初めて会った姉
弟達が生きている
俺はどうすれば良いのだろう
巨大な流れの中に巻き込まれていく
俺はその流れの中で何を掴むのだろう
僕たちの独立戦争 第三十五話
著 EFF
「―――以上が火星で起きた出来事です」
プロスの説明にアカツキとエリナは声が出なかった。
「火星は歴史を改変するつもりです。
その為なら地球への核攻撃も視野に入れています。
ボソンジャンプの実用化が出来た以上、彼らにはビッグバリアなど無意味なものになりました。
クリムゾンはその可能性に気付き、いち早く安全を確保する為に近づいたようです」
スクリーンに映る人物に二人が目を向けるとプロスが告げる。
「この人物はアクア・クリムゾンです。
そしてこちらが……」
比較するように並び立つ瞳の色を除いてほぼ同じ顔の人物に二人は怪訝な顔をする。
「アクア・ルージュメイアンさんです」
「どういう事かな?」
意味が分からずプロスに問うアカツキに推論を述べる。
「同一人物の可能性があります。
どうやったかは不明ですが、彼女は自らをIFS強化体質に改造してナデシコに乗り込んだ可能性があります」
「そ、そんなの不可能よ!」
蒼白な顔でエリナが叫び、アカツキもその可能性を考えると絶句していた。
「ナデシコの中枢のシステムであるオモイカネを含むナデシコの全データーが彼女の手によって奪われました。
しかも私の想像が当たれば、ネルガルの内部情報が全て彼女の元にあります」
「ど、どういう事よ!」
「クロノ・ユーリという人物は未来から逆行したテンカワ・アキト氏である可能性があります。
彼は未来ではネルガルのSSに所属していたみたいです。
会長とも面識があり、お二人の事は知っていたみたいです」
告げられる事実にエリナは声も出ず、アカツキは肩を竦めるしかなかった。
「……完全にお手上げだね」
「彼からの伝言があります。
『いい加減、父親の妄執に引き摺られるな。これ以上企業の毒に犯されるな』と」
プロスが放つ言葉にアカツキは動揺していた。
「まさに今の会長は先代の遺志を受け継いで人の死にいい加減すぎますな。
まさか、会長が火星の住民を全滅させようとは思いませんでした。
彼女が反吐が出るという意味が今なら私にも理解できますよ。
『この人殺しが!火星の殺された150万人の住民の怨みを忘れるな、地獄に落ちろ!』と火星から言われました。
エリナさんも気をつけて下さいね。
ある日、目の前にボソンジャンプで爆弾が送られる日があるかもしれませんから」
辛辣な言葉で二人を責めるプロスに何も言えなかった。
「火星はネルガルの行為を表沙汰にはしませんでしたが、怨みを忘れた訳ではありません。
今後の対応次第では完全に敵対する関係になりますので気をつけましょう」
深刻な状況になりつつあるとプロスは告げていた。
「実際にマシンチャイルドの実験施設の襲撃に二人が関与しているのは間違いないでしょう。
エリナさんも気をつけて下さい。
ボソンジャンプの関連施設への攻撃が行われるか、責任者である貴女の命を奪う可能性もあります。
ホシノさんと同等の能力を持ち、戦闘力では私を上回る可能性がお二人にはあります。
一対一なら対応も出来ますが、二人を相手にするのは避けるべきです。
先程のお聞きした地球全域の放送の手際の良さといい、情報戦では向こうの方が一枚上手です。
おそらく遺跡も火星が押さえたのでしょう。
強引な手段を用いるのは構いませんが、その時は地球全土を巻き込んだ惑星間戦争に発展する可能性があります」
プロスの懸念を聞いて、二人も悩み始める事になる。
ボソンジャンプの利権を独占したいが、地球全土を巻き込む惑星間戦争になると言われれば、さすがに二の足を踏む。
しかし状況は二人の悩みなどお構いなしに変化していく。
―――火星極冠遺跡内部―――
火星はチューリップを全て破壊して木連の増援を無くす事に成功していた。
