先日と同じように、IS学園アリーナのピット。
そこにあかり達はいた。

「……来ないな、あかり兄のIS」

未だに来ない、あかりのISを待つために。
一夏の呟きに、その場にいた全員がうなずく。
既に相手であるセシリアは準備万端。
ところがこちらは準備どころの騒ぎではない。
千冬は腕時計と搬入口を見比べ、一定のリズムで床をつま先でたたき、箒は落ち着き無くあちらこちら。
一夏もそわそわしている。

「……いや、織斑先生はともかく、何で一夏や箒ちゃんがそこまで落ち着きが無いのさ?」
「いえ、むしろ私としてはあかりさんがそこまで落ち着いていられる事に疑問を覚えるのですが」

箒が言ったとおり、あかりは先ほどからピット備え付けのベンチに座っていた。
その様子に、慌てているなどといった雰囲気は微塵も感じられない。
体は緊張し、しかし緊張のし過ぎで筋肉が固くなりすぎていない。
呼吸も乱れておらず、戦うには最高のコンディションをキープしていた。

「何で落ち着いてるって……そりゃ慌てる必要も無いからね。貴文の事だし、あらかた『ちょっとこだわりすぎちゃった、スマヌ』とかだと思うよ」

あかりがそういうと同時に、部屋の外からあわただしい足音が近づいてきた。

「噂をすれば影、ようやく来たね」
「東堂さん! 来ました、来ましたよ! ISが!! もうちょっとでそこの搬入口から搬入されます!!」

あかりの呟きのタイミングを計ったかのように、真耶が部屋にあわただしく入ってくる。
それと同時に搬入口のほうから何かの作動音が聞こえてくる。
そして、しばらくの後、作動音が止み、搬入口の大きな扉が開いた。

「……これが、あかり兄のIS……」

そこに鎮座していたのは一見すれば打鉄である。
しかし、よく見ればその全体を群青よりなお濃い青に染めており、肩部や腰部の装甲も従来の物より小型化されている。
そして、全身の装甲もシャープな形状となっており、重厚な打鉄のイメージとは一変、鋭く、空気さえも切り裂きそうなイメージを感じさせられる。
そのISはそのような形をしていた。

「そのとぉぉぉり!! これが天・才! 桐島貴文がこだわりにこだわった一品! つか、ぶっちゃけちょっとこだわりすぎちゃった、スマヌ、ってな代物さ!」
「あれ、来てたんだ」

そして、そのISの後ろから貴文が現れる。そう、ISの後ろ、すなわち搬入されたISが収められていたコンテナの中から。
そこから登場するためには、ISと一緒にコンテナに入っていなければならない。
普通に考えて、ISと一緒のコンテナに入る意味が無いのに、貴文はわざわざこの展開のために搬入されるISと共にコンテナに入っていたのだった。
いきなりありえないところから現れた存在に、あかり以外のその場にいる全員が唖然としたが、真っ先に我に帰った千冬が声を張り上げた。

「お前はどこから出てきている、貴文!!」
「ん? おお、ちーちゃん! ちーちゃんじゃないか!! あー、んっんーっ! 『ちーちゃん久しぶりー、やっほやっほー(CV.IS開発者)』」
「ええい! 束の声まねをしなくてもいい!!」

千冬が真っ先に復帰できたのは、あかりとともに剣を習っていた当初から、あかりを通じて貴文と知り合いだった為である。
要するに慣れだ。
もっとも、一応一夏や箒とも知り合いだが、その二人と貴文はそれほど会った事が無いため、二人は未だに唖然としていたが。
ちなみに関係ない話であるが、貴文の特技の一つは声帯模写だったりする。

閑話休題

「それで、ふざけるためにコンテナで一緒に運ばれてきたわけじゃないだろうに」
「さすがあかりん、僕のことを分かってるじゃないか。なに、納期遅れちゃったからその謝罪を直接しようと思ってね。ついでにちゃちゃっと最終調整を終わらせちゃおうって思って」

ならば正面から普通に入ればいいのでは? とようやく復帰した一夏たちは思ったのだが、ここは空気を読んでその考えを口にすることは無かった。

「さ、時間もおしてるでしょ? 時間は限られてるからさっさとやっちゃおうよ」

そう言って、貴文はあかりを伴いISの元へと行く。
あかりは、これから自らの相棒となるISに触れる。
その瞬間、脳に流し込まれるさまざまな情報。そして脳裏をよぎる、自分がISを起動させた光景。

「っ! これは……」
「気がついたねあかりん。お察しの通り、そのISのコアはあの時あかりんが起動させた打鉄のコアさ。いやぁ、借りるだけだったISを譲ってもらうのはなかなか骨が折れたよ。いや、倉持はむしろ断る理由が無いって言ってたんだけど、政府のお偉方がねぇ」

