外伝2『太平洋戦争編』
九十三話『日本連邦軍とは』
※シルフェニア13周年記念作品


――扶桑皇国が困惑したのは、ウィッチの速成教育が憲法で潰された上、MATに13〜15歳までの若手層をごっそり持っていかれたという軍事的難点だった。当時、自衛隊や地球連邦軍が苦言を呈していたのが、『若手ウィッチは『ロジスティクスをまるで理解していない』という事項で、扶桑皇国は仕方がなく、45年以降はベテラン勢を引退させず、戦争に動員させていた。高度な軍事教育を平時の内に受けたウィッチの世代の引退期と太平洋戦争がバッティングしたためである。そのため、47年当時はRウィッチが数的主力で、日本の一部のネガキャンの影響もあり、若手の志願数は下がり続けており、集団就職ウィッチの質は低いというなんとも、泣くに泣けない事情が重くのしかかっていた。義務教育が9年に伸び、高校や大学も女子に門戸を開放した事も重なり、軍隊は人員の確保の難易度、特にウィッチ要員は難易度が急激に上がり、急遽、高等工科学校などの教育校が開校された。これは扶桑の義務教育が4年から6年(坂本と竹井は入学時には4年となっていた世代である)だったのと、ウィッチは若ければ若いほど魔力が高いため、12歳で軍に志願するのが当たり前であったが、憲法そのものの改正で志願が許される最低年齢が15歳、義務教育終了を絶対条件にするように定められたためと、必要知識が最低でも21世紀の大卒から高卒とされたので、高等・中等教育も満足に受けられない農村部のウィッチ発現者は集団就職しか軍に入る手段がないのと、軍学校の再入学を強制されたのに、学費の請求をされたという日本側の処置の不備も大きかった。そのため、それらの救済処置として、『日本か未来世界への学費免除での留学』、『高等工科学校で三年間の再教育を受ける』という三択が救済処置とされた。これにより、前線から若手が一斉に引き上げられた事、中堅がMATへ移籍した事が重なり、前線は大慌てだった。埋め合わせは自衛隊の派遣拡大、日本の義勇兵の受け入れ、志願兵の募集でなされた。こうして派遣された、21世紀前半当時の唯一の機甲師団『第7師団』、空自の有力航空隊、海自の主力艦艇の多くが実質的に黒江の指揮下にあった。日本連邦として、日本が扶桑に与えた損害の埋め合わせをしようと躍起になっている証拠で、陸自は虎の子の7師を送り込む辺り、かなり政治的なやり取りが安倍シンゾーと吉田茂の間で交わされたのが分かる――



――2018年 日本――

日本で再建された吉田邸で、両者は会合を開き、日本が扶桑に与えた損害の埋め合わせについて語り合っていた。


「シンゾー君。こちらは憲法を改正したが、今度はウィッチ兵科がこのままだと定数維持も覚束なく、戦況如何によっては兵科の消滅すら見えてくる。そこでだ。君らの自衛隊の派遣を拡大してくれんかね?どうせ、日本連邦軍の直轄に移行させる予定なのだ。日本国の組織として、最後の華を咲かせてくれんか?」

「ブンヤ連中に嗅ぎつけられたら大事になりますよ。自衛隊をまるごと日本連邦軍に委ねるのは」

「指揮権が日本連邦評議会の手に移行するだけで、別に組織が無くなるわけでも無いし、左派の嫌う名称変更もされないんだがね」

「彼らは天皇陛下が議長という点を『政治利用』、『君臨せねど統治せず』の原則に反すると攻撃しております。彼らは内閣総理大臣が議長であるべきだと主張しています」

「そいつらはただのヒステリックだよ。これほど究極の文民統制があるかね?実際の指揮を聖上がなされるわけではないのだよ?」

扶桑での天皇は明確に国家元首であり、憲法改正後も強力な調停力を有している。これは扶桑海事変でのクーデターの教訓から、皇室の調停力を維持する事が扶桑国民に支持されていたからで、地球連邦もそこは介入していない。

