一つの終わりの時が来る

懐かしい日々に別れを告げる

新しい一歩を踏み出す為に必要とはいえ

苦しい事に変わりない



僕たちの独立戦争  第六十三話
著 EFF


(なんだか……嫌な光景ね)

私は艦長とクロノさんの会話を聞きながらそう感じている。

「だいたいそんな怖い格好なんてアキトには似合わないよ。

 アキトはこう「白い服を着た王子様か?」」

冷ややかに艦長の意見に重ねるようにクロノさんが合わせる。

「この服装は返り血を浴びても大丈夫なように考えている。

 こう見えても一万人以上の人間を殺してきた殺人者だからな」

ギシリとその場が凍りつくように固まる。誰だって人を殺してきた数を誇るように話されると困惑するはず。

クロノさんは口元をわざと歪めて嫌な笑い方を演出しているように私には思えた。

(艦長も……あらら固まっちゃってるわね)

私はホウメイさんが以前アクアちゃんから聞かされた意見が正しかったと思った。

(恋に恋してるっていうか、アキトくんを見ていなかった。

 そのツケをこれから払うんだろうな)

「……ミ、ミナトさん…クロノさんって本当にアキトさんなんですか?」

隣にいるメグミちゃんが青い顔で私に訊く。

「ええ、あれもアキトくんよ。

 おそらく私達では全てを理解できないくらい……相当酷い目にあって、それでも生きていくしかなかったのよ」

「そんなっ!」

私の考えにメグミちゃんは言葉を詰まらせる。

「メグミちゃんの言いたい事も分かる、だけど見ておきなさい。

 火星にいるアキトくんをクロノさんのようにしない為にね」

(やな言葉ね……こんな言い方しか出来ない。

 アクアちゃんもナデシコにいた時はこんな思いがあったのかしら)

時々アクアちゃんが辛そうにアキトくんを見ていた事を私は知っている。

アクアちゃんは強い反面、何処か脆い部分があると私は思っていた。

(もしかしたら未来を知った事で傷ついているのかも……ルリルリを守ろうとするのもそのため?)

贖罪――もしそうなら悲しすぎると私は思う。

目の前にいるクロノさんがアキトくんのなれの果てである事が酷く傷ましく感じられる。

(アキトくんって、いっつも艦長に振り回されていたけど……それでも優しく笑っていたから)

私達が知るアキトくんとクロノさんとではあまりにも変わりすぎているのだ。

「未来で……何があったんだろう」

「……ミナトさん」

私の呟きを聞いたメグミちゃんは悲しくて泣きそうな顔でその光景を見ていた。


「……さて、何が聞きたい?」

「ほえ……えっと……アキトだよね?」

「アキトは死んだといったが」

ユリカの質問にクロノさんは平然と話している。

「ここにいるのはクロノ・ユーリという火星人だが」

「だからアキトなんだよね!」

ユリカは苛立つように話すが、クロノさんは全くうろたえる事もなく立っている。

(本当に……テンカワなのか?)

僕が知る限りテンカワはユリカに一方的に振り回されている気のいい奴だった。

最初こそ反発もしたが話し合ってみると苦労している奴で、ユリカとの関係も幼馴染でしかないと僕に告げていた。

(いったい……どうすればこんなふうに変わり果ててしまうんだ?

 僕には同一人物には思えないよ、ユリカ)

