変身を解く士と雄介だが、その様子を麗華と麗葉、ポニーテールの少女は戸惑った表情で見ていた。
先程、士と雄介が見せた戦い方は彼女らからすれば異常と言うしかない。
”気や魔力”を感じられないのはまだいい。あの変身した姿によって、あの力が出せるんだと納得は出来る。
しかし、士が見せた分身はありえない。”気”によって出来た分け身ならともかく全てが実体だったのだ。
そんなことが出来るとは麗華達の常識ではまず考えられなかった。
それに雄介が変身した姿の色が変わったことで戦い方が変わったことにも驚かされる。
戦い方を変えるというのは自分が今まで培ってきた物を変えるのに等しい。
普通ならそんなことは出来るものでは無い。故に2人の異常さが際立て見え、それが3人を戸惑わせていたのだ。
「さてと、俺達はお前達に何が起きてるかわからないんで、話を聞かせてもらえると助かるんだが?」
「ならば、ついでにお前達のことも聞かせてもらおうか?」
 問い掛ける士にそんなことを問い掛けてきたのは聞き覚えの無い声であった。
士達が聞こえた方に顔を向けると、そこには先程木の枝で様子を見ていたブロンドの髪の少女と人形のような少女が立っていた。
「エヴァンジェリンさん……なぜここに?」
「ふん、そこの妙な格好をした奴や逃げていった関西呪術協会の奴らは気付かれないように入ったつもりだろうが私にはバレバレだ。
それで様子を見に来てみたらということだ。それにしても中々面白いことになってるじゃないか?」
 サイドテールの少女が驚いたように問い掛けると、エヴァンジェリンと呼ばれたブロンドの髪の少女は笑みを浮かべつつどこか偉そうに答えていた。
それを雄介と望は戸惑った様子で見ているが、士は眼を細めながら見ている。
雄介と望は見た目らしからぬ話し方をするエヴァンジェリンに戸惑ったのだが、士の場合は別の何かを感じ取ったためであった。
「知り合いか?」
「え? あ、その……」
「エヴァンジェリン・A・T・マクダウェルだ。名前くらいは知っているだろう?」
「なんだと!?」
 士の問い掛けにサイドテールの少女が戸惑う中、エヴァンジェリンの名に麗華が驚いていた。
麗葉も麗華ほどではないようだが、驚いたような表情を見せている。
一方、士は腕を組んでエヴァンジェリンを見据え――
「まったくもって知らん」
「だぁ!?」
 あっさりと言い切る。そのことにエヴァンジェリンは見事なこけっぷりを見せていたが。
「ほ、本当に知らないのか? あの真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリンを……
いや、私もまさかここにいるとは思ってもいなかったが……」
「そうだ!? 貴様も裏の人間なら名前くらいは聞いたことがあるはずだろうが!?」
 士の言葉に戸惑う麗華。エヴァンジェリンも立ち上がって凄い剣幕で迫っていたりする。
が、士は腕を組んだままエヴァンジェリンを見据え――
「俺は通りすがりの仮面ライダーだが、裏の人間とやらになった覚えは無い。だから、お前さんのことなんて聞いたことも無いな」
(しかし、真祖の吸血鬼か。どうやら、間違いなさそうだな。ここは――)
 表情を崩さずに答えた。それを証明するかのように雄介と望も首を傾げている。
一方で士は内心そんな確信を深めていたが。
「く、なんなのだ貴様は……先程の変身や戦い方といい……」
「そうだな。とりあえず、場所を変えないか? ここで話すよりはいいと思うぞ?」
 睨むエヴァンジェリンに士は肩をすくめながら返していた。
そのことに士と人形のような少女以外の者達が困ったような戸惑ったような表情を見せてしまう。
しかし、士の言うことももっともだった為、士の案内で場所を変えることにしたのだった。


 で、やってきたのはフォトショップだったが――
「おかしいです。記録されているマップではここにお店があるはずがありません」
「今日来たばかりだからな」
「来たばかりだと?」
 人形のような少女の疑問に士はそう答えるのだが、そのことにエヴァンジェリンは訝しげな顔をする。
麗華は首を傾げつつも内心は少しばかり落胆していた。というのもここに来るまでの間、麗葉が自分に近付こうとしなかったからだ。
