最近はウィッチ至上主義が蔓延ってたから、通常兵器の整備が遅延してたのよ。わずか一年でこんなになるなんて、誰も想像していなかったから」

「確かにな。帳尻合わせで五式戦や四式戦、火龍までがパッと現れたのも皮肉なもんだぜ」

「それまでは三式が最新だったから、それに比較して飛躍的に高性能な機体が出てくるなんて思いもしなかったわ」

「まーな。これも技術発展の恐ろしさだ。半年か一年もあればジェット機に移行するだろうから、味わっておけよ」

「……そうね。親の代に戦争に始めて使われたレシプロ機の最後の花道になりそうだもの、この戦争は。だから悔いのないように飛ぶわ」

――武子は少なからずレシプロ機の終焉の当事者となることに哀愁を感じていた。次世代の推進器であるジェット機に取って代わられるレシプロ推進飛行機は今後10年以内に軍隊から姿を消すだろう。親の代が若年期の頃に戦場に現れ、栄華を誇ったレシプロ飛行機も次世代のエンジンを持つ飛行機に取って代わられようとしている。その去りゆく者への哀愁が彼女にはあった。古き良き飛行機乗りとしての。



――10分ほどで戦場につき、戦闘に入った。レシプロ戦闘機時代の空戦はジェット時代のそれと異なり、技量が性能差を覆す事など当たり前である。B-29でさえ隼に撃墜されたという伝説があるように、性能差は絶対では無いのだ。

「こちら隼一番。全機突撃!繰り返す、全機突撃!」

武子の号令と共に四式と五式戦闘機二型が一斉に突撃する。1000mほど高度の優位をとっての攻撃は効果を上げ、一斉攻撃で3機が煙を吹き、落伍していく。武子は戦隊長でありながらも先頭に立って戦った。護衛の黒江がカバーする形で五式戦闘機二型を操縦する彼女は、戦闘機特有のGにも耐えてみせ、ストライカーユニットを用いる時同様の冴えを見せた。

「さすがメッサーシュミット、速度面では向こうのほうがいいわね」

「加速力ではこっちが上だ。フォッケウルフでも無い限りはな。あれを持ってこられると苦戦は免れんがな」

――瞬間的加速力ではフォッケウルフは傑出している。それを航空審査部が行ったテストで良く知る黒江は敵機がフォッケウルフでないことに安堵していた。油圧による操縦系統に半ば依存する日本機と、後の時代の先駆けになる電気コントロール機構を用いているフォッケウルフでは反応速度に差があるからだ。

「あなたはテストしたことあるものね」

「まーな。連邦の作った烈風も取り入れてるくらいだが、マニュアルが介在可能なところを増やしてあるそうだ。確実に反応速度については向こうのほうが上だ。それをよく考えて空戦を組み立てろ」

「了解」

武子は僚機である黒江の忠告通りに、空戦を組み立てていった。旋回性能では完全に日本機の独壇場であり、その長所を活かすように指令した。部隊は比較的高練度であったのも幸いし、メッサーシュミットBf109Gを旋回性能で圧倒していった。

「敵は一撃離脱戦法を前提にしてるから、こちらの旋回性能にはついていけない、チャンスだ!!」

こうして、撃墜量にして20機を挙げた同隊は燃料タンク被弾や残弾0となった機を複数帰還させ、残った15機で地上攻撃を遂行した。


「綾香、どうしてすんなり新機種が配備されたの?いつもの大本営だったら……」

「うちらの指揮権は大本営の手を離れた。海軍も含めて地球連邦軍が指揮権を握ったのさ。予てから太平洋戦争で見せた外道ぶりから、大本営を毛嫌いする者が多い地球連邦軍は、天皇陛下に取りいって、派遣軍の統制代行を勝ち取った。だから昔よりすんなりと、兵器の配備が行くってわけさ」

――この時には扶桑軍の派遣部隊の指揮権はなんと大本営には無く、友軍である地球連邦軍が指揮権を掌握していた。これは予てより連邦軍が行った工作によるもので、名目上は『異世界では大本営の統制が難しいので、それを地球連邦軍が代行する』というものだが、実際はこの時代の大本営の無能さを忌み嫌う地球連邦軍により、今後、地球連邦政府の統制下に扶桑そのものを入れるための始めの手段として使われた。大本営が如何に腐敗した旧態依然とした存在であるかを示すことで、大本営を近い将来に解体する大義名分を得ろうとした。つまり扶桑陸海軍派遣部隊は天皇陛下の裁可による戦時勅令という、扶桑社会最大最強の錦の御旗によって『地球連邦軍の統制下』に入ったのだ。

「どうして大本営は嫌われたの?」

「国を破滅させるほどに戦争指導に失敗やらかしたからさ。再軍備されても、統合参謀本部というアメリカ式の指揮系統が採用されたから、大本営が復古する事はなかった。大本営発表と言えば、後世じゃ虚偽事実の代名詞で有名。大本営作戦参謀達はそれ聞いてちびったそうだ。大本営といえば狼少年まがいの嘘つき扱いだし、いい気味だぜ」

