姉さんが倒れる

その光景が私には怖かった

どうやら私は強くなると同時に弱くなったみたいだ

後で思い返すとその事が嬉しかった

私は大事なものを得る事が出来たようだ

……人として




僕たちの独立戦争  第四十七話
著 EFF


「ね、姉さん!

 い、いやぁ―――!!」

私は姉さんが倒れていく光景に目の前が真っ暗になっていた。

「落ち着け! ルリちゃん!

 致命的なダメージはないぞ!」

「ほ、本当ですか?」

ジュールさんの声に私は耳を傾ける。

「ああ、多分ショックで気を失っただけだぞ。

 全く……世話の掛かる姉さんだな」

呆れるように話すジュールさんに私は安堵していく。

「さっさと終わらせて文句を言ってやろうな」

「はい!」

私は自分の仕事に集中して、直に終わらせて姉さんの側に行く事に決めた。

持てる力の全てを使って撃退しようと思う。

(今回ばかりは手加減など考えませんよ。

 あなた達は私の大事な人達を傷つけた――覚悟してください)


ルリちゃんにはああ言ったが俺は状況的に不味いと思っていた。

作業に集中しているルリちゃんに気付かれないようにレイさんのほうを見る。

俺の視線に気付いたレイさんは頷くと、ルリちゃんに気付かれないようにゆっくり歩き出して部屋を出て行く。

(大丈夫だと思うけど、場所が場所だけに心配だよ)

肩に受けた銃弾はマシな方だが問題は大腿部と腹部に受けた銃弾だった。

大腿部の動脈が傷ついていたら出血多量が心配だし、

腹部の銃弾が内蔵を傷つけていたら……やばい事になると思っていた。

(ごめんよ、ルリちゃん。

 今はこいつを排除しないと大変な事になると思うから)

心配するルリちゃんに俺は詫びながら状況を深刻なものと受け止めていた。

相転移エンジンを暴走させられたら、周囲の被害は大変なものになると考えていた。

(多分、周囲のもの全てを相転移させて消滅するはずだぞ)

冷たい汗が背中に流れるのを感じながら、俺は万が一の時も考えてダッシュにある提案を伝える。

《…………という事だが出来そうか?》

《危険過ぎますよ……最後の手段みたいなものではないですか》

俺の提示した作戦にダッシュは焦っていた。

《姉さんがやばいんだよ。

 ルリちゃんには安心させるように言ったけど……状況は最悪だ。

 それに万が一相転移エンジンを暴走させられたら……基地だけじゃなく周辺の街にも被害が出るんだ》

《確かにその危険性はありますね》

俺が考えを伝えるとダッシュも分かっていたようだった。

《肉を切らせて骨を絶つなんてしたくはなかったです》

《俺もしたくはないよ。

 だけど姉さんや他の人の命には代えられない》

《……仕方ありませんね》

俺達は準備を進める為に作業を始めた。


「ちっ、一体を盾代わりにするとはな」

「損害を考えずに済む、汚い手ですよ、チーフ」

電流を流して硬直した瞬間に一斉射撃でせめて二体は倒したと思った俺達の前に三体の人形が存在していた。

「なかなかいい手だがちょっと電圧が足りなかったな」

人形を盾にしていた男が人形を捨てながら告げる。

「そうかな、動きが悪くなっているみたいだが。

 どうやら絶縁処理が不十分だったな」

明らかに動きが悪くなっていると俺は判断していた。

(悪くはなったが……状況は五分とまではいかんか)

俺はクリムゾンSSのリーダーとして活動していた時の相棒ともいえる武器を手に奴らと対峙していた。

(武器は内蔵していないみたいだな……自爆に気をつけていれば大丈夫か)

ブレイクナックル――超振動を対象物に叩きつける事で粉砕する手甲を装備して活動していた俺は鉄腕と呼ばれていた。

人間に使用すれば内臓や頭蓋骨を破砕して死に至らしめる暗殺者として俺は怖れられていた。

(またこいつを手にする時がくるとはな)

