その光景からバゼットは目が離せなかった。
それを見たのは偶然……残り少なくなった悪魔の群れだが、それでも警戒して辺りを見回し……それを見たのだ。
それは弓に剣をつがえる士郎の姿。それはどことなく洗練されていて……どこか、ランサーを彷彿とさせる。
バゼットがランサー……クー・フーリンを召喚したのは、ある意味憧れからだった。
神話を読んで、彼に憧れ……だから、ある理由で聖杯戦争に関わることになった時、彼を召喚しようと思った。
彼を召喚出来た時は本当に嬉しかった。性格は自分とは正反対であり、困らせられたこともあったが……
それでも彼とは良いコンビだと思っていた。自分がランサーの忠告を聞いていれば――
言峰とは知らぬ仲ではなし、色々とあったことで信頼もしていた。それがいけなかった。
そのせいでランサーの忠告を受け流し……結果として、自分は左腕とランサーを失ったのだから……
それを晴らすかのように戦っていたが……どうしても晴れない。逆にふがいなさで惨めになってくる。
そんな時に今の士郎の姿はバゼットには眩しくて……
「私は……どうするべきなのでしょうか……」
胸が痛むような気がした。
一方でイリヤもそんな士郎の姿を見ていたが……
「シロウ……」
その表情はどこか物悲しげなものを感じさせる。
今の士郎はイリヤにはとても不安に感じたのだ。それは凜や桜も同じであった。
どこか危うくて……触れると簡単に壊れてしまいそうなくらいに繊細で……
だから、どうにかしなければならないと思ってしまうのだが……自分に残された時間が無いことに、イリヤは悔やんでいたのだった。
なぜなら、自分は聖杯なのだから――
『警告。これ以上の魔力注入は戦闘続行に支障をきたします』
「ダメだ! これじゃ、あいつを倒せない!」
GUMPの警告に弓を構える士郎は叫び返していた。
自分の少ない魔力では矢としている剣の威力をそれほど高めることは出来ない。
士郎はそれを理解していた。していたが、それでもなんとかしなければと無理を押して剣に魔力を注ぎ続ける。
それほどまでに男は危険だと感じたのだから……そう、士郎は焦り始めていた。
今、ここで倒さなければと考えてしまい、それが焦りへと繋がっていた。
だから、気付かない。このままでは危険だということに――
そう、一気に決着を付けるのではなく、セイバーとフロストエースと共に男を攻め続け、弱った所を一気に叩けばいいのに……
焦っていた士郎はそのことにも思い至らずに、剣に魔力を注ぎ込み続け――
「巫山戯るなぁ!?」
「く!?」「おわ!?」
男が怒りで叫ぶと共に持っていた剣を振るうと、背後の空間から数本の剣を撃ち出される。
攻め込んでいたセイバーとフロストエースは思わず避けてしまい――
「いっけぇ!!」
それとほぼ同時に士郎は剣を放った。
放たれた剣は矢の如く……音速を超えて男へと迫り――
「ぐお!?」
男の右肩へと突き刺さった。
「セイバー! フロストエース! そこから逃げろぉ!?」
「シロウ!? く!」
「わ、わかった!?」
それを見届けると同時に士郎は叫ぶ。
いきなりのことにセイバーは一瞬驚くものの、何かを察してすぐさま男から離れ――
フロストエースも戸惑いながらも士郎の叫びに従い、慌てて男から離れた。
「雑種がぁ!? この程度で我を――」
男は睨み殺さんばかりに士郎を睨みながら、炎のような怒りを見せていた。
剣は確かに男の右肩に刺さったが……しかし、そういう特性を持つのか、鎧を貫くことは無かった。
かろうじて切っ先が鎧に刺さるのみ。このことに男は馬鹿にされたと感じたのだ。
だから、忘れていたのである。男が放った無数の武器を士郎が吹き飛ばしたことを――
「解放されし幻想(オープンザ・ファンタズム)!!」
士郎の言葉と共に男の右肩に突き刺さった剣が爆発を起こした。
男は反応する間もなく、爆発に巻き込まれ……爆炎に呑み込まれていった。
先程の爆発と比べると明らかに小さいが……それでも吹き飛ばされそうな衝撃を感じさせるほどの爆発であった。
「おい、やった……のか?」
「わからない……でも……」
膝を地面に付きそうになる士郎だが、なんとか耐えながら戸惑うフロストエースに答えていた。
今ので倒せればいいとは思ってはいる。だが、簡単には行かないだろうとも思っていた。
だから、士郎としては油断はしているつもりは無かったのだ。だが、爆発による煙で男の姿が見えず――
「いけない! シロウ!?」
そのことに気付いたのは直感:Aのスキルを持つセイバーだった。
慌てて爆発の煙の中に飛び込もうとするが――