「哀れね」

「別世界で300万の国民を地獄に叩き落とした野郎共にゃ良い薬だよ。無能な味方ほど恐ろしい物はねぇからな」

「ええ。事変のころから進歩してないのね、彼らは」

黒江は、机上の空論で兵らを地獄に落とした大本営の作戦参謀らを毛嫌いしている発言をした。武子も事変で大本営のグダグダ振りを目の当たりにしたため、黒江の言葉に同意した。大本営は前線の苦労を知らない事が事変でハッキリしたからだ。

「地上掃射はハッキリ言って、若い奴らじゃ手こずるぞ。私達を中心に中枢部爆破をする隊、露払い隊に分けるのはどうだ?」

「それでいきましょう。私やあなたなら集中砲火でもくぐり抜けられる」

「決まりだな。各機、聞いたな?地上掃射はかなりの抵抗が予想される。中枢部を攻撃する勇気ある者を募る」

こうして、戦隊の内、フェイトを含めた4機が武子と黒江に付き従い、前線飛行場の地上掃射を開始した。

「うひゃ〜、2cmFlak38やら、Flakvierling38やら撃ってくる撃ってくる!」

「アハト・アハトがまだ控えてるぞ!ソイツを見つけたら優先的に破壊しろ!」

フェイトはコックピット越しに、自機の周りに打ち上がる高射機関砲の弾雨に思わず冷や汗を出す。弾倉交換の間隙を突いて機銃で高射機銃群を破壊していくが、敵機が上がる様子はない。たまたま搭乗員が出払っていたのか、あるいは『夜間行動専門』の部隊の基地なのか、防空壕に引きこもったか。管制塔に至るまでに駐機されているメッサーシュミットのG型を破壊しまくる。

「食らえ!!」

急降下しながら30ミリ機銃を掃射し、メッサーシュミットをどしどし炎上させる。と、ここで流石にアハト・アハトが火を吹き、直撃を受けた五式が2機ほど墜落する。

「お、やはりいたな!爆撃用意!……てぇぃっ!」

五式二型と四式二型の翼に携行されていた60kg爆弾が一機につき、4個投下される。これは爆弾の数を増やすための措置である。管制塔などの軟目標相手にはこれで丁度いいのだ。とどめを刺したのは5番機の投弾であり、5番機の搭乗員はこれにより勲章を得たという。帰還すると、一同はシャーリーからの出迎えを受けた。

「任務完了!帰投する!!」

増援が来ない内に引き上げ、司令部へ帰投する。この判断は正解で、それと入れ違いにme262の大部隊が飛来したものの、後の祭りであった。

――数時間後 戦線司令部

「ご苦労さん」

「ふう。シャーリー、援軍はきたのか?」

「来たには来たんだが……」

「なんかあったのか?」

「亡命リベリオン軍入りしたインディペンデンス級航空母艦なんだと」

「はぁ!?軽空母じゃねーか!!ダムバスターズをそんなので送り出したのかよ!」

「ニミッツのおっちゃん曰く、貴重な正規空母の損失は避けたいってよ」

「皮肉だな。史実じゃ掃いて捨てるほど空母余ってたリベリオンが空母不足になったなんて」

と愚痴りまくりの黒江。しかし、シャーリーが護衛空母の兵士から旗艦の艦名を尋ねると、思わぬ艦名が返ってきた。


「サン・ジャシントであります」

「な、なにぃぃ!?」

それに一同はすごく動揺する。その艦は史実では、ある人物が乗っている艦だからだ。その人物こそ、史実では後にアメリカ合衆国第41代大統領となる『ジョージ・H・W・ブッシュ』中尉である。それを知る黒江とシャーリーは内心で「あわわ……!!」と慌てまくった。しかし、ついにその当人が姿を現す。若々しい姿であるものの、未来艦で見た記録映像でのアメリカ合衆国大統領そのものだった。

「すみませんが、小沢治三郎聯合艦隊司令長官のオフィスはどこでしょうか」

「君は?」

「ジョージ・H・W・ブッシュ中尉であります。本艦の艦長ら上級将校らがまとめて、ノロウイルスに倒れまして、たまたま飯を食べていなかった小官が急遽、艦長指令によりご挨拶に伺う事に」

「では案内しよう、中尉」

「ありがとうございます」

まさか自分が数十年後に合衆国を束ねる大統領になるなど思いもしないブッシュ中尉。当時は最年少の艦上攻撃機乗りであり、有名なウィッチであるシャーリーへあこがれの視線を向ける、一人の弱冠21歳の青年。彼自身が合衆国大統領となった後に、この時の事を赤裸々に語り、ようやく二発の核を含む長きに渡る大戦での痛手から立ち直りつつあるリベリオン合衆国に暖かいニュースを届けたのは、リベリオンの日付で彼らが到着したこの日から丁度、45年の歳月が経過した1990年のある日の事であったという……。



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