短編『扶桑の叛乱』
(ドラえもん×多重クロス)
――どこでも、いつでも批判する者があり、される者がある。扶桑皇国内で吹き荒れた粛清の嵐がそれであった。1945年に出された公職追放令で追放された軍人・政治家・官僚は多岐にわたり、社会的名誉も地位も失墜して赤貧に堕ちた者は多数生じた。また、陸軍幼年学校が廃止され、その出身者達の軍入隊が制限された(これは純粋培養の陸軍将校の思考的硬直性が問題視されたため)のも追放者達の憎悪を煽った。太平洋戦争という、『起こってもいないし、世界情勢的にも今後起こらないはずの出来事』で犯した罪で非人道的までに糾弾され、将来、自分達が保持するはずの社会的地位も名誉もを無にされるのは我慢ならない愚行と受け取ったからだ。そして決定的になったのが、この事例だった。史実での総力戦研究所での図上演習を軽視し、敗北を招いたとされる東條英機が首に『私はA級戦犯です』とプラカードをかけられ、道中引き回しと、懺悔しながらの石叩き1000回の刑が課せられた事も余計に事を大きくした原因だった。他には史実自衛隊の軍備増大に長年にわたって悪影響を与えたとされる陸軍主計大尉の海原治は別の自分の行いのおかげで少佐以上への出世の道を絶たれ、その後に大尉のままで退役したという。このように未来情報で出世の道が約束された者、道を絶たれ、日陰者に追いやられた者もまた存在した。後者達が反乱軍を立ち上げたのは、『行うかもわからぬ事で人生を左右されるのは御免だ!』と憤慨したせいでもあった。
――地球連邦政府もこの、一部将校・兵士による史実A級戦犯および高級将校、後に自衛隊に悪影響を与えた者らへの私的制裁が横行しているのを問題視した。『同姓同名の他人』に等しい平行時空の彼らに史実の恨みをぶつけるのも不毛であり、扶桑との関係を悪化させる要因であると考えたからだ。
――西暦2201年 ギアナ高地
「レビル。兵らの扶桑の高級将校への私的制裁は抑えきれんレベルに達している。既に『カミカゼ』を推進したとされる者、『大和を沖縄に突っ込ませた参謀』、『レイテ沖海戦で逃げた提督』らに制裁が下され、半年以上病院送りにしてしまったと報告が来ている」
「犯人はやはり日本系の兵か?」
「そうだ。どうせ不利になれば同じこと考えるから制裁したと取り調べに答えている。やられたほうはあまりのショックで失語症になったのもいるそうな」
「うーむ。シナプスも困り果てているようだな」
「犯人たちはシナプスに責任が行かないように、自分達がかってにやった事だと口をそろえている。しかしこれは度を過ぎている」
「扶桑からはなんと?」
「公職追放令で立場を失った陸海軍将校や兵たちが不穏な動きを見せている。向こう側の日付で45年の秋には蜂起が起きると見込んでいるそうだ。シナプスの更迭はどうする?」
「兵たちが独断で行い、更に庇っている以上、強くは追求できんな。彼には落ち度はないわけだし、彼と参謀の給料の天引きと始末書で留めておこう」
「穏便でいくか。まあいい、だが、反乱は完全鎮圧せよと厳命しておけ。圧力は必要だ」
「わかっているよ藤堂」
レビルと藤堂平九郎はシナプスの処遇と扶桑で起きる反乱を天秤にかけた。その結果、シナプスを更迭しない代わりに『反乱を無慈悲に殲滅せよ』という指令を発することで圧力をかけるという政治的決着を見た。そのためにシナプスは最新兵器をフルに使う形で殲滅を選んだ。
――派遣艦隊 司令部
「ふう……どうやら上層部は私を免責する代わりに反乱を殲滅せよということにしたらしい」
「兵が行った愚行のせいで閣下が更迭される危険がありましたからな。仕方ありません」
「ああ。各員に戦闘準備を指令。近いうちに反乱が起きるぞ」
シナプスは更迭を免れたものの、やはり監督責任が生じたために、参謀共々に給料の天引きと始末書が課せられた。そして至上指令として、反乱が起こった場合は徹底的に殲滅せよという指令が通達された。既に扶桑は彼等の行った介入で国家体制や軍体制に変化を生じ、次第に議会制民主主義国家としての体裁を持っていた戦後日本に近い姿へ脱皮を始めているが、飽くまで天皇中心を叫ぶ皇道派などの完全な民主主義に異を唱える勢力は多く存在したからだった。
――1945年 8月
「源田大佐、これは連邦軍からもたらされた情報なのですが、301、321などが反乱に加わるとのことです」
「やはりな。奴らは今の軍に不満がありありだろう。我が343空は陛下と皇国を守る最後の盾である。各員の訓練は?」
「万全です」
「宮藤と菅野が戻ってきたら訓練への復帰を言い渡す。これは皇国の恥部を晒しかねん事態だからな」
源田実大佐は空軍設立の暁には将官となる事が約束された者の一人である。彼は史実で航空自衛隊幕僚長に名を連ねた旧軍将校であることも手伝って、粛清時の懲罰が軽微に留まった。そして空軍設立の際に名が上がり、抜擢されたというわけだ。反乱軍を圧倒するべく、隊員全員に編隊空戦の訓練を徹底させている。
