今こそ問おう

間違った誇りを取って死ぬか

過ちを正して生き残るか

どちらの選択も容易ではない

そしてそれに付き合わされる兵士は辛いだろう

だが命を軽んじている者を責任者にしたのだ

そのツケは払わなければならない

……自らの命で



僕たちの独立戦争  第六十七話
著 EFF


月面基地は索敵を行っている無人偵察機からの情報を基に防衛体制を強化している。

エステバリス砲戦フレームを中心に部隊を展開していた。

これは先の月方面艦隊で対戦した木連の有人機に対する攻撃力の強化であり、鈍重な砲戦フレームの防御も兼ねていた。

確かに砲戦フレームの武装なら勝てる可能性もあるが、機動性に於いては完全に対応できないと証明したようなものだった。

「問題はあの機体をどうするかだ」

「あれですか?、はっきり言って勝ち目は薄いですよ。

 移動方法が理解できないんですが」

「正直なところ、勝てる見込みはゼロだ。

 懐に入り込まれるとどうしようもない、拠点での戦いでは不利すぎる……何とかしないと」

スクリーンに映るジンシリーズを見ながら、ソレントは対応策を考えていたが、良い案は浮かばずに焦るばかりであった。

「時間が無さ過ぎた……もう少し時間があれば」

「マスドライバーの破棄に関しては完了しました。

 完全破壊とは呼べませんが、復旧には半年以上は掛かると思います」

この三日間、工作兵を総動員させて作業に当たっていたコールドは、満足とは言えないができる範囲の事はしたと言う。

「ああ、完全破壊するには大き過ぎる……修理に時間が掛かる様にすれば十分だよ」

打つべき手は全て打ったとは言えないが、戦う準備は整ったとソレントは思う。

「さあ、戦争の始まりだ!」

ソレントの号令に幕僚達も顔を引き締めて、スクリーンを見つめる。

その先に映るのは、木連艦隊の姿であった。

――月攻防戦の第二ラウンドの始まりだった。


「ふん、覚悟を決めたようだな」

画面に映る月面都市と基地を見ながら、高木は号令を出す。

「無人機を出せ! 威力偵察を兼ねた波状攻撃を敢行する。

 送られてくる情報を見逃すなよ」

高木の指示に艦橋の乗員は直に艦隊に指示を伝達していく――その顔には迷いなく、戦う事を決意した男のものであった。

「一気に行きたいが、俺達は陽動だ。

 一部通信が地球に届くようにさせてやれ」

「こちらに注意を引きつけるんですね」

大作は高木の意図を読み取って…確認する。

「そういう事だ」

ニヤリと笑って、高木は影月を確実に成功させる気でいる。

「三原の事だから、成功させる事は間違いないが、被害は最少に越した事はない」

画面に展開されていく無人機を確認しながら、高木は次の手を考えている。

「激戦地と思わせれば勝ちだ。

 簡単な事だろう」

強引に戦う気はないと高木は告げている。

その姿勢に大作は驚いている。

「変わりましたね……ドンパチ好きだったのに」

「まあ、戦う事は嫌いじゃないぞ。

 だけど、俺の行動一つで木連の未来が決まるとなると勝手はできんという事だ。

 生き残るためなら強引でも無茶でも何だってするが、まだその時じゃないだろう」

自分でも変わったものだと思いながら、高木もまた…模索している……木連の在り方と行く末を。

「いつまでも閣下の負担になるのは勘弁だという事だ。

 それより、無人機の攻撃目標は重力波を放つ場所に集中させろ。

 そこを失えば、敵の機動兵器は動けなくなる。

 ここを陥落させれば、宇宙では自由に活動できるんだ。

 後続の部隊に楽をさせてやろうか」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべる高木に、大作も同じように笑う。

