唐突だが、貴方は輪廻転生を信じるだろうか?
恐らくだがほぼ全ての者は、この科学の時代において根拠なき故に信じないだろう。だが、それが実際に起こってしまったら?
そして、魂のみならず最期に使っていたものも一緒に生れ落ちたなら…
これは、そんな超常現象に見舞われた一人の一生である。
第一話 始まりの日
クライクライクライ。闇の中を浮遊し、意識が反覚醒する
暗い。何も見えず何も感じない。まるで魂がそこにあるだけのような、抽象的なそれ。
喰らい。喰われたのだ。そう喰われた。いつも以上にでかい怪物を敵軍が投入。銃器の使用禁止条約は数百年前に結ばれていたので、絨毯爆撃などは発生しないが、あるいはそれ以上に悲惨な状況を作り出したそれ。辛うじて人型を保っているそれは、だが既に人ではない。五メートルを越すそれに名前はない。攻撃魔法は傷付けたそばからまるで魔力を吸収するがごとくコマ送り状に復元される。得意な接近戦を挑んでも効果は挙げられず、唯一カートリッジ以上の効果を発揮する、開放状態と呼ばれる数少ない最新の武器で漸く互角。
Cry。そして、命を落とし、はっきりと死を感じたはずだと言うのに今此処で、押し出される光の下、新たなる泣き声を発した。その泣き声が果たして喜びだったのかは定かではない。あるいは人という名の怨念がはびこる万魔殿に来てしまったことへの、後悔の、あるいは神々から見捨てられたという悲哀の音だったのかもしれない。
それがネギ・スプリングフィールドと言う少年の産声。
火を灯せ。そう唱えて、タクト上の杖から炎を放射する。それに満足して、首に吊り下げられたペンダントを実体化させる。
「火を灯せ」
始動キーはない。ただ一言それを命じただけで、白銀の刀から火炎放射にも似た炎の本流が飛び出した。それをさめた目線で見ながら、刀を振り鞘に収める。
生まれて二年。前世の記憶をだいぶ取り戻したネギは、この世界の魔法の検証を始めた。
この世界の魔法使いにはリンカーコアは必要ない。様々な次元世界に存在する気という神秘の力と似て異なる物が魔力。とある世界のように生まれてから一定と言う物ではないが、マジックサーキットが存在する。この世界でも本数はあらかじめ設定されている。それは血筋のもので、突然変異でない限り魔法使いの血筋はおおよその場合本数は多い。
ただ、修行し使えば使うほどまるで筋肉がついていくがごとく本数は増えていく。尤も魔力量は成長期に伸ばせると言えども、神秘をまとう存在にならない限り絶対量はあらかじめ決まっており、それが実力の差に繋がることが多い。これら二つを使い魔法を成しえる。その存在が魔法使い。
その点からしてネギは恵まれていた。父ナギ・スプリングフィールドは世界に類を見ない魔力の持ち主である。それが遺伝しないはずがなかった。だが、それで幸せかと言うとそうでもない。その父は生まれてこの方見たこともなく、母にいたっては誰なのかすら分かっていない。
そしてその父様は、世界の英雄だと言う。初めてそれを聞いたとき困ったものだと溜息を吐いたことを未だに覚えていた。
ネギにしてみれば英雄とは殺人鬼の上級格でしかないのだと判断していたからだ。実際魔法使いたちの間で英雄に祭り上げられているからにはそれで救われたものも大勢居ただろう。その反面、敵対勢力にとっては恨むべき対象だ。
この世には善と悪などない。あるのは勝ったか負けたかに過ぎないのだ。勝者は後の歴史においてそのつど都合のいいように敗者をコケ下ろす。さも、彼らは悪だったのだと、滅ぼすべき存在だったのだと説きながら。