「総理、航空自衛隊は防空に特化し過ぎてるし、派遣は無理ですね、直接脅威の減った陸自北部方面から7師、戦車教導団の一部の連邦軍出向、第2護衛隊群の派遣くらいですかね、2護群は同盟国船舶保護の名目で防空中心の行動なら問題無いでしょう」

「航空戦力は無理かね?」

「有志で行ったオジロワシ以外に増やすのは不可能です。現地にメーカーの工場を建設し、現地の部隊に戦闘機を供給することで代えましょう」

同席した防衛次官が進言する。オジロワシとは、第302飛行隊の事で、12機あまりのF-4EJ改が現地で45年より活動している。黒江の在籍時に同僚だった者たちが自主的に来たのである。そのため、彼らは激戦であったダイ・アナザー・デイにも参戦しており、全員が生還、機材も損失なしという華々しい成果を上げ、およそ70数年ぶりの金鵄勲章受賞者となった。ただ、機材の老朽化がキツイため、機材の入れ替えのため、他部隊への交代が検討されてはいる。

「302の機材はファントムです。作戦で酷使した事も考えると、入れ替えませんと」

「しかしだ。F-35は47機しか買っていないよ?」

「23世紀に融通してもらいましょう。我々には最新鋭ですが、かの時代から見れば『骨董品』のはずです」

「それなら、コアファイターでももらえばいいではないか。彼らもコスモタイガーの配備で余っとるのが多いはずだ。あれなら航続距離も35の比ではない」

「君、さっそく、地球連邦軍に打診してくれ給え。セイバーフィッシュやTINコッドでも良いから、回してくれと。あれらなら我々の技術でも維持できよう」

「分かりました」

吉田茂のアイデアはすぐに採用され、空自に源流がある連邦空軍から大量のセイバーフィッシュ(地上軍仕様)が供与されたのは、この会合から間もなくだった。21世紀日本への名目は『さる某国の軍需産業からの援助』という事で。セイバーフィッシュはブースターがなければ、21世紀の戦闘機と外観上の差はそれほどない。推力が桁違いと言うこと以外は。元が宇宙軍も使用する防空戦闘機としても作られているため、大気圏内用戦闘機の範疇で見るなら、F-35がカスに見えるほどの性能差を持つ。当たり前だが、ガミラス戦でも使われた戦闘機であるので、21世紀初頭の戦闘機とは月とスッポンである。(コスモタイガーなどに比べると、これまた同じだが)保存されている機体から状態が良いものがレストアされ、黒江の命で南洋島にいた『第302飛行隊有志』にセイバーフィッシュが届けられたのは、その数時間後の事。機体は大半が初期生産型だが、一フライト分は後期生産型(核融合ジェット/ロケット併用可能汎用機)が混じっていた。そのため、それらは有志の中でも高練度のパイロットに与えられ、23世紀の技術の片鱗を彼らに感じさせた。驚いた事に、23世紀でも21世紀と同じ規格サイズのミサイルやランチャー、パイロンが使用されており、21世紀型ミサイルも問題なく積み込めた。



――欧州――

「お、届いたか?どうだー?23世紀の戦闘機の威力は?え?パイロンとかの規格が同じで腰抜かした?そりゃ、通常戦闘機のパイロンとかの規格は23世紀になっても同じままだし、当然だな。搭載量は圧倒的に上だぞー?ドップも目じゃないし」

黒江は302飛行隊からかかってきた電話に出る。彼らの驚きも当然で、世代にして更に四世代以上先の戦闘機に乗れるとは思わなかったらしい。

「まー、23世紀で大量に余ってるから、いくらでも部品あるから気にすんな。生産ラインがコスモタイガーに切り替えられて、二線級になってた機材だし。コスモタイガーはいずれ機会があれば乗せてやるって。現用機だから、セイバーフィッシュとも桁違いだし。まー。昔の『栄光』みたいな飛行特性だけどな」