自分がこのような姿になったのだから当然かとは思ってはいたものの、こうもあからさまだとやはり落ち込んでしまう。
そんな麗華の様子に士は気付いた様子も見せないままで中へと入っていった。
「あ、お帰り〜、ってあら? お客様かしら?」
「ま、そんなところだ。とりあえず、好きな所に座ってくれ」
 出迎えた叶に答えつつ、士は麗華達に声を掛けた。
麗華と麗葉、サイドテールの少女は戸惑ったものの言われた通り思い思いの席に座る。
そこでも麗葉は麗華とは離れた所に座っていたが。なお、エヴァンジェリンは当然という様子でカウンター席に座っている。
人形のような少女は座らず、エヴァンジェリンの横に立っていたが。
「さてと、まずはなんで麗華を襲ったのか、詳しく話してくれないか?」
 雄介や望と一緒にカウンター席に座る士の問い掛けに麗華はなぜかうつむき、サイドテールの少女は困ったような顔をしてしまう。
「裏切ったんだよ……お姉様は私達を……」
 が、麗葉は怒りをにじませながら答える。そんな彼女を麗華は悲しそうに見ていたが。
「さっきもそんなことを言ってたけど、裏切ったってどういうことなの?」
「お姉様は……関西呪術協会を自分の物にしようと禁断の力に手を出したって……けど、それに失敗して醜い姿になったの……」
「私も長からそのように聞いています。それで彼女の捕縛を手伝うようにと……」
 望の疑問に麗葉は怒りをにじませたまま答える。逆にサイドテールの少女はどこかすまなそうな様子で答えていたが。
それを聞いて雄介と望は戸惑いを見せながら麗華を見ていた。麗華のあの姿を見ていただけにそうなのかと思ってしまったのだ。
だが、士は眼を細めながら視線を向け――
「と言ってるが、実際はどうなんだ?」
「そんなこと……考えたことも無かったよ……」
「「え?」」
 そんな問い掛けに麗華は自嘲気味に答えた。そのことに驚く麗葉とサイドテールの少女。
一方でエヴァンジェリンは感心した様子で視線を向けていた。
麗華のこの返答を予見していたのでは? 士の様子を見て、エヴァンジェリンはそう考えたのだ。
「私は……麗葉のように膨大な魔力も無いし……ましてや気を扱う才能も無いに等しかった。
だから、私は剣の道を歩んだんだ。天寺家は才能がある麗葉が継ぐことになるのは間違いなかったからな。
私はそうなった麗葉を守れるようにと神鳴流の門をくぐり、毎日鍛錬に明け暮れていた。だが、あの日……突然だった。
道場で鍛錬をしていたらいきなり激痛に襲われて……苦しくなって……そのまま気を失ったんだ。
気が付けばすでにこんな体で……更にはこの私を見た家の者達はいきなり裏切り者扱いして……
私は訳もわからないまま逃げるしか出来なかった」
「な……」
 フードを下げ、顔の包帯を解きながら麗華は話していた。
そのあらわとなった彼女の顔を見てサイドテールの少女は驚いていたが、エヴァンジェリンは逆に興味深そうに笑みを浮かべている。
「嘘です!? では、なんでそんな姿になったのですか? 藤島が嘘を言ったとでも!?」
「藤島?」
 怒りを見せる麗葉だが、その中で出た名前にサイドテールの少女が反応する。
それに気付いた士は一瞬視線を向けてから麗華に向き直し――
「藤島ってのは?」
「長年天寺家に仕えている者だ。あの林で麗葉の横に立っていた者がそうだ」
「あのじいさんか……ところで天寺家とやらは偉い所なのか?」
「え? あ、はい……関西呪術協会に属している術士一家の中では最高峰とも言える所かと……」
 麗華の返事に問い掛けた士は納得しつつ別なことを問い掛ける。
それにはサイドテールの少女が戸惑いながら答えていたが。一方、エヴァンジェリンは訝しげな顔を士に向けていた。
エヴァンジェリンは今の話で何かに気付いたのだ。そして、その何かに士が気付いているのでは? と思ったのだ。
「なるほどね。ところで、さっき藤島って奴の名前に反応してたみたいだけど?」
「え? あ……実は……長の命令をその藤島さんが伝えたので……その……」
 納得しつつも士は先程気付いたことを問い掛ける。聞かれたサイドテールの少女はなぜか怯えた様子で答えていた。
実はその連絡の際に藤島にある脅しを掛けられており、それが気掛かりで未だに怯えているのだ。
