第二章[癒える心]
八話【揺れる心、反目する二人】

 

悠二達四人が去った『ファンシーパーク』の封絶の中。
宙に浮かぶ一冊の本の上に、すらりと長い両脚を組んで、一人の女性は座っていた。
外見は二十歳過ぎ。欧州系特有の鼻筋の通った美貌を薄化粧で、しかし見事に飾っている。ストレートポニーにした栗色の髪の艶やかさや抜群のプロポーションを包む丈の短いスーツドレスの着こなしなど、その全体はまるで撮影を待つトップモデルだった。
ただし、その『笑えば絶世の』という美貌が、どういうわけか険悪そのものの表情を作っていた。
縁なし眼鏡を貫いて走る眼光も、強烈な鋭さを持っている。
見るからに機嫌が悪い、というのは一目瞭然だ。

「……にしても、なに? 封絶の発現を感じてきてみれば、誰もいやしないじゃない?」

彼女が敷いていた本は異様に大きく、画板を幾つも重ねたように分厚い、それがブックホルダーとでも言うような物に収まっていた。
その本が、下品で耳障りなギンギン声を上げて答えた。

「いいじゃねーか、いいじゃねーか、そうカリカリしなくてもよー。我が麗しの酒盃(ゴブレット)マージョリー・ドー」

マージョリーと呼ばれた女性は秀麗(しゅうれい)な眉を顰(ひそ)めて自分の敷いている本を、ボスン、とぶっ叩いた。

「マルコシアス! あんたがそんないい加減な調子だから、ラミーなんて弱っちい雑魚をいつまでも追う羽目になってんのよ!」

マルコシアス、というらしきその本は負けずに返す。

「おめえに言われるたぁ心外だねぇ!封絶を見たとたんに方向かえたりしてっから、いつまでも肝心な標的を殺れねえんだろ?大方この封絶の色でもみて"万条の仕手"と"夢幻の冠帯"に逢えるとでも思ったってか?」

「フン、そうよ。悪い? ついでに"奴"の情報があるか訊こうと思っただけよ」

「おーおー、真面目なこって」

「当然でしょ! "紅世の徒"をブチ殺すのが、私達フレイムヘイズなんだから! それに、"奴"だけは……"銀"だけは、私が倒す!!」

マルコシアスは弾けるように一声、笑った。

「ッハ! なぁるほど。んで、肝心な"万条の仕手"と"夢幻の冠帯"はどこなんだ?我が怒れる復讐鬼マージョリー・ドー」

「お黙り、馬鹿マルコ。それを今探してんでしょうが!私も探りいれるから、つべこべ言わずあんたもとっとと探す!」

「あいあいよー」

マルコシアスの返事と共に不思議なことが起こった。本を包むブックホルダーの、まるで日記についている鍵のような止め具がひとりでに外れ、マージョリーの前まで移動すると風もの無いのにバラバラとページがめくれ始めたのだ。
年代ものの羊皮紙らしいページは、古めかしい文字でびっしり埋め尽くされている。
やがてその本はパタン、と閉じた。

「んお? 妙だな……」

「何がよ?」

「ページが止まらねー。つまりここには居ねーってこった。」

「はぁ? 真面目にやってるの? この封絶の色はどうみても"万条の仕手"のものでしょーが!」

「んなこたー分かってるよ。でもページが止まらねーんだからしかたねーだろ」

「ったく、封絶の内の破損を放っぽってどこ行ってんのかしらね……しょうがない、貸し一つってことで私がやっといてやるか」

マージョリーはそういうと群青色の炎を灯した右手の人差し指を天に向けて付き出した。
すると、悠二達の戦闘で大破したパビリオンは修復を開始した。
修復が終わるのをマルコシアスは確認して、マージョリーに訊く。

「んで、これからどーすんだ?」

「"万条の仕手"がここにいないんなら、当初の予定通りラミーの奴を追うわよ!大戦を生き抜いたフレイムヘイズがそう簡単にくたばるとは思えないしね。それにちゃっちゃとぶっちめないと、シャツのタグが引っかかるみたいに気持ち悪くてたまんないでしょーが!」

「それじゃ今回はマ〜ジメ〜に殺るか」

「そーよ、真面目に、殺るのよ」

マージョリーは苛立った表情のまま答え、本を今度は軽く、ポンと叩く。

「ヒッヒッヒ! やぁっと、楽し激しいギザギザのベーゼをプレゼントできるってもんだ、ヒー、ハー!!」

パビリオンの修復を終えると、桜色のドームは姿を消す。
すると、その中で瞬き一つせずに静止していた人々は再び動き出した。
マージョリーはそれを上空から見つめながら本の上に腰を下ろして吐き捨てるように言う。

「それじゃあそろそろ行くわよ。この先に、あのラミーのクソ野郎には絶好の狩場があるみたいだしね」

「あいあいよー」

この会話を最後にマージョリーとマルコシアスは『ファンシーパーク』の上空から姿を消した。

 

舞台は過去へと移る。
太陽は完全に沈んでいて、代わりに月と星の明かりが大地を照らしていた。
悠二達四人は木組みの建物の中にいる。
この木組みの建物の壁は昔の日本と同様、捏ねた粘土にパイルを刻んで入れたのを使っていて表面に漆喰が塗ってある。
建物の中はそれなりに広く、小さなな部屋が幾つも用意されていた。
出入り口の正面にはカウンターがあって、そこで部屋の借りる仕組みになっているようだ。いわゆる宿屋である。
何故ここにいるのかというと、当面の生活の拠点となる場所を得るためだ。
着の身着のままで放り出されたために、過去の通貨など一銭も持ってるわけもなく困り果てていたのだが、いつの時代にも悪さを働いて私服を肥やそうとする奴はいるらしく、街に向かう途中でからんできたそんな馬鹿な連中をベルペオルとヴィルヘルミナが死なない程度に痛めつけては有り金を全て巻き上げていた。
なので街に付く頃には、当面の資金にしては十分すぎるほどの量を確保出来ていた。
今、ヴィルヘルミナはカウンターで宿屋の店主らしき人物との話をしていた。
ベルペオルは自分の隣にいるが、何か気にしてることがあるみたいで元気がないように見える。