電話が切られる。慣らし運転に入るからとのことだ。

「黒江さん、自衛隊と電話してたんですか?」

「オジロワシの連中にセイバーフィッシュ回して貰ったんだ。F-4EJがいい加減ポンコツになってきてるかんな。空自はこれ以上送れないそうだし、機材は変えてやんないと」

「F-4EJ、まだ使ってたんですか、空自」

「一部の部隊はな。21世紀の日本は戦闘機の購入予算にも四苦八苦してたしな。担当が『コスモタイガーでもいいよ』と言ったら、防衛次官が腰抜かしたとか」

「あれはヤマトの艦上機で有名ですからねー」

「だから、防衛次官がブルったらしーんだ。あいつら、作戦でコスモタイガーを見かけてたから、いつか乗せてやるって約束したよ。あれの操縦は簡単だしな」

「坂本さんが前に、一発で覚えられたとか言ってましたしね」

「あれは21世紀の戦闘機を動かすより楽で、のび太でも一発で覚えられたくらいの簡単さだしな。私の感覚でも、F-15より遥かに覚えやすいよ。それでいて、エースパイロット用のチューンも容易だしな」

「あれ、かっこいいから人気ありますしねぇ。あたしも大洗の制服持ってきてるから、着るつもりですよ」

「うーん。ある意味凄いなぁ、その発言」

黒江と話し込む芳佳A。芳佳AはBがいるためか、声色を角谷杏のものに微調整しており、飄々とした振る舞いと併せての見分けが容易であった。芳佳Aはいたずらっ子のような目つきであるのもあり、AとBの見分けが容易である。

「あ、宮藤。あいつは呼んだか?」

「呼びました。向こうのエイラさんを見てくださいよ、腰抜かしてますよ」

「あ、本当だ。泡吹いてやがるぜ」

双眼鏡を片手に、エイラBの様子を観察する黒江と芳佳A。やっている事は覗き魔のようだが、反応を見るテストという奴だ。エイラBが泡を吹いたのは、サーニャBと自分の前に現れた『緑のワンピース姿の茶髪おかっぱ頭のメガネっ娘』がサーニャ自身に変身したことである。

「会話を拾ってるか?」

「出来てます。こんな感じです」

芳佳から渡されたインカムを耳にはめると会話が聞こえてきた。エイラBは気が動転している。

「驚かせてごめんなさい、エイラ。こっちだとね、私、オラーシャから亡命してる身なの」

「ぼ、亡命!?」

「オラーシャで内乱が起こってね、私は黒江さんや芳佳ちゃんの手引で、45年の作戦が終わった後にオラーシャ陸軍を辞めて、扶桑の華族の養子って事で亡命したの」

「どうして、故郷を捨てたんだ!?」

「ウィッチへの虐殺が目を覆うレベルでひどくて、私の士官学校時代の親友も亡くなってたの。それと、お父様たちが樺太に逃れていて、さる扶桑の華族を頼っていたのが分かって、大急ぎで私は扶桑に亡命したの。正確には、養子の子供になるね。お父様がその華族の養子になってたし」

「それじゃ、サーシャ大尉とは?」

「喧嘩別れみたいな事になってからは音信不通なの。私と一緒に母国再建を持ちかけてくれたのは嬉しいけれど、サーシャさんの抑えてた感情が爆発しちゃって」

サーシャはサーニャに行き場のない憤りなどをぶつけてしまい、圭子(レヴィ)にぶっ飛ばされてからは、サーシャ側が音信を断っている。顔向けできないと考えているのだろう。そのため、複雑な表情のサーニャA。