そんなことはないというものも居るだろう。だがネギはそれに対する確固たる根拠を持っていた。立派な魔法使いである。
魔法使いにとって魔法とは一種のアイデンティティーである。それと同時に、魔法は引き金に指をかけたピストルと同じだ。取り締まる法律はなく、律するは自身の理性のみ。あちらこちらで起きる魔法を使った犯罪には、魔法は秘匿するべきものとして魔法使いが制圧に当たる。
教えられるのは善なる立派な魔法使いになること。それは全ての魔法使いの使命だと。だが真にそうなのであれば、魔法界上層部において時たま摘発される汚職などありはしない。犯罪に手を染めはしない。賞金首になどなりはしない。
教えがあくまで目標ならば良かったのだが、魔法使いはそれを真理と定めた。そんなものは少しでも考えれば矛盾に気が付くというのに、おおよその者はそれを信じ、立派な魔法使いの道を歩む。それを考えるたび思うのだ。魔法使い同士のいざこざに、なんら関係のない一般人が巻き込まれた場合、どうやって遺族へ謝罪をするのかと。
幼いが故に、調べることは出来ないが、魔法を秘匿している以上表に出ないようにするしかないのではないのだろうかと考えてしまう。仮にそれがまことであれば、魔法使い自体が悪である。言い過ぎの感はいめないが、そのような行為をする以上、少なくとも魔法使いに正義はない。
そんなもののなかに生まれたのが憂鬱だった。父が大量殺伐者ということにもうんざりだ。あげく、その復讐対象として見られる可能性があることも魔法使いどもへの憎悪を増すだけ。
出来るのはただ願うことのみ。何故か一緒に生れ落ちた前世の相棒を自由に使いこなせる年になってから襲って来いと。それまでは何があってもくるなと。
そして一年がたち、身体強化の魔術で仮想標的に対し剣術を披露していた時の事、それは起こった。
「マジかよ」
ぶっちゃけこれはないだろうと、村の方向を見る。火事だ。それも普通の火事ではない。明らかな放火。更に言えばそれを越した破壊活動。垣間見えるは、人型であれど人にあらず。つまりは、
「悪魔か」
それを知った後の行動は早かった。瞬時に待機状態の相棒を顕現させ、抜き放つ。
「水よ、聖なる水よ。我が眼前の禍物を清めん事を、リザレクション」
瞬間、ネギを中心として、淡い光のカーテンが広がり村を覆いつくす。それに伴いレンガ立ての家々を燃やしていた炎が鎮火していった。
まるで血を払うが如き動作で、刀を振り、鞘に収めると、無表情のまま声を出した。
「居るんだろう」
隠れなくていい。その言葉に続々と出てくる悪魔の群れ。三メートルを越す筋肉だるまや、一見線の細い角の生えたものなど様々な悪魔が嗤う。
その品のない笑いに、ネギの眉がよった。
「坊主、運なかったな。俺たちに気付いちまうなんてよ」
あるいは見逃してやったかも知れねーのに。飄々と嘯く悪魔に、ネギの顔が自然険しくなった。
「これもまた運命だ。恨むなよ、仕事なんでな」
一柱の悪魔が、感情のこもらない事務的な口調で目にも留まらぬ手刀を放った。が、
「どうした。殺すのではなかったのか」
それとも臆したか。まるでゴミを見るがごとく、ネギは首をひねり悪魔を見やった。ガチガチと力と力が拮抗する音が響く。
悪魔の攻撃は、顔の真横で刀に容易く受け止められていた。
「な、何故!」
驚愕する悪魔に、ネギは嗤い告げた。
「恨むなよ。ただの自己防衛だ」
