「きゃぁ〜〜〜♪」
歓声を上げながら海へと飛び出したのは、ナデシコ食堂看板娘の一人、アスカ・ウツホである。年齢の割にはやや控えめなプロポーションに相応しく、白と青のストライプ柄の大人しめのワンピースを着用し、間近に見る天然の海にはしゃいでいる。
「海だぁ〜〜〜〜がぼっ!?」
駆け足で海に入り込んだウツホは、波に足を取られて頭から水面に突っ込んだ。
追い打ちのように覆い被さってきた大きめの波に飲み込まれて、転がるように浜辺に打ち上げられる。五体を投げ出して偃臥するその様は、日干しされているスルメイカを連想させた。
「ウツホちゃん!?」
「ちょ、大丈夫!?」
アキトやホウメイ・ガールズ一同が心配して駆け寄ると、ウツホは再起動したロボットのような唐突さで立ち上がり、口の中に入った海水を鯨の潮吹きのように吹き出したあと、渋面を作った。
「しょっぱ〜い……」
「そりゃ、海だもん」
「そう言えば、ウツホちゃんは海初めてなんだっけ」
「うん! 火星にプールはあったけど、海は地球に来て始めて見たんですよぅ。話には聞いてたけど、ホントに塩辛いんですねぇ〜」
火星に於いては、水は基本的に都市内で製造する物である。ナノマシンによるテラ・フォーミングで大気成分が改善されているものの、空気中の水分は地球に較べれば少ない。都市部以外で降雨するのはごく希だった。
海も無いわけではないが、それはどちらかと言えば湖に近いものだった。
「火星でプールがあるのは、遊園地とかのレジャー施設くらいだったからね。地球だと学校にまであるって聞いた時は驚いたっけなぁ……」
アキトが苦笑しながらウツホの話を補足する。
「じゃあ、アキトさんも火星ではプールに?」
「あ〜、いや、俺はバイトが忙しくて、プールなんかに行ってる暇もお金もなかったから……」
ユートピア・コロニー内にもそういった遊楽施設は多数あったが、両親を失って通学しながら働いて生活費を得ていたアキトには、そういった場所に行く機会はなかった。
「そうなんですかぁ……」
「あれ? じゃあ、テンカワさんって泳いだ事なんですか?」
ウエムラ・エリの素朴な疑問に、アキトは「う゛っ」と言葉を詰まらせた。気まずげな表情を浮かべて、こりこりと頬を掻きながら、
「え〜と、実はそうなんだけど……」
「あ、じゃあ、私が泳ぎ方教えて上げますね!」
ぱちんと両手を合わせて、テラサキ・サユリが喜色も露わに提案する。
「え? いや、そんな、悪いよ。せっかくの休みなのに。俺は一人で練習してるから、サユリちゃん達は皆で遊んで――」
「そんなこと、気にしなくていいですよ。これでも私、泳ぎには自身があるんだから」
そう言って胸を張るサユリは、泳ぐ気満々の競泳水着を身につけている。それがアキトが遠慮する原因になっているのだが、本人は気付いていなかった。
「でも……」
「同じ職場の仲間じゃない。遠慮は無しですよ。ほら、行きましょう」
「あ、そんな、ちょっとサユリちゃん」
なおも渋るアキトの腕を取って、サユリは透き通った海へと足を踏み入れる。アキトも此処まで強く誘われては嫌とも言えず、観念して後に従った。
そんな二人を浜辺で見守るホウメイ・ガールズ(−1)+1。
「……サユリさん、何だかいつもより積極的ですねぇ?」
「ホラ、艦長が用事で出かけてるから……ライバルがいない所で差をつけようって事じゃないの?」
「あれ、艦長って居ないんですか?」
「アカツキさんから聞いたんだけど、副長とかと一緒にこの島の人に挨拶をしに行ってるらしいわよ」
「あ、そうなんだ」
「アオイさん、居ないんだ……はぁ」
「ハルミさん、溜め息なんかついちゃって何だか残念そうですねぇ?」
「え? そ、そんなこと無いわよ」
「「「「怪しい……」」」」
「怪しくなんかないってば!」
「あ、サユリさん、本気でアキトに泳ぎ方教えてる」
「サユリさんも詰めが甘いわねぇ。せっかくプロポーションはいいんだから、こういう場合はアクシデントを装って、胸とかくっつけて意識させないと」
「そうですよねぇ」
「……そういうモノなの?」
「「そういうものです」」
「ふ〜ん……」
「まあ、こっちはこっちで楽しみましょっか。ウツホちゃんは泳げるの?」
「え〜っと、ちょっとだけなら」
「じゃあ、ウツホちゃんも泳ぎの練習しましょっか。溺れたりしたら大変だし」
「お願いしま〜す」
「じゃあ私、浮き輪借りてきますね」
「そういや、ミカコもカナヅチだったっけ」
「えへへ、そうなんですぅ」
「…………あれ? そう言えば、なんでエリさん、艦長達が出かけてるって話をアカツキさんから聞いてるんですかぁ?」
「ぎく」
そんな彼女たちの姦しい様子を見守るホウメイは、
