何でも思うようにしてきた

そして上手く出来ていた

でも今回はそうならないかもしれない

そんな不安を感じる




僕たちの独立戦争  第六十一話
著 EFF


「あの男は〜〜」

エリナはクロノからアカツキが自分の事を確認したと聞いて怒っている。

「どうして言わないのよ〜」

知っていれば余計なトラブルを起こす事もなかったのだ。

「まあ、いつもの事だから気にするな。

 で、何が聞きたいんだ?」

諦めろとクロノが告げると、気を取り直したエリナは尋ねる。

「え、ええ、ボソンジャンプの事で聞きたいのよ。

 木連が攻撃すると聞いたでしょう。

 どういう形で何時攻撃を受けるのか知りたくて」

「確かに知りたいですな。

 攻撃を受ければ、当然損害が出ますので出費はない方が良いに越した事はありません」

プロスも聞きたそうにしている。

「あれか?

 最悪は都市一つ消滅しかねない大惨事になる所だったな」

だがクロノのその言葉を聞いて、二人は想像以上の惨事になると気付く。

「あの時は俺がボソンジャンプを行う事で最悪の事態を回避したが、今回はどうなるかわからんな?

 ネルガルはジャンパーを確保していないから、最悪は都市の消滅かな」

「あの事件のおかげで火星人は狙われるようになったんですね。

 そう考えるとエリナさんが後の悲劇を生み出した一端を担う事になるでしょうか?」

辛そうなアクアの意見にエリナは真剣な顔で尋ねる。

「後の悲劇って何よ?」

「木連とクリムゾンによる火星人の人体実験です。

 僅かに生き残った火星人を拉致、監禁。

 そして一人ずつ実験を行い、三百人以上もの人間を殺害した事件です」

さすがにエリナもプロスも告げられた悲惨な未来の出来事に苦々しい顔で聞く。

自分が係わっていると言われては気にもなるだろう。

「まあ、クリムゾンは支援しただけだが。

 それにこの世界ではそうはならんよ」

クロノは泣きそうな顔で話すアクアを抱き寄せて落ち着かせる。

「それでも……貴方が救われる事はありません。

 確かに未来は変わっていますが、貴方が受けた苦しみは消える事はないのです」

辛そうに話すアクアにクロノは、

「別に構わんさ。おかげで逆行出来た幸運に感謝している。

 そう考えると悪くはないんだよ。

 それに俺の事は自業自得というしかないからな……いい加減な事をした自分の所為だから」

自嘲気味に話すクロノにプロスとエリナは未来で何が起きたのか知りたくなっている。

興味本位で聞くのは不味いと思うが、相当深刻な事態が起きると感じている。

回避できるものならば、回避したいと考えるのだ。

「出来れば聞かせて頂けますか?

 もう一つの未来の事を……何がテンカワさんに起き、未来はどうなっていたのか?」

プロスが真剣な顔でクロノのもう一つの名を出して尋ねる。

エリナは慌ててプロスを見るが、

「そうだな、二人は知っておいたほうがいいかもしれない。

 人類が滅びへと進む状況になっていたもう一つの世界の事を」

アクアを抱きしめて告げたクロノの声に、二人は動きを止めていた。

「滅亡ですか……信じられませんが?」

「でしょうね。まともな人間ならそう考えますよ。

 ですがボソンジャンプの攻撃転用を考えると不思議ではないな。

 なんせ不完全な木連でさえ地球を相手に一歩も退かない状況に持ち込める。

 完全なものがどれ程の効果があると思う?」

クロノの問いにプロスは考え込み、エリナはアカツキが話した内容を思い出して聞く。

「火星の大規模空爆の事かしら?

