正義という看板を抱えて突き進む

そんな連中が酷く滑稽に見える

彼らが叫ぶ正義とは我々には悪なのだ

そして我々の正義は彼等にとっては悪だろう

真実の正義とは何処にあるのだろうか




僕たちの独立戦争  第九十一話
著 EFF


「よしっ! 一気に突き進め!」

旗艦いかずちの艦橋で月臣は叫ぶ。

月臣の指示に艦隊は忠実に動き、勢いを殺す事なく中央を突破して行く。

重力波砲の火線が戦艦を押し潰し、宇宙を真っ赤に染め上げる。秋山の艦隊の中央を切り裂くように突き進む。

その光景に酔いしれるように強硬派は自分達の勝利を喜んでいる。

「艦隊戦の名手などと呼ばれていたがこの程度なのかっ、源八郎!

 ふん、所詮は弱腰な連中に従う奴か」

嘲るように自分の勝利に酔いしれる月臣元一朗。


「態と負けるっていうのは大変ですね、艦長」

「そうだろう、数では負けているが隙だらけの艦隊運用。

 同数なら非常にやばかったよ」

「そうっすね」

秋山の意見に三郎太は納得している。

月臣は偶然、自分達の進路に現れたと思っているが実際は違うのだ。

秋山達は連絡を受けて逃げやすい宙域で遭遇するように艦隊を動かしていた。

数的には秋山の方が少ない。月臣の艦隊の三分の一程度だが十分戦えると三郎太は確信していた。

「あいつは自分が先陣を切らないと駄目だと思ってるからな」

「突っ込むだけの戦法は不味いでしょ。

 そりゃあ、一応は中央突破戦法になってますけど……損害も馬鹿にならないと思うんですが」

突っ込んで来る月臣の艦隊の勢いを砲火の集中で殺す事は簡単に出来たが、秋山はそれをせずに逆に中央を薄くしたのだ。

艦隊を二つに分裂させて側面と後方から包囲するように砲撃する事も可能だった。

だが、秋山はその手段を選択せずに敗走したように見せかけた。

損害自体はそれ程でもなく、秋山の艦隊千隻の内、二割の二百隻、月臣の艦隊三千隻の内、一割の三百隻。

両者共に損害は無人戦艦ではあるが手を抜いてこれだけなのだ……月臣の艦隊運用は甘いと秋山の部下の誰もが感じていた。

損害を抑えなければならないのに過激な戦法を選択するのだ。先を見越した戦いというものになっていない。

この後に控える海藤の艦隊と戦う前に損害を出すような戦術をするという月臣に呆れていた。

(うちの艦長が本気で動いたら負けはしないだろうな)

