力の足りなさを痛感する

大事なものを守れない

こんな思いをあの人は何度もしてきた

だからこそ強いのだろう

私もその強さを身に付けたい

いつまでも守られるだけでは嫌だから



僕たちの独立戦争  第六十五話
著 EFF


ピースランド――永世中立を掲げ、ピースランド銀行を経営する事で世界の経済の一翼を担う国である。

私は自身のアドレスに接触してきた人物に会う為に此処ギリシャに来ていた。

「お待たせしました、私は火星宇宙軍《マーズ・ファング》所属、クロノ・ユーリです」

「いえ、時間通りなので問題などありません。

 それでご用件は?」

大事な話があると言われ、私は不審に思いながら此処に来ている。

「そうだな、本題に入りましょう。

 ピースランド国王夫妻の御息女の件で貴方にお会いしたいと思い、ご連絡した」

目の前の人物の言葉に私は警戒を強める。

火星宇宙軍との会談をクリムゾンは国王陛下に求めていたので私は事前交渉も兼ねて此処に来たが、

「何の事か、判りませんな」

「体外受精で生まれる筈だった子供と言えばよろしいですか」

「…………何処までご存知ですか?」

私は目の前の人物が告げる言葉を聞き漏らさないようにしていた。

十年以上も探し続けていた大事なお子様の手がかりに手が届く瞬間を逃す訳にはいかないのだ。

「全て知っています……当時お子様を欲しておられた国王夫妻が体外受精という形でも子供が欲しかった。

 その為に預けた施設がテロ事件で崩壊」

「……其処までご存知でしたか」

極秘で行っていた筈なのに全てを知られていると私は判断していた。

「はい、お子様はマシンチャイルドとして生み出され、酷く歪に育てられていました」

「何ですとっ!?」

思わず私は声を荒げて立ち上がる。

お二人が待ち望んだお子様がそんな形で産まれた事に私は怒りを感じる。

「そんな事は許されませんぞ」

「向こうもあの子の提供者に関しては知らないようでした。

 今頃知って慌てふためいています」

そう言ってクロノ氏は私に報告書を渡す。

渡された報告書を読んでいくうちに、私はあまりの事に言葉が出なかった……それほどに衝撃的な内容だった。

「……これは事実なのですか?」

とても信じられない報告に私はクロノ氏に問い質す。

事実であるならば、すぐにでも行動を開始しなければならない。

この少女を救い出し、陛下に会わせる為なら私は如何なる苦労も惜しまないだろう。

(もし事実ならば、王妃様がどれだけ御心を……痛めるか)

「現在は火星で保護しています。

 同じような境遇の子供達と一緒に生活しています」

そう答えるクロノ氏は私の前でバイザーを外して話す。

「あ、貴方は……?」

「そういう事です。私もまた彼女のように改造されし者です」

苦笑するように話すクロノ氏の瞳は……金色だった。

「本当ならこの場で会わせたいのですが、今会わせるのは色々問題がありまして」

「問題ですか?」

「はい、情操教育が全然出来ておりません。

 今、国王夫妻に会わせてもおそらく上手くいかないでしょう」

「……そんな…」

やっと見つけたお子様が国王夫妻と上手くいかない……それでは意味がないと私は思う。

(何の為にこの十年以上探し続けてきたのだ。

 これでは……いや、そんな結果は認められない)

「少しずつ感情を取り戻しております」

「其処まで酷いのですか?」

「何処か生きる事に疲れているようでした。

 今はそうでもありませんが」

クロノ氏の声も力なく響いている。

彼もまた複雑な胸中なのかもしれないと、私は思った。

「周りにいる子供達もまた同じ様な境遇の者ですから、色々思うところもあるのでしょう。

 皆のお姉さんとして笑い合えるようになってきました」

クロノ氏はそう話すと海辺を見ている。

その視線の先を私は見るとそこには一人の女性と子供達が笑い、楽しそうに遊んでいる。

私はその中の一人の少女から目が離せなくなっていた。

「ホシノ・ルリ……貴方が捜し続けていた少女です」

「……姫様…」

幼き日の王妃様の面影を残す少女が其処に居た。

私は捜し求めていたお子様を見て、思わず涙が出そうになった。

(あの方がそうですか……長かった…どれほど……この時を待ち望んでいたか)