「ベル、元気ないけど気になる事でもあるの?」

「なんでもないよ」

ベルペオルはそう言うが、なんでもないようには到底見えない。
いつものベルペオルならしっかりと目を見て嬉しそうに話すのだが、過去に着てからは視線を泳がせたり、なぜか顔を伏せがちで自分の方をあまり見てくれなかった。
普段の様子とはあまりに違うために心配になってもう一度訊く。

「本当に? 何か無理はしてない?」

「大丈夫さ……私は少し外の風にあたってくるよ。だから部屋が借りれたら先に入ってておくれ」

ベルペオルは悠二にそう言って外に出て行った。
悠二は後を追うか迷ったが、一人で考えたい事もあるだろうし、ヴィルヘルミナを一人でここに残しておくわけにもいかずここで待つ事にした。
しばらくすると、カウンターで会話を終えたヴィルヘルミナがやって来る。

「部屋を借りてきたのであります」

「ありがとう、ヴィナ」

ヴィルヘルミナは辺りを見回しベルペオルの姿が見えないのに気付いたみたいで悠二に訊く。

「"逆理の裁者"の姿が見えないようでありますが」

「ベルなら外に行ったよ。何か考え事してるみたいで先に行ってて良いって」

今度はヴィルヘルミナも何か考え事をしているような顔をしている。
あまり表情を変えない彼女なのだが、パビリオンの戦闘後からは少しだけではあるが表情に変化が見られる。悠二にはそれが分かった。

「ヴィナも何か考え事?」

「い、いえ、なんでもないのであります。それより、部屋に行くのであります。」

「うん」

悠二は短く返事をしてヴィルヘルミナの後について行き、彼女が借りた部屋に入り扉を閉めた。
室内はほんのり薄暗かった。電気が無いこの時代では蛍光灯などなく、ランプのやわらかい灯りだけが室内を照らしていた。
床はフローリングでベッドが二つ、くつろげるようソファーも一つあり、軽い執務なども出来るように小さい本棚と机がきちんと置かれていた。
悠二は片方のベッドに体を預けて横になると、不意に肩に痛烈な痛みがはしって小さく声を漏らした。

「いっつ……」

悠二の声を聞いたヴィルヘルミナは心配の表情を色濃く浮かべて、申し訳なさそうにしていた。

「ユウジ……まだ痛むのでありますか?」

「えっ!? 大丈夫、だよ……」

悠二は自分から漏れた痛みから来る言葉で、ヴィルヘルミナの表情が微かに変化したのに気付いて慌てて否定する。
ヴィルヘルミナは悠二が横になったベットに腰を下ろして自分のリボンが貫いた場所を確認する。
服の隙間から見える桜色に輝く治癒の自在式を書いた白条のリボンが、うっすらとだが鮮血の赤によって侵食されていた。
彼女は少し恥じらいの表情を浮かべると口を開く。

「ユウジ……服を、脱ぐのであります」

「はい!? そんな、なにを、いきなり……」

悠二は焦りながら慌てて訊き返した。
こんな状況下でそんな事をと、頭の中で赤い回転灯がけたたましい警笛を鳴らして高速回転を始める。
次に発せられるヴィルヘルミナの言葉次第では理性を失いそうだ。
だが、実際には悠二の思っていた事とはまったく別の言葉で現実に引き戻された。

「新しい物に取り替えるのであります。」

「あっ、なるほど、そういうことね」

悠二は自分のやましい考えが悟られないように急いで体を起こして、彼女の言う通り服を脱いで体に巻いている古いリボンを外した。
ヴィルヘルミナはリボンが貫いた悠二の傷口を見ながら再び申し訳なさそうに訊く。

「我慢していたのでありますか?」

傷口は小さくはなっていたがまだ完全に塞がってはいなかった。
それもそのはず、自らリボンを体に貫通させるようにしてヴィルヘルミナに近付いたのだから傷口が広がって塞がりにくくなるのは当然の結果といえた。

「…………」

悠二はヴィルヘルミナの言葉に何も言わない。いや、何も言えなかった。
彼女はきっとこの傷を見たら自分を責める。
まだ出会ってそれほど時間が経ってはいないが涙を流しながら戦った彼女の事だ。容易にそれが想像できた。
それに、傷がここまで塞がりにくくなったのは完全に自分の責任なので我慢するのは当たり前だと悠二は思っている。

「なぜ、何も言ってくれないのであります。私を信用してはくれないのでありましょうか……」

ヴィルヘルミナは悲しそうに視線を下におとした。

「そんな事無いよ。ヴィナの事は信用してるよ」

「では、私を、もっと、頼って欲しいのであります」

「うん、これからはそうするよ。でも、この傷が塞がりにくくなったのは僕の責任だから……」

悠二はここで一端言葉をきると、笑いながらヴィルヘルミナの顔に両手を添え、自分の方にそれを向けると続けた。

「……それに言ったらヴィナは、そんな顔をするでしょう。ヴィナにはあの時みたいに笑っていてくれたほうが僕も嬉しいし」

悠二はヴィルヘルミナの頬をつねって、くにっくにっ、と上に動かし無理やり笑顔を作る。

「ユ、ユウジ……これはあまりにも恥ずかしいのであります」

「気にしない気にしない。ほら、笑う笑う」

ヴィルヘルミナは抵抗もせずにされるがままになっていたが、悠二の手が頬から離れると拗ねたようにして視線を逸らし羞恥から頬を赤く染めると呟くように言った。

「ユウジは馬鹿であります」

「馬鹿って、それはちょっと酷いな」

「酷くないのであります。いくらフレイムヘイズで自然治癒が早いとはいえ痛覚はあるのであります。それなのに私の為に我慢するなど、馬鹿にも程が……でも、すごく嬉しいのであります」