勝てなくても負けないように戦う事は出来る。本隊と連絡を取って合流するまでの時間を稼げばいい。

自分達の艦長はそういう戦術が出来る人物だった。

強硬派を出来る限り惹き付けるという選択さえしなければ勝てた可能性も十分にある。

実際、敗走しながら後方に配置していた補給艦を撃沈している……いずれ、補給に問題が生じるのは間違いなかった。

「さて、こっちも本来の仕事に取り掛かるぞ。

 伸びきった補給線を断ち切るのが俺達の仕事だ」

「そうっすね……聞いての通りだ、ちゃっちゃっと行くぞ」

三郎太の指示が艦隊を動かす。擬態であるという事に月臣達、強硬派は気付かなかった。


「……擬態だな」

「見事な艦隊運用だ、やるな」

レオンとゲイルは外装の変更を終えたファントムのブリッジで艦隊決戦の様子を見ていた。

ファントムの試運転という名目で三人は木連の艦隊決戦を見物していたのだ。

「包囲戦にすれば被害も最少で勝てるだろう……おかしな奴だな」

「派手好きなのか?、連戦しなければならないのに自軍の被害を大きくしてどうする?」

「今のあいつの気持ちは先陣を切る勇者という気分なんだよ」

クロノの意見に二人は呆れている。

「大将が先陣を切れば士気は向上するが、被害を出したら意味がないぞ」

「お前の師匠は勇猛果敢だが指揮官としては一流じゃないな」

「……武術は教わったが艦隊運用は教わってないぞ。

 艦隊運用に関しては自前で作り上げたんだよ」

ゲイルの言葉を認めるようにクロノは自身の戦術は自分の力で築いたと言う。

「まあ、ここ百年くらいは艦隊戦なんてなかったからな。

 連合でも艦隊の運用には試行錯誤してた」

「平面じゃないんだ。既存の戦術では対応出来んさ。

 火星はこれにボソンジャンプを組み込んで新しく作らないといけない」

「つまり、一から全部組み直しって事か……厄介だな」

面倒だとレオンは言いたそうだ。宇宙空間の戦闘は三次元という上下の概念も存在する。

海軍の航空攻撃は上が組み込まれているが、下は不十分だとクロノは考えていた。

潜水艦という物が悪いのではない……潜水艦より遥かに機動性のある兵器が存在しているだけなのだ。

そして火星にはもう一つのファクターがある事をクロノは二人に指摘する。

「木連でも跳躍砲が有る筈だから、俺は火星宇宙軍の観測機器の精度を上げる事を優先していた。

 機械式ではどうしても短距離用になるんだ。長距離観測できれば、ジャンパーが視認出来るこちらの方が有利だ。

 おそらく……あの艦には跳躍砲が搭載されている可能性がある」

クロノが見つめる先には秋山の戦艦かんなづきがあった。

「で、射程は?」

「……分からん。あの時は無我夢中だったからな。

 パイロットとしては素人同然だった。相手の武器の性能とか聞かされても自分の事で精一杯だ。

 ダッシュのほうも記録してなかったが射程自体は短かった筈だが」

「正直なところ……お人好し過ぎるぞ、クロノ。

 お前の過去を聞いてると散々ネルガルに利用されていた気がするんだが」

「俺もゲイルの意見に同感だぞ。どう考えても利用されていたとしか思えんが」

「周囲にいる連中が悪い奴らじゃなかった。悪意とかそういうものとは無縁の連中だった。

 だから気がつかなかったというのはおかしいと思うか?」

「まあ、そうかもな。少し距離を取った状態で監視されていたような環境だ。

 その頃は素人だったお前じゃ気付かないか」

「借金返済するのに夢中だったよ」

苦笑してクロノがレオンに話す。億単位の額の借金をどう返済すれば良いのか、その事で頭が一杯だった。

「それもおかしな話だぞ。お前がパイロットとして乗艦した時に保険の適用をネルガルがしなかったのが悪い。

 その後、きちんと確認もしないというのが更に変だ。一流の人材だったんだろ……プロスという男は。

 人に任せていたというのが不審だぞ。

 後から不備がありましたなどおかしな話だと思う。

 借金という鎖に繋いでお前の居場所を押さえるのが目的なんじゃねえか?」

「俺もそう思うぞ。ネルガルというのはボソンジャンプを独占したかったんだろ。

 ジャンパーの確保は必須だったから、お前を自分達の元に押さえたかったんじゃないか」

「多分そうだろうな。アカツキは甘い男じゃない。

 友情ゴッコなんてするようなタマじゃないし、今考えると俺を確保するのは当然だな」

自分の価値を知らない昔のアキトでは仕方がないと今のクロノは考えている。

「ボソンジャンプ自体、その頃はメジャーじゃないしな。

 どこもコソコソと裏で研究してたから一般人だった俺には分からんよ。

 判っていれば、もう少し警戒したかもな」

「そうかもしれんが、素人じゃダメだろう。

 ネルガルのSSが鈍いのが悪い……ちゃんと警戒しとけと言いたいぞ」

「まあな。さて、本題に入ろうか……一応、監視基地への攻撃に対する報復という名目がある。

