回避可能な戦いが始まる
過ちを認める事が出来れば起きない戦い
これが人の愚かさだと思う
何時か……この愚かさから抜け出せる日が来るのだろうか
僕たちの独立戦争 第百十六話
著 EFF
連合宇宙軍艦隊は進路をL3コロニーへ向けて進軍を開始した。
俄作りの急造艦隊だが何とかまとまりを見せて星の海を航海している。
まず最初に遭遇したのは無人偵察機同士の威力偵察だった。
地球側の無人偵察機は偵察を主目的に開発されているので攻撃力はあまり高くない。
対する木連側は無人機が主力の為に偵察機にも十分な攻撃力があった。
互いの存在を確認して情報を送ると同時に地球側は最大戦速で後退しようとするが、木連側の無人機は許さなかった。
攻撃範囲内に接敵した木連側の無人機は攻撃を開始する。
地球側の無人偵察機は全機落とされたが、木連側は損害を出しつつも更なる情報を送り続けていた。
どちらの陣営も予想通りの展開だと考えている。
火星宇宙軍の侵攻によって地球連合軍の進行方向の選択肢は一つにせざるを得なかった。
月を落とすリスクが大幅に増えたので、連合議会も月への攻撃は承認しなかった。
月へ進軍する時に連合宇宙軍はどうしてもその後背を火星宇宙軍に曝け出してしまう。
一気に月を陥落させて、返す刀で火星宇宙軍と戦うのは月に存在する木連の主力艦隊のおかげで不可能だった。
威力偵察で連合宇宙軍と同数の艦隊を保持しているを知っている以上は時間が掛かり、損害を受けた状態での連戦は厳しい。
その結果、最前線のL3コロニーを陥落させる選択肢しか地球側には無かった。
先にL5コロニーを落とす意見もあったが、この場合は木連に対して背を見せる事になるのでリスクは同程度あった。
L3コロニーなら進行方向上、両方に背を向ける事が無く……リスクが小さかった。
地球側の司令官ドーソン・カスツールは平時の司令官としては優秀だが戦時下での司令官としては凡将だった。
権謀策術に関しては一流だが……殊、実戦に関しては二流、三流の指揮官としての能力しかない。
力押しという選択が基本スタイルなので、核という切り札を手にした瞬間から自身の戦術を狭めていた。
そして自分が安全な場所にいて勝利するという考えの持ち主でもあった。
そんな器の持ち主に人が付いて行く事はなく……艦隊の士気はあまり高くはなかった。
対する木連艦隊の提督、高木恭一朗は自身が陣頭に立ち、指揮を執る本物の武人だった。
如何なる逆境があろうと逃げる姿を見せずに、立ち向かう姿勢を見せる事で兵の尊敬を得る事が出来ると高木は知っていた。
媚びぬ、退かぬ……自身の手で未来を切り拓き勝ち取るが、高木の信念。
危険な任務も自身から率先して行う高木の姿に木連の兵士は信頼、尊敬し、艦隊の士気は高い。
L3コロニーに進軍する連合宇宙軍を迎え撃つ為に自分が先頭に立ち、危難を自身と仲間の手で振り払おうとしていた。
両軍の兵士の士気の差はかなり開いていた。
「肉を斬らして、骨を絶つ――千隻の損害は痛いが確実に撃破出来るのなら悪くない」
旗艦さくらづきの艦橋で高木は本作戦の重要性を理解し、真剣な顔で作戦内容を確認している。
「こっちとしては痛いんですが……戦後の事を考えると悪くないから困るんです」
無人艦千隻の損失を考えると頭が痛くなる大作だが、後々の事を考えると文句は言えない。
勝つ事も重要だが、地球側の失策を利用する事も木連にとっては重要だと承知している。
地球が核を使用した事実を交渉の席で有効活用したいという点は大作も理解している。
承知してはいるが……現場の管理者でもある大作にとっては艦の消失は頭の痛い話だった事には変わりはなかった。
L3に駐留していた艦隊と合流して、決戦の準備は既に整え終えていた。
旗艦ユキカゼのブリッジでドーソンは自身の勝利を微塵も疑っていなかった。
先行させていた無人偵察機からの報告を聞いた時に顔は綻び笑みを浮かべていた。
「く、くく、地球側の大勝利のために出てきてくれたか……く、くはは」
狂気を含んだ笑顔にブリッジ要員は寒気と怖気を感じている。
マトモじゃないと誰もが感じているが、そんな視線にさえ気付かずにドーソンは愉快に哂う。
「推定接触時間は?」
「約10時間後になります」
ドーソンの問いに参謀が答えるとドーソンはミスマル、ウエムラの両翼の艦隊に通信を開く。
「聞いての通りだ。約10時間後に我々は木連艦隊と戦い……勝利する!
