「いってきま〜す」
「は〜い、いってらっしゃ〜い」
喫茶店『フォトショップ』――
インテリアとして各種カメラや風景などを撮影した写真が飾られている一風変わった店内。
なぜ、このようなインテリアなのかというと数年前までは写真館も兼用していたからだ。
だが、ある事情により写真館は休業状態となり、現在は喫茶店のみで営業している状態である。
そんな店内で挨拶をする少女と女性がいた。少女の名は芹沢 望。女性の名は芹沢 叶。
望は背中まで伸びる艶やかな黒髪にボーイッシュな顔立ちで身長はやや低めといった感じ。そんな体を可愛らしい制服で包んでいた。
叶は肩の辺りで切り揃えた黒髪に優しい顔立ちをしている。
身長は望よりも頭1つ分大きく、薄青のニット製のノースリーブのシャツに膝まである黒いスカートを着込んでいた。
名前でわかる通り2人は姉妹であり、叶は現在のフォトショップのオーナーでもある。
「ほら、士ものんびりしてると遅れちゃうよ」
「わかってるよ」
望に呼ばれて、これまた学生服の青年が店の奥から現れる。
やや乱れ気味の短い黒髪にそこそこに整った顔立ち。もっとも、その表情は仏頂面といったものだが。
背は叶よりも少しばかり高く、制服でわかりづらいが見た目はすらりとした体付きに思えた。
彼の名は門矢 士。名前でわかる通り、彼は芹沢姉妹と血縁関係では無い。望とは幼馴染ではあるが。
ある理由から彼はここで居候をしているのだが、その理由は後ほど話しておこう。
それはそれとして、叶に見送られて学校へと向かう望と士。
学校までは徒歩で行ける距離なので2人は他愛のない話をしながら歩き続け――
「よ!」
「おはよ、雄介君」
そんな2人に声を掛ける制服姿の青年がおり、望は笑顔で挨拶をする。彼の名は小野寺 雄介。
整えた黒髪に笑みが似合う顔立ち。背は士と同じ位で体型も制服でわかりにくいが、同じように見えるように思える。
ちなみに彼は2人とは中学からのクラスメートであった。
「相変わらず脳天気そうだな」
「なんだよそれ」
どこか冷めた目を向ける士だが、雄介は笑顔で返していた。
士はどこか一歩引いているような、そんな感覚を感じさせる。かといって付き合いが悪いわけでもない。
それに口は悪いものの人のことを良く見ていたりと面倒見も良かったりする。
それを知っている望と雄介はいつもの士だと笑顔を見せていた。
そんな3人がショッピングモール差し掛かった時、ショッピングモールが視界に入った望が表情を曇らせてしまう。
「ん? どうしたんだ?」
「え? あ……そういえば、今日で5年経っちゃったんだって思い出して……」
その様子に気付いた雄介に聞かれ、望は曇った表情のままで答える。
5年前……それは望にとってあまりにも悲しい思い出であった。
5年前のこの日、望は叶と両親と。また士とその両親と共にこのショッピングモールに来ていた。
家族ぐるみでの付き合いというのもあったが、新学期から中学生となる望と士のための買い物を一緒にするためであった。
楽しい一時――そうなるはずだった。しかし、突然ショッピングモールの一画で大爆発が起きてしまう。
爆心地はあまりの爆発の威力で跡形も無く吹き飛び、死者、行方不明者合せて200人以上に及んだ。
望と叶はその時、自分達の買い物の為に離れていたために無事であった。
だが、2人の両親と士の両親は行方不明……いや、死体が無いだけで生存は絶望視されていた。
両親達と一緒にいた士は無事だった。爆心地にいたにしてはまったくの無傷で発見されたのだが――
しかし、彼は記憶を失っていた。爆発の時だけではなく、思い出の全てを……
それを知った時、望は悲しさのあまりに泣いた。両親を失い、幼馴染みであった士が自分のことを忘れていたことに。
一方で叶は悲しみに耐え、全てを失った士を引き取った。彼をこのまま施設に預けるのはあまりにも忍びなかったから――
だが、その後は苦労の連続だった。叶は当時高校を卒業したばかり。
両親がいなくなったことで保険は出たものの、それだけで生活をしていくわけにはいかない。
その為、叶は大学進学を取りやめて両親が残した喫茶店を経営して生活費を稼ぐことにした。
両親との思い出を出来る限り残したかったという想いもあった為に。
ただ、父親が経営していた写真館は技術等が無い為に休業を余儀なくされてしまったが。
そんな叶の努力の甲斐もあって望も立ち直り、普段と変わらぬ生活を送れるようになった。
その一方で士の記憶は戻ることはなかったが――
なお、余談となるが爆発の原因は未だにわかっていない。
「そういえば、士は今日もあれを持ってるの?」
「ああ……そばにないと不安でな」