 内政干渉をするのは不味いし、タキザワさんに交渉で何とかしてもらうか?」

話題を変えたクロノに二人も聞いた内容を吟味する。

報復するのは簡単とは言えないが可能だ。しかし、遺恨を残すのが不味い気がする。

内政干渉という問題も出てくる……問題を複雑にするのは避けたいというのが本音だ。

「帰還した志願兵も全部が残るとは思えん。

 何割かは退役するだろう……家族の元に帰りたいというのを止めるのは無理だぞ」

「新兵の訓練を優先しようぜ。

 昔から内政干渉しても良い結果が出るのは少ねえしな」

「面倒事は地球だけで十分だ……移住者がいずれ来るんだろ。

 トラブルの原因になりそうな要因は減らすのがベターだ」

「じゃあ、艦隊は動かさないという事でレイとグレッグには通達するぞ」

「「そうしてくれ」」

ピッタリと息の合った返事をするレオンとゲイル。顔を合わすのは不味いと二人は思っていた。

何故かというと、

「お前ら……書類提出しとけよ。

 グレッグさんと俺……決済できないんだが」

「「スマン! この借りは必ず返す」」

遊んでいた訳ではないが、二人は事務仕事を後回しにしていた。

その事を知ったレイ、シャロンがどうなったか……いうまでもないだろう。

「早く終わらせろよ……俺もそう長くは誤魔化せないぞ」

クロノの意見に二人は頷いて、再び書類に向き合う。


「前線で艦隊戦の動向を見ているですって!

 ……逃げたわね」

「時間を稼いで仕事を終わらせる心算でしょう……そうは甘くはないですよ」

シャロンとレイの二人は二人が帰ってくるのを待ち構える事にする。

(バカだな……だから仕事を溜めるなと注意したんだが)

グレッグがその様子を見て、一人ため息を吐く。

二人の命運は風前の灯みたいで、スタッフ全員で合掌していた。


―――ユートピアコロニー復興施設―――


「……すまん。まさか生きていたとは思わなかったんだよ」

「冷たいお兄さんだな……きちんと確認しろよ」

「全く、アンタの抜けた所は知ってたけど……ちょっと酷くない」

目の周りに青痣を付けたシンが少女に必死で謝っているところへジュールとルナの追撃が届く。

地球から帰還した火星宇宙軍の兵はこのまま軍に在籍するかを考える為に一週間の休暇という猶予期間を与えられた。

帰還後、故郷のユートピアコロニーを訪れたシンはミアの姿を見て驚愕したのだ……化けて出たのかと叫んで。

「兄貴がバカだというのは知ってましたが……連合政府の公表を鵜呑みにするとは思わなかったわ。

 何が成仏しろよ……呆れてものが言えないよ」

「……代わりに手が出たけどな」

シンが頬に手を当てて一人呟く。顔の痣はミア・クズハ――シンの妹の手によって作られたようだった。

「ルナさんでしたね……こんなバカ兄貴で良いんですか?」

「へ?」

突然、自分の名を呼ばれて驚くルナ。そんなルナの様子を気付かずにミアは尋ねる。

「ルナさんだったらもっと良い人いると思いますよ」

「私の事知っているの?」

「ええ、アクアさんって人が教えてくれました。

 その……メイド服でバカ兄貴をその気にさせた可愛い人だって」

「あ、あの人は〜〜」

ルナは頭を抱えて誤解だと叫びたかったが、ミアの話は続いていた。

「こちらがジュールさんでルリちゃんのフィアンセでしたね」

「……待て、なんでそうなる?」

思わずジュールが突っ込みを入れる。隣で聞いていたルリは顔を真っ赤にして俯いている。

「えっと、純愛路線バリバリの真面目な弟なのよって聞きましたよ。

 ルリちゃんがとっても大事で傍で見守っていると褒めてました」

「……姉さん、嵌めましたね」

(姉さん、見事です……こうやって外から埋めるんですね)

以前、アクアから聞いていた外堀を埋めるという手段にルリは感心していた。

こうして少しずつ自分とジュールの関係を周囲に認知させる心算なのだとルリは知る。

「まあ、そのうちフラれると思うけど……そういう事にしておいて」

投げ遣りな様子でジュールが話す。

「まださ、ルリちゃんの側には同年代の友人が少ないんだ。

 一番近いのは君か、妹達かだな……男友達って俺かシンくらいだろ。

 どっちかっていうと頼れる兄貴分ってとこだよ」

「……ルリちゃんも大変だね」

「……判りますか、ミアさん」

「うん、そりゃあ朴念仁を側で見ているから」

そう言ってミアは視線をキッチンで仕込みをしているアキトに向けている。

「……あの人はスーパークラスです。ジュールさんの場合は逃げているんでしょうか?」

「そうだね……テンカワさんは自分の事に無頓着だから輪を掛けて酷いよね。

 ジュールさんは周囲の目を気にしているのかしら?

 さすがにルリちゃんに手を出したら危ない人って事になるから」

一つ咳払いをして全員の視線を集めて、ジュールがミアに聞く。

「ところで君はどうするんだ?