周囲には子供達を守るようにガードする者達がいる事に私は気付いた。

「あの子達は地球では生きていけません。

 ネルガルではワンマン・オペレーションシステムの道具として生み出されましたから。

 私達が救出しましたが、既にその能力はルリちゃんがナデシコで証明しました。

 このまま戦争が激化すれば……」

クロノ氏の懸念は私にも痛いほど理解できた。

今の連合政府が信用できない事を私は知っている。なりふり構わずに姫様を道具のように扱う可能性もあるのだ。

「幸いにも火星ではマシンチャイルドの必要性が薄れています。

 新型のIFSでオペレーターの向上、そして私が軍に、アクアが政府で働く事で子供達の安全が確保できました」

「左様でございますか」

(自ら火星に協力する事で取引されたのか、おそらく子供達の安全を確保する為でしょうな)

姫様と一緒に遊んでいる子供達も同じような身の上なのだろう。

(あそこにおられる方がアクアさんなのですね)

私は子供達に微笑んでいる女性を見つめていた。

側にいる姫様もその女性には信頼しているのか、とても楽しそうに話している。

(姉であり、母親代わりなのかもしれない)

私はそう思うと、複雑な思いで見つめる。

(無理に引き離すのはいけませんな……傷付かれる可能性が高い。

 そうなれば……)

そんなふうに考える私にクロノ氏は話す。

「はい、他の子供達の遺伝子提供者は不明な部分も多いですが、私とアクアが親として引き取り育てます」

複雑な事情もあるのだろうが、姫様を取り巻く環境が分かった事が最大の収穫かもしれないと私は考える。

「では今すぐは避けるべきですか?」

「ええ、今お会いしても傷付く可能性が高い。

 自分に家族がいると知って、ひどく怖がっていた感じです。

 両親の元へ行く事で、独りになる事が怖いのかもしれません。

 今までは失う事の意味を知らなかった、ですが今は人として歩き始めた。

 それに優しい娘です……自分ひとり…家族が居てもいいのかと思うかもしれません」

今まで側で見守ってきたのだろう……クロノ氏は穏やかに話していく。

(愛され守られている……複雑な気分です。

 出来うる事なら私が姫様の側で見守りたかった)

そんなふうに思いながら私は話す。

「では強引に事を運ぶのはいけませんね」

「はい、ですが一度は顔合わせはしないと不味いでしょう。

 我々火星はこの戦争を終わらせる為にクリムゾンと協力して裏から手を回しています」

「……なるほどピースランドが仲を取るという訳ですか?」

「ええ、あの子はそれを望みませんが、後ろ盾は幾つもある方がいい。

 私もアクアも守り続ける事は変わりませんが、この先どうなるか分からないのも事実です」

(本当に姫様の身を案じておられる)

自分達に何かあった時、姫様の安全を確保しようと考える二人に感謝する。


クロノとダニエルさんが話し合う光景を私は見つめる。

(上手くいくといいのですが?)

私達は欧州での活動を終わらせる為に、地中海に潜むチューリップの破壊を行う作戦を始める準備を開始していた。

それと同時に、和平交渉の準備の為にピースランドとの接触を行っていた。

ジェイク・ダニエルさんとの会談もその一環であり、彼との接点からピースランドへのパイプを作る予定でもある。

クリムゾンのラインからでも良かったのだが。

(……そう、ルリの事を何とかしなければならない)

「姉さん……何か?」

「いえ、交渉が上手くまとまれば良いと思ってね」

考え込む私にルリが聞いてくる。

(この子は本当に優しい子です……傷付かずに済めば、良いのですが)