連合議会の承認を得た以上は確実に損害を減らして、月へ進軍する為に核を使用する」
はっきりと明言した事に両提督は険しい顔をする。
二人とも核の使用に関しては色々面倒な事になると思っている。
『よろしいのか? 対人戦に……核を使用しても』
ミスマル・コウイチロウは核の使用はするべきではないと匂わせる発言をするが、
「許可は貰っている。
それに相手は木星蜥蜴であって……人類ではない」
事実を捏造した発言でコウイチロウの意見を封じ込めた。
『どちらにしても勝たねばならん以上は使用も致し方ありませんな』
「然様、連合に逆らう存在を認める訳には行かんのだ。
まず月を取り戻し、そして反逆者である火星を制圧する。
これはその為の第一歩なのだよ」
自身の意見を認めたウエムラに合わせる様にドーソンは告げる。
二対一の状況になり、コウイチロウの意見は黙殺され……ドーソンの口から決戦後の展開も告げられる。
「艦隊決戦後、我々は月へと進軍する。
敵の増援が来る前に月を奪還して備える。
月を陥落させてしまえば、L3、L5を孤立させる事も可能だ。
両艦隊の奮起を期待している」
『しかし―――』
既に決まった事と告げるようにコウイチロウの意見に耳を貸さずに通信を切る。
ナデシコのブリッジでコウイチロウはため息を吐く。
通信を聞いていたブリッジのオペレーターは芳しくない状況に不安な様子を隠せずにいる。
決定事項に逆らう事は軍の規律を乱す事なので出来ない……自分は軍人なのだと自分に言い聞かせる。
「コウちゃん……シャクヤクが後方支援を行ってくれるらしい。
撤退のタイミングを間違わないように気を付けよう」
息子から極秘で話を聞いているヨシサダは最善の手段を模索している。
現状での戦闘に勝てるとはどうしても考えられなかったので、撤退も頭に入れている。
「……それしかないようだな」
「残念だが、火星の艦隊が動き出したみたいだ。
こちらの目は全て潰されたので位置は特定出来んが……介入してくる可能性は高いぞ」
L5コロニー付近を偵察させていた無人偵察機からの連絡は途絶えた。
ムネタケ・ヨシサダは間違いなく火星が介入してくると読んでいる。
「木連と火星の両艦隊の総数を合わせると少なくとも五千は固い……核で削ったとしても艦隊の数は五分くらいになる。
その後は純粋な力比べだ。そうなるとナデシコ級を数隻用意している火星の方が有利かもしれん」
「ヨッちゃんの言う通りだな……見極める必要があるな」
二人は真剣な表情で戦況を予測して、万一に備えて将兵の無駄死にを減らそうと計画していた。
同刻、火星宇宙軍も同じ宙域に艦隊を向けている。
「先行しているファントム(改)の状況は?」
旗艦ランサーのブリッジでゲイルがオペレーターに尋ねる。
ファントムの外装を変更した際に若干の仕様の変更を行い改装。
形状だけではなく、内部も更に進化したファントムにクロノが乗艦している事は全員に鬼に金棒の印象を与えている。
「宙域の状況を的確に送って来られています」
スクリーンに投影される宙域図にゲイルは目を向ける。
「予測通りの展開になりそうだな」
木連、地球の艦隊の動きはこちらがシミュレーションした通りの動きで艦隊を展開させている。
「まあ、木連の方はこちらの要請を聞いてくれたんだが」
本国の命令もあったと思うが、高木は先を見越した火星の動きに理解を示してくれた。
不本意な点もあるが高木はそれも飲み込んで勝利する事を優先した……おかげで本作戦の不安要素の一つが解消された。
木連艦隊の協力があってこその本作戦なのだ。彼らの協力のおかげで成功率は格段に上昇していた。
潜航するファントムの存在に気付ける者は滅多にいない。
完成当初は絶対にいないと断言していたが、その自信は一人の人物が簡単に打ち砕いた。
スタッフが知るその人物はファントムのブリッジで指揮を執っているから、安心はしているが戦場に絶対という単語はないと今では理解しているから油断するよ
うな真似はしていない。
「順調に進んでいるみたいだな」
「そうですね、クロノ」
「……ダッシュ、NS弾の調整は万全か?」
『問題ありません。予備の弾頭も全て調整が完了しています』
第二段の核攻撃を阻止するNS(ニュートロン・スタンピーダー)弾頭の調整の確認をするクロノ。
今回の作戦で一番重要な武器なので万全と聞いて一安心してから……最大の疑問をアクアに尋ねる。
「ところで……アクア、ユートピアコロニーの仕事はどうしたんだ?