「橘花改の生産が開始されたと長島から連絡が来ております」
「そうか……あれは我が343空が制空権を握るための鍵である。くれぐれも口外せぬように」
「ハッ」
――橘花改。それは前年から試作されている橘花を本格戦闘用として更に改設計したもので、ストライカーとしての海軍航空隊次期主力を期待されていた。(空軍移行後、343空が64戦隊と合併し、より進歩的な設計が使われたF-86採用後もしばし使用された記録が残されている)800キロ台後半の速度、零式と比して短い行動時間などの黎明期のジェットらしい特徴を持っている。無論、レシプロ機に比して非常に強力であるため、343空へ優先配備が確定している。彼が口外を禁じたのは反乱が間近いと噂される故、343空の優位性を保つためであった。
――この時期、扶桑の陸海軍内で未来世界への反感が溜まっており、かなりの部隊が反乱に加わるという情報が流れていた。それを見極めるため、加藤武子は同僚のつてでドラえもんに捜査の協力を依頼。ドラえもんはタイムテレビやスパイ衛星を活用して、調査を行った。
「海軍は戦艦近江が反乱軍に加わるようです。これで反乱軍は紀伊型戦艦の後期建造分を中心にするのが確定しました」
「大和型や三笠型じゃないのが不幸中の幸いね……まったく、内輪もめしてる場合じゃないってのに」
「仕方ないですよ。未来の人々は扶桑の上層部を内心で侮蔑してるし、見下してる。それへの反感がこうして暴発しようとしてる。でもそれは未来人の統制を強めるだけだっていう悪循環。2つの蜂起事件で日本人は純粋培養の青年将校を信用していませんから」
「幼年学校の廃止と在籍者の入隊を規制したのはやりすぎじゃ?」
「純粋培養の将校が終戦間際にクーデター未遂を起こした事も相なって、日本人は普通の経歴で士官学校に入ることを重視したんです。国際情勢を読めないとか言って、純粋培養の幼年学校出身者は戦後に再入隊すら弾かれてますから。要するに負けると全否定するのが日本人ですよ」
「ある意味哀れね……負けるとそれまでの全てが否定されるなんて……」
自衛隊設立時に陸軍幼年学校出身者は士官学校出身者と異なり、再入隊できなかった例が多い。これは時の施政者達が持っていた陸軍への反感が大きかった故で、ドラえもんの説明に武子は同情を見せた。明治から昭和初期までの富国強兵政策を否定され、戦後日本人に『軍国主義に走った愚かな国』のレッテルを貼られた大日本帝国の顛末は扶桑ももし織田信長が本能寺で死んでいれば同じような運命になったと考えられるので、他人事ではない。
「ん?見て下さい」
「第一航空軍司令部ね……青年将校達と司令が揉めてるみたいね。音声拾える?」
「スピーカーの音量調整します。……出します」
ドラえもんがモニターのスピーカーをオンにすると、いきなり怒声が響く。青年将校らと司令官らが揉めているようだ。内容は決起を促す青年将校とそれを止めようとする司令官の言い合いというよりは罵り合いで、そして我慢出来なくなった将校が刀で司令官の首を跳ねるという凶行に出るさまが音声付きで映しだされた。二人は思わず吐き気を催し、そしてそれに協力すらする周りの将兵。武子はこれに思わず激怒しそうになる。表情が怒りに震え、拳が震える。
「司令官を殺しておきながら国賊とレッテルを貼るなんて……これが軍人としての誇りだというの!?」
「映画で見たけど、これは酷い……これを未来人が知れば統制をますます強めるでしょうね」
「未来世界の日本人が陸軍軍人を疎んじてるのはそういう事なの?」
「僕たちは実際に戦時中に行ってますが、戦争末期は病的までに軍人達の一部はプロパガンダ通りに『一億玉砕』を信じていた。日清や日露に勝ってきた軍人たちは『日本が負けるはずない』として国民を弾圧した。だから負けた後の100年近く正式な再軍備がタブー視されたんです。その中心が陸軍軍人だったから余計にそうなって」
「国民を守れると思って戦ったら、大義名分は愚か、自分達の存在すら否定された、か……手のひら返しもここまで来ると酷いわね」
「施政者達は自分達の失策を軍部に押し付け合いしたし、軍部は海軍が戦後社会である一定の地位を得たけど、陸軍は疎んじられたんです。防衛戦争すら愚かな行為と笑われる時勢が続いた。そんな経緯がある故に地球連邦の支配層である日本人達はこの時代の軍人を疎んじているんです」
そう。太平洋戦争以後の日本が世代交代した後も戦争を長らく嫌悪したが、その原因を作ったのはこの時代の軍人達である。それ故に地球連邦を牛耳る日本人達はこの時代の軍人を疎んじている。ドラえもんは意外に核心を突く発言をする時があるが、この時は武子を感心させた。二人はすぐに山本五十六海軍大臣と井上成美海軍次官に通報、山本の指令で決起が起こり次第、鎮圧に乗り出すべく極秘指令を発した。改装が終わって、横須賀で待機中の戦艦大和は直ちに訓練航海の名目で呉へ出港が通達され、なんと山本五十六海軍大臣自らが座乗。反乱軍への備えをするべく、武子達を招集した。