現在はハーメルンシステムで掌握した無人兵器の改修を急ピッチで行いながら、次の準備を進めていた。
そんな中でクロノはアクア達を伴って演算ユニットの切り離しを行っていた。
演算ユニットを確保して、所在を擬装する計画を進める。
本当は太陽にでも放り込みたいのだが、火星の最大の利点でもあるボソンジャンプの研究には必要不可欠でもあるのだ。
スタッフも色々と複雑な思いで作業している。
誰もが厄介な問題を古代火星人が遺したと考えて、この先に起こりうる可能性に複雑な心境になっていた。
そこにはアキトとアイちゃんとその母親のアリサ・メイフォードの姿もあった。
クロノがプレートを演算ユニットに差し込んだ時にアイがジャンプアウトして来たのだ。
三人が笑いあう光景を静かに見つめるクロノにアクアが、
「行かなくてもいいのですか、貴方には……ごめんなさい」
泣きそうな顔をするアクアの頬を優しく撫でクロノは言う。
「いいんだよ、あれはアイツがしなければならない事なんだ。
俺の役目はこれからなんだよ。
それに俺にはアクアがいるから寂しくはないよ、ずっと一緒に生きていこうな」
その言葉にアクアはクロノに抱きつき泣き出した。
それを見ていたルリ達は驚いていたが、
イネスがクロノに近付き二人に何か囁くとアクアは笑い、クロノは苦笑して退きはじめた。
イネスはそのままアイの元に行くとアイが再びジャンプした。
イネスは驚くアキトに何かを告げ、アリサに抱きつき泣き出した。
20年の時を超えて再開した母と娘を、事情を知る者はただ静かに見守っていた。
ルリはクロノに尋ねた。
「クロノさん、聞きたいですがいいですか」
「……アキトがユートピアコロニーで初めてジャンプした時にあの少女が巻き込まれたんだ。
彼女は古代火星人に救われ、今火星に帰ってきたんだ。
そして再びジャンプして、20年前の火星の砂漠に記憶を失って落ちたんだ。
彼女を保護した人物はフレサンジュ博士でな。
俺はずっとこの時を待っていたんだよ。
再び家族が再会できるこの瞬間をね」
「……そうですか、ではその事を知るクロノさんは未来から来られたのですか。
とても信じられませんが」
「今は詳しくは言えないが、家族を救う為に運良く戻れた事にしてくれると助かるよ。
あまりいい未来じゃなかったんだ。
……辛くて悲しい事が多すぎて言えない事ばかりなんだ」
諭すように優しく話すクロノにルリは聞きたいのを堪える事にする。
アクアもクロノの声に顔を俯かせていた。
「それは私も含むのですね……分かりました。
今は聞きませんが、いずれ教えてもらいますよ」
「ありがとう、ルリちゃん。……いつか笑って話せる日が来るといいな」
「……そうですね、アキトさん」
ポツリと呟いた言葉にアクアが驚いてルリを見た。
ルリは笑みを浮かべて言う。
「少し考えれば分かりますよ、バイザーを外したのは失敗ですね。
瞳と髪の色は違いますが朴念仁の天然の女たらしがそんなにいる訳ないでしょう。
兄弟かと思いましたが先程の説明で推測した事で引っ掛けさせてもらいました。
アクアお姉さんが驚かなければ、間違いだと思いましたが事実みたいですね
それにあの事もありますから」
ルリはクロノに謝られた一件を口にする。
「ルリちゃん、成長したわね。お姉さんも驚いたわ」
「アクアさんが人間観察は面白いと言われて試したのですが、
事実なので続けると航海中お姉さんがアキトさんを守ろうとしている事に気が付きました。
時々苦しそうにされるので恋愛関係ではなく、何か理由がある事と思いました。
たまに魘されてましたよ、アキトさんに謝り続けるように泣いていましたが聞けませんでした。
それもいつか教えて下さい、では」
ルリはアクア達の側から離れ、ラピス達の処に行って仲良く笑いながら作業を見ていた。
クロノはアクアを抱きしめて、
「馬鹿だな。前にも言ったろ、気にする事はないって」
「でも、それでも気になるんです。