「そんなバイザーなんて着けていないで私を見なさ〜い!」

まるで子供のように癇癪を起こすユリカにクロノさんは呆れたようにため息を吐くと、

「後悔しないな……ミスマル艦長」

ゆっくりと手をバイザーにかけると外していった。


「アキトっ!」

バイザーを外したアキトの顔を見た瞬間、私は思わず目を逸らした。

「どうしたんだ、ミスマル艦長の言う通りにバイザーを外したが」

周囲の皆も絶句しているのが、私にも分かった。

「な、なんで……アキトの瞳が金色なのよ!?」

「ああ、未来で木連の実験材料になってな。

 五感と寿命も奪われて……なぁ」

淡々と話すアキトの言葉に私だけではなく、皆も聞きたくないといった表情で見ている。

「まあ、自業自得だな。

 安易な平和を望んだ事が全ての間違いだろう」

「平和を望んだ事が間違いだったの?」

私は思わず聞き返した――平和になる事が間違いだなんて言われたくなかった。

「そうだ、ナデシコはかつて平和を求めて、木連と勝手に交渉に及んで和平を築き上げた。

 無責任な事に勝手に交渉して、あとは無責任な政治家に丸投げしてな。

 その結果が火星の住民の死滅と人類の衰退という結末になった」

ガツンとハンマーで殴られたような気持ちになり、皆も呆然とした顔になっている。

「ああ、皆が知っている火星だが、俺が歴史に介入した所為で状況は大きく変化している。

 第一次火星会戦で火星の住民はほぼ全滅する筈だったが、俺が歴史に介入して火星の住民は生き残る事に成功した」

誇っている訳でもなく、アキトは何の感情も見せないで起きた事柄だけを話している。

「僅かに火星で生き残った火星人はナデシコによって殺されて、偶々地球に避難していた火星人のみ生き残っただけか」

「どうしてそんな事になるの?」

思わず私は聞いてみた。火星を取り巻く状況があまりに変化しているから。

「第一次火星会戦で地球連合軍は火星から撤退。

 火星の住民は木連の無人機に無慈悲に殺され続けただけさ。

 ナデシコは火星の住民の救助に来るが、勝ち続けて慢心して火星に降下。

 相転移エンジンの出力が低下した事に気付かずに、ユートピアコロニーに向かい着陸してエンジンを切る。

 そこへ木連の艦隊が強襲して、初めて戦闘力が低下している事に気付いて大慌て。

 そして自分達が生き残る為にユートピアコロニー地下に生き残っていた火星の住民をフィールドで押し潰したのさ」

ありえた可能性の話に私は血の気が引いていく。

同じような事を私は火星でしていたのだ。

その時は運良く被害はなかったが、アキトが知る過去ではそんな事態になっていたのだ。

「助けに来たはずが、自分達の手で止めを刺した……滑稽な話だよな」

アキトは何処か遠くを見るようにして私達に話すが、私達には自分達の行いが酷く危険なものだったのか理解する。

「そういえば、イツキは木連との戦いで死んでいたな。

 確か木連のボソンジャンプ機のジャンプに巻き込まれて」

「ど、どういう事ですか!?」

アキトの声にイツキちゃんが思わず叫んでいる。

自分が死ぬという事を予言されるというのは誰でも嫌だから。

「ボソンジャンプについてはもう解っているな」

「は、はいっ!」

「ボソンジャンプはある条件を満たした者だけが耐えられる。

 その頃はまだネルガルは秘密にしていてな、何も知らなかった君はボソンジャンプに巻き込まれて死んだんだ。

 だが今俺が教えたから、この世界では回避できるだろう。

 自分から死ぬと分かっている事に首を突っ込むなどしないからな」

「そ、それは……」

イツキちゃんもアキトに言われて気付く……自分の運命が変わった事に。

「……歴史は変わり始めた。

 もう俺の知る歴史とは大分掛け離れている」

アキトの声に皆が呆然と聞いている。

「一つだけ警告しておく。

 安易な平和を望むな……その時は俺がナデシコを潰す」

「どうしてそんな事になるの、アキト!」

私はアキトの考えが分からずに反発するように叫ぶ。

「何を言うかと思えば……地球人は未だに戦争をしていると理解していないからだ。

 自分達は安全な場所にいると勘違いして、戦争の悲惨さを理解せずに無責任に暮らしている。

 このまま戦争が終われば、誰も責任追及もせずに政治家も軍の誤魔化したままで行くだろう。

 そんないい加減な結末は俺も火星も認めんぞ」

アキトの言葉に食堂は喧騒がなくなり静寂になる。

誰も反論できない現実を教えられたのだ。

ナデシコは私やジュンくんなどの士官候補生や提督やイツキちゃんのような軍人ばかりではなく民間人で構成している。

アキトの言う様に戦争への認識が欠如していると火星で教えられたばかりなのだ。

「木連は無人兵器を使用する事で自分達が人を殺した事を理解していなかった。

 火星の報復攻撃で漸く自分達が戦争をしている事に気付く有様だ」

呆れるようにアキトは話を続ける。

「地球も同じような状況だな。

 木星蜥蜴と蔑むように未知の生命体と呼称して、市民を騙して戦争を始める。

 軍の上層部と政治家達は前線で死んでいく兵士達を嘲笑っているのかもな。

 今考えるとそんな政治家達を当てにした時点でナデシコが行った和平は愚かな行為だと言えるな」

「……でもアキトや私達はその時は正しいと思ったんでしょう?」

私は自分が行った行為が間違っていたと聞かされてアキトに問い掛ける。

「ああ、その結果がこの様だがな。

 地球も木連も余力を残して戦争を終えて、互いの住民は戦争の悲惨さを碌に知らずに互いの主張を非難する。

 そして企業はボソンジャンプを独占して利権を得ようと裏で蠢いていく。

 火星の生き残った住民は保護される事もなく、拉致監禁され、人体実験を強制的に行われて死んでいった」

目の前にいるアキトから音が聞こえる。

体内のナノマシンが活性化してナノマシンの潮流が全身に表れる。

(……怖い…アキトがこんなふうになるなんて)