 シンと一緒に暮らすのなら住居を変更しないと不味いだろう」

「そうだった……ミア、一緒に暮らそう。

 家に関しては建て直すとして、当面は軍の官舎で良いよな?」

「嫌よ。お母さん達のお墓も出来ていないのに此処を離れる訳には行かないよ。

 それに通信教育が終わったら大学に進むからお金も用意しないといけないからここで働くから」

「学費なら俺が出すよ。一人暮らしはまだ早いだろ」

「お兄ちゃんだってお金は必要でしょ。

 まさかとは思うけど、ルナさんを待たせる心算なの?」

ミアの考えを理解したルナは頬を赤く染めている。

「いや、まだ早いだろう。

 申し訳ないけどお前が成人するまでは……」

「何言ってんだか……死んだものと考えてたくせに」

ミアの言葉にシンは絶句している。

「いいツッコミだな……日頃からもっと周囲を見ろと言ってたんだが」

冷ややかなジュールの意見にシンは肩身の狭い思いをしている。

「まあ、視野狭窄の兄の意見はこの際無視して、姉になる人物の意見を聞いてみるのはどうだろうか?」

ジュールの意見に全員の視線がルナに集まる。ルナは集まった視線を受け止めて自分の意見を述べる。

「うちに下宿する?

 ほら、うちって復興事業に参加して、ここで生活してるから大丈夫だし部屋も余ってるから。

 私も大学の方に戻るからアクエリアに行くと思うし、技術者として軍には参加予定だから」

大学では材料工学系の科目を履修していたルナは大学に通いながら、軍の開発部に民間協力という形で参加する予定だった。

軍に籍を預ける事になるが、いずれは一部を除いて民間に技術を還元する事が既に決定している。

ルナもいずれは民間企業へと移籍する事も決まっている。大学に留まる事も出来る様になってもいた。

「火星に帰る為に軍に入ったから一応の目的は達成したのよ。

 ついでに就職活動の手間が省けて助かっているけどね」

「ふむ、女の子ひとり暮らすよりはマシだな」

火星の治安は維持されているだけではなく、非常に安定して住民の安全を保障している。

これはテンカワファイルの影響を受けている……今は地球とも木連とも交流はないが和平が決まれば状況が一変する。

交流によって犯罪者、もしくは犯罪予備軍が入国する可能性もあるのだ。

その時の為の準備段階として治安の向上を優先的に考えて行動しているのだ。

それでも未成年の一人暮らしは危ないだろうとジュールは考えを口にする。

「色々制限はあるかもしれないがホームステイというのは悪くない。

 保護者が近くに居るのと居ないのでは安全面ではかなり意味が変わる。

 ここで生活するのならそうした方が良いよ」

「……少し考えさせてもらえませんか?」

「いきなり納得できるなんて思わないよ。ルナの方もそれでいいだろ」

「そうだね。家には連絡入れているから何時でもいいよ。

 ミアちゃんが納得しないと意味ないしね」

「ごめんなさい……せっかく言って貰ったのに」

「いいよ、いいよ」

「あの〜俺の意見は?」

「却下よ」

恐る恐る聞いてくるシンにルナはにべもなく答える。

「いや、兄貴としての威厳というか、面子は?」

「お前の意見は通らんぞ、シン。

 妹さんの安否を確かめなかったお前が悪いからな」

ジュールの意見にガックリと肩を落とすシン。

そんなシンには見向きもせずにルリ、ルナ、ミアの三人は楽しげに会話していた。


―――市民船しんげつ―――


