小さな罅割れが入る

どちらも間違ってはいない

考え方の相違なのだが譲り合う事はない

小さな罅は亀裂へと変わる時

……血が流れる



僕たちの独立戦争  第七十四話
著 EFF


「今こそ、我々の正義を見せる時だろう、源八郎」

勢い込むように話す月臣元一朗は秋山に自分の思いをぶつける。

「そう、簡単にはいかんぞ、元一朗。

 いいか、まず我々には戦力を集める必要がある……火星との決戦で失われた艦艇の補充をな」

その意見に月臣は怯む。秋山は月臣の気持ちを理解した上で現状を告げている。

「航路の確保もしないと不味い。火星との停戦をすれば、監視はされるが安全は確保出来るだろう。

 次元跳躍門を使わずに移動できる方法も作らないと不味いんだよ。

 優人部隊は大丈夫だが、まだ数は足りないんだ。

 跳躍に耐えられない者を戦場に運ぶには通常の航路も確保しないと」

「だ、だが、今は攻める時だろう」

月臣も秋山の言う事は理解していたが、それでも自身の正義を貫く事に意識が奪われていた。

「元一朗、お前の言いたい事は俺も源八郎も分かっている。

 だが時には耐える事も必要なんだ」

「ぐっ、が、我慢だと?

 な、納得できんぞ!

 何故、俺達の正義を見せる事を我慢する必要がある!」

肩を叩いて話す白鳥の手を振り払って、月臣は激昂する。

月臣にとって火星との停戦は納得できないものがあり、苛立ちが増すばかりだった。

(確かに油断があって後れを取った事はあるが、まだ負けた訳ではない!

 閣下は一度の敗北で弱気になっているだけだ)

火星に敗戦した事で草壁が弱腰になっていると月臣は考えている。

実際は草壁が自分の戦略を再構築する為に時間を稼ごうとしているとは極一部の者しか気付いていなかった。

草壁は地球との決戦を回避する気はなく、その為の準備に時間が欲しいと考えているだけなのだ。

技術部は草壁の意向を知り、佐竹技術主任を中心に飛燕の改良と新兵器の開発を急いでいる。

純国産と言える新型の機動兵器開発は既に極秘で始まっている。

月攻略戦で入手したIFSの分析と導入を急がせているのもその一つであった。

何故?、極秘なのかというのは元老院がこの事を知れば、強硬派に譲渡して勝手に戦端を開かせる危険性を考えてだった。

その事を知る者は前線指揮官の高木、第二陣の予定である海藤、秋山の両名、本国では南雲、新城といった草壁派。

そして技術部の佐竹を中心とした特務開発部のみであった。

特務開発部には北辰率いる暗部がIFSを用いた操縦で機体の開発に搭乗者として参加している。

木連はIFSの有効性を知り、開発もしくはクリムゾンを通じて入手する事を計画していた。

月臣元一朗はその事を……知らない。

「国内の食糧備蓄が終わるまでは閣下は現状を維持されるだろう。

 その為に高木少将が月で時間を稼いでいるんだ」

秋山が木連内部の状況を話すが、

「そんな事は言われるまでもない!

 だが何故、備蓄を考える?、短期決戦にすれば良いだろう。

 コロニーを落とせば、地球は大打撃を受ける。

 悪の地球人に容赦など不要だ!」

月臣は聞く気がないのか、自分の考えを叫んだ。

「それでは意味がないんだ、元一朗!

 無差別攻撃などしては市民の感情は一気に木連の憎しみに染まるぞ」

過激な意見に白鳥は注意を促すが、月臣は聞く気がないのか、席を立ち出て行く。

部屋にいる二人は月臣の頑固さにため息を吐いている。

「ったく、あいつはこの戦争の意味を理解してないのか?」

秋山が部屋を出て行った月臣の後姿を見て、呆れたように話す。

「移住先を求めての戦いなのに……その移住先を壊してどうする?

