−野比家を訪れたウィッチたち。彼女らは1990年代という時代に驚きの連続であった。

 

−その一 加東圭子の場合

彼女の場合は1910年代後半生まれ。史実では大正中期〜末期に差し掛かる年代の生まれ。
彼女がいる1945年とそれから54年が経過した1999年は根本的に違う風景が広がっていた。
なぜか?50年の間に日本にあまりのブレイクスルーが起こっていたので彼女の時代の名残はごく僅か。
国鉄も分割され、電話の通信事業が民営化されているなどカルチャーショックだらけ。さらにこの時期に普及し始めていた携帯電話に驚く。
50年の間に予想が完全的中したのは情報関連テクノロジーだけだが、それでも驚愕に値する。

「50年で変わったって言えるのは携帯電話やパソコンくらいか。それだけでも凄いけど」
「基本的に今の生活基盤とかは1960年代くらいで確立されちゃってるんですよ。だから基本的にやってる事は昭和30年代と変わってませんよ」

と、圭子に言いながらドラえもんは某大手食品産業のインスタントラーメンを作る。これも圭子から見れば十分革新的な食べ物だ。
これは本来なら自分が40近くになった時の時代に出現するはずという。この時代には安さや利便性から普及しているという。
ドラえもんから渡されたお湯をカップに注ぎ、3分間待つ。

「3分間か……こういう時って長く感じられるのよね」

そう。昭和30年代から延々とラーメンを食べる者にとってこの3分間は十分に長く感じられる。多くの人々が足を踏み入れた、この領域に圭子も達した。
3分間という某特撮ヒーローの活動時間と同じ、長いような短いような時間を待ち……。最後に卵をのっける。

「……3分たった?」
「今丁度3分立ちましたよ」
「よぉし!!」

圭子はここぞとばかりにラーメンをすする。自分の世界では中国や朝鮮半島の区域は荒涼地帯で、`大昔に国家のようなものがあったかも知れないが、
ネウロイに滅ぼし尽くされたかも知れない`記録しか残っていない。なので中華料理という概念そのものが存在しない。この味は正しく未知の味。
洋食や和食とは違う旨さはヤミツキになりそうだ。
ラーメンをすすり、スープを飲み終える。この時、圭子は「自分の世界に持って帰りたい」との感想を抱いた。

「この時代は凄いけど……ちょっと寂しいところもあるわね」
「どんな?」
「私の時代の名残がほとんど残っていないもの。リベリオンみたいにビルがアホのように林立してて大丈夫かと思ったし、
日本橋は高速道路(ハイウェイ)の下に埋もれてるもの。普通の建物も昔ながらの木造はほとんど消えてるしね」
「しょうがないというのも事実です」
「なんで?」
「この世界の日本は一度`破滅`しました。米国との戦争に完膚なきまでに叩きのめされて……ね」

ドラえもんはこの世界の日本がなぜこのような町並みへ変貌していったのかを話す。それは圭子から見れば愕然とするもの。それは太平洋で米国を相手に戦争を挑み、
資源がない日本は次第に米軍に数で圧倒された末に本土をB−29に蹂躙され、多くの悲劇を生んだ末に終戦を迎えたことを。

「それにこの時代は国民から日本陸軍は航空部隊以外嫌われてます。`横暴で頑迷`って日露からのイメージと戦後の憲兵などへの憎悪が重なった結果です」
「どおりで道を歩いてるおばあさんとかに汚いものを見る目をされたわけね……」
「サイパンや満州引揚の時の悲劇……この時代はそういう負のイメージを見てきた世代がいますから……大抵の一般人は旧陸軍を白眼視してます」

それはこの時空で滅んだ大日本帝国陸軍は航空部隊の奮戦で多少同情的に見られてはいるもの、それ以外の負の要素が強すぎた上、
戦後メディアの印象操作も相成って国民には嫌われている。それは主に関東軍や憲兵の行いが祟ったもの。さらに1990年代は陸軍悪玉論が権勢を奮っていた最後の時代。
加東圭子は初日に、風呂に入った後、陸軍軍服姿で外に散歩に出かけた時に道を歩いてたお年寄りに`汚いものを見る目`で見られた事を思い出す。

