準備を始めましょう
それぞれの思いを胸に秘めて
未来を掴む為に
幸せな明日が来る事を信じて
僕たちの独立戦争 第二十三話
著 EFF
「ミナトさん、私ってまだ何も知らない子供なんでしょうか?」
食堂でミナトと食事を終えたルリが聞いた。
それを聞いたミナトは少し考えると話しだした。
「う〜ん、難しいわね。
多分、ルリルリはバランスがおかしいと思うの。
物事をドライに考えているけど、そういう環境で生活した所為だと私は思うな。
普通は大人が経験を積む事でドライになる事はあるんだけどルリルリ位の年齢では滅多にないから」
「バランスですか?」
不思議そうに聞くルリにミナトは話す。
「ルリルリは一般常識は知っているけど体験した事がないでしょう」
「……そうですね。それはアクアさんにも言われました」
「そっか〜それを聞いてルリルリはどう思ったの」
「その時は良く分かりませんでしたが、今は少し理解できました」
ミナトはアクアの教育が順調に進んでいる事を知って微笑んでいた。
(ルリルリも大分表情が出てきたわね。
最初に会った時はあまり感情の起伏がないみたいだったから気になったけどもう大丈夫かな。
でも火星に着いたらアクアちゃんはナデシコを降りるから大丈夫かしら)
アクアが火星で降りる事はナデシコのクルーは知っているのでルリが一人に戻る事にミナトは不安を感じていた。
多分アクアはその時の為に私やメグミちゃんと話すようにさせたのかもしれないとミナトは感じていた。
(まあ、信じてくれてるから期待に応えないとね)
目の前にいるルリを見つめながらミナトは思っていた。
「ミナトさん、アクアさんの事なんですが……」
少し声を潜めてミナトに話すルリに、
「どうかしたの?」
優しそうに聞いてくるミナトにルリは話す。
「時々魘される事があるんですが、どうしたらいいですか?」
心配そうに話すルリにミナトはルリの変化を嬉しく思っていた。
「そうねえ、ルリルリはどうしたいの?」
嬉しさを隠すようにしてミナトはルリに尋ねていく。
方法は幾つかあるが、ルリが自分で見つける事にしたいのだ。
(教えるだけじゃなくて、考えて行動できる子にする事がアクアちゃんの望みだから。
お姉さんとしては簡単に教えちゃダメよね〜)
「方法はいくつかあるの。でもアクアちゃんはそれを望んでいると思うかな?」
内心では頼ってくれるルリにアドバイスをしたいが、それではルリの成長を妨げる事になると考えるミナトであった。
「望んでいるですか?」
「ルリルリと同じでアクアちゃんも頑固なところがあるの。
無理に聞いても教えてはくれないし、無理矢理に聞くのは嫌でしょう」
「私は……頑固じゃないですよ。
確かにアクアさんに聞いても教えてくれそうもないですね」
「多分ね、今のルリルリには聞かせたくないのよ」
反論するルリにミナトは苦笑したが、真面目な顔になるとルリに話していく。
「相当酷い環境にいたのが原因だと思うのよ。
人として生きていく上でまだ知るのは早いと判断するかもしれないわね」
「人としてですか?」
「人間ってさ、様々な人がいるのよ。
良い人もいれば、悪い人もいる。
ルリルリには人間の醜い面を見せて、人を嫌いになって欲しくないとアクアちゃんは思っているのよ」
優しく言い聞かせる姉のように話すミナトにルリは考え込んでしまった。
(あ〜、余計な事したかな?
でも今はアクアちゃんが知られたくない事を教えるのは不味いわね)
考え込んでいるルリを見ながらミナトは思う。
「それでも知りたいです。アクアさんの泣いてる顔は見たくないです」
真っ直ぐに話してくるルリにミナトは辛そうに話す。
「ちょっと卑怯な言い方になるけど、ルリルリは自分のいた研究所の事をアクアちゃんに話したい?」
「そ、それは……嫌です」
ミナトの質問にルリは研究所での生活を思いだして目を伏せて話す。
楽しいと思う事などなかった……毎日が同じことの繰り返しだったのだ。
ミナトやアクアには話したくはないとルリは思う。
そんなルリの様子を見ながらミナトは話す。
「それと同じ事なのよ。
アクアちゃんが生きてきた場所は私にもわからないけどルリルリが生きていた場所より良い環境かな?