反動による手の損傷によって一線と退いた俺に与えられた仕事はアクア様の護衛だった。

小さかったアクア様は表情が豊かな女の子だった。

誰よりも優しく……暗殺者だった俺にも分け隔てなく笑顔を見せてくれた。

クリムゾンを知っていく事で心に傷を負っていく事がとても悲しく、慰める事も出来ない自分の無力さが悔しかった。

クロノと出会った事で笑顔を取り戻し、強くなって行かれるアクア様を見るのは楽しい。

幼かったアクア様のように自分を慕ってくれる子供達を守る……それが今のグエン・カリンガムの使命だ。

「貴様の思い通りにはさせんぞ」

俺はかつての暗殺者としての自分ではなく大事なものを守る為に戦う護衛官になる。

「チーフ、二体は我々に任してください……まず一体を」

部下達もスタンスティックや高周波ナイフを構える。

本社からの情報で銃器はあまり効果がないことは理解していた我々は対策としてこの二つの武器を選択していた。

サイボーグといえど高電圧の攻撃や鉄板をも切り裂くナイフには対抗するのは難しい。

そして動きの制限される狭い通路では奴らのメリットも半減する。

「そうだな、では任せるぞ。

 奴らの自爆に巻き込まれないように気をつけろよ」

「はい」

俺達の勝利条件はクロノが来るまで足止めする事だと全員が理解している。

「調子に乗るなよ、テメエらなんざお呼びじゃねえんだよ!」

苛立つように叫ぶ男の声など無視して俺達は行動する。


―――基地内―――


「なっ、何のつもりだ?」

「……ブレンドル・カスパー中佐、あなたを反乱罪で拘束します」

私は銃を突きつけて命令書を見せる。

カスパーは命令書を見て顔を青くしていた。

「残念ですが、あなたの行動は全て把握していました。

 キートン中将はあなたを許しはしないでしょう」

私の言葉にカスパーは叫ぶ。

「ふ、ふざけるなよ。

 こんな事をしてただで済むと思っているのか!?」

「ええ、あなたが軍の金を横領している事も判明しています。

 後ろ盾の人間を当てにしても無駄ですよ。

 証拠こそありませんが、黒幕にも相応の報いがありますから」

カスパーに自分の末路を伝えると奴は慌てて弁明する。

「ち、違うんだ。

 そ、そんな心算ではなかったんだ」

「キートン中将からの伝言です。

 「欧州には恩人に仇を返す裏切り者は不要だ」と。

 電気椅子があなたを待っていますよ」

私が告げると同時に部下達がカスパーを拘束する。

「カスパーの子飼いの部下達も拘束しろ。

 逆らうようなら射殺しても構わん。

 責任は私が取る……遠慮などするな」

私は指示を次々と出していく。

混乱する基地内の掌握とテロリスト達を拘束して事態の収拾を行う。

(申し訳ない、我々の不始末のせいで)

火星の皆さんに迷惑を掛けた事に詫びながら。


―――クリムゾン会長室―――


『申し上げます、現在トライデントにテロが発生しました』

会長室で仕事をしていた私にミハイルからの報告が飛び込んできた。

「な、なんだと!?

 それで状況はどうなっている?」

私は報告を聞いて慌てて尋ねる。

『基地内の混乱もありまして、現在は連絡が取れません。

 どうやら同時に起こるという最悪な事態になりました』

「間に合わなかったか?」

後手に回ってしまった事は分かっていたが、最悪の事態だけは回避できると考えていた。

『申し訳ありません、会長』

ミハイルも同じ考えだったようで悔しそうに話している。

「お前のせいではないさ……責任は私にあるのだ。

 息子一人……満足に育てられなかった私のせいなのだ」

(そう…それこそが今回の事件の根幹なのだ。

 何が大企業クリムゾンの会長なのだ……子供一人満足に育てられない男の何処が優秀なんだか)

自己嫌悪を上回る自己憎悪というべき感情に私は支配されていた。

『会長、後悔はいつでも出来ます。

 今は為すべき事を行い、一刻も早く事態の収拾を図りましょう』

「……確かにそうだな」

ミハイルの意見に私は現実を見る……まだ間に合うだろうと信じて。

『キートン中将が欧州の軍の改革を始めるみたいです。

 我々も彼らに協力して火星の支援を行います』

「うむ、戦争は続いていくだろうが、和平を行う為の条件は作っておこう」

中途半端に終わらせるのは危険な事だと理解している。

もう一つのテンカワファイルを読んだ私は最善の方法を模索しなければならない。

(誰かを犠牲にする事だけは避けなければ……未来は変わったが予断を許さない状況に変わりがない。

 人類滅亡へのカウントダウンだけは絶対にしてはいけない)

火星にだけ責任を押し付ける事は出来ないと私は考えている。

それにクリムゾンではなく、ネルガルが暴走する危険性もまだあるのだ。

先の見えない道を歩く不安が私の胸中に存在している。

『スケジュールを変更しておきましたのでタキザワさんと来て頂けますか?

