あかりとシャルルがグラウンドに到着していると、既に他の生徒はきっちりとグラウンドで整列していた。
予想はしていたが、やはり女子に追い掛け回された事が大きなタイムロスだったようだ。
ちなみに一夏は今だグラウンドに姿を見せていない。まだISスーツを着るのに手間取っているのだろうか。
「あ、チャイム」
「一夏は間に合わなかったか……」
二人が一組の集団に入った次の瞬間に無情に始業のチャイムが鳴り響く。
念のため更衣室の方を見るが一夏の姿は影も形も見えやしない。
完全な遅刻だった。
前を見ると、千冬がその手に持った出席簿を素振りしている様子が見える。
最早出席簿を生徒に叩き落す事が楽しくなってきてるんじゃないかとわずかに疑問を覚えたあかりだった。
当然、暫くの後にやってきた一夏は千冬の出席簿での一撃を叩き込まれた。
いつもよりきれいな音が響いたとは、一組の面々による評価である。
「さて、今まで生徒諸君は専用機持ちの動きを見て学んでもらうと言う事を主にしていた。仮にISを動かせたとしても、それは生徒の内極少数名だったはずだ」
未だにその場で頭を抱えてうずくまっている一夏をよそに発せられた千冬の言葉に、専用機持ち以外の生徒が大いに頷く。
千冬の言うとおり、今までグラウンドでの演習と銘打った授業は何回かあるが、そのほとんどが、一組ではあかりや一夏、セシリア、二組では鈴音と言う専用機持ちの動きを見学しているという、演習とも呼べないものだった。
たまに演習らしく、打鉄やラファール・リヴァイブを動かせた事もあったが、それは極まれにであり、しかも動かせるのはクラスの中で2〜3人のみ。ISを動かす権利を得るために、生徒たちは血を血で洗うと表現するのが正しいであろう激しい戦いを繰り広げたのだった。
いや、決めるため行っていたのがじゃんけんだったのだが、果たしてあれをじゃんけんと呼んでいいものか。
少なくとも幼い子どもには真似させてはいけないという具合だった事は確かだ。
そして、そうまでしてISを動かす権利を獲得できたとしても、動かせる時間は極わずか。
だいたい10分かそこらである。
生徒として、学園が保有しているISの数に限りがあり、使いたいときに使えないという事は重々承知。
しかしIS学園に通っているからにはもっとISを動かしたい!
生徒達の不満は最早限界にまで達しようとしていた。
「ああ、お前達の考えている事はよく分かる。いい加減ISを動かしたいだろう。そこでだ、今日は最初に専用機持ちの模擬戦を見てもらったあとは……好きなだけISと戯れるといい。全員に一つのISと言うわけには行かないが、何とか6機は確保した」
千冬の言葉に生徒が唾を飲み込む。
その際の音がやけに大きくグラウンドに響いた。
数十人の唾を飲む音が重なったのだから、これも当然か。
「交代しつつ動かせば十分に全員がISを動かせるだろう。さぁ喜べ生徒諸君」
千冬のその言葉を皮切りに、生徒達の歓声がはじけた。
純粋にISを動かせる事が嬉しい生徒あり、織斑君と空飛びたいなーと下心を露にする生徒あり、動かしてる最中にわざと失敗すれば東堂さんが助けてくれるかなーなどと真面目に授業やれと物申したくなる生徒あり、生徒達の心はさまざまだ。
そんな生徒達を一通り見渡した千冬は、手をたたき自身を注目させる。
「そろそろ静かにしてもらおうか。言っただろう? 最初に模擬戦を見てもらうと。そうだな……オルコット、鳳、お前達にやってもらおうか」
全員が千冬に注目する中、千冬が二人の専用機持ちを呼び出す。
呼ばれた二人は生徒の間を通り、千冬の前に赴く。
しかし、その二人の表情は対照的だった。
セシリアは別にかまわないという表情だったが、鈴音はいかにも不満そうな表情をしている。
どうやらめんどくさいらしい。それを口に出したら出席簿が飛んでくるため口には出していないが、表情がそう語っている。
さすがの様子に千冬も眉をしかめる。
−−これは出席簿をくれてやるべきか……?