ヴィルヘルミナは小さくではあるが自然に笑って、悠二の体に治癒の自在式を書いた新しいリボンを巻き始める。
二人の間に心地よい沈黙が流れる。
それが終わるとヴィルヘルミナは、今ここにはいない一人の女を思い出して沈黙を先に破った。
表情は真剣そのものであるが、ややためらいがちな口調で喋る。

「ユウジ。先程はなんでもないと言ったでありますが……少し私の話を聞いてほしいのであります。」

「どうしたの?」

「ユウジは"逆理の裁者"のことを、どう思っているのでありますか?」

「えっ、ベルの事?」

ヴィルヘルミナは、こくんと頷く。
悠二は今までベルペオルとの関係をクラスメートから散々茶化されてきたが、"紅世"のことを知る者からのこの手の質問はこれが始めてのため上手く答えられない。
それでも彼女の真剣な眼差しを見て、自分なりのちゃんとした答えを探そうと思案顔になり先程とは違う沈黙が流れた。

「そうだね……ベルは心配性で、凄く優しい、そう僕は思ってるよ」

「それは、彼女の本当の姿なのでありましょうか?」

「えっ?」

「私は彼女の事はまだ信用しきれていないのであります」

「ヴィナ?」

悠二に疑問系で名前を呼ばれ、これから自分が話す内容で悠二に嫌な思いをさせてしまうのではないかという思いと、それとは別の悠二に対する気持ちから生れた不安で心が押し潰されそうになりながら、それでも悠二の為にと思って続ける。

「私は悠二と契約する前の彼女を知っているのであります……あの女は、"逆理の裁者"は、そういう心の機微を重々承知した上で、他人を操り利用するのが、とても上手いのであります。だから……」

「僕がベルに上手いように利用されて騙されている事もあるってこと?」

「……あくまでも可能性の問題であります。でも、もしそうなら私は、あの女を絶対に討滅してやるのであります」

言ってしまった。
もしそうなってしまった時に、悠二の心に残す傷の事を考えると言わずにはいられなかった。
だが、自分がティアマトーの事をここまで言われれば、そう思うと、次に返ってくる悠二の言葉がすごく怖い。
やっと見つけた。やっと巡り会えた。そう確信した相手から拒絶されてしまうかもしれないという不安で、もう悠二の顔を見ていられなかった。
しかし、自分の予想していた言葉とは全く逆のものが返ってきた。

「ありがとう。ヴィナ」

余りに意外な言葉に悠二を見つめると、彼は嬉しそうに笑っていた。

「ありがとうで、ありますか?」

「そう、ありがとう」

「なぜありがとうなのでありますか?……私は悠二に嫌な思いをさせるかもしれないと、拒絶されてしまうかもしれないと、そう思っていたのであります」

ヴィルヘルミナは悠二の笑顔に安堵(あんど)して、悠二の言葉を待った。
対する悠二は可笑しそうに笑って口を開く。

「僕はヴィナを絶対に拒絶したりしないよ。それに、ベルとヴィナはお互いに距離を置いてるみたいだけど、結構似てる所があるからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」

それを聞いたヴィルヘルミナは似ていると言われたのが凄く納得がいかないようで力いっぱい否定する。

「私と"逆理の裁者"は、全然、全く、似てないのであります!!」

「ほら、そうやってお互いを否定する所は本当にそっくりだと思うけど…」

「むっ!」

先程までの不安そうな様子とは打って変わって、ヴィルヘルミナは言葉通り、ムッとしている。
悠二から見た今のヴィルヘルミナは怒っているように見えたため謝る。

「ご、ごめんヴィナ。ちゃんと質問にも答えるからそんなに怒らないでよ!」

「怒っていないのであります!!」

口ではそうは言っているが、明らかに機嫌が悪くなっているのが手に取るように分かる。
この様子をみて悠二は自分なりと謝罪と誠意を見せるため真剣な表情をして質問に答えることにした。

「ヴィナ。その、ありがとうって言ったのはね、僕の為にヴィナが本気で怒ってくれたでしょ? だから素直に嬉しくてありがとうって、それにベルも本気で僕の為に凄く怒ってくれる。だから大丈夫って言ったんだよ。」

ヴィルヘルミナは悠二の真剣な表情と言葉に毒気を抜かれ言葉を詰まらせながら言う。

「そ、そうでありましたか……ですが、彼女はともかく、ユウジの為に私が怒るのは至極当然。当たり前なのであります」

悠二は当然のと言ったヴィルヘルミナを不思議そうに見つめて訊き返す。

「えっ、そうなの? どうして?」

「そ、それは、ユウジは私の、と、特別で、とても大事な……」

「ん?」

「つ、つまりであります……そ、その、ユウジは私の大切な……」

恥ずかしそうに手をモジモジさせて続きを言い出せなでいるヴィルヘルミナに代わって、今まで黙っていたティアマトーが代わりに言った。

「旦那様」

ボンッ!!