もしそうなら話してくれるけど」
「……多分、最悪な環境だと思います」
人類研究所の事を思いだしてルリはアクアがそれよりも悪い環境でいた事を思うと何も言えなくなった。
アクアが教えてくれたラピス達の事を思うと公式の存在であった自分の環境はまだマシだったと思う。
(やっぱり私は子供なんですね)
現実を知らず、自分の感情のままにアクアの事を聞こうとする自分が恥ずかしかった。
そして自分がまだ子供で何も出来ない無力感に囚われていたルリにミナトが優しく話していく。
「信じてあげなさい、いつか話してくれるって。
アクアちゃんはルリルリのお姉さんだから大丈夫よ。
だから今は何も聞かないで、側にいてあげればいいの。
側にいるだけで救われる事もあるの」
「そ、そうですね」
(きっと教えてくれますよね。
その時には支えられるくらいの力があれば……いえ支えたいですね)
ルリは自分の変化に気付きだしたが、その変化を嬉しく思っていた。
最初は戸惑っていたが少しずつアクアの言う意味を理解していた。
こうしてミナトと話すようになって自分の世界が広がり始めた事を知って楽しくなってきた。
(やっぱりいい表情をするようになってきたわね。
あとはおしゃれとか女の子らしさを教えていかないと不味いわね。
アクアちゃんと相談しようかな)
ルリがいつも制服姿でいるのがミナトは気になっていた。
年相応の服装を見てみたいとミナトは思うところに厨房からアキトの声が聞こえてきた。
「また艦長が来てるのかしら……困ったものね」
「はい、もう少し真面目に仕事をして欲しいです」
声こそ困った感じだがミナトの表情は笑っていたのでルリは溜め息をついて話した。
周囲のクルーもいつもの事だと思って笑っていた。
「だから仕事の邪魔をするなよ!」
「アキト〜もう照れないでいいのに〜」
アキトの注意など気にしないでユリカは甘えようとするが、
「艦長、お昼の食堂は忙しいので仕事の邪魔をしないで下さい」
テラサキ・サユリが呆れながら注意していた。
「ゴ、ゴメン、サユリちゃん。
ユリカ、仕事中だから邪魔をするなって言ってるだろ。
さっさと離れてくれ!」
「ええ〜〜」
ユリカが二人に話そうとした時にムネタケがウィンドウを開いて話してきた。
『艦長、悪いけどブリッジ要員のシフトを少し変更するわよ』
「えっと何故ですか?」
ユリカが尋ねるとムネタケが答える。
『整備班から連絡があったのよ。
アンタに対艦フレームの機動テストを申請してたけど一向に連絡がないからアタシに聞いてきたの。
いい加減遊んでいないで事務仕事をしなさいよ。
とりあえず各部署には急ぎの申請はアタシのほうに回すように通達したから良いけど、
このまま仕事を放棄するようなら本気で降格させるわよ』
ムネタケはそう伝えるとウィンドウを閉じていった。
厨房にいるホウメイも呆れながらも注意する。
「艦長、注文してご飯を食べたら仕事に戻るんだよ。
これ以上厨房で遊ぶようならプロスさんに連絡するしかないね」
「……はい」
ムネタケとホウメイに注意されたのが効いたのか、ユリカは注文をいうと厨房から出て行った。
「テンカワも慰めないようにね。
そうやって中途半端にするから艦長も甘えるんだよ」
トボトボと歩くユリカに声をかけようとしたアキトにホウメイは注意する。
『そうですよ、アキトさん。
八方美人はダメですよ。
そうやって無意識の内に女の人を口説くのは悪い癖ですよ』
「ちょ、ちょっと待って下さい。
俺はそんな事をしていませんよ、アクアさん」
開かれたウィンドウから告げるアクアにアキトが話すと周囲にいたホウメイガールズはため息を吐いていた。
それを見たアキトは不思議そうに話す。
「なんか変な事いいましたか、俺?」
『自覚のないのも困ったものですね。
そのうち女性に刺されても知りませんよ』