「やれやれ、あの子達も騒がしいねぇ……ま、元気なのに越した事はないけどね」
呟いて、ビーチ・マットの上にその身を投げ出したのだった。
機動戦艦ナデシコ
ANOTHERアナザ・クロニクルCHRONICLE
第47話
「波と戯れて」
一時間後、疲労困憊の様相で椰子の木の下に腰を下ろしているアキトの姿があった。
サユリの水泳指導は良く言ってもスパルタ式で、初心者のアキトにはキツい代物だった。
普段、黒百合の指導の元で鍛えているとはいっても、水泳で使う筋肉と格闘で使う筋肉は異なる。普段使っていない身体の部位を酷使した所為で、全身が疲労感に蝕まれていた。
ふらふらとした足取りで陸に上がり、ビーチ・マットの上に放置していたパーカーを羽織り、砂浜から離れた所で限界が来た。どっかと腰を落とし――椰子の木を背もたれにする事で五体投地するのだけは避けた。
「あ゛〜〜……」
海の方に目を遣れば、さっきまでアキトを指導していたサユリが波を切らせて泳いでいる。その姿は躍動感に満ちて美しいとさえ言えたのだが、頭の芯まで乳酸が浸食している今のアキトには、
「サユリちゃん、元気だなぁ……」
という感想しか抱けなかった。その台詞をウツホ達が聞いたら、またぞろ「朴念仁!」と呆れられた事だろう。
しばらくの間、見るともなく海の方へ視線を向けていると、不意に横合いから声を掛けられた。
「ちょっといい? テンカワ君、訊きたい事があるんだけど……」
声のした方に目を向けると、焼きそばを手に持った女性が立っていた。短く切り揃えた黒髪と口元の黒子、少しキツめの目付きが評判のネルガル会長秘書兼ナデシコ副操舵士。
「エリナさん……?」
やや呆然としてアキトはこの女性を見上げた。
アキトは厨房勤務なので、食事を摂りに来たエリナとも多少の面識はある。だが、それはあくまで注文を受けるくらいのもので、精々が互いの名前と顔を知っているといった程度だ。こんな所で話しかけられるとは思っていなかった。
そんな不審が顔に出たのか、エリナは苦笑を浮かべて言葉を重ねた。
「ここ、いいかしら?」
「え? あ、はい」
「ありがと。あ、これ食べる?」
そう言って差し出したのは、一子相伝の浜茶屋師謹製の焼きそばだ。断る理由も思い浮かばず、アキトは勧められる儘に舟を受け取る。
「ど、どうも……」
今は全身疲労の為に食欲は余りなかったが、受け取ったからには食べなければ失礼になるだろうと、アキトは添え付けの割り箸で焼きそばを一口啜った。
「う゛……不味い……」
「あ、やっぱり? ウリバタケの作ってたヤツだし、ハーリー君が変な顔してたから、味はあんまり良くなさそうとは思ってたんだけど」
「う、ウリバタケさんの作ったヤツですか……って言うか、そう思ってるんなら人に勧めないで下さいよ」
「ふふ、御免なさい」
台詞とは裏腹に、口元に手を当ててエリナが笑う。そのついでに水着に包まれた豊満なバストが身体と一緒に目の前で揺れて、アキトは頬の辺りに血が上っていくのを自覚した。
「べ、別にいいっスよ。で、あの……?」
「ああ、そうそう。ちょっと訊きたい事があったんだけど――」
エリナは努めてさり気なく口を開いた。
「ちょっと話に聞いたんだけど。テンカワ君、貴方、第一次火星会戦が始まった時に火星に居たんですってね?」
「え? ああ、そうっスけど」
「それがどうして地球に? 避難船に乗って逃げてきた訳じゃないんでしょう?」
「え、あ、それが……気が付いたら地球にいて……」
「一体、どうやって?」
「いや、プロスさんにも言いましたけど、俺もよく覚えてないんスよ。本当に、気が付いたら地球の公園で寝そべってて……その直前まではユートピア・コロニーのシェルターに居たはずなのに……」
吹き飛ぶシェルターの扉、燃え上がる炎、バッタ達の無機質な眼――その直前の光景を思い浮かべて、アキトの肩が震えた。それでも、以前に比べれば拒絶反応は収まった方だ。
それは、少女の生存を信じる母親との会話のお陰だった。不甲斐ない自分への涙と一緒に、胸につかえていたものの一つが外へと流し出せたのだと思っている。
それでも未だ暗い表情を浮かべるアキトを、エリナは気遣う風を装って言葉を継いだ。
「テンカワ君……余りいい気分はしないでしょうけど、よく思い出してくれないかしら。これは重要な事なの。もしかしたら、火星にいた他の人達の行方を知る手がかりになるかも知れないのよ」
しかし言葉の端に熱が籠もるのは隠せなかった。ついでに態度にも表れてしまう、まだまだ交渉術には未熟なエリナだった。
ずい、身を乗り出す。そのついでに、胸の谷間をアキトの眼前に突き出すような体勢となっている事に気付かない。
「い、いや……その……」