 オセアニア、欧州、アフリカの三ブロックの極秘会談を行う必要があります。

 戦争に至る経緯を知ってもらい、現状をきちんと認識して貰いましょう』

ミハイルは変更したスケジュール表を見せる。

私は内容を確認して頷く。

「分かった。その予定で行動しよう」

ミハイルは私を気遣ってくれているのだろう。

仕事を組み込む事によって欧州でアクアの仲介で最後の一人の孫に会うべきだと告げている。

ジュール・ホルスト……リチャードの息子で長男になる少年に。

(けじめはつけんとな)

憎まれている事を覚悟の上で会ってみようと思う……まだ見ぬ孫に祖父としての責任を果たす為に。


―――ゲオルグ・ラングの研究室―――


「なかなか頑張るな……どうやらマシンチャイルドは優秀な資料になってくれそうだな」

研究が進む事にゲオルグは喜んでいた。

人間の脳を組み込む事で作り上げた生体人工知性体と名称されたコンピューターを相手に互角の戦いをするのだ。

「それにしても残念だな。

 あの二体はどうしても手に入れたかった」

モニターの映像に映るクロノとアクアにゲオルグは最高の素材を発見し、手に入れたいと考えていた。

「身体能力は私の理想に近い……必ず手に入れて見せるぞ」

自らの手で新しい人類を生み出すという狂気を孕んだ考えのゲオルグに罪悪感など無かった。

「艦内の制御を奪って、脅してでも手に入れる。

 さあ、お前達の力を見せ付けてやるのだ」

ゲオルグの前にあるのは脳を収められた人工子宮のようなポッドが三基ある。

幾つものチューブに繋げられたそれは人工羊水の中に浮かびながらゲオルグの指示に従っていく。

異常な光景だがゲオルグは愉しそうに見つめていた。


―――トライデント 艦内―――


「グ、グハッ……ま、まだだ」

紙一重で回避し続け傷だらけの姿になったグエンだが、その目は諦めなどとは縁のない強靭な意志が見えていた。

「邪魔だな……さっさと倒れろや」

「ふん、簡単に倒れる訳にはいかんのだ。

 人形の貴様には理解できんだろうがな」

(……とはいうものの状況は良くないな。

 一撃さえ当たれば倒せるんだが)

接近戦をした事でこいつらの能力は理解したグエンだったが、その一撃を決める事が如何に難しいかも理解していた。

(ブランクも大きいな。

 ここしばらくはクロノとの訓練で勘を取り戻してきたんだが、まだ足りないようだ)

一線を退いて現役ではない自分では苦戦する事は理解していた。

だが離れた場所で部下達が必死で二体を抑えているのに自分が倒れる事は出来ないとグエンは思う。

「これ以上テメエに付き合っている暇はないんだよ。

 怖いお兄さんが来る前に実験材料のガキを取りに行かせろや」

苛つくように話す男にグエンは決意する。

「俺を殺してからにするんだな。

 もっとも俺に梃子摺るような奴が生きて艦内から出られると思うなよ」

そう話すグエンの脳裏には子供達に微笑むアクアの姿が浮かんでいた。

(死ぬ気はないし、アクア様の幸せな未来を見るまでは守ってやらんとな)

楽しい未来図を思い、笑うグエンに男は叫ぶ。

どうやら馬鹿にされたと思って感情を爆発させる。

「テメエもあいつらも殺してやるよ!」

走り込んでくる男にグエンは半身に構えて右手を後ろに隠すように構える。

(一か八かなど俺の闘いには無かったんだが)