言った瞬間ネギの体が素早く回転し悪魔に対峙する。銀の閃光が何重にも放たれた後、鞘に刀が納まり、金と金の振れる甲高い音が鳴った。
「嘘だ、ろ」
僅か一秒にも満たないその時間で襲い掛かってきた悪魔は、原形を保つことなく、細切れになり血しぶきと共に塵となって消滅する。
ざわざわと悪魔たちが騒ぐのを見て、ネギは首をかしげた。
「次は、誰だ」
悪魔が飛び出す前に、体がこの世界になれて以来例外なく魔力にかけていた抑圧を解き放つ。瞬間、大気中の魔力が影響を受け、僅かな風を発生させた。体から漏れた魔力が影響しているのではない。存在の質に大気がないたのだ。
ごくりと、誰とはなしにつばを飲み込んだ。それを見て朗々と告げる。
「ようこそ、すばらしき惨殺空間へ」
開幕のベルが鳴る。全ての悪魔は観客であり、脇役。舞台に花を添えるものはなく、ただ一方的な面白みもない惨劇が行われる。
カチリと、納刀する音と共に、音一つ立てず赤い花が咲いた。
「さて、ネカネさんのところに行くか」
慌てることなく歩くネギは、誰が何処にいるかを正確に把握しているように見えた。ネギが消えた後に残ったのは、消滅した悪魔が流した真っ赤な血の痕だけだった。
怖い。それがネギに対するおおよその認識だった。
別段暴力を振るったり、口が悪かったりするのではない。ただその本質とも言うべきそれが怖いような気がした。
昔からネギはどこか変だった。そう幼馴染のアーニャは感じていた。ネギの家は両親が不在で、従姉のネカネ・スプリングフィールドの家においてもらっていた。
模範的な人間のようだった覚えがある。可もなく不可もない、何処にでも居る存在。ただ顔の造形が整っているのと、身に宿る魔力がとてつもなく巨大であることが人とは違うものだとしても。
いつも一歩引き、全体を客観的な目線で見つめるそれに、なんとなく入っていけないものを感じた。あるいは隣同士交流が頻繁であったが故なのかもしれないが、そう感じてしまった。
それでも、ただの勘違いだろうと思っていた。所詮はまだまだ子供だと、少しませただけだろうと。それは大人の間でも同じだった。
だが、違ったのだということを分からせたのは、とある雪の日。誰かが何らかの目的で、悪魔の大群を村に投入したその日だった。
先の大戦で大活躍したかの英雄、ナギ・スプリングフィールドを慕った者達が作った村は、その実力も高く、本国の部隊よりも質がいいと常日頃から噂されていた。その大人たちすら太刀打ちできなかった悪魔の軍勢を、赤子の手をひねるがごとく倒し、否殺していったのが、ネギだった。
英雄ナギ・スプリングフィールドが介入したと言えど、その力は圧倒的で、軍勢の三割が滅せられた。更には悪魔の中でも力の強い爵位持ちの悪魔が放った永久石化の魔法を一切の後遺症を残さず解呪した。
それだけを見たら、さすが英雄の息子と、将来性を期待するだけだろう。だが、そこに三歳という圧倒的に低い年齢と、飛び散った血の痕だけでも分かる惨劇を考慮すると、どうしようもなく理性でなく本能が危険だと警鐘を鳴らす。
更にネギは悪魔の襲来を予期していた。いや、それは正確ではない。正確には、何らかの襲撃があると村に警戒を知らせていたのだ。
ただでさえ異常だというのに、そこに誰も信じなかったが実際に起こった襲撃の予知。それは、裏で手を引いていたのではないかと連行されずとも、噂されるぐらいには勘ぐられるものだった。
確かに村人は助けられた。だがそれがあらかじめ用意されたレールだとしたら? 全てが都合よくネギの為に定められた運命だとしたら?