私は怖くて身が竦む……私が知るアキトとは全くの別人のように感じて。

「地獄のような日々だったよ。

 ただ火星で生まれ……生きていた…それだけで科学者どもに実験材料として扱われ殺されていく。

 俺より小さな子供さえ笑いながら殺していくんだよ……全部俺が安易な平和を望んだ所為だ。

 誰も死にたくはなかっただろう……みんなが死にたくないと言いながら死んでいった」

その時の事を思い出すかのようにアキトは話していく。

私達は何も言えずに聞くしかなかった。

「俺は運良くネルガルに救出されたが、その時点で五感は殆ど破壊され寿命もあと三年ほどだと言われたよ。

 過剰に体内に埋め込まれたナノマシンが暴走して内臓を傷つけ……そして再生する。

 気が狂わんばかりの痛みが絶え間なく襲うんだ。

 まあ……自業自得と言えばそうなんだが」

苦笑いして話すアキトに誰もが目を背けたくなっている。

安易な平和を望んだ先がそんな未来になると言われれば苦しいから。

「ボロボロの身体だったが、利点はあったよ。

 少々無理をしても痛みと引き換えにナノマシンが勝手に再生してくれるからな。

 毎日毎日、狂ったように身体が壊れるまで訓練していたな……奴らを殺すために」

目の前のアキトが何の躊躇いもなく人を殺すと話す。

私が知るアキトは人を殺せるような人じゃないと叫びたかった。

「ああ、そうだったな……泣き叫び命乞いをする科学者達を笑いながら殺した事もあった。

 俺の未来を破壊した奴らに復讐する事ばかり考えていたものだ。

 奴らを一人殺す度にこの身に歓喜が溢れたものだ」

アキトが嗤う……今まで見たことのない笑みを浮かべて。

「ア…アキト……だよね?」

私は思わず問うてしまった。

そして私の問いに目の前の人物は嘲笑うかのように答える。

「そうだな……確かに俺はテンカワ・アキトだ。

 もっともA級テロリストと呼ばれ、五つのコロニーを破壊して一万人以上の人間を殺した……闇の王子様かな」

ダメだ……目の前が霞むようにフラフラと焦点が合わなくなる。

「ど…どうして……そんなに…なっちゃったの?」

私は立っていられなくなり座り込むと、

「さあな、全てを奪われた人間の末路などこんなものだ。

 未来も寿命も希望も失い、たった一つ残ったのがドス黒い負の感情だったから」

何処か疲れたような声で話すアキトに誰も……声が掛けられなかった。

「誰が悪いわけじゃない。

 ただ戦争を終わらせたいと願い行動したが、無責任に後を丸投げした自分が悪いのだと今は思う。

 ユリカ……今のままのお前ではこの悲劇を止める事は出来ない。

 甘えを捨ててきちんと戦争と向き合え。

 それがかつて夫だった男の最後の言葉だ」

「えっ?」

「もう少し大人にならない限り火星にいるテンカワ・アキトとは幸せになれんぞ。

 お前とはかつて一緒になったが、お前からは一度も愛しているとは俺に言っていない。

 改めて問うがミスマル・ユリカはテンカワ・アキトを本当に愛していたのか?」

私に背を向けてアクアちゃん達の方へ向かうアキトが告げる。

「お前はアキトは私が好きと何度も言っていたが、愛していると告げた事は一度しかなかった。

 結婚式で神父に問われた時に答えた時だけだ。

 お前は本当に俺を愛していたのか、それとも理想の王子様を重ねていただけなのか?」

「そんなのっ!」

私は反論しようとしたが混乱していたのか……上手く話せなかった。

そんな私をアキトは一瞥すると、

「すいません、プロスさん。

 厄介事を増やしましたがここで失礼します」

『いえ、これも仕方ない事と割り切ります。

 アクアさん、ドクターにも色々ご協力していただいて感謝します』

コミュニケで聞いていたプロスさんが答える。

「気にしなくてもいいわよ。