まさかとは思うが……放り出して来たんじゃないだろうな」
クロノが聞いていた話ではアクアが来れない位の量の仕事があった筈だが……ここにいる。
仕事を丸投げするような無責任なアクアじゃないと知っているだけに大きく疑問が沸き出て仕方なかった。
「ルリが行政府に直接交渉して臨時で仕事をしています」
クスクスととても可笑しそうにアクアが笑う。
ルリの本命がクラスの皆に知られてしまい、からかわれるので冷却期間が欲しいらしくて――シャロンにお願いしたのだ。
子供の我侭という事で切って捨てるのは出来ない。これは政府にとっては魅力的な話だった。
ルリのような未成年の子供を戦場に出す事は避けたいが……行政の仕事なら人手不足の為という言い訳も使えない事もない。
実際に人手不足の部署もあるし、ルリ自身が優秀なオペレーターである事は既に知っている。
責任者として重要な案件に係わらせるのは不味いとしてもオペレーターとして作業を行ってもらうのは問題はない。
政府にとってはアクアを一時的でも行政府から解放して、この作戦に参加できるので今回は特別という事で許可した。
「ジュールの事、クラスの皆にバレたんですって」
「そりゃ大変だ。ルリちゃんは人気者だけど……もしかして嵌めたのか?」
「さあ、どうでしょうか?」
楽しそうに笑うアクアにブリッジのクルー全員が確信犯だと思っていた。
「今回ばかりはルリちゃんには申し訳ないが……良しとするか」
「ええ、この艦隊決戦は是が非でも負ける訳には行きませんから……使えるものは何でも使わないと」
ルリには悪いと思っているが……クロノもアクアも火星、木連がこの艦隊決戦に負ける事が許されないと承知している。
「帰ったら……膝詰め談判かな?」
「う…………誤魔化せると良いんですが」
クロノの予想にアクアは青褪めた顔で希望的観測を述べる。
「……無理だと思うぞ」
『姉さん……帰ってきたら話がありますから』
クロノが残念そうに話すとアクアの前にウィンドウが開いてジト目のルリが告げて……消えた。
「…………ジュールを人身御供に差し出そうかしら?」
「それするとアクアがこっちに残る事になるから……泣き出すからダメだな」
クロノが長期の作戦に出ると決まって、下の三人の娘が泣きそうな顔で見送っていた。
更にアクアまで居なくなるとなれば、再び地球遠征の二の舞になる。
さすがに最前線のコロニーに子供を来させるのは政府も許可しないと思うので、
「……頑張れ」
とクロノはアクアの肩を叩いて激励のエールを贈る。
因果応報、もしくは自業自得だろうなとブリッジクルー全員が……アクアの冥福を祈っていた。
ユートピアコロニー復興本部で仕事中のルリは周囲の人間が思わず退くようなダークなオーラを醸し出していた。
「姉さん……帰ってきたらキッチリと話し合いましょうね」
「ま、まあ、ルリさんの大切な人も早く帰って来れる様に頑張っているので……」
カグヤが責任者としても責務から恐る恐る話しかける。
「……学校に通えないんです。顔を合わすと……聞かれてしまうんです」
真っ赤な顔でルリは学校での事を話す。ジュールの事を知られてからは男子、女子共に追究の声を聞かされる。
女子の方は興味本位だが、男子の方は親の仇とでも言わんばかりに血走った目で尋ねてくる。
一応危ない状況になるとアリシア達が救いの手を差し伸べてくれるが……ちょっと怖くて退いてしまう。
「た、大変なのね」
カグヤとしても目の前の少女が人気者だという事は十分に理解している。
初見では冷たい硬質な感じの少女と感じたがそんなイメージは全くなく……笑うとアクアに似て、好感の持てる笑顔になる。
年齢以上に大人びた感じはするけど、年相応に柔らかく微笑んでスタッフを和ませたりもする。