――戦艦大和 作戦室
改装後の大和は重要部などに20世紀後半以後の軍艦同様の構造が取り入れられ、時代がかった外見とは裏腹のハイテクである。作戦室も例外でなく、コンピュータが置かれている。
「状況は深刻なようだね、大尉」
「ハッ……陸軍第一航空軍のかなりの部隊が参加すると見込まれ、海軍も本土防空航空隊の複数が叛乱に加わる模様です」
「こちらで信用できるのは343空や君の64戦隊、47戦隊、50戦隊などの少数の精鋭部隊のみ……海軍は紀伊型等の軍艦の半数が事前に落とされている。大和型や長門型が無事なのが不幸中の幸いと言えるだろう」
「大臣、長門は20年ものです。紀伊型に対抗できるとは思えませんが」
「うむ、それなんだが、陸奥を廃艦処分にした以後は実験艦扱いにしてあってな。50口径41cm砲に換装して、装甲を大和型に先行して改装してある」
「近代化改装ですか?」
「そうだ。本来は陸奥も同仕様に改装する予定だったんだが、いかんせんドイツ軍との砲戦によるダメージが大きくてね。廃艦処分にして連邦にくず鉄として売っぱらう事になったんだよ。その代替に大和型5番艦が認可された」
――さすがに扶桑海軍も20年ものの陸奥を大修理することに意義を見出せなかったのが山本の言葉から伺えた。大和型の5番艦建造はその代替であるらしい。未来世界の技術の導入度合いを増やしているので、完成までは大和や武蔵よりは早まり、1948年から1949年頃の就役を見込んでいるそうだ。(事実上は改大和型三番艦でもある)
「しかし、長門と大和が手元にあるとはいえ、国内にいる他の戦艦がどう動くか……」
「武蔵は実験艦に艦種替えがされて実戦運用は棚上げされてるから安心ですが……」
「伊勢に近江と駿河が危ないな……」
「ドラえもん君、艦隊単位で参加する危険はあるかね?」
「それはないでしょう。艦隊単位で離反するには艦隊司令官をなんとかする必要がありますし、首謀者らもそこは諦めているでしょうし、海軍艦隊からの離反は少数に留まるでしょうね」
ドラえもんはその点を読んでいた。海軍艦艇は艦隊司令部をどうにかしなければ艦隊単位での離反は不可能である。それに離反に同意しない良心的な者達もいれば衝突が起き得る。海軍は統制が陸軍よりも厳しいため、艦隊規模での離反は起きなかった。個艦単位で叛乱に加わったがために連携は取りにくいだろうと。実際、この読みは的中し、反乱軍主力は陸軍部隊が占めていた。
――同時刻、扶桑皇国の反乱の根が気になっていたなのはは小沢治三郎の密偵という形で各地を偵察していた。これは忍者戦隊カクレンジャーなどに忍者系スキルを教わっていた成果であり、当人としてはどうでもいいスキルであったが、安易に砲撃魔法に頼らない戦闘法を模索していた中では有力な選択肢であった。そのためフェイトが飛天御剣流をその後も極めていったのに対し、なのはは一個に特化しない戦闘法になっていた。家の剣術は姉や兄への引け目から習うのを固辞、飛天御剣流の心得をある程度得たところで、自分の特性的に飛天御剣流ではなく、同時に伝えられた御庭番式小太刀二刀流のほうが適していると考え、そちらを極める事を決意。紆余曲折あって、20歳に差し掛かる頃には飛天御剣流をある程度は扱うが、御庭番式小太刀二刀流も使うという戦闘スタイルが確立されたという。
「ここの部隊はキ61を使用……まぁ問題ないな」
ミッドチルダの戦いが一段落ついた時、なのはは休養を取ろうとしたが、なのはの体術と忍術に目をつけた小沢治三郎連合艦隊司令長官の要請で扶桑軍の内情調査に就くことになり、この時期はドラえもんらと組む形で扶桑本土各地を歴訪し、反乱軍についたと思われる部隊の調査を行っていた。
「飛燕に隼二型……キ60……前世代機が残ってる田舎の部隊が共鳴してる場合が多いな……最新鋭機は司令部直属の精鋭を最優先にしてるらしいけど、吉と出たな」
――これまでの調査では概ね本土防空にて比較的僻地に配置されている部隊が冷遇(被害妄想に近いが)に怒り、反乱軍に加わる密約を交わしている事が判明している。これは防空上重要拠点に配置されたり、史実でも戦果を残した部隊に最新鋭機が優先配備されている。これは本土防空に敗北した記憶を持つ日本人らが推進させた事項だが、それら部隊から押し付けられた余り物を使うことになったり、最新鋭機に乗れないことに苛立つ者達が被害妄想で反乱軍に加わるという何とも情けない現状になのははげんなりした。
「扶桑も日本帝国と同じで、結構似たようなところあるんだなあ……。ドラえもん君?あたしだけど。今、北方面の部隊調べ終わった。わりかし旧型機が残ってる部隊が多いね」
「旧型機?機種は?」
「隼に、飛燕にキ60?」
