外伝2『太平洋戦争編』
七十五話『まやかし戦争7』
――2014年の国会は荒れに荒れていた。扶桑からの抗議、天皇陛下の退位問題、学園都市の戦争の後始末。それらが降り掛かってきたため、国会はもはや機能不全寸前であった。しかも扶桑が戦時中であり、それにも関わず、左派が妨害し、重慶市が吹き飛んだ事が紛糾していた。
「貴方方は、自分達のしでかした事がどれほど重大であるか分からないのですか!?日本の静岡県と同程度の生産力を誇り、市街地含めた琵琶湖の1.5倍の面積の市街地が質量攻撃で湖化したのですぞ!」
扶桑外務省の役人が涙ながらに叫んだそれは、正に核攻撃よりもインパクトのある事実だった。その街は重慶と改名間近で、30万近くの人々が暮らし、その内の6割が元の明国の亡命者を出自に持つ漢人の末裔であった。つまり日本人は数少ない漢人の末裔達を自分らの思い込みと身勝手で『合法的に虐殺した』に等しいのだ。これに顔面蒼白になったのが、間接的に反戦団体などを操っていたりした左派政党の面々だった。同位国に引き起こしてしまった惨劇の犠牲者の大半は漢人の末裔、つまり彼らが尊敬するはずの中国の血を受け継ぐ者達であるのだ。涙ながらに語る扶桑の役人への同情が場の空気を固め、予定していた質疑を野党の大半が辞退する事態になった。その流れで決まった『21世紀技術と資本の提供』。それは国民も同位国への贖罪意識で容認し、扶桑は30万近くの犠牲と引き換えに、21世紀の技術を得たのであった。
――こうして得られた21世紀技術の数々は、戦時中という事もあり、主に軍隊の革新に使われた。その内の一つが空海軍主力機の飛躍で、早くも空母部隊には『F/A-18E』と『F-14』が配備されだし、空軍には『F-15J』と『F-2』が少数だが配備され始めた。
「飛躍しすぎじゃないですか?姐さん。いきなりグラスコクピットと電子工学必須の第4世代機なんて」
「な〜に。グラスコクピットだろーが、要するに慣れればいいんじゃ。航空電子工学や電波工学がなんぼのもんじゃい」
赤松は見学に来た自衛官らに対し、大笑する。一部部隊のみの優遇措置とは言え、第二世代、第三世代の初期型からいきなり第4世代ジェット戦闘機への機種変更は無謀に思えるからだ。予め、第四世代ジェット戦闘機に乗り慣れた者もいるが、それを鑑みても、いきなり全員に第四世代機を使わせるのは無茶である。電波工学を叩き込まなくては、第四世代以降の戦闘機は扱えないからだ。
「儂達が自衛官として潜り込んだのは、この時のためじゃ。1940年代の人間に電波工学と電子工学はいきなり教えられんからの」
「それじゃ、姐さんたちが潜り込んだのは」
「教育期間や費用の節約が本音だ。実際にクロスボーン・バンガードがやっておった手法じゃ」
「おお〜、さすが」
黒江達を潜り込ませた源田の真の思惑は『第四ジェット戦闘機の操縦法と運用ノウハウの取得』にあった。40年代はジェット機の黎明期。どういう手法で運用するかさえも定まっていないはずの時代であるが、スリーレイブンズから予めジェット機の進化を聞いていた源田は、連邦軍からもたらされる情報と機材を武器に、ジェット機の運用法を決めていた。そして、未来世界派遣組が機動兵器運用のノウハウを得たのを好機とし、現在の体制を作り上げた。そのため、扶桑皇国空軍では『ジェットパイロット=選ばれしエリート層』とする階層が出来上がりつつあり、それへの妬みも存在する。当時、世界中のパイロット/ウィッチにはジェットという新しい分野への抵抗感が根強かったが、制空戦闘に供することが可能な高性能機を多数有する扶桑皇国が突出した空軍力を有する事への危機感は各国の空軍を中心に存在する。もちろん、即刻、同盟国の恩恵に肖り、ジェット機の導入を進めるブリタニア空軍、扶桑への対抗心まるだしのカールスラント空軍も次世代機の導入を推し進めている。