「ルリ」

「はい」

「私とクロノは、今しばらくは戦場に行かねばなりません」

「……はい」

私が真剣な顔で話す内容にルリも複雑な顔で聞いている。

「戦場に絶対などという言葉はありません。

 私とクロノに万が一の事があれば、お爺様と姉さんに皆の事を任せますが」

「姉さん……」

「その時はジュールと一緒に……」

「はい、ですが……」

「ええ、そう簡単に死ぬつもりはありません。

 ですが憶えておくのです。

 何事にも絶対などという事はありません。

 その為に私達は様々な手段を用いて行動しているのです。

 より確実に成功させるために」

「心構えですか?、姉さん」

「そうよ、常に最悪の事態を想定して、そこから逃れる為に何をすれば良いか考える。

 どんな状況に陥っても、すぐに対策を考えて行動できるようにする。

 謀略とかも同じ事ね、相手の手の内を読み取り…次の手段を考える。

 守るという考えでは勝てません、常に相手の手の内を読み、対抗策を出しながら戦い続ける。

 騙しあいとか、謀略は常に相手の動きを知り、先手を取る事が肝要です」

「……はい、姉さん」

「ごめんね、貴女にはこんな汚い事も教えなければならない。

 私達にもっと力があれば良かったのに」

まだ十代の幼い少女に謀り事を教えなければならない。

(私は罪深い女ですね……守りたい少女に手を汚させる手段を教えなければならない)

自らの力の足りなさを呪いたくなる。

自衛手段とはいえ、幼い子供に汚い世界を見せる……罪深い事だと知りながら。

「本当に……ごめんなさい」


姉さんが私に謝っている。

「別に気にしていません。

 むしろ感謝しています……妹達を守れる方法を教えてくれて」

そう……私は力が欲しい。

今の私に出来る事はたかが知れていると感じていた。

(こうして姉さんから様々な事を教えてもらい、自分のものにしていく事が今の私に出来る事)

姉さんは私に教えたくはないと考えているが、私は知りたいのだ。

(理不尽な事に立ち向かえる力が欲しいのです。

 私は人として生きる為に……そして家族を守る為に)

姉さんはそんな私を見る度に悲しそうにしている。

歳相応の振る舞いをして欲しいのだろうと思うが、こればかりは譲れないのだ。

「姉さんに言っておきます」

私の声に姉さんは真剣な顔で見つめている。

「姉さんが悲しむ事はないんです。

 私は望んで此処にいますから、今は足手まといかもしれませんが」

「……馬鹿ね、私はルリを足手まといなんて思わない。

 こう見えても人をみる目はあるわ。

 今のルリは確かに力不足かもしれないけど、いずれは私を超える逸材だと思っている。

 だから急ぐ事はないの……もう少しゆっくり歩いてもいいのよ」

優しく頭を撫でて話す姉さんに、私は思いを伝える。

「嫌です。いずれではなく、必ず超えて見せますから安心して下さい」

「はぁ……本当に頑固なんだから」

姉さんがため息を吐いて話すが、その顔は何処か安心しているようでもあった。

「強くなったわね、ルリ。

 だけど頑固なところは私に似なくてもいいと思うわ」

呆れるように話す姉さんに、私は拗ねるように応える。

「いいじゃないですか、それも私ですよ」

「ふふっ、そうやって拗ねるところはまだまだ子供かしら」

「子供扱いはしないで下さい」

「そうね、では真面目なお話をしましょう。

 ルリ、貴女のご両親の事ですが」

姉さんのその一言に私は身体を震わせている。

怖いのだ……この場所から去らなければならない事に。

「当面は私が貴女の保護者になる事になりそうです」

姉さんのその言葉を聞いて私は緊張を解く。

「此処に居てもいいんですね」

「そうよ、だけど忘れないで。

 貴女が私達を家族として大事に思うように、ご両親もまた…貴女を大事に思っているの。

 そうでなければ十年以上も捜し続けるなんてしないのよ」

「ですが私にとって家族は……」

私は姉さんに伝えようとして顔を上げて見ると姉さんも複雑な顔で私を見ていた。

「私が自分の家から逃れられないように、貴女もまた自分の運命から逃れられない。

 立ち向かいなさい……そして自分の未来を望む形にするのです」

「……はい」

私の事を思って話してくれる姉さんの期待に応えようと思う。

「だけどね、ルリがどうしても嫌なら私はいつでも助けに行くから。

 前にも言ったけど、私とクロノは何時だってルリの味方ですからね」

「私も何時だって姉さんの味方ですから」

「あらあら、それじゃあ、私は無敵かもしれないわね」

私の言葉を聞いた姉さんは楽しそうに話す。

静かに波の音が聞こえる砂浜で私と姉さんは微笑んでいる。

遠くで妹達が楽しそうに遊ぶ光景を見ながら私は誓う。

(帰るべき場所は此処です……姉さんがいて、皆がいる、この場所が私の故郷です。

 だから護っていきます)


