痛みを知る事で自身を顧みる
よくある事ではある
知った時には手遅れという事もある
だが目を背けてはいけない
見据えて行動しなければ更なる悲劇が待っている
目を背けた先には破滅しかないのだ
僕たちの独立戦争 第九十九話
著 EFF
「これは……惨いな」
無人機による市民船内部の映像を見た秋山は呟く。
老若男女全ての市民が殺戮された光景に映像を見ていた艦橋の乗員は目を逸らす者、口元に手を当てて吐き気を抑える者、
その光景を忘れないように二度はさせぬという決意で見つめる者と様々な反応を示していた。
『くっ、ここまでする必要はないだろう。
これが正義だというのか!』
「南雲、俺達はこれと同じ事を火星に行ったという事実を忘れるなよ」
通信機越しに話す南雲に秋山は自分達も火星で同じ事をしたと告げている。
乗員達もこのような行いが正義ではないとその目で確かめたので、木連が如何に非道な振る舞いを火星にしたのかを知った。
「周囲の警戒を怠るな!
もし現れたなら……俺達の手で彼らの無念を晴らすぞ!」
「「「「「『了解!!』」」」」」
秋山の一喝に南雲も艦橋の乗員も応える――目の前の光景には幼い子供を守ろうとして死んだ母親の姿があった。
最期の瞬間まで守ろうとしたのだろう……子供と重なるように亡くなっていた。
「まさに狂気の所業だな」
夜天光で周囲を警戒していた北辰は送られてきた映像を見て話す。
『やり過ぎだ……これでは意味がない。
こんな手段を用いた奴は元老院に所属しながらも恨みでもあるのか?』
九郎を操縦しながら烈風はこの惨状を見て述べている。
草壁を陥れるならもっと他の手段を選択するべきだと考えている。
例えば、生き残りに草壁の指示でしたように聞かせるとか、自分達の機体のように塗装を変更して見せるとか。
残された映像を見る限りゲキガンカラーの機体だけが無人機を共に殺戮を行っていたのだ。
これでは元老院か、強硬派の仕業だと言っている様なものだった。
自分達の組織が不利になると承知で行うなど馬鹿げていると感じている。
この映像を市民に見せれば、間違いなく元老院の信頼は失墜する――それを理解していて行ったのなら間違いなく狂気だ。
『相当やばい連中かもしれませんね』
「うむ、必要とあれば我とてする可能性はあるが……」
『閣下はそんな自殺行為をさせるような方ではありませんよ』
「ああ……」
確かに必要とあらば草壁は躊躇するような甘い人物ではないと暗部の者は知っている。
だが、それは敵に対してであって、味方に対しては最少の被害に留めるように策を練って動く。
攻撃するにしても問答無用で同胞を殲滅する事はない。だからこそこのような惨劇を行う者が異常だと理解出来るのだ。
烈風が周囲を警戒しながら北辰に話そうとした時、
『くっくく……やっと来たか、北辰?』
「何奴!?」
二人の会話に割り込んできた人物は陽気な声で北辰の名を呼ぶ。
『俺んとこの最強の猛者を倒した男を呼び出すんだ……このくらいの演出は必要だろう。
どうやら上手く行ったみてえだな』
『我を呼び出すのに市民船一つを血に染めるか……まさに外道よな』
『くっくくっ、修羅を呼び出すのに血の匂いがなければな。
俺が面白おかしく生きてく為にお前が邪魔なんだよ――つう事で死んでもらうぜ!』
その言葉が号令となり機動兵器が一気に北辰の元へ殺到する。
「数は十二か……隊長、こいつ等、もしや!?」
『うむ、ぬかるなよ』
烈風の予測を北辰が支持した。目の前の機体は奪われたIFSで操縦する機体だと北辰達は判断する。
「了解! 全機、隊長の一騎討ちの邪魔なんて野暮な真似をさせるなよ」
烈風が味方機に指示を出す。幸いにも数は同数、一騎討ちに相応しい状況だった。
『なかなか面白い事言うじゃねえか、気に入ったぜ。
おう、おめえらも俺の邪魔をすんなよ。
俺は閻水、北辰! てめえを殺す男だ!』
部下に告げたのだろう。他の機体は隊長機から離れて自分達の相手をするようだった。
『ふん、威勢だけは一人前よな。
男なら口でなく、実力を見せてからにせよ』
これより先は言葉は無用と北辰が言うかのように夜天光と敵隊長機が激突した。
北辰達が戦いを始めると同時に秋山は南雲に告げる。
「南雲、野暮な真似はするなよ。
こっちはこっちでする事があるぞ」
『……近くに潜んでいる艦隊ですね』
機動兵器だけで待ち構えていると思っていない秋山の意見に南雲は納得していた。
どこかに潜む艦隊を発見して、撃破して殺された市民の無念を晴らしたいと考えていた。
「そうだ、三郎太!