ヴィルヘルミナの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。
彼女の意識はどこか別の所に行っているみたいで、とても恥ずかしい内容の単語をブツブツと、自分にしか分からない小さい声で呟いている。
流石にこればかりは悠二も顔を赤くしてティアマトーに言った。

「ちょ、ちょっと、ティアマトー何をいきなり……」

「適正呼称」

「適正って言われても……困るというかなんというか……」

トリップしているヴィルヘルミナを余所に、焦る悠二に対してティアマトーの援護射撃は尚も続く。

「約束厳守」

「約束って、一緒に世界を回って背中を合わせて戦ってみたいってあれでしょ?」

「肯定」

「それは分かるけど……なんで旦那様なんて呼び方に……それに夫婦みたいでちょっと……」

良いとも悪いともハッキリと言わない煮え切らない答えを出す悠二にティアマトーは更なる追い討ちをかける。

「拒絶確認」

「拒絶なんてしてないよ!」

なんとも身も蓋もない言い方をするティアマトーに困惑していると、ヴィルヘルミナが『拒絶確認』の言葉を聞いて現実を取り戻し、悠二を深刻そうに見つめて訊いてきた。

「嫌、なのでありますか?」

「い、嫌じゃないよ。どちらかと言えば、凄く嬉しいし……って、僕は何を言ってるんだろ……」

ヴィルヘルミナ、ティアマトーのタッグによる押しては引いての波状攻撃で、もはや自分が何を言っているか分からなくなりつつあった悠二はそれでも続けた。

「……と、とにかくそういうのはお互いの気持ちが大事だとおもうし……ね?」

『凄く嬉しい』、『お互いの気持ち』という二つの悠二の言葉はヴィルヘルミナに大胆な一歩を踏み出させるには十分だった。

「私もユウジの事が、す、好きでありますよ」

「双方合意」

ティアマトーもどうやら悠二の『凄く嬉しい』と言った発言を聞き流してはくれないようでヴィルヘルミナの後に続いた。
真っ赤な顔の二人が同じ一つのベッドに座り視線を合わせ見詰め合う様で、室内は非常に危険なピンク色の空間になりつつあった。
これでは本当に夫婦である。
ヴィルヘルミナは自分の言った言葉に恥ずかしがり、頬を上気させ、悠二との距離をゆっくりとであるが確実に縮める。
悠二は頭がぐにゃぐにゃになるような気がした。
このままではティアマトーが言ったような、夫婦のような関係がついに現実化してしまう。
ヴィルヘルミナは美人で可愛らしく、大変魅力的な女性だが、この状況は心臓によくない。
とりあず落ち着こうと深く息を吸い込み、吐くと同時に頭を下げ、再び前を向こうとして顔を上げる。すると、自分の耳に付けている神器"カナン"が頬に触れ、過去に飛ばされてからなぜか元気の無いベルペオルの事を思い出した。

「あの、ヴィナ」

「なんでありましょう」

悠二を求め頬を上気させたまま顔を近付けてくるヴィルヘルミナに、くらっとして再び視線が釘付けになりそうになるがベルペオルの元気のない姿がどうしても気になり、この場を上手く逃れるためにも言った。

「こんな過去に飛ばされちゃった状況だし……うっ、嬉しいけど、こ、これ以上は……そ、それに、現代に戻る方法も考えないといけないから……僕、ベルを呼んでくるよ。それじゃあ、ヴィナは少し待っててね」

そう言い残して悠二は足早に部屋を後にした。
ヴィルへルミナとティアマトー、二人で一人の姿だけポツンとベッドの上に寂しそうに残されている。

「「…………」」

そして二人はしばらく沈黙の後に口を開く。

「ユウジは、意気地なしであります……」

「同意」

ヴィルヘルミナは誰が聞いても間違いないと分かるほどの拗ねた声音で言って、ティアマトーが慰めるようにそれに同意した。

 

悠二は宿屋を出るとベルペオルの姿を探した。
ベルペオルは少し外の風に当たってくると言っていたのだから、そう遠くには行っていないと思って宿屋の近辺を捜索する。
神器"カナン"を使って呼び戻した方が早いのは分かってはいたが、どうしても過去に飛ばされてからのベルペオルの様子が気になり二人っきりで話がしたかったため、悠二はそれをすることを避けた。
それに声だけの会話を先にするより、彼女の姿をしっかりと見ての対話がしたい。それが悠二の彼女に対する真剣な気持ちだった。
しばらく歩くと目の前に小さな広場の入り口が見え、悠二はその中へと入ってゆく。
その広場は悠二が予想していた以上に広く、綺麗に整備されていた。
人が歩く用の道には平らに研磨された岩がタイルのように敷き詰められ、その両脇には植物が植えられている。
いわゆる現代にある公園のようであった。
悠二は道なりに広場の中央と進むと、自分が探していた人の姿を発見した。
広場の中央には噴水があってそれを取り囲むようにベンチが幾つか置いてある。
それに腰を下ろしているベルペオルは、月を眺めては視線を落としため息を吐く。それを繰り返していた。
その彼女の、全てを見透かし魅了するような月よりぎらつく金色の瞳にはいつものような力強さは無く、ただ愁いだけを帯びているように見える。

「ベル。隣に座ってもいいかな?」

突然掛けられた言葉に目を点にして、ベルペオルは悠二の方を向いて言った。

「ユ、悠二か……脅かさないでおくれ」

ベルペオルは余程思いつめているのか悠二が近くに来たことに気付かなかったらしい。

「別に脅かしてないけど……それより隣いい?」

「いいよ。おいで」

ベルペオルは笑って悠二を自分の隣に招く。
だが、その笑顔は何かいつもとは違っていた。
不安や心配、そういったマイナスのものを隠しているのは先程までの様子から見ても明らかである。
悠二は黙ってベルペオルの隣に腰を下ろし同じ月を眺めながら指を絡めるようにして彼女の手を握った。