「キ60?何それ?山本大臣、わかります?」
「ああ、キ61を作る前に試作された液冷式の戦闘機だよ。ドイツのオリジナルエンジン載っけているんだが、扶桑の整備力では手に余ってな。そのまま試作で終わった機体で、飛燕の前段階に位置するが、飛燕も今や二線級な上に地球連邦軍に液冷としての性能向上型の開発を打ち切られたからね。余ってた機体だ」
そう。飛燕系列は唯一、空冷化した五式戦闘機が生き永られた。しかもそれが最も高性能・高稼働率という川滝飛行機にとっては皮肉な結果を招来した。飛燕が地球連邦軍の横槍で生産中止を決められ、しかも二流メーカー呼ばわりされたことに反感を持つ川滝の中には反乱軍へ機材を提供するものが多く、それが結果的には反乱軍の数を増加させるには役立っていた。
「それがなんであるんですか?」
「恐らくは川滝の誰かが、それも製造部門の重役が流したんだろう。液冷機は製造中止になったからな」
山本は川滝の経営が地球連邦軍の介入で傾き、五式戦闘機で持ち直したものの、メーカーが長年取り組んできたモノを否定されたことへの怒りは大きいようだ。史実太平洋戦争で『飛ぶと壊れるエンジン』とさえ評されたハ40は地球連邦軍から酷評され、即刻生産中止と性能向上型の開発中止が間接的に指令された。これは液冷エンジンに力を入れてきた同社の努力を否定するも同然だったが、地球連邦には大日本帝国陸軍が実際に手を焼いた記録があり、それを提示されては立つ瀬がなく、結果、五式戦闘機が開発された。山本は五式はメーカー工場の温情を無視して行った施策へのの反発が反乱軍への機材提供につながったと推測する。
「まあ、たとえ三式二型が完成していたとしても所詮591キロしか出ない。紫電改や烈風の優位は揺るがんさ」
そう。三式がいかに850キロの急降下速度に耐えうる強度を持っていおうとも、それ以外の分野では新型機が圧倒的に優位である。山本が三式を旧型と扱うのはそこにあった。
――ちなみに、五式戦闘機(脚)はメーカーにとっては事もあろうに最高速度が低下した以外、全ての飛行性能が飛躍的に向上し、模擬戦では疾風三機相手に優位に戦える事を証明。結果的には『キ100』として制式採用、ジェットまでのつなぎを兼ねて第一次生産分が393機発注された。空軍設立後も生産は続き、戦闘機が完全にジェットに置き換えられる1950年代後半まで生産が続いたとの事。ちなみに智子と黒江もこの時期に疾風の予備として、五式を要請したとされ、如何に第一線ウィッチと搭乗員から五式が高評価であったのが伺えた。
――この年の9月、それは起こった。陸軍兵が銀座などを闊歩し、当時に総理大臣となっていた鈴木貫太郎予備役大将などの重臣排除を目的に、歩兵連隊、三式中戦車チヌなどを装備する戦車連隊などが蜂起した。しかしこの蜂起は既に重臣らは察知しており、彼等の目的は尽く空振りに終わっていく。そして彼等が意気揚々と呼び寄せた四式重爆撃機「飛龍」が重臣らが会議を行っている場所に爆撃コースに乗ったのだが、実はその情報そのものが欺瞞であり、彼等の頭上から時代が違う荒鷲が颯爽登場し、襲いかかった。それは調布飛行場に完成機が先行配備されていたドラケンであった。これこそ山本五十六の切り札その一であった。機体そのものも史実での最終型を更に改良した設計で、設計そのものも日本列島での運用を前提に大型化している。これはスウェーデンと扶桑(日本)では運用状況が異なるからだ。飛龍は双発爆撃機としては破格の運動性能を持つが、次元が違う性能を持つドラケンの前では誤差の範囲であった。
「ち、中尉!あ、あれを!?」
「た、タービンロケット機(ジェット機という名称はまだ未来世界を知る者達のみが使用するに留まっており、ロケット機と呼称していた)だと!?馬鹿な!完成機が納入されたなど聞いておらんぞ!?」
編隊の最後尾機が機銃の掃射を受けて空中分解する。無論、マッハ2以上の速度で飛翔するドラケンの流麗な機体に飛龍の機銃座の攻撃は全くかすりもしない。第二次大戦中盤の日本軍同様の射撃管制装置しか持たぬ飛龍に本来ならば1950年代以後に第一線を担うジェット機の相手は酷であった。次々と高性能なはずの飛龍が撃墜されていくのは悪夢にしか見えなかっただろう。
「撃て撃て撃て!!一機でもいいから落とせ!」
兵士たちはこれが正義と信じ、戦った。だが、蜂起した時点で大義名分など薄っぺらなものへと成り果てていた反乱軍に生きる道はないと言わんばかりのドラケン隊の猛攻は実戦テストと言わんばかりの圧倒的戦果となって現れた。ミサイルを使わないあたりは本気でないと示すための示威でもあった。
「全機、反乱軍を生かして返すな。ミサイルはもったいないから機銃で始末せよ」
「了解」