 再建にどれ程の時間と労力が掛かるか理解してないな」

コロニーを落とせば、落下地点によっては地球の環境が変化する可能性があるのだ。

そういう危険性を考慮して、草壁は交渉のカードの一枚に用いている心算なのだ。

「……最終手段を最初に使ってどうする、駆け引きを知らんのか?」

「源八郎……それ以上は言うな。元一朗もその点は知っているが、もどかしいんだよ」

「甘えるな、剣を抜く時を間違えば己に返る……木連武術の最初の言葉を忘れたのか、九十九」

月臣を庇おうとする白鳥を秋山は一言で斬り捨てる。

「ただ剣を振り回したいだけなら、道場で木刀でも振らせておけ。

 俺達が振る剣は半端な覚悟で振るほど軽くはない。

 今の元一朗には玩具の剣がお似合いだ」

「源八郎!」

嗜めるように声を荒げる白鳥に秋山は問う。

「で、九十九はどうする?

 閣下は備えをして、和平も視野に入れた準備を進めるつもりだ。

 対して強硬派は剣を振り回すだけで、破滅へ進むみたいだが」

「お、俺は平和になれば良いと思っているさ。

 破滅など望んではいない、だが閣下が戦争を望むなら止めたいと思う」

「閣下の望みは故郷である木連の存続だ。

 現状のまま木連が存続できるなら、必要以上に剣を振るう事は無い。

 俺自身はここで地球が折れる事を期待しているが……難しいだろうと考えている」

「それは……何れ剣を振るう時が来ると考えているのか?」

「……そうなるだろうな」

静かだが力を込めた秋山の声に白鳥はゴクリと唾を飲み込んで冷や汗が吹き出している。

それは秋山が覚悟を決めたと言っているようなものなのだ。

平和を望んでいるが拒否するならば、地球に対してあらゆる手段を取るという事だ。

当然コロニー落としも含まれているのだろう……戦争終結後の連合市民の怨嗟の声も覚悟しているのだ。

「状況が理解できなくても構わん、元一朗が敵対しても俺のする事は決まっている」

「げ、源八郎!」

秋山も最悪の事態を想定してどう行動するべきか考え、結論を出している。

(最悪は強硬派との戦闘だな……どの船が強硬派の拠点になるか、南雲達と相談しておくか)

市民船が拠点になる事で制圧時にそこに住む住民の被害を最少にする方法を秋山は考えておく必要があると感じている。

(まず方法としては閣下を亡き者にするのが元老院には都合が良いはず。

 決起するならば、閣下を強襲と同時に部隊を展開するだろう。

 分散して幾つかの拠点を構築するか、集中して戦力を一気にぶつけるか、どちらだろう?

 後は誰を旗印に据えるか……ここが分からん?

 強硬派は抜きん出た人物はいないから、合議制にするのか……いや、それはないか)

「九十九は誰が旗印になると思う?」

「旗印とは?」

「反乱の首謀者に奉り上げられる人物さ」

秋山の問いの意味に気付いた白鳥はそこまで状況が緊迫しているのかと考えると困惑する。

「内乱が起きると考えているのか?」

「……最悪の時はな」

端的に告げる秋山に白鳥は自分がまだこの状況を甘く見ていた事を知った。

「元老院が煽っている。年寄りどもの力を閣下は削いでいるから溝は深いさ。

 閣下は歯牙にもかけていないが、元老院には目の上の瘤だぞ」

「今はそんな事をしている時じゃないだろう。

 状況を理解できないのか?」

「出来るようなら煽りはせん」

苛立ちを込めて秋山は白鳥の問いに答える。

「誰もが月の勝利に酔いしれている……火星を相手にして敗戦続きだったからな。

 たった一つの勝利で浮かれて、狂い始めようとしている……」

秋山の沈痛な顔に白鳥は何も言えなかった。

戦勝気分で浮かれる木連の住民は秋山のように気を引き締めようとする行為を快く思っていない。

……酔いしれる感情に流されようとしていた。


―――ネルガル会長室―――


「損失は?」

アカツキは渋い顔でエリナに問う。L2コロニーで奪われたコスモスの損失が非常に気になっているのだ。

「人員は全員無事。建造費は三分の二は連合が賄ってくれるわ」

「残りはこちら持ちか……赤字かな?」

「……微妙な所ね、0G戦の大量発注があったし、高高度用の空戦フレームの開発の依頼が出ているの。

 当然だけど費用は向こうが出すそうよ」

ファイルを見ながらエリナは話している。契約書の内容に不備がないかチェックしているようだった。

「第三次防衛ラインのデルフィニウムに代わる高高度用の機体が早急に必要になったみたいね。

 クリムゾン、アスカ、マーベリックにも同じような依頼が出ているわ」

ビッグバリアを抜かれた時の対策に攻撃力のあり、高高度で活動できる機体がどうしても必要になったとエリナは考える。

「月の陥落に相当焦りが出てるか……エクスストライカーの心臓部って手に入らないかな?