ガリアは工業力の低下が災いし、『ミステール』の試作には成功したが、量産も覚束なかった。この試作に尽力したのはペリーヌで、資金の工面に奔走し、初飛行を見届けた。ペリーヌは黒江達と異なり、世代的に舟形で訓練を積んではいないのもあり、テストパイロットはできない。が、資金の工面などは可能なので、501時代のツテを使い、ミステールの完成と初飛行にこぎつけた。が、ガリアの工業力の低下は目に見えており、月産20機も行けば良いほうである。同時にエタンダールも初飛行にこぎつけ、名機『ミラージュ』シリーズまでの道のりは道半ばに達していた。
「ガリアも着々とミラージュに近づいてるからのぅ。工業力が下がったのは痛いが、直に量産されるだろうが、ミラージュまでは5年かかるな」
「姐さん、余裕ですね」
「トム猫やライノ、イーグルが飛んどるしな。ここまでに到達するには、ミラージュで2世代は必要だ。2000までにはいくつか踏まんといかんし、それまでにこっちはラプターになってるかもな」
赤松の言うとおり、現在のガリアと扶桑とでは、アビオニクスを中心に技術格差が20年以上ある。可変翼や運動能力向上機などの21世紀までの技術ノウハウを得た扶桑は、航空技術では史実の1980年代末相当以上にまで飛躍し、第4世代ジェット機を充分に量産できる水準になっている。他国の大半が第一世代ジェット機すら覚束ないような時代では、『絶対的なアドバンテージ』と言える。その優位はアビオニクスなどの分野と組み合わせた場合、史実の40年分の進歩を先取りしたと言えるもので、他国が『向こう20年は追いつけない』ほどである。機体そのものは作れても、電子技術面での進歩が大事でもあるので、総合的には『オラーシャで50年はかかる』というほどの技術格差が生じているのだ。
「カールスラントで何年と思います?」
「あそこにはジェット機のパイオニアって意地があるからの、意外と早いと思う。技術者が分かれたわけでもないし、戦前の航空メーカーは健在だ」
「そう言えば」
「儂らがジェット機で巴戦やらかしたもんだから、奴さんの技術者らは口をあんぐりさせておった。しかし、そんなに凄いことか?」
「姐さん、この時代、本当ならセイバーが最良なんですよ?しかも朝鮮戦争前の頃だから、巴戦をジェット機でするのは未知数だったんです。ドイツが健在なら、『ジェットで巴戦はご法度』って教えてるはずなんで」
「なるほどな。胴体内蔵エンジン式ジェット機で巴戦をやらかすことは大事というわけだな」
赤松はふと考えた。たしかに、本当ならこの時代はセイバーが最良の機体であるはずだ。が、カールスラントとて、扶桑に影響されて格闘戦闘機を作る技術を充分に持つ。K・タンク技師は刺激されたか、フッケバインを超える新たな機体の開発に取り掛かったらしいし、メッサーシャルフ技師も何かの新型を考えているらしい。当時、カールスラントは可変翼の実験に成功していたが、なんと完成型のコンピュータ制御可変翼を持った扶桑に一夜で追い抜かれる珍事が発生した事により、カールスラントは屈辱を味わった。
「カールスラントでは、可変翼で抜かれて、うちらがトム猫の量産に入った事を悔しがっとるらしいが、何故だ?」
「ドイツはP.1101で実験してましたから。それがいきなり過程を吹き飛ばしてコンピュータ制御の可変翼でしょ?チートですって」
「そうか?」
「そうですよ。いくら亡命リベリオン向けも入ってるとは言え、40年代にトム猫を持つなんて、『ズルして無敵モード』ですって」
「1940年代にトム猫使うなんて、それこそT型フォードで世界ラリー選手権のトップカテゴリーのマシンに挑むようなモノですよ、姐さん」
「それくらい差があるのか?」
「そうですよ。高コストですけど、それに見合う働きをしますから」