旧陸軍の軍服がそのおばあさんにとって、何かを思い出すからだろうとドラえもんはいう。

「軍は私たちの世界でも馬鹿が多かったけど……この世界ではそいつらが国を破滅させたのね」
「そういう事です。で、東京も大空襲で半分以上が焼け野原になって……戦後にのび太君のおじいさんたちの世代が頑張って国を立て直したんです。
政策の中心を軍需から経済分野に変えて。けど、8年前にバブル経済が崩壊してからは政策の失敗もあって、ずっと経済は悪いままです」

「軍中心の繁栄がダメになったから今度は経済で……だけどそれも落ち目になりつつある……か。なんて言えばいいのかしらね、」
「こういうのは`失われた30年`でしょうね。日本の政治家や官僚は好景気だった時代の旨みを忘れられない輩が多いですし、」

1950年代以降の日本は軍が滅んだので、とにかく-金-資本主義の世の中の経済で大国に対抗しようと踏ん張ってきた。
その努力の成果は1980年代中盤の`プラザ合意`に始まる、バブル経済で繰り広げられた、ある一種の狂騒曲と言える身の丈を超えるほどの繁栄で頂点を極めたが、
1990年代初頭にバブル経済が崩壊してからはその経済も斜陽の時代を向かえ、1990年代末はその最初の底に達した時期。ドラえもんは居候する内にその空気を肌で感じてきた。
だからそういったのだ。圭子はその言葉に同意した。彼女も幼少期に世界恐慌の騒乱を目にしたが、それとは違う景気の悪さを空気として感じたからだろう。

「ねえ、さっきから思ってたんだけど……話、思い切りずれてない?」
「ですね。まあ経済もあながち戦争と関係無いとは言えませんから」
「まあそれはわかるけどね……特にこの国は」

2人の会話はいつの間にか経済談義に話題がずれていた。
だが、もしこの場にサラリーマンであるのび太の父「野比のび助」がいたらなんとコメントするのだろうか。

 

 

 

 

−加東圭子派ラーメンを食い終わった後、図書館へ出かけた。半世紀の間に扶桑……否、日本がどのように変わったのかを知ろうとした。
ただし太平洋戦争後の日本はアメリカを模範として成長してきた。例を上げれば、軍亡き後の軍事組織である「自衛隊」の陸戦分野では、
陸軍の伝統は表立っては伝えられていないのがその証拠である。圭子は若干寂しい気持ちで図書館所蔵の本を閲覧していた。

「太平洋戦争……国を破滅させた戦争か……」

彼女にとって太平洋戦争で敗北していった帝国陸軍は扶桑陸軍のもう一つの姿。
戦後の一般市民にとって帝国陸軍は`太平洋戦争を`引き起こした忌むべき存在`。
俗に云うところの陸軍悪玉論が戦後の日本人にとっての陸軍の価値観を支配して久しいこの時代では、
太平洋戦争関連の映画などを見ても`暗愚で頑迷で、腐敗した`帝国陸軍の姿が描かれているのが多い。
陸軍軍人である彼女にはショックな光景であった。確かに陸軍軍人には横暴な者もいたが、高潔な軍人もいる。それを無視して一方的な視線から描くのは間違っていると圭子は思う。

「`東條大将が総理になって戦陣訓が出されて……`か。戦前と戦後は、まるで別の国みたいね……」

圭子の世界にも東條英機はいた。だが優秀な軍の官僚としてであり、総理大臣ではない。
この世界での彼の不幸は`日米開戦時の総理大臣であり、体制の統制のために行った政策がこと如く戦局の悪化で裏目に出てしまったこと`だと本には書かれていた。
なにより寂しかったのは戦後の人間は戦前の文化を顧みない面があるところだ。自分が子供の頃に流行っていた流行歌はこの時代ではほぼ忘れ去られている。
かろうじて少女画などが戦前の平和だった頃の残光として記憶されている。
信じがたいことだが、下手をすれば大学教授までもが戦前の流行歌を知らないため、「ジャズは戦後に入ってきた」と講義している所があるという。