 正直ちょっと出来るとは思えないけど」

「ジャンプナビゲート自体はそんなに難しいものじゃない。

 小学生くらいの子供でさえ少しコツを教えればすぐに出来る類のものだ。

 火星にいるジャンパー全員で行えば十分可能な事だが」

「そうですね」

クロノが説明してアクアが納得すると二人は本当に可能なんだと知り、不安を感じている。

《まあ、そんなに簡単ではないんですが》

《ハッタリには丁度いいだろう。この際だ、火星にそれだけの力があると思わせといたほうが楽でいいぞ》

《それもそうですね。実際に空爆は可能ですから》

リンクを通じて、二人は深刻な顔をしているプロスとエリナを見つめている。

現状を知った二人は火星への対策を考えようとしているのかもしれない。

そんな二人にクロノは話す。

「火星人全員が蜂起すれば二日で地球に大規模な破壊を齎す事も確認済みだ。

 もっともジャンプ関連の情報は火星コロニー連合政府が管理しているから民間での使用は制限されているが」

「そうなのですか……少し安心しましたよ。

 政府が管理している状況なら理性的な対応が出来ているのでしょうから」

「そうね、その点では安心してもいいのかしら」

「甘いですね」

安堵する二人にアクアが冷水を浴びせるように聞かせる。

「地球が未だに謝罪もしない状況では火星の住民の感情は地球への報復へと進んで行きます。

 ネメシス、第一次火星会戦、そして先のナデシコ降下による第二次火星会戦の事がこれから響いていくでしょう。

 テンカワ博士暗殺事件も火星では公表されていますので地球に対する感情はあまり良くはありません。

 特に連合軍に対する感情は……最悪です」

「親父達の一件に、第一次火星会戦の事もある。

 この先の軍の行動次第では火星は本当に敵対行動を行うだろう。

 火星宇宙軍は地球との艦隊決戦もあると予測しているぞ」

止めとばかりにクロノがアクアの意見を補足する。

「……相当やばい状況な訳?」

端的にエリナは質問する。

その顔はとても真剣なものでプロスもまた状況が切迫している事に頭を痛めている。

「一年……言葉にするとたった二文字だがそれだけの時間を火星の住民は不安な毎日を生きてきた。

 その間、地球は何もせず火星の住民などどうでもいいように扱ったんだ。

 そんな扱いを受けて友好的になれると思うか?」

質問に質問を返すようにクロノは火星の一年間を話している。

安全な場所で生きていた二人にはどれだけの不安があったのかは理解できないとアクアは思っている。

(命を軽んじている以上は自分達が同じ目に遭っても文句など言えません。

 そんな当たり前の事を理解して欲しいです)

「確かに甘いのかもしれません。

 状況は理解しましたので、クロノさんの知る未来の出来事を聞かせて頂けませんか?」

裏にいたプロスはいち早く状況を理解している。

「覚悟が出来たなら話そう……半端な覚悟で聞くのはこちらとしても困る。

 もう歴史はかなり変化している。

 その点を踏まえて火星はこの先を見据えて行動している。

 あとはアカツキがどう行動するかで変化する……父親の後継になるか、それとも新しく歩き出すかだな?」

「その点に関しては大丈夫でしょう。

 軽いナンパ師に見えますが、中身は信用の置ける人物です。

 営利を考える事は当然ですが、それは企業としての範疇を超える事はありません。

 そういう方だから友人として付き合えたのでしょう」

(よく見ておられますな)

プロスはアクアの人物評価に感心すると共に、アカツキにネルガルの企業としての在り方を見直して欲しいと考える。

(独占主義は危険だと理解して頂くと助かります。

 前会長はそういった事を気にもしませんでしたから、敵が増えるばかりでした。

 別に敵を作るなとは申しませんが、率先して作られるのは困るのです)

「エリナさんの交渉術は格下相手なら十分効果的ですが、同等以上の相手には通じません。

 この先、上を目指すのなら後ろ盾に頼る事なく、自らの力量で切り拓く術を持たないと死にますわよ。

 此処からは綺麗事ではなく、本当の意味での生存を賭けた戦争という名のゲームです。

 もっとも賭けるものは自分の命――そして得るものは未来。

 その事さえ連合市民は理解していない……そして理解した時は全てを失っている」

愉悦と狂気を含んだアクアの微笑みにエリナは寒気を感じている。

隣にいるプロスはそれが演技だと理解しているが、何も言わずに佇んでいる。

(この程度で引き下がるならこの先は耐えられませんよ……エリナさん。

 戦争が始まるのです……甘えなど許されない本当の生存競争が)

これも一つの試練だとプロスは考えている。

エリナは優秀な人材だがまだ甘さがあるのだ。

非情になれる事もあるが、あくまでそれは自分の関係しない者に対してのみ。

だが戦争が本格化すれば、そんな悠長な事など言ってはいられない。

「家族を巻き込んだ時、貴女は選択しないといけない」

アクアがプロスの考えを読んだかのように問う。

「非情に徹しきれますか?

