IS学園の保健室。
その部屋に設置されているベッドの内の二つに、一夏とあかりは横になっていた。
もっとも、一夏の方はアリーナで意識を失ってから未だに意識が戻っていないが。

「いくらシールドや絶対防御があるからと言って、むちゃくちゃしますわね、あかりさんは」
「ははは……面目ない」

あかりの方はと言えば、一時気を失っていたが今では意識も戻りこうしてセシリアに説教をされている真っ最中だった。
いくら自分達を助けるためとは言え、これでもし死んでしまったなどとなればやり切れないと言う物だ。
今回は損傷ゆえに威力は本来の物より弱まっていたため、こうしてあかりは軽症ですんだが、一歩間違えばどうなっていたことか。
アリーナのバリアを貫通するほどの威力だ、いくら絶対防御があろうと無事で済む可能性は限りなく0に近かった。

「後で織斑先生からもお説教が来ると思いますが……『自業自得だから心しておけ』との事です」
「はぁ、これは説教一時間コースは軽いなぁ……」

いずれ説教ついでに見舞いに来るであろう妹弟子の様子を想像してあかりはため息を付く。
もっとも、完全に自業自得なので、あかりは説教される事その物に文句は無い。
言ってしまえばこれはあかりの癖のようなものである。

「わたくしも心配したのですよ? ……自分のせいで死なせてしまったらと思うと……」

セシリアはあかりが身を挺して自分と鈴音を守ったとき、嬉しさと同時に恐怖を感じたのだ。
あかりも自身の両親のように、突然目の前から永遠に去っていってしまうのではないのか、と。
もう自分に近しい存在が、自分とかかわった存在が目の前から消えて欲しくない。
セシリアは自分に近しい存在が去ってしまうことにこれ以上ないほどの恐怖を感じるようになっていた。
そしてそれ以上に、セシリアは恐怖している。
あのような危険に、何のためらいも無く身を投じるあかりの生き方その物に。

「……ごめん、セシリア」

泣きそうな顔から、既に涙を流し始めたセシリアに対し、あかりはただ謝る事しか出来ない。
あの瞬間はこれが最善と思ってああいう行動を取ったが、よく考えれば他にも手段があったのではないかと今では思ってしまう。
たとえ、あれ以外に最善の手段が無かったのだとしても、もしかしたら、とあかりは悩む。
しかしかつての事についてもしかしたらと考えたこところで既に過ぎ去った過去。
いまさらあのときの行動をより最善の行動に変えるなどということは出来るはずがない。
結局、あかりは涙を流すセシリアの頭を撫で、謝罪することしか出来なかった。

そして、セシリアがある程度落ち着いた所であかりがふと思いついたかのようにセシリアに尋ねる。

「……そういえば、他の皆はどうなったんだ? 僕の記憶ではあのISを一夏が叩き切ったところまでは覚えてるんだけど……その後はどうなったんだ?」
「織斑さんなら隣のベッドでまだ寝ていると思いますわ。それを鳳さんがお見舞いをしていましたわね」

そう言ってセシリアは先ほどまで流していた涙を払いながら、自身の後ろのほうへと顔を向ける。
ベッドとベッドの間はカーテンでさえぎられているため向こう側は見えないが、セシリアの行動からカーテンの向こう側に一夏が眠っているベッドがあるのだろう。
しかし、あかりはふと疑問に思う。
なぜ一夏も眠っているのだろうか? それも自分より長く。

「一夏さん、わたくし達が援護した直後に行った瞬間加速の際に最大出力の龍砲を当てて無茶な加速をしていたらしいのです。ある意味あかりさんよりもボロボロですわね」
「……ああ、そういえば……」

セシリアに言われ、そういえばそんな無茶をしていたなと思い出すあかり。
どうやら、あかりは自身が思っているよりも頭の回転が鈍ってしまっているようだ。
その事にセシリアも気が付いたらしく、あかりの肩をそっと押しながら、あかりの上半身をベッドに倒した。