「で、戦後に文化が発達して今に至るってわけね……。なんだか自分の世界とは根本的に歴史が違う事を感じちゃう……戦国時代からして違うし……」

彼女の世界はある意味では`明治の元老などが実現させようとした富国強兵政策が安土時代の時点で理想的な形で実現した`世界。
織田信長が存命し、開放的な幕府体制を作ったという、歴史家が聞いたら小躍りして喜びそうなシチュエーションが本当に起こった事。
この世界では信長は本能寺の変でそのまま死亡、羽柴秀吉が後継者として統一するが、関ヶ原で破れた事で徳川家康が開いた江戸幕府に取って代わられた。
圭子の世界では両者とも織田幕府の優秀な一役人として生涯を終えたが、異なる運命をたどっていれば双方ともそれなりの施政者として腕を奮ったのがよくわかる。

−結果的に家康の江戸幕府はこの時代の通説`子孫達の功罪`と言える「鎖国」(23世紀頃には研究が進み、ある時期の施策が改革なされずに慣例化してしまっただけという新設が主流だが、
20世紀末頃にはこれが通説であった)が日本の発展を遅らせたと書かれているのは時代を感じる。やっぱり時代によって通説は変わっていくのね。

「あれ?少佐じゃないですか」
「その声はスネ夫君?君も来てたの」

圭子はどこかで聞いた声に振り返ってみる。すると骨川スネ夫がいた。

「どうしたんですか今日は?」
「フェイトの護衛って事で一緒にのび太くんの家に厄介になってるの。君はどうしてここに?」
「夏休みの自由研究に使う本を探しに来たんですよ。これから受付で手続きをするところで……そうだ。ちょうどうちに新しいビデオがあるんで一緒に見ませんか?」

圭子はスネ夫と一緒に図書館から借りる本の手続きを済ますと骨川家に立寄り、スネ夫と一緒にビデオを視聴した。
それは1958年制作の仏映画「死刑台のエレベーター」であった。この映画はフランスにおけるサスペンス映画の金字塔的作品。
出演女優のクールな美しさなどから映画史に名を残した作品。
圭子はフランス映画に、戦後に映画の王様として君臨する`ハリウッド`とはまた違った魅力を感じ、ただただ、見とれていた。

「これがフランス映画……ハリウッドもいいけど、別の国の映画もいいわね」
「でしょう?色々あるんで見たかったら遠慮なくどうぞ。英国映画にイタリア映画、フランス映画、ロシア映画に邦画……
もちろんハリウッド映画も取り揃えてあります。ただし一部のやつは根気ないと見れませんけど」
「どうして」
「作品によっては時間が馬鹿みたいに長いんです。ドクトル・ジバゴは197分もかかりますから」
「うへぇ……。あっ、そうだ。今度暴れん坊将軍の録画ビデオ貸してくれない?昔の同僚に頼まれてて……」

大作のとんでもない長さに唖然としながらも圭子はスネ夫との雑談を楽しんでいた。

 

 

 

−西沢義子の方はのび太と一緒に買い物を楽しんだ後、ジャイアンと合流し、なぜか野球の試合をやることになってしまった。彼女は乗り気。
野球のルールは一応知っていたらしく、バッターボックスに意気揚々と立つ。相手ピッチャーはセーラ服姿の西沢に見とれつつも仕事はこなす。

「へへっ、軽〜いぜ!!ほらよっと!!」

相手ピッチャーの投げる玉は西沢にとっては軽〜いジャブみたいなもの。適当に片足を上げて打つ。
西沢がこの時取った打法は偶然にも往年の巨人軍の黄金期を支えた打法「一本足打法」。当然ながら大ホームランとなり、場外までかっ飛ばす。

この時、ジャイアン率いるジャイアンズと草試合をしていたのはチラノルズというチーム。ジャイアンズとよく試合をしているチームで、
この界隈の少年野球チームリーグでのライバル。ジャイアンズは西沢義子という思わぬ強力な助っ人を得た事で初回から快調。二回の裏の時点で3点をとっている。

「おお〜さすがリバウの魔王だぜ!!」
「野球にはあまり関係ないけどね〜」

…と、のび太はジャイアンにツッコミを入れつつ西沢にいいところを見せようと、バッターボックスに立つ。
ジャイアンズの他の連中はのび太をあまりアテにしていないようで、中にはのび太の打率を知ってるせいか、頭を抱えて絶望のあまり悲鳴を叫ぶ者もいたとか。