ドラケン隊の通信はわざと反乱軍にも聞こえるようにされていた。これは反乱軍の正当性など微塵もない事を示すためのパフォーマンスであった。そして最後の一機が背後からの機銃の一撃で空中分解して果て、反乱軍爆撃隊は消え失せた。この報を受け取った山本五十六はそうかと一言いい、安堵したようだった。だが、海軍からも反乱者が出た以上、誰かが責任を負う必要がある。小沢治三郎から辞表を受け取った彼は軍令部の井上中将を通して『反乱艦艇を撃滅せよ』と事前計画の通りに指令を出した。小沢治三郎にとって、これが連合艦隊司令長官としての最後の仕事となった。小沢は自ら大和に座乗、長門と少数の護衛艦を率いて出撃した。地球連邦軍との共同戦線で事に当たり、反乱軍側に与した艦艇の撃滅に当たった。
――数日後 太平洋側の日本近海。
「長官、電探に艦艇を補足。戦艦3隻です」
「ヘリから打電。伊勢、近江、駿河と確認」
「長門へ打電、戦闘配備!」
「全艦、戦闘配備!」
――大日本帝国海軍ならば普通は「合戦準備」と号令が下るが、扶桑海軍は大戦勃発後に他国との共同作戦の都合上、独自用語(合戦準備やだいい、だいさなどの独自用語と呼称)を廃していた。なので『戦闘配備』と号令されたのだ。大和の50口径46cm砲と長門の50口径41cm砲が仰角を艦隊戦に最適な角度に調整され、弾が込められる。
「本艦は長門と統制射撃を行う!電探と射撃管制装置はこちらのほうが新式だ、自信を持て!」
大和艦長に着任した有賀幸作大佐。彼は運命的に大和の艦長となった。これは大抵の別世界で、彼が大和と運命を共にした記録が伝えられた事による軍令部の温情的処置で、彼自身も大抵の世界で成し得なかった『大和による自身の艦隊戦』に意欲を見せていた。
「有賀君、君の雪辱を晴らしたまえ。賊軍に情け容赦はいらん。徹底的に叩き潰せ」
「ハッ!主砲の弾丸はSHSを使え。艦政本部から試験せよと通達が来ている。敵の出鼻を挫く」
大和の主砲に弾丸が装填される。互いに前部砲戦から開始するので、第一第二主砲にのみ装填される。大和と長門の艦隊戦射程は近江と駿河よりも長射程となっている。部分的に未来技術が使われたためだ。数千mほどの差だが、この差が大和側の優位となって現れた。
「機先を制すぞ!打ち方始め!」
大和の46cm砲と長門の41cm砲が火を噴く。SHSと呼ばれる大重量砲弾がこの時始めて日本戦艦から放たれた。史実ではアメリカ海軍のみが使用したこの砲弾は大重量故の落下速度で従来型砲弾対応の防御しか持たぬ近江の主砲塔装甲を六発中の一発が貫いた。近江の第一主砲塔が轟音を立てて破壊され、折れた砲身が無残に飛び散る。初弾命中は僥倖ではあったが、リベリオン式砲弾の予想以上の破壊力に誰もが感嘆とする。
「これがリベリオンの最新研究の威力なのか……」
撃った砲術長でさえそう呟く威力。実は日本の徹甲弾は水中弾効果を前提にした構造な故、純粋な貫徹力自体は欧米の砲弾より劣る。扶桑では冶金技術の違いで差は大日本帝国よりは縮まっているが、それでもやはり威力の違いがあるらしい。負けじと近江と駿河が砲撃開始するが、当然ながら第一射は外れる。第二射で一発が長門のバイタルパートに命中する。
「長門、被弾!」
「ふん。近江と駿河の砲弾で改装後の長門の装甲は打ち抜けんわい」
大和の砲塔で呑気な会話が交わされる。長門は実のところ、大和型に先行して実験的に装甲がガンダリウム合金(対ビームコーティング済み)へ換装されていた。史実での改装後の弱点である機関部の装甲部も最新の41cm砲対応に強化されており、紀伊型を凌ぐ防御力を得ており、この時点で近江と駿河は図らずしも陳腐化していたのだ。
「第4射、撃てぇー!」
4回めの斉射が行われる。この時、面舵で大和は近江、伊勢、駿河に対し、脇腹を見せ始めた。近江らは一斉に砲撃するが、戦艦の斉射はそうそう当たるものではない。ましてや、砲戦距離が日露戦争時より遥かに延伸した、おおよそ20000mもの距離で打ち合うのだ。一般に言われる『レーダー射撃は高命中率』は間違ってはいないが、顕著な差があるわけでもない。ミッドチルダ沖海戦でドイツ軍と撃ちあった陸奥の元乗員もレーダー射撃の精度は互角であったと証言している。砲術という戦術そのものがこの時代で完成しきってしまった故だった。そして、近江の船体装甲をついに大和の主砲弾が貫く。
「近江に命中!火災発生の模様!」
「命中箇所は?」
「後部甲板の模様!水上機を破壊し、そのまま甲板内に飛び込んだと思われます」
「ふむ。珍しい箇所だな……大角度で命中したのか?」
「この距離だとまあありえましょう。これで近江の弾着観測は封じました」
「駿河は?」
「長門が相手取っております。ミサイルの命中を確認、高角砲群が炎上した模様です」
「伊勢は取るに足りん相手だ。まあ後回しでよかろう。紀伊型だけが脅威となり得るからな」
小沢は連合艦隊司令長官としての自身最後の仕事が砲撃戦となる事に歓びを感じる一方、山本五十六に報告する。海軍大臣が連合艦隊司令長官とともに座乗するというのは異例で、連合艦隊司令長官に指揮を一任しているとは言え、座乗していると言うのは心強さを感じさせた。