―――連合軍本部―――


「月方面軍の再編はどうなります?」

「正直なところ、芳しくない。

 艦艇は中破、もしくは小破しており、修理には時間が掛かる」

次々と送られてくる報告に兵站を預かるシュバルトハイト・ザウバー中佐は苦い顔をしている。

彼の仕事は事務方の地味な仕事ではあるが、その能力は連合でも屈指の実力者であった。

「全く、なんでこんなに仕事を増やしてくれるんだ。

 いい加減な政府と無能な長官殿のおかげで俺の仕事は一気に増えているんだが」

こういう上層部批判さえなければ、もっと出世出来ただろうと部下達は話していたが。

「ちゅ、中佐。そういう発言は控えて下さい。

 ただでさえ……中佐は睨まれているんですから」

部下のミランダ・ソールズ少尉が慌てて注意するが、シュバルトハイトは全然気にも留めずに話す。

「はっ、今更上の意向なんざ、気にしてられっか。

 この戦争が始まってからというもの、俺の仕事はうなぎ上りに増えている。

 連日の残業で超過勤務手当てが欲しいくらいだ」

彼の仕事は第一次火星会戦以降から急速に増えているのだ。

「ほれ、見てみな」

「こ、これって……」

ミランダはシュバルトハイトから渡された報告書を受け取ると、目を見開いて驚いている。

「エステバリス隊……未帰還機が約八割―――って!?」

思わずミランダは叫ぶが、周囲の部下達もその報告を知っているだけに一様に顔を顰めている。

「ちょ、ちょっと待って下さい。

 これって部隊の再編より、先に遺族への補償とかを行わないと不味いんじゃ」

「……後回しだそうだ、先に艦隊の再編を急げとのお達しだな」

苛立つように話すシュバルトハイトに周囲のスタッフも複雑な胸中でいた。

「再編、再編というが、兵器はすぐに用意出来ても、人材はすぐには用意出来んぞ。

 エステバリスは確かに訓練期間が短縮出来るほど、操縦性は比較的楽ではある。

 だけどな、それでも訓練期間は必要なんだよ」

貴重なパイロットを失った事にシュバルトハイトは顔を顰めて話す。

部下達も苦い表情でシュバルトハイトの意見を聞いている。

「上はこっちの苦労など、何も考えんからな。

 それに火星の一件もある」

シュバルトハイトは同僚から聞いていた情報を部下達に話す。

「欧州の友人からなんだが……火星宇宙軍の機動兵器は相当優秀みたいらしい。

 エステバリスでは歯が立たんとの事だ。

 なんでも対艦攻撃力はピカイチらしい」

初めて聞く内容に部下達も驚いていた。

周囲がざわめくのを見ながら、シュバルトハイトは部下達に話していく。

「司令官殿はどうする心算なんだろうな。

 会議で大見得切ったらしいぞ」

「それは聞いています」

ミランダが呆れた感じで話す。

「なんでも司令官自ら先陣を切ると言われたそうなんですが……」

語尾を濁すように話すミランダにシュバルトハイトも信頼感ゼロの返答を話す。

「何考えているんだか、あいつに先陣切らしても勝てないぞ。

 勝つ気があるのか、ないんだか」

上層部の能力を完全に見限っているシュバルトハイトに部下達は唖然としていた。

「いいんですか、そんな事言っても?」

ミランダが不安そうに話す、他の部下達もシュバルトハイトに抜けられると困ると思っていた。

話の分かる上官で、しかも仕事も出来る人が居なくなると非常に困るのだ。

「そうだな、少し気を付けようか。

 ……まあ、私が居なくなれば、皆の負担も増えそうだしな」

「……是非とも残って下さい」

ミランダの声に部下達も切実なる思いでシュバルトハイトを見つめていた。

「わ、分かったから、捨てられた子犬のように見つめないでくれ」

冷や汗をかきながら話すシュバルトハイトであった。


「困った、このままでは戦力も揃わないうちに出撃せねばならない」

ドーソンはグルグルと執務室を歩きながら、状況を知り焦っている。

崖っぷちというものに彼は追い込まれていた。

「クリムゾンの戦艦を当てにする筈が……失敗したな。