 あれって相転移エンジンだろ、高高度なら十分使えそうに思うけど」

「……無茶言わないでよ」

何気に話すアカツキの暢気さにエリナは疲れた顔でいた。

「まあ、ダメ元だからね」

「分かっているなら言わないの!」

怒るエリナの姿にアカツキは肩を竦めて会話を続ける。

「現状で開発してトライアルに勝てそうかい?」

「ナデシコじゃなかった、シャクヤクに異動した開発班とウリバタケさんが航続距離のある空戦フレームを設計していたの。

 対艦フレームからの派生でバッテリーを外付けで倍にしたらしいの、名目上は巡航空戦フレームってとこかしら。

 エステ2の試作の一つみたいね。重力波ビームアンテナを最初から切り捨ててその部分に内部電源で動くよう変更したわ」

完成予想図を手元にモニターに映してアカツキはエリナの説明を聞いている。

「足が……無いね」

「要らないでしょう、空飛ぶんだから」

足の部分を大型の重力スラスターに変更したエステバリスの姿がそこに写っている。

アカツキには違和感が有り過ぎて困惑している。

「いや、まあ、そうなんだけどね」

「殴り合いは出来るけど、足の部分に追加バッテリーと増設したスラスターを組み合わせているの。

 それとラムジェット方式のブースターを外付けにしているから航続距離の延長も可能だわ。

 そしてエステの骨格のフレームも新型の試作よ。

 発想の転換をしたの、骨格のフレーム自体に電源を内蔵できないかとウリバタケさんは考えたみたいね。

 それが大当たりでフレームの強度も上がって、活動限界も陸戦の倍以上になったわ」

「じゃあ、エステバリス2も同じように活動時間が増えたと言うんだね」

「そうよ」

エリナは機嫌良く話す。エステバリス2の開発の目処が立ち、クリムゾンの新型に対抗できる期待が出ているのだ。

「トライアルにはこれを出す予定よ。クリムゾンとアスカからも新型が出る見たい。

 マーベリックからも出るけど向こうは開発が遅れているから、当面は相手にはならないわ」

「そうかも知れないね」

エリナの考えを肯定して、アカツキはマーベリックの抜けたシェアを取れる可能性を喜んでいる。

「向こうは艦船が専門分野だから機動兵器に関しては大丈夫だと思うわ。

 けれど、火星が関与すれば条件が変わるから動向だけは注意しておかないと」

「何か動きがあるのかい?」

「いえ、特に無いけど……条件次第では火星はマーベリックに協力するわ」

「火星の独立を北米に認めさせる為に協力を要請し、その見返りにかな?」

「そういう事よ」

可能性としてはありえそうな話なので二人は警戒するべきかと考える。

火星の独立には関与するべきではないと二人は考えるので、マーベリックの政治的手段を用いた技術提供は面白くない。

優れた技術力を持つ火星から技術提供は困るのだ。

「それとは別なんだけど、やっぱり動いたわ」

「……そう、結果は?」

「実行部隊は全員死亡したわ……背後にいた者も死亡…容赦は無いわね」

「あっそ、で、うちの被害は?」

「プロスが手を回して取り押さえたわ」

「ご苦労さんって言っておいて」

ホシノ・ルリの親権を一時預かった人物への襲撃事件の顛末をアカツキは簡単に聞いた。

重役が動いた場合の指示は既に出しているので、結果だけで十分だった。

今回の件でアカツキは父親の影を全て排斥できたと考えている。

「路線変更するけど、付き合うかい?」

「独占主義はやめるのね」

「敵ばっかり作って、自滅するような主義なんてゴメンだね。

 もう少しマシな生き方をするよ。

 元々好きでこの仕事をしている訳じゃないから」

アカツキにとって会長職は兄の死が原因で押し付けられたようなものだった。

兄が死ななければ、もっと気楽に生きていけたのだと思っている。

「まあ、父さんや兄さんみたいに何でもかんでも欲しいと願っている訳じゃない。

 そういう生き方は手に持ちすぎた荷物の重みで潰れる事も分かったから、無闇に欲しいと思わない事にするよ」

「トップを目指さないの?」

「そういう生き方も悪くないけど、クリムゾンの爺様みたいに気が付けば……誰もいないのはちょっとね」

どこか達観した様子のアカツキにエリナは今までの生き方を振り返っている。

(……急ぎすぎて余裕がなかったのかしら?