怖いんです……いつか失うんじゃないかと思うと……」
大事な家族を失う事をアクアは怯えていた。
クロノやラピス達と触れ合う事で彼女は強さと弱さを知ったからだ。
そんなアクアをクロノは守っていきたいと考える。
「そう思うのなら俺と一緒に幸せになってくれるといいな。
家族なら痛みを分かち合うものだろ」
静かに語るクロノにアクアはただ頷き、泣き続けた。
クロノはそんなアクアを抱きしめ続けた。
その二人に近づいたシュンが言い難そうに告げた。
「……ああ、すまんが作業は終わったぞ。次はどうするんだ、クロノ」
「ダミーの演算ユニットを付けて撤収しよう。
悪いな、迷惑をかけたな」
「いいさ、これで一段落するし、次は地球か木連の攻撃までは大丈夫だろうしな。
とりあえず火星は敵勢力の掃討が終わったから、しばらくは大丈夫だろう。
まあそこにいて作業の確認をしてくれたらいいぜ」
苦笑するクロノに、シュンも苦笑しながら作業に戻った。
「みんなに迷惑をかけますね」
「大丈夫さ、その分頑張ればいいさ。仲間なんだから」
「そうですね……でも浮気はイネスさんだけですからね」
「……はい」
さり気なくクロノに釘を刺すアクアであった。
作業を終え全員がいなくなった遺跡は再び静寂を取り戻した。
精巧に作られたダミーの演算ユニットは後に意味を示す事になるが今は誰も知らない。
―――木連作戦会議室―――
「生存者は……いなかったか」
「はい、敵の砲撃は重力波砲ではなく別の攻撃手段でした。
市民船全域の放射線の汚染は酷く作業に当たった無人機も損害が出ていました」
(山崎を失った……これで私の計画は白紙になると言う事か)
生体跳躍による跳躍攻撃が出来ないと草壁は判断している。
偶然だと思うが、火星の攻撃で木連は勝利条件の一つを失った事になる。
また一つ自分の思惑が崩れた事に草壁は苦々しい思いで戦略の練り直しを急ぐ事になると判断している。
「そうか、ご苦労だった秋山君。
新城君、遺跡と港湾施設の状況を説明して欲しい」
秋山を労うと草壁は現在の状況を新城に報告させる。
「はっ、秋山中佐のおかげで遺跡への攻撃はなく、予定より一月遅れで遺跡の使用が可能になります。
また港湾施設も損害を三割に抑える事に成功したので、遺跡の使用と同時に作業できます」
「よろしい、当面は防御に専念する。
まず遺跡を用いて食料の再生産を始める事で市民の不安を和らげる。
また市民には現在の状況を正確に教える事で注意を呼びかけていく事にする。
戦艦の補充も急がせるが、火星の攻撃もひと段落した今なら急を擁する事もないだろう。
あとは火星方面からの機動爆雷に対する警戒を厳重にせよ。
向こうの攻撃を喰らう気はないが、こちらに心理的圧力を加えるには十分な効果がある。
一つでも市民船に当たれば被害は深刻なものになり、地球との決戦に影響する。
これより地球と火星とは別物として考える事にする。
地球に対しては今まで以上に攻撃の手は緩めないが、火星に対しては停戦の用意も考える。
先の火星の宣言からこの戦争は惑星間戦争へと変化している。
地球が我々と火星の国家承認をすれば停戦も出来るが、地球は我々の存在を否定した。
よって地球への攻撃は継続する」
草壁の宣言に状況を理解した士官達は対応を改める必要性を感じていた。
「何を言うのですか!
地球も火星も我々の敵であります!
停戦など必要ありません。
私に艦隊を預けていただければ、火星など簡単に負かしてみせます」
強硬派の発言に状況を読めない者が騒ぎ立てる。
(やはり木連は危険な兆候にあるな。
閣下は先の火星の宣言の意味を理解しておられるが、馬鹿は何処まで行っても馬鹿のままか)
秋山は冷めた視線で強硬派の士官に追従する士官達を見つめていた。
草壁も呆れた様子で彼らを見つめていた。
「では火星の機動兵器に対する作戦があるのかね」
「そんなものは必要ありません!