「了解しました。精々派手に騒ぎましょう。

 ついでに無人機で制御を奪った地球側の機動兵器も出しましょう。

 出来れば、あの機体を奪って佐竹技術主任に渡したいですね」

大作の視線の先にあるのは、砲戦フレームのエステバリスだった。

「火力の増強は必要でしょう。

 使える物は何でも使いましょうか?」

「そいつはいい。佐竹に渡せば喜ぶかもな」

「飛燕の次の機体には火力も増えるでしょう。

 先を見越して渡すのも悪くないですよ」

そう言うと大作は無人機に指示を出していく。

艦橋の乗員は高木と大作の言い様に苦笑しながら、無人機の制御を行っている。


「ちっ、こっちのエステの弱点を調べたようだ」

無人機の攻撃目標を知り、ソレントは顔を顰めている。

「不味いですな、重力波ビーム発生装置を破壊されると内蔵バッテリーではそう長くは活動できません。

 こういう時はエステの不便さが浮き彫りになりますね」

コールドも状況を理解している。

エステバリスは小型化を考えた末に、外部動力という形で起動しているのだ。

その弱点を木連側は衝いてきたのだ。

迎撃システムは順調に稼動しているが、一点を目指して突き進む無人機の勢いに圧されているのが現状だった。

「二次防衛ラインに入ったら、エステ隊で迎撃する」

敵の有人機を警戒して展開を控えたいのだが、そうも言ってられない。

重力波ビーム発生装置を破壊されれば、それで自分達の命運は尽きるのだ。


0G戦フレームのアサルトピッドでパイロットのノイン・カーマインは苛立っていた。

雲霞のように迫ってくるバッタとジョロを相手に彼の部隊は必死で攻撃している。

「クソがぁ! 完全に後手に回ったぞ。

 悪いが砲戦の支援を求む、数を減らしてくれや!」

ノインの要請に応えるかのように、後方から砲戦フレームが砲撃を開始する。

砲戦フレームのレールガンによって撃ち抜かれていく無人機を見ながら、ノインは部隊を纏めていく。

「何人生き残った!?

 返事をしろ!」

ノインの声に部隊で生き残った者は通信を繋いでいく。

「破損している奴は援護するから後退しろ。

 フレームを換装したら、出て来い」

ラピッドライフルで無人機を撃ち落としながら、破損している機体を後退させる。

基地からの支援砲撃もあり、無人機も破壊されるが状況は芳しくはなかった。

「こいつぁは持久戦になると不利だぞ。

 どうするんだ、うちの大将殿は?

 まあ、なんとか踏ん張るしかねえか」

自分は簡単には死なないと思わせるような強気な発言をしながら、ノインは攻撃を続ける。

――二時間後、無人機は後退していくが、先手は木連が取り、連合軍は後手に回ってしまったと誰もが感じていた。


こうげつの艦橋で高木は指示を出す。

「三時間毎に無人機による出撃だ。

 とことん疲弊させやるぞ」

「いいんですか? そこまでしても」

損害報告を見ながら、大作は相手陣営の状況に同情していた。

相手に休む暇もなく、戦い続けさせるという消耗戦を高木は選択したのだ。

「無人機の被害は大きいが、こちらとしては人的損害を抑えるのが第一だ。

 とどめは有人機で行うつもりだが、それまでに疲弊させるのは悪くないぞ」

「仕方ないですね。では惜しみなく使いますよ」

「おうよ」

大作も高木の考えに同調すると、部隊の損害を計算しながら波状攻撃を行う準備を始める。

(こりゃあ、自分の仕事が増えていくのは間違いないか)

損害報告書を作成する大作は事務仕事が増える事に顔を顰めるが、人的損害が出ないようにするなら良いかと思う。

(まっ、なんにせよ、勝つのなら苦労など惜しみませんよ)