 ああ、私は出来ませんからクリムゾンのトップには成れませんけど」

「はあ?」

今までの雰囲気を打ち壊すようにアクアがお気楽に告げる。

「……つまりからかったというのね」

肩を震わせてエリナはアクアを見つめている。

「本当にそう思うか?」

今まで何も言わずにいたクロノが聞き返すとエリナは不審そうに見る。

「この先地球は戦場になるぞ。

 月が陥落する事は既に決定している。

 その意味を理解しているのか?」

「そういう事ですか」

「何よ?」

クロノの質問に納得したプロスをエリナは睨んでいる。

「木連もビッグバリアを無効化する方法があるかもしれないんですな」

「そうだ。追い詰められた木連がコロニー落しをしないと言い切れるのか?」

その考えを聞いたエリナは固まっている。

チューリップの落下などという行為よりも更に深刻な状況に陥るのだ。

ビッグバリアで受け止めるなど不可能で都市一つで済むような被害には止まらないだろう。

「おそらく目標は北米を中心に極東アジアになる。

 火星がそうなるように木連に対して情報操作しているからな」

「どうしてそうなるのよ?」

「簡単だろう、北米は火星の独立を認めていない。

 極東アジアは玉虫色の答えで返答を誤魔化している。

 オセアニアは火星の独立を認め、クリムゾンが窓口であるから木連は攻撃しない。

 欧州、アフリカの軍部は火星の独立と木連の国家承認を非公式ながら了承している。

 この事は木連との休戦を行う際に伝える予定だからな」

エリナは其処まで状況が進んでいるとは思わなかったので、初めて聞く内容に声が出なかった。

プロスも想像以上に状況が動き出している事に驚いている。

「ルリちゃんの親権もこの事に複雑に絡んでくる」

「ホシノさんのご両親ですか?」

意外な所から出て来る事柄にプロスは不思議に思っている。

「ああ、彼女のご両親にこの戦争の仲裁役を依頼したいからな」

「そうですね。あの方々なら仲裁役に相応しいです。

 地球圏では最大の発言力を保有していますから。

 お爺様でさえ慎重な対応をしなければならないと考えるほどの方ですから」

アクアの言葉が事実ならかなり不味い状況だと二人は思っている。

クリムゾングループの会長さえ慎重な対応をする人物の娘を実験体として扱うなど冗談では済まされない話である。

事実ならその人物がネルガルに対して何らかのアクションを起こす可能性が高いのだ。

「いったい誰なの!?」

焦って詰め寄るエリナにアクアが楽しそうに告げる。

「ピースランド国王夫妻です♪

 立場上は第一子だから王位継承権第一位になりそうですね」

愉快に話すアクアだが、聞いた二人は凍り付いている。

「ほ、本当なのですか?」

錆び付いた機械のようにぎこちなく動いてクロノにプロスは問う。

隣にいるエリナは完全にフリーズして再起動の様子さえ感じられない。

「事実だ。クリムゾンのSSに協力を依頼して追跡調査をして確認した。

 ロバート会長も顔を蒼白にしていたよ。

 ネルガルの前会長は怖いもの知らずだと呆れるように感心していたがな」

そう言うとクロノはプロスに懐から書類を出して渡す。

「俺達が調べたルリちゃんの人類研究所時代での扱いだ」

目を通すプロスにクロノが告げている。

報告書に目を通しているプロスの顔は蒼白になっている。

「一応、在りのままに伝える予定だが」

「こ、これをですか」

「ああ、それでも抑えているがな。

 どのみちルリちゃんがご両親と良好な家族関係を築けば聞かれるだろう……違うか?」

慌てるプロスにクロノはどうにもならんと話している。

「情操教育が全然されていない状態でしたから困りました。

 ごく普通の一般常識から教えるのは楽しい事でしたが、ご両親がその事を知れば激怒するのではないでしょうか?