「だから、今は覚えたこの魔法で外見変えてるんだ。表向き、私は亡命者で、オラーシャがまだ『送還してくれ』とか言って来てるし」

「扶桑に亡命したんなら、軍事に関われないんじゃ?」

「本当の姿で復帰するのはあと三年後の予定。そうすれば、少佐として勤務できるし、オラーシャの英雄だった恩恵も生きてくるし」

サーニャAは正式に扶桑人になり、元英雄としての姿を活かせるようになるには、1950年を待たねばならないと言った。これはその頃に扶桑人としての正式な諸資格が得られるからだ。

「でも、故郷を捨てた事には後悔ないのか!?」

「内乱でウィッチ狩りが多発して、もう故郷に昔の家はないの。だから、未練はないわ」

オラーシャの内乱はサーニャほどの英雄でさえ、居場所を失うほどに苛烈で、オラーシャの新皇帝はあまりの惨状に目を覆い、ロシアが冷淡な事、日本もシベリア抑留などを理由に、政府としての援助は限定的である事もあり、オラーシャは国家として、ノックアウト寸前にまで追い詰められていた。サーシャがその惨状を理解し、レヴィの言葉の意味を悟ったのは、ここより数年後と遅く、サーシャとサーニャの正式な和解は後のベトナム戦争まで持ち込む事になる。

「そっか……。大変だったな…」

「大丈夫。今はエイラやみんなが居るから」

これでエイラBは鼻血を盛大に吹き出し、サーニャBを戸惑わせた。それを双眼鏡越しに見る黒江と芳佳は予想通りの展開に大笑いであった。





――ミーナBはこってりとガランド、ルーデル、ラル、武子の四人がかりのスクラム戦術ですっかり精神的に叩きのめされた。そのため、自分で旭光を履く羽目となったが、当然ながら、パワー、機動性、反応速度の全てでメッサーのK型やMe262を上回るのに驚いていた。45年当時の試作機は『ドッグファイトを禁止し、火力による一撃離脱戦法で敵機を落とす』事を前提にしていたが、セイバーはP-51と互角以上の小回りを誇っている。さらに亜音速での継続的な戦闘が可能であり、航続距離も低燃費で鳴らした零戦にも劣らない『2454km』。更に空中給油も可能という世代の違いを見せつけた。これは元はP-51のジェット換装タイプ『FJ-1』の存在あっての成果で、艦載型の『FJ-3』も概ね、F-86と同性能で、亡命リベリオン海軍の主力ストライカーになっている。A世界では各国が独自機で充分にテストが各国で行われ、リベリオンがそれを昇華させたが、その段階で政変が起こり、実際の生産は扶桑とブリタニアが担当している。そのため、各国別に装備バリエーションがあり、扶桑では、B-29などと直接相対するため、リボルバーカノンを折りたたみ式で携行するのが当たり前となっている。カールスラントは用途別に銃を切り替えているが、扶桑は重爆迎撃が主眼であるため、重火力装備である。

「折りたたみ式のリボルバーカノン、拳銃、近接戦闘用の武器……扶桑はウィッチ同士の戦闘まで想定しているの?」

「そうだ。我々もその可能性は高いと踏んでいるので、ナイフやエマーアックスの常備を義務づけるように改訂を検討中だ」

ガランドが言う。リベリオンがウィッチ部隊を建て直せれば、その可能性は充分なものだ。扶桑は元々、赤松や若松を始めとして、近接戦闘の研究が世界で一番に進んでおり、最近は刀、槍、斧などのあらゆる近接戦闘用武器の自主的な携行が認められている。64Fは全員がその使い手で、幹部達はその方面で世界最強を自負している。欧州では、アンドラの魔女のような近接戦闘武器を持つ習慣が殆ど無く、アルトリア、モードレッド、ハルトマンの三者を覗き、近接戦闘術は素人である。ハルトマンは当初、刀をぶら下げるようになった事は怪訝そうに取られたが、ダイ・アナザー・デイで真価を見せ、自分を剣客と自称し、そう自負している。ハルトマンのように、秘密の訓練だけで剣の腕が下手な英霊すら上回るレベルになるのは例がないので、この点でハルトマンは天才であった。