「では、第二陣は制御を奪った有人機を中心に嫌がらせをしますよ。

 あれは結構、使い勝手が良いですから」

「おう、嫌がらせには丁度いいな」

大作がニヤリと物騒な笑みを浮かべると、高木も釣られるように笑う。

艦橋の乗員達は相手側に同情しながらも、いい気味だと思っている。

地球連合に散々馬鹿にされた怨みを晴らすかのように戦いは続く……。


―――連合軍本部―――


「始まったか、状況はどうなっている?」

午前二時、真夜中に月基地からの通信を受け取った士官から、勤務中であったシュバルトハイト達は呼び出しを喰らった。

現在、何名かの士官が待機中で、偶々彼が最高位の士官の一人だったのだ。

「はっ!、現在は小康状態に入りましたが、先手は向こうに取られたようです」

「で、うちの大将には連絡したのか?」

「は、はあ……その…それが……」

言い難そうに言葉を濁す士官にシュバルトハイトは呆れた様子で話す。

「あれか、一々つまらん事で起こすなか?」

「……はい、「指示は出してあるから任せる」だそうです」

「何考えてんのかは知らんが、ふざけた連中だよ。

 で、なんて指示を出しているんだ?」

「それが、「如何なる事があっても月基地を死守せよ」です」

それを聞いた士官達は呆然と立ち竦んでいる。

現状でそんな事を行えば、月基地の兵は全員死亡する可能性が高いのだ。

「……本気か?」

此処に至って士官達も自分達の上官が未だに状況を理解していない事に気付き、焦りを感じている。

「送られきた情報から、戦力比を分析する。

 状況次第では援軍を派遣できるように手配すると月に通信しろ。

 あそこにいる将兵が全滅してみろ、遺族への補償なども含めた予算が莫大なものになるぞ。

 ただでさえ部隊の再編で経費が掛かっているのに、何処からそんな予算が出るというんだ」

青い顔でシュバルトハイトは話す。

兵站を担当する彼はすぐに月基地が全滅した時の補償について考えている。

金勘定で話すシュバルトハイトに他の士官達は眉を顰めるが、言いたい事は理解しているので口には出さなかった。

……予算がなければ、何も動かせないのだ。

「人的損害だって馬鹿にならんぞ。

 いいか、今地球にいる部隊の殆どが無重力での訓練はした事があっても、演習のみの実戦経験は少ない連中なんだよ。

 経験の浅い連中にいきなり実戦なんて不味い。

 一応はL2,L3コロニーで訓練は進めているが、宇宙軍自体が再編中なんだ。

 第一次火星会戦から今まで宇宙での戦闘で経験豊富な士官と兵士は敗戦で戦列を抜けている。

 月方面艦隊と月基地の連中が数少ない経験者なんだ」

シュバルトハイトが連合の台所事情を話すと、聞いていた士官達も事の重大さに顔を青褪めて焦っている。

「陸、海、空の三軍は地球内部の掃除で必死だから知らないだろうが、宇宙軍は敗戦続きで人的損害は酷い有様なんだ。

 艦艇がない以上は兵も三軍に回す事を優先していた……遊兵なんて作れんから。

 一応は無傷の部隊もあるが、それでも数は足りん。

 第一、指揮官が不足している、うちの大将なんて使いモンにはならんぞ」

上官批判をしているシュバルトハイトだが、士官達もドーソンの無能さを知っているので何も言わない。

平時ならともかく、戦時にはドーソンが役に立たない事など、連合軍では暗黙の了解になっているのだ。

慌てて送られてきた情報に目を通しながら、士官達は月基地への援護を検討していく。

「……勘弁してくれよ。また後始末の仕事なのか」

嘆くシュバルトハイトの言葉が喧騒が溢れ出している指揮所に響いていた。


―――月基地―――


「こいつぁ、ヤバすぎる」

目の前の機体を見たノインはそう呟いていた。

コバッタに制御を奪われたエステバリスが月基地に接近して来る。

デビルエステバリス――兵士達の間でいつしかその名称で呼ばれている敵に奪われたエステバリスが侵攻してくる。

その動きは内部の人間の事など考えない機動で、中の人間が存在しない事は一目瞭然だった。

迎撃する為に撃ち出されるミサイルをありえない速度で回避するのだ。

アサルトピッド内のGはとんでもない事になっているだろう。

「各機、いいか! 絶対単独で戦うな!

