夜の帳に包まれた、葛城中央公園。明るい外灯の下で、奴は道化師のメイクをしてジャグリングを披露している。
奴の手の中で、ボールが、ナイフが、ただのステッキが生き物のごとく動く。
時々、失敗して客から笑いがおきる。
一通りの芸が終わると、奴の周りにいた観客から、拍手と金が投げかけられる。
「やぁ、来てくれたんですか」
昨日、麻生一馬と名乗った男は、近くの外灯の下にいた俺に、にやけた表情を向けてくる。
「犯人を教えてくれるんだろ、道化師」
俺は咥えていたタバコを、自分の足元に投げ捨て踏み消す。
「せっかちな人ですね。ここじゃ何だし、雰囲気のいいお店でお話しましょうよ?知ってるんでしょ、そういう所」
俺はため息をついた。
BEAST
BIND 〜Alice's child〜
第二夜 道化師と伝説の住人
高級クラブリリスの一番奥にある個室、VIPしか入れない一室を借り、俺は麻生一馬と名乗った男と向かい合う。
「中々いい店ですね。流石夢触みが経営しているだけのことはありますね。働いている女性も綺麗どころばかりだ」
そういって彼は日本酒を一口飲む。
相変わらずへらへらとした笑みを浮かべている。
「御託はいい。早く話せ」
俺はせかすようにそういう。
「やれやれ、貴方は本当にせっかちな人だ。まずは自己紹介からしましょう。僕の名前は麻生一馬、見ての通り一介の道化師。ま、本当の姿は地獄の道化師です
がね」
地獄の道化師、それは常に退屈を嫌い、何かしら楽しみを求め続ける存在。そのためには、人間を殺すのをいとわないものもいる。
彼らは退魔師などに追われるより、退屈が最大の敵だ。
「ああ、安心してください。僕は人を殺したことはありませんから。殺してしまっては、僕の芸を見て笑ってくれる人間が少なくなってしまう」
「信用できないな。お前ら道化師は嘘をつくが得意だろ」
俺はそういいながらバーボンを飲む。
「これは手厳しい。でも、犯人を知っているというのは嘘じゃない。それに、僕はジョークは好きだが嘘は嫌いさ」
麻生の表情がにやけたものから、真剣な表情になる。
「犯人の名前は、クラウンセイジ。……僕の元相棒さ」
「……元相棒?」
俺は麻生の言葉に呟くように言う。
「そう。元々、僕はコンビを組んでいたんだよ。昔は結構有名だったんだよ、クラウンセイジ&カズマコンビ。手品からジャグリング色々やっていたんだ」
麻生は昔を懐かしむような表情でそういう。
「ある時、僕らの芸をずっと見ている子供がいたのさ。僕達の芸を笑いながら見ていたけど、どこか陰のある笑いだった。その子供は一通りの芸が終わっても帰
ろうとしなかった。セイジはその子供に問いかけた。なぜ帰らないのかと。すると、子供はこう答えたのさ。お父さんとお母さんにいじめられるから、殴った
り、ぶたれたりするからって」
「……虐待か」
「そ」
俺の言葉に、麻生が短く答える。
「数日後、新聞にある記事が載った。……子供が虐待の末、死亡したって言う記事が。その死んだ子供が、セイジが気に掛けた子供だったんだ」
そこまで言って、麻生は酒を飲み干す。
「いつも笑っている彼が、そのとき泣いていた。俺達は子供を笑わせるために、人間としていろんな芸を見せているのに、この子供は本当に笑えていなかった。
それどころか、一生笑えなくなってしまったって、泣きながら叫んでいたよ」
俺は麻生の言葉を黙って聞く。
「それから彼は、子供が虐待死する記事を読んでは、ニュースを見ては怒っていた。実の子供を散々殴り叩き殺していいのかとね。そして、彼は僕の前から消え