「ハルトマンは円卓の騎士を相手に優勢に立ち回れるまでに剣術を極めた。あいつは戦闘に関しては天才だよ」

「エーリカがそこまで!?」

「ああ、坂本君をして『手が出ない』とまで言わしめ、黒江君と同等に渡り合える」

ハルトマンは飛天御剣流を極め、牙突も会得しているため、個人戦闘力は黒江と同等レベルで、アルトリア相手でも優勢になれるレベルに、A世界では達した。坂本と違い、日々の打ち込みなどはサボっている反面、覚醒めた才覚は坂本を容易に追い越すほどのものであった。その天才肌は『沖田総司レベル』と言われるほどで、黒江も『うかうかしてられねぇ』と考えている。

「嘘……これが平行世界という事なんですか?」

「そういうことだ。黒江君と渡り合えるというだけで、扶桑の連中は腰抜かしている。あの子と互角に渡り合えるのは数人だけとされているからな」

エーリカが黒江と互角に渡り合えるという事実は、A世界の扶桑を震撼させた。当時の現役世代では最強レベルのウィッチであるハルトマンが、伝説のレイブンズと互角に渡り合えるのだ。驚きも当然である。ただし、剣でなら、という注意事項があるので、ハルトマンは『あーやには敵わないね』と謙遜している。

「総合的には負けるが、剣は追いついたとか言っている。格闘戦やらせたら、同じハルトマンでも、こちらの方が強いだろう」

「……格闘術は美緒が使っていますが、こちらでは必要な技能なのですか」

「前衛ウィッチには推奨される技能にはなった。ジェット時代になっても、なんだかんだで個人技は必要なのでな」

個人技。ジェットの登場時は廃されると思われたが、結局は戦訓で、個人技が一定程度なければ生き残れないと判明したので、セイバーの普及後は曲芸飛行もジェットで行われている。これは訓練された敵機に格闘戦に持ち込まれた場合、一撃離脱戦法に特化していると、敵に圧倒されるため、個人技もなんだかんだで必要となった戦訓のおかげだ。

「戦闘中に武器が壊れたり弾薬が切れる事も有るから、格闘は覚えて損はないぞ?扶桑の連中はそこを重視していた。私も投擲には覚えがあるので、パラリンピックを目指している」

ルーデルがいう。パラリンピックを投擲分野で目指していると明言し、槍を武器にしている事も明示する。

「大佐は何を目指しておられるのですか」

「軍での名誉は得尽くしたから、いずれスポーツ選手で食おうと思ってな。な〜に、戦争が終わればの話だよ」

大笑するルーデルだが、なんだかんだで定年まで軍隊におり、パラリンピックには『軍人』として出場したのは言うまでもない。また、ベトナム戦争までの間に、『アコンカグア山で怪我した友人を担いで、登頂成功』というオカシイ記録を樹立し、登山家としても名を馳せることになるのだ。そのため、ルーデルの戦後の趣味の一つに登山が加わり、日本でも有名になり、登山家としてのTV出演も果たしたとか。2020年の日本でのオリンピックにも解説ゲストとして参加し、意外に気さくな人柄などから、人気を博したという。また、軍隊で大佐にまで登りつめた経歴と、そのスコアで戦史に名を残しつつ、多彩な顔を持つことから、日本での人気はレイブンズに匹敵するものであったという。急降下爆撃の鬼と言われ、バスターウィッチの先駆者、戦車キラー……ここまでの異名を既に1947年には誇っている。足を一本失っても戦う意志を持つ点でも、ルーデルは『敢闘精神旺盛』なウィッチであった。また、生体再生よりも、機械式義足を選んだ点でも特筆されるべきだろう。