 互いの後ろをカバーしながら攻撃しろ!

 無人機だから俺達が操縦するより、はるかに機動性は上だ!」

ノインの指示に部下達もお互いの位置を確認しながら、動き出している。

「休む間も無しか!」

機体を激しく機動させながら、ノインは攻撃を開始する。

状況は最悪の方向に進んでいやがると感じながら。


「不味いぞ、完全に消耗戦に入ってやがる。

 相手は疲れ知らずの無人機だから、こっちが絶対に不利だ」

ソレントは自分の置かれている状況を知ると、撤退も視野に入れた作戦を計算している。

「コールド、部隊を撤退させるとして、艦艇の余裕はあるか?」

「全軍を一度に逃がすのは無理です」

「数が足りんか?」

「はい、半数が限界です」

コールドの声に幕僚達が呻く。

このままの状況を推移すれば、完全に動けない状況になっていくのだ。

その前に撤退させる方向で動こうとしたソレントの考えに文句はなかった。

「地球側からの支援はどうだ?」

「通信を受け取ったシュバルトハイト中佐は送るといってますが」

<ドン!>

「そんなもん、当てにするな!

 ドーソンは俺達に死ねと言っているんだ!」

部下の確認にソレントは机を叩きながら怒鳴っている。

「シュバルトは信用できるが、ドーソンが動かす事を認めん!」

上官を呼び捨てしているが、誰も文句は言わない。

ソレントが話す事は正しいと誰もが感じていたのだ……自分達は見捨てられたと。


「ちっ、そこか!」

ノインは部下達に指示を出しながら、敵機を射線に誘導する。

「一斉射撃!」

命令を受けた部下はラピッドライフルを一斉にその場所に撃ち込んでいく。

「……想像以上に厄介な奴だぜ」

蜂の巣になりながらもまだ行動できるのか、敵機はぎこちなく動いている。

「ゾンビ野郎が!」

苛立ちを込めて止めを刺すと、ノインは次の敵を倒すべく指示を出す。

「次、いくぞ。

 油断するなよ、ふざけた奴らだからな」

撃墜された部下の事は今は考えずに戦う……生き残りたいから。

部下達も何も言わない、黙って指示に従い迎撃を続ける。

傷だらけの機体が物語る――ここは生と死が交差する場所だと……。


―――トライデント―――


「―――という状況だ。完全に消耗戦を強いられているぞ」

モニターの映像をスタッフに見せるのを避ける為にクロノの執務室で話し合う。

「デビルエステバリス……でしたね、確か」

私の中にあるクロノの記憶にある機体が目の前のモニターに映し出される。

「そうだ、中にいる操縦者を無視して活動できる機体だ。

 動き自体はパターン化されているが、それを知らない連中には相当手強い機体になるだろう」

「聞いてはいましたが、想像以上に動く機体ですよ。

 だからストライカーシリーズの制御機構を厳重にしたんですか」

「そうだ、レイ。

 ストライカーシリーズを奪われるのは非常に危険だからな。

 特にエクスは不味い、小型相転移エンジン、グラビティーランチャー、ボソン砲、どれもが重要機密だ。

 万一分析されると非常に困った事になる」

クロノの言いたい事はよく理解できる。エクスの部品のどれもがどの陣営でも開発競争に貢献しうるから……。

「不味いですよ。この状態が続けば、数日で兵士は疲弊して陥落する」

クロムさんが月の状況を知り、青い顔で話す。

「無人機がどれだけあるのか分かりませんが、三日が限度でしょう。

 ソレント少将がどう動くかで月の命運は決まります」