月臣の勝利を聞いた元老院は草壁の重傷説に強い信憑性が出てきたと考える。

秋山の艦隊の敗北後、和平派の足並みが乱れ始めたのだ。

何とか混乱は押さえている様だが草壁は公式の場に顔を出していない……いや、出られないと感じていたのだ。

「どうやら策は成功したのかもしれんな」

「ええ、あの男の命運が尽きたのかも」

「まだ早計ではないか? どうも秋山の艦隊の敗北が気になる……態と負けたような気がする」

東郷があまりに上手く進んでいるように思えて、慎重に事を運ぼうと意見を述べる。

「奇襲に近い、遭遇戦です。艦隊戦の名手でも不意を突かれてはどうしようもなかったのでは」

「ふむ、その可能性もある。問題は他にもあるがな」

「損害ですか?」

「そうだ。遺跡を和平派が押さえている状況で損害を出すのは不味いのに、そこに目を向けない。

 まさかとは思うが、遺跡がない事を理解していないのだろうか」

「確かに補給に問題が出ますな……艦艇の補充は如何しますか?」

「遺跡の確保を急がせるしかないだろう」

「ですが、遺跡には草壁の本隊とも言うべき艦隊がいますぞ」

「然様、秋山のような未熟者ではない。

 手強い男が待機してます……先に本陣を叩くべきでは?」

海藤が遺跡のある宙域に待機しているのが最大の問題点であると誰もが考えている。

遺跡とれいげつのどちらにも急行できる宙域に陣を構えている。

「仕方ない、最小の人員と艦艇を残して全てを投入して本陣を陥落させるようにする。

 賽は投げられた……もう後戻りも出来ん」

元老院が秘匿している艦艇を投入すれば、五分くらいにはなる。

一度の勝利とはいえ、士気が上がっている今なら勢いで突き進めば勝てるかもしれないと東郷は考える。

「分の悪い賭けになります」

「勝てば取り戻せる……勝ってもらわんと困るがな」

市民が自分達に味方すると思っていたが予想していたよりも自分達に従わない。

正規の手続きをせずに決起した事を快く思っていないようであり、備蓄していた食糧を奪った事も一因しているようだ。

政府が緊急供給を行い、国内の混乱は回避したが自分達の生活を脅かした強硬派に不快感を示している。

内閣府もそこに付け込んで軽挙妄動な行為をしないように警告している。

元老院はあくまで名誉機関であって政府の機関ではないとはっきりと宣言している。

政府の決定に従わずに独自の行動を行って良い訳がないと市民には告げていた。

この事を元老院は苦々しく感じている。自分達が築き上げた信頼が地に堕ちたものだから。

「忌々しい事だ……このような形で我らを追い詰めるとは」

村上重信――内閣府首席事務官が中心になって元老院の力を削ぎ始めている。

この瞬間も確実に権益を奪おうとしていると思うと苛立ちと怒りを感じている。

張りぼての政府が確実に機能している……草壁の意思に従って。

奪われてしまった権限を取り戻すために何としても勝たねばならない元老院であった。


一方、その元老院に牙を見せた人物はというと、

「う〜ん、やっぱり相当搾取しているようだぞ……王手な」

「待った」

「おいおい、待ったは三度までだぞ……お前、腕落ちたんじゃないか?

 昔はもう少し強かった筈だが」

病室の主の草壁と将棋を指している……しかも優勢のようだ。

「だから言ったろう……差し手を減らすような真似はやめとけと」

「無理を言うな……現状を維持しようとしか考えない連中が当てになると思うか?