――1940年代に超音速戦闘機を使うのは反則なくらいである。ジェット機に移り変わるか否かの時代にマッハ2戦闘機を使う事は、ミリタリー・バランスがおかしいことになる事でもある。が、音速超えの怪異を考えれば、これでもけしてオーバーパワーでもない。オーバーパワーと言うのは、マッハ5.5のVFやスーパーロボットのことをいうのだ――
「黒江のガキがいたら、P.1101のテスト飛行にトム猫でニアミスするくらいのいたずらしておったろうな」
「あれ?黒江の姐さんはいないんですか?」
「任務で別の世界に行っとるとこだ」
「そうですか。せっかくお土産にプレ○ステーション4持ってきたんですけど、どうしましょう」
「あいつの部屋に置いとけ、喜ぶぞ。最近、バイクの月賦とかで余裕ないとか言っとったから」
「あの人、趣味人ですねぇ」
自衛官の間でも黒江の趣味人ぶりは有名で、自衛官としての勤務の際も、非番の時はゲームをやり込んでいる事で知られている。佐官になってもだ。城茂にバイクの月賦を支払っているのもあり、ここ数ヶ月は余裕がなく、2014年時点の最新ハードを買えていなかった。それを解決する福音が舞い降りて来たのだ。赤松はその日の夜に連絡を入れ、黒江は狂喜乱舞したとか。
――その黒江と智子はB世界の扶桑にいた。B世界の502が待機になり、孝美Bは噂を不審に思った扶桑当局から匿うため、507のいる地に転出する辞令を断り、扶桑の佐世保(実家)付近に戻り、二人を匿っていた。
「先輩、暴れすぎですよ。すっかり噂立ってます、『オラーシャで大暴れの扶桑ウィッチ』って」
「うわーお、マジかよ」
「でも、先輩、よくオラーシャから数時間で行ける飛行機を確保できましたね」
「艦隊に頼んで回してもらったんだよ。エンペラーとかは壁紙格納庫にしまったし、今、鉄也さんに買い物頼んだところだ。でもよ、『私』とはわからんだろう?年数的に上がってるし」
「問題は穴拭先輩の方ですよ。先輩はこの時代でも有名ですから」
「人形になってるしなぁ、智子のやつ」
智子は他人の空似のケースもあり、西住姉妹曰く、『智子さんはお母さん(さま)の若い時に瓜二つ』とのことで、少女期の西住しほと瓜二つであった。違うのは、智子は温和さがあり、ギャグ顔をする事くらいだ。
「あんたと違って、髪の毛を弄ってアップにしないと外も出れないのよ。あんたの髪型はそっくりさんに邦佳とかいるからいいけどさ」
「伸ばしてると大変だよなぁ」
「アンタだって、伸ばしてた事あるじゃない」」
「『昔』のこと持ち出すなよ」
「先輩、髪を伸ばしてた事あるんですか?」
「ああ、昔、手入れ面倒くさいから、伸ばしてた事があってな」
黒江は基本的にお馴染みの髪型だが、一度目の戦間期に伸ばしていた事がある。智子が言ったのはその時の事だ。基本的には髪型は整えるが、戦間期になると、手入れをサボりがちであるため、一度目のベトナム戦争の時には芳佳に切ってもらっている。その時の事を持ち出した智子に苦笑いを見せる。
「先輩達、暴れすぎですよ。アフリカのケイ先輩に話が行きかねませんよ?」
「ケイに話が行く前に立ち消えるの祈るちゃねーな」
「地中海に赴任してる私の後輩に聞いてみたんですが、地中海には噂が届いてます」
「あそこは近いからなー。ケイはこの頃、どこにいたっけ、雁渕」
「確か……アフリカの北部沿岸の何処かだったと」
「なら大丈夫だろう。あいつ、私達があがってるの知ってるし、それにここの私達は『前線と無縁の生活』になってるの知ってるしな」
と、黒江は楽観的だが、実際はかなり不審に思われていた。特に智子は迂闊にも、お馴染みのマフラーを防寒対策で巻いていた。それが智子のミスであり、圭子BはマルセイユBからの噂話で、『ミミズののたくったような模様のマフラーをした扶桑のウィッチが暴れたらしい』と聞いた瞬間、コーヒーが変なほうに入ってしまうほど狼狽えた。