「あぐ!?」
「セイバー!?」
突如、煙の中からの剣が撃ち出された。
セイバーは剣で弾きながら避けようとするが……裁ききれずに右腕を斬られてしまう。
そのことに士郎は叫ぶのだが、先程の攻撃で魔力を使いすぎたためにまともに動くことが出来ない。
「許さんぞ、雑種ぅぅぅぅぅ!!?」
その叫びと共に爆発の煙が消し飛び、全身をホコリまみれにした男が怒号と共に姿を現した。
鎧の右肩部分が砕けたようで素肌が出ているが……その部分と額から血を流す程度で、それ以外に怪我らしい怪我は見えなかった。
男がなぜ無事でいられたのか? 実は単純に士郎の剣の爆発の威力が低かったからである。
まぁ、いかにサーヴァントであったとしても、まともに喰らえば重傷……下手すれば命すら奪える威力はあった。
しかし、男が纏っていた鎧の効果なのか、その爆発から男を守ったのである。そして、爆発はその守りを貫くことが出来なかった。
流石に完全にとはいかなかったものの、それが返って男の怒りを強めてしまう。
見れば男が持つ剣が唸りを上げている。見る者が見れば、その剣に途方もない魔力が込められているのがわかるだろう。
「やべぇ!」
それを感じたフロストエースは男へと向かって駆け出す。動けない士郎がこのままでは狙い撃ちだからだ。
だから、守ろうと駆け出し――
「ダメ……士郎を連れて逃げて!!」
それでは無意味と理解した凜が叫ぶが……全てが遅すぎた。
自分達も士郎が起こした爆発で対応が遅れてしまい――
「消し飛べぇぇ!!? 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!?」
すでに男は剣を振り下ろしていた。
それと共に起こる魔力の奔流……全てを呑み込み、全てを砕かんとするかのように士郎達へと向かっていく。
「な!? あの野郎!?」
「く!」
そのことに気付いたランサーは慌てて跳び退き、小次郎はルヴィアに向かって駆け出す。
「シロオォォォォォォォォォォ!?」
何とか立ち上がったセイバーが駆け寄ろうとするが、例え全力を出したとしても間に合うタイミングでは無かった。
空間を軋ませながら士郎達を呑み込もうとする魔力の奔流に、為す術もなく士郎達は呑み込まれる――
「やれやれ……世話を焼かせないで欲しいですねぇ〜」
そんな声が聞こえたかと思うと、魔力の奔流がまるで竜巻に呑み込まれ、吹き飛ばされたかのようにかき消えた。
「な!?」
この光景に男が驚愕する。当然だろう。先程の攻撃は簡単にかき消せるような威力ではない。
それが何をしたかまではわからなかったが、あっさりとかき消されてしまったのである。
そのことに驚き固まる男に、ある人物の姿が映る。
こちらに向けるかのように右の人差し指を差す、シンジの姿を――
「まったく……あやつの危険性に気付いたのはいいが……それで焦ってどうする?
セイバー達と共に攻めて弱った所を叩いた方がよほど確実だぞ」
「し、シンジさん……それにラシェーナも……」
いつの間にか現れたシンジとラシェーナに士郎は戸惑う。それは無理もない。士郎は魔力の奔流から目を離していなかった。
その自分の前に現れたシンジがいつ現れたのかわからなかったのである。
「あ、あんたら……いつの間に……」
「ああ、お空で見ておりましてね。危なかったようなので、お助けしたと――」
「だったら、さっさと来なさいよ!?」
「最初から助けていては、お前達のためにもならんからな。それはともかく……士郎、後で説教だ」
「え、ええ!?」
シンジの返事に最初は戸惑っていた凜が思わず怒鳴ってしまう。
それに対し、ラシェーナは呆れた様子で答えるが……そのラシェーナの言葉に士郎は驚いていた。
今回は士郎がなんとかしようとした一手が最悪の事態を引き起こしてしまったのである。
もし、シンジがいなければ、士郎達は生きてはいなかっただろう。なので、説教はある意味仕方がないと言える。
まぁ、今回は士郎が経験不足だったというのもある。それを補うために、ラシェーナは説教をすることにしたのだ。
「き、貴様ら……我を愚弄する気か!?」
「は、何言ってんですか?」
戸惑いながらも無視されたことに怒りを見せる男にシンジが首を傾げる。
まぁ、シンジとて無視していたわけではない。丁重にお帰り頂こうとしていたが……その言い方はまずかった。
「ふざけるなぁ!? 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!!」
その返事で怒りを刺激された男は、怒号と共に背後の空間からシンジに向けて無数の武器を撃ち放った。