 一応は火星で少しずつ子供達と触れ合う事で心も立派に成長しています。

 今ならご両親とも分かり合える関係になれそうです」

「だといいな。この先、何が起きるか判らん。

 ルリちゃんの後ろ盾があれば、未来に何が起きようが一安心だ」

「ええ、私達が守る事は決定していますが、それでも保険は幾つあっても足りないくらいです。

 子供達にはお爺様がいますから万が一の時は安心できますが」

「万が一など無いよ。

 そういう未来を作る心算だからな……ただの保険の予定だろ?」

クロノが穏やかに囁くようにアクアに告げるとアクアは嬉しそうにクロノに背を預けるようにしている。

その顔は安心して頼りにしますというかの様に微笑んでいる。

「信じていいのですね♪」

「当然だな」

アクアの声に続くように口元に笑みを浮かべてクロノが話す。

(どうやらホシノさんは大事にされているようですな……結構な事です。

 ですがどうしてこう厄介な問題ばかり起きるのでしょうか)

二人の様子を見ながらプロスは頭を抱えている。

先代のツケを払っている事は承知しているが、胃が痛む事ばかりなのだ。

(本当にネルガルは最悪な方向に進んでいたようです。

 SSの仕事に重役陣の監視を付け加えるべきでしょうか)

内部監査の必要性をプロスは考えている。

ネルガルは内憂外患というべき状況に陥っていると思わざるを得ないのだ。

SSの仕事は増えるが危機管理を行うプロスの立場なら少々仕事が増えても已む為しと考えている。

(企業の毒とクロノさんは言われましたが、うちは相当汚染されているようですな)

清廉潔白な人物では駄目だが、汚れきった人物も駄目だという事は承知している。

綺麗事だけでは成り立たない世界なのだ。

清濁併せ持つ人物が必要なのにネルガルの上層部はそんな人物が少ないのかもしれない。

(おそらくクリムゾンも体質の改善を図っているのでしょう。

 ネルガルも急ぎ行わなければならないという状況なのかもしれませんな)

「お互い苦労しますね、プロスさん」

「そうですな」

苦笑しているアクアにプロスは目の前の人物の苦悩を理解している。

(アクア・クリムゾン……彼女もクリムゾンの改善を考えておられるのでしょうな)

クリムゾンの変化は彼女の行動が原因だとプロスは想像している。

(おそらくはロバート・クリムゾン会長に進言されたのでしょう……この戦争の危険性を。

 だからクリムゾンは損を覚悟で行動している……生き残りを賭ける為に)

損して得を得るという諺がある――クリムゾンはそれを実行している。

欧州とアフリカのシェアが伸びているのもその結果が出ているだけだ。

だが富を独占する事はないだろうとプロスは考えている。

独占する事の危険性を知る人物がトップにいるのだ。

老獪なロバートがいるからにはクリムゾンは押さえるべき所はきちんと押さえて利益を上げるのだろう。

その後継としてアクアがいればクリムゾンの屋台骨は頑丈なものになるだろう。

(まだ後継者ではありませんが、発言力は確保しているのかもしれません。

 それに後継候補は他にもいるので彼女を超える人物が現れないとは思えません)

シャロン・ウィドーリンに続いて、ジュール・ホルストという第三の人物が現れたと報告があった。

正確な情報ではないがマシンチャイルドであるとの報告がされている。

(もしオモイカネシリーズを持ち、情報戦に於いて無敵の存在になればどうなる事やら)

情報が重要視されている現代に於いて電子情報を押さえられる事は非常に不味いのだ。

(シャロン・ウィードーリンは少々強引な手法で行動する方なので対応できそうですが、

 他のお二人に対してはどうしましょうか)