――アフリカ――
「どーした、ケイ。お前がコーヒーを吹き出すなんて珍しいな?」
「な、なんでもないわ……(え!?ま、まさか、オラーシャに転出してたの、あの子!?で、でも、明野の教官に引っ込んだはずよね!?)」
圭子Bは当時、当然ながらアフリカにいた。『ミミズののたくったような模様』と聞いて、スリーレイブンズの一人だった圭子はすぐに『あの戦友』の顔が浮かび、コーヒーを吹き出したのだ。顔色が青くなったため、マルセイユからは『腹でも下してるのか?』と言われるが、圭子Bは『ち、ちょっと思い出した事があるの……悪いけど、席外すわ』と、ロンメルらの接待を抜け出し、執務室に戻り、地中海にいる竹井に電話をかけた。
「久しぶりね、竹井。加東だけど、オラーシャのほうから流れてきてる噂は聞いた?」
「ええ、扶桑の美緒から電話がありました。少佐もやはり?」
「そうよ。『ミミズののたくったような模様のマフラー』……間違いない、智子だわ」
「私も美緒と話したのですけど、やはりそう思いますか」
「私はあの子や貴方の師の武子と一緒に、陸軍三羽烏が一人と謳われたのよ?間違いないわ」
圭子Bは核心に肉薄していた。スリーレイブンズが一人という誇りが奇妙な『確信』としてあるのだろう。圭子Bには『過去の誇り』が奇妙な確信として存在していた。が、それを以ても、核心に完全に届かないところがある。黒江のことだ。この世界においては、圭子と黒江の繋がりは希薄であるため、智子がオラーシャにいた事が確信できても、その相方のウィッチが武子ではなく黒江らしい事が、一同が確信に踏み切れなかった原因だった。また、噂で伝わる智子の相方のウィッチの特徴が姿以外は記憶の中の黒江と一致せず、伝わる情報での言動や立ち振る舞い(気さくで、口調が江戸っ子、薩人マッスィーン)が全く違っている事が一同を幻惑させた。(黒江A達には幸いしたが)
「もう一つ、智子大尉の相方の人、黒江大尉、いえ、少佐になられたんでしたっけ……にそっくりなようですけど、立ち振る舞いがなんだか、赤松先輩ぽくて……」
「え!?あ、あの子!?なんで智子と一緒にいるわけ!?」
「わかりませんって!とにかく、美緒も判断つけられなくて。それに理由がありませんよ。黒江さんは確か途中で……」
「ええ。別の部隊に転出してるから、一緒にいた期間は短いはずよ。智子が武子と同じように接する扶桑のウィッチなんて、私以外にはいないはずよ!?黒江ちゃんとの接点も少なかったはず……どうしてなの?」
圭子Bは動揺しまくっていた。もし、噂のウィッチが智子であれば、いくらスオムスで丸くなったと言っても、扶桑人で悪態をつきあうほどの親しい友人関係にあるのは、武子と自分しかいないはず。その自負が崩れたからなのか、竹井より声が震えている。
「落ち着いてください、少佐。こちらでも噂の発信源と思われる502に照会してみます。少佐は念のため、参謀本部に大尉の記録を照会してみてください」
「……ありがとう。やってみるわ」
と、動き出す圭子Bと竹井B。圭子Bは智子に連絡を入れたが、智子から『何言ってんのよ!?あたしは扶桑から一歩も出てないし、明野の助教でそれどころじゃないわよ』と言い返されたが、『貴方としか思えないのよ。昔にしてたマフラーしてたって……』と言った途端、智子Bは半泣きになり、『ど、ど、ドッペルゲンガー!?』と泣いてしまった。圭子もこれは予想外の反応であった。その後、智子Bの懇願もあり、圭子と竹井は半年間、必死の調査を行うが実を結ばず、遂に迷宮入りとなる。が、その直後に二人はB世界から転移し、事実を知る。その内の圭子Bはホテルでの一件の後、Aから後事を託され、Bらの中では唯一、長命を保ち、黒江達と違い、BがAの要素を取り込むという形で高次の存在となり、Aの代わりに『スリーレイブンズ』として生きてゆく事になるのだった。