今まで確実な手段を講じて戦ってきたグエンは自分の行動に苦笑する。

爆薬の量を半分して所持していた手榴弾のピンを抜いて男が近づくと自分の足元に落として後方に下がって行く。

男は気付かずにグエンに捕まえて力任せに身体を引き千切ろうとする。

「残念だったな、テメエはここで終わりだ」

「それは俺のセリフだよ」

ニヤリと笑うとグエンは男にしがみついて動きを止める。

その瞬間、爆発が起こった。

威力を落としてあった爆発だが男はまともに背中に衝撃を受けていた。

グエンは男の身体を盾にするようにしてダメージを最小にしていく。

「ガァァァ――――!」

もつれ合うように転がる二人だったが、グエンのほうが先に立ち上がって男の背骨に必殺の一撃を決める。

「お、おおぉぉ―――!!」

超振動の一撃を喰らい男の身体はビクビクと暴れていく。

グエンは止めと言わんばかりに延髄のある後頭部に追撃の一撃を加える。

男の動きが止まった事を確認するとグエンは告げる。

「これでも鉄腕と呼ばれて最強だった男だぞ。

 まあ……今はただのロートルで娘の幸せを願う親馬鹿のオヤジだがな。

 まだまだ人形如きに不覚をとるほど錆付いてはいない」

不敵な笑みを浮かべてグエンは苦戦する部下達の元に向かう。

かつてクリムゾン最強だった暗殺者は其処にはいない。

大事な娘のような存在の女性の想いを守る為に戦う男が存在していた。


「暗いから気をつけてくれ。

 引っ掛かってコードとか傷つけるなよ」

弾薬庫の隔壁を閉じて爆発物が仕掛けてない事を確認した俺達は機関室に向かっていた。

「何でこんなにゴチャゴチャしてんのよ」

ルナがパイプにぶつけた額を押さえて話す。

「整備するのにはこの方がいいんだよ。

 だから表の方はすっきり作られているんだよ。

 大昔の潜水艦はこんな通路が当たり前なんだぜ」

リックの説明にルナは納得いかないようだったが、これのおかげで戦わずに進める事に俺は感謝していた。

正直に言うと人を殺すという事にまだ不安があったからだ。

(情け無いと言うか、こんな事で誰かを守れるのかと馬鹿にされそうだよ)

「未熟というか、無様というか、全然ダメだな……俺は」

「いいんじゃねえか、それでよ。

 誰だって人を殺すのは躊躇うものなんだよ。

 班長だって自分の整備した機体が人を殺すのは嫌だって言ってたぞ」

「シンゴさん」

俺の呟きを聞いたシンゴさんが一例として班長の事を教えてくれた。

「まあ、俺も正直なところは嫌なんだが」

「俺も戦争は嫌いだぞ。

 だけど現状ではどうにもならない事も知っているからな」

シンゴさんに続いてリックも自分の心情を教えてくれる。

「それにだな、クロノさんやアクアさんが戦う理由は家族を守りたいだけなんだぜ。

 前に聞いたんだけどな……守るって言う事は綺麗事じゃすまないんだってさ。

 時には自分の手を汚す覚悟がないと何も守れない時もあるそうだ」

「そうだな、あの人は理不尽な事ばかりされてきた人だったな」

俺が話すと二人もそれ以上は何も言わなかった。

「ああ、そんな暗い話はおしまいにするわよ!

 もっと前向きに生きてよ。

 確かに戦争はしてるけど、戦うって決めたんなら後悔なんかしないでよ。

 私達が戦う事で死ぬ人もいるけど、守れる人もいるのよ。

 その人達にあなたを助けたせいで人を殺しましたなんて言う気なの」

極端な意見を話すルナに俺達は絶句していた。

「人を殺す事に慣れろなんて言わないわよ。

 だけど自分で決めた事に後悔はしちゃいけないの。

 どんなに無様な姿になっても幸せになる事を放棄するような生き方だけはしちゃダメなの」

「なんか意味がおかしくないか?」

後半の言葉に俺はツッコミを入れる。

「そんな事はどうでもいいのよ!