「ですが宇宙軍は再編中でしょう。

 すぐに行動できる部隊は有りましたか?」

私の質問にクロムさんは更に顔を青くしている。

「L2,L3に訓練中の部隊と月方面艦隊の残存艦があるだけでしたね。

 すぐに動かせるかと言われるとまず不可能でしょう。

 特に月方面艦隊は虎の子のエステ隊を失っている。

 方法としてはあるだけの兵力をかき集めて強襲、怯んだところで月基地の全兵力を引き揚げさせるのが肝要かと」

「レイの意見に賛成ですけど、本部がそれを採用しますか?」

「残念ですけど、アクアさんの言葉通りになります。

 月に援軍など送りはしないでしょう」

連合本部、特にドーソンの考えを知る者は、ドーソンが月を見捨てると思うだろう。

クロムもそう考えているのだった。

「火星宇宙軍は動かせんぞ。

 動く理由がないし、火星が木連と交戦する事は禁じられている様なものだから」

現在、火星と木連は休戦へと動き出している……介入する事は出来ないのだ。

もっともクロノの連合軍嫌いは半端ではない。

無論、気に入っている人物もいるが、あくまで人物であって軍そのものを嫌っている事に変わりはないのだ。

……軍の体質はそう簡単には変わらないのだ。


「あれっ、クロノさんとアクアさんは?」

食堂に来たルナはジュールとルリに二人の行方を聞く。

「会議中だ……月が陥落するらしい」

「……マジ?」

「本当です、ルナさん。

 クロムさんとレイさんも兄さんの部屋で会議中です」

周囲にいるスタッフも二人の話す事を聞き漏らさないようにしている。

「そっかぁ、じゃあ対策でも考えてるの?」

「対策より、木連がどう戦うか偵察しているようなものだ。

 偵察用に月方面に特務艦を何隻か配備しているみたいだぞ」

「もしかして……クロノさんって偉い人なの?」

ジュールからクロノに艦隊の自由裁量権が与えられている事を初めて聞いたルナはルリに確認する。

「一応、火星宇宙軍の艦隊司令長官なんですけど……聞いてませんか?」

「……初めて聞いたんですけど」

「そうですか……おかしいですね。

 てっきり最初に話したものだと思ったんですが」

不思議そうに周囲のスタッフを見ながらルリは話す。

「えっと……この部隊の指揮官だとみんな思っていたのよ。

 だってクロノさんって、ほら普段は子供達のいいお父さんにしか見えないから」

ルナの意見にスタッフも全員が頷いている。

普段のクロノは時間が許す限り、子供達の食事を作ったり、遊び相手をしたりとある意味……親馬鹿だったのだ。

仕事をしている事は知っているが、忙しそうに見えなかったのだ。

当然、そんな様子のクロノを見て、火星の重要人物だとは誰も考えなかっただけの話である。

……日頃の行いがものをいう場面であった。

「そりゃあ、パイロットとしても優秀だし、白兵戦じゃ無敵だし、頼れる人だけど……まさかね」

「……火星最強ですよ、兄さんは。

 ルナさん達の操縦しているエクスですが、あれはまだ全機能を解放していません。

 火星最強の武器であるボソン砲を封印した状態なんですよ」

「……嘘。だってあれでも十分な性能があるのよ。

 まだ全機能を解放していないの?」

やっと慣れてきた機体に、まだ隠された機能があるといわれてルナは驚いている。

「一度見ましたけど、はっきり言ってシャレにならないくらいの戦闘力が在りました。

 その機体でさえ、兄さんにはもの足りないそうです。

 一度手合わせしてはどうでしょうか?