千冬がそう思い、出席簿を持った右手を上げようとしたときだった。
「まぁまぁ、そう言う顔をなさらなくても。ここで模擬戦に勝てば、織斑さんにいいところが見せられるのではなくて?」
「ま! 見せ付けてやろうじゃないの、私の実力って奴をね!!」
セシリアの言葉を聞いたり鈴音の反応は劇的だった。
さっきまでのお前は何処にいったといわんばかりの変わり身。
やる気十分、誰でもかかって来いや! と言わんばかりである。
それを微笑みながら見つめるセシリアは、やがて千冬の方を見やる。
(ほう、こいつの扱い方が手馴れてきたな)
(ええ、いい意味で単純ですし、鳳さんは)
果たして、そのような意思の疎通があったかは定かではないが、暫く二人は見つめあい、やがて頷きあう。
なお二人が通じ合った際、鈴音の背筋になにやら寒気が走ったらしいのだが、原因は一切不明だ。
「……まぁいっか。それで誰とやればいいんですか? セシリアと?」
「わたくしはそれでも構いませんけど」
「慌てるな、相手はきちんと決めてある。そろそろ来る頃だ」
そういいながら空を見上げる千冬。
セシリアや鈴音だけでなく、生徒全員が千冬が見上げた方向を見る。
そこにはただ空が広がっているだけ……ではなかった。
「……? なんか黒い点みたいな……なんだあれ」
「あれは……山田先生?」
ようやく痛みから復帰し、あかりの近くに立っていた一夏が青い空の中で黒い色を持つ何かを見つける。
それを聞いたあかりは例の如く脅威の視力でその黒い物の正体を言った。
そしてあかりの答えが正しいと証明するかのように真耶がまっすぐ生徒が並んでいる場所へと向かってくる。
しかし、その様子がどうにもおかしい。
やけに手足をばたばたとさせ、焦っているようにも見える。
だんだん地上に接近して来ているため、やがて彼女の表情も見えるようになっているのだが……泣いている。
生徒の誰もが嫌な予感を禁じえない。
そして次の瞬間、嫌な予感は確信へと変わった。
「すみません! 危ないですからどいてください〜!!」
真耶が泣きながらそう叫ぶ。
その叫びを聞いた生徒達はすぐさまその場から避難する。
しかし、いきなりの事態で慌てふためいている一夏とシャルル、そして慌てた風も無く真耶が迫ってくる様を見ているあかりの男三人が見事にその場にとどまっている。
そして、真耶はまるで吸い込まれるかのようにあかり達に激突。
激突の際の衝撃で砂埃が舞い上がり、四人の姿を覆い隠してしまったが、ISを展開していない三人はさぞ惨たらしい姿に変貌しているだろう。
誰もがそう予想した。
「織斑! 東堂! デュノア! 無事か!?」
さすがの千冬もこれには慌て、砂埃の中へと声をかける。
しかし、返事はない。
これはもしかしてもしかすると、本当に駄目かもしれない。
誰もがそう思ったときだった。
「……げほっ、うえぇ、ちょっと口に砂入った……ああ、大丈夫ですよ先生」
砂埃の中から声が聞こえると同時に砂埃がようやく晴れる。
砂埃が晴れた先には、口に砂が入ったためか未だに咳き込んでいる一夏とシャルル。
そして何故か真耶を横抱きしている、ISを展開しているあかりがいた。
「大丈夫ですか? 山田先生」
「……は、はひ! 大丈夫でひゅ!!?」
暫く呆然としていたが、あかりの声で正気に返り、今自分がどのような状況下にあるかを自覚したとたん、真耶の顔が真っ赤に染まる。
とりあえず自分は大丈夫だという事をあかりに伝え、腕からおろしてもらう。
そしてそんな真耶を睨む影が一人。
「山田先生、あなたは何をしていらっしゃるので?」
「ぴぃ!?」
千冬がすっかり冷め切った目で真耶を睨む。
失敗を犯したくせに反省の色が見えなかったから千冬のこの行動も仕方ない事だ。
あまりの恐ろしさに真耶は最早泣くしかない。
「はぁ……まぁいい。さてオルコット、鳳。お前の対戦相手は山田先生だ」
「え、山田先生が?」
「つまり……2対1と言う事ですか。こういう言葉を言いたくはないのですが、大丈夫ですか?」
セシリアの言葉ももっともだ。
つい今しがた大きな失態を犯している彼女と2対1で戦えといわれても、正直言って負けるという光景が予想できない。
しかし、そんなセシリア達を千冬は鼻で笑う。
「はっ、そう言っていられるのも今のうちだ。彼女はかつてモンド・グロッソ射撃部門の日本代表候補生、生半可な腕ではないぞ。おそらくお前らでは勝てないだろうよ」