ふと思い出した望の問い掛けに士は鞄を開け、それらを取り出した。
1つは白い金属製のカバーに覆われた何か。装置のようにも見えるが使い方がまったくわからない。
その装置らしき物の中央には赤いレンズがはめ込まれてあり、そのレンズの周りを小さなマークらしき物が囲むように9個刻まれている。
もう1つはこれまた白く、四角く平べったい物。真ん中辺りにやはりマークらしき物がある。
これらはあの爆発の時に士が持っていた物であった。
しかし、これらがいったいどんな物でいつ手に入れたのか? 士に記憶が無い為にわからないままである。
ただ、士とっては大事な物に思えて、こうして手放さずに持っているのだ。
「前々から思ってたけど、それってなんなんだ?」
「さてな」
雄介の問い掛けに士はやれやれといった様子で答えながらその2つを鞄に戻す。
でも、士は不思議とこれらに疑問を持つことは無い。気にならないわけではないが、これがあるのは当たり前と感じていたのだ。
なぜ、そう思うのかはわからないままなのだが――
「そういえば、学校が終わったら行くのか?」
「うん……そのつもり……」
ふと思い出したように問い掛ける士に望は曇った表情で答える。
毎年、望はあの爆発事故が起きた日に爆心地であったショッピングモールを訪れるようになっていた。
あそこに行けば両親にまた会えるような気がした。望もそれは叶わないことだとはわかっている。
それでもどこか諦めきれなかった。両親が生きているという望みを――
そんな望を見て士はため息を吐き、雄介は心配そうにしていた。
放課後になり、望は士と雄介は件のショッピングモールに来ていた。
事故後、爆発があったショッピングモールは新たに建て直され、今はもう爆発があったという面影さえ残ってはいない。
それでも望はここに来なければならなかった。両親がいつか帰ってくる。そんな想いを諦めきれずに――
「なぁ……このままでいいのかな?」
「じゃあ、どうしろと?」
心配そうな雄介に士は肩をすくめた。雄介としては未だに事故を引きずる望をなんとかしたかった。
でも、方法が思い浮かばない。下手な事を言ってしまうと逆に傷付けてしまいそうで……
だから、こうして見守るしか出来ない。それでも、なんとか出来ないかと考えてしまうのだ。
そんな彼女をしばらく見つめた後、そろそろ帰ろうかと士が思い始めた時、それは起きた。
「な、なんだありゃ?」
そのことに気付いた雄介が戸惑った声を漏らす。何事かと望と士が顔を向け、それを見た。
それは黒いヴェールのように見える半透明な膜のような物。それが士達から離れた所で現れたのだ。
あれはなんだろうかと疑問に思う望と雄介。しかし、士だけはなぜか睨みように見ていた。
するとその謎の空間の表面に波紋が出たかと思うと、それらは現れた。
人のような形をしている何かが――
虎や虫――虫はおそらくはバッタだろうか? それに鳥。それらを模した禍々しい姿。ある意味、怪人とも言えなくもない。
そんな者達が突然現れたことに望や雄介だけでなく、ショッピングモールに来ていた人達は呆然とその者達を見てしまう。
だが、士だけはやはり睨んだように見ており、鞄からあの2つを取り出した時にそれは起きた。
虫の姿を模した怪人が右手を前に突き出したかと思うと、その手のひらから光線を撃ち放ち――
その光線が駐車場に停められていた車や地面にに当ると次々爆発を起こしたのだ。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
その横では虎の姿を模した怪人が雄叫びを上げたかと思うといきなり駆け出し、その先にあった車を殴りつけた。
殴られた車はまるで木の葉のように宙を舞って落下し、その下に駐車してあった車に激突して爆発を起こす。
「あ、ああ……きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
その光景に誰かの悲鳴が上がると次々と悲鳴が起こり、ショッピングモールにいた人達は我先にと逃げ惑い始めた。
得体の知れない怪人達が起こした破壊活動を見て、恐怖を感じたのだ。
その恐怖の根源となった怪人達はそんな中を悠然と歩きながら光線を出すなどして破壊活動を続けていく。
「な、なんなんだ!? なんなんだよ、あいつら!?」
突然の事に混乱して叫んでしまう雄介。だが、それ以上に怒りが強かった。
いきなり怪人が現れたかと思ったら理不尽なまでの破壊活動が行われたのだ。
そのせいでショッピングモールにいた人達は恐怖で逃げ惑い――
「うえええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「危ない!?」