呆れるように話すアクアに周囲の者も頷いていたがアキトは理解できない様子だった。
「で、注文はなんだい」
ホウメイが苦笑しながらアクアに注文を聞いたのでアクアは注文を話した。
『ナデシコ定食四人前お願いします』
「そんなに食べるんですか?」
アキトがアクアに聞くと、
『失礼ですよ、一人で食べると思ったんですか?』
ピキリと空気が凍る音をサユリ達は聞き、ホウメイも苦笑している。
だがアキトは気付かずに話す。
六人はアキトの朴念仁さに呆れるような感心するように見ている。
「違うんっすか?」
『あとでお仕置きしますからね。
この際、テンカワさんの性格の矯正もしましょうか?』
黒いオーラを出しながらアクアはアキトを見ていた。
周囲の者はアキトの冥福を祈るように手を合わせていた。
「で、でもアクアさんいつもよく食べるじゃないですか?」
地雷を踏んだと気付き焦りだすアキトにアクアは訊く。
『つまりテンカワさんは私ならこのくらいは当たり前に食べると思っているんですね』
「い、いえ、そういう訳じゃ」
『ではどういう意味ですか?』
「そ、それは……」
『ではご褒美に艦長の手料理を食べさせてあげましょう。
覚悟はいいですね』
それを聞いたアキトは顔を青くして叫んだ。
「イ、イヤだ―――――!!」
それを聞いていたクルーも顔を青くしていた。
一度見たユリカの料理は封印したいほどの物だったから。
「あ〜悪いけどそれはやめてくれないかな。
テンカワに寝込まれると困るんだが」
「ホ、ホウメイさん」
ホウメイの援護にアキトが嬉しそうにするとアクアが話す。
『安心して下さい。昼は私が代わりに手伝いますから』
「……それならいいかな」
「ノ、ノオ――――!!」
アクアの代案にホウメイが少し考えて答えるとアキトが悲鳴を上げていた。
『という事でテンカワさんの医務室行きは決定しましたので安心して下さい』
晴れやかな笑顔で話すアクアをアキトは絶望に満ちた顔で見ていた。
「まあ、冗談はこのくらいにしてブリッジに四人前でいいんだね」
『いえ、私は本気ですよ。
テンカワさんの朴念仁を治す為に一度地獄を見せた方が良いと判断したんですが』
ホウメイもこの一言を聞いて少し焦っていた。
『ア、アクアちゃんのいう事も分かるけど今は我慢してね。
対艦フレームのテストに参加して欲しいから食堂の手伝いは無理だからね』
慌ててムネタケがウィンドウを開いて話すとアクアは仕方ないといった表情で告げる。
『運が良かったですね、テンカワさん。
今回は反省しているみたいですからお仕置きは中止しますが、次はないですよ』
「はっはい、すいませんっ」
アキトがすぐに謝るとアクアはウィンドウを閉じていった。
『あんたも不用意な事を言うんじゃないの。
アクアちゃんはやる時は徹底的にするから死ぬかも知れないわよ。
しかもあんたはクロノと同じ朴念仁だから八つ当たりも入るから本気でやばいわよ』
ムネタケが憐れむように話すとアキトが聞いた。
「クロノって誰っすか?」
『アクアちゃんの彼氏よ。
今は火星にいるんだけどあんたと同じ朴念仁でアクアちゃんも苦労しているの。
女性を口説く気はないのにその気にさせるような言葉を話すとこなんてそっくりよ』
「そうですね。テンカワさんって自覚がないですから」
ジュンコがムネタケに話すと、
『ええ、みんなも気をつけるのよ。
テンカワって自覚がないから
じゃあブリッジに出前頼んだわよ』
そういい残してムネタケはウィンドウを閉じた。
「サユリも大変だけどアクアはもっと苦労しているみたいだね。
まさかテンカワと同じタイプの人間がいるとはね」
「ホ、ホウメイさん!」
ホウメイの声にサユリが慌てるがアキトには意味が分からず首を捻っていた。
「もしかして俺ってサユリちゃんに仕事で迷惑かけてた?