唯でさえ免疫のないアキトである。顔に体中の血液が上り、顔を逸らせて後ずさりしてしまう。
エリナがさらに詰め寄ろうとすると、南海の空にヘリのプロペラ音が響いた。
「……あれ?」
目の前の光景から眼を逸らせる事も兼ねて、アキトが空を見上げる。初めは遠かった音が、だんだんと近づいてくるのがわかる。その頃には他のクルー達も気付いていて、皆揃って空を見上げていた。
このテニシアン島でヘリが飛ぶ心当たりは一つしかない。エリナはタイム・リミットが訪れた事を悟り、アキトに詰め寄るのを諦めた。
(ま、いいわ。必要最低限の事は聞けたし……)
ナデシコに乗っていればまた機会も巡ってくるだろう、と気を取り直し、エリナも他の皆に倣って上空に眼を遣る。
さして高くもない上空を、ナデシコ搭載のヘリコプターが飛んでいる。その中には、艦長達と共に黒百合も乗っているはずだった。
皆の見守る中、ジュンの操縦するヘリはクルー達のいる場所から少し離れた砂浜の一角に着陸する。ヘリのプロペラで荷物やらパラソルやらが吹き飛ぶのを避ける為だろう。その辺りの気遣いは細かい副長だった。
プロペラの回転が止まり、ヘリのドアが開いて乗員が砂浜に降り立つ。その姿を視認して、エリナは驚愕で絶句した。
何処かでアカツキの「げっ」という声が聞こえてくる。
ヘリから降りた人物――それは、深窓の令嬢めいた白いワンピースに身を包んだ、クリムゾン・グループ会長令嬢のアクア・クリムゾンだった。
アクアの次にヘリから降りたのは、我らがナデシコのお気楽艦長ミスマル・ユリカ。彼女はいつもの如き満面の笑みを浮かべて、浜辺に屯するクルーに向けて呼びかける。
「みなさーん! こちらは、このテニシアン島を所有するアクアさんでーす! 今回のバカンスにあたって、プライベート・ビーチを貸与していただく事を、快く了承して頂きましたー! みんな、お礼を言ってくださーい!」
手を掲げてアクアを紹介するユリカは心から嬉しそうだった。アクアもそれに応えるように、微笑を浮かべて会釈すると、クルー達が割れんばかりの喝采を挙げた。
すぐさま駆け寄って来たのは、物見高い整備班員である。女日照りが続いている職場環境の所為もあり、美女に対する反応は早い。
あっという間にアクアは人垣に囲まれ、まるで転校生がクラスに編入する際の洗礼のような質問攻めに晒される。中には不躾な質問もあったが、アクアは笑みを絶やさぬままそつ無く受け応えていた。
その人混みの脇を通り抜けて、エリナはヘリを最後に降りた黒百合に詰め寄った。
「ちょ……!」
大声で詰問しようとして、人目がある事に気付いて流石に声を潜める。黒百合の手を引いてヘリの裏側に回り込んでから、眉間に皺を寄せて切り出した。
「……ちょっと、どういう事よ」
「何がだ」
平然と訊き返してくる黒百合の声が、いつも以上に気に障る。
「なんで、アクア・クリムゾンを連れてきてるのよ!?」
「何故、と言われてもな……」
いつもは感情を表に出さない黒百合が僅かに顔を緩めている事に気付いて、エリナは眼をしばたかせた。浮かんでいる表情は、呆れの要素が強い。
「何か、ユ……ミスマル艦長とアクア・クリムゾンの気が合ったらしくてな。話をしている内に妙に意気投合して、帰り際にクルー達に挨拶をするという事になったんだ」
「気が合ったって……相手はクリムゾンの会長令嬢なのよ!? ネルガルの商売敵を連れてくるなんて、何考えてるの!?」
「少なくとも、艦長はそんな事はまったく考えも付いていないと思うがな」
それどころか、クルー達のほとんどに社員意識が欠けているであろう事は間違いない。何しろ黒百合からして『以前』はそうだったのだから。
「何にしろ、ビーチを使わせて貰っている立場で、相手の好意を無碍に断る訳にもいかないだろう」
言って、エリナの水着姿を見遣る。自分もその恩恵を受けている一人だと言外に指摘されて、エリナは言葉に詰まった。
「だ、だからって……」
「まあ、確かにそれを見込んでの偵察なのかも知れんが……」
黒百合としてもその可能性は考えたが、警戒する必要はそれ程ないだろうと見込んでいた。
ナデシコの兵装やエステバリスのスペックなどの情報は、とっくに連合宇宙軍に渡っている。今更見られた所で困るようなデータはない。
流石にオモイカネのデータを盗まれでもしたらことだが、オモイカネとルリのタッグに電子戦で勝てる見込みのある人物など黒百合の知る限り一人しかおらず、その人物はナデシコの中にいる。
アクアの護衛らしき視線は感じているものの、此方から彼女に害を加えでもしない限りは強硬な手段に出る事も無いだろう。
それをエリナに説明してやると、彼女は明らかに不満そうに押し黙った。
「ま、蛇のいる藪を突かないように気を付ける事だな」