ちなみに脅しがどんな物だったかだが、それを言いふらされれば彼女は麻帆良にいられなくなる――とだけ、今は話しておこう。
そんな様子のサイドテールの少女を見た士は何かを察しつつ、自分が感じていた疑問にある推測を立てる。
もっとも、それはエヴァンジェリンも同じだったが。
「なぁ、その長って奴に確認出来るか? 麗華を捕まえるように言ったかを」
「え? なぜ、そんなことを?」
「確かめたいことがあってな。やってもらえるか?」
「は、はぁ……」
 戸惑うサイドテールの少女に問い掛けた士は真剣な眼差しで答える。
それでも意味がわからず首を傾げる少女だったが、どこか押されるような気持ちで携帯を取り出して掛けることにした。
「あ、長ですか? 桜咲 刹那(さくらざき せつな)です。実はお聞きしたいことが――」
 しばらくして、刹那という名を出したサイドテールの少女は携帯ごしに長と思われる者と話し始めたのだが――
「え? 指示を出していない? ど、どういうことですか!?」
 しかし、話している内に刹那は戸惑ったような顔を浮かべてしまう。
どうやら、長と思われる人物は藤島が言っていたような指示は出していないらしく、そのことに戸惑ったようであった。
「では、藤島殿が話した事は、あ――」
「詠春か? 私だ、エヴァンジェリンだ」
 戸惑いながらも通話を続けていた刹那だが、その彼女の携帯をエヴァンジェリンがひったくると携帯ごしに話し始めてしまう。
どうやら詠春という名の長とは知り合いらしく、どこか偉そうにしながらも今回のことを話し合っていた。
「つまり、藤島はお前には麗華が修行の旅に出たと言っていたのだな?
しかし、それだとおかしいな……麗華は呪いでも掛けられたのか、とんでもない姿になっているぞ。
しかも、藤島は自らここに出向いて麗華を裏切り者扱いしていたな」
 麗華に視線を向けながら楽しそうに話すエヴァンジェリン。
一方、その話を聞いてか麗華はうつむき、麗葉は信じられないような顔をしていた。
「ああ、藤島を調べてみてくれ。こちらでも奴を押えておく。どのみち、不法侵入も同然だからな。では、頼んだぞ」
「あ……」
 通話を終えたのか、エヴァンジェリンは携帯を切ると放り投げてしまう。
その携帯を刹那は呆然としながら受け止める中、士は頭痛を感じるのかこめかみに指を当てていた。
「まったく、厄介な……」
「は? どういうことだよ?」
「たぶんだが、麗華がそんな姿になったのも藤島って奴が原因なんだろうな」
 疑問顔の雄介にぼやいた士はため息混じりに答えるのだが、それを聞いた麗華と麗葉は信じられないといった顔をしている。
実際に信じられなかった。藤島は天寺家に親身に仕えてくれただけではないのだから――
「天寺家とやらは良い所の家なんだろ? それを乗っ取るか裏から牛耳ろうとしたんじゃないのか?」
「ありえる話だな。もしくは麗葉を利用しようとしたのかもしれん。あやつの魔力は木乃香(このか)並にありそうだからな」
 呆れたように話す士にエヴァンジェリンも同意するかのようにうなずく。
その話を聞いてか、麗華と麗葉は完全にうつむいてしまう。そんなはずは無いと思いたかった。
なぜなら、自分達の両親が事故で亡くなった後も親代わりとまではいかなくとも親身になってくれたのだし。
「だったら、なんとかしないと――」
「なんとかって、何をする気だ?」
「何って、麗華さん達を助けることに決まってるだろ」
「お前な――」
 雄介が言い出した事に士は呆れた様子で視線を向けるが、そのことに雄介は反論する。
しかし、それを聞いた士はあからさまなため息を吐き――
「言っておくが、今話したことは状況証拠でしかない。例え、藤島って奴を捕まえても言い逃れされたらそれまでだしな」
「証拠は奴自身が少なからず持っているかもしれんが、大半は京都の方だろう。となれば、ここで出来ることなぞたかが知れているぞ」
 士と同意するようにうなずくエヴァンジェリンの話に雄介は思わずうつむいてしまう。
2人の言っていることがわからないわけではない。でも、それでもなんとかしたいとも考えていた。
けど、その方法が思い浮かばず、雄介はそれ以上の事が言えずにいたのだが。
「それにこの世界にも怪人達が来たんだ。そっちの方をなんとかしないと、後々厄介なことになるぞ」