「まだ本調子ではないのですから、今日はまだ休んでいたほうがよろしいですわ」
「んー、そう……だね。そうしておくよ」
『なっ! なんで今このタイミングで意識戻すわけ!?』
『んな理不尽な事で怒ってんじゃねぇよ!!』
「……隣がちょっと騒がしいけどね」
「ここをどこだと思っていやがりますか、あの二人は……」

その後も、一夏の所へ箒がやって来たことにより騒ぎはエスカレート。
ついにセシリアが三人に対し説教を開始するまでに至った。


※ ※ ※


IS学園アリーナの地下に作られたとある施設。
千冬の姿はそこにあった。
その手には何故か握りつぶされて無残な姿となった携帯電話があり、それどころか粉々になったそれをさらに握りつぶさんと言わんばかりに拳は握られている。
既に粉々になったそれはそのせいでさらに原型を留めなくなっていく。
そんな千冬は、やがて一つの扉の前にたどり着く。
扉の脇に設置されているカードリーダーに職員用IDカードを通し、さらにパスワードを入力する。
それにより電子音が鳴り、カードリーダーに備えられているランプが赤から緑へとその色を変えた。

「山田先生、調査の方はどうですか?」
「あ、織斑先生。そうですね、あのISが無人で動いていた事と使用されていたコアがナンバリングされていない未登録の物だという程度しか……あ、それとここなんですが……」

そういうと真耶は手元のキーボードを操作し、部屋に備えられている大きなモニターに一枚の画像を表示させる。

「この無人ISなんですが、この部分……人間で言えば首の後ろが破壊されてました。まるでレーザーで打ち抜かれたかのように。オルコットさんが撃ったのは右腕ですし、あの場でこのISと戦った人の中でセシリアさんしかレーザー兵器を使用していません。つまりこれは……」
「こいつが侵入してきた際には既に破壊されていた……ということか」
「そういうことです。」

真耶の報告に、千冬は納得したように頷く。

「ふむ、やはりか……まったく、あいつも厄介ごとをよこしてくれる」
「織斑先生?」

自分にしか聞こえないように何かを呟いた千冬に、真耶が疑問の声を投げかける。
それに対し、千冬はなんでもないと答え、真耶も見ている調査結果が示されたモニターを見る。
しかし、千冬の脳内は先ほど携帯電話で話した相手の話を思い出していた。


※ ※ ※


「…………」
『や、やっほーちーちゃん。今日もご機嫌麗しゅう』
「まったく持って麗しくないがな。単刀直入に聞く。今日のアレはお前の差し金か? 束」

千冬に束と呼ばれた電話の相手は、千冬のその言葉を聞いてしばらく黙った後、やがて口を開いた。

『んー、そうだったらどれだけ良かったんだろね? はっきり言うと今回は束さんも予想外なんだよ』
「ほう、しかし無人で動くISなど貴様しか作れまい? それでも予想外だったと?」
『そう。私は別にアリーナに特攻させる気なんかサラサラなかったんだよね〜』

現在、千冬が電話越しに話している相手は、ISの産みの親にして大天才。
一部からは大天災と呼ばれている科学者、篠ノ之 束である。
その束は千冬の不機嫌さなど知らないといわんばかりに言葉を続ける。

『確かにあのゴーレムは束さんの作品だよ? でも別に束さんはあれでいっくんを襲うつもりなんて毛頭無かったんだよ』
「では何故あのような物を作った? あれは明らかに誰かと戦うための武装が施されていたぞ」

千冬の言うとおりである。
後の調査で分かったのだが、あのISにはアリーナっで見せた腕や頭部のビーム兵器やの他にも多数の兵器が搭載されえており、その事からもあれが戦闘を主眼に置いた物だという事は明らかだ。
しかし、当の製作者はあれで誰かを襲う気は無かったと言っている。
それはいったいどういう事なのか?