 兄さんはその戦い方自体が普通じゃないですから。

 なんでも…高機動戦闘でしたか、単独で複数の敵を相手にする戦いをマニュアル化したらしいです」

「ああ、そういえば聞いたよ。

 普通のパイロットではありえない戦い方らしい」

隣で聞いていたジュールがルリの説明を補足しようとする。

「ボソンジャンプを自由に使いこなしながら、ゲリラ戦みたいな戦術だったか。

 常にトップスピードを維持しながら、動き続けるという常識外の戦術だな。

 なんでも0Gから4Gの負担が身体に来るらしい……正直、俺には無理だった」

悔しそうに話すジュールだが、ルナも顔を曇らせている。

「そんなの無理、とてもじゃないけど耐えられないわ」

自分の出来る範囲内ではないとルナは話している。

「シンには内緒だぞ。あいつの事だから試すだけでは済まないと思うぞ。

 身体を壊す可能性もあるしな」

「う、ありえそうで怖いわ」

シンの性格を考えると、自分からクロノに教えを請いに行く可能性もあるのだ。

「でも、看病でイチャつけるから、ルナには好都合だったりして」

「……あんたね、一度きちんと話す必要があると思うのよ」

握り拳を震わせて話すルナに、ジュールは肩を竦めてこの状況を楽しんでいる。

「ルナさん、思う存分に話し合って下さい。

 ……ジュールさんの看病は私がしますから」

ポッと頬を赤く染めてルリが話すと、ジュールが凍りつき、動きを止めている。

その様子を見たルナが反撃を開始しようとする。

「そう、じゃあルリちゃんに任せちゃおうか。

 さあ、ジュール……覚悟はいいかしら?」

ジリジリと距離を詰めていくルナに、ジュールの命運は尽きたと周囲の者は考えていたが、

『ジュール、申し訳ないが、執務室まで来てくれ。

 明日の作戦の範囲を一部変更……ルリちゃん、何かあったのか?』

何か不穏な空気を感じたのか、クロノはこの場で一番安全牌のルリに聞く。

「…………いえ、何もありません。

 ええ、何もないったら、ないんです」

『そ、そうなのか?』

何処か拗ねた顔で話すルリがいるが、深入りするのは危険だと判断したクロノはジュールに話す。

『と、とりあえずジュールは執務室に来るように。

 作戦のスケジュールを変更するから』

「わ、わかりました。すぐ行きます」

立ち上がると一目散にジュールは歩き出す。

(戦略的撤退ってやつか、ジュールももう少しルリちゃんに構ってあげないと)