「やめてくださいよ、そんな昔の事を。それに結局候補どまりだったんですし」
候補になったという事でも十分すごい事なのだが、真耶はそれをなんでもないという風に言ってのける。
普段はおどおどとして頼りないと言う風な彼女だが、案外肝は据わっているらしい。
しかし、自分が負けると面と向かって言われた鈴音は当然機嫌を悪くし、さすがのセシリアもその発言は捨て置けなかったらしい。
二人は最早やる気十分。
既にISを展開し、空で真耶を待つ態勢に入っていた。
それを見て、真耶も空へと上がる。
その顔に浮かぶのは、普段の彼女とは違い、凛とした表情。
迷いも恐れも何もなく、ただまっすぐにセシリア達を見据えている。
「お前達も見ていろ。専用機を持つ者が絶対の強者ではないという事を、数で勝っているから勝てるわけではないということを」
空を見上げる生徒達にそう諭すように言った千冬は、手元の拡声器で空にいる三人に合図を送った。
「それでは、はじめろ!」
※ ※ ※
真耶対セシリア、鈴音の戦いは、当初生徒達が予想していた物とはまるで正反対の光景を見せていた。
セシリアと鈴音の二人から放たれる攻撃を避け、無理なら手に持ったアサルトライフルで迎撃、それも無理ならいっそ自ら当たりに行く。
しかも、当たりに行くと入っても被害が極小規模で済むように当たりに行くという、もはや相手の攻撃を見切っているとしか言いようがない芸当まで見せ付けている。
「さて東堂、何故あの時避けなかった? 一夏やデュノアと違い、あの時お前は慌ててなどいなかったはずだ」
しかし、生徒達がそんな光景に目を奪われている中、千冬はその模擬戦の様子を見ながらも、しかしあかりの隣に位置しあかりにそう問いかける。
それに対しあかりは暫く悩んだ後、言いにくそうにしながらも口を開いた。
「あれは……いや、山田先生には失礼かもしれないんですけど……自分が何処まで成長したかを確かめたくて」
「成長を確かめる?」
千冬の言葉に頷くと、あかりは模擬戦の様子から目を放さずに言葉を続ける。
「以前の自分だったらたぶん間に合わなかっただろうけど……練習しましたし、以前言っていた一秒以内には展開できるようにはなったということは証明できたと思うんですが?」
あかりの言葉に、千冬は驚いたように模擬戦の様子から目を離し、あかりにを見やる。
確かに千冬は以前の授業において『一秒以内に展開できるようにしておけ』と言う旨の言葉を言ったのだが、それは一夏にであったし、そもそもあれは本当に一秒以内に展開できるようになれという意味よりは、達成する事が到底無理な難題を吹っかけて発破をかけようという意味のほうが大きかったのだ。
しかし、その言葉を言った千冬本人でさえも半ば忘れていたその言葉を、あかりはしっかりと覚えており、しかも馬鹿正直にその言葉通りの事を出来るようにしたのだ。
今回、あえて落下してくる真耶から逃げなかったのは、極限状態でも練習時と同じような展開速度を維持できるかと言う、いわば実験的な意味があった。
つまりこう言ってしまうのは真耶に失礼なのだが、彼女は降って沸いてきたちょうどいい実験台だったという事だ。
これにはさすがの千冬も絶句。
暫く唖然としたように言葉をなくし、やがて肩を震わせうつむく。
暫くの後顔を上げた千冬が浮かべていた表情は……笑みだった。
「……お前も中々にひどい事をするじゃないか。山田先生が聞いていたら泣いていたぞ?」
「まぁ、8割ぐらいは素で助けないとって思ってたという事で許してもらおうかと」
「くくっ、まったく、山田先生も災難なことだ」
笑いながら彼女は再び空を見上げる。
するとそこには、一箇所にまとめられ身動きが取れないセシリア達に真耶が何かを投げつける光景が。
セシリア達に投げつけられたそれ……グレネードは寸分たがわず二人がいる地点へと向かっていき、そして爆炎が花開いた。
グレネードの直撃をもらった二人はそのまま墜落。
模擬戦は真耶の勝利と言う結果で幕を下ろした。
試合開始の合図からおよそ7〜8分の出来事である。
※ ※ ※
「うぎぎ、何であんたの攻撃面白いようにみきられてるかなぁ!?」
「申し訳ありません、鳳さん。うぅ、だいぶマシになったと思っていたのですが、やはりまだ慢心は抜け切りませんか……」
ISに備え付けられている身体保護機能により怪我は無かったものの、悔しさからあれこれうめいている二人を見下ろしながら、千冬が見学していた生徒達に向かって口を開く。