――A世界で戦艦が空母の弾除け兼砲台代わりの運用が始められた事を定時連絡で知らされた智子と黒江は頷いた。史実でも行われた戦術であるからだ。むしろ、本来ならはウィッチ世界ではこれが普通なのだ。
「やはりな。戦艦は怪異を叩くために存在を許されてる面があるからな。当然、浮き砲台であるのが本来の任務の一つだったからな」
「そうね。大和型の仕様策定の時も、浮き砲台派と防御力派で揉めて、結局、中速重防御で作られたけど、これが正解だったものね」
「でも、敵艦を撃つための弾を多めに積み込むだなんて」
「当然だろう?いくら46cm砲積もうとも、9発は当てんと廃艦には追い込めんからな。むしろ戦艦ってのは本来、海戦で勝つために造られた艦種だからな」
「それが他の世界での普通なんですか?」
「そうだ。これは他の世界でうちの連合艦隊とカールスラントの艦隊がドンパチした時の映像だが、これが『かくあるべき』戦闘だよ」
孝美Bが見せられたのは、第三次までのミッドチルダ沖海戦の映像だった。特にドイツ艦隊の切り札『ヒンデンブルク号』に大和型が叩きのめされ、真打ち登場で56cm砲を撃ちまくって登場する三笠型戦艦の勇姿。大艦巨砲主義の行くところまで達した両艦の死闘、凱歌に翻る旭日旗……。
「あれ?海軍旗、そちらでは変更されたんですか?」
「そうだ。『艦隊』が元の海軍旗だと一から識別コードの登録が必要だと言ったのがきっかけで、わかりやすいように、国旗と軍旗を日章旗と旭日旗に変えたのがきっかけで、そのまままた別の国と二重国家化も考えられたから、軍艦に旭日旗が舞ってるわけだ」
――A世界では、日本との二重国家(地球連邦時代に州という形で実現したの)化も考えられ、日本に合わせる形で、国旗と軍旗を再制定し、日章旗と旭日旗に変えたほか、巡洋艦以上の艦の紋章も全てが菊花紋章に変えられ、第二次ミッドチルダ沖海戦以降は既存艦、新鋭艦のどれも、大日本帝国海軍と同様の軍旗を翻して参陣している。また、検討され、撤回された事に、『海軍の女子の制服の意匠を海上自衛隊に合わせる』事があり、ウィッチ達と女子学生らから文句が出た事で撤回されている。
「血で血を洗う戦争、か……。反発あったでしょ?」
「そりゃある。が、生きることは戦いだ。我儘が通るほど、世界は綺麗でも無いし、残酷なんだよ」
太平洋戦争で求められる素養は『戦闘マシーン』になれる素養であり、リーネや506のジェニファーなどの『優しい少女』は不適格とされる。これは戦争の様相が『血で血を洗う殺し合い』に移行しているが故で、リーネがこの戦争中、技能維持と怪異撃退以外は殆ど飛んでいないのは、そのためだ。世界は残酷であると受け入れ、戦う道を選んだ者だけが戦場に立つことを許される。ウィッチ達の中でもかなりの葛藤と切り捨てがあった。
「先輩、何かあったんですか?」
「言ったろ?戦争だって。教え子が死んじまって、それで私はな……」
黒江は哀しげな顔をする。未だに引きずっているらしく、教え子達の事が如何に深い傷を残したかが分かる。
「暗くなる話なんだ。お前に話すべき話じゃないと思うから、これ以上言わないけどよ。無力感に打ちひしがれたんだ。それで私は……」
「先輩……」
孝美Bは黒江Aの心に深く刻まれた『傷』がなんであるか、それとなく悟った。黒江の現在の根幹を決めた出来事。その無力感が黒江に罪悪感を埋めつけ、心の均衡を保つために、ヒーロー達にすがる心境に繋がっていた。
「それであの力を?」
「そうだ。教え子を死なせちまった悔しさ、絶望、無力感が心に染み付いちまって離れねーんだ。だから、私はアテナに忠誠を誓ったんだ」
「この子、それ以来、すごく行動的になって、今じゃ戦闘機パイロットのウイングマークも持ってるのよ」
「先輩、そこまでやります?」
