外伝その15


「震電」。それは扶桑皇国が本来、大型ネウロイ迎撃用に造っていた局地戦闘脚。だが、試作のマ43-42特を積んだ所、致命的な欠陥が見つかった。始動に膨大な魔力が必要とされ、宮藤芳佳でもなければ起動不能であると。それは急速に人的資源を損失した扶桑皇国では死活問題であり、量産に適しないとされ、試作中止を通達された。これに坂本美緒は電話で猛烈に抗議した。

「宮藤なら使いこなせます!!なぜアイツに送らないんですか!!」

宮藤芳佳なら震電を起動できると持論を展開し、試作機を回すようにと、航空本部に繰り返し要請するも、“ジェット機が跳梁跋扈するようになった時勢、たかが750qしか出せない震電では食われるだけだ”と戸塚道太郎海軍航空本部長からスバリと突き放されてしまった。それは製作元の筑紫飛行機も同じ思いであった。無理難題に答える必死になって造ったのに欠陥品の烙印を押されて歴史の闇へ消えていくだけというのかと憤慨。社長は一つの市場命令を社員に通達した。“レシプロがだめならジェットエンジンを積んで設計を改良したユニットを造れ!!”と。社長の火の出るような至上命令はメーカーの技術を超えるもので、開発チームは極秘に未来艦隊へ技術協力を依頼した。後日、彼らは未来艦隊から送られてきた、戦後に日本が開発したジェットエンジンの“F3”の資料をもとに、ライバルメーカーに差をつけるべく、ターボファンエンジンを実用化すべく奮闘していた。ターボファンエンジンの開発は困難を極めた。何せターボファンエンジンはターボジェットよりもさらに次世代の技術である。耐熱合金や艤装の問題など、色々と解決すべし問題が山積していた。技術の進歩を必要とするものも多く、今すぐの実用化は不可能であった。本来ならば、マ43ルを搭載するモデルが量産されていたのであろうが、ジェット機の跳梁跋扈ぶりで、軍はジェットストライカーユニットの整備に関心を移しており、レシプロは現有最新型で十分と判断したのだ。

「ええい!何が現有機で十分だ!!何を考えている!!」

坂本にしては柄にもなく、テントで声を荒げる。珍しい姿である。

「何、どうかしたの?」

ハルトマンがその様子を見て珍しそうに見ている。マルセイユは事を察したようで、ハルトマンに言う。

「あの様子じゃヨシカに回すストライカーユニットを貰えなかったようだな」

「ミヤフジに?そーいえば少佐は紫電に不満言ってたなぁ〜速度いいのに……なんでだろう」

ハルトマンはFw190A-8よりも更に高速かつ運動性能も良い紫電にある意味で羨ましがっていた。紫電は元々迎撃用ストライカーユニットと位置づけられていたが、急速に零式の限界が露呈したことで量産が遅れている後継機の烈風に代わり、大量生産がなされた。扶桑の事例に漏れず運動性能良好、最新型欧州機に劣らぬ速度性能を併せ持つ紫電をハルトマンは高く評価しているのだが……。


「仕方が無いさ。少佐はあまりにもゼロに愛着を持ちすぎている……手足のような操縦感覚、神がかり的な運動性能。長く苦楽を共にしたならなおさらさ」

「意外だね、ハンナがそーいうこと言うの」

「私もBf109のF型を長く使ってたからな。……わかるんだよ」

愛着を持った機体を捨てる事。それは坂本は中々受け入れられないのだ。ましてや坂本はテストにも関わっているのだから。当の坂本は航空本部の決定に不満たっぷりのようで、未だにぶーたれている。

「震電は宮藤なら使いこなせるというのに!!航空本部のアホタレ共め!」

坂本は震電を、紫電よりも宮藤芳佳の力を引き出せる、いや、芳佳のために生まれるべき機体だと思っていた。
だから、`零式を代換し、大型ネウロイに痛打を与える`ための機体を求めていた軍が震電の試作1号機の欠陥が露呈したのを契機に、ジェットストライカーユニットの整備及び機種整理を名目に試作中止の通達を出した事が
許せないのだ。無論、一少佐風情に軍の決定が覆せるわけではない。たとえ連合艦隊司令長官でさえすべての決定を覆せるわけではないので、これは当然といえば当然であって、坂本にはどうすることも出来ない。

「少佐〜どうしたの?」

「あ、ああ。宮藤に回そうとしてたストライカーユニットがもらえなくてな……震電と言うんだが、軍の阿呆どものせいで試作中止に追い込まれた……アイツにいいと思ったのに」