「悠二? いきなりどうしたんだい?」

ベルペオルは不思議そうに悠二を見ていた。

「それは僕の台詞なんだけどな……」

「えっ!? それはどういう意味だい?」

悠二は月を見ていた目をベルペオルのほうに向けて真剣な表情で口を開く。

「ベル、過去に来てからの様子がおかしかったよね。さっきはなんでもないって言っていたけどやっぱり考え事……ううん、悩みがあるんでしょ?」

「私は、別に、悩みなんて……」

ベルペオルは悠二から視線を逸らした。
そんな彼女の手が離れてしまわないようにと悠二は強く握って優しく言った。

「何もなくて、そんな顔をしてため息なんてするわけないでしょ。過去に来てから数え切れないほどしてるよ。ずっとベルの傍にいる僕が気付いていないと思った?」

「…………」

ベルペオルは顔を伏せてしまって何も言わない。
悠二は顔はみえずとも、今、彼女がどんな顔をしているか位は分かっていた。

「ベル、僕が原因なの? あまり僕の方を見て喋ってくれないし……ベルを不安にさせるような事しちゃってたかな?」

自分に責があるのかもしれないと今にも謝りそうな悠二の口調に、急いで顔を上げそれを否定する。

「ち、違う、違うんだよ! 悠二は何も悪くない! 悪いのは私さ……」

ベルペオルの顔は悠二が思っていた通り、不安の色一色に染まって今にも泣き崩れそうになっていた。

「それならなおさらだよ。ベルと契約を交わしたあの日、ベルが僕を救ってくれたように今度は僕がベルの力になりたい。だから話してみて言葉に出すだけでもだいぶ違うよ」

「悠二……」

「それとも、僕じゃ力になれないのかな?」

「そ、そんなわけ……」

ベルペオルは悠二の手を強く握り返し、金色の綺麗な瞳を揺らしていた。
いまだ不安の色が抜けないベルペオルに悠二は優しく笑って続ける。

「少し寂しいけど……僕が嫌なら他の人でもいいよ。母さんでも父さんでもいい。」

すると、ベルペオルは悠二の台詞を拒む。

「嫌だよ……悠二以外の人になんて」

ベルペオルは分かっていた。
このどうしようもなく自分を不安にさせている思いから解き放ってくれる相手は悠二だけしかいないということを。
しかし、悠二から帰ってくる答え……それが怖くて二の足を踏んでいた。

「ベルの事は、自惚れかもしれないけど僕が一番知ってるつもり。だから自分の弱みを人に見せたくないってのも分かってる……けど、僕以外の人にはってことは僕には話してくれるんだよね?」

すると、ベルペオルはしばらく考えるような間を置いて覚悟決めると頷き、夜の闇の中かで震えていた唇を開いた。

「……なん、だよ」

「ん?」

最初が小さく、声がかすれていて上手く聞き取れない。

「不安でたまらないんだ……」

今度はちゃんと聞き取れた。
しかし、肝心な部分が抜けている。

「何が不安なの?」

そう『なぜ』の部分が抜けているために悠二は聞き返した。
言われたベルペオルは先程以上の覚悟を決めて喋りだす。

「悠二は……人の存在の力を己の欲求の為だけに無理矢理奪い、利用する"徒"を許せるかい?」

悠二は首を横に振る。
その悠二の動作を見たベルペオルの目には涙が溢れてきた。

「だから、だよ」

「えっ?」

「過去に飛ばされる前から心に眠っていた思いなのかもしれない……それが、今、はっきりと目覚めてしまったんだよ……」

「ベル?」

「この世界には、存在の力を奪っていた頃の……私がいる……そんな姿を見られたら……悠二はきっと私の事を……そうなったら私はいったいどうしたらいいんだい?」

ベルペオルの瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
我慢しようにも後から後から目から溢れてきて、一気に感情が高ぶり、涙とともに溜め込んだ気持ちを次々と吐き出してゆく。

「不安で、怖くて、どうにかなってしまいそうで、たまらないんだよ……いつか悠二に愛想尽かかされて見捨てられるんじゃないかって……他の"徒"やフレイムヘイズに何と言われようと……何て思われたようとも構わない……でも、悠二にだけは嫌なんだ……わ、私は悠二にだけは絶対に嫌われたくない……もっともっと悠二の傍にいたい……もっとずっと私の事を好きになってもらいたいのに……どうしたらいいか分からないんだよ……」

激しい告白に途中から呆然と聞くしかなかった悠二は大きくため息を吐いて言った。

「はぁー……まったく、もう……」

悠二はベルペオルと繋いでる方の手を引っ張り彼女の体を引き寄せ抱きしめた。
涙が流れる彼女の頬に自分の頬をぴったりと付けて、ベルペオルの心が癒えるよう優しく言った。

「僕がベルのことを嫌いになるなんて絶対にあるわけないでしょ!」

「んうぅ……本当、かい?」

悠二の顔が見えるようにベルペオルは、くっ付いていた頬を離す。
潤んだ瞳で見つめ返すベルペオルから悠二は照れくさそうに目をそらしたが、その代わりに彼女の体をどこまでも優しく離れないように強く抱きしめた。

「っ ―――― あ!」

ベルペオルからため息にも似た声にならない声が漏れる。

「僕にはベルが必要だよ。」

ベルペオルを抱いていた片方の手が彼女の背を移動して子供を安心させる親のように頭を優しく撫でる。
温かい胸に抱かれながらベルペオルは理解した。
いや、理解させられたといった方が正しいのかもしれない。
悠二が自分のことを口に出して必要だと言ってくれたのだ。