数で押し潰せばいいのです。
我々には無限の生産力を持つ遺跡があるのです」
草壁の問いに強硬派の士官は愚策とも言える意見を述べた。
「この愚か者が!
遺跡の生産力は年々衰えているからこそ、我々は移住を考えたのだ!
そんな事も判らずに勝手な事を申すな!」
都合のいい事を述べる者に草壁の怒号が浴びせられる。
「もう一度告げる。
きちんとした戦力分析を行った上で作戦を立案して来い!
それが出来ないなら貴様らに木連の戦力を回す事は無いと思え」
草壁の怒りを受けた士官達は怯えるように座り込むが、ある者は怒りの色に顔を染めて草壁を睨んでいた。
この日から木連も一枚岩でなくなり始める事になるとは誰も知らなかった。
―――ネルガル開発室―――
「完全に失敗したみたいね。
状況はネルガルにとって最悪な方向に進んでいるわ」
「オモイカネにマシンチャイルドの奪取か……ナデシコの運用も見直さないといけないみたいね」
「発進前のバックアップがあるからオモイカネの方は何とかできそうだけど、
ホシノ・ルリがいない以上、ナデシコのシステムの変更は確実にこっちに来るわね」
リーラとエリノアの会話を聞いた開発室のスタッフは仕事が確実に増える事に嫌そうにしていた。
「対艦フレームの方は……ウリバタケさんだったかな。
彼のおかげで完成品が既にあるからいいけど、オモイカネを含むシステム変更は急いでも二ヶ月は掛かる筈よ」
「コスモスのデーターを回してもらいましょう。
向こうはマシンチャイルドを使わずに運行するから、応用できるかも」
エリノアの意見にリーラも頷くとスタッフは負担が減る事に安堵していた。
「でも……もっと増える事になりませんか?」
シミュレーターから出てきたミズハが話す。
「どういう事かしら?」
「えっと、三番艦と四番艦のどちらかもマシンチャイルドによる仕様だったと聞きました。
だとするとそれの変更もこっちに回ってくるんじゃ」
リーラの問いにミズハが恐る恐る話していく。
「ありえるわね」
エリノアの呟きにスタッフは恨み言の一つでも上層部に言いたくなってきた。
「それに……ナデシコの改修もあるんじゃ」
ミズハの声に全員がうんざりしていた。
「当面は残業が続くわね」
「そうね、部屋の掃除をしておかないと荒れまくるわね」
「最悪は……泊り込みですか?」
「月のドックにいる連中に新型艦の方は任せるとして、私達はナデシコと対艦フレームの問題点を洗い出す事かな」
リーラが全員に告げるとそれぞれ作業の難度を考えていた。
「エステの通常フレームの変更もありますよ。
アクアさんが嫌がらせみたいにカスタム化の設計図をナデシコに残されてウリバタケさんが改造しているようです」
「……恨むわよ、アクア・ルージュメイアン。
私達の仕事を増やしてくれた恨みは忘れないからね」
こうしてアクアは残した仕事で開発室のスタッフに悪名を轟かせる事になった。
折角の好意が理解できないなんて失礼ですわね、とアクアは後にスタッフに嘯いていたが、
アクアを知る関係者は絶対に嫌がらせだと思っていた。
―――オセアニア連合軍基地―――
ブリーフィングルームに集まったパイロット達にレイから説明が行われていた。
「……以上が皆さんがこれから操縦するエクスストライカーの地球での基本性能です。
皆さんはこれから来る火星のパイロットを相手にシミュレーターでの対戦形式で操縦訓練を行ってもらいます。
何か質問はありますか?」
シンは手を上げて質問する事にした。
「一応、パイロットとして訓練を積んでいるのでシミュレーターでの機動訓練だけで十分ではないのですか」
自信満々に話すシンに隣に座っていたルナは呆れていた。
「調子に乗ってんじゃないわよ、馬鹿」
「そ、そりゃないだろう。
これでも実戦経験を積んでいるんだぜ。
今更新兵のような訓練なんて必要ないだろうが」
シンの声に賛成するパイロットもいたが、レイは嘲笑うように告げる。
「ブレードに乗って半年にも満たない新米パイロットが偉そうな事を言うものではありませんよ。
あなた達の相手をするのは第一次火星会戦から最前線で戦ってきたパイロットです。
経験も実績でも遥かに劣るという事を自覚しておくべきです」
痛烈な皮肉を浴びせるレイにパイロット達は頭にきたが、
「エクスストライカーはブレードとは性能が一段階上です。
ブレードの操縦に慣熟していないあなた達では相手になりませんよ」
レイの隣にいる女性から事実を述べられて、更にヒートアップしていく。
