ユートピアコロニーにある邸宅

そこで、今日もアキトがヒミコ(ユリカ)に怒られていた

「こら、アキト!
会社の書類を弄っちゃ駄目だって言ったでしょ」

引き取られてすぐの頃こそ、両親の死のショックと緊張によってよそよそしかったアキトだが
二ヶ月もたつと、調子を取り戻しヒミコに遠慮するようなこともなくなっていたのだ

もっとも、アキトがヒミコはユリカと同じタイプだということに気づき、
よそよそしくするのが馬鹿らしくなったというのも大きな理由だが

「だったら、書類を食卓の上においておかないでよ
てっきりいらないものだと思ったじゃないか」

反論するアキト

「う・・・・・・
それでも駄目なものは駄目なの!」

子供のユリカと全く同じような行動にでるヒミコ

こういう部分では全く成長していないのが彼女である

「わかった、次からは気をつけるよ

夕飯ももうすぐできるから座ってて」

この辺り、アキトも対処の仕方を心得ているもので
下手に反論して被害を大きくするような愚は冒さなかった

食べ物の話題を出すことでヒミコの機嫌を直したともいえる

ちなみにどうしてアキトが夕食を作っているのか?というと
一緒に暮らし始めた頃にヒミコの料理?を食べて吐き出しそうになったアキトが
料理を自分で作ると言い出すというほほえましい?エピソードが起こったからである

「今日の献立は〜?」

機嫌を直したヒミコが、先程まで怒っていたのが嘘のように明るくアキトに尋ねる

彼女にとってはまだ小さいといってもアキトの作る料理がまた食べられることは何より嬉しいことなのだ

こうして、一日が過ぎていく

かつて日常を奪われたヒミコにしてみれば一日一日が掛け替えのないものであった



だが、ヒミコが自宅でそんな幸福を感じているころ頃

ミルキーウエイとネルガルの遺跡及びロストシップを巡る攻防は激烈を極めていた

それぞれが、全力を持って遺跡とロストシップの解析を進めつつ

裏では、相手から少しでも多くの情報を手に入れようとSSが暗躍する

その様子は火星の後継者の乱の前に行なわれた

火星の後継者とネルガルの諜報合戦に近いものがあった


もちろん設立したばかりという所詮寄せ集めに過ぎないミルキーウエイの諜報部が
ネルガルに互角に対抗できたことには訳がある

アイがオ級コンピュータ『キボウ』にネルガル諜報部のハッキングを指示したのだ

例えマシンチャイルドがいなくても2186年頃に、
2205年に生まれ二年の経験を蓄積した人工知性体であるキボウ及び
超ナ級戦艦ダンデライオンのクラッキングシステムに電子世界で敵うものはいなかった

そのためネルガルの諜報部は常に作戦が漏洩し続け、プロス率いるミルキーウエイ諜報部の暗躍の結果
半年もたつとネルガルの実働部隊は壊滅に近い損害を受けることになっていた

また、ネルガルはアスカインダストリーのロストシップ及び遺跡の研究参入を防ぐためにも
多大な労力を払わなければいけなかったことがそれに拍車をかけた

そのようにして、自社の守りを固めつつ、
アイは研究者たちを未来の知識を使って巧みに誘導し着実に成果を上げていく


そしてミルキーウエイが設立してから一年後、2186年7月

ミルキーウエイ設立一周年記念式典の場において世界が驚愕する発表がなされた

永久駆動機関である相転移エンジンの開発成功の公表及びその現物の公開である

真空より低いエネルギー水準を生み出し、真空からエネルギーを供給するこの機関は燃料が要らず
そのうえ、機械が故障するまでエネルギーを生み出し続けるという今までの常識を尽く覆すものであった

そして、これは遺跡とロストシップを巡る企業間の争いでミルキーウエイが勝利した瞬間でもあった

未だに、相転移エンジンの基礎理論の確立さえできていなかったネルガルが
相転移エンジンのライセンス生産と引き換えにロストシップ及び遺跡からの撤退を決定したのだ

ネルガルの重役会議において、わざわざ古代船を調べるより、
ミルキーウエイの完成品をライセンス生産したほうが早いと判断されたことと
ナノマシン部門において完全にミルキーウエイに遅れをとり
遺跡のナノマシンを利用したマシンチャイルドの研究が止まってしまっていたという事実があったためである

もちろん、この裏にはイネスとプロスが巧みに流した
「古代火星人の技術で最も優れているのが無限にエネルギーを供給できる相転移エンジンに関する技術である」
という情報にネルガルが騙されたためという理由もあったりする