 説明できたから、それなりに楽しかったから」

「プロスさん、ルリの事ですが急いで下さい。

 それからクロノはもう来れませんが、私は条件次第ではまた来ますから」

「そうだな……もうここに来る事はないな。

 ここはテンカワ・アキトがいた場所で、クロノ・ユーリが帰る場所じゃない。

 懐かしい故郷ではあるが、守りたい、帰りたい場所は火星だから」

アキトが何処か寂しそうに皆を見つめて苦笑する。

「まあ、何だ……どうしても新しい機体が欲しくなったら手を貸してやる。

 火星にいるアキトによろしくな」

「アクアちゃん! 身体に気をつけてね。

 ルリルリやセレスちゃん達にはアクアちゃんみたいなお母さんとお姉さんの二役をこなせる人が必要だから。

 怪我とかしちゃダメよっ!」

「……ミナトさん…」

「泣いちゃダメよ〜、お母さんはいつも笑顔でいないとね」

ミナトさんがウィンクしてアクアちゃんに話す。

「ユリカ……もう一度言うぞ。

 俺はテンカワ・アキトではない、クロノ・ユーリだ。

 お前が言う王子様のアキトは火星にいる。

 俺はお前とは一緒になる事はない」

「どうしてっ!?」

「俺の両親を殺す手助けをしたのがお前の親父だからだ」

バキンと何かが壊れたように私は思えた。

「火星のテロ事件そのものが俺の両親を殺すために仕組まれたものだからだ。

 お前の親父は俺の両親を空港に誘き寄せる餌にさせられた。

 多分、今は真相を知っているはずだが、言わない以上は必要な事だと判断したのかもしれない。

 真実を知った俺やアキトはもう昔のようにはいられない」

「そんなっ!?」

アキトの両親がテロで死んだ事はアキトから聞いて知っている、でもお父様が関係していたとは思わなかった。

「親がした行為をどうこういう気はないが、今のアキトにとっては許せない事だろう。

 そういう事も踏まえてアキトに会う時はきちんと向き合え。

 お前の理想の王子様ではなく、テンカワ・アキトという一人の人間をきちんと見るんだ。

 さもなくば互いに傷つく事になるぞ」

「そんなのわかんないよっ!」

告げられる事実に私は混乱する。

アキトが私を好きだという事さえ間違っているかのように言われるのだ。

「相手をきちんと見る事は恋愛における初歩にして、人付き合いでもっとも大事な事だ。

 そんな事さえ出来ないのなら、お前は誰からも愛されんぞ」

そういうとアキトは光に包まれて消えていく。

「……わかんないよ…アキト……」

其処にアキトの姿もなく、アクアちゃんの姿もなかった。

私の呟く声だけがそこにあるだけだった。


ボソンジャンプでトライデントの俺の執務室に帰艦してイネスが聞く。

「良かったの、あれで」

「わからん……だがこうなる事はなんとなく分かっていた事でもある」

いずれ判る可能性があったのだ。

「それに帰る場所はナデシコじゃない……みんなが待っている火星なんだよ」

「……ならいいわ。

 一応ね、カウンセラーの資格もあるからいつでも愚痴を聞くわよ。

 あんまりやせ我慢しないでね」

心配するイネスに俺は苦笑する。

(気遣われてばかりだな……だからこそ…この場所に帰りたいと思う)

「ほらほらアクアも泣かない……もう意外と泣き虫さんなのね」

静かに泣いているアクアにイネスはハンカチを差し出して涙を拭う。

「ご…ごめん…なさい。

 分かっていたのに…それでも……苦しいの」

「そうね。でもそれでも歩いていくしかないの。

 どんなに辛くても幸せになるために必要な事ならば……だから泣くのはやめなさい。

 ミナトさん……だっけ、彼女が言っていたでしょう。

 貴女は皆のお母さんだから笑顔でいないと、皆が心配するから」

「え…ええ…」

イネスが諭すようにアクアに話すとアクアも泣くのをやめようとする。

「お帰り――!