そんな時、親からはぐれてしまったらしい泣き叫ぶ子供がいたことに気付く。
その子供に光線が当りそうになったが、気付いた雄介が抱えて逃げ出すことで助けることに成功した。
「あ、ああ……」
一方で望は恐怖から立ちすくんでいた。怪人達が起こした破壊活動もあるのだが、あの記憶が蘇ったことが強かった。
5年前にこのショッピングモールで起きた爆発事故。それに似た光景を見てしまった為に。
この光景に望は泣きそうになる。また、誰かがいなくなってしまうと思ったために。
しかし、望のその思いは別の意味で裏切られる。
「これを持ってろ」
「え? あ、え? 士?」
いきなり鞄を差し出された望は混乱したまま受け取るが、差し出した士は何を思ったのか怪人達に向かって歩き出した。
怪人達を睨んだまま、その両手にいつも持っていた物を持って。
「て、ちょ、ちょっと士!? 何する気なのよ!?」
「決まってる。あいつらをぶっ飛ばすんだ」
「ぶ、ぶっ飛ばすって……馬鹿な事を言うなよ!?」
それに気付いて驚く望に士が歩みを止めずに答えると、子供を逃した後にそれを聞いた雄介が驚く。
だが、無理もない。怪人達は明らかに普通では無いのだ。光線を出すのもそうだが、車を簡単に殴り飛ばせる力がある。
そんなのとまともに戦えるはずがない。雄介も望もそう思っていたから士を止めようとした。
「「え!?」」
が、その前に士が持っていた物を自らの腹部に当てるとベルトになる光景に2人は驚く。
その間に士は左腰に装着されたあの平べったい物を開いて何かを取り出した。
それは1枚のカードだった。まるでバーコードを思わせるような仮面を被った姿が描かれたカード。
もっとも、それは描かれたというよりも写真のような鮮明さではあったが。
その直後に士は左手でバックルのサイドパーツを引くと中央のパーツが90度回り、そのパーツの中へとカードを差し込み――
「変身!!」
掛け声と共にバックルの両サイドのパーツを両手で戻すとパーツも同じように元の位置に戻り――
『仮面ライド――ディケイド!!』
ベルトから合成音が響いた瞬間、それは起きた。
士の周りに10体の人らしき姿が現れたと思うと、それらが士と重なり合うように1つとなっていく。
やがて、完全に1つとなると士の姿は変わっていた。あのカードに描かれていたバーコードを思わせるような仮面を被った姿へと。
「え?」
「つか……さ?」
その光景に望を目を見開き、雄介も呆然と声を掛ける。
しかし、士はそれには答えずに両手を払うように叩き――
「ぐおぉぉぉ!!」
「ふん! は!」
「ぐお!?」
「ぐが!?」
鳥の姿の怪人が襲いかかってくるが、突き出された爪を左腕で受け反らしながら右手で殴り――
その横から虎の姿の怪人が襲いかかるものの、慌てた様子も無く蹴り飛ばす。
それでも士は止まらずに左腰に装着された平べったい物を右手に持つと、それが変形して剣の形となった。
「はぁ!」
「ぐお!? がぁ!?」
その剣で飛びかかってくる虫の姿の怪人をバツの字に斬り付け、即座に突き飛ばす。
これを受けた虫の怪人は悲鳴と共に飛んでいき、転がるような形で地面へと落ちた。
この光景に望と雄介は何も言えずにただ黙って見守っているしかなかった。
士の姿が変わったかと思えば、人では敵わないと思える怪人と戦っている。
それだけでも異常なのに互角以上に戦っていることに事態が理解出来ず、ただ黙っているしかなかったのだ。
そんな中でも戦いは続く。
虫の怪人が襲いかかってくるが、士は慌てた様子も無く剣となった平べったい物――ケースを開いて1枚のカードを取り出す。
それを投げる形でベルトに入れてセットし――
『アタックライド――スラッシュ!!』
合成音が響くと剣となったケースの刀身が紅い光に包まれ――
「せいやあぁぁぁぁぁ!!」
「ぐが!? ぐおぉぉぉぉぉぉ!?」
残像を残すほどの速い斬撃で虫の姿を模したモンスターを袈裟斬りにし、そのまま回転して逆袈裟斬り。
更に縦一文字に切り裂いたことで虫の怪人は体中から火花を上げながら倒れ、悲鳴と共に爆発する。
「がぁ!!」
「おわっと!? ち、厄介な」
そこに鳥の姿の怪人が空を飛んで光線を何発も放ってきた。
それを後退しながら士は避けつつケースからカードを取り出してベルトに投げ入れる。
『仮面ライド――ファイズ!!』
合成音の後に電子音が響いたかと思うと士の姿が変わった。
バーコードを思わせる仮面の姿から大きな目を持つどこか機械的な印象を受ける仮面の姿へと――
ただ、ベルトだけは元のままであったが。
「か、変わった!?」
『アタックライド――オートバジン!』