「分かってるわよそれくらい」
ヘリの影からアクアの様子を窺うと、彼女はプロスを交えてユリカと歓談している。
「……とにかく、私はあのアクア・クリムゾンとはなるべく顔を合わせないようにするから、貴方も余計な事を言うんじゃないわよ」
「それは別に構わないがな。本気で隠すつもりなら、もう少し気を遣えとアカツキに言っておけ」
「……気付いてたの?」
「まあ、堂々と本名を名乗ってるしな。少し調べれば直ぐに分かるさ。他のクルー達も薄々気付いてるんじゃないか?」
「あ、そう……」
「隠蔽するなら他にも色々と手段があっただろうに」
「あの馬鹿会長の個人的な趣味よ。その方が面白いからって」
「……そうか。苦労するな、エリナ」
「お願いだから言わないで……」
額を抑えて項垂れるエリナの声には、疲労感が漂っていた。
◆
アクアの紹介が終わると、ユリカは早速制服を脱ぎ捨て、水着姿となって海に飛び込んだ。案の定と言うべきか、着替える時間が惜しくて制服の下に着込んでいたらしい。
ユリカと同じ行動を取っていたと知ったエリナが人知れずショックを受けていたが、それを気に掛けている者は居なかった。
そして、これまたワンピースの下に水着を着込んでいたアクアも、ユリカと共に海に入って波と戯れていた。
アクアは胸元にピンクのリボンをあしらった白のワンピース。露出度はお嬢様らしく大人しめではあったが、アクアの一見儚げな雰囲気にはマッチしている。ユリカやミナトに較べれば豊満とは言えないものの、充分に整ったその容姿は、浜辺の餓えた漢たちの視線を釘付けにしていた。
「うふふ、そ〜れっ」
「きゃっ! アクアさん、やったな〜! えいっ、お返しっ」
「きゃあっ、やりましたねユリカさん」
今もユリカと微笑ましい水の掛け合いを繰り広げている。ちなみにその傍らでは、女性二人の遣り取りに割り込めずに、ジュンが所在なさげにビーチ・ボールを抱えていた。
浜辺の情景の定番と言えば定番なのかも知れないが、どんな意味があるのかは傍観している黒百合には理解できなかった。
「……何をやっているのやら」
一応、周辺の様子を探っていたのだが、この分なら警戒は要らないのかも知れない。
「黒百合さ〜ん」
そんな黒百合に声を掛けてきたのは、ある意味ではお馴染みの声だった。
「イツキか」
ユリカやアクアばかりに皆の目が行っていたため、此幸いと黒百合は人目につかない木陰にいたのだが、目聡く見つけたらしい。息を弾ませながら駆け寄ってくるイツキを、黒百合は苦笑半分で見返す。
「皆とビーチ・バレーをやってたんじゃないのか?」
「バレーはヤマダさんがノック・アウトされて負けてしまったんですけど。納得できなかったヤマダさんがリョーコさんに勝負を挑んで、今は遠泳対決中です。沖の小島までの往復らしいですから、そろそろ戻ってくるんじゃないでしょうか」
「ほう」
言われて何気なく目を向ければ、確かに沖合から此方に向かって泳いでくる人影が見えた。と言っても、海面から突き出している頭髪の色くらいでしか判別は付かないが。
と、突然黒い塊の方が動きを止めた。手やら足やらをばたつかせている。どうやら足が攣ったらしい。
慌てて緑の塊の方が黒い塊の方へと泳いでいく。ボートの上で見物していた他のパイロットの面々も海へ飛び込んだ。
黒百合たちが遠くから見ている前で救出されたヤマダは、コントみたいに腹を膨らませて口から海水を吐き出して眼を回していた。
「…………で、どうしたんだ?」
何も見なかった事にして、黒百合はイツキに向き直った。はらはらと救出劇を見守っていた彼女も我に返る。
「あ、いえ。黒百合さんは泳がないのかな、と……」
「俺が?」
「ええ。せっかく南の島に来たのに、いつもの格好のままですし……あ、もしかして艦長みたいにその下に水着を付けてるんですか?」
「いや、そんな馬鹿な真似は断じてしない」
「そ、そうですか」
それって暗に艦長が馬鹿な真似をしているって言いたいんでしょうか、とイツキは思ったが口には出せなかった。
「まあ……あまり、この身体を衆目に晒したくはないんでな」
「あ……」
言われて、イツキは黒百合の身体に刻まれた傷痕を思い出した。さぁっと背筋から血の気が引いていく。何故気付かなかったのか、という悔恨が表情に表れたのか、黒百合は殊更軽い口調で続ける。
「見ていて気持ちの良いものでもないし……それに、このバイザーは生活防水くらいしか付いてないから、流石に海水に浸けたら壊れるだろう。そうしたら碌に目も見えん」
が、あまりフォローにはなっていなかったかもしれない。
「す、すいません……」
本当に済まなそうに身を縮こめるイツキに黒百合は苦笑を返す。