無人機を射出して索敵の範囲を更に広げろ」
「了解、艦長!」
秋山達もまた自分達の仕事を行う為に行動する。
第二幕はこれより開幕する。
「ちっ! まだこんな奴が居たのか!?」
雷閃は舌打ちして目の前に飛燕を睨んでいる。強化されたのか、その性能は自分達の乗る九郎に近い様子だった。
改修されたのだろう……その形状は所々に変化が見られていた。
雷閃の機体が持つ小太刀と敵機の持つ斧が火花を散らすかのようにぶつかり合う。
久方ぶりの強敵に雷閃の気迫が高揚する。
その思いに呼応するように九郎の目に光が灯る。
「やってやるぜ―――っ!」
叫びと同時に加速する九郎。まるで殺された市民の怒りを叩きつけるように突き進んで行った。
「やれやれ……ああやって熱くなるようじゃ隊長には追い着けんぞ」
苦言を呈するように烈風は呟く。北辰が最強たる所以は熱くなると同時に冷静さを常に同居させているからだと考える。
どのような時でも常に冷静に行動しながら、時に激しく荒ぶる魂を伴って戦う。
氷と炎という正反対の感情を心に秘めるから強いのだと側で見ていた烈風は思う。
烈風は雷閃の機体を横目で見ながら目の前の機体と対峙する。
機体の性能は掴んでいる。性能が上がっていても、自分達が操縦する九郎と五分くらいだと予想した。
「性能と腕が五分ならば気迫で負ける訳にはいかんか」
最後に命運を分かつのは生きようとする意志であり、命を懸けてこそ勝利が掴めると常々思っている。
敵の挙動から眼を離さずに勝機が見えた時に掴み取ってみせると烈風は気合を入れる。
「隊長に追い着き、その先を目指す。
まだ負ける訳には行かんな」
そう呟いて烈風は襲い掛かる敵機と激突する。その周囲で同じように仲間が相手を定めて戦いを繰り広げていた。
「一騎討ちか……燃える展開だな」
「三郎太、お前の言いたい事も分かるがあの場に居たら最初に死ぬぞ」
索敵中で手持ち無沙汰の三郎太が北辰達の戦闘を見つめていると秋山が忠告した。
「お前の腕が良い事は知っているが……さすがに乱入するのはどうかな?」
「艦長〜自分は突撃馬鹿じゃないっす」
縦横無尽に飛び交う敵飛燕と九郎、夜天光。機動兵器戦の近接戦闘の手本とも言える戦闘に三郎太は目を奪われていた。
木連式武術を遺憾なく発揮して虚と実を巧みに使い合う北辰と閻水。
連撃を中心に組み立てて主導権を得ようとする雷閃達に、互いの隙を窺い一撃で決めようとする烈風達。
他にも速さを中心にする者、一撃の重さで対抗する者と木連式武術の粋を全部出し切る戦闘に誰もが魅せられていた。
「艦長! 見つけました!」
「よし、こっちも動くぞ!
南雲、先に行け!」
『承知!』
索敵を担当していた乗員の報告に秋山は指示を矢継ぎ早に出す。
南雲は秋山の艦隊からの報告を聞いて部隊を展開する。
「こんなものが正義であって堪るか!
無辜の市民を殺すような正義など俺は認めんぞ!」
熱血漢らしい南雲の叫びに部下達も続く。
あのような惨劇を見せられて黙っているような腑抜けではないと言うように動き出す。
南雲の部隊は一筋の矢の様に一気に隠れていた艦隊に肉迫しようとしていた。
「もう見つかったのか?