「思い立ったら吉日っていうだろ。だから、艦隊の世界でジェットパイロットになったんだよ。智子やケイにも取得してもらって」
黒江は最近、巫女装束を普段着にしているが、連邦のウイングマークを肌身離さずしている。それが黒江が血の滲むような努力で勝ち取った力の証であった。ウィッチでありながら、別分野で技能を極めることは困難であるとされる。それを勝ち取ったという自負があるのだ。
「人型戦闘機って言えばいいかな?宇宙で行動可能なロボット、それの操縦資格も取得しているから、宇宙でもどんと来いだ」
黒江の巫女装束には、ウイングマークを模したパッチが刺繍されている。話を聞いた義姉(長兄の妻)が刺繍してくれたものだ。黒江の義姉は夫に従順だが、義理の妹である黒江を可愛がっており、気を利かせて、スリーレイブンズ三人分の刺繍をしてくれるなどの家庭人である。黒江も『お義姉様』と第一次現役時代より慕っており、実の母よりも彼女に思慕を抱いている。(黒江が現在、母性に弱いのは、圭子に彼女に感じたのと同じ母性を若返りで見出したためだ。ちなみに圭子の方はこれにより、自爆に罪悪感を感じており、それがBに託す理由であった。)
(綾香の奴、死亡フラグびんびんに立てるんじゃない!へし折るのに苦労するでしょうが!圭子の自爆はいずれ起きる。圭子が何か対策立ててくれると良いんだけど……。ゲッター線の使者なんだし、肉体は死んでも、精神は永遠不滅だから、大丈夫だと思うけど)
智子が危惧するように、教え子を失い、多重人格となった黒江は『死に場所』を求めているような行動を取ることが多く、智子が昇神後に水瓶座に就任したのも、黒江を制するためだ。圭子の自爆は避けられないが、圭子はゲッターの力を使い、『残留思念でBに自分を融合させる』という選択を選んでいた。肉体を一から再構成するには数十年はかかるため、既存のBの肉体と精神を再構築して現世に戻る事を今回は選んだ。当然、双方のパーソナリティが混じるが、記憶と感情は引き継がれる。黒江が望んでいるのは『自分の生還』である事を二度目の逆行で知った圭子は、Bに頭を下げてまで、この計画をBに託した。これはBが人格の主体になった事を想定しての事だろうが、実際は……。
――外では、エンペラーソードを使いこなさんと、レッドファルコンとバルイーグルのスパルタ特訓を受けるガイちゃん・ザ・グレートの姿があった。ガイちゃんは敗北以来、黒江や彼らに教えを請い、剣技を磨いていた。そのガイちゃんの掛け声と、動きを指南する二大ヒーローの声が聞こえる。エンペラーソードは普段の『大空魔竜ガイキング』としての姿では剣の長さと重さで、飛行しての剣戟どころではないため(スラスターの推力がエンペラーソードの分の重さを支えられない)、空中で自由に振り回すには、大きくパワーが増している『ザ・グレート』状態が必須であった。スラスターの推力がカイザースクランダーやエンペラーオレオールと比べると数段落ちるため、ザ・グレート状態以上の形態でなければ、エンペラーソードを高機動戦闘で用いることは難しいのだ。――
「やってますね」
「ああ、あいつを鍛えているとこだよ。やる気はあるけど、どこかずっこけでな」
ガイちゃんにはギャグ補正という強烈な生存力があるので、バルイーグルとレッドファルコンも遠慮なく必殺技を放つ。ガイちゃんもそれを承知でフェイスオープンやナイト形態になっているが、バルイーグルとレッドファルコンという、歴代レッドでも有数の剣士相手には一本も取れていない。
『どりゃーっ!!』
ガイちゃんの元気のいい声が響く。B世界での雌伏の生活はあと半年。佐世保のとある地で、孝美Bは同地の教官をしつつ、一同を匿うのだった。
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