「姉さんは老練な強かさを手に入れていますわよ。

 火星で随分と鍛えられていますから今までの様にはいきませんよ」

クスクスと笑うようにアクアが呟いている。

「いえ……ですから私の考えを読むのは……そんなに判りますか?」

今まで自分の考えが正確に読まれることなど無いとプロスは思っていたが、目の前の人物には何故か読まれている。

「読めないようでは生き残れませんから」

その一言でアクアが生きていた場所がプロスには判ってしまう。

「そういう打算で動く人間を嫌というほど見てきました。

 私を利用しようと考える人間が殆どでした。

 人の心の機微を読めないようでは危険だったのです。

 今の私の側にいる人は私を大切に思ってくれる人ばかりです。

 今まではお互いに遠慮して距離を置いていましたが、これからは違います。

 その人達の思いに報いる為にも私はこの血塗られた道を歩いて幸せになります」

儚い笑顔だが意志の強さは誰よりも強いものだとプロスは思ってしまった。

「大丈夫、俺はずっと側にいるぞ」

クロノがアクアに決定している事を告げている。

「当然です。

 The Prince of Darkness――闇の王子の隣にはThe Princess of Crimson――鮮血の姫君がいないと絵になりません」

アクアもまた頼りにしていると話している。

「気に入ったのか、そのコードネーム?」

呆れるように話すクロノにアクアは真剣な顔で話す。

「そうですよ。この先、貴方一人に苦労させませんから。

 二人で子供達を守っていきましょうね」

「そんな世界の住民にはなって欲しくないんだが」

「一人で出来る事など限られていますが、二人なら何とかなります。

 もっと頼りにして下さい、クロノ。

 私とアイちゃんは世界が敵に回っても最期まで味方ですよ」

困ったように話すクロノにアクアは頼りにしろと告げている。

「信じているさ……それでも「ダメですよ」」

クロノの言葉を遮るようにアクアが注意する。

「一人で背負わないで、悪い癖ですよ」

「ああ、そうかもな」

(会長にもこういう方が居て下さると助かりますな。

 あの方も重荷ばかり背負わされていますから)

互いを思いやる二人を見ながらプロスはアカツキの事を考える。

望んで得た地位ではないが、立派に責任を持って務めているアカツキには愚痴を零せる人物が必要だと痛感するのだ。

(それなりに息抜きはしておられるようですが、この先の事を考えられると大変ですな)

戦争が激化する可能性がある以上は、アカツキの負担は大きくなるだろう。

エリナがもう少しゆとりを持って行動できたなら安心なんだが。

(もう少し時間が掛かりそうですな……未だ発展途上ですから)

一気に会長秘書まで登りつめたエリナは性急に結果を求める傾向があり、少し余裕がないのだ。

(まだまだのんびりと出来る日はないようです)

「そうですね、先は長そうです」

「……ですから読まないで下さい、アクアさん(^_^;)」

自分の考えを簡単に読んでいくアクアにプロスは天敵とはこういうものなのかと考えている。

この後、再起動したエリナを交えて四人は相談していく事になる。

変わり始めた未来にどう対応するかという厄介な問題を。



ミスマル・ユリカは自室のベッドで横たわり……考え込む。

(クロノさんって……アキトなのかな?

 でもアキトはあんな怖い人じゃないし)

ユリカが知っているアキトはいつも苦笑したようにしてユリカの我が侭を聞いている存在だから。

(アキトって私の王子様だよね……そうだよね)

別人だと思いたい……そう思わないとアキトが王子様でないと言われる様で怖いのだ。

ミスマル・ユリカはまだ恋愛に関しては未熟だと言わざるを得ない……恋に恋する少女と変わらないのだ。

一途に好きだと話すユリカだが其処にアキトの存在はない。

優秀であった事も関係しているのかもしれない。

ミスマル家の跡継ぎとして周囲から避けられていたのかもしれない。

それともユリカ自身が無意識の内に恋愛に関して逃げていたのかもしれない。

(やっぱり確認するべきなのかな?

 もしかしたら……演技なのかも…みんなを驚かす為に!