周囲のスタッフは拗ねるルリの顔を見ながら、そんな事を考えている。

「と、ところでクロノさん、今日の作戦に問題でもあったんですか?」

今日の作戦は上手く行ったと思っていたルナは不手際があるのなら直したいと思い聞く。

『いや、問題はないよ。

 月が陥落しそうなんで、帰還のスケジュールを早める事にしたんだ。

 連合軍がなりふり構わずに我々を取り押さえる可能性もあるんでな』

「うっ、ありえる話ですね」

やな事を聞いたとばかりに、ルナは不快感を顕わにする。

周囲のスタッフも勘弁してくれと言わんばかりに顔を曇らせている。

『まあ、欧州にいる間は大丈夫だが、何事にも常に最悪の事態も想定して動くようにしないと。

 皆も火星に帰還する日が近い事を知っておいてくれ』

そう告げるとクロノはウィンドウを閉じた。

「もうじき火星に帰るんだ。

 みんなの元気な顔が見られるといいな」

懐かしい家族に会えると思うとルナの顔に笑みが浮かんだが、すぐに消えていく。

「……素直に喜べないか、シンの事を考えると」

「それでも生きているんです。

 多分、シンさんはルナさんの家族の無事を喜んでくれますよ。

 だってルナさんが好きになった人なんです……違いませんか?」

「ありがとう……ルリちゃん」

ルリの言葉に勇気付けられたルナは優しくルリの頭を撫でる。

周囲のスタッフも色々思うところはあるが、火星に帰る事を知って喜んでいる。

《マーズ・ファング》の帰還の日がすぐそこまで来ている……それは次の戦いのステージが開く事を意味する。


―――連合軍本部―――


<ドン!ドン!>

「では、どうするのですか!?」

シュバルトハイトは怒りを隠さずに机を叩いて、会議室にいる者達に叫ぶ。

「先程お伝えしましたが、人的資源の損失を考えると月の部隊を撤退させるべきなんです。

 万が一、全滅なんて事になれば、遺族への補償も含めた大損害になるのですよ」

「だからどうだと言うのかね。

 月基地を維持しなければ、制宙圏を維持できんのだ」

「それは大丈夫でしょう、L2、L3を中心に警戒態勢を維持できれば問題はありません。

 月との距離を考えれば、地球周辺の制宙圏の維持だけに気をつければ何とかなります」

シュバルトハイトの意見など聞く耳持たんとドーソンは話していたが、士官達はシュバルトハイトの意見を吟味している。

今の状況で自分が戦場に出ても勝てないと知っているドーソンだけが、シュバルトハイトの意見が耳障りだったのだ。

「では、遺族への補償はどうします。

 連合政府が出すとしても、何処から捻出します。

 政府に税率を引き上げさせるのですか?

 そんな事になれば、軍への不信が更に増えますぞ。

 ただでさえ、この戦争で信用を失っているのです……市民に恨まれます。

 勝てば問題ないとお考えのようですが、この状況で月を見捨てると全てを失いかねないです」

シュバルトハイトの言葉にドーソンは顔を顰めている。

勝っても先がなくなると告げているのだ。

これには会議室の士官達も不愉快な表情になる。

金勘定だけではなく、先を見越しての発言に動かざるを得ないのだ。

だが現状で動く事の危険性も承知している。

事、此処に至って木連の戦闘力を見誤ったと誰もが思っていたのだ。

安易に戦争を始めた責任が大きく圧し掛かって来ているだけである。

「まあ、閣下が後の事は知らんと言うのなら構いませんが」

ドーソンは不愉快な顔でシュバルトハイトを睨みつける。

うるさい黙れと叫びたかったが、シュバルトハイトの意見は間違っていないのだ。

「では、どうすれば良いと思うのかね?」

「それこそ閣下の仕事ですよ。

 自分は兵站を管理する一士官に過ぎません。

 指揮権は閣下にあるのです……参謀殿と相談してお考え下さい」

シュバルトハイトの言葉には棘があった……それがテメエの仕事だろうがと言っているのだ。

言葉の意味を知り、ドーソンは怒りで顔を赤くしていた。

「ここ一両日中に結論を出さないと月は陥落します。

 時間は余りありませんよ」

怒りで睨むドーソンの視線など気にせずに士官達に決断を促す。

「月が陥落して今の立場を失うか、それとも守るかは閣下次第です」

言いたい事だけを話すとシュバルトハイトは席に座り、席上で計算を始める。

「何をしているのかね?」

参謀が尋ねると、

「ああ、月が陥落した時の遺族への補償の計算です。

 万が一の場合を考えておくんです。

 金を出すのは閣下でも参謀殿でもありませんから、一応はスポンサーである連合政府にお伺いをしないと」

「不謹慎ではないか、会議中に」

窘める参謀にシュバルトハイトは告げる。

「再編中の部隊の計算で連日残業なんですよ。

 これ以上、部下に負担を増やすのは避けたいもので」

お前達の所為で仕事が増えているんだよとシュバルトハイトは言外に告げている。

これには士官達も目を伏せていた……何故なら宇宙軍は敗北続きだったからだ。

痛いほどの沈黙が続く中で、シュバルトハイトは一言話す。

「時間は本当にありませんからね」

「分かっている!」

ドーソンが苛立つように叫ぶと会議は意見を出していく。

(痛いとこを突いたから、月が助かるといいんだが)

会議の様子を横目で見ながら、シュバルトハイトはソレント達の無事を祈る。

自分の立場が危うくなる事を覚悟の上でシュバルトハイトは進言したのだ。

月基地の命運はこの会議で決まろうとしていた。










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EFFです。

やっぱり予算は計画的に使いましょうという訳で、連合政府の失策を出そうかと考えた次第で。
上層部は見識豊かな人材は排除されているかもしれませんが、中堅以下はまだいるだろうと考えています。
連合は此処で踏ん張れるかが、焦点になっています。

それでは次回でお会いしましょう。





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