そうなら話してね」
それを聞いたホウメイはため息を吐いていた。
「サユリも大変だね。
いっそアクアに聞いたらどうだい」
「それいいかも。
サユリそうしなさい。アクアさんのアドバイスを貰うのよ」
「エ、エリったら何いうのよ」
顔を真っ赤にして話すサユリに、
「チャンスよ、アクアさんにヒントを貰って勝つのよ」
「そうよ、このままだとリョーコお姉さまも危険だから」
「ハルミまで、しかもミカコは何言っているのよ」
「だってテンカワさんって自覚ないから」
「そうだねぇ、テンカワは自覚ないから修羅場が近いかもね。
サユリも参戦するのかい」
冷静の状況を考えて話すホウメイに全員がサユリを見て頷いていた。
「あの〜参戦って何ですか?」
アキトの一言に全員が脱力感を覚えていた。
「アキトさん、聞いていましたよね?」
サユリが全員の思いを一つにして聞く。
「いや、聞いてたけどよく分からなくて」
全員がアキトの自覚のなさに恐怖した瞬間だった。
「さっ仕事を続けるよ、テンカワはブリッジに出前を運んできな」
疲れた様子のホウメイ達に首を傾げながらアキトは出前の準備を始めた。
ナデシコ食堂は今日も忙しかった。
―――木連 料理屋にて―――
「ナデシコが火星に向かっている事は事実のようです。
おそらく閣下は火星に戦争を始めると思います」
「そうだね。秋山の言う通りになるだろうな。
問題は火星が地球の戦艦をどう扱うかにも興味があるのさ」
秋山の説明を聞いた村上は話していく。
「つまり火星は地球から切り捨てられたから独自の行動をするはずなのさ。
地球の思惑など火星にとってはどうでもいいから、どう扱うかで火星の意思が見えてくるだろう」
「確かにそうです。
村上さんは火星がこの戦争の鍵を握っていると思いますか?」
「間違いないね。
火星は我々の事を知っていたから、備えも出来ていたんだよ。
しかも地球に見捨てられても諦めずに戦いを続けている。
おそらく火星はこの戦争を逆手にとって地球から独立する心算なんだろうな」
村上の意見を聞いて秋山は火星の行動を思い出して納得した。
「では火星は中立になるつもりですか?」
「その可能性はあるけど木連とは戦う事になるだろうな」
「閣下は本気で火星を攻撃するつもりみたいです。
部隊の再編を始めていますよ」
呆れた様子で話す秋山に村上も呆れていた。
「本当に目的と手段を取り違えているみたいだな」
「自分は明日から港湾施設を任されている南雲と新城の二人に接触して状況の分析を始めます」
「無理はするなよ。お前には生きて木連の未来を修正してもらわんとな」
村上の言葉に秋山は真剣な表情で頷いていた。
これからが自分の戦いだと秋山は思い、気を引き締めていた。
翌日、秋山は南雲に面会を求めて現在の状況を聞く事にした。
「南雲少佐に聞きたい事があるんだが時間を取って貰えないか?
実は気になる事があってな」
「は、はい。自分は構いませんが」
秋山に声をかけられて南雲は少し戸惑っていたが、秋山は気がついていない感じで話していく。
「おそらく閣下は火星との決戦を考えておられると思うんだが、
艦艇は足りるか聞きたくてな」
少し声を潜めて話す秋山に南雲は難しい顔をしていた。
それを見た秋山は訊ねる。
「やはり数は足りないのか?」
「そ、その件はここでは」
周囲を気にする南雲に秋山は頷くと話す。
「では場所を変えるか?
できれば新城も付き合って欲しいんだが」
「了解しました。
新城は自分が連れてきますので30分後に指揮所で」
「わかった」
二人は話を終えると行動を開始した。
30分後、二人は指揮所で新城有智を交えて話していた。
「すまんな。急に呼び出したりして」
「いえ、構いません。
自分としても閣下の前に誰かと相談しておきたかったので助かります」
新城の言葉に秋山は訊ねる。
「やっぱり状況は良くなかったのか?」
「……放射能の汚染が想像より深刻なものになっていました。
人員を内部に派遣するのはあと三ヶ月はかかりそうです」
「それから内部の修理と調整を行うのか?」
「いえ、無人機を廃棄処分にする予定にして内部の修理は始めていますので、問題は無いのですが」
言い難そうにする新城に秋山は話す。
「生産には更に時間がかかるんだな」
「はい、食糧の備蓄はまだ余裕がありますが艦艇の補充は不足するかもしれません」
新城が告げた事に秋山は考え込み始めた。
南雲と新城はその様子に少しおかしいと思っていた。
「秋山中佐、艦艇は十分活用できますが問題がありますか?」
「火星との決戦には使えますよ。
その後には使用できますので問題はないです」
「……本気でそう思っているなら怒鳴るぞ」
南雲と新城は秋山の声に驚いて質問した。
「ど、どういう事ですか?