仕事に関しても問題なくこなしてくれるから……非常にありがたいと思う。
アクアの代わりに子供?という事に難色を示していた自分が甘いとはっきりと実感した。
紛れもなく、目の前の少女は次代を担う人材の一人だと今では確信していた。
「私も好きな殿方がいますが……朴念仁なので苦労してますわ」
「テンカワさんですね。あの人は天然物の朴念仁ですから……非常に大変ですよ」
深くて重いため息をルリは吐いてカグヤに話す。
「いい人なんですが、自分の事となると鈍いんですよね」
「全く以ってその通りですわ!」
「ジュールさんも意外と鈍いんです。
男の人って、皆さん同じなんでしょうか?」
「……お互い苦労してますわね」
何故か二人は似たような苦労から共感を感じ、ため息を吐いていた。
「「もう少し……気付いて欲しい(ですわ)んです」」
少女のルリと成人女性のカグヤの二人が世代を超えた深い友情を築く日は近いと全員が感じていた。
そんな時、開戦速報が火星全域に発表された。
『臨時速報をお伝えします。
まもなく地球連合宇宙軍と木連の艦隊が接触し、艦隊決戦へと移行します』
「始まりましたわ」
「ジュールさん、姉さん、兄さん……ご無事で」
不安そうな顔で呟くルリに、
「大丈夫ですわ。皆さん、きっと無事に帰ってきます」
優しく微笑んでカグヤが告げる。
「元軍人の私が保障しますわ。
火星宇宙軍の艦隊は今現在はどの星よりも優秀です」
「そうですね……姉さん達を信じないと」
不安はあるのだろうが押し隠すように笑うルリの頭をカグヤは優しく撫でていた。
同じ頃、地球側でも真剣な表情で決戦を見つめる者がいた。
ネルガルの会長室でエリナとアカツキは真剣な眼差しで送られてくる映像を見ていた。
「……始まったわね」
「シャクヤクは予定通り進んでいるみたいだけど」
「出来ればナデシコは生還して欲しいわ」
「カキツバタはダメだろうな」
「火星宇宙軍が見逃す事はないわね。
ウエムラ提督は悪い人じゃないけど……火星を属国扱いしているから」
公正明大なのは地球連合軍内部だけで……木連にも火星にも配慮に欠けているのだ。
将来に禍根を遺しそうなそんな人物を火星が見逃すとはとても思えない。
エリナは初陣で沈むだろうカキツバタを思うとため息しか出ない。
アカツキも最新鋭艦を初戦で失うのは勿体無いなと思うが、既に売った後で元は取っているので仕方ないと割り切っていた。
同じようにクリムゾンの会長室でロバート、ミハイル、そしてシオンとロベリアが見つめる。
「これで一応の決着が付くと良いな」
「付いてもらわないと困ります。
これ以上の引き伸ばしは出来ませんから」
クリムゾンの造船施設の再建を延ばすのはもう限界に近い事をミハイルは指摘する。
「泥沼になるか……停戦へと動く状況になるかは、これで決まる。
問題は木連がこちらの失点を有効活用するか次第だな」
「上手く使ってくれると考えるしかありませんな。
幸いにも強硬策を打ち出す様な人物はかなり減っていますので……後は信じるだけです」
ロベリアが不安な顔で話すがシオンは落ち着いた様子で告げる。
「それに関しては私が責任を持って話し合いの場を作ってみせる。
こんな無責任な戦争など二度を起こさせん」
「そうしないと曾孫の顔を見に行くのが大変になるから期待するぞ」
「……曾孫か?」
「羨ましいか?」
「う、羨ましくなんか……」
楽しそうに話すロバートに悔しがるシオンの二人に苦笑するミハイルとロベリアだった。
先手を取ったのは木連だった。
地球側の無人偵察機を破壊した木連側の偵察機はそのまま地球側の動きを送り続けていた。
進路から地球側の動きを予測した高木は三原の分艦隊を右翼のナデシコ艦隊の側面を突ける様に迂回させて移動させる。