ベンチのこの自分を戦力として見ていない状況にさすがに憤慨したのび太はベンチへ帰還した西沢のアイコンタクトにも促される形で勇気を出し、
思い切ってバットを振る。その結果は。

「…えっ?」

「カキーン」と景気のいいインパクト音が響く、バットを振る。
ボールは既に遥か彼方へ飛んでいっている。まぐれ当たりながら本塁打をかっ飛ばしたのだ。
それに気づいたのび太はガッツポーズを取りながら塁を回る。

相手ピッチャーは「のび太如きに……」と意気消沈し、号泣。このピッチャーはこれが響き、乱調となってしまい、ジャイアンズにメッタ打ちされた。
4回からピッチング
に回った
西沢の大活躍もあり、ジャイアンズは久しぶりの勝利の美酒に酔った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

−かつてゴルゴ13と呼ばれた男がいた。後世にはマンガと言う形で伝わったが、仮面ライダー達の中には戦いの中で彼と実際に対面していた人物もおり、
彼等は彼についてこうコメントを残していた。

「一度しか会ったことはないが、一目見てプロと分かった」
「あれじゃショッカー首領でも助からないだろう」

……とのコメントを残している。ゴルゴ13の存在が世に伝わったのは22世紀に入った頃、ゴルゴ13の信頼出来る協力者の一人の子孫が漫画と言う形で彼の存在を明らかにした。
ゴルゴ13のルーツについては生前の彼も一切語っていないので不明だが、公の場で「デューク東郷」と名乗っていた事から、
過去に東郷の性を名乗っていた人間だという事は推測されていた。そして22世紀の政府関係者はその実在こそ掴んでいたもの、ゴルゴ13のルーツは依然として謎に包まれている。

「この漫画はフィクションじゃないって?」
「ええ。連邦政府の中じゃ結構有名な話ですよ。ゴルゴ13、またの名をデューク東郷……は本当に居たってのは」

シャーロット・E・イェーガーは22世紀から持ち込んだ「ゴルゴ13」の漫画を見ながらのび太の部屋でくつろいでいる。
501の面々ではほぼ唯一、ドラえもん達と面識ができていたために、ある日、のび太の家を訪れる機会ができていた。
ちょうど加東圭子や西沢義子が泊まりにきていたので、そのついでで、のび太が呼び、シャーリーはその話に乗った。
それで、ドラえもんに連絡をとる形でルッキーニと共に何日かの計画で寝泊まりに出ていた。
ドラえもんと共にリラックスしてくつろいでいたが、そこにいつもの通りにのび太のママ(野比玉子)がのび太が隠していた0点の答案(教科は算数)を見つけ、
憤慨しながら部屋に入ってきた……。

『のぉびぃぃちゃん!!!……あ、あら?』

怒鳴りこんでくる玉子であるが、そこにもう一人いることに気がつく。グラマーな白人美人がドラえもんと共にリラックスしていたのだ。これには驚きを隠せない。

「ドラちゃん、この人は……?」
「のび太くんの知り合いの人で、シャーロット・E・イェーガーさん。アメリカ人で、日本に観光に来てるんです」
「どうもお邪魔してます。すみませんね、突然押しかけちゃって……」
「いえいえ、かまいませんわ。それではごゆっくりと」

野比玉子はひとまず部屋を去ると、最近、息子が客人を連れてくるようになった事に嬉しさと寂しさを同時に感じていた。
いずれも10代中頃から後半頃の少女達だ。彼女たちと雑談していると自分もその年代に戻ったかのような気分に戻れる。
息子が年上の女性にも物動じないで接するようになったのは嬉しいが、親の手から離れていくことへの寂しさも感じる。

「私も年をとったのかしらね」

居間で女性雑誌を見ながらそうひとりごちる玉子。彼女は今夜のおかずを考えていた。
のび太と客人の一人の西沢義子が野球の試合とかで繁華街の近くに行っているが、
場所的に会えるかはわからないので、図書館から帰ってくる加東圭子の方になら会えそうだ。
彼女によれば、「アフリカの方に行っていたから日本のものがむしろ珍しくなっちゃって」との談。親の仕事でアフリカのほうで暮らしていたのだろうか。
そう目星をつけて玉子は買い物へ出かけた。

 

 

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