どうやら月臣とかいう腑抜けとは格が違うみてえだな」
閻水の艦隊を任されていた副長はその動きの早さに感心しながら艦隊に指示を出す。
「数は同数だ。後ろは取られないように機雷をばら撒いてある。
砲火を集中して突っ込んで来る連中の足止めを優先する。
頭の戦いの邪魔しねえ様に遊んでやるぞ」
その指示に肉迫しようとした南雲の部隊が勢いを抑えられる。
「ちっ、やってくれる。
前面に歪曲場を集中させつつ砲撃せよ!」
砲火の集中で勢いを失った南雲は一定距離を保ちながら砲撃戦に移行する。
火線を集中させた砲撃が両陣営の前衛の無人戦艦を撃沈し震動を伴って自分達の艦を揺らす。
だが南雲の部隊だけでは数の差で長くは持たない。そこへ秋山の艦隊が支援するように包囲しようと艦隊を展開する。
「艦長、後方は機雷原です!」
「後ろを取れんか……向こうも馬鹿ではないと言ったところか?」
「接近して機動兵器戦と行きたかったですね」
「ああ、虎の子のIFS機は全部出ているからな」
接近すれば勝てると秋山は考えている。機動兵器に関してはこちらが圧倒的に有利なのは間違いなかった。
だが相手もその点は承知していたのだろう……後背を突く事は出来ないように手を講じていた。
光学兵器は歪曲場で防げるから、重力波砲が有効的だと秋山は知っていたが両方ともあと少し接近しなければならない。
しかしその一歩が互いに遠く、千日手の状態に陥りそうだった。
「……跳躍砲発射準備」
「艦長、あれは距離が?」
三郎太が試作の跳躍砲の飛距離を思い出して途惑っていた。
距離的に届かない事は秋山も知っている筈なのに準備しろと言うのだ。
跳ばしても艦隊の前面に出現して歪曲場で爆発を受け止められる。
だが、乗員達の想像を超える手段を秋山は提示した。
「整備班に連絡、試作の飛燕用歪曲場貫通弾を転送後、誘導できるか聞いてくれ」
起死回生の一手としてどうしても必要な事を秋山は整備班に問う。
この手段なら歪曲場の前面に出ても十分通用すると知って、全員が喜色を浮かべた。
『こちら整備班、一応、機構の一部を通常弾に移し変えて改修すれば誘導可能です』
「熱反応方式にして機関部狙う……何分掛かる?」
『……十分待って下さい』
「十五分で二発しろ。
失敗は許さん……出来るな?」
『装薬増やして破壊力も上げてみせます』
「上等だ」
整備班員と秋山の顔がにやりと笑うと二人は作業に入る。
「南雲に連絡しろ。
十五分後に敵艦隊の一角を切り崩す一手を行うと」
「了解!」
好機は一度、その時を待つ秋山達であった。
「艦長も無茶を言ってくれるぜ」
注文の難度を知って苦笑いしながら整備班は作業していた。
跳躍砲に使えないかと考えて艦長に進言しようかと思っていた矢先に告げられた。
一応の目処は立っていたので準備は早かったが、何ぶん試作だから上手く行くかは分からない。
「熱反応方式ならかなり命中し易くなりますね」
手を動かしながら一人が話す。
「ああ、機動爆雷のようにすれば大丈夫だろう」
最も命中率が高い方法を模索していたから、秋山の意見には賛成だった。
十三分後、秋山の元に報告が入る。
「整備班よりまず一発目準備完了しましたと。
それと、続けての準備を開始し待つと」
「よし、座標は敵艦隊直上。
そして準備が出来次第、第二射を行う。
第二射は艦隊直下にする」
上下に分けて揺さぶりを掛けると秋山は告げる。
戦艦かんなづきの切り札跳躍砲の出番がやってきた……その威力を敵艦隊はまだ知らない。
鉈のような武器と錫杖が交差する度に機体に衝撃が走る。
機体に損傷はないがぶつかり合う衝撃が激しく操縦席を揺らしている。
『くっくく、いいねえ。戦いって奴はこうでないと』
気分が高揚しているのか、相手は哄笑しながら戦っている様子だった。
「ふん、戦いの最中に笑うようではな。
それでは自分が未熟だと言っておるようなものよ」
『そうかい? 殺しって奴は楽しまねえと退屈でつまらんがな
必死で命乞いをする連中を見ると楽しくねえか?』
「外道よな。大義もなく、ただ楽しむだけか……それではあの男に勝てんのも当然だ」
北辰は既に気付いていた……最強の猛者と言われた男の正体が以前、自分が倒した名乗りを上げなかった戦士だと。
『白水は強かったが、狗だからな……年寄りどもは目を掛けていたのさ』
「なるほど……要はお主より腕が立ち、相手を選んでいたからか。
腕も立つ訳だ……弱い者にしか牙を向けない男など役立たずだな」
傀儡舞を仕掛けて相手の連続攻撃を回避する夜天光。
『傀儡舞か……やるじゃねえか』
「単なる座興だがあの男は我に一撃を与えたが……お主は出来んようだな」