 えっと……ママ…どうかしたの?」

「ママ! 何処か怪我でもしたの?」

そこにラピスとセレスが部屋に入ってきて、アクアの様子に気付いてオロオロとしている。

「なんでもないよ……ちょっとお友達とさよならしただけさ。

 いつかまた会えると思うけどな」

「「そうなの?」」

「ああ、きっと会えるさ。

 みんな気のいい奴らだからな」

俺は二人を抱き上げるとアクアに話す。

「クロノ……そうですね。

 いつか笑って話せる日が来ますよね」

「ああ、そういう日が来るさ。

 さて、ブリッジに行ってルリちゃんにラピス達が我が侭言って困らせていなかったか確認しようかな」

「ひどいよー、そんな事しないもん」

「そうだよー、ルリ姉ちゃんって怒らせると怖いんだよ」

『そんな事を言いますか?』

ウィンドウを開いて話すルリちゃんに二人は焦りだす。

「あらあら完全に上下関係が出来たわね。

 これもアクアの教育の賜物かしら」

その様子を楽しそうにイネスが見ている。

「そんな事教えていません。

 ルリが怖いのはいつもの事です」

アクアが拗ねるようにイネスに反論する。

そんな光景を俺は愛しく感じる。

「ただいま、ルリちゃん」

『お帰りなさい、兄さん』

(アクアがいて、イネスがいる。

 そして子供達がいて、仲間がいる……ここが俺が帰るべき場所だよ)

俺は自分が帰りたい場所が出来た事を嬉しく思いながら、二度と失わないように守る事を誓う。


―――ネルガル会長室―――


「そう……これまた厄介な問題だね」

サセボから帰ってきたエリナから聞かされた内容にアカツキはヤレヤレと肩を落とす。

「とりあえず親権に関しては放棄するよ。

 穏便に済ませてくれるなら悪くはないからね」

「はあ、つくづく文句が言いたくなるわね。

 前会長は何を考えていたのかしら」

エリナのぼやきにアカツキも複雑な顔でいる。

さすがに父親がネルガルを大きくする為にしていた行為が悉く裏目になり始めているのだ。

「参ったね……やはりプロス君の進言を受け入れるべきかな」

「どういう事よ?」

「重役陣の監視強化さ。

 ウチは清濁併せ持つ人物ではなく、濁濁しか持つ人物しかいないみたいだから。

 この際だからきちんと監視して暴走しないように手配するべきではと言われちゃった」

アカツキの説明を聞いたエリナは天を仰ぐようにして苛立ちを抑える。

(確かにその必要があるかも……今のところは表沙汰になっていないけど、表に出るとヤバイ事になりそうだから)