「あとは私がシミュレーターでお相手しましょう。
皆さんの実力を確かめるにはその方が効率的でしょう」
「それもそうですね。
ではヒヨッコどもの相手はまかせますよ、アクア」
「あんた、誰だよ?」
シンがその女性に敵意を見せながら聞くと、
「私はアクア・ルージュメイアンです。
あなたの隣にいるジュール・ホルストの姉ですよ」
楽しそうに爆弾発言をしてくれました。
「え、ええ―――!」
「ジュールのお姉さんって、嘘ぉ―――!」
俺達はジュールを見ると呆然としているジュールの姿があった。
そんな俺達を無視してジュールの前に来たアクアさんは優しく微笑んでジュールを抱きしめる。
「火星で弟達があなたの帰りを待っていますよ。
あの場所でなら私達は人として生きていけます。
もう逃げる必要も恐れる事もありません。
安心して暮らせる日がすぐそこまで来ていますよ、ジュール」
「お、俺は……」
動揺するジュールにアクアさんは優しく語りかける。
「いきなりで驚いたようですね。
クリムゾンと和解したのであなたの安全は確保しています。
異母姉弟として、あなたの希望はいずれ聞きますのでその時にきちんと答えてくれると嬉しいです。
私としては火星で家族として暮らしていく事を望んでいます。
モルガとヘリオもそう願う事を望んでいますので、いい返事を期待しますね」
優しく話すアクアさんにジュールは混乱していた。
「それでは明日より訓練を開始します。
各部署に分かれて作業をしますので場所を間違えないように気をつける事。
では解散!」
アクアさんはレイさんの方に向かい話をしていた。
ジュールは混乱という今まで俺達に見せなかった感情を見せていた。
一人立ち上がって部屋を出るジュールに声をかけようとしたが、ルナが俺の腕を掴んで止めた。
「そっとしておいてあげなさい。
独りで考えたい事もあるから……ね」
「……そうだな」
俺達の知らないジュールの姿がそこには在った。
部屋に戻ったジュールはベッドに腰掛けると呟く。
「今更、家族など……必要ないんだ」
「あの日、独りで生きていくと決めたのに何で今頃に……来るんだよ」
バイザーを外してぼんやりとしか見えない目を瞑って、過去の出来事を思い浮かべる。
自分を連れてクリムゾンの実験施設から脱走した母。
必死に自分を庇いながら火星で育ててくれた母。
最期まで自分の身を案じてくれた母。
自分を手に入れようとするクリムゾンの連中。
いつか兄弟を救うと誓い軍に入隊したあの日の事。
シンとルナという友人たちの事。
そして初めて会った姉。
自分が出来なかった事を叶えた姉。
火星で自分を待っている弟達。
様々な思いが渦巻きながらジュールは疲れたように眠っていく。
リチャード・クリムゾンの血を受け継いだ事を知らない彼はこれからどうなるのか。
彼の数奇な運命は急速に動き始めていた。
―――クリムゾン会長室―――
「皮肉なものだな。
クリムゾンの中には男子は生まれずに、外で反乱を起すような存在として生まれるなど」
報告書を読んでいくロバートはクリムゾンが滅びへと進んでいくように思えていた。
「末期症状に見えます。
次から次へと問題が発生しています」
ミハイルも呆れるように話す。
「リチャードのおかげで後継問題も混迷してくるから困ったものだ。
多分、全員が継ぐ気がないからどうするべきかな」
「困ったものです」
「しかもIFS強化体質だからな。
一般の社員には説明しても理解してくれんだろう」
「どうしましょう……火星に移転を本気で考えますか?」
後継者が出来た事はクリムゾンにとっては良い事なのだが、
本人も望んでいない力を与えられた事に対してどう対応するか……判断に苦しむ二人であった。
「とりあえず、ジュール・ホルストの状態を監視から保護に変更してくれ。
科学者どもが狙うようなら処理せよ。
クリムゾンの後継候補に薄汚い手で触れる事は許さんと伝えろ」
「分かりました。
SSには説明の上で近づかずに護衛するようにと指示しておきます」
「頼んだぞ。
傍にアクアとクロノ君もいるから大丈夫だと思うが」
クリムゾンの人材より傍にいる二人に期待して苦笑するロバートであった。
「精神面も改善してくれると助かります。
今の状態ではクリムゾンに敵対する可能性が大きいですから」
「……本当に問題だらけだな」
ロバートの呟きに焦るミハイルであった。
―――エドワード邸―――
「またパパとママが地球に行ったね」
「ダッシュにお願いしようか?