比較しながら皮肉を入れ続ける北辰に閻水は、
『面倒だからな……要は最後に立っていれば問題ねえよ』
と言いながら皮肉を軽く流している。
相手をしている北辰は口先だけの男ではないと感じている。
自分の攻撃を受け流しては、その隙を突こうとしている油断ならない相手だ。
久しく現れなかった強敵の出現に北辰の戦士としての感情が高揚する。
上下に繰り出す連撃を回避して懐に飛び込もうとする飛燕を牽制する夜天光。
強度に問題があってこの場には無い刀であれば、更に苦戦すると北辰は感じていた。
だが、苦戦するだけで負けはしないという気持ちになっていたのも事実だった。
(確かに手強いが、奴に比べれば……もの足りぬな)
『くっくくっ、いいぜ……もっと楽しませてくれよ!』
哄笑しながら、更に踏み込んできた飛燕に北辰の勘が警鐘を鳴らした。北辰は反射的に機体を動かす。
「なっ、なに!?」
『ちっ、避けたか……いい勘してるな』
飛燕の口にあたる部分が開き、針を撃ち出してきた。
勘に従って回避できたが、一瞬でも判断が遅れていれば夜天光頭部は損傷していた。
「含み針だと? 貴様、暗器使いだな」
機動兵器に暗器を持ち込むという予想外の攻撃に北辰も驚いていた。
『驚いたか? 短かい針で、威力もないが不意を突くという点では便利だぜ!』
一瞬の動揺を見逃さず北辰に追撃を仕掛ける。
お互いの武器によって歪曲場は中和した状態だから短針銃でも通用するかもと北辰は思う。
幸いにも掠めただけだが……直撃を食らっていれば分からない。
「確かに驚きはしたが……外れたぞ」
閻水の飛燕の攻撃を捌きながら北辰は反撃に出ようとする時、
「ぬう……今度は鋼線か?」
右手から鋼の糸を飛ばして動きを絡めようとする閻水の飛燕。
これは北辰は知らないがエステバリスの武装の一つ――ワイヤードフィストからの流用だった。
ワイヤーだけを個別に出せるようにしただけ、だが目の前の飛燕は自分達が知る飛燕とは違う武装を隠し持っている。
飛燕には本来ワイヤードフィストは搭載されていない……佐竹が量産を効率化させる為に外していた。
そしてその部分には無人機用の補助動力装置に変更していた。その結果、飛燕はエステバリスより腕力がある。
だが、目の前の機体には自分の知らない武装がある。
安易に接近するべきではないか……北辰は判断に苦しむ事になるが、
(ふっふふっ、こうでなくてはな……こうでなければ面白くない)
自分でも悪い癖だと思っているが、手強い敵との戦いこそが最も楽しめると北辰は思う。
俄然、この戦いに対して気持ちが高揚していく事を抑え切れない北辰であった。
「あ、暗器使い……ま、また非常識な」
北辰達の戦闘を横目で見ていた烈風は呆れる気持ちと自分だったら引っ掛かっていたという気持ちでいた。
人型の飛燕だからそんな手も使えるかもしれないが、その為に装甲を薄くするのはどうかと思う。
他にも暗器を仕込んでいるなら、その分増設した機能によって装甲が犠牲になっている筈なのだ。
防御力を犠牲にしても大丈夫なのかと思ったが、考えを改める。
「自分の技量に絶対の自信があるという訳か……」
北辰の戦いを見ながらでも目の前の飛燕に対して隙を見せる事はないが、
「こいつも暗器があるのか?」
一撃で決めて、暗器を出させないようにしなければと烈風は考えている。
不意を突かれては隊長のように回避出来るとは思えない。
「参ったな……迂闊に飛び込めなくなった。
ちょっと面倒になりそうだが隊長は……喜んでいるな、間違いなく」
隊長は久々の強敵を相手に喜んでいると思う……部下の事よりも、絶対に自分の相手との戦いに意識が飛んでいるはずだ。
自分が周りを気にしなければならないが、一瞬でも目を離す訳には行かなくなった……何をするか、判断できない。
仲間の援護が難しくなったと考える烈風であった。
北辰の相手が暗器を使うと知って雷閃の顔色が変わる。
自分の前に立ち塞がった飛燕も同じ装備があるとやばいと感じていた。
「ちっ、このまま押し切る!」
先の先と言った戦い方が主体の雷閃は何が飛び出すか分からない暗器使いが苦手な存在だった。
戦闘には相性というものがある。どちらかというと後の先という相手は苦手な雷閃。
連続した攻撃で押し切るというのが雷閃の戦いで、小細工されると自分の戦い方を乱されると判断していた。
「暗器を出す前に叩く! っていうか……出すなよ!」
相手が暗器を使わないと信じて?戦うしかないと考える……雷閃だった。
北辰達が思わぬ苦戦をしている頃、秋山達の艦隊は切り札を発動させようとしていた。
「跳躍砲発射用意!