 アフリカ戦線から奪うのは不味いし、欧州にあるのは火星宇宙軍……強引に奪おうものなら、欧州ともやりあうか」

アフリカ戦線は拮抗していると報告があり、迂闊に引き抜けない。

欧州に関しても火星宇宙軍の協力を要請する事が出来ない。

何故なら、火星は当然のように連合政府に独立を求めるだろうから。

独立されると、ドーソンに不利な状況が訪れる事は間違いない。

「……予備を残して、全てを使うとして…」

頭の中で自分が動かせる戦力を考えながら、ドーソンは勝つ為の手段を構築しようと懸命である。

「やはりコスモスが完成するまでは、時間稼ぎをしなければならんか」

ネルガルが建造中のコスモスを戦線に出るまでは、時間を稼ぐしかないとドーソンは考える。

「……月は放棄するしかないか…幸いにもあそこには部下は居らんしな」

子飼いの者が居ない事を理由に、ドーソンは月の放棄を考える。

その事が如何に危険な事か……彼はまだ知らない。


「……馬鹿だろう、こいつ」

隣にいる同僚に男は呆れた様子で話しかける。

「今更だが、なんでこいつがトップなのか……分からん」

声を掛けられた男も呆れた様子で執務室の様子をモニターで監視している。

「月にマスドライバーがある事を忘れているんじゃないだろうな」

「……憶えていたら、こんな事は言えんだろう」

「月の部隊がマスドライバーを破壊して引き揚げると良いんだが」

「それしかないが、アクア様が言うには最悪は……コロニー落としの可能性もあるそうだ」

元々静かだった部屋は、痛いほどの沈黙が訪れている。

月が陥落する意味を正確に理解するものは、複雑な心境に陥っていた。

「被害は相当深刻なものになりそうだな」

「ああ、だが未だに連合市民は状況を把握していない。

 ビッグバリアの事を無敵の防壁だと勘違いしているようだ」

「軍の情報操作もあるし」

「くだらん真似をする。

 面子に拘っている状況じゃねえんだ」

吐き捨てるように話す男に同僚の男も頷いている。

……最悪の事態への扉が今、まさに開かれんとしていた。


―――マーベリック社 大会議室―――


「―――以上が現在の我が社の状況です」

スクリーンに幾つものグラフを映しながら、報告が終わると会議室にいる重役達は顔を顰めていた。

「……見通しは甘かったようだな」

「その様です。戦力分析もせずに、戦端を開いた軍人は愚か者と呼ばざるを得ません」

「では対抗策を考えねば。

 このままでは我が社は取り残されるだろう」

「左様、開発室からの報告はどうなっている」

「ディストーションフィールドに対抗する手段はあるそうです。

 ようは質量攻撃の威力を上げれば良いそうです。

 問題はグラビティーブラストをどう防御するか……そこが焦点です。

 まだ他にも問題はありますが」

重役達の質問に担当部署の報告を話す秘書。

だが、その顔色はあまり良いとは言えなかった。

「ネックは相転移エンジンか?」

重役の一人が問うと、

「はい、宇宙空間での使用に関しては、どのエンジンよりも性能も効率も良いようです。

 現状では火星が小型で高出力のエンジンの開発に成功しています。

 地球ではネルガルとクリムゾンが鎬を削っていますが、おそらく火星と提携しているクリムゾンが抜き出るでしょう」

「クリムゾンか……ドーソンのおかげで、我々は後れを取りそうだな」

「そう、連合政府の対応の不味さも深刻だ。

 先の経済界の会合の事もある」

「確かにそうだな。ロバート・クリムゾンの意見は正しい。

 終わりのない泥沼の戦争は誰も望んではおらん」

「どうも火星は地球と木連の間を取ろうと行動しているフシがある。

 独占主義のネルガルと接触せずに、クリムゾンに近づいた事は正解かもしれんな」

「そこまでです」

話の方向が変わりだしてきたのを注意するように、一人の女性が発言する。

20代後半に見えるその女性は落ち着いた様子で重役達を見ながら告げる。