誰もがそんな言いようのない不安を抱いていた。
そして、誰もが疑う中、ネギは暇だと言う理由で、若干四歳にして、魔法を学ぶとしたらこれほど適したところはないといわれる、魔法世界の名門中の名門。独立学術都市国家アリアドネーの魔法学校に入学を果たした。
それは充実した日々だった。一年生であるが故に、基本中の基本をやるだけだったが、それがいかに大切かと言うことを理路整然と語る教師に興味を持った。
どれほど立派な建物であっても、地盤が弱ければすぐさま崩壊する。どれほど高度なものでも、基本があるからこそ理解でき、更なる応用を発見できる。そういったものをしっかりと分かっていると、選択したのは間違いではなかったと現状に満足した。
前世の記憶は、三歳になるまでにすべて思い出したが、そこまでだった。だが、その中で途切れ途切れのレコーダーのように鮮明ではないノイズが混じっていた。それに何かがあると本能が囁いていたのだが思い出せず、四歳半になり漸くその部分を思い出せた。転生はこれが初めてではないのだと。
鮮明になったノイズ。その一つを辿り見つけたのが、前世の前世。その記憶だった。物の怪が闊歩する京の都。そこで特に特筆したものではなかったが、それなりの能力を持ち、陰陽師として京の平和を護っていたことが、はっきりと浮かんだ。そしてそれに伴う術も。
そして前世では形を若干変え、符と刀で術を発動させていたことも。
ネギにとってこれらの知識は非常に重要なものだった。今になってわかったのだが、異なる前世で魔術師として活躍していたころの身体強化術は、前世にて使われていた。
前世だけを思い出せていた三歳以前。仮にその記憶がなく、ただ武器を実体化させるだけだったとしたら、あの雪の日に確実に殺されていた。更に三歳というのは本当にぎりぎりだった。後一年襲撃が早ければ、漸くそれなりに歩けるようになった二歳では、身体強化は意味を成さず、やはり殺されていただろうからだ。
まさに目隠しをした綱渡り。陰陽師と言う前世を思い出せていなかった故の略式の占いは本物とは比較にならず、明確さに欠ける。故に逃げ出さなかったのだ。それが幸いして魔法使いから疑惑を持たれても犯人として逮捕されては居ない。
仮に、鮮明な占いが出来たのならば、何もかも放り出して逃げを打っていただろう。本当にぎりぎりだったのだ。三歳という年齢での身体強化。当然できていない体で行使するそれは、圧倒的と他人には思われていても、出来て後一割の殲滅がやっとだった。だからこそ逃げただろう。
現在村での信用はゼロだ。だが、務所入りは避けられている。マイナス同士を掛けるとプラスになるが、これは足し算だ。様々な疑惑と、恐怖がマイナス、実質村を救った功績がプラス。それらが綺麗に相殺されゼロと言う絶妙なバランスを保っている。
仮にマイナスに傾いていたならと考えると恐怖しか浮かばない。あの村が本国の部隊に匹敵すると言うのは嘘ではないのだ。いくら単体ではこちらが強いといっても、多勢に無勢である。いずれは力尽き倒れ、そのまま刑務所行きだ。
プラスに傾いていても、祭り上げられ望む望まないに関わらず人望が集まり、結果第二の英雄を誕生させようと、上層部が手を回すだろう。敵対勢力にとっては第二の英雄を誕生させまいと更なる妨害工作を仕掛けてくるだろう。
あの場で最も理想的だったのは、何もしないことだった。悪魔に見つかっても逃げ延び、助けられる人間を見捨て、真の英雄を待つことが最善だった。尤もそれには命と言うかけ金が必要で、勝つには運という不確かなものを味方にするしかない。だが理想的ではあるのだ。
とはいえ、実際問題、それが限りなく不可能に近い言うことは明白で、プラスマイナスゼロの今が結果的にベターだった。
運がいいのか悪いのか。そういったところを運命の女神に問いただしたい気分ではあったが、今が楽しいので深くは考えないでおくに越したことはない。
そして授業が終わり、魔法技術研究クラブ、略してマギ研に顔を出す。