 自身で切り拓こうとする連中が少なかったんだぞ……その上、保守的で」

現状を知りながら何もしない連中など頼りに出来んという草壁。

「だからと言ってだな、猪武者ばかり揃えるのはどうかと思うぞ。

 強硬派にいるのは前線指揮官でもちょっと不安が出る連中だ」

攻める事だけなら十分使えるが守るという事柄に対しては安心よりも正直不安が先に出る。

「お前の事だからまず火星を陥落させて跳躍の研究をしながら徐々に再編する考えだったと思うが」

「予想外の火星の戦力の前に躓いてしまった。

 まさか火星にあれほどの戦力が秘匿しているとは想定外だ」

「あれは独立の準備をしていたんじゃないか?」

「かもしれんな」

村上の指摘に草壁が苦笑いで答えている。一気に制圧する心算が逆に喉元に匕首を突きつけられた気分だった。

「百年前の祖先の失敗を教訓にしていたんだろうか?」

「可能性としては一番高そうだ。地球側が強攻策を選択した時に対抗する為に隠していたというのが妥当だな。

 まあ、交渉に関しては順調に進んでいる。

 彼らの懸念は軍部の暴走だそうだ……政府の決定に従わないというのが怖いんだと」

「勝って今後の懸念を減らせというんだな?」

「それもある。問題はお前が職を辞した後だそうだ。

 カリスマなき後、きちんと暴走しないように押さえる人材はいるかと聞いてきた」

その言葉に草壁は唸る。後継者の育成に力を注がなかった問題を指摘されると困っていた。

「向こうは二、三年先の移住を行うにも木連の政情が不安定になると困ると話している。

 地球―火星という二国間では地球が軍事行動を起こすだろうと考えているんだろう」

力関係をしっかり確保したいのだと村上は思っている。

木連が政治不安になれば、地球と火星が戦争状態に突入しても介入出来ない。

兵力という点では火星も木連もあまり大差はない。地球だけが無限とも言える人員を配置できるのだ。

無人機での支援には限界がある。どうしても一国で対峙するのは回避したい思惑があるのだと村上は考えている。

「木連も地球との付き合いは慎重にしないと不味い。

 今は武装が充実しているが、開発競争で追いつかれる可能性もある。

 単独で戦うのは避けるべきだろうな」

「戦いの場が政治になるのか……次世代の方は順調か?」

「判らん。人材は時間を掛けて作るものだ。成長はしているが、経験が何よりも重要なんだ。

 これからが正念場になるんだろうな」

草壁の問いに村上は正直に答えている。こればっかりは嘘を言っても仕方のない事だと知っているのだ。

「腰を据えて育てるしかない……実践するしかないだろう」

「だが、備えが出来ているのなら悪くはない」

「そうだな。話は変わるが高木君がコスモスを入手したそうだ。

 火星はやはりうちに負けてもらうと困るみたいだな」

「……そうか。まあ、利用されているみたいだが、こちらとしても送る筈だった戦力の代わりになる。

 国内を安定させるまでは高木に頑張ってもらうしかない……少々心苦しいが」

「朗報もあるぞ。クリムゾン経由だが地球に反戦運動が起こっているそうだ」

「ほう」

村上の報告に草壁が笑みを浮かべて予測を立てる。

「では、コロニー落としは避けるべきだな。被害が甚大になれば反戦運動も下火になる。

 泥沼は回避するべきだろう」

「問題は軍が戦力を月に向けようとしている事だそうだ。

 これを跳ね返せれば、タカ派連中の意見を封じ込める事が出来ると言っていたぞ」

「こっちも正念場か……向こうが先に編制するか、こっちが先に内乱を鎮めるか」

「時間との戦いでもある……結構、大変だぞ。

 高木君達に全部押し付ける訳には行くまい……少々手荒に動くしかないだろう」

「年寄りどもの退場はさっさとしないと不味いか……まあ、それに関しては問題ない」

「強硬派の連中をどうするかだ。全部切り捨てるという選択は駄目だぞ。

 使える人材がいるかもしれん。この戦いで自分の振り返って反省するかもしれんのだ。

 とりあえず武装解除させて一纏めにして監視でいいな」

元老院の排除は二人の間では既に決定している。

「そうだな。その方向で進めよう」

内乱に発展したのは彼らの所為だけではない。そういう人材を登用していた自分にも責任があると草壁は考える。

「だが、反省するだろうか?」

「そればかりは分からん。だが、同胞を死なせるのは後味が悪い。

 死なせずに済むのならそれが一番良いさ」

村上の意見に草壁も頷いて賛成している。

二人はこの後も意見交換をして今後の動きを考えている。

木連の舵取りを危険な方向から安全な方向に針路変更するために……。


―――連合軍本部―――


「ちっ、もう少し数を揃えんと」

思うように戦力を再編できずに苛立ちを抱えるドーソン。

月奪還の準備を進めているが、市民からの戦争反対の気運が高まっているので強行に出来ずにいた。

連合議会に協力を要請したいが足元を見られる可能性がある。

自分の能力を疑問視している雰囲気があり、議会に協力を要請すれば別の誰かに作戦を任せようと言われるかもしれない。

それは断じて認められない……自身の命運が尽きるという事なのだ。