「え?」
 士の言葉に望はふと疑問を感じて顔を向ける。今、士は何かおかしなことを言っているように思えたのだ。
そう、確か――
「この世界って……どういうことなの?」
「ん? 言葉通りだ。どうやら、ここは俺達がいた世界とは違うみたいだ。いわゆる異世界って奴だな」
「はぁ!?」
 望の問い掛けに士があっさりとした様子で答えるが、それを聞いた雄介は大袈裟に驚いていた。
麗華達も驚きの顔を向けてはいたものの、いきなりそんなことを言われた為で半ば信じられる物では無かったが。
「魔法使いに呪術師。麻帆良やらあのでっかい木やら……俺達がいた所で聞いたことはあるか?」
「あ、あの……そういった物は魔法などを使って秘匿されてる物ですから、士さん達が知らなかったのはしょうがないかと――」
「じゃあ、あの怪人は? あいつらはどこから来た? あいつらのこと、あんたらは知ってたのか?」
「そ、それは……」
 話を聞いて否定しようとした刹那だが、話していた士の反論に言いよどんでしまう。
この世界には魔物のような存在がおり、中には倒すのも難しい存在がいる。
しかし、あの時現れた蟻の姿をした怪人の群れは、強さとは別の異常さがあった。
それこそ、自分が知る魔物以上の――故に刹那は言いよどみ、麗華とエヴァンジェリンも似たような心境だった為に複雑そうな顔をしていた。
「俺達の所にも来た奴もどっかの世界から来たような話をしてたからな。
まぁ、俺も確信を持ってるわけじゃないが、そう考えた方が色々とつじつまが合ってくるだよ。
問題はなんで俺達がこんなことになってるかだが……それはあいつらを倒してから考えよう」
 話し終えてから士はため息を吐いた。というのも問題が山積みだからである。
突然、異世界に来てしまったと思ったら妙なことに巻き込まれ、更には怪人達とまた戦うことになっている。
一部は自業自得だとしても、あまりの厄介さに頭が痛い思いだったのだ。
「ふむ、なるほど……確かにお前達の力は魔法使いとも呪術師とも違うからな。茶々丸(ちゃちゃまる)、科学ではどうなんだ?」
「アーマーという形ならば、ある程度再現は出来ると思います。しかし、士さん達のような物となると(ちゃお)さんやハカセでも難しいと思われます」
 話を聞いて納得しているエヴァンジェリンの問い掛けに茶々丸と呼ばれた人形のような少女――名を絡繰 茶々丸(からくり ちゃちゃまる)という――が静かに答えた。
その返事にエヴァンジェリンは納得する。雄介はまだしも士の力はあまりにも異質すぎる。それが魔法から見てもだ。
カードを使うという点では似たような物があるが、あれは1人に付き1枚だけの物。
特殊な能力でもない限り何枚も使えるような物ではなかった。
「それで、お前達はどうするつもりなのだ?」
「さっきも言ったが、怪人達の方をどうにかする。ほっとくと色々とまずいことになりそうだからな」
 士の言葉に問い掛けたエヴァンジェリンは興味深そうに視線を向ける。
士は”麻帆良にいるような魔法使い”とは違う。そんな物を感じたために。
一方、問い掛けられた士はため息混じりに答えていた。勘が働いたと言えばいいのか、なぜかそう思えて仕方が無いのである。
「自分の徳にはならんのにか?」
「厄介ごとになるよりはマシだと思うけどな」
「では、お前はなんの為に戦う?」
 ため息混じりに答える士に問い掛けたエヴァンジェリンは更に問い掛けた。
先程から士から感じている物を確かめる為――士の本質を見極める為に。
「決まっている」
 それに対し、士は顔を向け――
「俺はやりたいと思ったからやっている。ただ、それだけだ」
「「はい?」」
 人差し指を立てながら答えるのだが、それを聞いて麗華と刹那は目を丸くする。
問い掛けたエヴァンジェリンも同じだったりするが。
「では、なぜ麗華を助けるようなマネをした?」
「言ったろ? 俺はやりたいと思ったことをやってると? 興味本位もあったとはいえ首を突っ込んだんだ。
何もしないままだと後々面倒な事になりそうだったし、俺としては後味も悪くなりそうだったからな」
 気を取り直し睨むかのような目で問い掛けるエヴァンジェリンに士は気にした風も無く答えた。