 あんたは私が幸せにしてあげるから安心しなさいよね。

 例えあんたが人殺しになっても側に居てあげるから」

そう叫ぶとルナは早足で歩き出す。

「いい娘じゃねえか、シン。

 大事にしてやれよ」

「いい女になるぞ。

 しっかりして逃げられねえようにしておけよ」

シンゴさんとリックは笑いながら俺の肩を叩いていた。

「……俺も苦労してるんですけど」

そう言いながら俺は気持ちが軽くなる事に気付いて苦笑する。

俺達は機関室に入ると爆発物がないか確認して隔壁を降ろして班長に連絡を取る。

『エンジンはそのままにしておいてくれと指示があったが、連絡次第では緊急停止を手動で行うそうだ。

 システムをクラッキングされた時点で緊急停止させるからシンゴとリックは待機してくれ。

 シンとルナは護衛してやってくれ』

「分かりました、班長。

 他の状況はどうなっていますか?」

俺の質問に班長は言い難そうに告げた。

『……お嬢が倒れた…少し……やばいらしい』

その言葉に全員が絶句していた。

「う、嘘ですよね、班長。

 アクアさんが……死ぬなんて事はないですよね」

ルナが泣きそうな顔で聞く。

『当たり前だ、そんな簡単にお嬢がくたばるかよ。

 ちょっと怪我しただけだから泣きそうな顔で心配するなよ……縁起でもないぞ』

安心させるように話す班長にルナはホッとしている。

『とにかく万が一に備えて待機してくれ、以上だ』

班長はそう言って通信を閉じる。

「さて、準備だけはしておくか」

「そうだな、今は迂闊に動けんから出来る事だけはきちんとしないと後でアクアさんのお仕置きがあるかもな」

「そいつは勘弁だ。

 アクアさんは無責任な事をする奴が嫌いだからな。

 プロとしての腕を見せておくか」

シンゴさんとリックが軽口を叩きながら作業を開始する。

「ルナ、俺達も手伝うぞ」

「ええ」

不安な思いを振り払うように俺とルナは手伝う。

アクアさんの無事を信じて。


扉を破壊して侵入する男に私は銃を発砲する。

「痛いじゃねえか……しかも急所を確実に狙いやがった。

 実戦経験の少ない連中だと思っていたが、修羅場を潜ってきた連中だらけだ」

両腕で頭部と心臓部を銃弾から防いだ男に更に追撃を加える。

銃弾は膝に吸い込まれる様に命中するが、男は強引に攻撃を叩き込んでくる。

隠し持っていたスタンスティックで攻撃を受け止めたが、力の無い私にはそれが精一杯のようだった。

男は電撃を受けたが私は壁に叩きつけられて動けなくなっていた。

「このババァが!」

膝を破壊された足を引き摺るようにして男は近づいてきて、

ショートして使い物にならなくなったスタンスティックで私を殴りつけくる。

「「や、止めろ!

 おばあちゃんをいじめるな!」」

男に向かって叫ぶ二人の子供に私は告げる。

「……に、逃げなさい、クオーツ、モルガ」

「黙れよ、ババァ」

男の一撃を受けて私の意識は落ちていった。


銃弾を受け続けた身体だったが、満足に動く身体を囮にして俺は目的のマシンチャイルドを見つけていた。

「さあ、ガキども、死にたくなかったらついてきな」

金色の目のガキを睨みつけて俺は宣言する。

二人のガキは逆らうように首を振ると俺に対して構えやがった。

「ふん、痛い目を見ないと分からんようだな」

ババァの攻撃で動きは更に悪くなったが、ガキ程度には十分だと俺は思っていた。


怖かった……目の前の男が怖くて僕もモルガも逃げたかった。

だけど逃げられない事は分かっている。

お父さんが万が一の為に僕に持たせていたナイフを使って、モルガを逃がそうと僕は考えていた。

「モルガ、二手に分かれてグエンおじちゃんのところに」

小声で話していく僕にモルガは頷く。

「さっさと来い!」

近づく男に僕はナイフを無事な足を狙って、身体ごとぶつかるように突き刺した。

「ガァ―――!

 このクソガキが――――!」

男に捕まってしまった僕は地面に叩きつけられてしまった。

「ぎっ、ぐっ」

息が詰まって動けなくなる。

「や、止めろ―――!」

僕を助けようとするモルガが体当たりするが、男はモルガを殴りつけていく。

「モ、モルガ……」

その瞬間、僕は目の前が真っ白になりながらモルガを助けたくて……お父さんの力が欲しいと心から願った。


「グエン、無事か!?」

俺は走ってくるグエンに聞いていた。

「なんとかな」

傷だらけだが、グエンはしっかりとした足取りで来て答えた。

どうやら一体を倒してきたみたいで、俺がSSのメンバーに合流して倒した人形を見て安心していた。

「これで四体全部片付いたな」

その言葉に俺は慌てて尋ねる。

「待て、俺は三体しか確認していないぞ」

「なにっ!?