坂本はもうじき上がりを迎える。若がえるという選択肢を取らなければ引退、もしくは後方に下がって裏方に回るしかない。それは宮藤芳佳の成長を見届けられないという事を意味する。それ故、北郷や智子達のように若返って現役継続の道を選ぶか、後方に下がって教官の道を選ぶか、を迷っているのだ。そして芳佳には一人前にする事で博士への恩を返すという情を持っている。それ故に入れ込みが強く、上層部にはその過剰な入れ込みを危険視されているほどである。上層部が坂本の震電配備要請を断ったのはその入れ込みようへの危険が大であるからである。


「この時期に扶桑が作ってるレシプロは紫電改に烈風に震電……あの様子じゃ震電だな」

「詳しいね」

「未来の本読んだんだよ。向こうじゃ1945年を境に軍需産業が一端廃されたからハッキリ別なんだって話だし……震電は750q級の速度性能だが、今の時勢じゃ量産化の価値を見いだせないんだろうな」

マルセイユは隊長執務の合間の暇つぶしに軍用機関連の本を同じ基地内の連邦軍から借りて読んでいた。その本には、日本は敗戦で軍需産業を廃されたおかげで欧米との技術格差が生じ、航空技術で一流になれたのは21世紀後半の事である。学園都市技術を除く通常技術での話と書かれていた。戦後の軍事組織である自衛隊の主力戦闘機も何代にも渡りアメリカ機のライセンス生産機に甘んじた。現在の扶桑皇国の軍部が聞いたら憤慨モノの話である。その本には、大日本帝国海軍の最後の希望`紫電改は大日本帝国陸軍の誉であり、大東亜決戦機“疾風”、“悲運の試作戦闘機“烈風”、“震電”の項目があったのを思いだし、隊長用の机に入れていたその本を出してハルトマンに見せる。

「あった、これだ。読んでみろ」

「うん。えぇと〜何々……紫電改は紫電の再設計型であり、正式には紫電二一型以降の形式を言う。大戦末期の日本軍は97オクタン価ガソリンすら確保が難しかったのと、誉発動機の繊細さが仇となり、潜在的高性能は評価されたもの、実戦での活躍はエース部隊などに限られた。当機が実戦投入された1945年当時は零式艦上戦闘機の陳腐化が極限に達していたため、制空権も制海権も無くした帝国海軍に取っては、エンジン性能が安定さえすれば、米軍の最新鋭機とも対等に渡り合えたために、急遽、次期主力戦闘機として選定された。実際より空襲が穏やかで、東南海地震が起こってなければ紫電改は大量生産されていただろう……か。あくまで潜在的高性能か……悲惨だね」

「向こうにはパシフィス島‐南洋島‐は無い。そのために日本海軍にシーレーン防衛の概念が育たなかったんだ。それで無茶な戦争おっ初めてから気づいたのさ。資源ないからこっち以上に高性能を求めたが、結果は……」

「うん……せっかくの高性能も生かし切れないってのはかわいそうだね」

ハルトマンは史実の大戦末期の日本軍へ同情を見せた。燃料がないため訓練もロクにできず、平均練度は往時の半分以下、一部の熟練者でどうにか持たせているにすぎなかった陸海軍航空隊の凋落っぷりは目も当てられないほどである。それと同じ結末を扶桑海軍は迎えたくないのだろう。

「それで宮藤にあげようとしたのが震電なんだね?」

「そうだな。そもそも震電は迎撃用だから少佐の思っているようなユニットとしては生まれてはいないはずだ。確かにヨシカの魔力はもう栄エンジンでは受け切れないほど成長している。たぶん誉やマ43レベルでぴったりといったところだ。ネ130とかのジェットはまだアイツには早いしな」

「ふーん。ハンナも随分と丸くなったね」

「ここで色々あったのさ。お前はどうなんだ?G型から乗り換えるのか?」

「フラックウルフの最新型のTa152にするよ。メッサーより性能いいし。ジェットを上の命令で与えられたけど、なんかこう……落ち着かないんだよね」

ハルトマンは今朝、ロンメル将軍からの指令でTa183を与えられたが、ジェットエンジンに抵抗感があるのか、自分から使う気はあまりないらしい。そのため個人的にはTa152を欲しているとマルセイユに話す。

「私はジェットを使ってる。本当はあまり好かんが、勝ちたい相手がいるからな」

「えっ……?ハンナにそこまで言わせる奴がいるの!?」

ハルトマンは自分と対等に渡り合えるマルセイユをして、そこまで言わしめる相手がこの世にいた事が信じがたいらしい。マルセイユは言う。彼のTACネームを。それはマルセイユが初めて明確に超えたいと思う相手である事を示していた。