「やはり、問題は相転移エンジン、ディストーションフィールド、グラビティーブラストを手に入れる事が急務です。

 欧州にいる支局に火星宇宙軍と接触してもらいましょう。

 幸いにも私個人のラインで会談に持ち込める可能性が一つあります」

その言葉に重役達も安堵している。

「但し、強引な手法は決して行わないように。

 火星との関係を改善する事が第一にします……よろしいですね?」

はい、とその場にいるもの全てが告げていく。

女性はそれを見て頷き、満足していた。

「ふふっ、あの子もようやく目覚めたようですね。

 しかも側にいい男もいるようですし、会うのが楽しみですわ」

楽しそうに笑う女性――レイチェル・マーベリックはひとり……悦に入っている。

「シャロンも逞しく成長したようですし、本当にアクアに会うのが楽しみね」

マーベリック社を統括する会長の彼女は、アクアが一人立ちして歩き出した事を喜んでいた。

「さて、会議を続けましょうか。

 戦争も本格化するようですから、出遅れた分を取り戻す準備をしないと。

 それと火星の独立ですが、認めざるを得ないと私は考えます」

レイチェルはそう告げると重役達を見据えて話す。

「状況的に地球の対応が拙すぎたわ……未だに連合政府は回答を保留している。

 こういう状況で、北米での火星独立反対などと宣言を続ける限り、我が社と火星の関係は冷え切ったままね」

「では独立を承認する方向で動くべきかと」

「そうね、火星は自給自足できる環境になっている以上は、食糧供給での外圧も出来そうにないわね。

 経済封鎖も距離的に意味もないし、鉱物資源に関しても地球より良いのかもしれないわ。

 それにクリムゾンとの貿易がどういう形で行われているか……知ったでしょう」

「はい……ボソンジャンプでしたか、移動手段の既成概念を打ち崩す方法でした」

重役の一人が参加した会合での報告に全員が焦りを感じている。

「時代が変わるわ……今までの移動手段なんて役に立たないわ。

 頭の中身を変えておきなさい、そうしないと次の時代に取り残されていくわよ」

彼女の言葉に重役達も真剣な様子で意見交換する。

マーベリック社も本格的に活動を開始する。

次のステージが開幕しようとしていた。


―――ネルガル会長室―――


「エリナ君、シャクヤクなんだけど」

「ええ、建造を始めたわよ

 急ピッチで進めているから、三ヵ月後には完成できそうよ」

突然のアカツキの問いに、エリナは不思議そうに話す。

「ウチで使えるように変更できないかな?」

「どういう意味かしら?」

「ウ〜ン、ナデシコを極東に急遽渡すようにする代わりに、スタッフ全員をシャクヤクに異動させてみたいんだが。

 ここらで軍に貸しを作るべきかと思ってね」

アカツキの意見にエリナは少し考え込んでから意見を述べる。

「悪くないわね。

 月の状況を考えると、ナデシコを使いたいと言ってくる可能性もあるし。

 条件を先に出して、こっちのペースで動けるようにするのね」

「そういう事、オモイカネも外して、完全なマンパワーで行動できるように変更するのは簡単だろう。

 シャクヤクは後継艦だから、今のオペレーターでも運用できる」

「ワンマンオペレーションシップ不要論もあるし、いっそナデシコを軍に渡して、シャクヤクで試験運用させようかしら。

 不要かもしれないけど、データーだけは取っておいても悪くないわね」

「コスモスが完成する前に、制宙圏が無くなるのは不味いだろう。

 月のマスドライバーの事も心配の種だし」

アカツキの懸念を聞いたエリナも複雑な顔になっていく。

「大きく未来は変わっているから、何が起きるか読めないらしいわ。

 こっちも今まで以上に対応策を考えないと」

「木連の動きが早いから、こちらも急ぐ必要があるんだ。

 ビッグバリアはもう当てに出来ない状況みたいだし、おそらく月を放棄する方向で動くと見ているんだ」

「正気なの? マスドライバーを木連に与える心算?」

軍がそんな事をするとでも言うのかとエリナはアカツキに問う。

