学食にてシュヴァンツと織斑一夏、篠ノ之箒は朝食をとっていた
「ここの食事は美味しいですね」
「ああ、そうだな」
箸を上手く使って丁寧に焼き鯖の骨を取ってゆく少年に、一夏はへぇ……と声を漏らした
「箸の使い方が上手いじゃないか」
「ええ……日本人の知り合いに教えて貰いましたから」
「そういやさあ」
「何ですか?」
キョトンとした表情で首を傾げる少年は同性の一夏から見ても可愛らしく、その様子を見ていた女子達が可愛いと黄色い声を上げていた
「ISの事、教えてくれないか?このままじゃ来週の勝負で何も出来ずに負けそうだ」
「下らない挑発に乗るからだ、馬鹿め」
一夏の隣に座って食事をしていた箒が素っ気なく言った
「えっと、僕に出来る範囲でなら……」
少年にとっては一夏を強くする事も依頼の一つであるので、これはチャンスであった
「ねぇ、君達って噂の子でしょ?」
いきなり、隣から女子に話しかけられた
リボンの色から三年生で有る事が分かる
癖毛なのかやや外側に跳ねた髪が特徴的で、どこかリスを思わせる人懐っこい顔立ちをしている
「噂?」
「……多分、そうなんじゃないですか」
その先輩は二人が返事すると少年の隣に座った
「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、ほんと?」
「そうですけど?」
「でも君、素人だよね?IS稼働時間はいくつ位?」
「いくつって……二十分位だと思いますけど。シュヴァンツは?」
「えっと……数十時間辺り?」
「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。その対戦相手、代表候補生なんでしょ?だったら軽く三百時間はやってるわよ」
こっちの白い子はまだ希望はあるかな?と言ってから、先輩は
「でさ、私が教えて上げよっか?ISについて」
そう言って、少年と一夏の方へと顔を寄せてきた
結構美人の先輩と顔が近い少年は、うっ……と顔を赤くしていた
「ふふっ、照れちゃって可愛いわね」
「それじゃあ、ぜ「結構です。私が教える事になっていますので」
一夏が先輩に答えようとした言葉は、箒の横槍によって遮られた
「貴方、一年でしょ?私の方が上手く教えられると思うなぁ」
「私は篠ノ之束の妹ですから」
言いたく無さそうに、それでもこれだけは譲れないとばかりに箒が言う
「篠ノ之って__ええっ!?」
先輩はここぞとばかりに驚いた
「ですので、結構です」
「そ、そう。それなら仕方ないわね……じゃあ、君の方は」
先輩は少年の方を誘おうとしたが、少年は
「あの……僕も篠ノ之博士と関わってます」
「「「_____えっ?」」」
結構な爆弾を落とした
「ど、どういう事なの?」
「その、守秘義務があるので詳しくは話せませんが、僕をここに送り込んだのは篠ノ之束博士です」
「つまり貴方は篠ノ之博士の刺客なの!?」
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
その言葉に食堂の空気が凍った
「……そうなんでしょうか?」
「私に聞くな」
不思議そうに聞く少年に返す箒
「と、言う訳ですので僕達は大丈夫です」
その後、少し騒ぎになりかけたのは当然だろう
その日の放課後、剣道場に少年は一夏と箒の三人でやって来ていた
剣道部の女子達も興味津々で彼等を見ていた
「それじゃあ、ISについてを説明します」
「その前に聞きたいんだが」
少年が教えようとして、一夏が止めた
「どうして剣道場なんだ?ISの事についてなら部屋でもいいだろ?」
確かにISについて教えるなら部屋でも構わない、剣道場で教えるのには理由があった
「ISについての説明だけじゃなくて、特訓もするんで……」
「成程な、何で箒まで居るんだ?」
「私が居てはいけないのか?」
一夏がそう言うと、ジロリと箒が睨みつける
「あの、説明させてもらいますよ?」
少年は二人にISについての解説を始めた
「ISについての説明は教科書や書かれている通り、簡単に言えば『凄い宇宙服を戦闘用にしたモノ』です」
「………確かにそうだが」
間違いではないが、ISが『地上最強の兵器』から『凄い宇宙服』に表現されるのもどうなのだろう?