しかし、エヴァンジェリンはそれだけでは納得はしない。というのも――
「それが理由か?」
「他に理由が必要か?」
 それだけの理由であんなことをするとはエヴァンジェリンとしては信じられなかったのだ。
が、士は首を傾げながらも問い返してきた。
「理由なんて物は大抵は後付けみたいなもんだ。したいからする。大抵の奴はそんなもんだし、俺もそうだったってだけだ」
 真っ直ぐに見据えながら士は答え、その様子を望と雄介は苦笑しながら眺めていた。
士がこういう者だと知ってるからこその反応であるが、内心相変わらずだったので安心もしていたりする。
「く……ふふ、ははははは……まったく、お前のような奴は初めて見たな」
「そりゃどうも」
 それを聞いたエヴァンジェリンはというと突然笑い出す。
士は今まで出会ってきた人間の中でかなり特殊な部類だった。まさに己の道を行くといった感じである。
かつて、自分が憧れた者に似てるようにも見えるが、士は更にその上を行くような気がしてしまう。
一方で言われた士は呆れた様子でため息を吐いていたが。
「は〜い、ど〜ぞ〜」
「叶さん。こいつらお客じゃないんだが……」
「ちょっとしたサービスよ。まぁ、次からはお金はもらうけどね」
 呆れた顔を見せる士にエヴァンジェリン達にコーヒーやクッキーを出した叶はちゃっかりとそのこと付け加えつつ答えていた。
まぁ、こういった細やかなサービスを欠かさないのがフォトショップの売りの1つではあったりするが。
「ふむ、コーヒーは普段は飲まないのだが……これは中々の物だな」
「あ、美味しい……」
 とりあえず飲んでみるエヴァンジェリンと刹那だが、苦みを抑えた飲みやすい味に少しばかり驚いていた。
麗華も声には出さなかったものの、目を見開いていることから同じように驚いているのがわかる。
ちなみにとある不幸体質なライダーのお姉さん程ではないものの、叶もコーヒーにはこだわりがあったりする。
また、紅茶も淹れられないわけではないが……味はコーヒーより落ちるとだけ答えておこう。
「あ、あの……これ、は?」
「え? なにって、普通のオレンジジュースとショートケーキだけど?」
 一方、麗葉は出された物に戸惑っていたが、そのことに望が首を傾げている。
望が言うように麗葉の前に出されたのは普通のオレンジジュースとショートケーキである。
まだ子供な麗葉にコーヒーはまだ無理だろうと思って叶がそうしたのだが――
「無理もない。天寺家ではこういった菓子の類は出したことが無かったからな」
「そうなんだ」
 そんな麗葉の姿を見つめながら話す麗華の言葉に望はそういうこともあるのかと思ってしまった。
そして、それはなんだか可哀想な気がしてくる。麗葉に自由が無いような気がして――
まぁ、その考えはあながち間違いでは無かったが。なぜなら、麗葉は天寺家を継ぐ者として育てられていた。
そのせいで子供らしいことはほとんど出来なかったのである。
 そんな中、麗葉は戸惑いながらもフォークを使ってショートケーキを一口食べいた。
もっとも、フォークに不慣れだったようで、一口食べるまで悪戦苦闘していたが。
で、食べてみて目を丸くしたかと思うと嬉々といった様子で食べ始めたのである。
その様子に気に入ったのだと思った麗華は微笑ましそうに見つめていた。良く考えれば、妹のこういった姿は初めて見るような気がする。
いつも見るのは天寺家の跡継ぎとして育てられる姿だったから――
「あれ? 君は飲まないの?」
「え、あ、その……私は……」
 ふと、茶々丸がコーヒーに手を付けていないことに気付いた雄介が問い掛けるのだが、茶々丸はどこか困ったような顔をしていた。
「私はガイノイド……いわゆる機械の体ですので、食物を摂取出来るようにはなっていないのです」
「へ? ロボット!?」
「ああ、茶々丸は知り合いが私の従者として創り上げた物でな。一部に魔法を使っているが、科学の産物という物らしい」
「どんな奴らだよ、それ」
 すまなそうに答える茶々丸の言葉に雄介は驚きを隠せなかった。
確かにぎこちなさはあるし、良く見れば機械的な箇所もいくつか見受けられる。
でも、それに気付かなければ普通の少女に見えてしまうのだ。なので、望と麗華も目を丸くして驚いている。