 確かにネルガルのトップは魅力的なものだけど、そこに辿り着いて何をしたかったのかな?

 確かに経済を支配できるかもしれないけど、手段と目的を履き違えていたのかしら?)

「気が付いたらね」

エリナが考え込んでいるとアカツキが何気なく呟く。

「周囲に気兼ねなく話せる友人がいないんだよ。この仕事に就いてから打算で動く人が増えちゃって。

 プロス君やエリナ君は別だけど」

「……寂しい生き方をしているわね」

「エリナ君はどうだい、友達と遊びに行ったりしてる?」

「極楽トンボの所為で暇ないわよ」

「(地雷踏んだかな)まあ、トップに就いたらそうなるよ」

青筋を立てたエリナを見ながら、アカツキは自分の生活を振り返って話す。

「正直言って、今のエリナ君じゃ潰れるよ……余裕がないから」

「うっさいわね。承知してるわよ、そんな事……」

「なら良いけど、君の決断一つに社員の生活が懸かっているからプレッシャー凄いよ」

エリナの顔を見ずに話すアカツキだが、心配するような言い方にホンの少しだけ見直している。

(そんなに余裕がないように思われてるのかしら?)

「ふん、そんな簡単に潰れるような軟弱じゃありませんよ」

「……そう。じゃあこれ一緒に付き合ってね」

アカツキは机の引き出しから一枚の手紙をエリナに渡す。

「何よこれ?」

今時珍しい紙の招待状にエリナは誰が送ったのか確認しようとして凍りつく。

「一緒に針の筵に座ろうか、エリナ君」

悪戯が成功した悪ガキのような顔で話すアカツキが見せた手紙……それはピースランド王国からの招待状だった。

「…………勘弁して」

それは偽らざるエリナの気持ちだった。


―――連合議会―――


緊急動議が始まり、議員達は厳粛に今の状況を議論していた。

月陥落は仕方がないとしてもL3コロニー陥落に続いて、L2コロニーで建造中のコスモス強奪は大問題だった。

幾らビッグバリアが健在でもマスドライバーを使っての攻撃は受け止めるのは出来ないからだ。

月基地指令官ソレントの機転でマスドライバーは半年以上は使用できないと分かっている。

だが、コロニー落としを行われた時はどうにもならないと専門家は分析しているのだ。

「フレスヴェール議員はどう考える?」

一時休憩の時間に何人かの議員がシオンの元に訪れている。

「そうですな……連合軍の怠慢と政府官僚の驕りがこのような事態を招いている。

 先の交渉の内容はご存知でしょう?」

「……ええ、確認したがお粗末な交渉だよ」

一人が代表して話しているが、全員が複雑な顔で聞いている。誰もが官僚達の不手際に呆れているのだ。

「軍に問題がありますな……あのような男に任せていたのが間違いです。

 きちんとした分析も出来ずに官僚達と手を組んで戦端を開かせた。おそらく野心を優先させたのでしょう。

 この戦争での勝利を得て、更なる利権を欲したというところでしょう」

「野心家なのは承知していたが、困った事をしてくれたものだ。

 では官僚達は何故、あの男の指示に乗ったのか?」

「自分達の既得権益の強化といった所でしょう。

 新しい開拓地に、能力こそ落ちてはいるがプラントを押える事で管理責任からなる利権を欲した…そんな所でしょうか?