「悠二ッ!」

今度はベルペオルが悠二に手を回して抱きしめると、自分の頬を悠二の頬に強くスリスリと擦りつける。

「んん……悠二、凄く嬉しいよ。ありがとう」

「今までがそうだったように僕はベルを決して見捨てたりしないし、別にお礼を言われる事はしてないよ……それに前にも言ったでしょ。昔のベルは昔のベルだって、なんと言われようと僕はベルの傍にいるって……僕のこと信用してなかったの?」

ベルペオルは再び悠二から頬を離して顔を見つめて言う。

「そんな事ないよ。信用はしてたさ……それでも、不安で、恐怖で、心が押し潰されそうだったんだよ……今だって信用してるけど安心はしてないんだよ……もう、言葉だけじゃ嫌なんだ……あの日と同じように、悠二が全存在を私にくれた日と同じように、今度はそれを悠二から私にしておくれ」

「えっ……今するの?」

その言葉を聞いたベルペオルは少し顎を引き上目使いで悠二を見ながら言う。

「……駄目、なのかい?」

いわゆる媚を売るような物欲気な視線に負け、悠二はゴクリと生唾を飲むと答えた。

「わかった。いいよベル」

ベルペオルは金色の瞳を閉じて、薄い唇の面積を少しでも広くしようと、控えめに中央に寄せると悠二の行動を待った。
悠二はそんな彼女の潤う唇に自分のそれを重ねようと顔を近づける。
徐々にその間隔を狭めていき、二人の間にはあと数センチの距離しかない。
しかし、そこで噴水の挟んだ向こう側から声がかかる。

「待つのであります!!」

「緊急停止」

悠二は声のするほうに顔を向けると、そこには眦(まなじり)をくいっと吊り上げ、白条のリボンを一条、両手で左右に引っ張っているヴィルヘルミナが立っていた。
その両手の間でビシッと緊張するリボンは彼女の今の心情を怖いぐらいに表している。

「あまりに戻りが遅いと思い、心配をして来て見ればこのような破廉恥な行為をしていようとは……」

「泥棒猫」

ヴィルヘルミナは先程までの自分を棚に上げて言った。
そんなヴィルヘルミナにベルペオルは一瞥(いちべつ)もくれず、悠二の頬に手を添えて顔の向きを自分の方に戻すと、邪魔をされる前にとばかりに見せ付けるようにして自分の唇を悠二のそれに重ねた。

「んちゅっ、ちゅっ、んんっ、んっ、んちゅっ……」

ベルペオルの唇が悠二の唇を挟み、ついばむようにしながら、ちゅうちゅうと吸い込むようにキスをする。

「むむむ……」

ヴィルヘルミナよろめき、ベルペオルは唇をいったん離すとここで初めてチラッとヴィルヘルミナの方を見た。

「ちょっ、ちょっと……ベル……ンむ!」

解放された悠二の口はベルペオルの唇によって、再び塞がれる。

「!!」

ヴィルヘルミナからギリッと歯を食い縛るような音が聞こえた。

「ちゅぱっ、ちゅっ、んむっ、ちゅむっ、ちゅぷっ……うふふ、悠二の唇……柔らかくて美味しいよ」

悠二の唇を堪能し、キスを終えたベルペオルはいつもどおりの彼女に戻っていた。
悠二は顔を恥ずかしさから真っ赤にして意識を余所へと飛ばし、ヴィルヘルミナは肩を震わせながら言ってティアマトーもそれに続く。

「ぎ、ぎ、"逆理の裁者"! 一度ですらムカッときたのでありますが……それを、二度までも!!」

「不埒者(ふらちもの)」

ベルペオルは悠二を抱きしめたまま余裕の笑みを浮かべて言い返す。

「二度……? 何を馬鹿な事をいってるんだい……これで三度目さ」

ヴィルヘルミナの両手の間でブチッとリボンが切れた。
放心状態の悠二を抱いたままベルペオルは、クスッと勝ち誇った笑みを浮かべ、ヴィルヘルミナに向かって言う。

「別に私と悠二が何をしようと"万条の仕手"、お前には関係ないことだろう?」

「大有りであります!!」

「大問題」

二人はベルペオルの言葉を強く全面否定して続ける。

「ユウジは私のご主人様兼、旦那様で、私はユウジのメイド兼、つ、妻であります!!」

「旦那様承認」

ベルペオルのこめかみがピクッと動いた。

「何が妻だい! 寝言を言うでないよ……万に一つも無いだろうがもし仮にそうだったとしても、お前と悠二のそんな関係は私がブチ壊してやるよ。」

「そんなことさせないのであります!」

「フン! それを今から嫌と言うほど分からせてやるさ」

ベルペオルは鼻を鳴らし言って抱擁を解くと、両手を彼の両頬に移して四度目の悠二の唇を奪うべく顔を近づけようとする。

「私のユウジから離れるであります!!」

「お断りだよ。お前は黙って指でも咥えてみてるんだね……それに、悠二はお前のものじゃない! 私のものさ!!」

ベルペオルはそれだけ言って再び悠二に顔を近づけるが、それを黙ってみているヴィルヘルミナではない。
もうすでに彼女の我慢は、限界点の軽く数倍を余裕で突破していた。
千切れ二つになった白条のリボンの片方をビュッとベルペオルに向かって放った。
しかし、ベルペオルはそれを後ろに反ってたやすくかわし、鼻で笑う。

「フッ、甘いね。"万条の仕手"」

だが、ベルペオルの行動はヴィルヘルミナの思惑通りで、悠二とベルペオルの間に隙間が出来た。

「その言葉、そっくりそのまま返してやるのであります。」

ヴィルヘルミナはもう片方のリボンを出来た隙間を縫うようにして放ち、そのリボンで悠二の体を絡め取る。

「奪還」

ティアマトーの言葉とともにヴィルヘルミナは絡ませた方のリボンを引き、悠二の体を引き寄せると自分の胸元で受け止める。
そして、愛しく、大事で、尊い者を取り戻したヴィルヘルミナは彼の顔を自分の方に向けると顔を近付ける。