それに連合議会も雲行きが悪くなっている。

まだ政権は自分達の側にあるが、急速に勢力を伸ばして来ているグループがある。

シオン・フレスヴェール議員を中心にする和平派と呼ばれるグループ。

この戦争は経緯からおかしいと市民に告げ、戦争を行うにしても市民に納得できるように説明するべきだったと言うのだ。

一部の人間が勝手に戦端を開かせたと言って、責任追及もするべきだと声を上げて話す。

何も知らない市民を犠牲にしているのはおかしいではないかと言うのだ。

これには有識者も賛同している。百年前の事を誤魔化す為に戦端を開き、何も知らない市民に犠牲を強いるとは何事だと。

市民も自分達ばかりが血を流しているのではないかと感じ、政府に不信感を抱き始めている。

……着実に世論は停戦へと傾きつつあった。

この流れを変えるには戦場で勝つしかないと現政権と連合軍上層部は意見を合致させる。

だが、予算をどこから捻出するのかという問題があった。

既に戦時国債を出している。これ以上、国債を発行するのは難しい。

シオン達の反対だけではなく、中立の立場を取っている連中も反対する事は間違いないだろう。

同調されれば政権にも影響が出かねない……強硬な手段が取れない状況に陥っていた。

そういった背景でドーソンは予算の限りで戦力を再編している。

強硬な手段を取れずに苛立ちばかりが積み重なる日々。

勝てる数を揃えるのが如何に難しいかと理解せずに、自分の邪魔をする連中に怒りを感じる。

「勝ってみせる……そしてこの屈辱を叩き返してくれる」

血走った目でドーソンは呟く。どこまでも自分の欲を優先する男であった。


同じ頃、連合軍本部内で月奪還の話をしている人物達がいた。

「勝てると思うか?」

「無理なんじゃねえか……指揮官としては二流どころか、三流だぞ。

 参謀や副官も頼りにならんからダメだろうな」

ドーソンの周囲にいる連中は能力よりもドーソンの意向に従い行動するだけの太鼓持ちだと告げる。

「……極東に頼るしかないか」

「それも無理だぞ。極東も同じように足を引っ張る人物が参戦している。

 ミスマル提督もそのフォローで手一杯だな」

「……ウエムラだったな。確かにあいつは能力はマシだが自分の出世を第一に考える奴だ。

 ネルガルから新型艦を強引に受け取ったから鼻息も荒いぞ。戦艦一隻で勝てるほど甘くない状況を理解してない。

 開戦当初と違い、木星の無人機の思考パターンが徐々に防御を中心に変更している。

 ネルガルの新型艦でも使い所を見誤ると勝てない」

グラビティーブラストも無敵の矛ではなくなっていると指摘する。

「その辺りに気が付いていると助かるが」

「一応、話しておいたが……理解しているか、不安だ」

「やはり遺族への補償を計算した方が無難か……また仕事が増えるな」

嫌そうに話す人物――シュバルトハイトに、

「それがお前さんの仕事だろ」

肩を叩いて慰めるソレント。

「問題は敗退した後と火星が介入してくるかが焦点だ」

「ですが提督、火星が軍事行動を起こす必要がありますか?

 火星にとってはどちらも敵国でしょう。共倒れになれば良いと思いませんか」

チュンの意見にヒラサワが火星は介入しないでしょうと言う。

「そうでもないぞ。火星にすればドーソンとウエムラは目障りだからここで始末したいと思うぞ。

 あの二人は連合軍内部で火星の独立を否定している連中の急先鋒だ。

 合法的に始末できるチャンスと考える可能性もある」

「あっ、その可能性がありましたか」

シュバルトハイトの意見にヒラサワがその可能性に気付いて納得している。

「今の連合軍上層部を火星は排除したい筈だ……法的な手続きで時間が掛かる方法より早く済むからな」

戦後、責任問題で排除するより楽な手段が目の前にあるとソレントが告げる。

「戦争の経緯を知っているだけに無責任な連中を排除したい訳か」

「俺としてはここらで仕切り直しするべきだと思うぞ。

 戦争を否定する気はないが……歪すぎるんだよ。正直、地球の方に非が在り過ぎる」

勝手な言い分で戦端を開いた地球。火星も木星も一歩も引く気がないだろうとシュバルトハイトは考える。

「予算の方もないし、制宙権を取り戻すまでどれくらいの金を使うか」

腕を組んでシュバルトハイトはどの程度の資金が必要か計算する。

(遺族への補償、破壊された戦艦の修理費、新規戦力の補充……あ、頭が痛いな)

頭を抱えるシュバルトハイトに三人は冷や汗を浮かべる。

歴戦の勇者も予算という怪物には勝てないようだった。











―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

木連は自国の内乱を抱えて月の防衛に入ります。
徐々に反戦への意思を市民が見せ始める市民に現政権とドーソンは焦りを感じる。
火星が一番安定している状況ですね。
もっとも火星は戦後が一番混乱する筈ですが。
停戦から和睦となれば木連からの移民を迎える予定なんですから。

では次回でお会いしましょう。



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