 ……実際には分かりませんから聞いてみないと」

「いや、おそらく貴方の言う通りだろう。新設される部署の権益を欲しがり誘いに乗った……忌々しい事だよ」

シオンの推測に議員達もどこか納得して聞いている。

「皆さんは忘れているのかもしれませんが、火星はこちらの不手際に乗じて独立を宣言した。

 ネメシスの件は表沙汰になってしまった為に火星は地球連合から離反した。

 火星が提示した期日が迫っているのをお忘れですか?、火星とも戦端を開くお考えなら構いませんが」

シオンの問いに議員達は頭を抱えている。

火星の独立を承認するのはいささか問題があると考える者が多いのだ。

「連合軍の不手際は大きいですぞ……一年以上防衛艦隊を送る事なく放置していた。

 火星が独自の軍事行動をしなかったら、無人機による無差別攻撃で火星は全滅していた。

 どうも彼らは最初から火星を放棄する事は計算済みだった。

 火星から見れば、地球の裏切りと思われても仕方がないですな」

シオンの言う通り、結果だけを見れば火星の住民を犠牲にする事は当然のように彼らは考えていたのだ。

地球の信用は失墜しているのに、謝罪一つもしない地球連合は裏切りと思われているだろう。

「現在はクリムゾンが木連と火星の窓口ですが、クリムゾンからの報告ではどちらの陣営も不快感を示している。

 木連は木星蜥蜴などという中傷、火星にしても今まで従っていたのに切り捨てられたのです……由々しき事態ですな。

 市民はまだ気付いていませんが、政府はいつでも自分達を見殺しにすると思われても不思議ではないでしょう」

それを聞いて議員達もシオンが何故、厳しく責任追及をしているのかを理解した。

自分達の足元はいつでも炎上する可能性があるのだと……。

「政治家というものは当選してこそ意味があると思いませんか?