た。この世界が子供にとってつらい世界なら、ここより楽しい世界へ連れて行くと書き残してね。それからさ、各地で子供が行方不明になる事件が起きたのは」
そういって麻生はタバコに火をつける。
「彼は……堕ちたんだよ。異形にね」
「……異形か」
辺りに沈黙が訪れる。
異形とは俺達半魔が人間と魔物のバランスを崩し、魔に堕ちる際に高位の存在になれなかった者のことをいう。
例えば、俺達吸血鬼は魔に堕ち高位の存在になった場合、ダークロードと呼ばれる存在になる。もっとも有名なダークロードはドラキュラ伯爵だろう。彼は、
今もこの人間界に存在し、夜の闇に姿を隠しながら生きているらしい。
だが、高位の存在になれるのはごく一握りで、一般的には異形へと変化してしまう。
俺達吸血鬼は、異形と化した場合グールや吸血蝙蝠といった格下へとなってしまう。異形化は俺達半魔にとって、一番嫌悪することだ。
長い沈黙があたりを包む。
「彼を探すなら、噂をたどればいい。それが彼、『伝説の住人』の異形の姿だから」
そういうと、麻生はタバコをもみ消す。
「伝説の住人……。なるほどな、奴らの異形は悪い噂か」
伝説の住人は伝説や噂によって生まれた存在だ。
彼らは都市伝説のようなものから、それこそ古い伝説から生まれたものまで様々で、大半が妖精や妖怪などだ。
時々、テレビのヒーローのようなものが生まれる場合もある。
そして、彼らの異形としての姿は悪い噂。
異形化した彼らは人の心を失い、目立ちやすい、センセーショナルで悪趣味な噂になる。その行為は残虐なものになりがちだ。しかも噂の種類によって姿形が
違うので、能力は一定していない。
戦うには厄介な相手だ。
「行方不明に関する噂を追えば、犯人に……クラウンセイジにたどり着くわけか」
「そういうことさ」
麻生が二本目のタバコに火をつける。
「なぜ、俺にそこまでの情報を与える?仮にも元相方だろ?」
俺もタバコを取り出し、火をつけ、尋ねる。
「実はね、僕はクラウンセイジを追い続けているのさ」
麻生がタバコの煙をゆっくりと吐き出す。
「いつも後一歩のところで逃げられている。ずっと、ずっと追ってきた。そろそろ、決着を付けたいと思ってね。協力をお願いしたいのさ」
「……俺の見てきた道化師どもは、無責任で、嘘つきで、飽きればいつも途中で投げ出す連中だった。お前をそこまで駆り立てるものは何だ?」
「相棒の暴走を止めるのは、残された相方の役目……そう思わないかい?それに、彼を追い続けることは退屈しないさ」
麻生の顔がへらへらとした笑顔に戻る。
「……いいだろう。協力しよう」
「よろしく、Alice's child イレイザー荒木」
俺の差し出した右手を、麻生は握り返した。
翌朝、俺は公園で仕事の準備をしている麻生と落ち合う。
「それで、クラウンセイジに関する情報は何処まで握っている?」
俺がそう問いかけると、両手を肩ぐらいの高さに上げ、首を振る。
「僕にも分からない。何せ、今まで彼の情報は街ごとに変わっているんだ。ある街では、特定の落書きを触る。別の街では、一人で魔方陣みたいな絵を描いて願
い事をするとかね」
そういいながら、麻生は道化師のメイクをする。
「この街での彼の噂は、僕に話かけること。それ以外は分からないんだ。この条件のほかに何かがあるんだ。僕に話しかけても無事な子供だっているんだから
ね。だから、僕に話しかけるだけではダメなんだ。それ以外に何か条件があるんだよ。僕はここに来てから、ずっと探っているけど、中々わからないんだ」
麻生は準備が出来たようで、バックの中からジャグリングの道具をとりだす。
「だから、僕はここで子供や学生からいろんな情報を手に入れようとしてるのさ」