「小沢くん、紀伊型を戦闘不能にしたうえで降伏させる方法はあるかね?」
「山本大臣、それは残念ながら無理でしょう。ミサイルでは戦艦艦橋の装甲をぶち抜くのは期待できませんし、投降した事例は未来情報でも第一次世界大戦や太平洋戦争以後はありません」
「そうか……ならば砲撃戦で完膚なきまでに叩き潰せ。水雷戦隊には対空監視を続かせせるように」
「ハッ」
非公式ながら小沢に指示する山本。実戦肌であるが、根が慎重肌の小沢を博打打の山本がカバーする。山本は少尉候補生時代の事変で指を失った以外は実戦経験がない。そのため、小沢にアドバイスを送る役に徹している。もっとも海軍大臣という職にあるので、あくまで非公式の指示である。
「第五斉射、てぇ―ッ!」
大和と長門の咆哮は続く。やがて、駿河の艦橋に長門の主砲弾が飛び込み、第一艦橋要員を全員殺傷し、駿河は戦闘不能に陥る。そして、追い打ちに大和の砲弾が命中し、駿河は炎上していく。これが戦艦駿河の運命を決した。弾薬庫に引火し、大爆発を起こし、前部艦橋が倒壊する。水雷戦隊が雷撃処分を打電してくるが、小沢は戦艦戦力を減じるのは不味い上に駿河は竣工後5年しか経過していない事を考慮し、しばし放置。近江を片付けたいが、熟練の艦長が指揮しているか、動きがいい。そうしてにらみ合いが数十分続いた後、援軍に駆けつけた地球連邦軍の主力戦艦級「ウォースパイト」が駆けつけざまにミサイルを掃射し、近江の上部構造物を主砲塔、艦橋、煙突以外の全てをなぎ払い、炎上させた。そして不利を悟った伊勢は降伏すると大和に打電。こうして海の反乱は小規模で終わった。
――武子はなのはと合流し、反乱将兵の鎮圧に臨んだ。東京は郊外で決起に参加せとした一個大隊を皆殺しにせよと陸軍大臣である阿南惟幾から指令を受け取った二人は異例とも言える重装備で臨んだ。固有の武器以外にはM16自動小銃、リベリオン式バズーカ砲、対戦車ミサイルをトラックに積み込んでおり、343空と64戦隊の一小隊が訓練の名目で上空援護に付いた上で殴り込みをかけた。
「正面突破するわよ!」
「はいっ!」
二人はトラックから降りると、道路上に整列していた隊列にM16による斉射を加える。相手は二線級の部隊である事を示すかのように、旧来のボルトアクション式ライフルである三八式と九九式小銃であり、応戦にもタイムラグが発生している有様だ。双方とも名銃ではあるが、満足な防弾装備がない兵士達を遥か後世の自動小銃の雄でなぶり殺しにするというのはいささか卑怯に過ぎるが、反乱軍に大義などない事を示すためには殺戮もやむを得ないとばかりに撃ちまくる。しかし熟練者かつ、九九式であればある程度は渡り合えると言わんばかりの高精度で二人と撃ち合う猛者も複数いる。そしてそれらの援護を受けて白兵戦に出る将校らもいた。
「キエエエエエエ!」
奇声を上げながら軍刀で武子に切りかかる将校であるが、剣術の達人である彼女には鈍く感じるほどの速度でしかない。武子の剣技が将校の首をおもちゃのように跳ね飛ばす。兵たちは思わず怯む。
「生かして返すかぁコラァ!テメーら全員地獄送りだぁ!!」
なのはは少女期に高濃度ゲッター線を浴びた影響で、時折であるが、流竜馬を思わせる、彼女のキャラからは90度は離れた好戦的な言動と行動が突いて出るようになっていた。将校を回し蹴りで鼻をへし折り、そのまま隊列にぶっ飛ばす。流派東方不敗と赤心少林拳の心得がある今の彼女にとって、いくら訓練されていようとも青年将校など屁の河童、肋骨を5本はへし折る鈍い音と共に蹴散らす。そもそもそれぞれ異名を誇る二人に喧嘩を売られた時点でこの連隊の運命は決した。
「ハァッ!」
武子の剣術が冴え渡る。この頃には既に『人を殺める覚悟』を済ませていたためか、動きから迷いが消え、時代劇の主人公のようにバッタバッタと切り捨てていく。魔力で強度と斬れ味を上げてはいるが、刀を交換する事はやはり避けられない。六人目に斬りかかったところで三八式歩兵銃の狙撃で折られる。
「なのは、換えの刀を!」
「はいっ!」
なのはは腰に下げていた太刀の一つを武子に渡す。これは連邦軍の技術で作られたウィッチ用の軍刀の最高グレード品で、素材はなんと超合金ニューZとエネルギー転換装甲の複合素材である。銃剣で襲いかかる敵にとっさに振るうと、なんと小銃ものとも人を斬るという『斬鉄剣』張りの現象が発生した。これには思わず本人でさえ『は?』と目が点になった。
「ざ、斬鉄剣だ……まさかここまで凄いなんて……」
なのはもその切れ味に息を呑む。超合金ニューZが使われていると聞いていたが、予想以上である。
「化物めぇ!」
「化物、か……陛下に仇なしておいていう台詞かしらそれは?」