一時的に艦隊の総数が三千四百になるが、右翼の旗艦ナデシコを沈めなければ……今後の展開を左右しかねない。
今宇宙に出ている地球側の重力波砲搭載の相転移機関船は三隻。
これを撃沈する事で戦争を継続する時に地球側の相転移機関を地上に封じ込める事が楽になる。
月で修理中のマスドライバーはまもなく修理が完了する。
地球側が相転移機関の戦艦を宇宙に上げる時にどうしてもビッグバリアを解除する事になる。
その瞬間を狙い撃ちするように使用すれば……地球側は宇宙へ戦艦を出す事が難しくなるのだ。
真空を相転移する事でその機能を発揮する相転移エンジンにとって大気中では限界を見せる事は叶わない。
僅かでも開発を遅らせる間に戦力の再編と強化を行うには……今宇宙に出ている三隻は邪魔だった。
高木にとって不運だったのは地球側の動きが偶然にも……もう一隻の戦艦シャクヤクの動きを隠した事だった。
「あれさえなければ完勝だったんだが……」と後年、高木が悔しそうに話していた事が何よりもの証明になっていた。
分艦隊旗艦しんげつの艦橋で三原は上松に話す。
「挟撃できると思うか?」
「ぎりぎりの線だな……どうも地球側の動きが不自然だ。
明らかに右翼のナデシコ艦隊は動きを抑えている……慎重過ぎるくらいに警戒している」
画面に映る敵艦隊の動きを見ながら上松は告げる。
「左翼の方はやる気満々に見えるが……右翼はへっぴり腰だな。
石橋を叩いて渡ると言うか……挟撃を視野に入れたような動きをしやがる」
「ちっ! 面倒な事になりそうだな」
「予想としては後方から支援する艦隊が来る可能性もあるな」
上松の予測に三原は疑問点を出す。
「だが、地球に予備があるのか?」
地球側の戦力に余剰分はそう無かった筈と本国は予想しているし、現場の参謀長の三山大作に、この艦隊の知恵袋である上松も同じ結論に達していた。
「可能性としては相転移炉を搭載し、重力波砲を持つ戦艦だな」
「ナデシコ級か!?」
「そうだ。ナデシコ級一隻なら十分対応出来るし、撤退に備えるならば……未完成でも活用できる」
「……可能性は高そうだな。
本隊に通信を入れておくべきか?」
「既に入れておいた」
「返事はなんと?」
「"可能な限り撃沈せよ"だ。
こっちもそう余裕がない事を本隊も知っている。
どちらか一隻でも撃沈できれば幸運だと考えているんだろうな」
地球側は数では中央が一番多いが左翼、右翼の方が攻撃力はある事を自分達は知っている。
左翼は火星が受け持ち、状況によっては中央の支援も行う手筈になっている。
「……右翼は激戦になるかもしれんな」
「ふん、望むところよ!」
気合十分の迫力ある声で三原が乗組員達を鼓舞するように話す。
「まあ、使える新型機もあるから手加減する気もないがな」
上松が底冷えするような情け容赦ない視線で右翼の艦隊を見つめている。
「く、くく、ナデシコか……相手にとって不足なしだ。
容赦なく狩り取って見せるぞ」
士気高揚する分艦隊が牙を剥いてナデシコ艦隊に襲い掛かろうとしていた。
旗艦さくらづきの艦橋で大作が少し悔しそうに言う。
「三原さん、上松さんに大金星の好機を与えそうですね」
「そいつは残念だな。やはりナデシコ級が来そうなのか?」
「右翼の動きはやや不自然ですよ。
何か……迷いがあるような動きです」
「はん! 戦場に迷いを持ち込むなど言語道断よ!
迷いを持ちながら勝てると思うほど俺達を舐めると相応の報いをくれてやるぞ!!」
不愉快極まりないと言った表情で高木が叫ぶと乗組員も同じように頷いている。
地球の戦争に対する認識の甘さには限度に来ている……まして核を私用する以上は生かして帰す気はない。
「目指すは完全勝利!