 そして、茶々丸の経緯を簡単に話すエヴァンジェリンだが、それを聞いた士はジト目になっていた。
詳しいわけではないが、茶々丸を創り上げるには相当な技術力がいるのは容易に想像出来る。
それを可能にした者達がどんな者か気になった故の反応であった。
「あ、いや……気にしないでくれ。気付かなかった俺も悪かったし」
「そういえば……なぜ、あなたが麻帆良にいるのだ? 15年前に退治されたと聞いていたが」
「それか……ふん、思い出すだけでも忌々しい……」
 後頭部を掻きつつ頭を下げる雄介。
一方で麗華はそのことに気付いて問い掛けるが、エヴァンジェリンは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「15年前のあの日、私はナギの奴に登校地獄という呪いを掛けられたんだ。
授業がある日は病気でもない限り必ず学校に行かなければならないという呪いをな」
「なんだ、そのツッコミ所満載な呪いは?」
 忌々しそうな顔をしたまま話すエヴァンジェリンだが、聞いた士は思わずジト目で突っ込んでいた。
良く見ると問い掛けた麗華も同じような目をしている。まぁ、士の言うとおりなので同じ目を思わずしてしまったのだが。
「士達は知らんだろうが、私は昔色々とやっていてな。その罰といった所だ。
もっとも、あいつが力任せに呪いを掛けたせいもあって、15年間麻帆良から出ることが出来なくなったがな」
 遠い目をしながら窓の外を見ながら答えるエヴァンジェリン。話を聞いた士はそれだけで察していた。
エヴァンジェリンは何か悪いことをして、その罰としてナギと呼ぶ者にそのような呪いを掛けられたのだと。
「しかし、奴は……私が卒業した頃に戻ってくると……
光に生きてみろ、そしたら呪いを解いてやると言ったのに……奴は来ないどころか10年前に……
馬鹿な奴だ……悪の魔法使いである私に光に生きた所でどんな意味があるというんだ……」
 そのまま話し続けるエヴァンジェリンだが、その表情はどこか物悲しげに見える。
そのことに士と叶、茶々丸以外の者達は息を呑んでいた。
「そんなのって……」
「あの、その呪いは……解けないの?」
「ナギの血縁者の血を吸って魔力を高めるか、ナギ以上の魔力を持つ者なら出来なくもないが……
血縁者はまだしもナギ以上の魔力を持つ者などそうはいない。今の内は無理だろうな」
 それを見て愕然とする雄介。
望も可哀想だと思いながら問い掛けてみるが、エヴァンジェリンから返ってきた言葉は芳しく無いものであった。
そのことに望と雄介は悲しそうな顔をする。が、実を言えばエヴァンジェリンは全てを話したわけではない。
ナギの血縁者はこの麻帆良にいた。そして、エヴァンジェリンはその者を使って呪いを解こうと考えていたのである。
だから、エヴァンジェリンとしては望と雄介ほどの悲壮感は無かった。
「なんで来なかったのかはわからないが、そのナギって奴はそのままの意味で言ったんじゃないんじゃないか?」
「なに?」
 が、そんなことを言い出した士の言葉にエヴァンジェリンは訝しげな顔を見せた。
一方、話している士は視線を向け――
「どういうことだ?」
「多分だけどな。ナギって奴はお前さんに光り輝く生き方をしてみろって言いたかったんじゃないのか?」
「光り輝く、だと? 悪の魔法使いである私にか?」
 士の言葉にエヴァンジェリンは拒絶の意志を見せる。
士や望達はこの時は知らないが、エヴァンジェリンは今でこそ取り下げられているものの、多額の賞金を掛けられていた。
いわば悪人であり、そんな自分が光り輝くことなど出来ないと思っていたのだ。
それに対し、士は右腕を高く上げて人差し指を差し――
「ある奴はこんなことを言っていた。人はどんな形であれ光を持っていると。
だが、そいつを輝かせられるかはそいつ次第でもあるとな。エヴァ、お前がどんなことをしてきたかは知らない。
けど、そんなお前でも光を持っているはずだ。エヴァという名の光をな。
ナギって奴は自分の光を輝かせられる奴らの中で自分を輝かせ方を探してみろと言いたかったのかもしれないな」
 エヴァンジェリンを真っ直ぐに見据えて答える士の姿にエヴァンジェリンは息を呑んだ。
なぜか、士から光を感じた。太陽や電灯のような物とは違う暖かな光を。