で、シンジはというと指を鳴らし――
「な!?」
その光景に男は驚愕する。なぜなら、撃ち出した武器が全て消えていったからだ。
いや、消えたのではない。男にはわかった。自分が空間から武器を撃ち出すように、シンジも空間へと武器を呑み込ませたのだと。
「これ、お返ししますね」
「な!?」
シンジが再び指を鳴らすと、男と同じように空間からにじみ出るように武器が現れ……撃ち出し、男の足下の手前の地面に突き刺した。
このことに男は更に驚愕する。なにしろ、自分と同じことをやってのけたのだ。
これには士郎達も驚いていたが……凜だけは感想が違っていた。ラシェーナは言っていた。
シンジは自分達魔術師が目指すべき所に一番近い所にいると。それならあんなことが出来て当然ではと思ったのだ。
一方、男はシンジがただ者で無いことを理解し――
「その心臓、貰い受ける!」
「しま――」
槍を構えるランサーの言葉にアーチャーは焦りを見せた。シンジの行動に驚いたために、警戒を怠ってしまったのである。
結果、ランサーの宝具の発動寸前まで気付かずにいたのだ。
この時、アーチャーはランサーがサーヴァントの誰か、もしくはマスターの誰かを狙っていると思っていた。
しかし、ランサーの狙いはシンジただ1人。理由は2つ。ここでシンジを殺さねば、後々まずいことになると判断したこと。
もう1つがシンジのことが許せなかったことだ。
前回シンジと対峙した時、ランサーは自分が今までしてきたことを否定されたような気分だった。
言動がではなく、その戦い方が……だ。だから、ランサーは許せなかったのである。
もっとも、それはランサーの勘違いなのだが――
「刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)!!」
叫びと共に突き出された槍は……何も起きなかった。
「なに!?」
このことに驚いたのはランサーだ。槍は確かに発動したのだ。なのに、何も起きないはずはない。
そのはずなのだ。そのはずなのに……槍は何も起きなかった。
「何をしたんだ?」
「あの槍は狙った相手をいくら躱されようが貫くという呪いを持ってましてね。
先程のはその呪いを利用して、狙った相手の心臓に命中するという結果を作り上げてしまう技なんですよ。
早い話、槍を使った時点でそういう結果になるということです。なので、基本的に防ぐことはほぼ無理なんですよ。
ですが、狙った相手がいなければ、どうなるでしょうね?」
「どういうことだ!?」
ラシェーナの問いにシンジが答えると、ランサーが怒鳴る形で問い掛けてきた。
シンジがこの槍の能力どころか、この技のことまで知っていたのは驚いたが……かといって、槍が発動しない理由にはならない。
「答えは簡単ですよ。”私自身はここにはいなかった”……いない者の心臓に命中させるのは、いくらその槍でも出来ないでしょう?」
「な!?」「ええ!?」
シンジが答えると、ランサーと士郎が驚愕する。それはラシェーナ以外の全員が同じ心境であった。
なぜなら、シンジが顔に手を当て、その手をずらすと……そこにシンジはおらず、代わりに士郎がいたのである。
「ここにいる私は物理世界(リアルサイド)で活動するための、いわば仮初めのような物です。
仮初めなので、姿なんて物はどうにでもなるのですよ。そして、あなたは私の本当の姿を知らない。
本当の姿を知らなければ、その槍の能力を発揮することは出来ないでしょう?」
士郎の姿で話すシンジだが、途中で元の姿に戻った。
別に士郎の姿のままでも良かったが、このままだと士郎達が混乱しそうなので、やめたのである。
一方、ランサーは呆然としていたが……内心は酷く混乱していた。
あいつは何者なんだ? それが今のランサーの心境でだった。
ろくでもないと思っていた者が、実は理解しがたい者であったことに訳がわからなくなりそうになる。
余談となるが、今のシンジの姿はかつて人間だった頃のものである。
まぁ、その言い方も正確ではないのだが……では、本体はどんな姿かと言えば、あって無いような物とだけ答えておこう。
「さてと……どうせ、見てるでしょうから、ここで言っておきますが……4日後、この地にアンリ・マユが現れます。
しかし、それがあなたが望む形となるかはわかりませんがね。言峰さん?」
「え?」
ふと、そんなこと言い出すシンジに反応したのは凜である。
なぜ、その名前が出たのか……そのことに思わず気になってしまったのだ。
「き、貴様……」
「退くぞ……そいつが現れた時点で俺達の負けだ……」