この式典において、ネルガル関係者は苦虫を噛み潰したような表情をしていたと言われていることからも
ネルガルの敗北は明らかだった




だが、そんな式典の裏側ではミルキーウエイとアスカインダストリーの間で激しいやり取りが行なわれていた


「相転移エンジンの購入の優先権だけでなく、我々はそのライセンス生産を求めているのだ」

アスカインダストリーから代表として来た、サラシナ・ダイスケが発言する

「相転移エンジンは我が社に莫大な利益をもたらすことが予想されているのです
そう簡単にライセンス生産の権利を与えるわけにはいきません」

それに反論したのはミルキーウエイ社長ヒミコ・テンカワ(ユリカ)だった

彼女としては、ナノマシン部門や民生部門などで十分過ぎる利益を上げられているので
独占を避けるためにもライセンス生産をしてもらったほうが良い

だが、ある目的のために造船部門を作る必要があるので、
交換条件として造船部門でのノウハウを手に入れる必要があり、
このようなまどろっこしいことをしなければならなかった

「我がアスカインダストリー社は貴社に対して資本を投入するなど様々な支援をしてきたのだ
既にネルガルに与えているライセンス生産の権利をを与えるぐらいかまわないのではないか」

「確かに我が社はアスカインダストリーの投資を受けましたが、その子会社と言うわけでもなく、
また、株も既に60%以上を買い戻しています
株などで出た利益だけでも既に十分な利益が出ていると思いますが」

暗に恩に着せられるほどのことはされていないと言う

「では、どうあってもライセンス生産の権利を我が社に与えることはないと」

「そうは言っていません
当然、ライセンス生産の権利を与えれば我が社が不利になりますので
その分何か見返りをというわけです」

「ライセンス料をこれ以上に上げる気か!」

サラシナが怒鳴る

「そんなこと言っていはいませんよ
そうですねこういうのはどうでしょう

我が社とアスカインダストリーが共同で相転移エンジン搭載の輸送艦を製作し
その過程でアスカインダストリーは相転移エンジン製作のノウハウを学び
我が社は造船に関するノウハウを学ぶなどと言ったことは」

「ミルキーウエイは造船部門まではじめるつもりかね」

呆れたようにサラシナが言った

「あくまで一例です
でもそちらとしても悪くは無いと思いますよ

造船を行なっている企業などそれこそ幾らでもありますが
相転移エンジンを作れる会社は一社しかないのですから」

たしかにその通りだが、
相転移エンジン搭載の船を作る会社が増えるというアスカにとってのデメリットも存在する

それをおくびにも出さないあたり、ヒミコには企業化としての才能もあるのかもしれない

もちろんデメリットがあるということはサラシナとてわかっていることだが・・・

「ふむ、確かに悪くは無い、
ただ、その場合、輸送船の建造費はどちらが持つことになるのかね」

だが、そのデメリットを考えてもそれほど悪くは無い

そう考え、サラシナは話を進める

「船体についてはこちらが持ち、相転移エンジンについてはそちらで持つのはどうでしょうか
そうすれば、ノウハウを得るために試行錯誤したところで相手の会社に対して損は発生しませんから」

逆に言えば、建造途中でその費用さえ出すのなら、
幾らでもノウハウを手に入れるために試行錯誤してもかまわないということだ

建造に時間がかかるのが問題だがノウハウを手にいれるためなら確かに良い方法だろう

「そうだな、それがいいだろう
では会社に戻り、今回の結論を討議することにするよ」

サラシナがそういったことによって会談は終わりを告げる


後には、「ふぅ〜」と、いかにも『私、疲れました』といった格好でのびているヒミコだけが残った




「話し合いはうまくいったようね」

サラシナが出て行った扉からアイが入ってくる

「ええ、これで何とか造船部門を立ち上げることができそうです」

ヒミコがむくりと起き上がりながら言う

「全く、秘密裏に探査船を建造して木蓮に交渉しに行くなんて無茶なことよく考えるわね」

アイが言った通り、ヒミコが今回の会談で、造船のノウハウを手に入れようとしたのは
偏に極秘裏に木星へ行き、木蓮とのパイプを作るためであった

別に、他社から船を買ってもいいじゃないかと思うかもしれないが
木星まで行くには余程の大型艦かもしくは相転移エンジン搭載艦でないと厳しいこと
ミルキーウエイとして買った艦船が一年以上も行方不明になっていれば社員に怪しまれる可能性があること
などとった理由があり、ネルガルのユーチャリスのように極秘裏に建造する必要があったのだ