「クリムゾンも内部の改革を始めている」

アカツキの声にエリナはハッとしてアカツキを見る。

「向こうもお馬鹿な連中を切り捨て始めた。

 そして今までは地球を中心にした事業展開だったが、どうやらコロニー開発も含めた宇宙での活動も視野に加えた」

「それって」

エリナの想像を肯定するようにアカツキは頷く。

「そうなるね。おそらく次の時代に乗り遅れないように準備を始めたんだよ。

 ……ボソンジャンプによる大航海時代に対応するように」

「そういう事になりそうね」

納得は出来るが、ネルガルが中心にならないと思うと悔しいとエリナは舌打ちする。

「アスカとの提携もその為かもしれない。

 あそこはコロニー開発ではウチより優秀だったから」

「そうね。アスカとウチで独占していた状態だったから、ノウハウに関しては何処よりも進んでいるわね」

「ウチはオリンポスと北極冠を押さえた後はロストシップの分析とそれから出る技術の開発を重視しただろ。

 その間にアスカは幾つものコロニーの開発を手掛けてきた。

 コンロンに支社を置き、ユートピア、アクエリア、ウチとの共同でアルカディアも併せると場数は一番多い。

 戦後を今から考えると火星の復興事業も入るだろ」

アカツキは渋い顔でエリナに話すと、

「ボソンジャンプを管理しているのは火星だから……これって意外なダークホースってこと?」

エリナもまた苦虫を噛み潰した表情で聞く。

「アスカの令嬢が軍から無理矢理除隊させられた。

 彼女の経歴を調べたら火星生まれだと判明したんだよ。

 しかも現会長はユートピアコロニーの開発に従事していた」

「まさか!」

アカツキが調査結果を述べると、エリナはアスカの会長がネルガルを警戒する理由に気付いて慌てる。

「テンカワ博士夫妻の隣で暮らしていたそうだ。

 おそらく家族ぐるみでの付き合いもあったんだろう。

 ネルガルを警戒するのは当然だ……友人を殺されたんだから。

 分からないはずだよ……お隣さんの事など調査対象じゃないからね。

 ご令嬢の一件がなければ不明のままだった」

ネルガルとアスカとの企業間の確執ではなく、個人的な私怨から発生した警戒など予想外の結果だった。

「……こっちに引き込むのは絶対に不可能ね」

額に手を当ててエリナは状況が最悪な方向に進んでいる事に気付く。

「独占主義って奴は敵を際限なく生み出すもの……かもしれない。

 今更だけどネルガルは相当ヤバイ方向に進路を向けていそうだ」

「内部監査を強化しましょう。

 プロスが言うにはホシノ・ルリの親権を第三者に渡す事でウチの重役の強硬派を引き摺りだすみたいよ。

 この際だから私達も便乗しちゃいましょう」

「本当に無駄なく行動しているね、クリムゾンのお嬢さんは」

呆れるような感心するような響きの声でアカツキは呟く。

「ええ、こっちも新しい体制を整えて対応しないと。

 このままだと時代に取り残されていくわよ」

「ウチは火星との政治的なパイプを完全に失った」

アカツキは真剣な表情で話す。

その意見にエリナも顔を顰めて現状を認識する――次の時代の中心地は火星になる可能性が高いと。

「政治的なパイプを作り直そうにも火星との交流も途絶えたし」

「表立ってはないわね。

 クリムゾンに押さえられているし、あるのは個人的なラインだけか」

「そう…現状ではムネタケ提督とプロス君にしかない。

 多分、クリムゾンに続いて、アスカがパイプを繋いだ可能性が高いな」

「そうなるのかしら?」

アカツキの考えにエリナも可能性が高いと考えている。

「ああ、間違いなくそうなるだろう。

 なんせ向こうにはクロノ君がいるんだ。

 彼がクリムゾンに付いている以上は、火星との関係も相当強固になっていくと思うね。

 火星の中枢の人間だよ……特にボソンジャンプに関しては誰よりも理解している」

「ジャンプ経験に関しては誰よりも豊富な人物。

 ジャンパーの育成には誰よりも詳しい人物なんだわ」

「ジャンパー?」

エリナから聞きなれない単語が出てきたアカツキは思わず反芻する。

「火星ではボソンジャンプが出来る人間をそう呼んでいるの」

エリナの説明を聞いてアカツキは考えを述べる。

「つまり火星ではボソンジャンプに関しての規格が出来ていると」

「出来ているんでしょうね。

 おそらくクロノの意見から火星が独自の規格を作り出したのよ」

エリナの見解にアカツキは火星コロニー連合政府がボソンジャンプを管理していると気付いた。

「独占主義が裏目に出たか……ネルガルと火星の関係は完全に拗れる。

 頭が痛いな……火星との関係修復も考えないと」

「裏の事情も全部知られているから……大変…難しい事になりそうね」

二人は火星との関係修復という難問を抱えて苦悩する。

今更ながらに独占主義の危険性を考えさせられる二人であった。


―――ナデシコ ブリッジ―――


「副長、しばらくナデシコの指揮を任せるわ」

「……はい」

ムネタケがジュンに告げると暗い表情でジュンは答えた。

「甘ったれてんのよ。落ち込んでる暇があったら仕事に没頭して紛らわしなさいよ。

 自分がクルーの命運を握っている事を忘れてどうするのよ」

ブリッジを見渡してムネタケはため息を吐いている。

「仕事になんないわね。

 プロスにブリッジは任せるから、少しは空気を換えておいて」

「どちらへ?」

ブリッジを出て行こうとするムネタケにプロスは尋ねる。

「艦内の見回りよ……しょうがないからクルーの愚痴でも聞いて、立ち直る手助けでもするわ。

 まずはパイロットから始めて、艦長は最後にするわ」

そう告げるとムネタケはブリッジから出て行く。

「お世話になってばかりですな」

能動的に動くムネタケにプロスは感謝している。

先の一件でナデシコのクルーのメンタル面の低下は著しいものがあった。

(戦争を行う事については覚悟されていたんですが、安易な平和を望む事が間違いなどと言われれば)

厄介な問題だとプロスは思う。

(戦争を終わらせたいと思う事は間違いではないですが、どういう形で終わらせるのが良いのか)