パパとママの所に行きたいって」
「向こうにはお兄ちゃんがいるんだよね」
「ジュール兄ちゃんに会いたいな」
「仕方ありませんね。
全員の意思を確認しますよ。
地球に行って姉さん達の手伝いをする気がありますね」
ルリが全員の意見をまとめると、賛成の意見しかなかった。
「ダッシュでは反対する可能性があるのでオモイカネに頼みます。
地球に出発する戦艦に密航して行きますので準備を始めましょう」
こうして子供達もまた自分達の意思で地球へ行こうと行動を開始した。
「どうするんだ?」
「このまま監視しておきましょう。
気付かない振りをしてアクア様の元に安全に移動できる手筈にしましょう。
勝手に動かれてバラバラになる方が危険だと判断します。
ルリさんもその点を気にしているから、全員ひと塊で行動しようと考えているのでしょう。
ルリさんは個人的にお金を持っていますから、なんとかなると判断したのかもしれませんから」
『いいのかな〜』
「ロバート様には連絡をして監視兼の護衛を要請します。
私達も側で護衛するので二人の負担を軽くするようにしましょう」
「そうしてくれる。
私は火星から動けないから、お爺様に連絡だけは入れておくから」
グエン、マリー、シャロンの三人は子供達の地球行きを止められないと判断して護衛の準備を万全にしようとした。
この件がクリムゾン一族にとって試練になる事をまだ誰も知らない。
―――木連 草壁の執務室―――
「北辰」
「なんだ」
「すまんが元老院の動向を調べてくれ。
居場所と人数を出来る限り詳しくな」
「いいのか」
「老害を取り除く必要が出てきた。
権力に固執する気は失せたが、次の世代に老害を残す訳にはいかんだろう」
苦笑する草壁に北辰も納得する事にした。
「承知した」
「私に万が一の事があった時は秋山中佐に資料を渡せ。
どうやら村上の弟子の一人だ。
あいつの弟子なら上手く使うだろう」
「……それでいいのか?」
「うむ、構わんよ。
どうやら私は遠回りをしていたみたいだ。
あの日、あいつの言う事を素直に聞くべきだったのかも知れないな」
「もう後戻りは出来ん」
草壁の甘えを斬り捨てるように告げる北辰に草壁も頷く。
「戻れないのなら進む道を重ねるようにするだけだ。
あとの者に問題を残さんようにするのも今を生きる者の役目だ」
「ふん、地獄になら付き合ってやるぞ」
皮肉めいた言い方に草壁は思う。
(色々あったが、私は部下には恵まれているようだな)
「では動く事にするぞ」
「うむ、任せるぞ」
部屋を出て行く北辰を見ながら草壁は状況を改善する為の方法を考える。
……木連に生きる者達に未来を遺す為に。
―――サセボ地下ドック ナデシコ―――
ブリッジで改修作業を見ているウリバタケにガイが尋ねる。
「なあ、博士はこれからどうするんだ?」
「俺はナデシコに残って仕事を続けるぞ。
コイツは最前線に行く船だからな、せめて整備だけはきちんとしてやらんと」
「いいのかよ?」
「俺は俺のやり方でこの戦争に参加するんだよ。
アクアちゃんが自分の意思で人を殺す覚悟をしたようにな」
「ルリルリは火星にいるけど大丈夫かな?」
二人に会話にミナトが参加してくる。
「あの子は大丈夫だよ。
アクアちゃんが立派に鍛えた子だぞ。
それにアクアちゃんが守るさ。
なんたって、たった一人でネルガルの戦艦に乗り込んでくるペテン師のお嬢さんだ。
プロスの旦那さえ騙す程の実力者だぞ」
「それを言われると非常に困るんですが」
ブリッジに入ってきたプロスが困った表情で言う。