「なるほど、そういった都市伝説や噂に関しては子供や学生の情報は早いからな」
「そういうこと」
そういうと麻生は俺にウィンクをし、ジャグリングを披露し始める。
「それじゃ、僕はここで情報を集めてみるよ」
「なら、俺は知り合いの情報屋を当たってみよう。何かあったら電話をくれ」
「了〜解」
麻生がジャグリングを始めると、お客が次第に集まってくる。
「さてと」
俺は公園の近くに止めていたバイクにまたがり、ヘルメットを被る。
「アイツの元にいってみるか」
俺はそう呟くと、バイクのエンジンをかけ、走らせる。
葛城市の高級住宅街に建つ高級マンション。
俺はその近くにバイクを止めると、エントランスへ入り、目的の部屋のインターホンを押す。
『はい、どなた?』
スピーカーから若い女の、けだるそうな声が聞こえてくる。
「俺だ、荒木だ。開けてくれ」
『……はい』
そういうと、中へ続くドアのロックが解除される。
俺は中に入り、エレベーターに乗ると最上階のボタンを押す。
エレベーターは目的の階につくと、軽い衝撃と共に止まり、ドアが開く。俺はドアが開くと目の前の部屋の前に立ち、ドアをノックする。
「……開いてるよ」
中からエントランスで聞いたのと同じ、女のけだるい声が聞こえてくる。
俺はドアを開けて中に入ると、明かりがつけられておらず、真っ暗な玄関だった。俺は近くにあったスイッチを入れ、明かりをつけるとリビングへ向う。
リビングはカーテンが締め切られ薄暗い。そしてクーラーがガンガンに効いており、何十台というパソコンが動いている。
その中心で一人の女性が本を片手に、パソコンと向かい合うように座っている。
女は本を閉じ、俺の方に振り返る。女が長い髪を掻き揚げ、整った顔を見せる。
クーラーが効き過ぎて寒いのにも関わらず、女の服装はタンクトップにハーフパンツという姿だ。
「いらっしゃい。明かりはつけないでもらえるかい」
「相変わらずだな、愛理」
俺はそういうと近くにあった椅子に腰掛ける。
「まぁ、情報を集めるのが私のライフワークだから」
そういうと、愛理の髪の毛が変化し、触手のようなものに変化し、全てのパソコンに接触し融合する。
彼女は寄生体と呼ばれる存在だ。
寄生体は地球外からやってきた存在で、人間に寄生することで生きることが出来る。
寄生された人間は寄生体に人格などを乗っ取られてしまう。ただ、中には共生するものもいる。まぁ、愛理の場合はすでにのっとられているわけだが。
そして、彼らは常に情報に飢えており、人間が食べ物を食べて生きているのと同じように情報を集めて生きているのだ。
彼らは常に情報を集め、それをどこかへと送っているらしいが、それが何処へ送られているのかは誰も知らない。
だが、情報を得るには一番いい存在であることは間違いない。
「お前がここに来たということは、何か事件の情報かい?」
そいうと、愛理は足を組みなおし、本を開く。
「そうだ。今この街で起きている行方不明に関する情報だ。それも都市伝説のような」
俺は昨日、麻生と話した内容を愛理に伝える。
「ふむ、それで私に与えられる報酬は?」
「……フェイリング邸の書庫の本一日読み放題でどうだ?」
俺の言葉に愛理の目が光る。
「なるほど、フェイリング家の書庫にはレアな本が多いと聞く。もちろん、お前が許可を取ってくれるんだろ?」
「ああ、アリスに進言しておく」
アリスは自分の邸宅に自分の配下の者以外が入ることを大変嫌うが、俺がこいつを見張っていれば許すだろう。なにせ愛理はいままで、何件もの事件解決に繋
がる情報を俺に与えてくれている。そのことを引き合いに出せば大丈夫だろう。