 そうだよね――きっとそうだよ♪)

ポジティブに思考するユリカだが……それも逃避なのかもしれない。

無意識の内に理解しているが、否定したいという意識があるのだろう。

クロノ・ユーリ=テンカワ・アキトだという事に。

自身の感情がただの憧れに過ぎないと否定されたくないのだろう。

(よーし♪、明日聞いてみよう。

 そしてみんなでお帰りなさいって言っちゃおうっと♪)

その考えが危険な事だとはユリカは思わないだろう……彼女はまだ過酷な現実を知らない。


―――トライデント ブリッジ―――


「一応は小康状態だからいいんですが、暇ですね」

「そうだね。早いとこ帰ってきてくれると助かるんだが」

現状を報告するルリの呟きにジュールが苦笑している。

「マリーさんが怪我しているから、ルリちゃんにも負担を掛けているから心配だ」

「私は大丈夫ですよ。

 意外だったのはジュールさんが料理出来る事ですね」

子供達の世話をしているルリを心配するジュールにルリは大丈夫だと答えている。

「そうだよね……意外といえば意外かも」

「失礼だな、どういう……ルナ…なんでメイド服なんだ?」

ブリッジに入ってきたルナの姿を見たジュールが不審そうに見ている。

どういうわけか――メイド服を着てブリッジに現れたから。

「まさかとは思うが勤務中にシンを誘惑する気なのか?

 そういうのは夜だけにした方が助かるんだが。

 色ボケになられると弟達の情操教育に問題が起きそうなんでな」

皮肉をタップリと混ぜたジュールの視線と声を聞いて、

「ちっ、違うわよ!

 今日は非番でマリーさんの代わりにセレスちゃん達の側についているだけよ。

 怪我してるマリーさんに休んで貰う為に代わると話したら、まず服装から入りなさいといわれて……仕方なく」

慌てて恥ずかしそうに話すルナにジュールは、

「シンには見せたのか?」

ニヤニヤと笑いながらからかうように話す。

「アイツに見せるとイチコロだと思うぞ。

 明日は大変かも知れんな〜〜」

「どうしてそうなるのよ!?」

「アイツには耐性がないからな……ケモノになるかもな。

 優しく微笑んでやれば、まず堕ちると見たが」

羞恥とも怒りともいえる真っ赤な顔のルナに愉快、愉快とジュールは笑っている。

ルナの身体は小刻みに震えていて、ブリッジのクルーはジュールの命運が尽きた事を想像してため息を吐く。

「何が堕ちるんですか?」

ルリの一言にルナは凍り尽き、ジュールもまた動きを止めてどう話すべきか迷いだしている。

「大人の事情という奴だな……すまんがこれ以上は俺の口からは言えないんだ。

 詳しい事は……姉さんに任せる事にしようか?」

「え、ええ、そういう事にしておくわ」

ジュールは何事も無かった様に落ち着いて話していくと、ルナも焦りながら同じ様に話している。

ルリは不思議そうに聞いていたが、

「そういう意味ですか……頑張って下さい、ルナさん。

 ここらで落としておかないと大変ですよ」

何気なく話した一言にブリッジは凍り付いていた。

「ル…ルリちゃん……?」

「冗談です……こう言えば面白くなるかと思ったんですが…失敗しました。

 では休憩に行って来ますね」

呆然とするジュールに真顔で話したルリはブリッジから出て行く。

(じょ、冗談なのか……それとも)

クルーが焦る中で、

『ジュール、セクハラ発言はいけないと思うよ。

 ルリの情操教育に問題が発生するから』

『そうだよ、ただでさえ新婚カップル×2(?)なんだからマリーさんの心労を増やすのはどうかと思うよ』

教育係であるマリーの負担を増やすなとダッシュとオモイカネが注意する。

ブリッジのクルーもルリや子供達の生活環境を考えると、

(不味いかも知れないな……まだ早いような気がする)