そう。武子の言う通り、不埒事件を起こした者らに名誉などありはしない。特にこの世界では軍国主義に走るほど扶桑は困窮していない。ドイツにもアドルフ・ヒトラーという稀代の独裁者は存在しないし、ロシアにもヨシフ・スターリンやレーニンもいない。(仮にヒトラーがいたとしても、青年期の夢を叶えて絵描きになったと推測されている)扶桑はどんどん豊かになり、特に起こす理由もないのに、自分らの既得権益を守るだけのために反乱を起こすなど笑止千万。全員生きて返さなくともお咎めはない。皆殺しにしてもだ。事後処理は山本五十六などが行ってくれる。とにかく全員を生きて返す必要もないので、士官級は皆殺し、末端の兵士には助命を嘆願し、士官級に全責任を負わせる発言を軍法会議で証言すれば処遇を取り計らうと誘う。拡声器をトラックの荷台から取り出すと、なのはが言う。
「兵士諸君らに告げる!諸君らの上官らは命令書を偽装し、諸君らに不埒な反乱に加担させた。諸君らが良識ある兵士なら、これがどういうことか分かるだろう。諸君らが今後の人生を暗転させたくなければ直ちに投降せよ!」
これに士官級に付き合わされていた末端兵士達の多くははあっさりと応じた。軍法が改定された軍法会議で重い有罪判決が下れば、退役扱いとはされず、軍籍抹消で恩給その他が打ち切られ、更に扶桑軍の不文律である同期による援助も表立っては無理になる。そうすれば家族は困窮し、子々孫々にまで後ろ指をさされ、人生に悪影響を与える事は確実である。兵士達は8割がすんなり投降し、2割が自刃する道を選んだ。これを見届けた343空の本田少尉(菅野や芳佳の同僚。ただし分隊は異なり、天誅組隊員である)から源田大佐へ打電された。
――この時期に正式に343空の基地となった厚木基地
「司令、本田より打電。帝都郊外での蜂起は鎮圧に成功しました」
「そうか。問題はこれからだ。残りの各部隊は直ちに発進!接近しているウィッチを撃滅せよ!」
厚木基地に接近していたのは343空を邪魔と考え、反乱軍に加わったウィッチ達であった。公式記録には残されなかったが、実質的にはこの時が初の『ウィッチ対ウィッチ』の空戦であった。戦いそのものは343空が高練度であった事で、敵ウィッチは5分ほどで殲滅したという。そして、501の援護任務についていたグレートマジンガーから山本五十六へ任務完了』との報告電が入ってきたのもこの時であった。
――501のメンバーは編成が解除されず、そのまま各地へ散らばっていった。未来世界へ着任の事例が下った数名は芳佳らにそのまま同行することになった。シャーリーにルッキーニ、ハルトマン、菅野、下原の五名だ。
「まさかハルトマン、お前が鉄也さん呼んでたなんてなぁ。驚いたぜ」
「奥の手だよ。テツヤとグレートマジンガーは政治的にも駆け引きに使われるくらいの存在さ。五十六のおっちゃんに頼まれた時は物資の優遇を取引材料に使ったけど、それで済むなら安いもんさ」
「でもさ、グレートマジンガーってあれでも型落ちしつつあるの?」
「相対的にね。カイザーや真ゲッターとか完成したし、グレンダイザーが現れたから見劣りする部分が出てきてるから改修が予定されてるそうだよ」
――グレートマジンガーは完成度が高いのが仇となり、抜本的な性能向上が難しいという問題点が提示された。501への救援が実質的に『グレートマジンガー』としての最後の戦いとなったという。
「そうさ。グレートマジンガーは性能面でグレンダイザー、カイザーの後塵を拝している。勿論、性能で全てが決するわけじゃないが、敵との自力の差差が出てきたしな」
「ぶっちゃけてるね鉄也さん」
「事実だからね。所長はカイザー化まで検討に入れているそうだ。完成度が高い兵器は根本的に改良が難しいからな」
――鉄也は自身で愛機の限界を悟っているようだ。所長である兜剣造がゲッター線でカイザー化させることまで検討しているとハッキリと口にする。これは実際に実行に移される。グレートマジンガーの完成度が高かった故に改良が極めて難しい事が改めて判明したからだ。
「そういうもんなのか?」
「まあモノにも依るがね。グレートはZの弱点を補完する形で設計されたから、あまり発展の余地がないんだ」
グレートの弱点は『兵器として完成されすぎた故の発展性の無さ』であると言える。それが設計者の兜剣造がカイザー化に踏み切る要因となったのである。
「でも驚きました。あんな強力なロボットが向こうにはあるんですね」
「俺達の持つスーパーロボットは機密事項もあるから、あまりメディア露出はしないからな。増してやティターンズの奴らはマジンガーZがちょうどジェットスクランダーを得た時までの情報しか持っていなかった。それが更に強力なグレートマジンガーが来たらそりゃ狼狽えるさ。ティターンズの装備でグレートに打撃を与え得るのはガンダムタイプの武器だけだからな」