「ああ。奴の名は分からんが、TACネームはクルセイダー1。そう私に名乗っている」

クルセイダー1はマルセイユのトリッキーな空戦機動を封じ込め、手玉に取るほどの腕を持つ。それを暗にハルトマンに示す。彼は後世のジェット戦闘機を使っているとはいえ、自分に負けると思わせたほどの手練。恐るべき相手で、あの飛羽高之とも渡り合う事が出来るほどで、飛羽も強敵だと常々言っている相手。

「私はアイツに勝ちたいのさ。純粋に空を飛ぶ者として」

それは自分を上回る相手に相対した事で明確な目標が初めて生じた事に嬉しさをも感じているようにハルトマンには思えた。マルセイユの落ち着きが予想を超えていたのは、彼に会ったからかもしれない。そう目星をつけた。

「あ、もうこんな時間か。格納庫に行かないと」

「え?飛ぶ日じゃなんでしょ?なんで格納庫に行くのさ」

「モビルスーツの講習だよ。今度、シミュレーターで量産型νガンダム動かすんだ」

「νガンダムの量産型?アレってニュータイプ用のはずだよ」

「一般用もある。それにどーやら私にはニュータイプの素養があるらしい」

「なんだってー!?」

「実はこの間、νガンダムのフィン・ファンネルのダブル装備のテスト機に乗ってみたんだが、サイコミュが働いたんだよ」

マルセイユはハルトマンに自分がひょんな事からモビルスーツの操縦訓練を受ける事に成った理由を説明する。それはνガンダムの同型機に乗ってみたらサイコミュシステムが反応を示したため、連邦軍から勧められる形でモビルスーツ操縦の講習カリキュラムを受講する事になったと。

「モビルスーツの操縦って複雑なんでしょ?大丈夫?」

「慣れれば戦車とかよりずっと動かしやすい。それに空飛べる機体もあるという話だ。慣れればそれに乗る」

彼女は陸戦兵器の範疇に含まれる通常型モビルスーツは好みでないようで、空戦が可能な機体を所望しているのが分かる。このマルセイユの願いは後にΞガンダムの配備によって叶い、彼女のウィッチとしての能力を高める役目を果たす事になる。










――その頃 2200年 欧州 駐屯地



「ようトモコ。何年ぶりだ?」

「ち、ちょっとまって!ビューリング!?あなたどうしてここに……」

智子は新しい航空ウィッチの受け入れのため黒江たちとは別行動を取っていたのだが、そこで出会ったのはかつての戦友であった、エリザベス・F・ビューリングであった。その銀色の髪は智子がかつて共に戦っていた頃と何ら変わりがなく、智子は一瞬「自分の目がおかしいのか」と疑ったほどだ。

「風の噂を聞いてな。久しぶりに飛びたくなったのさ、お前と一緒にな」

「……もう、相変わらずね。アンタは」

「それにしてもお前が弟子を取るとはな。現役時代の事を喋ってやりたいよ」

ビューリングは智子のいらん子時代の事を知る人物である。智子の圭子と黒江、そして。なのはにはに知られたくない秘密を握っている。そのため智子は嬉しいには嬉しいが、その事を愛弟子のなのはに喋ってしまうか、ヒヤヒヤものでもあるのだ。

「ビュゥゥーリング〜〜!」

「ははっ。そういうところは変わらんな」

「もう……。それであなたが補充要員?」

「ああ。中尉として着任する事になってな。それとお前は大尉に昇進との事だ」

「えっ、えっ、えぇぇ〜!!ちょっと待った!私が大尉!?」

「お前が現役を退くまでにやっておきたかった事らしいが、予想より早くお前前線から退いたろ?それで宙に浮いてたのを今やったらしい。…トモコ。どうした、お〜い」

大尉。それは現役時代は万年中尉であった智子にとって手が届かなかった位。これまで以上の重責に頭がオーバーヒートし、顔が真っ赤になる。顔から湯気が吹き出ており、目はあまりの衝撃に虚ろだ。ビューリングは久々の戦友との再会に微笑み、オーバーヒートし、知恵熱で寝込んだ智子を取り敢えず運んでベットに寝かした。

「大尉、私が大尉……」

あまりの衝撃に、うわ言をいう智子。取り敢えず看病するビューリング。そこに南光太郎の看病から帰ってきた圭子が入ってきて……。

「あら。貴方が補充要員?」

「ハッ。エリザベス・F・ビューリング中尉であります。トモコとは507の同期でありまして」

「加東圭子少佐です。それは面白いわね、その辺、詳しく聞かせてくれるかしら?」

「いいですよ」

こうして智子のスオムスいらん子中隊時代の色々な赤裸々な話はビューリングを通して、圭子に伝わり、ハルカとの関係などが圭子の知るところとなった。そのため圭子は後日、智子に追い掛け回されるはめになったとか。



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