 此処にくるまでに一体を銃撃でしとめていた筈だが」

グエンの声と同時に銃声が聞こえてきた。

「どうやら……擬態で騙されたようだな」

「す、すまん。俺のミスだ」

俺とグエンはマリーさんのいる避難場所へと急行するが、途中で俺は急に眩暈の様な状態に陥った。

「ど、どうした…ダメージがあったのか?」

急に跪いた俺に焦るグエンは尋ねてくる。

「違う……急にジャンプした直後の感覚になっただけだ」

「……どういう事だ?」

「分からん……こんな事は初めてだ」

こんな現象は初めて起きたのだ。

感覚的に言えばジャンプによって何かが……盗られた感覚だった。

「この問題は後にしよう。

 マリーさんだけでは危険だからな」

「そ、そうだった。

 マリーさんだけでは危険だった」

俺達は状況が切迫している事を思い出して走り出す。

「な、なんだとっ!?」

「こ、これはっ!?」

俺達は部屋に入るとその光景に驚いていた。

「……ク、クオーツか?」

ナノマシンの発光現象によって全身が金色に光り輝く姿になったクオーツに俺は聞いた。

そしてその側には血の海に沈んでいた人形がいた。

「…お、お父さん……」

「ク、クオーツ!」

俺の姿を見て安心したのか、クオーツの身体から光が消えると倒れ込んでいった。

髪の色が少しずつ変化している事に気付き、クオーツに声を掛ける。

「し、しっかりしろ、クオーツ!」

「クロノ! モルガとマリーさんが!」

グエンの声に俺は振り向くとグエンに抱えられたモルガとSSのメンバーに抱き上げられるマリーさんがいた。

「と、とにかく医務室に行こう!

 三人の安否を確認してもらわないと」

俺達は三人を医務室に連れて行く。

(まさかクオーツのナノマシンが何か変化したんじゃ)

以前イネスが話していた事を思い出すと、クオーツが俺のように五感を失う事態にならない事を願っていた。


ブリッジで俺とルリちゃんはクラッカーに抵抗を続けていた。

クラッキングだけなら直に決着がつくが、無数に送り込まれるウィルスが厄介だった。

攻性防壁とワクチンプログラムを使って撃破していくが数が多すぎた。

「くっ、半端じゃなく手強いぞ」

「お、おかしいです。

 どうやってオモイカネと五分に渡り合えるAIを作り出したんでしょう」

ルリちゃんが動揺していた。

こんな事態は誰も想定していなかったのだ。

《ダッシュ、いつでも出来るように準備を始めてくれ》

勝てる相手であったが、短期で決着する事は無理だと俺は判断してダッシュに指示を出す。

《仕方ないですね。

 まさかこんな存在があるなんて》

《全くだよ》

俺達は信じられない思いを打ち明けていた。

「ルリちゃん、離れて!」

「えっ、ええっ」

「いいから早く!」

「は、はいっ」

俺が真剣な表情で告げるとルリちゃんが慌てて席を離れる。

俺は準備していたトラップを発動する。

相手を仮想構築していた制御機構に侵入させると閉じ込めて強制的に遮断した。

その際に過剰に負荷が掛かるようにして。

「がっ、があぁ」

「ジュ、ジュールさん!」

当然反動で俺にも負荷が掛かってきて意識を失いそうになるが、相手にはこれ以上の衝撃が発生しているだろう。

「ル、ルリちゃん……後は任せ…た……」

「ちょ、ちょっとジュールさん!?」

俺はそれだけを伝えると意識を手放した。


―――ゲオルグ・ラングの研究室―――


「な、何が起きた?」

突然、システムがダウンして三基の内の二基の脳が痙攣するような振動をしていた。

「ま、まさか強制的に遮断したとでもいうのか?

 そんな事はありえない……人工知性体がそんな危険な行為をするはずがないのだ」

ゲオルグは自分の推論を否定したかった。

「こんなやり方をするとは思えん。

 まさかマシンチャイルドの指示なのか?」

自殺行為をするとは思わなかったのだ。

ゲオルグは慌ててシステムのチェックを始めていく。

「ありえない。あってはならない行為だ」

相打ち覚悟の自爆技を知って、ゲオルグは信じられない様子でいた。

「ば、馬鹿な……正気なのか」

こんなリスクの大きい行為をする事が信じられなかった。

一歩間違えば廃人になりかねない攻撃に非論理的だと叫びたい衝動に駆られていた。

ゲオルグの持つ生体人工知性体の三基の内二体は完全に使い物にならなくなっている。

「お、愚か者どもが!」

ゲオルグの叫び声だけが研究室に木霊していた。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

大ピンチといえる状況でした。
クロノは無敵ですが、一人では出来る事が限られています。
なんとか撃退に成功しましたが、その代償は大きいみたいです。
地球編も大詰めになって来ました。
次は木連の月攻略戦が中心にしようと考えています。
高木少将率いる優人部隊は地球を相手にどんな作戦を行うのか?
ネルガルの月面フレームは活躍の機会があるのか?(ないだろうな……スケルトンだから)
今回は火星を中心に書き上げましたが、次からは様々な角度から書いていきます。

では次回、収拾編へと続きます。



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