ちなみに、『社員に木蓮のことを公開した上で行く』『ダンデライオンで行く』というヒミコの最初の案は
『政府に睨まれるわよ』、『木蓮に喧嘩うる気なの』というイネスの意見によって却下されている

「しょうがないじゃないですか
火星で無人兵器による殺戮が起きないようにするためには木蓮との交渉が不可欠なんですから」

「まあ、そうなんだけどね
でも、船を作るためのドックから作らなきゃいけないから、必要な資金も馬鹿にならないのよ」

それでも、後はドックの建造をアスカインダストリーなどに頼むだけでよいのだから

アイが未来から相転移エンジン搭載艦用造船ドックの設計図を持ってきていただけまだましなはずだ

他にも、造船を扱っている会社を吸収合併するなどして人員を手に入れなければならないという問題もあるが
まぁ、そのあたりは状況次第だろう

そのあたりのことを知っているアイは苦笑気味だ

「その辺は頼りにしています、アイさん
また新発明でがっぽがっぽ稼いじゃってください」

「あのね、いくら未来の技術を知っているって言ってもそう簡単には作れないのよ
この時代の技術に合わせなきゃいけないんだから
そのへんわかっているのかしら」

呆れたように、苦笑しながら言う

「わかっていますって
とりあえずのところは、浮いた利益は全部研究費に回しちゃってかまいませんから」

「まあ、そのへんはプロスと相談してだけどね」

経理部を仕切っている人物を思い出してイネスが疲れたように言う

二人が予算を巡って何度もやりあっているのを知っているヒミコは苦笑いするしかなかった

「そういえばドックを作るで思い出したけど、
アスカインダストリーから打診のあった新型コロニー建設への参入はどうするの」

しばらくした後、思い出したようにアイが尋ねる

「どうしましょうか
アイさんは何か案をもってます?」

ヒミコがそのまま聞き返す

「そうね、とりあえず民生部門だけでも参加しておくべきね
後は状況次第だと思うわ
ただ、うちは土木事業は扱っていないから大々的には参加できないわね」

さすがに、造船事業を新しく始めようとしている時に、土木事業まで始めたら会社が潰れる

そのことを理解しているアイは控えめな提案をしておく

「そうですね、
それでいきましょう」

アイの提案をそのまま受け入れるヒミコ

少しばかり社長としては問題があるのかもしれない









「以上がミルキーウエイとの一応の合意に至った内容です」

アスカインダストリーの会議室

総帥、社長、会長を含む重役たちがそろった会議でサラシナが会談の結果を報告していた

「なんとまあ、ミルキーウエイは造船まで始める気かね」

重役の一人が呆れたように言う

偶然にもそれはサラシナがヒミコに向かって言った言葉と同じだった

その言葉を切欠に重役たちがそれぞれの意見を述べ始める

「確かに、あそこはこの一年だけでも医療用ナノマシンで莫大な利益を上げてますから
造船事業に参入することも不可能では無いでしょうね」

「こちらとしても、ライセンス料がこの程度なら十分過ぎる利益が見込めるので
反対する理由はないと思いますが」

「だがなぜ今になって造船なのかが気になるな
こちらとしては見返りとしてコロニー事業のほうで援助するつもりで
そのための打診もしたのだが」

「あるいは彼らはロストシップを再現しようとしているのかもしれませんね
相転移エンジン以外にもロストシップに何か隠されていた可能性があります」

「なるほど、だとするとそう簡単に造船に関するノウハウを教えるわけにはいかんか」

「いや、こちらが教えなくても、他社を吸収合併するなりしてノウハウなどは幾らでも手に入れられます
ならばいっそのこと、ここでより深い仲になっておいて、
その新しい技術を私たちも手に入れるようにすべきではないでしょうか」

「それは、ロストシップの研究に我が社も参入するということか」

「そうです」

「だが、あのネルガルでさえ大した成果を得られずライセンス生産の権利と引き換えに撤退したんだぞ
そう簡単に新しい技術が手に入るものなのか」

白熱した議論が続いていく

大体の意見が出揃ったところでアスカインダストリーの総帥であるヤハタ・オニキリマルが口を開いた

「皆の意見は大体わかった
私としてはミルキーウエイの提案を受け入れ、
ロストシップの研究にはネルガルのようにバラバラにではなく
協力関係という形で参加すべきだと思うのだがどうだろうか」