「さて、報酬も決まったことだし、お前に情報を与えてやろう」
そういうと愛理は目を閉じる。すると、パソコンと融合している触手状の髪がうっすらと電子回路のように輝きだす。
「……ふむ、見つけたぞ。こいつだ。魔術師さんという都市伝説のようだな。葛城中央公園にいる大道芸師に魔法みたいだねと話しかけ、誰もいないところで、
魔術師さん、僕を魔法の国へ連れて行ってくださいといいそれを強く願えば、連れて行ってくれるというものだ」
「それだな」
俺は愛理の言葉にうなずく。
麻生にただ話しかけるのではなく、『魔法みたいだね』という言葉と誰もいないところで『魔法の国へ連れて行って欲しい』という言葉がキーになっていたの
か。そして、そこへ行きたいという強い願い。
そのとき、俺の携帯が鳴る。
「荒木だ」
『僕だ、麻生だよ。やっとわかったよ、彼を引きずり出す方法が』
「俺もだ。今行く」
そういって俺は椅子から立ち上がる。
「邪魔したな。書庫の件はあとで報告を入れる」
「期待して待ってるよ」
俺は愛理にそういうと麻生が待つ公園へと向った。
公園に着くと、丁度麻生が着替えているところだった。
「魔術師さん……クラウンセイジに出会う方法が分かった」
「僕もさ、道理で最近小さい子供から魔法使いみたいだってよく言われていたわけだ」
そういって麻生は肩をすくめる。
「自分の思いのためには、相方までも利用するか……。で、どうやってあぶりだす?」
俺の問いに麻生がにやりと笑う。
「さっき、一人の子供が僕に問いかけてきた。その子の後を追って、最後のキーワードを言った瞬間に、現れたところを捕まえる。一番確実じゃないかい?」
「……囮か。だが、現れなかったときはどうする?」
「現れるまで繰り返すだけさ」
気の遠くなる話だが、確かに子供の前にしか現れないのなら、その方法しかない。現れた瞬間を狙い、倒すしかない。
「……その方法で行こう。で、ターゲットの子供は?」
「もう向ってる。場所は近くの火向神社だ、急ごう」
俺達は素早くバイクにまたがり、麻生のいった神社に向う。
神社につくと、俺達は目の前の石段を静かに上っていく。辺りはすでに夜の帳がおり始めている。
最上段の手前で止まり、そっと様子を見てみると一人の男の子が辺りを見回し、何かを祈るように呟く。
「魔術師さん、僕を魔法の国に連れて行ってください」
『いいよ、連れて行ってあげよう。楽しくて、悩むことも、怖がることも無い、楽しい楽しい魔法の国へ』
男の子が呟くと同時に、男の声が響き、黒いローブを纏い、木でできた杖をもった男が現れる。
「さぁ、行こうか?魔法の国へ……」
そういって、男が子供の手を取ろうとする瞬間、俺は飛び出そうとする。だが、それを麻生が止める。
「まぁ、待ってよ。面白いのが見れるから」
「何だと?」
男が子供の手を引いた瞬間、子供が爆発する。
「くっ!これは!!」
「あははははははははっ!引っかかった引っかかった!!」
男が驚きの声を上げると同時に、麻生が笑い出す。
「どうだい?久しぶりに見る取替え手品は?本物はここさ」
麻生は着ていたジャケットの前をはだけさせると、そこから一人の子供が現れる。その子供は今さっき爆発して消えた子供とそっくりだ。
「そうか、麻生。この街まで追ってきたのか」
「そうそう、しかも今回は僕一人じゃない」
俺はゆっくりと変化し、姿を現す。
「連続児童誘拐犯、クラウンセイジ。我が主、アリス・イラージュ・フェイリングの命により、抹殺する!」
俺は鋭い爪を構える。
「アリス・イラージュ・フェイリングのパシリかぁ!」
「何とでも言え。俺は使命を果たすだけだ」