「お止め!!」

ヴィルヘルミナの行動に怒りあらわにしてベルペオルは言ったが、彼女は聞く耳を全く持たずその行為をやめようとしない。
だが、恥ずかしさから放心状態にあった悠二は意識を取り戻した。
悠二の視界いっぱいにはヴィルヘルミナの頬を染めた顔が広がっている。

「えっ、ヴィナ?」

ヴィルヘルミナは悠二に名前を呼ばれ動きを止めると口を開いた。

「ユウジ、今から消毒するのでしばらくじっとしているのであります。」

「しょっ、消毒ってなんの……ンむっ!!」

むしゃぶるように激しく、自分の形を教えるかのように強く、むちゅっと唇を押し付けると悠二の唇を押し割るようにして口内に舌を差し入れる。

「あむっ……んっ……んちゅ…んちゅっ、くちゅっ、ちゅぱっ……ユウジ……んちゅっ、ちゅぷ、ちゅぴっ、んっ、んんっ……」

(舌!? ヴィ、ヴィナの舌が……僕の口の中に入って……っっ!?)

悠二はヴィルヘルミナの貪欲なキスで何も考えられなくなると再び意識を手放した。
これを見たベルペオルは顔を青くして絶句している。
ヴィルヘルミナはそんな彼女を気にも留めずに続けた。
悠二の口内を洗浄するかのような勢いで自分の唾液を送っては舌でそれを悠二の奥へと流し込む。

「んふっ、んふっ、んっ……んっ……」

こうしてヴィルヘルミナは悠二を満足いくまで堪能し尽すとゆっくりと口を離し熱のこもった瞳で彼を見つめ言った。

「んっ……これからは、定期的に消毒するのであります」

「毎時間」

「…………」

これに対して悠二は何も言わない。いや、言える状態ではなかった。
とろんとした表所でうつろな目をしている悠二にはその言葉が耳に入っていない。
だが、ヴィルヘルミナは返ってくるであろう答えに期待して心臓をドキドキさせているため、そのことには全く気付いていなかった。
代わりに顔を憤怒の色に変えたベルペオルが答えを告げる。

「駄目だ、許さないよ。もう二度とさせるものか!!」

そう言ったベルペオルにヴィルヘルミナはたっぷりの皮肉を込めて彼女と同じ言葉を返す。

「"逆理の裁者"には聞いていないのであります。それに私がユウジと何をしても貴方には関係ないのでありましょう?」

この言葉がベルペオルの怒りを更に大きくした。
彼女は我慢の限界を向かえヴィルヘルミナを睨みつけると『タルタロス』を光速を遥かに凌駕する速さで振るった。
並みのフレイムヘイズや"徒"相手になら間違いなく必殺必中の威力と制度を持った攻撃だったが、ヴィルヘルミナはいともたやすく避けてしまう。
もちろん悠二を巻き込まないために攻撃の軌道を計算してベルペオルは放ったが逆にそれが仇となり、歴戦のフレイムヘイズたる彼女にとっては軌道がある程度予測できる避けやすい直線的なものになっていた。
ヴィルヘルミナも悠二を巻き込まないようにするため避けると同時に彼からいったん離れ、その彼女の体が今まであった場所を銀鎖の鎖が空を切って抜けた。
するとそれは周りにあった木々の幾つかをドゴンと凄まじい音を立てて貫き、その音で悠二は意識を取り戻す。
意識を取り戻した悠二の目の前にはどこか見覚えのある光景が広がっていた。
それもそのはず、金と桜、二色の火の粉を大気に撒いて対峙ずるベルペオルとヴィルヘルミナの姿は自分が止める前のパビリオンでの光景に非常に似ていた。
悠二は度々意識を飛ばしてしまったため状況の整理が上手く出来ておらず呆気に取られた顔で訊く。

「二人とも何でこうなってるの?」

二人は悠二の言葉に耳だけで反応して互いを見据えたまま視線だけは動かさずに全く同時に悠二に答えた。

「"万条の仕手"が悪いんだよ!」

「"逆理の裁者"が悪いであります!」

「…………」

二人揃って相手が悪いとの言葉に悠二はなんとも言えない表情で沈黙する。

「なっ!」

「むっ!」

今度は同時に相手の言葉にムッとして、また声をそろえて言う。

「人の所為にするでないよ!」

「人の所為にするなであります!」

「…………」

二人の言い分が食い違い、このままでは埒(らち)が明かないとベルペオルとヴィルヘルミナ以外の第三者に悠二は質問の切り口を変えて訊いてみた。

「ティアマトー、二人は何してるの?」

ティアマトーは短く、的確でより明確な答えを返す。

「害虫駆除」

「はい?」

悠二はその言葉の意味を全く理解できていないようで間抜けな声をあげる。
だが二人をこのままにしては非常に不味いと言う事だけは場の張り詰めた空気から真っ先に理解すると止めに入る。

「二人ともとりあえず落ち着こうよ。ね?」

そう言ってなだめる悠二に二人は声をそろえて反対の意を唱えた。

「嫌だよ。悩みの種の一つをここで消しとくのさ」

「嫌であります。邪魔者はここで消えてもらうのであります」

二人は互いに相手へと手を伸ばし特大の炎弾を放った。
金と桜の特大の炎弾がベルペオルとヴィルヘルミナの中間で接触し凄まじい爆発音が夜の静かな街に木霊する。
この二人の態度に悠二は完全にキレて怒鳴るように叫んだ。