「私達もきちんと考えないと……」

プロスの思考に割り込むようにミナトが呟く。

「そうだな……判っているのは今の連合政府と軍ではいけないという事だ。

 無責任な連中に任せる事は非常に危険だとクロノは言っていたからな」

オペレーターシートに座るグロリアの意見に続いて、セリアがミナトの聞く。

「私達は知らないけどクロノさんとテンカワ・アキトって、そんなに変わっているの?」

「正直……同一人物には見えなかったの。

 身に纏う雰囲気とか、全然違ったわ」

「あんなふうにアキトさんが変わるなんて信じられません!」

思わずメグミが声を大にして話すと、

「そうはいうが、人というものは変わっていくものだぞ」

「それでも! あんなふうに変わり果てたアキトさんなんて……」

グロリアの声にメグミは目に涙を浮かべて反論しようとする。

メグミが知っているアキトとはあまりに違うクロノを見るのが辛いのだ。

「多分、今は治っているけど……五感が壊されたって言ってたでしょう。

 その意味が解る……メグミちゃん」

ミナトが問うようにメグミに話すと、メグミはその意味を理解するにつれて顔を青くしていく。

「味覚もダメになったの。

 コックさんになりたいと言っていたアキトくんにとっては……絶望しか残されていなかったのよ」

目を伏せて辛そうに話すミナトにメグミもうなだれていく。

「レイナードは……」

「……メグミでいいです」

グロリアが話しかける。

「ある日、突然声を奪われたらどうする?」

「えっ?」

「それも理不尽な暴力でだ」

淡々と話すグロリアにメグミはどう答えていいか分からずに困惑する。

「元声優だったなら、声が出なくなるという事が如何に大事な事か判るだろう?」

「それは……」

グロリアの言う意味がわかり、メグミは暗い表情に変わっていく。

「それ以上の事がクロノに起きたんだ」

ブリッジの空気がいっそう重くなるがグロリアは気にせずに話す。

「見えない、聞こえない、熱さも寒さも感じない、匂いもわからず、味さえも失う。

 まともな人間なら気が狂うような状況でも這い上がってきたんだ。

 例えそれがどす黒い感情であっても仕方がない……奪われた事を考えればな」

「そうですな……あの方は諦めずに戦う事を選択しました」

全てを聞いたプロスはクロノの強さを知り、痛々しく感じながらも感心している。

(あの方のお子さんだけの事はあります。

 自分の命の危険性を承知していたのに一歩も……退かなかった)

友人であったテンカワ夫妻の事を思い出して、プロスはこれからの事を考える。

(恒久平和など無理でしょう……ですが平和な時代があった事も事実。

 あの二人はそういう時代を作ろうとしている。

 出来得る事なら手助けをしたいですな)

立場の違いはあれど、同じ道を歩いて行きたいとプロスは願う。

「一つだけ皆ができる事があるぞ」

グロリアが誰に告げる事なく、全員に話す。

「ここはクロノの故郷だったんだろ。

 いつかクロノが帰ってきた時は笑って迎えてやればいい。

 それくらいはできるだろう?」

「ええ、そのくらいしか出来ないけどね」

「そうですね。僕たちに出来るのはそれくらいですか」

ミナトとジュンがグロリアの意見に賛成する。

「失った時間は取り戻せん。

 だがまだ全てを失ったわけではない」

ゴートが控えめに話している。

戦闘中に意見を述べる意外はあまり話さないゴートに全員が注目する。

「ん、なんか間違った事を言ったか?」

全員に注目されてたじろぎながらゴートは聞く。

「間違ってはいないけど〜」

「ちょっと意外です」

「むっ、そうか」

ミナトとメグミの声にゴートは何処か居心地が悪そうにしていた。

「まあ、少しは気が晴れただろう。

 いつまでも暗い顔でいるのは良くない。

 現実は厳しいが、逃げる場所なんてないんだ。

 なら明るくしておいた方がいい。

 空元気でもないよりはマシだ」

グロリアが苦笑して話すとブリッジのクルーも苦笑いする。

そしてそれぞれが少しずつ戦争について考える。

……この戦争の終わらせ方を。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

とりあえずナデシコ編が一段落。
時々ナデシコも入りますが、戦争の裏側も入れたいですね。
難産というかユリカとクロノの事を書くのは苦労しました。
これでいいのかすら、自分でも判りません。

では次回でお会いしましょう。



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