目標は中央に布陣する戦艦だ!」
「了解、艦長!
砲撃手、聞いたな!?」
「座標固定! いつでも行けます!」
「跳躍砲発射!」
秋山の指示にかんなづきの切り札の跳躍砲が発射された。
敵艦の直上に出現すると同時に急加速して歪曲場を貫いて機関部へと命中すると戦艦は炎上して爆散する。
「命中確認! 敵艦轟沈」
「続いて第二弾発射!」
秋山の号令に従って第二弾が跳躍する。直下から突き進む貫通弾は歪曲場を無視して命中した。
「よし、こちらも一気に肉迫して機動兵器戦に持ち込むぞ!」
かんなづきの跳躍砲によって敵艦隊に乱れが生じる。その隙を逃さずに南雲は部隊を前進させる。
中央に布陣していた二隻の戦艦が撃沈され、僅かに綻びが出来た瞬間に部隊が突入しようとする。
「あんな切り札があるとはな。
ちっ、陣形を整えろ!」
浮き足立つ部下達を一喝して艦隊の乱れを立て直して、容易には飛び込めないようにする。
「防空体制の強化だ!
第三弾は防ぐぞ」
「「「「「おおっす」」」」」
威勢良く部下達が声を上げて艦隊に指示を伝達するが、南雲の部隊の飛び込みに一歩……間に合わなかった。
南雲の部隊は損害を受けながらも敵艦隊を分断しようと突き進む。
「ちっ、目障りな野郎だ!」
「でも、ああいう男は嫌いじゃないでしょう?」
苛立つように叫ぶ副長だがその顔には笑みが浮かんでいる。命を懸ける男というのは嫌いではないのだ。
南雲のように危険を顧みずに敵陣の中央を駆け抜けようとする男は馬鹿だと思う反面……好感が持てていた。
「まあな、ああいう元気な野郎は嫌いじゃないぞ。
さて、頭に連絡を入れてくれ」
副長の指示に戦闘中の閻水に連絡が繋がる。
「すいません、頭……ヘマしちまいました」
『見てたぞ……あれは跳躍砲だな。
くそ爺どももちゃんと情報を送れって言うんだ。
それとも俺達が負けるのを望んでいるのか?』
「嫌われてますからね、俺達は」
『違いねえ……今日は挨拶みてえなもんだ。
挨拶も済んだし退くぞ』
「了解、こっちも退くぞ」
閻水の指示に忠実に行動を開始する。
突入してきた南雲の部隊の鼻先に無人機を集めると全機……自爆させるという手段で目を奪う。
機雷原の中で一箇所だけ巧妙に隠していた回廊を潜り抜け、敵艦隊は退却する。
『今日のところは挨拶代わりだ。
次に会う時が決着の時だ』
互いの武器を撃ちつけた反動で距離と取った北辰に閻水は告げる。
『元々元老院が何をしようと関係ねえ……俺達は俺達のやりたいようにする』
「大義なき殺戮などつまらんと思うが?」
北辰自身は必要とあらば、市民船の一つや二つ沈めてもいいかと考える。
勝たねばならないのなら手段を選んでいる場合ではないと承知しているのだ。
だが目の前の閻水は愉しむ為に殺すと言う……相容れぬ存在だと北辰は理解する。
この男は味方にはならないし、戦場で殺すしかないと判断していた。
『野良犬でいい……誰かの狗っころになる気はねえんだよ』
機体を翻して去って行く十二機の飛燕を北辰は追わずに眺めていた。
『隊長……楽しんでますね?』
烈風が半ば諦めた様子で聞いてくる。
「お前に任せる……我の邪魔をするなよ」
「……聞いての通りだ。くれぐれも隊長の間に入るなよ」
ガックリと肩を落とす烈風に北辰を除く全員が苦笑していた。
「ちくしょう! 後一歩まで!」
南雲が歯軋りしながら逃げて行く艦隊に苛立っていた。これから飛燕とジンを使って倒す筈だった。
逃がした獲物の大きさに南雲は残念に思う感情と、次の犠牲者が出る可能性を思うと苦々しく顔を顰めている。
『無事か?』
「ええ、ですが逃がしました」
『年寄りどもの切り札だ……そう簡単には勝てんさ』
秋山からの通信に南雲は僅かに苛立ちを抑えて話す。