「気にするな。正直、忘れていてくれた方が俺としては有り難い」
「はい……」
それでもこの生真面目な少女は、しゅんとして項垂れてしまっている。黒百合は嘆息してイツキに向き直り、
「む……」
今始めて彼女が水着姿である事に気付いたかのように、バイザーの奥で僅かに目を見張った。
イツキが身に付けているのは濃紺の縁取りのある薄紫のセパレート・タイプの水着だった。今時の水着としては露出度は抑えめだが、これでも堅物の彼女としては頑張った方だろう。女の色気云々よりも、健康的な印象を見る者に与えている。
「ふむ」
「……な、なんですか?」
しばし凝視していたらしい。項垂れていたイツキが居心地悪そうに身じろぎした。
「ん? ああ、いや、水着、似合っていると思ってな」
「え……ええっ!?」
その言葉の与えた効果は絶大だった。イツキは顔を真っ赤に染めて、
「そ、そんな。黒百合さんがそんな事言うなんて。あ、いえ。嬉しいです、嬉しいですけど、もの凄く意外って言うか。同じ台詞でもアカツキさんが言うのと黒百合さんが言うのじゃ重みが違うんだなぁって。でも、私って胸が小さいって言うかスタイルに自信がないんでこの水着もかなり勇気が必要ででも黒百合さんにそんな事言って貰えたなら報われるって言うかやっぱりメグミさんの勧める通り皆に内緒で胸パッド入れといてよかったなぁって」
動転しているのか、言わなくて良い事まで口走っている。
「あー、ともかく。せっかくのバカンスだ、余り気を落とすな」
「ぇあう……は、はい!」
イツキは破顔してから、急にキョトンとしたような表情で、
「あれ? 私いま何か変な事言ってましたか?」
「いや、何の問題も無いぞ」
取り敢えず、黒百合は蛇のいる藪は突かずに、そのままにしておく事にした。
「アキト」
「パパ」
イツキに連れられて浜辺に降りて来た黒百合を見つけて、真っ先に声を上げたのはラピスとセレスの二人だった。彼女らが駆けて行く先に、その場にいる一同の視線が集まる。
「あら、黒百合さんじゃないですか。お疲れ様です」
ケイの労いに、黒百合は軽く手を挙げて応え、とてとてと駆け寄ってくる少女たちに視線を向ける。
二人はそのまま黒百合に飛び込んでくるかと思いきや、彼の3歩手前で足を止めた。ラピスはセレスの両肩に手を置き、少女を押し出すような格好ではにかんで見せる。
「エヘヘ……」
「ラピス?」
怪訝に思って黒百合が声を掛けるが、ラピスは答えない。セレスの方はといえば、両手の指を胸の前でもじもじさせて、上目遣いにこちらを見つめている。
その期待に満ちたキラキラとした瞳の輝きを見て、黒百合は漸く彼女たちが何を望んでいるのかに気づいた。
「そうか、水着を着たんだな。似合ってるぞ、二人とも」
その言葉を聞いて漸く少女たちは笑顔を浮かべて、この黒ずくめの保護者に思うさま抱きついた。
頭をぐりぐりと押しつけてくる二人の少女をあやしながらも、黒百合は周囲の女性たちに視線を巡らせる。
「なぁに、黒百合さん。もしかしたらとは思ってたケド、相変わらずその格好なの?」
呆れたような声を出したのはミナトだ。
「まあな」
「暑くない?」
「実はかなり暑い」
本日のテニシアン島の気温は摂氏38度である。
「なら、脱いじゃえばいいのに」
「この格好にも一応意味があるんでな」
視覚・聴覚の補正を行っているバイザーは無論の事、ナノマシン製のインナーは耐衝撃性に優れているし、マントは特殊合成繊維で編み込まれていて防刃・防弾性を備えている。
クリムゾン・グループのテリトリー内にいる以上、臨戦態勢を解くわけにはいかない。のだが。
「まあでも、黒百合さんがそれ以外の格好をしてると、却って不自然かもしれないわねぇ。最初は変に思ったけど、もうすっかり見慣れちゃったし」
「そうですねぇ」
「何て言うの? アイデンティティーの一部?」
他の女性陣の評価はこんなものだった。イネスとケイは黒百合の身体の事は知っているので、敢えて話を合わせているのだろうが、どちらかというと本気で言っているように見える。
黒百合が返答に窮していると、ミナトがビーチ・マットから腰を上げた。
「さ〜ってと、そろそろ私も泳いでこようかしら。せっかく来たんだし、寝そべってばっかりじゃ勿体ないわよね。行こっ、ルリルリ」
「え?」
声を掛けられた方は、声を掛けた方の万分の一も冷静ではいられなかった。ルリは珍しく慌てたような声を出して、
「わ、私は別にいいです。ここでオモイカネと一緒に遊んでますから」
「もう、そんなこと言って。ルリルリってばいつも部屋に籠もってばっかりじゃない。たまには運動しないとダメよ? ねぇ、ケイさん」
「そうですねぇ。ルリさんくらいの年齢の時は、しっかり食べて運動もして、ちゃんとした身体を育てないといけませんから」