「基本的にISは体の延長だと思ってくれて構いません。元は鎧みたいな物ですから」
「へぇ……」
一夏は感心した様に声を上げるが、箒は複雑そうな表情であった
「専用機も訓練機も無いですし、とりあえず一夏さんは箒さんと剣道の稽古をしてもらってください」
「えっ!?」
ISで戦うのにどうして剣道の稽古なんだ?と思う一夏に少年が解説する
「ISは体の延長線です。じゃあISってどうやって戦いますか?」
「そりゃあ武器を使ってだな」
「その武器は誰が使いますか?」
「……自分だな」
「つまり、ISで戦う事は基本的に人間同士の戦いと同じなんですよ。相手の攻撃を見て回避して、持っている武器でダメージを与える。剣道にすると空飛んで剣道をやるのと同じです」
結局、ISの戦いとは人間同士の戦闘と同じだ
「次にどうして箒さんと剣道の稽古をするのかについては、もう分かりますね?」
「ああ、つまりISで戦うのも生身で戦うのも同じって事だろ?」
「正解です」
少年は一夏に聞く
「一夏さんは剣道をしてましたけど、銃は使った事ありますか?エアガンとか……」
「銃か……無いな。俺には剣の方が慣れてるな」
「という事で、箒さんの出番という訳です」
その言葉に箒が嬉しげにしていた
「そ、そうか。よ、よし!一夏、さっさと稽古を始めるぞ!!」
「ちょっ!?待てって箒!引っ張るなって!」
一夏は箒に引かれて、稽古を始めるのだった
「どういう事だ!」
「いや、どういう事って言われても……」
稽古を開始してから十分。一夏は一本負けしていた
面具を外した箒の目尻はつり上がっている
「どうしてここまで弱くなっている!?」
「受験勉強をしてたから、かな?」
「……中学では何部に所属してた?」
「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」
その言葉に箒は
「鍛え直す!これから毎日、放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」
「え。それはちょっと長い様な……シュヴァンツからも何か言ってくれよ」
一夏は少年に助けの視線を送るが
「……それでもいいと思いますよ?まずはブランクを取り戻す事が大事ですから」
「そうだ!それに男なのに女に負ける事が悔しくないのか!?」
「そりゃ、まぁ……格好悪いとは思うけど」
「恰好?恰好を気にする事が出来る立場か!それとも、何だ。やはりこうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」
箒の発言に流石の一夏も頭にきたらしく、感情的になる
「楽しい訳あるか!珍獣扱いじゃねぇか!分かるか!?気を使わずにいて、心安らげる同性がシュヴァンツだけの、この状況が!」
「わ、私と一緒に居るのが辛いというのかっ!」
振り下ろされた箒の竹刀を竹刀で受け止める一夏
「お、落ち着いて下さいっ」
少年が慌てて二人を宥める
「箒、な?頼むから。今度なんか奢るから」
「……ふん、軟弱者め」
箒は軽蔑の眼差しで一夏を一瞥して更衣室へ戻って行ってしまった
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ……なんか悪いな。シュヴァンツ」
「いえ………続きをしましょう」
「ああ………って、お前も剣道出来るのか?」
「いえ、僕は剣じゃなくてナイフです……」
少年は剣道場から外に一夏を連れ出すと、透明な仕切りで十メートル四方を囲んだ場所へと連れてきた
「ここは、何だ?」
「特別に許可を取って作った臨時の訓練所です」
仕切りの高さは三メートル程で、横は五メートル程であった
「ここで何の訓練をするんだ?」
「射撃兵器に対する訓練です」
「へっ?」
唖然とする一夏に少年は防護用のゴーグルとサポーターを渡して付けさせた
「じゃあ、一夏さんには銃撃の回避練習をしてもらいます」
そう言って少年はハンドガンやアサルトライフルを取り出した
「ちょっ!?待ってくれ!こんな装備じゃ死ぬって!」
「ああ、大丈夫です。エアガンですから。銃弾もBB弾ですので心配ありません」
「でも、エアガンでも当たると結構痛いんじゃ………」
「改造はしてませんし、そもそも当たらなければいいんですよ?」
パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない的なノリで言う少年
その目は本気の目だった
「制限時間は五分間。行きますよ」
次の瞬間、少年の持つハンドガンからBB弾が放たれた
「痛ッ!!?イテテッ!!!」
容赦なく一夏に当たり続けるBB弾