「死兵かな? 月を守る事を厳命して兵士に死ねと言いそうなんだけど」

「…………ありえるわね」

アカツキの考えに、エリナは顔を顰めて納得している。

そういう事を平気で行う人物が連合軍のトップなのだ。

「でもナデシコがあれば、状況も変わるだろう。

 今のナデシコは動かせないようだしね」

「どういう事?」

エリナはアカツキの告げる事柄に不審そうに聞く。

改装は順調に進み、発進出来るところまで完了していると報告があったのだ。

「これを読めば分かるよ」

アカツキが渡した報告書をエリナは読み始める。

真剣な顔で読んでいくエリナは次第に肩から力が抜けていった。

その様子を見ながら、アカツキは会話を再開する。

「クロノ君の正体がばれて、ナデシコのクルーのモチベーションというか、メンタル面でのダメージが出たらしい。

 幸いにもムネタケ提督が出張って、回復させているけど」

「……艦長は未だに潰れたままなのね」

「艦長を代えてもいいんだけど、何だかんだ言っても民間人で構成されているだろう。

 頭の固い人で務まると思うかい?」

アカツキの意見に、エリナは複雑な胸中であった。

ナデシコが優秀なのはマンパワーによるものだとクロノは告げていた。

エリナはその事を思うと杓子定規で動く軍人では到底艦長は務まらないと思っている。

「難しいわね、個性の強い人材ばかりだから」

「今の艦長はその人材を何とか…まとめているんだよ。

 プロス君は迂闊に弄るのは危険だと報告している。

 僕もその意見には賛成だよ」

肩を竦めてアカツキはエリナに話していく。

人を動かす――それが如何に難しいのか、実感させられると呟いている。

「それで……シャクヤクなのね」

「艦長を手放すのは惜しいんだよ。

 ジャンパーの可能性のある人物を他に渡すのは避けたいしね」

アカツキの考えにエリナも同意せざるを得なかった。

ジャンパーの確保は最優先の課題でもあるのだが、全て……失敗している。

気付いた時には全てクリムゾンとアスカに押さえられていた。

「そうね、アスカとクリムゾンに持っていかれたわね。

 特にクリムゾンは既にジャンプ経験者がいるし、アスカも……」

最先端にいる筈が出遅れ始めていると、エリナは考えている。

(はあ、先手先手を打たれているし、挽回できる状況じゃないわね。

 ナデシコを軍に渡すのはしょうがないか……今なら高く売れそうだから)

「重役会で議題にしましょう。

 今の状況なら誰も反対なんかしないわよ。

 ホシノ・ルリの一件も手を打たないと不味いから」

エリナの言葉にアカツキも顔を顰める。

「ピースランドからの苦情が出る前に話すべきかな?」

「どういう形になるか分からないけど、来るでしょうね。

 対策だけ考えて、何時でも動けるようにするしかないわよ」

疲れた様子で話すエリナにアカツキもため息を吐いている。

アカツキ側の重役達もこの件を話したら、全員が顔を青褪めていた。

「準備は出来ているよね」

「ええ、いつでも良いわよ」

アカツキの短い問いに、エリナも簡潔に答える。

「さっさと切り捨てるべきだったかな?」

「そうね、尻尾を出さない連中だけど……これで終わりにするわ」

ウンザリといった顔で話すエリナに、アカツキも同意している。

「そろそろ……綺麗にしないと」

(覚悟が足りないと、彼は言っていた。

 これでも非情に徹していたんだけど、まだ甘いのかな)

アカツキは複雑な感情でネルガルの大掃除を始める。

見えない出口へと歩く為に……。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

月攻略戦のはずが、インターミッションみたいになっています。
由々しき事態でしょうか(爆)

まあ、そんなこんなで次回に行きましょう(ちょっと誤魔化している気もしますが)




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