「諸君らもこれで教員の実力は分かってもらえただろう。これからはきちんと敬うように。さて、二人ともさっさと立て。お前らにはまだやってもらう事があるのだからな。他の専用機持ちもだ、さっさとこちらに来い」
千冬に呼ばれ、一組と二組の専用機持ちが千冬の前に集まる。
その人数は6人。
「さて、お前らにはグループの監督役になってもらう。お前ら以外の生徒を6グループに分け、それぞれのグループに一人ついて指導などを行え。いいな?」
「それと、用意できたISは打鉄とラファール・リヴァイヴがそれぞれ3機ずつです。どのISを使うかはグループの人としっかり相談してくださいね?」
千冬と真耶の声に、生徒達がそれぞれ思い思いに動き出す。
その結果、あかり、一夏、シャルルの下に多くの生徒が集まるという結果になった。
ある程度こうなる事は予想していたのだろう。
千冬はため息を一つつくと拡声器を用いて叫ぶ。
「お前らはふざけているのか!? 出席番号順に割り振られるに決まっているだろうが!!」
その千冬の言葉に、運よくあかりや一夏などの男三人のグループになれた生徒はガッツポーズを隠そうともせず、泣く泣く別の専用機持ちのグループに入る事になった生徒は落胆を隠せない。
こうして生徒全員に専用機持ちが割り当てられたのだが、その中でラウラに割り当てられたグループの空気が周りと比べて明らかに重い。
ラウラは鉄面皮を崩さず、ラウラの放つ威圧感とでも言うのだろうか? それにより生徒達も威圧され、そのグループの周りだけが別空間の様でもあった。
そんな様子を見ていた周りの生徒たちは、ラウラに割り当てられた生徒達を哀れみながらも、自分が割り当てられなくて良かったよ胸をなでおろしたのだった。
あかりもそんなラウラのグループの様子を見ていたが、他のグループを見てばかりでは授業にならない。
手をたたき、自身を注目させる。
「はいはい、とにかく今は授業を始めよう。さて、まずは打鉄とラファール、どっちがいいかを決めようか」
「はいはい! 私は打鉄がいいでーす!」
「おなじくー!」
「いぎな〜し」
あかりの言葉に生徒たちは満場一致で打鉄を選択する。
別に彼女達に深い理由はない。
ただあかりの専用機、刃鉄に似ているから打鉄がいいという程度の理由である。
あかりもそのことに気がついていたが、打鉄にあかり用のカスタムを施したのが刃鉄。
扱い方は大体同じであろう事は想像がつくし、そのほうが自身も教えやすいだろうという判断で他の生徒の意見に従い打鉄を選ぶ。
「それじゃあ、出席番号順に打鉄を装着して、とりあえず歩行訓練をしようか」
あかりの言葉に、グループ内で出席番号が一番早い女子が前に出てくる。
しかし、いざ打鉄を前にしてしり込みをしているのか、一定距離以上打鉄に近づこうとはしない。
「……いや、別に触っても食べられたりとかしないからね? 後がつっかえてるから早く早く」
「は、はひっ……」
あかりに手を引かれ、その生徒が打鉄に近づく。
「装着するときは背中からもたれかかるように……そう、そのまま背中を預けるんだ。はい、装着完了」
「お、おぉ……なんかよく分からないけどこりゃすごいわ」
触れる前まではややしり込みしていた彼女も、いざ本格的に触れたところISに対する恐怖や不安などが吹き飛んだようだ。
その様子を微笑み混じりで見つめるあかりは、そのままその生徒にISを身に着けたままの歩行をさせる。
最初は慣れないISをつけたままの歩行に足元がおぼつかない様子であったが、やがて慣れてきたのか足取りもしっかりとしたものになっていた。
「……はいそこまで! 次の人に交代して!」
あかりの声に、打鉄を身に着けていた生徒が打鉄を解除し、降りてくる。
こうしてあかりのグループは特に大きな問題ごとも起きずにその日の授業を終えることが出来た。
ちなみに、自分のグループでの指導が予想外にスムーズに行き、時間が余ってしまったあかりは、千冬からのヘルプでラウラのグループの生徒の指導もすることになり、ラウラのグループに割り当てられた生徒はまさに、地獄に仏といわんばかりの表情であかりを見つめていたという。
当然、その間ラウラはあかりの事をじっと睨みつけていた。
あとがき
言い忘れてましたが、十八話からがにじファンに投稿できなかった部分なんですよね。
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