マギ研。魔法学校に一つはあるといっても過言ではないクラブは、ことアリアドネーにとって通常の枠で収まることのないクラブだ。
参加資格は特になく。ルールも一つ。そのほかのクラブとの掛け持ちも許される。だがそんなことはちっぽけなもので、アリアドネーのマギ研の特徴と聞かれれば誰もが答える回答がある。それは非魔法族の技術と、魔法技術の融合。つまり科学技術と、魔法技術の融合だ。
魔法使いは、科学技術を嫌う傾向にある。魔法世界に対し旧世界と呼ばれ、非魔法族が圧倒的多数を占めるそこでも、常日頃科学技術の恩恵を受け生活していると言うのに、魔法こそ至上の技術とうたう。それが魔法使いの実態だ。
だが、アリアドネーは違った。魔法世界で主流の空中戦艦。それは今でこそ科学とのハイブリットだが、アリアドネーがその技術を確立させる以前は、精霊エンジンがどうしても作ることが出来ず魔法使いの魔力に頼った運行だった。
そういった数々の経験から、科学技術もバカにならないとアリアドネーは魔法世界唯一科学技術を研究している国となった。
そして、ネギの持つ武器は、高度な科学技術が体の中に眠る魔力と言う存在を発見し、それを原動力に展開した純粋な神秘とは異なる魔法を発生させる機械。その魔法は、魔力を高度なプログラムを経て現象化させるものということもあるが、それ以上に、何百、何千もある次元世界の中で純粋な魔法すらも解明しプログラミングすることによりスムーズな術式へと変えていった歴史がある。
前世は戦闘員でもあったが、マイスターでもあった経歴ゆえに、この世界の異なる魔法をプログラミングしなおすことを考えるのは無理からぬことであった。
だが、戦闘の実力はそこそこあるものの、魔法使いとしてまだまだレヴェルの低いネギには、プログラミングしなおす以前に魔法を発現できない。解析できないのだ。だから、大学までの合同クラブとなっているマギ研で、先輩方に魔法を披露してもらい、そのデータからプログラミングする方法を取る。
ここで一つ通常では問題になる可能性のものがある。研究と言うのは一人では出来ない。つまり、協力の代わりに参加させろという連中が現れることだ。これはネギにとって困ることでしかない。何せネギの武器はこの世界では明らかなオーバーテクノロジーであり、魔法という技術を根元から覆す可能性がある魔法使いにとっての危険物なのだ。それがばれたら確実に没収される。
だが、そうは成らない。それはクラブ内で唯一のルールが護ってくれるからだ。ルールは単純至極、協力を求められれば被害をこうむらない限り協力し、それらを盾に研究課題や、内容を強引に教わることを禁止するということだ。
これは研究意欲の問題で、誰でも他人に研究を掻っ攫われたら愉快ではない。だが協力はいる。その天秤を、完全に研究に向かう方向に傾けるためのルールだ。チームの結成を禁止しているわけではないので、このルールが出来ていらい意欲消失した者は、研究結果が想定外のものだったもの以外には居ない。
だがそれだけでは物足りない。そう考えるのがネギだ。この学校のクラブは面白いものが多い。実戦さながら箒レースクラブ然り、前衛魔法使い早口詠唱クラブ然り。それら個性が光るものの中でも、特に注目したものが二つ。
一つは、完全制覇なにこれ魔道書クラブ。アリアドネーに存在するこの学校は、当然魔法に関する蔵書も多く、学ぶことを制限していない故に大抵の学校ならば禁書指定の書物も公開している。先輩方に魔法を見せてもらうのもいいが、より完璧なものを目指せば自身が使えたほうがいい。更にいくら常日頃から持ち歩いているとは言っても万が一武器が手元になかったなど使えない場合は、体術しかない。これは非常にまずい。敵襲があった場合、大抵の者は身体強化を施している。魔の者にいたっては、元から身体強度が違う。勝てるはずがない。故にこの世界の魔法を覚える必要があると考えた。