『いやね、実は私もいっくんの晴れ舞台みたいなぁって思ってたんだけど、残念ながら束さんは世界中から狙われてる立場でしょ? 下手にIS学園に行ってつかまっちゃったらやだなーって思ってたらふと思いついたのさ! そう! 自分でいけないなら誰かを代わりに行かせればいいじゃないって! そう思って作ったのがあのゴーレムだよ』
「それが何故あのような過剰な武装になる」
『だって、IS学園の空飛んでたらIS学園の人に落とされちゃうかもしれないじゃん。ちーちゃんもいるし。ゴーレムはいっくんの晴れ舞台を私の研究室に中継する義務があるから、簡単に落とされないようにしたんだよー。でも、そうやっていっくんの事見てたら誰かにゴーレムの制御回路の部分だけ壊されちゃって、あとはずどーんって。映像はきっちり送ってきてたから、本当に制御回路の部分だけを正確に壊されちゃったんだねぇ』
「……頭が痛くなってきた」

千冬は束あまりの言葉に頭を抱える。
しかし、今の束言葉には聞き捨てなら無い言葉があることに気が付き、千冬はそのことを束に問う。

「待て、今『誰かに制御回路を破壊された』と言ったな?」
『へ? うん、そうだけど。だってその犯人は見てないけど、完全無欠な束さんの作品だよ? 勝手に壊れるなんて事あるわけ無いじゃん。だったら普通に考えて誰かが壊したってしか考えられないよ』

一部首をひねりたくなる言葉があったように思えた千冬だが、少なくとも束が開発した物がそう簡単に壊れるようなものじゃないということだけは事実であったため、あえて聞き流す。
もし束の話が本当であれば、何者かがIS学園へ攻撃を仕掛ける意図があり、そのような事をしたということになる。
その狙いは分からないが、そうであるのなら放っておける案件ではなくなってしまう。
ただでさえ現在のIS学園には男性操縦者という存在がおり、非常に神経質な状態なのだ。
そこまで考え、千冬は思い至る。
まさか、狙いは……

「その何者かは、もしや一夏を……?」

いや、それだけでは無い。
もしかするならばあかりも……IS学園に所属している男性操縦者を狙っているのでは……?

『そうかもしれないね。 でもいっくんだけが狙われるなんてありえない。あかりんも大々的にその存在は報道されてるから、たぶんどっちも狙われてる』

千冬の呟きを耳ざとく聞いた束は、いつものふざけた口調を潜めさせ、そう言い放つ。
千冬はとりあえず製作者にゴーレムと呼ばれている件のISの調査結果を聞きに行くために電話を切ろうとし、そこではたと思いついたかのような表情をし、再び電話に向かって声を発する。

「今回の件はよく分かった。仕方が無いからそのゴーレムとやらが此方に攻撃を仕掛けてきた事については不問にしてやる」
『よっ! さっすがちーちゃん! 懐が広いね!!』
「ただし……」

そこまで言った千冬が笑みを浮かべる。
それは非常に獰猛な笑みで、生徒や他の職員には見せられない物だった。

「そのゴーレムのせいで私の兄弟子が負傷してな……それについては今度会ったときにきっちりと落とし前をつけてもらうことにしよう」
『……はぇ?』

その言葉を聞いた束は、最初ほうけた声を出し、そして慌てたようにガチャガチャと何かを……おそらくキーボードを打つような音をしばらく響かせた後、若干震える声でこう言った。

『ち、ちーちゃん! 送られてきて保存してた映像ではあかりんの姿は欠片も無かったんですが!!』
「ああ、一夏に一旦叩き切られた後にそいつは再起動してな、その際に放った攻撃からある生徒二人をかばって負傷したんだ。そういうわけだ。自分の兵器に対する監督不届きを嘆くんだな。ではな」
『待って! ちーちゃんま……』

束の言葉を最後まで聞くことも無く、千冬は今までこらえていた怒り故か物理的に電話を切った。
携帯を握りつぶしたのである。
一瞬しまったというような表情をしたが、その表情もすぐに引っ込め、千冬は真耶の下へと向かった。


※ ※ ※


電話でのやり取りを思い出し、苦い顔になった千冬を真耶がなんともいえない表情で見つめる。
その事に気が付いた千冬は咳払いを一つすると、再びモニターへ意識を集中させた。
千冬が束とのやり取りを回想している間も調査は進んでいたのだが、やはり先ほど報告された以上の事は分かっていないようだ。
まさに、回想前に千冬が言った厄介ごとの押し付けである。