「戦争はまだ終わらないのですか?」

「敵が人間に移行したんだ。5年か6年で終われば御の字だ」

「そうですか…」

「仕方あるまい。相手は怪異のようにパターン化されたものではなく、同じ人間の知恵比べだ。それに世界を二部できる力を持つ超大国が引き起こした戦争だ。6年で済めばいいが、10年かかって負ける可能性も高い。起こした国が国だから一撃で黙らせられない事も無いんだが、大量破壊を伴う方法だし、来訪者の最強武装の1つを使うから、安易には出来ないのがジレンマだな」

「上手いこと分裂状態になってくれてるから、まだ勝ち目があるがな。ただし、彼の国の生産力は全世界の他の大国が数個集まるよりも大きいから、戦略爆撃は必須だ」

「富嶽の改良型を動員してるから、今は成果上げてるけど、敵がミサイルを実用化しだすと成功率は下がるわね」

「迎撃ミサイル自体はそれほど難しい技術ではない。近いうちに試作品は出てくるだろう」

高度12000を飛ぶ爆撃機を迎撃するミサイルを作る事は難しくなく、史実太平洋戦争末期の日本軍も実験していたものだ。海軍の噴龍、陸軍のイ号誘導爆弾が有名だろう。また、米軍は小型ロケット弾を戦闘機からばらまいて迎撃する手段を初期に講じており、リベリオンもこの段階には到達しつつある。そのため、現在は護衛戦闘機による迎撃機の排除が戦術の主眼に置かれている。近いうちにチャフやフレアの搭載やジャミングも講ずる必要が出てくるのは間違いない。

「と、いうわけだ。中佐。君の思っている以上に、戦争は高度化している。敵の生産拠点を叩かんことには、安眠もできん。ましてやリベリオンが相手なのだ。敵を滅ぼすつもりでかからないと勝てん」

「そうだ。敵は文化財も容赦なく攻撃するような国だ。都市を壊滅させるつもりで攻撃しないとな」

航続距離の問題で、富嶽系の爆撃機による攻撃は南洋島からのシアトル、ブリタニア基地からの東海岸に分かれている。東海岸は最も大規模で、史実での米軍の東京大空襲が示すように、数百機単位の富嶽系統を投入し、東海岸都市を定期便で痛撃している。当時、リベリオン側の主力はまだF6F/F4U、P-51Dであるので、富嶽の最終型『飛天』には到達できずに苦渋を飲む事が常態であった。時たま現れるP-47が対空ロケットを引っさげてくる程度だ。当時に飛天が飛ぶ12000mに到達可能なリベリオンの実用既存型航空機はP-47とP-51後期型程度で、しかも配備数がそれぞれ少なく、日本軍にとっての鍾馗や雷電のように、決定打にはなっていない。それを上回る『P-80』はダイ・アナザー・デイ(リベリオン側呼称:ゴールドフィンガー作戦)での先行生産機の喪失に伴い、ウィッチ装備の増産で生産ペースが鈍化しており、戦線に出すどころではなかった。そのため、リベリオン側はP-47とP-51後期型でジェット機の群れに挑むという哀れな状況となっている。扶桑側は日本側の神経過敏なほどの装備強化の要請で、どんどん電子装備を革新させており、飛天の最新生産ロットは21世紀でも通用するスペックを備えるに至っている。これは些か早いと、現場で評判である。まだフリーガーハマーのような打ちっぱなしロケットが投入された段階で、誘導ミサイルの段階ではない。日本の異常なまでの技術格差へのトラウマは扶桑から見れば異様にも思えた。この時点で、扶桑軍は既に向こう30年は保てるほどに、リベリオンに軍備の質的意味では圧倒的な優位を持っているからだ。

『レーダーや暗視システム対策としてチャフやフレアは積んで損はない。 フレアはウィッチなら近接戦仕掛けられたときに当てれば撃墜出来る可能性も有るだろう?』というのは、井上成美大将の言だ。その対策もあり、飛天隊の損耗率はP-80のストライカー/戦闘機の生産と配備が軌道に乗るまで低い水準で推移していく。これはF-86の開発資産が亡命側の手に渡ったためで、本来は過渡期の機体として終わるはずの同機が意外に長く活躍することになる。彼らがF-86の開発に成功するのは、亡命側に数年遅れる事になり、その間の優位が扶桑には幸となるのである。