 知らぬ存ぜぬで済まされない所まで来ている……責任問題をきちんとして身の潔白を証明しないと。

 今回ばかりは半端に済ますのは出来そうもない。火星が軍事行動を起こした時は向こうに大義名分がありそうだな」

「しかしだね、安易に独立を認めるのも不味いだろう」

「考えてもみたまえ、火星は連合政府の方針に逆らった訳でもなく、きちんと税を納め、方針に従っていた。

 火星駐留艦隊の維持は全て火星に負担させていたにも係わらず、市民の避難もさせずに逃げ帰る始末。

 しかも防衛の艦隊を寄越す事もなく、放置される状況……死ねと言われたようなものだ。

 あげくに一企業の暴走を許して、第二次火星会戦を巻き起こす。

 ここまで不始末を起こしておいて、独立は許さん、我々の指示に従えはないだろう」

「うっ、いや……だが………」

議員達も火星に対する行為を考えると言葉が出ないのか困惑している。

「第一次会戦、第二次会戦で木連の軍事行動を跳ね返しているのだよ。

 軍事力もそれなりのものを有しているのに一方的に主張を押し付けるのかね?」

シオンが呆れたように火星が持つ軍事力を懸念すると、議員達も今更ながらに気付く……火星の軍事力に。

欧州から選出されている議員達は《マーズ・ファング》の活躍を思い出して考え込む。

……火星の持つ軍事力は地球と対等にあるのかもしれないと。

「……ナデシコだったか、ネルガルの最新鋭の戦艦を軽くあしらって地球に送り返す。

 スペック的には地球のどの戦艦より優秀だった筈だろう。

 アレと対等に戦える戦艦を所有しているとしたらどうする?」

流石にそこまで言われると議員達も火星との対話を考えるべきかと迷う。

「ナデシコのスペックを聞いたが、あの艦は砲撃艦というものらしい。主砲は固定されているので前にしか撃てん。

 しかも大気中では連射も出来ないと聞いている。宇宙空間でもチャージしていなければ連射は出来んようだ。

 建造中だったコスモスから多連砲が搭載される筈だったが、木連に強奪された。

 クリムゾンはテロ事件で造船施設がダメージを受けて急ピッチで再建中、これに関しては自業自得だな。

 アスカはクリムゾンとの技術提携で漸くその技術を得て、研究に入った。

 マーベリックもクリムゾンを通さずに独自のルートで火星との交渉に入ろうとしている。

 今のところはネルガルだけが対抗できる状態だが、最新鋭の戦艦は失われ、次の艦を待つしかないのが現状かな。

 相転移エンジン搭載艦の建造とメンテナンスというのは専用のドックでしかできないみたいだ。

 どの企業も慌てて施設を建造しているから時間は掛かるものだ。

 この戦争は地球が勝てるかもしれんが、時間が掛かれば掛かるほど両陣営も手段を選ばないと考えるがどうかな?」

シオンが地球側の状況を伝えると、

「……それはコロニー落としや核攻撃も辞さないという事か?」

議員の一人が不安な様子で最悪の事態を推測して告げる。

「だがビッグバリアが在るだろう。アレを破壊するのは容易ではないぞ」

「いや、大質量のコロニーを防ぐのは無理だ、木星のアステロイドベルトから小惑星を曳航して落とすという手段もある。

 半年以上の時間が掛かれば、月のマスドライバーも再建できる可能性もある。

 火星がそこまでするかは判断が出来ないが、木連に関してはする可能性が高い。

 木連は百年前の事を忘れてはいない、そして今回の地球の対応を恨んでいるだろう」

「完全な失策だ。この修正は難しいのではないか」

「木連、火星との会談を行うべきでは?」

それぞれが意見を述べながら善後策を検討している。今更ながら状況が極めて危険な方向に進んでいると認識したのだ。

その意見を聞きながらシオンは全員に告げる。

「クリムゾンから木連の内情を聞いたが、木連は後が無いそうだ。

 人口問題から国が崩壊する前に移住先を求めたが断られた。遺跡の機能低下もあり、移住先が無ければ終わりだそうだ」

「…………つまり…地球が追い詰めたという事か?」

「結果から言えばそうなる。住む場所がないのなら、奪うしかない状態に追い込んだ。

 すぐに木連が崩壊する事はないだろうが、先が無い以上はなりふり構っていられるような場合ではないだろう」

室内は沈黙によって静まりかえる……木連が暴走する可能性が高いと理解したからだ。

(後は市民が自分達の命に危険が迫っている事を理解させれば、自ずと責任問題の追及も始まるだろう。

 気が付かなければ地球の命運もここまでだ……まあ、それも一つの結果だな)

シオン自身は今の状況を良くは思っていないが、知ろうともせず、変えようと努力しない者を助ける気持ちはない。

政府の暴走を知っても抗議行動はあまりなく、戦争に対する危機感もない市民の認識には呆れている。

政府の暴走を許してしまった責任はあるが、自分一人では変えられないという事を知っている。

「さて、君達はどうする……責任問題を追及しながら、木連、火星との関係を改善して最悪の方向を回避するか?

 それともこのまま戦争を続けて被害を拡大して社会体制が崩壊するまで突き進むか?

 今すぐ答えを出せとは言わない。だが時間は余りないから早めに決断するか、他の方法を考えて進むか……考えなさい」

「先生はどうならるお積もりですか?」

「この戦争は間違いから始まった……過ちは正すべきだろう。

 無論、これは私の考えに過ぎない……君達も自分の考えをまとめて結論を出しなさい」

シオンはそう言いながら何人が自分の考えに賛同してくれるか計算している。

(まあ、戦争を続けるにも予算というものがある。

 今、税率を上げるのは支持率も低下すると判断できれば自ずと答えは出るだろう……そんな事も気づかん者は要らん。

 目先に気を奪われて大局を見られんなら先が見えている)

今の地位まで登りつめたのだ。それなりに計算できる筈だとシオンは思う。

(今いる人材から使える人材を育てて次世代の教育もしなければならない。

 ロバートも次世代の教育を疎かにした所為で困っているから、お互い……隠居は先の話か)

火星にいる孫を相手にのんびりと暮らしたいと思っていたが、現実の厳しさにシオンは頭が痛くなる。

シオンの憂鬱な日々はまだまだ続きそうである。


―――月基地 臨時発令所―――


高木は草壁から送られてくる情報を読んで、ため息を吐いている。

内容が内容だけにおいそれと部下には言えない。そして自分の決断が木連に与える影響の大きさを考えると頭が痛いのだ。

(上手く行き過ぎたという訳か……火星の支援があった事を内密にしなければ良かったか?