「はぁ……山田先生、もうしばらく調査をお願いします」
「分かりました。織斑先生は……織斑君のお見舞いに?」
「……まぁ、あんなのでも私の弟なのでな。ついでに東堂に説教でもしてくるさ」

そういいながら去っていく千冬の背中を見送り、真耶は再びモニターに向き直る。
いつもだったら先ほど見舞い云々の場面でやはり弟さんが心配〜等と言う事を言おうと思ったのだが、それはやめておいた。
以前言ったように、それを口にして痛い目を見るのは結局自分なのだから。
真耶はかつて同僚の教師がそうやって千冬をからかった際の惨事を思い出し、身震いする。
あれは駄目だ。あれを見るのはもうごめんこうむりたい。
ましてや自分があれを受けるなどとは想像もしたくない。
真耶の心は、ただそれ一心だった。


※ ※ ※


「ちーちゃんって乱暴なんだからーもう。でも、怒りたくなる気持ちも分からなくもないけどね〜♪」

そう言いながら束は手元のキーボードをたたき始める。
その速度は尋常ではなく、キーを打っているはずの指の先が見えないほどだ。

「いや〜、私の作品壊しちゃうのも許せないけど、何よりそれを使っていっくんやあかりんを襲わせたって言うのはさすがの束さんも許しがたいかな〜?」

そう誰にでもなく呟きながら束は思い出す。
自分が始めて興味を持ったまったくの赤の他人を。
自分のように頭脳面で天才だったわけでもない、家族だったわけでもない、自分が幼かったころからの親友だったわけでもない、しかし自分の興味を引いて止まない存在。
束には理解できないその生き方に、束は興味を抱いた。
なぜならその生き方は、一般的な人間からすれば歪んでいるとしか言いようが無いものだったからだ。
おそらく、自分はその歪みに惹かれたのだろうと、束は推測する。

しかし先ほど親友が言っていた「生徒をかばった」という言葉。
相変わらず彼は興味深い生き方をしている。
束はその言葉を聞いて何故か嬉しさを感じていた。

−−あぁ、あの人は私が興味を持ったあの人からまったく代わっていないな。

「うんうん、やっぱり変わってないな〜。『他人を守る事を優先しすぎる』って言うところは」

それは、自分がよければ万事問題なしな自分とは対照的な生き方だった。
そしてそれが善意などと言うものが無く、そうすべき事が当たり前だと言わんばかりにやってのける。
善意などと言うものは、所詮下心だ。
他人にかけた情けが、めぐりめぐって自分の下へ返ってくる事を望んでいるという、一見下心に見えない下心だ。
もっとも、それを親友に言ったところ「穿った見方をしすぎだ馬鹿者が」と言われ、理解は示してもらえなかったが。

あかりは、そのような物を抱かず、故に何の見返りも求めない。
はっきり言って異常と呼べた。
自分以外を顧みないという異常を抱えた自分と、自分を顧みないあかり。
方向性は違えど同じ歪んだ人間同士だった。

「……ま、ど〜でもいっか。それより……責任って大事だと束さんは思うんだよねぇ……」

−−……私の世界に存在するものに手を出した責任……取ってもらうからね?

束のタイピング速度が、彼女の心のうちを表すかのようにさらに加速していった。


※ ※ ※


あるビジネスホテルの一室にその人物は居た。

「……はぁ、こんなの絶対無理だよ……」

その人物は目の前のベッドに広げられた荷物を見て、そう愚痴を零す。

「でも、私は……ううん、僕は断れないんだよね……悔しいけど」

広げられた荷物のうち一つを手に取り、その人物は悲しげに目を伏せてそう呟く。
しばらくその手に取った物を見つめた後、その人物はそれを放り投げる。
もう見るのもうんざりだと言わんばかりに。
それを投げた張本人は、投げた物にはもはや目もくれず、シャワールームへと足を運んでいた。

放り投げられた物、それはとある書類。
その書類にはこう書かれていた。

--シャルル・デュノア 性別:男、と。



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