――日本側の2018年で正式に発足した『日本連邦軍』は扶桑三軍と三自衛隊を加えた構成で、自衛隊出身者と扶桑軍出身者は『対等』とされた。設立当初は旧軍装備と自衛隊装備のごった煮と内外に酷評されたが、扶桑の太平洋戦争での技術革新はその前評判を覆しつつある。また、自衛隊の高度な技術と、練度に旧軍の敢闘精神が合わさったため、米軍や英軍は日本内部の酷評とは裏腹に、その組織に高評価を与えている。自衛隊単独の時代のネガだった『有事即応能力』や、『敵地攻撃能力』を労せずに得れたため、自衛隊の統合幕僚監部は大喜びであった。また、最後の懸案であった『従軍記章と金鵄勲章の存続』も日本連邦は是と判断した。革新政権の頃の『瑞宝章と一時金で利益に代える』案では、600万人以上の有資格者の利益を補完出来ないことが10年議論されたからだ。(逆に言うと、野党議員らは扶桑の貨幣価値での金鵄勲章の年金金額を21世紀の貨幣価値に換算すると、とんでもない金額になる事が10年でやっと理解できた事である。そのために野党議員の悪あがきが10年近く続いたが、自衛隊出身者に受賞者が出るに至って、ついに折れた)これにより、金鵄勲章は日本連邦の勲章という形で、表舞台に返り咲いた事になる。これは日本連邦軍人の自衛隊出身者が他国の軍人との外見上の均衡を保つための施策の一環でもある。自衛隊出身者は略綬状の防衛記念章を着用できたが、扶桑軍出身者は黒江や赤松がそうであるように、従軍記章や金鵄勲章のメダルをジャラジャラつけられる。その差を埋めるために、金鵄勲章や従軍記章が自衛隊出身者にも門戸が開かれた。(日本での瑞宝章は退役したものに与えられていたため、議論の末、結局は退役後に受賞という形となってしまっていた。その埋め合わせと、連邦軍の組織で金鵄勲章の自衛隊出身者への拡大にスポットが当てられた。名目上は同名での『新設』である。規則として、夜会服以外での本章着用は基本的に禁止とされた。従軍記章についても同様)また、新設された『日本連邦軍元帥』の階級は、扶桑側では功績顕著な将官が任ぜられること、日本では統合幕僚長が司令官になる際に与える事で均衡が取られた。元帥府の廃止と、階級としての復活に伴う5つ星の階級章の新設がセットである。そのため、620万の陸軍、330万の海軍、40万の空軍、15万の陸上自衛官、45304人の海上自衛隊、4万の航空自衛隊員らを束ねるために元帥の階級は必要だった。(海援隊を入れると、更に膨れ上がる)圧倒的に扶桑軍が多いが、第二次世界大戦型外征軍隊の扶桑と、防衛に特化し、軍縮している自衛隊の違いが明確に出たと言える。軍人人口が一気に東京の21世紀の人口に匹敵するレベルとなったが、軍備は別々に管理している上に、扶桑がその国力で日本の軍事・福祉の財政負担を一部肩代わりした事もあり、日本の財政が改善し始める。また、戦死後に同期が可能な限り遺族の面倒を見る風習が持ち込まれたり、危険手当が増額された事もあって、自衛隊志願数は一定の増加を見せ、翌2019年度の倍率も跳ね上がり、ウィッチが意外に多く眠っていた事も判明した。未来技術の段階的流入で技術的優位も取り戻し、扶桑が悩んでいたウィッチ不足も、日本での発現者の志願、21世紀と23世紀で男性ウィッチが現れ始めた(扶桑では殆どいない存在で、それ自体が伝説の存在とされる)ことで解消に向かうのだった――



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