現在の状況でも十分余裕はあります。火星との戦いに勝つのは間違いないですよ」
「自分も南雲さんの意見に賛成です。
秋山さんが考え込む事の方が不思議なんですが」
二人の意見を聞きながら秋山は告げる。
「先の戦いは辛うじて勝てたんだぞ。
今度はどうなると思う。火星に時間を与えた以上、戦力を整えてくるぞ。
それでも勝てると断言できるのか?」
秋山の言葉を聞いた二人は先の戦いを思い出していた。
「分かるか?
火星と地球では戦力が違うんだよ。勝てるとは限らんのだ。
勝てれば良いが負けた時は火星の報復に備える余裕があるのか教えてくれ」
秋山の質問に二人は内心の不安を吹き飛ばすように答える。
「大丈夫です、木連は負けません」
「そうです、正義が負ける事はありません」
「馬鹿野郎!
戦争を舐めるなよ!
戦争はゲキガンガーみたいな綺麗事では済まされんぞ。
正義が勝つんじゃないんだ、強い方が勝つんだ。
勝てたとしても戦線を維持できるだけの戦力が残るか?」
安易に勝てると信じている二人に一喝する秋山だった。
「俺が言っているのは万が一の時に備えて準備できるかと聞いているんだ。
俺達は常に最悪の事態も想定して行動しなければならないんだぞ。
先の攻撃を今度は市民船にさせる気か」
秋山の注意に二人は先の火星の核攻撃が市民船に及ぶ可能性を考えて顔を青ざめていた。
「負けた時に防衛できるだけの戦力はあるか?」
再度訊ねる秋山の声に二人は話していく。
「……現状ではありません。
補充できる艦艇や補修できる施設がない以上は迂闊に戦闘を行うのは危険です」
「決戦となると防衛用の艦艇も使うのでしょうか?
だとすれば木連の防衛力は著しく低下します」
最悪の事態に備えようとする秋山に二人も不安な様子で見ていた。
「閣下は勝てると思っているだろうな。
おそらく進言しても聞いては下さらないだろう。
閣下は何故か火星に拘っておられる。
移住の為かと思ってんだが、どうやら違うように思えてきた」
「そうなのですか?」
「ああ、おかしいとは思わないか。
南雲は火星に殲滅戦をする必要があると思うか?
別に占領して自分達の存在を公表しても問題はないと思うんだが、火星も地球の軍に捨てられた状況なんだ。
条件次第では我々に協力してくれるとは考えられないか?」
「ですが秋山さん、火星は地球と同じなんです」
「違うぞ、新城。
俺達の敵は火星じゃない地球連合政府だ。
俺達の存在を隠して都合のいい要求だけをしてきたのは地球であって火星じゃないぞ、違うか?」
秋山の言葉に二人は初めて火星について考えを改める必要があると感じていた。
「閣下は火星に侵攻するつもりだろうな。
最初に殲滅戦を選択した以上は火星の住民の事など気にしないだろう。
木連が生き残る方法は勝ち続けることだけだ。
敗北すれば木連が滅びる可能性も出てきたな、なんせ殲滅戦を選択した以上同じ事をされても文句は言えんな」
秋山の言い方に二人は木連が危険な状態に陥る事を知って不安を感じていた。
開戦当初、海藤大佐が反対してきた意味を理解したのだ。
木連のおかれた状況を知った二人に秋山は告げる。
「覚悟しておけよ。
火星との決戦に敗れた時は俺達が盾になって市民を守るんだぞ」
その言葉に二人は事態の深刻さを知り、気を引き締めていた。
―――ナデシコ アクアとルリの部屋―――
終わらない悪夢をアクアは見ている。
子供達が奪われ、感情を失い、アクア自身も人体実験をされている状況を見ている。
「やめて! これ以上クロノを苦しめないで!」
にやけた顔の男にアクアは手を伸ばして実験を止めようとするが。
「駄目ですよ、まだまだ続けたいですから」
クロノが苦しむ様子を楽しそうに見つめる男――山崎をアクアは殺したいと思った。