「そういう事。って訳で、行きましょ、ルリルリ」
「え、あの、ちょっとミナトさん。手を引っ張らないで下さ――」
ルリは抵抗しようとしたのだが、いかんせん運動不足の少女の腕力では非力に過ぎた。ずるずると浜辺にナメクジののたくったような跡を残して、ミナトに強制連行されていく。
去り際、ミナトがこちらに向けてウィンクしたのに黒百合は気付いていた。
「あら、あら」
何がそんなに楽しいのか、ケイは笑顔でその光景を見送っている。
「ラピスとセレスティンは泳がないのか?」
黒百合が水を向けると、少女たちは面を上げて見返して、
「ワタシ、泳げない」
「ワタシ、泳いだコトナイ」
二人揃って返答してくる。
「それもそうか」
ラピスにしろセレスにしろ、黒百合に負けず劣らずの特殊な生い立ちの持ち主である。
「ラピスはオリンポス研のプールに行った事もあったんだけど、結局泳げなかったのよね」
火星でラピスの保護者を務めていたイネスが、呆れ交じりの声を出す。
「そうなのか?」
「ウン……」
僅かに俯くラピス。
「そうか……なら、今日はせっかくの機会だ。泳げるようになれるといいな」
「ウン、ガンバル」
意気込みを見せつけるように、少女は両手で小さくガッツポーズをした。
「ぷ〜、疲れたぁ〜」
ジュンの設置したカラフルなパラソルの下のシートに腰を下ろして、ユリカは満足げに息を吐き出した。
あの後、ジュンも交えて海で戯れていた彼女たちだったが、さすがに1時間近く海の中にいると知らず知らずのうちに体力を消耗してくる。
楽しんでいるが故に気付かない彼女たちの代わりに、気遣いの人ジュンの提案で浜辺へと上がる事になった。
「はい、ユリカ」
「ありがと、ジュン君」
これまたジュンが用意していたスポーツ飲料を受け取り、ボトルのままラッパ飲みする。
「んぐっ、んぐっ、んぐっ……」
ボトルの角度と一緒にユリカが背を逸らしていくと、水着の中に収まった豊満なバストが強調されるように前に突き出され、健全な青少年諸氏には眼福――もとい目の毒だった。
シャイでウブな副長は残念ながらそちらには気付いておらず、ゲストのもてなしの方に気を配っていた。気遣いが出来るが故に貧乏くじを引く男、アオイ・ジュン。
「ぷはぁ〜、美味し〜!」
キンキンに冷えたスポーツ飲料をユリカが存分に堪能している傍らで、同じものをジュンがアクアに手渡していた。
「アクアさんも、どうぞ」
「ありがとうございます、アオイ副長」
アクアもボトルを受け取り、付属のストローに口を付ける。同じお嬢様でも、こんなところで性格が表れるものなのだろう。
知らぬ内に水分を消耗していたのか、二人ともあっという間に500mlのボトルを飲み干してしまった。ジュンは笑いながら代わりのボトルを取り出す。本人はまだ自分の分に口を付けていないあたりが彼らしいと言うべきか。
2本目のボトルも半ばまで飲み干して、漸く人心地ついたお嬢様ふたり。それを見届けて、ジュンはおもむろに起ち上がると、すっかりくつろいでいるユリカに声を掛けた。
「じゃあ、僕はちょっと何か食べるものを貰ってくるよ。ユリカ、アクアさんをお願いしていいかな」
「あ、うん。任せてジュン君」
にぱっと笑って請け負うユリカ。ジュンはパーカーを羽織ると、自分の分のボトルを掴んでパラソルから離れていった。
その背中を見送ったあと、ユリカはアクアに笑いかけた。
「じゃあ、ジュン君が戻って来るまで休憩してましょうか、アクアさん」
「そうですね」
「あ、他にも何か飲みます? アイスなんかもありますよ」
「あら、それじゃあ、戴いちゃいますね」
「はい! バニラでいいですか?」
「ええ、お願いします」
「えへへ、ユリカはストロベリーにしよ〜っと」
この1時間ほどですっかりうち解けて、口調も砕けたものに変わっている二人だった。
ご丁寧にも氷の中で冷やされていたスプーンでカップ・アイスを堪能していると、アクアが口を開いた。
「それにしても、アオイさんって随分と気の利かれる方なんですね。ユリカさんとお付き合いしていらっしゃるのかしら?」
「え? やだなーアクアさん、ジュン君はただのお友達ですよ〜」
笑顔で死刑判決を下すユリカだ。この場にジュンがいないのが幸いだった。
「あら、そうだったんですか」
「私の王子様は、アキトっていうんです。ナデシコでコックさんをやってるんですよ〜。後で紹介しますね」
「アキトさん?」
「はい! 昔からユリカの事を守ってくれる王子様なんです。子供の頃に将来を誓い合った仲なんですよ!」
もちろんそんな事実はない。アキトが聞けば断固否定した事だろう。
だがそんな事情を知らないアクアは、彼女の言葉通りに受け取った。