その光景に雄介が驚く中、士は更にもう1枚のカードをベルトにセットする。
すると士の背後に怪人達が現れた時と同じ黒いヴェールのような物が現れ、その表面から1台のバイクが飛び出した。
見た目はオフロードタイプのバイク。そのバイクが次の瞬間にはロボットに変形し、空を飛んで鳥の姿を模したモンスターに向かっていく。
その間に士は左腰に戻ったケースから更に1枚のカードを取り出し――
「ぐがががががが!?」
『ファイナルアタックライド――ファ・ファ・ファ・ファイズ!!』
空を飛ぶロボットが左腕に装着されたホイールを構えるとホイールが高速回転し、その表面から無数の光弾が放たれる。
鳥の怪人はその光弾を何発も受けた挙句に翼を撃ち抜かれて落下した。
それと同時に士はカードをベルトにセットし、いつの間にか右手に装着されたパンチングユニットを構え――
「はぁ!!」
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
アッパーカットのような形で拳を打ち出し、落ちてきた鳥の怪人の腹を殴りつけた。
それが致命傷となったらしく、鳥の怪人は悲鳴と共に爆発してしまう。
その後、士はバーコードを思わせる仮面の姿に戻り、地面に降り立ったロボットもバイクに戻ったかとその姿を変えた。
どことなく、今の士の姿を思わせるデザインとなったオンロードバイクへと――
「ぐぅ……がああぁぁぁぁ!!」
この光景に虎の怪人は一瞬怯むが、咆哮を上げたかと思うと士へと向かい駆け出した。
「がぁ!?」
しかし、士は受け流すような形で避けると怪人の背中を蹴り飛ばし、左腰にあるケースを手に取り――
「ぐががががががが!!?」
今度は銃に変形させて光弾を連射する。怪人が振り向いた時にはすでに遅く、その光弾を何発も受けて吹っ飛んでいった。
それを見守りながら士はケースを左腰に戻してから開いて1枚のカードを取り出し、ベルトに投げ入れてセットした。
『ファイナルアタックライド――ディ・ディ・ディ・ディケイド!!』
合成音が鳴り響く士の背丈ほどの大きさがある、セットしたカードと同じ絵柄のエネルギーフィールドが現れた。
そのエネルギーフィールドが士の前から怪人の前まで並ぶような形で何枚も現れる。
「は!」
その後、士は天高く跳び上がり、並んでいるエネルギーフィールドもそれに合せて動いた。
士と怪人を繋ぐかのように――
「おりゃあぁぁぁぁぁ!!」
そして、士が右足を突き出す形でエネルギーフィールドへと突っ込むと、エネルギーフィールドを突き破って加速していく。
「が!? があああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
エネルギーフィールドを突き破りながら速度を上げて突っ込んで行き、やがて怪人の胸板を蹴り抜いていた。
それによって怪人は大きく吹っ飛んで地面に激突するような形で落ち、直後に爆発してしまう。
着地した士は立ち上がると元の姿に戻り、望達へと向かって歩き出す。そんな光景を望と雄介は呆然と見ていた。
いきなり怪人が現れて暴れまったかと思えば、今度は士が仮面の姿に変身してその怪人と戦い倒してしまう。
あまりにも現実離れした光景に思考が追いつかなかったのだ。
「つ、士……今のなに……?」
呆然としながらも望は思わず問い掛ける。
何が起きたのかまったく理解出来ない。だからこそ、何が起きたのかを知りたかったのだ。
「そう言われてもな……俺もわけがわからないんだよ。ただ、あいつらを見たらこのままじゃダメだと感じて……
気が付けばこいつの使い方とかわかって……後は見ての通りに戦ってたって所だ。ま、いくつかわかったこともあるけどな」
「わかった……こと?」
ベルトとケースを見つめながら士が答えると、望が呆然としながらも問い掛ける。
それに対し、士は不敵な笑みを向け――
「今言えるのは、俺はどうやら通りすがりの仮面ライダーらしい」
「仮面……ライダー……?」
士のその言葉に雄介は首を傾げる。なぜなら、その単語は今まで聞いたことの無い物だから。
だから、望も雄介もこの時は知らなかった。『仮面ライダー』とはなんなのかを――
あとがき
というわけで久々の更新はにじファンからの移転SSでした。
うん、ダメじゃん私――
いや、デビルサマナーもちゃんと書いてはいるんですがね。
さてさて、なぜ士は仮面ライダーディケイドに変身出来たのか?
そして、士が感じた物とはなんだったのか? それは物語の中で解き明かしていきます。
というわけで次回またお会いしましょう。
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