俺はそういうと右手から、黒い衝撃波を放つ。
「吸血鬼が出るには少々時間が早いんじゃないか?」
セイジは体を捻って、俺の衝撃波を回避する。
「僕もいるんだけど?」
麻生もいつの間にか、左目から涙を流しているピエロのような姿に変化していた。そして、右手に握ったおもちゃのような拳銃の引き金を引くと、乾いた音と
共に弾丸が発射される。
「チッ!」
セイジは素早く上に飛び上がり、弾丸をかわす。
「行け、吸血蝙蝠」
俺は影の中から自分の配下の蝙蝠を召喚し、セイジに向わせる。それと同時に、両手に力をためる。
「舐めるな吸血鬼!」
セイジの両手からエネルギー弾が放たれ、吸血蝙蝠たちが一瞬にして焼き殺される。
だが、これは囮。本命は両手の衝撃波だ。
俺は衝撃波を打ち出す。
「グアッ!」
俺の衝撃波がセイジを捕らえ、ダメージを与える。
「ばーん!」
ふざけた声と共に、麻生がセイジに向けて銃を放つ。
「くっ!」
セイジの右足を弾丸が打ち抜く。
セイジは着地のバランスを崩し、地面に倒れこむ。
俺は爪を、麻生は銃を構え倒れたセイジを囲む。
「おしまいだ、連続幼児誘拐犯、クラウンセイジ」
「気をつけるんだ、荒木。彼は隠しダマを持っている可能性があるよ」
俺は麻生の言葉に、警戒心を上げゆっくりと近付く。
そのとき、セイジのローブからいきなり、大量の煙が吹き出る。
「煙幕!」
「そうさ!こんなこともあろうかとね!!」
セイジは背中から薄い光る羽を広げて、空に舞い上がる。
「見つかってしまっては、この街にはいられないな。次の街へ出て行くから許して欲しいと、アリス・イラージュ・フェイリングに伝えてくれ、パシリ君!!」
そういって、セイジは飛び去る。
「そんなことでは、アリスの怒りは収まらんぞ。お前の死をもってして収まる。悪いが逃がしはしない」
俺は自分の姿を巨大な蝙蝠へと変化させ、セイジの後を追う。
「ちょっと!僕も連れて行ってくれよ!!」
「お前を持ち上げて飛べば、速度が落ちる。お前は俺のバイクを運転して来い!」
「バイクなんてずいぶん乗ってないんだけど!?」
「その言葉からすると、乗った経験があるな。すぐに思い出す」
「そんなぁ!」
俺は麻生のその言葉を聞きながら、セイジを追いかける。
夜の帳に包まれた葛城市の空を、俺とセイジが飛ぶ。
星より明るい満月の月明かりが、俺達を夜空に浮かび上がらせる。
「しつこいな、このパシリが!!」
セイジの両手からエネルギー弾が放たれる。
俺はそれを回避し、牙をむき出しにして、セイジに襲い掛かる。
「食らわないよ!」
「当たるとも思ってはいない」
俺は避けられると同時に、変身を解除し両手から衝撃波を撃ち出し、素早く蝙蝠に戻る。
「チッ!」
セイジは俺の衝撃波を紙一重で避ける。
その間に、俺はセイジの後ろに回り変身を解除し爪を構え、そして、奴の光る羽を切り裂く。
「しまった!」
俺はそのまま、左ひざをセイジの背中に押し付け、奴の右腕と左腕をがっちりと掴み、そのまま地面へと落ちてゆく。
「放せ!放せぇ!!」
「このまま落ちろ!!」
俺の眼下に、森が広がる。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」
「おおぉぉぉぉぉ!!」
夜空に俺達二人の叫びが響く。
次第に森が大きくなり、そして、森の中に木々をへし折る音が響き、次の瞬間、凄まじい衝撃が俺達を襲う。
「はっ、はっ、はっ」
セイジは仰向けで短く荒い呼吸を繰り返し、ゆっくりと寝返りを打つ。奴の口の周りは吐き出したのであろう、血で真っ赤だ。
「クラウンセイジ、我が主の領土を荒らした罪は死で償え」