「次は逃がしません。
必ず次で終わらせます!」
『そうだな……こんなものは二度も見る気はないな』
やり場のない悲しみが二人の胸にある。
南雲は自分が信じてきた正義が欲望によって貶められ、無残な姿になっている事に。
秋山は正義という言葉に踊らされている木連の未来の姿を想像して心に暗い影を落としていた。
そして正義を叫び扇動する元老院には憤りを感じていた。
『周囲の警戒と奴等の行方を調べる。
それと……彼らの弔いのな』
「……はい」
通信を終えると二人は艦を動かして作業に入る。
作業を行う者はそれぞれ木連の正義とは何なんだと疑問を浮かべている。
そして自分達がしている事は正しいのかと今になって考えていた。
「どうでした?」
「面白くなってきたぞ」
副長が艦橋に戻ってきた閻水に尋ねると閻水は笑みを浮かべている。その顔は新しい玩具を手に入れた子供のようだった。
「すいません……しくじって」
「もう少し楽しみたいんでな……最初はあれでいいさ。
跳躍砲なんて物を搭載していたとは俺も思わなかったから気にするな」
「次はどうします?」
「そうだな……適当に見つかる様にして誘き出すか?」
閻水の考えを聞いて副長は手元の画面に宙域図を出して話す。
「では、この宙域で待ち構えましょう。
今度はきっちり決着が付くようにしますぜ」
画面に映し出された宙域を見て、閻水は目を細めて頷く。
「ここなら邪魔は入らんな」
「では艦隊を移動します」
「おう」
移動先を決めて艦隊は動き出す……行く先はこの二人しか知らない。
ただ判っているのは市民船ではなく、別の宙域だという事だけだった。
―――市民船れいげつ―――
秋山から送られてきた映像に作戦会議室にいた士官は愕然としていた。
一方的な殺戮というような光景に顔を青褪めていた。
そして、それを行ったのが同胞だったので更に暗い影を落としていた。
「まあ、今更だが戦争の残酷さが浮き彫りになったな。
これと同じ事を火星にしたんだ……根は深いかもしれんぞ」
村上の意見に草壁も自分が行った戦術が相当危険なものだったと感じている。
奪った命が戻る事はない……詫びて済むような事ではない。
だが、詫びる事で市民の移住の第一歩となるのなら、頭を幾らでも下げてみせると決意する。
生きてゆく場所が必要なのだ……自給自足が出来るまでは。
まだ地球との戦いは続いている。仮に停戦したとしても互いの住民感情はいがみ合う可能性が高い。
連合政府は自分達の不始末を誤魔化し、木星蜥蜴という不名誉な言い方で貶めていた。
連合市民は事実を知った今なら少しはましになるかもしれないが犠牲が出た事を考えれば変わらない可能性もある。
火星とて住民感情を鑑みると上手く移住が出来るか判らない。
五里霧中という状態で手探りしながら木連が生きる道を示さねばならない……やるべき事が山ほどあると草壁は思っていた。
草壁が考えに夢中になりかけた時、パンパンと手を叩いて士官達の視線を集める者が居た。
「顔を上げるんだ。俺達が沈んだままでは何も変わりはせん。
苦しいですが、そんな時こそ胸を張って行きましょう……失った信頼を取り戻す為に」
新城が立ち上がり士官達を激励する。
「そうだ、逆境を乗り越えてこそ木連男児だろ。
今こそ奮い立たねばならん……負ければ、彼らは嵩に掛かって地球と火星に同じ事をする。
絶対に負けられぬ戦いなんだ」
白鳥も同じように奮い立たせるように声を出している。士官達も次第に血色を取り戻して気合を入れ直していた。
「俯いている奴らばかりじゃない……ああいう男達がいれば木連の魂は滅びんよ」
「そうだな」
嬉しそうな声で村上が草壁に聞こえるように話すと、草壁も同じように返事をする。
逆境で諦めない、それこそが木連だと感じる。