――そう。この世で五指に入る強度の超合金ニューZに打撃を与え得るのはガンダムタイプの武器しか無く、それでも決定的打撃を与えるには至らない。MSの発展はスーパーロボットとリアルロボットの境界線を曖昧にしつつあると言われてはいるものの、やはり多少なりとも兵器としての実用性を求められるMSなどと、『強さ』を第一に考えるスーパーロボットとは差が生じるのだ。
「そうだ。扶桑で反乱が起こったようだが、鎮圧されたというのは知ってるね?」
「うん。反乱軍の首謀者らは軍法会議で死刑されたって聞いてるけど?」
「これで陛下は偉くお怒りで、軍の指揮権を地球連邦軍に一時的に移譲したそうだ。これで連邦は間接統治を公言するいい機会を得た。たぶん完全な議会制民主主義国家へ脱皮させようとするだろうから、戦前の国家の形はなくなるだろう」
鉄也は扶桑皇国が戦後日本を基に、イギリス要素を強めた議会制民主主義国家へ時間をかけて変貌させられるだろうと睨む。大義名分を得た地球連邦は独裁国家を嫌う傾向がある故、皇室の地位も変化が生じさせられるだろうと。
「戦後化か……そううまくいくかな?」
「陛下の裁可を得た以上、強引にでも行うだろう。軍隊は完全に志願制に移行させられるし、指揮権も内閣総理大臣に実質的に移されるだろう。軍政と軍令の近代化が最上課題だが、まぁ上手くやるだろう」
扶桑は困難に直面するだろうが、世界が違えど『日本人は困難に強い』。鉄也はそう確信し、笑みを見せた。
「鉄也さーん。もうじき喜望峰ですよ」
「そうかありがとう」
芳佳に返事を返すと、鉄也はいつものニヒルな笑みを見せる。遠回りなこのルートは長旅だ。少女たちを守るのが自分の役目とばかりに、ハルトマンらと談笑を続ける。できるだけ周囲に好青年として振る舞うこと。それが弟のように思う兜シローの望みであり、育ての親である兜剣造への罪滅ぼしなのだ。鉄也の贖罪を知るハルトマンは鉄也に対し、微かに哀しげな表情を見せた。鉄也はそれに安心しろとばかりにサムズアップしてみせた。
――この反乱は『帝都不埒事件』と記録され、血気に逸る青年将校を煽った首謀者が軍を巻き込んで起こしたとされた。首謀者と反乱軍首魁であった尉官級将校らはほぼ全員が死刑判決が下された。しかし少尉であった数人がその後の証人となる事と、軍事に関わる仕事につかない事を条件に司法取引を行い、禁錮刑に低減された。これは色々な兼ね合いによるモノで、当事者を残していく事で施政者のいいように歴史書に記されるのを防ぐ目的が多分に含まれた結果であった。陛下はその後の調査の報告で、この反乱を招いた要因の一つに軍のいじめ体質があると確信。地球連邦に軍の指揮権を一時的に移譲した。これは地球連邦政府が扶桑を間接統治する大義名分を与える結果となり、地球連邦が政治にも全面的に介入した。この状態は1946年から1952年までと長期に渡った。この間に地球連邦は軍政と軍政の近代化、国土強靭化と証する東南海地震からの復興に力を入れた。彼等は間接的に扶桑の手綱を取り、扶桑で設立が検討された軍需省を『縦割り行政の弊害出るからボツ』と駄目だししたり(史実ではこれで縦割り行政の弊害が生じ、却って軍需産業へ悪影響を与えた)した。地球連邦はこれらへの抗議に、それ以前に扶桑の基礎工業力を鍛える問題だとし、京浜、東海、阪神などをを未来世界同様の工業地帯とすることを、この年に大命降下が降った吉田茂前外務大臣、新総理を通して決定した。これは史実と同等以上の地震被害があった名古屋市への軍需産業の一極集中を避ける目的と、扶桑本土が南洋島に比べて工業地帯が少ないという見栄的問題も含まれてはいたが、東南海地震からの復興という題目で急速に進められ、1947年度には東京や横浜などに近代的ビルディングが都市計画のもとに立てられ始め、交通機関も整備されていく。新宿や池袋、町田などの『郊外の田舎』も新興繁華街として急速に整備されていく事になる。モータリゼーションも進行し、史実60年代に始まるマイカー現象が50年代には始まったと記録された。1953年に統治が解除された時、扶桑の国力は国土強靭化と称する各地の整備で戦前期よりも伸長していた。史実1970年代日本と同等の経済力と戦前期の軍事力を両立させた扶桑はこの間接統治で高度経済成長時代を迎える事に成功、結果的には1950年代に国家としての中興を迎えたという。
――ちなみにその後、漂流していた駿河は1年以上かけて大修理され、艦橋などの構造物を大和型のそれをサイズ変更した物へすげ替えられ、大和の影武者的役割をその後は担うことになる。近江は修理困難と判定され、陸奥に続いて廃艦とされ、両艦は地球連邦へ売却された。陸奥は長門と同じ外観であることが幸いし、地球連邦軍が日本地区に『記念艦』とし、簡易修理がされた後に『陸奥公園』として整備された。近江は使えるパーツを陸奥に提供した後は解体され、民間で『近江鉄』として重宝がられたという。
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