「聞け、アリスの…パシリ。今の…この世の…中は、子供にとって…良い世界じゃない……。学校では…いじめ……られ、家に帰れば…虐待。それ…が原因
で……自…殺したりそのまま命を落としたり。生き延び……ても、貴様達の餌だ」
セイジが息絶え絶えで語る。
「こんな世界より…いい世界があるな…らば、俺は連れて行ってやりたい。無ければ……作ってやる。その考えは間違っては……いないだろう?」
「伝説の住人らしい言葉だな」
俺はゆっくりと、右手をセイジの上にかざす。
「でも、それは間違いなんだよ」
そこへバイクを引きながら、道化師に変化した麻生が現れる。
「セイジ、僕たちが最初コンビを組んだとき、こう約束したはずだよ。どんな泣いている人間にも、心のそこから笑ってもらえるコンビになろうと」
麻生はゆっくりとセイジに近付く。
「君がさらった子供たちは、君の作った世界で笑っているのかい?」
「はは……泣いているよ。お母さんに…お父さんに会いたいって」
「なら、約束は守れていないよね?」
そういうと麻生はおもちゃにしか見えない銃を取り出す。
「最後の約束は守ってくれるよね?もし、どちらかが異形に堕ちた場合は、殺すという約束は?」
セイジがゆっくりと首を縦に振る。
「ねぇ、荒木。とどめは、僕にやらせてくれないか?」
「……好きにしろ」
俺はそういうと、ゆっくりとその場を去る。
森を抜けたとき、奥から乾いた音が響いた。
俺がバイクにまたがりながら、タバコを吸っていると、地獄の道化師姿の麻生が現れる。
いつもは左にある涙の模様が、今は両目にある。
「終わったようだな。俺は帰らせてもらう」
俺はそういうと、バイクのキーをまわす。
「……僕にとって……人間達は僕の芸を見てもらうためのギャラリーなんだ。……ねぇ、荒木。君達吸血鬼にとって人間って何だい?」
麻生が人間に戻り、俺に問いかけてくる。
「簡単な答えだ。家畜、それだけだ」
「なら、君にとっては?」
「……家畜…だ」
「荒木保という吸血鬼は、今までに人間の血を吸ったという話は聞かないんだけど?」
「何が言いたい?」
「いや、なんでもないよ。血を吸わない吸血鬼……荒木保君」
俺はその言葉を聞きながら、バイクを走らせた。
クラウンセイジは、子供たちの笑顔を守ろうと、異形に落ち、この世界とは違う世界に子供たちをさらった。その行為が良いか悪いかを別にして、子供たちを
守るため行為だった。
そして、吸血鬼はその子供たちを食らう側。彼にとっては悪なのかもしれない。
麻生は、人間はギャラリーだといった。きっと、奴はギャラリーを守るために戦うかもしれない。一人でも多くのギャラリーに自分の芸を見てもらうために。
そのために、人間を守るだろう。
俺は吸血鬼。人間の血をすすり、夜を生きるもの。人間を家畜として、捕食するもの。彼らにとっては、自分の守ろうとするものを奪う存在。
だが、俺は麻生の言うとおり、人間の血を吸ったことも舐めたこともない。それはきっと、俺の心の中にある人間の部分。いまだに人間でいたいという心。
「俺は本当の吸血鬼になることも出来ず、人間でもない。本当に中途半端な存在だな」
俺はそう呟くと自虐的に笑った。
あとがき
というわけで、第二話をお届けしました。
第一話とかなり間があってもうしわけないです。
拍手をくれた方々、黒い鳩さん感想ありがとうございます。これからもよろしくです。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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