「では、どうすればいい? どうすれば……そんなことが出来る?」
「さてね。人によって違うかもしれないから、俺にもそれはわからんよ。
だが、例え後悔したとしても、その後悔を糧にして生きていくのは必要だとは思うけどな」
 だからだろうか? エヴァンジェリンは知りたかった。そんな生き方をする方法を。
が、士は肩をすくめるだけであったが。それでもエヴァンジェリンには不思議と腹ただしさは無かった。
逆に彼がそう言うのだから、そうなのだろうと思えてしまう。
一方で刹那はそんな光景を羨ましく感じていた。そして、考えてしまう。自分にそんな生き方が出来るだろうかと。
だって、自分はこの体のせいであの人から離れるしかなかったのだから……
「ふん、まぁいい……行くぞ、茶々丸、刹那」
「はい」「え? あ、はい!」
 ため息を吐いてから、エヴァンジェリンは席を立ちながら声を掛ける。
それに茶々丸は静かにうなずき、刹那も慌てて返事を返した。
「じじいにお前達のことは話しておいてやる。呼び出しを受けるだろうが、それには応じておいた方がいいぞ」
「ああ、変な波風を立てる必要も無いしな。そうさせてもらうよ」
「ふん、コーヒーは美味かったぞ。また、貰いに来るからな」
「金は払えよ」
 答えてからため息混じりに返す士に、言い出したエヴァンジェリンは笑みを見せてから店を去っていく。
茶々丸と刹那も頭を下げてから後を追うようにして同じように去っていったのだった。
「でも、これから本当にどうするの?」
「さてな……俺達がなんでこの世界に来たかはわからないが、怪人達もここに来たのは偶然ってことは無いだろ。
まずはそっちをなんとかした方が良さそうだ」
 不安そうな望の問い掛けに士は天井を見上げながら答える。
異世界に来てしまった自分達と怪人達。互いがこの世界に来たのは偶然とはなぜか思えなかった。
しかし、関係があるとすればそれくらいで、他に何があるかはわからない。
わからないがこのままでいいということでもないし、麗華達のこともある。山積みな問題に士は頭が痛くなる思いだった。
「そういえば……麗華さん達はどうするんだ?」
「え? 私達……ですか?」
「お前達はここにいろ」
 ふと、そのことに気付いた雄介が問い掛けるが、麗華はというと戸惑っていた。
実を言えば、士達を巻き込みたくなかったので今すぐにでもここを離れたかったのだが、その前に士に言われてしまう。
「し、しかし……」
「あの藤島って奴は逃げただけで、まだこの辺りにいるはずだ。そいつがまた何かしでかさないとも限らないしな。
だったら、そばにいてくれた方がまだ安心出来る。部屋を貸すから、今日はそこに泊っておけ」
 戸惑いながらも断ろうとする麗華であったが、士の反論に何も言えなくなってしまった。
実際の所、士の言うとおりでもあるので、麗華としては断りにくかったのだ。
「だ、だがな――」
「それに麗葉を野宿させる気か?」
「う……」
 それでも断ろうとする麗華であったが、士の容赦ないひと言に今度こそ何も言えなくなってしまう。
自分は藤島の手の者達から逃げ回っていたために野宿は慣れている。しかし、麗葉は年齢も考えるとかなり難しいだろう。
それ以前に麗葉にそのようなことをさせたくは無かった。
「しかし、ここが襲われたりしないだろうか? あの時も気配を感じたから、私は去ったのだが――」
「その時はその時で追い出せばいい。人の家で勝手に暴れられても困るからな」
 それでも懸念はあったので麗華は聞いてみるのだが、士はあっさりした様子で答えていた。
それを聞いて麗華は納得する。士は戦いも出来るし、知略といった面も優れているようにも見える。
そこまで考えて、ふと麗葉へと顔を向けてみた。
「ん? どうしたんです?」
「いや、なんでもない」
 食べ慣れてないせいか口の周りにクリームを付ける麗葉に微笑みつつ、そのクリームを拭き取ってあげた。
それと共に思う。この子にはつらい思いはさせたくはないと。
「すまない。世話になる」
「あ、そういえば……俺はどこに寝ればいいんだ?」
「すまないが、客間は1つしかないんでな。布団は貸してやるから、リビングで我慢してくれ」
「そ、そんなぁ……」
 頭を下げる麗華だが、そこでそのことに気付いた雄介が問い掛ける。