その発言を聞き、あかりは実際に会ったことは無い政府のお偉方とやらに謝罪した。
あぁ、僕の親友が無理を言って申し訳ありません。

しかし、貰えるとなれば遠慮なくもらう。それがあかりの信条である。
貴文に促されるがまま、そのISに体を預ける。
すると、ISが起動し、まるであかりを迎え入れたかのように、あかりの全身を自身の装甲で包んでいく。
その様子を見届けてから、貴文は手元の空間ディスプレイを真剣な表情で見つめ、すぐ下に展開されている仮想キーボードを尋常ではない速度でタイピングしていった。

「うん、やっぱりあかりんとの相性は最高だ。そのISのコア、よほどあかりんが気に入ったみたいだね。これなら調整も予想以上に進めれそうだ」

ディスプレイを高速で流れる情報を一字一句見逃さずに、貴文はタイピングを続ける。
タイピング続けるごとに、情報が流れていくディスプレイの片隅に何本かある棒グラフが伸びて行き、一定の値まで伸びると色を赤から緑へと変えていく。
そして、すべてのグラフが緑になった時点で貴文はタイピングをやめた。

「……今の時間だったらこれが限界。出来れば一次移行(ファーストシフト)までは行かせたかったけど……こればかりは実際にあかりんの癖を学習させんないとなんとも。という訳でさぁあかりん! 宇宙の彼方ならぬアリーナの彼方へさぁ行こう!!」
「はいはい、君ガテンション高くなってどうするのさ」

貴文にそう返しながら、あかりはカタパルトへと移動する。
その最中に、武装のチェックなどを済ませる。
呼び出した武装データに表示されたのは、IS用のブレードに関するデータだけだった。
しかもそれは打鉄にも普通に搭載されている物。
見る限り、特殊な機構などは一切搭載されていない物だった。

「……ブレオン?」
「そ、ブレオン。おまけに変な機能一切無し。でも、変に遠距離武装があったり、謎機能があるよりそっちのほうがあかりんにはやりやすいと思うよ」

使える武装はブレード一本。正直言って、初心者にそのチョイスは酷なのではないだろうか?
どうやら、天才という存在は他人に試練を与えたがる物らしい。
その事に軽くため息をつき、そこではたと気づく。
そういえばこのIS、一度も名前を呼ばれていないな、と。

「なぁ貴文、このISの名前は?」
「『ナナシ』。……いや、今回は別にふざけてるつもりは無いから、そのさりげなく僕の首に伸びてきてる腕を下ろしてくれないかな? そんな立派な金属纏った腕で絞められたらいろいろ出ちゃいけない中身が出てきちゃいそうだから」

この場においても未だにふざけている貴文に、さすがのあかりも額に井桁を出現させる。
その様子を間近で見た貴文は慌ててあかりから距離をとり、なんとか怒りをなだめようとしている。

「オーケーオーケー、落ち着こうかあかりん。実際の話、そのISは名前はまだ無い、名無しのISなんだ。あくまでナナシって言うのは僕が呼んでた仮の名前さ。本当の名前はあかりんがつけるべきだと思ってね。と言うわけで、ちゃちゃっと名前付けちゃって」
「名前……ねぇ」

そう呟き、もう一度自身が纏うISを見下ろす。
元が打鉄とは思えないIS。
打ち鍛えた重厚な鉄ではなく、あらゆる物を切り裂く為に研ぎ澄まされた鉄……いわば刃を彷彿とさせる姿。

「……刃鉄(はがね)

そのイメージに基づき、思いついた名前を呟く。
自分で呟いたその名前は、驚くほどこのISにふさわしい物のように思えた。
もはや、この名前しか考えられない。

「刃に鉄で刃鉄。このISの名前は刃鉄だ」
「ふむふむ、刃に鉄で『刃鉄』……いいんじゃないかな? なんともあかりんらしい名づけ方。OK! その名称を登録しよう」

貴文がキーボードをタイピングし、その名前をコアに刻み込む。
すると、刃鉄の装甲の内から駆動音が短く響いた。
まるで、名を与えられたことを喜んでいるかのようだ。
ISコアには意思のようなものがある。そう言われるのも納得できる。

そして、最後に貴文がキーボードのエンターキーを叩く事で、この場で出来る準備はすべて終わった。

「あかりん、とにかくあかりんの動きをISに学習させるんだ! そうすればよりあかりんに適した形に一次移行できると思う!!」
「了解!!」

貴文の助言にそう答え、あかりはカタパルトの上で腰を低くする。
そして、シグナルによるカウントダウンが開始され、シグナルの三つのランプが赤から緑に変わった瞬間。
刃鉄を纏ったあかりは空中へと射出されていった。


※ ※ ※


「随分待たせちゃったね。ごめん」
「いえ、かまいませんわ」

セシリアの言葉を聞き、あかりは唯一の武装であるブレードを展開。
展開速度は、やはり初心者ということもあってか遅い。
しかし、しっかりと集中しブレードを呼び出した。

「それじゃ、始めようか」
「ええ、見たところ一次移行はまだのようですが……負けてもそれを理由になさらないでくださいませ」
「当然」

言葉を交わし終えた二人は、それぞれの得物を構える。
そして、試合開始のブザーが大音量でアリーナに響き渡った。



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