今まで人を殺したいなどと思わなかったアクアが初めて殺したいほどに憎んだ存在だった。
「殺す、必ずあなたは私が殺す!」
憎悪の言葉を吐き出して、必死にクロノの側に行こうとするアクアに山崎がニヤニヤと嘲笑うように話す。
「それは無理ですよ。
あなたはもう動く事も出来ませんから」
その言葉を聞いたアクアは自分の身体を見ると、アクアの身体は少しずつ遺跡と同化している。
「そ、そんな…クロノ!」
動かない手を必死に動かそうとするアクアの前でクロノは血を吐き出して崩れ落ちていく。
「イ、イヤ―――――ッ!!」
自身の叫びでアクアは暗い闇の中に沈んでいく。
「アクアさん! アクアさん!!」
目を開けると私の前にルリちゃんがいる。
「ル…リ……ちゃん」
「だ、大丈夫ですか、アクアさ、えっええっ!?」
思わずルリちゃんを抱きしめていた。
夢だと気付いた瞬間、ホッとした反面この先起こりうる可能性の一つに私は怯えていた。
「アクアさん?」
「ごめんなさい、もう少しだけこのままでいて」
「は、はあ……?」
(負けないわ。あんな悪夢など絶対に現実にさせるものですか)
私は今まで以上に誓うと怯える心を奮い立たせようとする。
アクアさんが魘され泣いている。
その事が酷く不愉快なものだと私は感じていた。
マシンチャイルド――この事がアクアさんを苦しめているのなら、私は運命を呪いたかった。
アクアさんはプロトタイプだと話していた。
私という成功例を生み出す為にアクアさん達が犠牲になっていたのだ。
(私はアクアさんを苦しめた結果のおかげで生まれてきたのでしょうか?)
人体実験――私はその言葉が嫌いになっている。
(どうして苦しまないといけないんですか……私もアクアさんもそんな事を望んでいないのに)
この力の所為で苦しんでいる……望んで得たわけではないのに。
「必ず変えて見せるわ……幸せになるために。
誰よりも幸せになって欲しいから……命に代えても必ず」
私を抱きしめているアクアさんが呟く。
(誓いなのかもしれない……私だけではなくラピス達も含めたマシンチャイルド全体の為に)
でも其処にアクアさんがいなければ何もならないと私は思う。
(私はアクアさんがいないと……どうして寂しいなどと思うのでしょうか?
何故?、どうして?)
こんな感情は今までなかったのだ。
「ごめんなさい、ルリちゃんに迷惑掛けたわね」
アクアさんが私を放して謝る。
「いえ、気にしないで下さい」
「そう、でもこれだけは話しておくわ」
「何でしょうか?」
私が尋ねるとアクアさんは真剣な顔で話す。
「どんな事があっても私はルリちゃんの味方よ。
例え世界の全てが敵になっても私とクロノは貴女を護るわ。
ええ、ルリちゃんは誰よりも幸せになって欲しいから」
「いいんですか?……幸せになっても」
私が問うとアクアさんは私の肩を掴み目を合わしてはっきりと告げる。
「当然よ、貴女は私の大事な妹よ。
他の誰よりも幸せにしてみせるから」
「でも犠牲の上に立った幸せなど「だからよ」」
私の言葉を遮るようにアクアさんが話す。
「確かに犠牲はあるわ。
だからこそ生きていくの……犠牲になった命の為にも諦めないで」
頭を殴られたように私はショックを受けていた。
「ルリちゃんは生きる事に諦めていたでしょう。
生きるって綺麗事じゃないの……苦しい事がいっぱいあるの。
誰もが幸せになる為に一生懸命に生きているから……ルリちゃんも諦めないで」
優しく抱きしめてくれるアクアさんの身体は温かかった。
(……ああ、そういう事。私はアクアさんが好きになっていたんですね。
だからアクアさんが気になるのですか)
私はアクアさんの温もりが好きだと知った。
「私はアクアさんも幸せになって欲しいです」
(人として生きたい……この人と一緒に)