「そうなんですか。いいですわねぇ、王子様。女の子の憧れですわよね」
「えへへへ。アクアさんにはそういう人はいないんですか?」
「親の決めた婚約者はいるんですけど……その方は仕事ばかりで、私にあまり構ってくれないんですの」
「へー、そうなんですかぁ」
「この間の会食の時も、お仕事の連絡があって中座してしまって……殿方たるもの、女性のエスコートも出来ない様では、器量の程を疑われても致し方ないと思いませんか?」
「そうですよね! アキトもなかなか一緒の時間を取ってくれなくて……仕事が大事なのは分かりますけど、女の子の事も大切にして欲しいですよね!」
勢いよく頷くユリカ。
二人はすっかり意気投合して、恋愛話に花を咲かせた。
一方、死刑判決が下されていた事を知らないジュンは、ウリバタケの浜茶屋に顔を出していた。
だいたいのクルー達はひとしきり遊び終えた後なのか、結構な人だかりが出来ている。
「すいませんーん、ヤキソバを……」
「はーい」
ジュンが声を掛けると、返ってきたのは女性の声だった。
「あれ、サトウさん?」
「あ、副長さんだぁ。いらっしゃ〜い」
ホウメイ・ガールズのひとりサトウ・ミカコが、水着エプロン姿でウェイトレスをやっていた。
「あれ? ここって、ウリバタケさんがやってたんじゃ……」
「今はわたしたちが代わりにやってるんですよぅ」
そう言ってきたのは、同じく水着エプロン姿のアスカ・ウツホである。
よく見れば、料理場に立っているのもホウメイ・ガールズのミズハラ・ジュンコだった。彼女だけは額に捩り鉢巻きを締めて、鉄板の上でコテを振るっている。ちなみに、残りのメンバーの姿はない。
「そ、そうだったんだ」
彼女たちが運営しているとなれば、この賑わいようも納得できるというものだった。
「ところで副長さん、ご注文はなんですかぁ?」
「あ、ヤキソバを三つ。ひとつは大盛りで」
「はぁ〜い、ヤキソバ2丁大盛り1丁〜。まいどありぃ〜♪」
オーダーを伝えに行くミカコ。ウツホはその場に残ってジュンに声を掛けてきた。
「あ、ところで副長さん、ハルミさんに会いませんでしたか?」
「え、タナカさん? 会ってないけど……」
「そうなんですかぁ。探してたみたいですよぅ?」
「そっか……そういえば、他の厨房の人はいないんだね?」
「ほかの人たちはそれぞれお目当ての用事がありますからねぇ。今回は、わたしたちだけで調理の練習も兼ねてやってるんですよぅ」
うっしっし、と似合わない笑い声を上げるウツホだった。
「ふう〜ん……」
なんとはなしにジュンが辺りを見廻していると、浜茶屋の裏手から男性の声が聞こえてくるのに気付いた。
「?」
他の誰も気にしていないようだったが、ジュンが疑問に思って裏手に回ってみると、そこには砂に膝を着いて項垂れているウリバタケと、その傍らにハーリーの姿が。
「ちくしょう……俺の……俺の浜茶屋が……」
「あんなまずいもの出してたら、ナデシコ食堂の人たちが怒るのもしょうがないと思いますけど……」
「俺の浜茶屋……一子相伝……乗っ取られた……」
暗い声でぶつぶつと呟くウリバタケと、それを慰めるハーリー。
「…………」
ジュンは何も見なかった事にして、浜茶屋のカウンターへと戻っていった。
◆
ユリカとアクアの二人の会話は、何時しかユリカの話をアクア聞く、というスタイルに纏まっていた。
それぞれの性格の違いか、あるいはユリカの妄想力が逞しいのか。ユリカのアキト関連の話題は尽きる事はなかった。
ナデシコ内部での出来事や子供の頃の思い出などは、ユリカの妄想フィルターを通すとアキトのした事は全てユリカの為になるらしい。
冷静に聞けばツッコミどころが満載なのだが、アクアは穏やかに微笑んでユリカの話に耳を傾けていた。
「それでそれで、アキトってば最近は、私の事を護るために黒百合さんに弟子入りして、鍛えてもらってるんですよ!」
「まあ、そうなんですか」
「はい! アキトってば照れ屋さんだから、はっきりとは言いませんけど……えへへ」
「そうですか、ユリカさんが羨ましいです……私なんか、婚約者ともあまり上手くいかないばかりか、家族ともなかなか仲良くできなくて……」
「ご家族ですか?」
「ええ、姉がいるんです。事情があって、成人するまで会った事がなかったんですの。
私は仲良くしたいんですけれど、姉の方は私を嫌っているらしくて。なかなか……」
頬に手のひらを当てて、悲嘆に暮れた顔を見せるアクア。この場にシャロンがいれば、「誰の所為よ!」と唾を飛ばした事だろう。
「姉だけでもないんですよ。ご存じの通り、私の父も祖父も、クリムゾン・グループで役職を勤めていますが、なかなか家族の時間が取れなくて。そのせいか、姉と父との折り合いも悪くて……」