そしてその魂は皆の心に根付いていると思うと嬉しさが込み上げて来る二人であった。
同じように各市民船に送られている映像を傍受した月臣はあまりの光景に怒っている。
「クソッ! そんなに俺が信用できないのか!?」
またも完全な補給は出来ずにいた苛立ちと自分が負けたのが原因と安西に言われたのがやり場のない怒りになっていた。
「……終わったかな?」
「どういう意味だ!?」
安西がポツリと零した声を聞いた月臣が檄昂する。
「あのな……こんな事をした連中を市民が受け入れると思うか?」
「俺がやった訳じゃない! 俺はこのような暴挙などしないぞ!」
「信じるか、信じないかは俺達が決めるんじゃない……市民だ。
口では正義と言いながら、このような暴挙を行った以上は信じてもらえるか判らんぞ。
さすがにこれはやり過ぎだと思うが、こうなる可能性は最初からあった。
俺達が勝っても、俺達を受け入れない者とは戦う事になる。
そういう事態になれば市民船を攻撃するんだ……ここまでとは言わないが、これに近い状況にはなるさ」
安西の言っている事は間違ってはいない。ただ月臣はその事実を見ようとしなかっただけ……。
「どうする……このまま艦隊を戻して退くか、それとも同胞殺しを続けるか?」
安西の言葉が重く圧し掛かる。
「まあ、退いた処で俺達が逆賊には変わらんが」
冷めた目で月臣を見ながら安西は幾つかの未来を提示する。
「このまま投降して反逆者として処罰されるか?
勝ち続けて非難を浴びながら木連を勝利へと導くか?
それとも元老院に反旗を翻して、その首を持って赦しを請うか?
他にもあるかもしれんが、どの道を選んでも不名誉な肩書きを常に背負う事になるがな」
反逆者、同胞殺しの英雄、裏切り者と言った名が付いて回ると安西は告げた。
「お前はどうする?」
「俺はお前とは違う。最初から汚名を背負う覚悟を持って此処に所属している。
木連を勝利に導く……それが俺の望みだ。
今頃になって迷う惰弱な男は必要ない。さっさと荷物をまとめて出て行くんだな」
人に意見を求めるな、自分で決めろと安西は告げ、もはや月臣には用がないと言うように艦隊の指示を部下達に出していく。
「ま、待て、俺が指揮官だ。勝手な指示を出すな」
「言ったはずだ……覚悟のない男に用はないと。
艦隊はお前の玩具ではない……部下を見捨てる訳にはいかんのだ」
自分を信じて付いてきた部下達がいる事を告げて、戻れぬ道に入ったと教える安西。
「承知している!
戻れないなら突き進むだけだ!」
そう叫んで月臣は艦隊を動かす……海藤率いる第二艦隊と戦う為に。
戻れぬ道、血塗られた道を月臣は選択した……その結果はまもなく出るだろう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
暴走する狂気と戦う北辰達と戻れぬ道に入ったと自覚する月臣を書いてみました。
木連の人って極端に物事を決めつける人が多いと思います。
月臣はその最たる例ですね。
原作では正義だと草壁に告げられて白鳥を暗殺するし、その後は後悔からか、熱血クーデターを起すは。
でもその後、自分が器ではないと勝手に思ったのか、木連からネルガルに何故か移っているし。
木連を混乱させては逃げる感じですね。
まあ何処かに潜伏した草壁を追ったのかも知れませんが、それなら木連の組織を有効に活用するべきではないかと思います。
自身の価値を知らない熱血馬鹿らしいかもしれませんが。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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