ここは士、望、叶の家であって雄介の家では無いので当然部屋は無く、士の提案に雄介は思わずうなだれてしまう。
そのことに店内で笑いが起き、その光景に麗華はどこか心休まる物を感じるのだった。


 その頃、エヴァンジェリン、茶々丸、刹那は静かに歩いていたのだが――
「あ、あの……士さんが言っていたことは……本当でしょうか?」
 ふと、刹那はそんなことを問い掛ける。異世界から来た。士はそう言っていた。
しかし、刹那としてはそれを信じることが出来ない。確かに士が持つ力は異常だ。異常ではあるが、異世界から来たという証明にはならない為に。
「さてな。だが、わかったこともある。他の奴らはどうかはわからないが、士という奴は自分本位にしか動かない。そういう奴だ」
「自分本位……ですか?」
「ああ、ナギも似たような物だったが、士のはその上を行く。本当に面白い奴だよ」
 首を傾げる刹那にエヴァンジェリンはニヤリとした笑みを向けつつ答える。
エヴァンジェリンとしては楽しいと思えるのだ。今まで士のような者に出会ったことが無かったから。
だから、士がどのような行動を見せるのか、楽しみに思えてしまうのである。
 そんな時、エヴァンジェリンはふと考えてしまう。こんなにも楽しみと感じたのはいつぶりかと。
茶々丸が創られる時やナギの血縁者が来た時も感じなかったわけではない。しかし、ここまで楽しみと思える程では無かった。
本当にこれからどうなるかが楽しみだ――そんな笑みを浮かべるエヴァンジェリンを茶々丸は静かに、刹那は訝しげに見つめるのだった。


 夜、客間にいる麗華はふと窓の外を眺めていた。
このようにゆっくりと眠れるのはいつかぶりだったか……ふと、そんなことを考えながら――
「ん、お姉……様」
 そんな時、布団に眠る麗葉がそんな寝言を漏らし、麗華は微笑みながら布団をかけ直す。
だが、その表情がしばらくして悲しげな物へと変わってしまう。そして、包帯を巻いた両手を見つめていた。
思い出すのは入浴の時。その際、麗葉と久しぶりに一緒に入ったのだが、その時の麗葉のつらそうな目が忘れられない。
理由はわかっている。この醜くなった体のことを気にしているのだろう。それはある意味嬉しくもあった。
でも、同時に悲しくもなってしまう。未だになぜこのような姿になってしまったのかがわからない。
だから、元の姿に戻れるかどうかもわからないし、戻れなければ麗葉の元を去るつもりでいた。
自分のこの醜い姿はどんな形であれ、麗葉を苦しめてしまうだろうから――
それ故に麗華はこの時を麗華との最後の思い出にしようとも考えていた。
「士には感謝しなければな。この時を与えてくれたことに……」
 思わずそんなことを呟いてしまう。もし、士と出会わなければこのような時は一生訪れなかったかもしれない。
そう思うと士に感謝してもしきれなかったし、どうにかして彼にお礼をしたくもあった。
でも、この体ではそれも叶わない。それを考えると、この時ほどこの体を恨めしく思ったことは無かった。
「私は……どうすれば良いのだろうか……」
 そんな疑問を思わず口にしてしまうが、今の麗華にその答えは見つかりそうもない。
その思い故に麗華は眠れぬ夜を過ごすこととなった。次の日、自分に待ち受ける運命も知らないままで――




 あとがき
というわけで、見知らぬ土地では無く見知らぬ世界に来てしまった士達。
なぜ、彼らは異世界に来てしまったのか? それは後で明かされます。
一方で麗華は妹の元を去ろうかと考えますが……果たしてどうなることやら。
次回は藤島達の襲来、と思いきや怪人達も再襲来。そのことで追い詰められる士達。
その時、麗華の決意がある奇跡を生み出す――といったお話です。

ちなみに拍手で書き直すの大変ですねと言われましたが――
実際の所ワープロソフト使って書いてますので、当然ながら元の文章はちゃんと残っております。
まぁ、にじファンに残ってる物をコピペするという手もありますがね。
ただ、流石にそのまま掲載はまずいので修正したりしてますがね。
では、次回またお会いしましょう。



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