「そうなんですか……」
事情を知らないユリカは、素直に同情を浮かべた。
「ユリカさん、ご家族は?」
「私は……ひとりっ子なんです。お母様は私が物心つく前に亡くなりました」
「じゃあ、お父様おひとりだけなのですか?」
「はい。でも、火星で暮らしていた頃はアキトと一緒でしたし、地球に来てからはジュン君が……全然、寂しいことなんてなかったです。お父様も、男手一つで私を大事にしてくれて……」
「そう……いいお父様なんですね」
「はい! 本当に、そう思います。普段は、あんまり言葉には言い出せませんけど」
俯いて恥ずかしそうに笑うユリカを見て、アクアもまた微笑んだ。
「いいですねぇ。家族の仲が良いって、私の憧れなんです。羨ましいわ」
「そんな、アクアさんのご家族だって、きっと仲良くできますよ」
「そうでしょうか……私、正直言って諦めかけているんです」
「大丈夫ですよ! 家族ですもん、きっと分かり合えます。ユリカが保証しちゃいます!」
にぱっと笑って自信満々に断言するユリカ。その保証に根拠がないのは明らかなのだが、彼女の笑顔には他人の心を和ませるものが確かにあった。
アクアはそんなユリカをしばし見返していたが、きょとんとした表情がやがて花が綻びるような笑顔へと変わっていった。
「……そうですね。家族ですものね」
「そうですよ!」
「ありがとう、ユリカさん。私、もう少し頑張ってみますわ。それで、あの……」
アクアは起ち上がっているユリカの右手を両の手で胸に抱え込み、そっと上目遣いで彼女の顔を見つめた。その瞳は潤んで宝石のような光を放っている。もし、これから言う事を断られたらどうしよう、と躊躇っているように見えた。
「もし、またくじけそうになったら、ユリカさん、また……相談にのっていただけるかしら?」
ユリカは浜辺に膝を落としてアクアと同じ目線になると、そのサファイアの瞳を見返して優しく微笑んだ。残っていた左手をアクアの両手の上に乗せて、安心させるように包み込む。
「はい、もちろんです。私たち、もう友達じゃないですか」
「友達……」
アクアはその言葉の響きを確認するように呟いた。
「うふふ、そうね。嬉しいわ。私、こんな事を相談できるお友達っていなかったから。
ユリカさん、これからも末永く、宜しくお願いしますね」
「はい。こちらこそ」
二人の令嬢が、お互いの手を取り合って微笑み合う。この新しい友誼を確かめ合うように、ぎゅ……と手を握りしめた。
焼きそばを手に戻ってきていたジュンは、そんな二人の姿を少し離れた場所から見つめていた。
その表情には驚きもあったが、それよりも納得の要素が多い。微笑ましい情景を見て、和やかに見守っているという表現が合うだろう。
ユリカは普段のあっけらかんな態度と憎めない性格で友人も多かったが、意外と親友と呼べる存在は少なかったように思える。
ユリカとアクアは最初から気が合っていたようだったし、その親交が深まるのを避ける理由はジュンには存在しなかった。
テニシアン島の浜辺に描かれた友愛の情景に水を差すのは気が引けたが、手に持っている焼きそばも出来たてのアツアツが命だ。せっかくホウメイ・ガールズ(−3)+1が作ってくれたものを無下にするのも気が引ける。
頃合いを見計らってジュンが二人に声を掛けようとした、その時。
唐突に閃光が走って、二人の影が砂浜に濃く長く落とし込まれた。それに一拍だけ遅れて、雷が落ちたかのような轟音が背後から響いてくる。
耳をつんざく爆音にジュンが振り返る。密林の向こうには、不吉を知らせる狼煙のような黒煙が立ちのぼっていた。
その方向には、先ほどジュン達が出向いていたアクアの邸宅があるはずだった。
密林に住まう鳥たちが、鳴き声を上げて一斉に飛び上がり、陽の光を陰らせる。
南国の楽園に、物騒な戦場の匂いが立ちこめていた。
後書き
え〜、改めまして、あさひです。
この話から旧「ぴよこ's village」投稿分を終了し、「シルフェニア」様への新規投稿分になります。
再投稿が遅くなりました事をこの場でお詫びします。
海水浴の話です。皆泳ぎ始めました。って、旧投稿分の後書きのネタを振られても誰も覚えてないですね。すいません。
ちなみにイツキの水着は、SSゲーム「Bo3y」でアサミが撮影で着ていたのと同じものだと思ってください。
リハビリを兼ねてTV版10話を見直しましたが、アクアの口調がだいぶんイメージと変わっていました。巷の二次創作の影響を、知らず知らずのうちに受けていたようです。
でも直す気はないです。すいません。
そしてテニシアン島の話は次話で終わりになります。すいません。
って、これは謝る必要はないか。