一応、皆に質問している形だが総帥が発言した以上それは決定に近い

案の定、反対意見が出ることはなく、会議はその後、細部を詰めるものへと変わっていく

アスカインダストリーがロストシップへの研究の参加を決めた瞬間だった




会議終了後、ヤハタ総帥に呼ばれたサラシナは総帥室へと向かう

そこでは社長のシルヤとヤハタ総帥が資料を見ながら話し合っていた

「ちょうどいい、よく来てくれた
ミルキーウエイとの交渉担当として君はこの提案をどう思うかね」

そういって、シルヤは一枚の紙をサラシナに渡す

そこには、アスカインダストリーだけでなくクリムゾンやマーベリックに対する
ロストシップの共同研究の提案が書かれていた

「これは一体?」

サラシナはそれを見て当惑する

独占して利益を出すならともかく、
利益を出しているものを他社に開放するなどという考え方は彼の頭にはなかったのだ

「テンカワ夫妻の意思だ

この技術は人類にとって大きすぎるから独占せず皆で使おうとな

独占しすぎれば争いが起こるとも言っていたな」

テンカワ博士と親友であったシルヤが説明する

「そういうことですか
でもそうすると何で彼らは造船事業に手を出そうとしているのでしょう?」

ミルキーウエイが設立された経緯を聞き及んでいたサラシナは
彼らがロストシップを公開しようとする理由に納得する

だがそうすると、
重役たちが言っていた新たな技術を独占するために船をつくるということが意味をなさなくなるのだ

「それはわからんが・・・
まあ、少なくとも重役たちが言っていた理由ではないな」

シルヤが苦笑しながら言う


「それで、君はどう思うかね、彼らの提案を」

ヤハタ総帥があらためてサラシナに尋ねる

「私は、この提案を呑むべきだと思います
彼らがそのような考えを持っている以上、
我が社とミルキーウエイだけで独占するというわけにはいかなでしょうし
強引に進めてもネルガルと同じ過ちを繰り返すことになりかねません」

「たしかにそうだ
まあ、ミルキーウエイを強引に潰すという手がなくはないが、
それを行なえば彼らが保有する貴重なデータも失われてしまうからな」

サラシナの意見にヤハタ総帥も納得し、自分が思いついた考えに苦笑する

「それにしても、最初に独占しようとしたネルガルが撤退し、
我が社を含む他の企業が参入するとは皮肉なことですな」

シルヤも苦笑しながら言う

「欲を出せば、それ相応の仕返しがくる
企業とはそういうものだろう」

ヤハタ総帥の言葉には年相応の重みがあった

やがて、もうここにいる必要がないと判断したサラシナは自分の仕事場に戻っていき、
二人だけが部屋に残ることになる


「それで、本当のところはどうするおつもりなんですか」

しばらくの間、沈黙が続き、その沈黙に耐えられなかったようにシルヤが尋ねる

「どうもせんよ
友人の意思が託された会社だけにお前が心配するのもわかるがもう少し父親を信用したらどうだ」

からかうようにヤハタ総帥が言う

「・・・・・・・・・」

「それにな、ミルキーウエイにはこちらを慎重にさせる不気味さがあるんだよ
どうして、あの世界bP企業と呼ばれたネルガルが
設立して一年にも満たない小会社を潰すことができなかったのか

なぜ、設立一年目という寄せ集めに近い技術者たちしかいないような状況で
ネルガルでさえいまだ基礎理論さえ完成させていなかった相転移エンジンを完成させることができたのか

まさに異常としか言いようがないだろ

たまに有るんだよ、こうゆうこちらの予想を尽く覆すような企業がな

そういう場合、大抵裏に何かあってな、下手に手をだすと火傷じゃすまなくなることがあるのだ

だから、少なくともその裏にあるのが何なのか、それを見極めるまでは迂闊に手は出せんよ」

重い口調で諭すようにヤハタ総帥が言った

「裏に何かある、ですか」

考え込むようにシルヤが言う

「なんじゃ
何か心当たりであるのか」

「いえ、テンカワ夫人から協力を頼まれた以外、対してつながりはありませんしね、強いて言えば、
テンカワ夫人が「彼らは絶対に成功するわよ」とやたら自信気に話していたことが気になりましたが」

シルヤが心当たりは無いという

「まあそういうことじゃから、安心せい」

笑いながらヤハタ総帥が言う

「そうですね、そういうことにしておきましょう
それでは私もそろそろ仕事に戻りますので」

そういって、シルヤ社長も部屋を出て行く



様々な思惑をはらみながら、歴史は確実に変わっていく

それが何をもたらすのかはまだ誰にもわからなかった






後書き、というか言訳

相変らず、場面の切り替えが不自然ですいません

これでも精一杯やっているので・・・・・・

ここはこうした方が良いよ、などと思った人は教えてくれるとありがたいです






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