もう一つは、グラディエーターのいろはクラブだ。グラディエーターつまり剣闘士は、魔法世界屈指の娯楽である。ローマの如く完全に奴隷階級で占められているわけではないが、何でもありの斬った張ったバトルであり、死人も毎年多く出る。怖気づくと思えばそれは間違いというもので、その危険性ゆえのとてつもなく高いファイトマネーが参加者を呼ぶ優雅もなにもない仕合だ。立派な魔法使いを目指すものの多くは前線に出て、敵対勢力を直接真正面から叩くことを夢見ているものが多い。それはアリアドネーでも変わらない。
だが、戦場では正義云々などゴミに等しく、最悪負けなければいいというものだ。人生みなそうであるとおり、戦いにおいても思い通りに行くはずがない事を学ばせる為に、生徒が怪我をすることを覚悟した上での本物の剣闘士と同じルールがよういられる問答無用の容赦ないクラブが設立されたというわけである。
勿論そこで使われるのは、魔法であり体術であり、手の込んだ罠や策であったりする。親は子を選べない。それは真理だ。だが同時に子も親を選べないのだ。ネギの場合は最悪で、父であるナギ・スプリングフィールドは魔法使いの中で知らぬものは居ないとされるほど有名な、最も身近な英雄だ。それはとたんに現実味を増し、神話での英雄では居ない崇めるもの以外の反発など生易しいものではなく憎悪するものが発生する。世界は全く持って理不尽なもので、そういった恨みつらみを血縁者で晴らそうとするものが多いのだ。
ネギにとってそれは害悪以外の何者でもなく、成長していくにつれあの子供は今頃何歳になったと噂されることは請け合いだ。弱ければ敵が襲ってこないどころか、逆に好機と見て仕留めにかかることは容易に想像できる。つまり魔法使いの中でも特別デンジャラスな道を歩んでいかなければ明日はないのだ。
襲撃に備えるには不十分ではあるが、何も知らないで外に出るよりもこの世界の魔法を知り戦闘方法を学びそれにおおよその対処法を学ぶほうが良い。それには、ルール無用のグラディエーターのいろはクラブは最も適していた。
だがマギ研以外の部活は原則として重複を禁じている。どうしようかと迷った結果、ネギは六年間ある学校生活の三年を、完全制覇なにこれ魔道書クラブに費やし、魔法を習得し、プログラミングし、習得しと繰り返すことにした。そして残り二年を剣闘士のいろはクラブにさき、最後の一年を完全に武器の整備用道具の少数生産から全力での生産に変え、壊れたときの取り替える部品を作り、更にはそれを可能とするべくそこに行き着くまでの五年間、片手まで魔法球を作りこもろうと考えていた。
二年間は主に基礎の徹底で、攻撃魔法や、魔法使いとして常識の魔法障壁すら教わらなかった。不満を持つものもいたが、そういった連中は既に完全制覇なにこれ魔道書クラブに入っており、授業は寝ている。
尤も、そういった連中は三年に上がり防御と攻撃の基本的な魔法。つまり魔法障壁や、各属性の盾、攻撃魔法では基本的な魔法の射手と、各属性の最も攻撃力の弱い例えば白き雷などを学び、実演する際に自爆する。つまり基礎は大事で魔道書も指南書以上の価値はないということである。
だが忘れてはいけないのが此処がアリアドネーに設立された魔法学校ということである。本人に学ぶ意欲があるのなら教師は協力を惜しまない。それこそ個人専用のテキスト作成や、機械で測れる魔力の動きから予想を立て正しい方向へ導いたりと、マンツーマンでサポートしてくれる。挫けない者には再起の道が開いているのだ。
その一方、学ぶ意欲のない生徒にはとても厳しい。二回の警告を発し、それでも尚遊ぶばかりで勉学のべの字もない生徒には、二度と魔法学校の敷地内へ入れないように施される。
そんな三年生の終わり、ネギの学習がひと段落着いた。全ての魔法を習得したわけではない。未習得の魔法も多く存在する。ただそれでも三年という月日は長く、戦闘にはいらないのではないかと思われるものから、広域殲滅魔法まで幅広く修めた。
ネギ個人が扱える属性は限られている。風と光、そして闇と炎だ。他の属性のものも扱えないということはないが、魔力を流し現象化させた結果が、流した魔力量に対し低いのだ。だが、武器を使うとそれが覆る。