「がむしゃらに動けば回避できるなんて訳無いですよ。銃を使う人は相手が次にどう動くかを予測出来るんですから」
マッハ1〜2を叩き出すオーバードブースト、瞬間速度800〜3000キロを出すクイックブーストを行うネクスト同士の戦闘に於いて、相手の動きを予測する事は必要不可欠である
軽量級のネクストを扱うリンクスを相手にした時などは、特に必要である
クイックブーストで回避したネクストがどこへ動くのかを予測していなければ、その隙を突かれ、致命的な一撃を喰らいかねない
常に何処へ動くのかを予測し、即座に対応できるようで無ければ戦場で死ぬ
相手の隙を見つけ、攻撃を当てる事が出来るかという事に集約される
これは主に重量級のネクストの戦い方ではあるが、軽量級のネクストも一応当てはまる
何が言いたいのかというとだ
少年の射撃はがむしゃらに動いた程度では回避出来ないという事だ
「相手の銃口の向き、視線を良く見て下さい」
これでも少年は相当、手を抜いて戦っている
訓練だからだろうが、少年はその気になれば視線を外したままで放てる
一夏が小学生の時の実力は、全国大会を優勝した現在の箒すら凌駕する実力だったらしい
そして織斑千冬もまた剣一本で第一回IS世界選手大会モンド・グロッソを優勝している
織斑家の人間は剣では天武の才を持っているのだろう
そして、この少年もまたアーマードコア・ネクストの技術なら天武の才を持っている
その実力はカラードのトップクラスのリンクス五人を纏めて相手にしても勝利できる程だ
分かりやすく言えば、オンライン対戦で上位の実力といえば分かるだろう
「そんな事を言われても……痛ッ!」
三十分位で、一夏は徐々に回避出来て来たので、少年は難易度を上げる事にした
「じゃあ、次はレベルを上げます」
その手にはアサルトライフルがあった
「ちょっ!?難易度上がり過ぎだろ!!」
「行きますよ!」
先程とは比べ物にならない程の連射で放たれる弾幕
「ぎゃああああああああああああッ!!!!?」
結構スパルタな訓練に一夏の悲鳴が響くのだった
そして夜になってからは少年の講義が一夏に待っていた
「情報って重要なモノです。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』です」
「へぇ………」
体のあちこちに痣を作った一夏が疲れ切った声で答える
「………結構お疲れの様ですね」
「あんなに走らされたら、こうなるって………」
一時間、銃撃を回避するのに体中の筋肉を使って動いた一夏は疲れ切っていて、ベッドに突っ伏していた
「……続けますね。敵の情報を知っているのと知らないのとでは、かなりアドバンテージに開きがあります」
どんな動きをするのか、どんな武器を持っているのか、動きの癖、と情報は相当な武器になる
「確かにそうだな……知っているのと知らないのじゃ全然違うもんな」
一夏はふむふむと顎に手をやった
「セシリアさんの入試の時の映像があります」
そう言って少年は端末を起動して再生しようとする
「待ってくれ、それは何か卑怯じゃないか?」
一夏は自分達だけ相手の情報を知るなど、気が引けるらしい
「………あの、一夏さんは自分がそんな余裕を言える立場だと思いますか?」
「………すいません。言える立場じゃありませんでした」
“えっ、本気ですか?”と心配する様な目で見られて、一夏は即座に謝った
「じゃあ、再生しますね」
そこにはセシリアが余裕そうに巨大なレーザーライフルで狙撃し、四機のビットによる攻撃で試験官を撃墜する映像が映し出されていた
「このビットが厄介だな」
「そうですね。でも、何かに気が付きませんか?」
「ん?」
少年に言われてもう一度映像を再生し、じっくりと見る一夏
「……ビットを使っている時は動いて無い」
「そうです。それにレーザーライフルも使ってませんよ?」
「……ビットを使っている時は制御に集中して、他の事が出来ないのか?」
「ええ……遠隔兵器とはいえ操作するのは操縦者ですから」
“完全に自立したのも知っているんですけどね”と少年は変態企業トーラスが作り上げたオービットを思い出す
「色々とありがとな」
「いえ、役に立てたのなら良かったです」
一夏に感謝され、少年は照れくさそうにした
「でも、決闘の日までに俺が大丈夫かどうかが心配なんだが……」
「そこら辺は上手く調節しますよ……」
こうして少年は一夏を強くしてゆく為に、箒と共に鍛えるのだった
その中で箒の一夏に対する恋心に気が付くのは、少し経ってからだった
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