ジュールのセクハラ発言に非難の視線を向けている。

「確かに失敗した。もう少し配慮が必要だった。

 すまなかったな、ルナ」

言い過ぎたと反省してルナに詫びている。

「もういいわよ……でも気を付けないと不味いわね。

 ルリちゃんもだけどセレスちゃん達の事も考えないと」

ルナも遊び過ぎたかと思って苦い表情をしている。

ジュールは腕を組んで天を仰ぐようにして話す。

「子供達全員が白紙の状態だったからな。

 当たり前の常識を教える処から始めたそうだ。

 俺の時も一般常識から教えてくれたから」

自分の体験も併せて話すジュールにブリッジのクルーもフォローが難しい問題に何とも言えない顔でいる。

「そういう点でいくとこの艦での生活は悪くはないと思うな。

 こうして心配する大人が大勢いるからな……あとは同年代の友人が出来ればいいんだが。

 まあ、火星に帰還したら学校に行かせる予定だと姉さん達が話していたから大丈夫か」

火星に帰還後の予定をジュールは話すと、クルーも子供達と別れる事に何処か寂しいような気持ちにさせられる。

「アクアさん達もちゃんと考えているんだね」

「あの二人は何時だって子供達の事を優先して考えているさ。

 この戦争を自分達の思惑で動かす為に汚い策謀も辞さないのはその為だ。

 守るって綺麗事じゃ上手く行かない時もあるから……善意だけがあれば戦争なんて起きないものだろ」

「あんたはいっつも皮肉を入れるわね。

 そういう事ばかり言ってるから友人が出来難いのよ。

 理解してるの……少しは改善しときなさいよね。セレスちゃん達に真似させないようにね」

「そうだな、気をつけよう」

ルナの注意にジュールも気をつけると答えている。

「ホントに理解しているのかしら?

 ルリちゃんの事もちゃんと考えてあげなさいよ。

 あんたが一番相談しやすいから頼りにされているんだから」

ルナが真面目に話していると、

「その点は大丈夫だろう。

 火星に帰還すれば、学校に通う事になるんだ。

 当然、同年代の友人が出来れば付き合いも変わっていく。

 そうなれば俺に役目は終わりさ……こういう皮肉屋はいない方がいいからな」

苦笑しながらジュールは告げている。

「本当にそれでいいと思ってんの?」

非難するようにジト目でルナは問う。

「さあな。俺にも判らん。

 二人の姉さんは忙しいから、俺が爺さんの負担を軽くするようにしないと。

 年寄りに重荷を背負わしたままってのは気分のいいもんじゃない。

 そういう訳で俺も忙しくなりそうだから……まっ、そういう事だ」

肩を竦めてこれからの事を話すジュールにルナは辛辣なセリフを告げる。

「あんた、逃げてるでしょう?

 ホントは知っているけど、理由をつけて逃げようとしているでしょう。

 そういうのは……ずるいわよ。

 キチンと向き合って答えなさいよ……どういう形にするのかはジュールの好きにすればいいけど。

 逃げる事は傷つける事になるんだから」

「……随分とお節介なんだな」

やれやれといった感じで話すジュールにルナは話す。

「ルリちゃんもあんたも友達なんだから。

 特にルリちゃんが傷付くところは見る気はないわよ」

それだけ話すとルナはブリッジから出て行く。

「もう少し猶予期間って奴があればいいんだが。

 俺自身の問題を解決しないと動けんし。

 クリムゾンの跡を弟に背負わせるのも不味いんだけど」

ため息を吐いてジュールは自分の問題を呟いている。

ブリッジのクルーもそんなジュールの様子に声が掛け難そうにしている。

クルーは望んだ訳ではないが大きな責任を背負わされているジュールの身を案じている。

(どうして世界って奴は嫌がらせが好きなんだろうな)

ジュールはいつもの様に皮肉を交えて考えていた。

ジュール・ホルスト――クリムゾン・グループの後継候補の苦悩する日々はまだ続きそうである。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

ナデシコ編が意外なほど延びています。
展開を先延ばしにしているのかな(核爆)
という訳でもう少し延びそうですが、いいですよね(ちょっと逃避しているようです)

では次回でお会いしましょう。





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