「私は幸せになる為に此処にいるの。
だから心配しなくてもいいわよ」
楽しそうに話すアクアさんに私も微笑む。
「ちょっと狭いけど一緒に寝ましょうか?」
「……はい」
アクアさんの誘いに私は恥ずかしい気持ちを見せずに話す。
誰かが側にいて、優しく背を撫でて安心させる。
(……お母さんってこういうものなのでしょうか)
私は初めて知る行為に安堵して意識を手放し眠る。
眠っていくルリちゃんを見つめて私は誓う。
「誰よりも幸せにしてみせる……大事な家族だから」
クロノの妹という意味だけではなく、人として幸せになって欲しいと願う。
生まれこそ酷いものだったから、誰よりも幸せになって欲しい。
ラピス達のように護りたいと思う。
「運命なんて言わせない……必ず変えてみせる」
(私は諦めの悪い女ですからね)
―――ノクターンコロニー実験施設―――
「クロノさん、アクア様の指示で製作していた機体が無事完成しました」
「え、そんな事していたんですか?」
技術スタッフのレドル・フレイマーから聞かされたクロノは少し驚いていた。
「ええ、アクア様が言うにはこの先ブラック・サレナでは対応できない状況が出てくると思うので、
ダッシュに頼んで設計してもらったそうです」
『はい、未来は変わってきていますのでマスターには生きて帰って欲しいと言われまして設計しました。
木連に対する視覚効果も計算して作っておきました』
「視覚効果って事はまさか?」
クロノの疑問にウィンドウが開いて機体の映像が映し出された。
『三機のマシンが変形合体する機体です♪
言っておきますが性能は半端じゃないですよ、マスター。
ブラック・サレナ以上の機体を目指しつつ、訓練次第では他のパイロットの方も操縦できる機体を作成しました』
「名前はライトニング・ナイトです。
闇夜を切り裂く雷を纏った騎士だそうです。
この機体がクロノさんと火星を守る機体になって欲しいとアクア様は願っていました」
説明を聞きながらクロノは呟いた。
「俺が乗ってもいいのか?」
『復讐者としての生を終えたのなら、今度は家族を守る為に生きて欲しいそうです』
「アクア様の為にも生き残って下さい。
あの方がこの先幸せな日々を送られるには貴方が必要なのです」
ダッシュとレドルが真剣に語る事にクロノは目を閉じて思い浮かべる――アクア達家族を。
「守ってみせるさ、その為に此処にいるんだ」
誓うように答えるクロノにダッシュは話す。
『この機体はサレナ以上ですからね。
今のマスターなら他の二機もリンクによる自動操縦も簡単にできると思いますが、
訓練をして万全の状態にしますよ』
「分かった、みんなの努力を無駄にはしないさ。
俺はこのライトニング・ナイトで火星を守って、アクアの元に帰るよ」
「ではシミュレーターから始めましょう」
アクアの思いに応えようとするクロノにレドルは思う。
(アクア様の願いは叶いますよ。
クロノさんは火星と家族を守って必ずアクア様の元に戻られますので安心して下さい)
こうしてクロノは火星を守る為の新しい力を手にした。
来るべき第二次火星会戦の準備は進んで行く。
ダッシュからの報告を聞いたエドワードは安心していた。
(これでクロノは大丈夫だな。
あとは私達が生き残れば未来は変わっていくのだろうな)
「クロノに新型か?
まっ仕方ねえか、エクスがもの足りない様子だったからな。
これで第二次火星会戦で草壁の思惑を砕く事も可能だな、ギャフンと言わせてやるぜ」
「いいですね、火星の怖ろしさを理解してもらいましょう」
レオンが溜まっている鬱憤を晴らしたいと告げるとエリスも賛成している。
ここしばらくデスクワークが続いている二人は状況が変わることを期待しているのだ。
「エリスの方はエクスの操縦は万全か?