「ウリバタケさんの注文どおり開発室へエステカスタムの試作機とその他の武器の設計図を引き渡しましたよ」
「おう、すまねえな」
「プロスさん、ナデシコはこれからどうするの?」
ミナトの質問の全員が注目していた。
「まだ正式に決まっていないんですよ。
とりあえず二ヶ月の機動状況を分析して武装や相転移エンジンの改修などをする予定です。
火星の独立宣言のおかげでナデシコのクルーの皆さんを外に出すのができなくなったんですよ。
当面はナデシコで生活してもらう事になりますので、改修が済むまでに決めて欲しいのです」
「この戦争に参加するかどうかを?」
「はい」
ミナトの質問にはっきりとプロスが答える。
クルーもこの戦争が自分達の戦争になり始めた事を知って、それぞれに考える日が続いていた。
「ナデシコにそのまま乗艦するのなら、再契約をして貰いますので今度はきちんと契約書を読んで下さい。
降りられる方も退職金などの条件を提示しますので聞きに来て下さい」
「そうね、自分で決めないと不味いのね」
「はい、この先は有人機も戦場に出現する可能性も出てきました。
今までのように戦うのは危険なんです」
「ミスターの言う通りだ。
最悪、人を殺す状況も出てきた。
覚悟が出来ないと苦しむ事になる」
軍での経験があるゴートが話すと、ブリッジの雰囲気も暗くなってきた。
「アクアちゃんは大丈夫かな?」
「彼女なら大丈夫でしょう。
人を殺す覚悟を決めた人間は怖いですよ。
彼女もまた覚悟を決めた人間です」
ミナトの心配など無用だとプロスは言う。
実際に彼女とクロノのおかげで非合法人体実験施設が破壊されているのだ。
(色々問題はありますが、ネルガルにとって危険な要素を持つ施設を破壊してくれるのは助かります。
おかげで社長派の重役達を処理しやすくて)
二人の報復に怯える重役達をプロスは覚悟が出来ていない甘ったれた人達だと思っていた。
(この事件を上手く使ってネルガルも健全な会社にしませんと)
火星の住民を全滅しようなどという、浅はかな考えを持つ人間を排除して企業の健全化を考えるプロスであった。
(クリムゾンもアクアさんが変えて行くのでしょう。
その時に対抗できるようにしないと)
本気になったクリムゾンの底力を警戒するプロスは、その時に非合法な手段を用いるのは自殺行為だと考えていた。
情報戦においてネルガルは絶対的な差をつけられていると判断する。
マシンチャイルドの能力を過小評価する気はないのだ。
(非合法な手段で戦うのではなく、企業としての王道とも言える方法で戦わないと敗北するでしょう)
正面からクリムゾンに対抗できるようにネルガルを鍛えなければと思う。
一般の社員を路頭に迷わせる事の無いように、先を見つめるプロスであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
地球編が始まります。
最初は三十話くらいの予定が四十二話になり、改訂版はどうなるのやら。
連合ってなんだろうと考えて、地球編を書こうと思いました。
多分ヨーロッパ、アフリカ、オセアニア、極東、アメリカの五つに分かれると思うんです。
クリムゾンの本拠地がオセアニアにあるとして、ネルガルが極東でしょうか。
他の企業はどうなのかな。
明日香も極東に属していると思います。
そんなこんなで自分なりの解釈で書いていきます。
では次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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