「二人ともいい加減にして!! また僕が怪我をして止めなきゃ止まらないの!!」

「うっ……」

「む………」

悠二の怒りを感じ、痛いところを突かれた二人は反省するようにしゅんとして矛を納める。
その二人を悠二は自分の下まで来るように呼びある場所を指差した。

「二人ともこっちにきてここに座って!!」

ベルペオルとヴィルヘルミナは悠二の言葉に従い彼の元まで行って同じベンチに腰を下ろした。
二人とも悠二の顔をまともに見れずに下を向いている。

「二人ともここが過去なのを分かってる? もし歴史が狂ったりしたら現代の僕達の存在は消えてしまうかもしれないんだよ!! それなのに……」

悠二の台詞の途中であったがベルペオルは分かってるとばかりに顔を上げ彼の言葉にかぶせるようにして言った。

「そんなことは分かってるよ……だけど"万条の仕手"が……」

「ベル!!」

言い訳がましい彼女の台詞を名前を怒った風に呼ぶ事でばっさりと切り捨てた悠二は続ける。

「じゃあ仮に歴史が狂って僕とベルが会えなくなったら僕は悲しいんだけど……ベルはそれでいいんだね?」

「うううっ……」

ベルペオルは何もいえなくなって絶句してしまい顔を伏せた、ヴィルヘルミナは小さい声で呟くように言った。

「そのほうが好都合であります」

「ヴィナ!!」

ヴィルへルミナは顔を下に向けたまま肩をビクッと動かして反応する。
悠二はヴィルへルミナの呟きを逃さずにしっかりと聞き取り視線をベルペオルから彼女の方に移して続ける。

「ヴィナはそう言うけど僕がベルと契約してなければヴィナとの接点が無いよ……僕はヴィナ分かり合えたことは凄く嬉かったんだけど……ヴィナはそうじゃなかったんだね?」

「む、む、むぅ……」

今度はヴィルヘルミナまで絶句してしまった。
悠二は二人の反応に額に手を当てて深くため息をつき言った。

「二人の答えをちゃんと聞かせてくれる?」

するとベルペオルもヴィルヘルミナも恐る恐る悠二の顔を見上げて答えた。

「私は悠二に会えないなんてそんなの嫌だよ……」

「私も折角出逢えたのに……そんな風になるのは嫌であります」

二人の答えを聞いた悠二は嬉しそうに笑う。

「ありがとう。ベル、ヴィナ」

ベルペオルとヴィルヘルミナは悠二の笑顔に安堵しつつも悠二の先程までの態度に多少の不安が残っているのか同じ事を訊いてくる。

「悠二、怒ってないのかい?」

「ユウジ、もう怒っていないでありますか?」

同じ不安の色がまだ残る彼女達の手を取って笑顔を崩さないまま悠二は頷く。

「うん、怒ってないよ。だから二人とも喧嘩しないで仲良くしてね。」

そう言った悠二の言葉に二人はばつの悪そうな顔をすると口を開いた。

「わ、分かったよ。悠二のためならそれぐらい我慢してやるさ」

「むむむっ!!それは私の台詞でありますが……ユウジのためなので仕方なくでありますが仲良くしてやるのであります」

口では悠二の言葉に従い同意するも、互いにこめかみをピクッとさせ目線を合わせない二人にティアマトーが突っ込みを入れる。

「前途多難」

ティアマトーの言った通り二人の間の雲行きがまた怪しくなってきつつあった。
悠二もそのことを感じ取り二人の手を取って強引に立たせた。

「それじゃあ、早く部屋に戻って歴史が狂ってしまう前に現代に帰る方法も考えないとね……それにほら、爆発音やら僕の怒鳴り声に気付いた人たちが集まってきてるし急いで戻るよ。」

それだけ言うと悠二は彼女達の手を引きこの広場を後にした。
途中、騒ぎを聞き駆け付けた街の住人たちとすれ違い、美女二人の手を引く姿を見られ何度も好奇の視線を浴びせられるが気にしてもなんにもならないので無視する事にした。
手を引かれる側の美女二人。
ベルペオルとヴィルヘルミナの間にはまだわだかまりが残ってはいたが、この時ばかりは互いに大人しくして悠二の手を強く握り返していた。
宿に着いた後も二人はしばらく悠二の手を離さず、どちらか片方が先に離すまで自分は離さないと言い出しまた一悶着おきそうになったが悠二が同時に二人の手を離した事によって丸く収まった。
結局、ベルペオルとヴィルヘルミナが互いに打ち解け合うのは共通の敵が現れるずっと先の話である。

 


《あとがき》
第二章[癒える心]八話【揺れる心、反目する二人】できました。(。。)
読者の皆様更新遅くなってしまってすいません。私の方もリアルの諸事情で忙しくなり更新が滞ってた次第にございます。
なので長い目で見てもらえとありがたい限りでございます。
あと七話のあとがきで八話の布石とか言ってたんですけども……話が思った以上に長くなってしまって八話目にそれを入れる事が困難になってしまいました。(゜ω゜*)
まぁ、その布石の回収については絶対に書かないといけない内容ですので九話か十話あたりに書きますけどね
それはさておき、今回はラブコメパートが長すぎて……ストーリーの方があまり進んでません(´Д`;)
むしろあまりというか全くといった感じですが………
いちおうストーリーの進展については次話からです。
適度なラブコメも咥えつつ現代に戻るために大戦の裏で三人(ティアマトー含めた四人)が動き出します。
過去のフレイムヘイズや"徒"との絡みについては………まだ秘密という事にしておきましょう。
では、今回はこの辺で………次会九話のあとがきでお会いしましょう。
                                   See you ( ^ω^)/~

P.S. また次話も読んでね♪

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