俺は一人で全部操作できるようになってきたぜ、この分なら本番でも使えそうだよ」
「私はまだそこまでは出来ません。
ですが操縦に関しては問題ないですよ」
「そうか、ブレードもいい機体だが今度の新型はそれ以上だからな」
「ええ、ブレードの操縦には苦労しました。
陸戦に関してはすぐに対応できたんですが、空戦形態には慣れるのが大変でした」
エリスはブレードでの訓練を思い出して話すと、レオンも頷いている。
「俺やマーズフォースのメンバーは戦闘機乗りもいたからそう難しくはなかったが」
「戦闘機の操縦はIFSがあっても慣れが要りました」
「だがブレードは訓練機としてはクセのない比較的扱いやすい方だぞ」
かつて戦闘機の操縦をしていたレオンは自分の経験に基づいた意見を言う。
「確かにそうですね。ブレードでの経験があるからこそエクスへの機種転換がスムーズに行きました」
レオンとエリスの意見を聞いていたエドワードは準備が整ってきた事を実感していた。
「現在、ジャンプゲートの設営が終了したので火星全域に部隊を展開させる事も可能になりました。
戦艦も予定通り十五隻になりますので木連の好きにはさせません」
作戦参謀のレイ・コウランの声にスタッフの士気も高まっていた。
都市毎に設置した簡易チューリップと呼べるジャンプゲートが完成した事も火星には幸運だった。
緊急時の避難が早く出来るというのは火星の住民の不安を少しでも解消できるので助かっているのだ。
『そろそろ火星の反撃を開始しましょう。
火星の住民を皆殺しにしようとした草壁に火星の力を見せつけましょう』
「そう言うこった。
草壁の思惑を外して、地球にも見せてやろうぜ。
俺達の力をな、そして火星は地球から独立するのさ」
陽気に話すレオンにスタッフも火星の独立に胸躍らせていた。
「それは良いが……レオンも仕事しろよ。
書類の決済できないんだが」
疲れた様子で話すグレッグにレオンも顔を顰めていた。
「これさえなけりゃ良かったんだがな。
書類仕事はうんざりだぜ」
「……私も嫌です、全然終わらないんですよ」
エリスも疲れた様子で呟いていた。
「当たり前ですよ。
火星は独立するんですよ。全て新規で作成する事が多いんです。
私達はまだマシな方です。
行政府なんて毎日が地獄のようなものですよ。
ダッシュが協力してくれたおかげで職員も助かっていますよ」
『当然ですよ。
マスターとアクア様が火星でのんびりと暮らせる為なら何でもしますよ』
「あとは経済をどうするかですね。
きちんとした経済基盤を確立しないと」
レイが火星の現状を話すとレオンも頷いていた。
「そうだよな、独立しようにも運営資金がないと意味ねえからな」
『その点は大丈夫ですよ、レオンさん。
アクア様は経済に関しても優秀みたいです』
「ああ、クリムゾンで英才教育されてたからな。
本人は嫌がっていたが……役に立つなんて思わなかっただろうな」
エドワードが昔を思い出すように話していた。
『それにシャロンさんも来られますので火星の行政と経済に関しては改善されますよ』
「あの子も優秀だったからな。
立場が悪かった所為で必死に勉強していた事を覚えているよ。
いい加減な父親のおかげで二人とも苦労していたな」
無関心な父親に認められようと勉強していたシャロンを思い出して、エドワードは火星で自由に生きて欲しいと思う。
「おかげで火星は助かりますよ。
スタッフも多い方がプランも建て易いです」
「レイさんは火星の行政の方も兼任していましたね。
もしかして……地獄なんですか?」
「……毎日が火の車ですよ。
次から次へと問題と書類がきてます。
多分ダッシュのサポートがなかったら全員……ダメかも」
恐る恐る尋ねるエリスにレイは答えた。
「でもよ〜なんでクロノは平気なんだ」
『それは簡単です。
マスターの場合は電子書類にしていますので処理するのが早いですよ』
「……オペレーターって良いよな」
レオンの呟きに全員が頷いていた。
火星は木連に滅ぼされるのではなく書類によって滅びるかもとダッシュは考える光景だった。
始める事の難しさを知るスタッフ達であった。
――いよいよ第二次火星会戦の日が近づいていた。
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EFFです。
いよいよ第二次火星会戦へと進んでいきます。
未来はどうなるのか?
ナデシコはどうなるのか?
では次回でお会いしましょう。
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