 だが、老人達は何を考えているのだ。このままでは木連が二つに分裂しかねないぞ。

 やはり閣下はこうなる事を見越して私を木連から遠ざけたと考えるべきだな……見事だ)

「提督、檄を飛ばせという催促が来てますが無視しますよ」

「無視しろ。動くなら自分達で動け、煩わしい。

 それより施設の方は使用できそうか?」

老人達の催促を無視して、高木は大作に占領した月の施設の状態を確認する。

「マスドライバーは我々の予測通り使用は出来ませんが、その他の設備に関しては大丈夫でした。

 現在は修復作業を開始、それでも四ヶ月は掛かりそうです。

 その為、無限砲改を再改修して連射精度を上げて数で対抗しようかと考えています。

 連合のマスドライバーの資料を佐竹技術主任に送りましたので、それを基に改良しようと報告がなされています」

「そうか、また仕事を増やしてしまったな」

「それと火星から秘匿回線で通信がありました」

大作の声が小さくなり、周囲には聞こえないようにしている。

「コスモスの資料を回収し、必要な情報は手に入れたのでコスモスを譲渡しようかと連絡がありました」

「何だとっ!?」

青天の霹靂とも言うべき内容に高木は思わず大声になり、発令所の人員の注目を集めてしまう。

一つ咳払いをして作業を続けるように大作が指示を出すと全員が慌てて作業を再開する。

「火星は最新鋭の地球の戦艦は要らないのか?」

「いえ、設計資料などの必要な情報は手に入れているでしょうから、不要ではないと思います。

 ですが、火星とは規格が違うので扱いにくいのでは。

 火星の戦艦は跳躍可能な物ばかりです。跳躍できるように改修するのが面倒なのではないでしょうか。

 それと強奪した事を隠す為に我々に譲渡するのかもしれません」

大作の推測に高木もその可能性に気付く。

火星としては地球との関係を複雑な物にしたくないのかもしれないと二人は想像する。

「私としては戦力の増強は歓迎です。

 できるならば、コスモスをこちらに頂きたいと言わせてもらいます」

「地球の戦艦など使いたくはないが、戦力の増強は必要だな。

 大作……これを読んでくれ」

高木が懐から一枚の文書を大作に渡す。

「…………何、考えているんだ?、爺どもはボケたか」

普段の口調ではなく、苛立つような声で話す大作に高木も何度も頷いている。

「この様子だと閣下も第二陣を送りたくても送れないと言った所になるじゃないですか。

 態々内乱に発展するように仕向けるとは……遂に壊れたようですね」

「閣下は大鉈を振る様な気がすると思うがどう思う?」

「間違いなく振りますよ……向こうが口実を与えるのですから」

「木連の大掃除か……俺も参加したかった」

残念そうに話す高木だが、大作は別の意見を述べる。

「ですが、内乱ですから同士討ちになりますよ」

その一言を聞いて高木は複雑な顔をしている。

木連の澱みを取り除く事は結構な事だが、流される血があるのは確実なのだ。

「閣下も爺どものおかげで茨の道を歩いておられます」

「全くだ、問題は誰が爺の傀儡になるかだな」

「提督が動かない以上はどんぐりの背比べですか……となると三羽烏あたりが危ないか」

「秋山は大丈夫だろう、白鳥も大丈夫だと思うが……」

大作の考えに高木は三羽烏と呼ばれる三人を思い浮かべて話す。

「ええ、その二人は大丈夫でしょう。問題は残りの一人……月臣元一朗です」

「あいつは意外と頑固な奴だから自分の意見を曲げようとはしないだろう。

 過剰な正義感を利用されるかもしれんな」

「ですが、先の読めない男ではないでしょう」

「そうだな。どちらにせよ、俺達は動けんから見届けるしかないか……もどかしいな」

「どういう形になるか分かりませんので、全員の意思統一をしておきましょう。

 本国の混乱がこちらに飛び火して負けましたなどというのは本末転倒ですから」

大作の意見に高木は頷くとL3コロニーで待機している三原に本国に様子を伝えて、浮き足立つ事がないように注意させる。

三原、上松の両名は高木の指示に従い、部隊の意思統一を徹底させる。

木連は一つの勝利によって複雑な状況に陥ろうとしていた。








―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

幕間に地球と火星の話を入れながら木連編を書いていきます。
少しずつ強硬派と和平派の両陣営に亀裂が入っていく。
そしてその亀裂を広げて、対立へと加速させようとする元老院。
それを逆手にとって次世代に試練を与えようとする草壁。

それでは次回でお会いしましょう。



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