睨みつける男だが、ランサーが言い留める。
まるっきり未知の相手……このまま戦っても意味は無いとランサーは感じたのだ。
「まぁ、お楽しみは後にとって置いた方がいいですよ、ギルガメッシュさん?」
「き、貴様!? 私の真名を――」
「逃げろ! そいつに関わるな!?」
シンジに名を呼ばれて男……ギルガメッシュは怒りに震えるが、ランサーがさせまいと叫ぶ。
ギルガメッシュはランサーを睨むが……
「殺す……貴様は確実に殺す!?」
「さて、それはどうでしょうかね?」
「く……」
シンジを睨むものの、そのシンジは呆れたように肩をすくめるだけであった。
そんな彼の言葉にギルガメッシュは怒りを増すが、何も言わずに去っていく。
怒りはあったが、ギルガメッシュもシンジの異常性に気付いてはいた。だからこそ、不本意でも退いたのである。
今度会った時は確実に殺すと心に決めて……それを見て、ランサーも何も言わずに退いていた。
今、ランサーの中にあるのは混乱。殺そうと思っていた相手が理解不能で……何も出来ずに退くしかなかった。
2人が去った後、凜は静かにシンジに近付き――
「ねぇ……言峰って……どういうことよ?」
「あの2人を使っているのが言峰さんだった。ま、それだけではありませんがね」
どこか怒りをにじませる凜に、シンジは肩をすくめながら話すが……それだけで凜は理解してしまった。
すなわち、今回の事態の黒幕が言峰であることを……だが、同時に悩みもした。
なにしろ、両親を亡くした自分を形だけとはいえ世話してくれたのも言峰なのだから……
もっとも、その両親が亡くなった原因が言峰だと知ったら……彼女はどうなってしまうのだろうか?
そのことは内緒にしておこうと、シンジはラシェーナに念話で伝えつつ、そう考えた。
今ここで凜の暴発の可能性を高めるのは、士郎達にはあまりにも危険すぎたためである。
「あ、あの……4日後って……どういうことですか?」
「ああ、その頃には私の準備が済んでいるということです。翔太さん達も来ることになるでしょうね」
ふと、そのことに気付いて戸惑いがちに問い掛ける士郎にシンジは答えると振り返り――
「ちょっと待って! ラシェーナはあなたが『根源』に近い存在だと言っていたわ。あなたはそれを見たの?」
シンジが去ろうとしていると思った凜は、思わずそのことを聞いてしまう。
ラシェーナに聞いたあの話……純粋な魔族というのは未だに理解しきれなかったが、それに近い存在だと聞いて気になっていたのだ。
「あれがあなた方魔術師の言う『根源』なのかは私にはわかりません。ですが、もしそうだとしたら……やめた方がいいでしょう。
あれは人ではどうにもならない代物です。例え英霊でも……この世界に存在する死徒であったとしても……結果は変わらないでしょう」
「どういうことよ?」
「あいにくですが、私もそろそろ行かなければなりませんので……ですが、次にお会いした時にはお話ししますよ。では、私はこれで」
凜の問い掛けに振り向いて話していたシンジはそう答え……頭を下げて、景色に融け込むかのように消えていった。
一方、凜は目を見開いていた。人でも、英霊でも、死徒でもどうにもならない代物……それがどんな物なのか、気になったために。
「あなたは……知っているの?」
「あいにくだが、私も詳しく知っているわけではない。シンジに聞いた方が早いだろうな」
凜に問われて、ラシェーナは肩をすくめながら答える。
ラシェーナもそれを知らないわけではない。だが、どんな物かまではわからずにいた。
なので、そう答えるしかなかったのだ。
「ともかく、残り4日。どうなるかはわからんが……それでも出来ることはしなければな。
その前に士郎の説教はしなければならないが」
「ええ!?」
ラシェーナの話に士郎は驚く。それを見ていた凜達は思わず笑ってしまうのだった。
4日後……それがこの地での最後の戦いとなることを知らずに――
あとがき
というわけで、最後にはシンジ無双となりましたが……まぁ、気にしないでください(おい)
それはそれとして、切っ掛けを得た士郎はこの後どうなるのか?
そして、イリヤはどうなってしまうのか? それは先の話となりますので、お楽しみに。
さて、次回は本編に戻りまして、なのはやフェイト達を交えて話し合いをすることになった翔太達。
そこでシンジに言われて、翔太はなのは達に起こることを話すことになります。
さて、シンジの思惑とは……そんなお話です。お楽しみに〜
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