この世界の魔法が精霊魔法に類似したものだということに対し、武器を使った魔法はプログラムを顕現させただけだ。持ち主が偏った修練を積んでいたのならそれぞれ属性に対し、得て不得手があることになるが、ネギの前世は大器晩成型で更に言うと特筆するものがなく、戦場では足手まといだった過去がある。
初めのうちは長所を伸ばそうとしたがそれは不可能だった。そして二十年も戦場と訓練室を行ったりきたりし、戯れに受けてみた指揮官講義とそのテストで最高得点を出し、見習い指揮官として戦場に出た。その上で分かったのは、指揮官には文字通り指揮能力と実力は低くともすぐさまカバーできる全ての属性が求められるのではないかということだった。それからは暇さえ見つければ使っていなかった属性を基礎から習得し、四十代後半で漸く花開き数少ない開放型の武器を授けられた。
つまり、苦手なことを克服するのは慣れているのだ。だから武器さえあれば最も苦手な土属性さえ扱える。そんなこんなでデータ化し武器に登録したのは、ほぼ全てが攻撃魔法だった。
流石に三年生にもなると進級試験が難しくなり、留年するものも出てきた。その事に改めてこの学校は甘いだけではないと感心した。
ネギはこの学校に来る以前から剣術をおさらいしていた。いくら前世の記憶があろうと、体の違いから同じ動作は出来ないのだ。
そういった準備はいつか来る敵への対処法でもある。
春の訪れを垣間見せる中庭は寮から程近く、毎朝汗を流すのが日課と成っていた。以前までの仮想標的はなくなり、その代わりに剣を執る戦友という魔法で魔力で出来た実体を持つ者達と戦う。その際それらの敵は武器が操作し、より実戦に近い訓練を刀一本で行う。
始めの仮想標的から切り替えた当初は辛勝どころか、負けるばかりだった。それは肉体と前世の経験がすり合わさっていなかったからだ。片方は大人で、もう片方は子供。それも当然だった。
そうして一年のときを重ね、漸く圧勝できるようになり、敵を、より高度に、よりいやらしく操作させて今に至る。
「くッ」
がちりと刃と刃がせめぎあう。だがそれも一瞬で、刀を引くことで相手の体制を崩し、蹴り飛ばす。完全制覇なにこれ魔道書クラブにて習得した戦いの歌を使いより強化された肉体は、その一体を敵の一体に向かわせもんどりうたせた。
「ハッ」
その隙にと横合いから切りかかってきた敵の刃を、刀を沿え力を利用しそらしそのまま半円を描くがごとく薙いだ。うっすらと消えていく敵。
だが、油断する暇もなかった。今度は空から高速で突撃してきた敵と、先ほど蹴り飛ばし倒れた二体が左右と上空から襲い掛かってきた。
「烈風剣」
さっと刀をふり、左から来た敵を黒い弧の字状の波動攻撃で滅する。だが、敵は確実に距離をつめ、このままでは迎撃できないと結論を出す。故にとった行動は、
「赤き夢に落ちるがいい」
そっと逆さに刀を放した。そして二人の敵が剣を振りかぶったそのとき、
「ヒャァァァァァァ」
滅せられても悲鳴一つ上げない敵は、されど地面から突き出た無数の刀剣類に刺し貫かれ、この世のものとは思えない背筋が寒くなるような悲鳴を上げ、消えていった。
だが、それは一つだけ。右側から攻撃をした敵であり、空からの敵は迎撃できない。だが、ネギの身体には纏った騎士甲冑がほんの少し斬られただけで、傷という傷はなかった。
地面に突き刺さった刀を持ち上げ、溜息を吐いた。
「まさか柔術を使う羽目になるとは」
まだまだ修行が足りない。そう呟き汗を流すべく寮へ向かった。そう上空の敵は剣を持っていた手をひねり敵の剣で敵の体を貫いたのだ。
これは少しレヴェルアップさせますか。と沈黙している武器は考えた。そろそろもう少し卑怯な戦い方をおさらいすべきだと。
そんな事情は露知らず、ネギは刀を待機状態に戻し、新学期までの休みの時間を、魔法球の製作に費やすことと成った。
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