中央で核の使用を決断したこの戦争の元凶たる人物は抹殺する!!」
「当然です。その為にも冷静に熱くならずに戦いますよ……逃がさない為にね」
「お、大作も気合が入っているな」
高木がいつも一歩引いた感じでいる相棒を頼もしそうに見る。
「この一戦に木連に未来が懸かっていますから、今回は本気でやらせてもらいます」
冷静沈着な参謀長が本気になると宣言したので艦橋の乗組員はますます気合が入る。
熱血――燃え滾る熱い血を更に沸かせて木連艦隊は決戦の場へと突き進んでいた。
左翼のカキツバタ艦隊は右翼のナデシコ艦隊より僅かに先行していた。
本来はツートップの形か、三艦隊が横並びになる形だが艦隊の陣形はやや斜めの形に変化していた。
「……少し出過ぎたな」
カキツバタのブリッジでウエムラは全体図を見て……口から漏らした。
「確かに……あまりでしゃばると司令官殿がうるさいので落としますか?」
「そうだな」
副官のミサキ・シンヤが進言するとウエムラも余計な口出しをされるのが嫌なので同意する。
「艦隊の進軍速度を中央に合わせる」
ミサキの指示に操舵手は速度調整を行い、艦隊もそれにあわせて進軍速度の調整を行って突出を避ける。
「無人偵察機を側面に射出しろ」
「了解、火星宇宙軍への牽制ですね」
ミサキの確認の声にウエムラは頷く。そして艦隊から無人偵察機が艦隊の側面に向かって目を伸ばしていく。
「漁夫の利……いや、弱者ゆえの行動だな」
ウエムラは嘲るように火星宇宙軍の行動を決めつける。
鹵獲した無人戦艦を改修して数を合わせて必死に戦う火星の姿を滑稽と判断している。
「ミスマルは火星を侮るなと言っていたが……所詮は植民星だ」
コウイチロウへの対抗心もあるので火星などあっさりと倒してみせると息巻く。
戦艦カキツバタの性能を実際に知ったので、その自信は絶対のものになっている。
コウイチロウより先に最新鋭の戦艦を入手出来たのは優越感があったから、この戦いで手柄を取り一気に差を付けたい。
そんな考えもウエムラの胸の内にはあり、絶対に退く気はなかった。
火星宇宙軍の艦隊は先行したファントム以外は艦隊戦が始まってから乱入する予定で進軍している。
ゲイルは宙航図を見ながら全体の動きをこまめに監視して速度を調整している。
「そのまま出るかと思ったが速度を落としてきた……まあ、自軍の核攻撃の巻き添えはゴメンと言うわけだ」
「地球の傲慢さには呆れますね」
副官のワタライが困ったものだと呟いている。
「こちらとしては後々の事を考えると連合政府が馬鹿やってくれる方が助かるんだよ」
相手の失策に乗じて、こちらに有利な条件を提示するのは交渉事では当たり前の事だとゲイルは思う。
「木連にとっては月を確保出来る条件を出せる可能性もある。
ウチとしても地球の頭を木連が押さえてくれると色々都合が良いのは間違いない」
連合宇宙軍が火星に侵攻する場合、月に木連の艦隊が駐留していれば牽制になる。
木連にとっては火種を抱え込む事になるかもしれないが、移住先として祖先が暮らしていた場所に帰りたいと願う者もいる。
火星、そして月に移住する事になれば火星に侵攻する地球連合軍を見逃す事はない。
この決戦で勝利すれば、現政権はまず間違いなく責任追及の手を逃れる事は出来ずに自壊していく。
地祇の政権を取る筈のシオン達は対話から始めて新しい関係を模索してくれるだろう。
だが、戦後の安定は火星も木連も重要項目であると同時に……備えは常に考えなければならない。
一部の傲慢な人間が始めた戦争だが、地球側に責任の重さはあるので……地球だけに任せられないのだ。
――既に戦後の政治の話は始まっていた。
「まあ政治の話は頼れる大統領達に任せるとして、俺達はその為の道を切り拓いておかないとな」
エドワードの政治手腕を疑うスタッフはいない。
火星の独立をスタートさせて幾つもの難しい政治的な問題を解決しているのをこの目で見てきた。
頭ごなしに反対意見を否定せずに反対意見の中に有効な手段があれば、その部分を活用する事も辞さない姿勢だ。
感情論では絶対に動かないが、理を持って意見を述べる者には耳を傾けて出来る範囲内で動く。
柔軟な思考で一本ビシッと芯が通った投げ出さない政治家――エドワード・ヒューズ大統領として火星では認知されていた。
独立直後の火星の政治が安定していたのはエドワードのリーダーとしての器の大きさによるものと後の歴史家達は分析していた。
「火星の抱える問題は色々複雑だが、大統領の下で俺達が頑張れば解決出来ない事はないさ」
航宙図から目を離さずにゲイルは話す。
「そうですね。背中に頼りになる人達がいますから安心して戦えます」
ワタライの声にスタッフ一同が何度も頷いている。
そんなブリッジの様子を目の端に留めながらゲイルは告げる。
「そろそろ無人偵察機と接触する可能性もある。
こちらも無人機を出して迎撃するぞ」
「了解、提督!」
ワタライは敬礼するとスタッフに指示を出している。
火星宇宙軍もまもなく戦場に足を踏み入れて……その身に備えた牙を連合宇宙軍に突き立てる。
後に惑星間戦争の始まりと呼ばれる――最初の艦隊決戦の幕開けであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
いよいよ次回は艦隊決戦です。
ここまで持ってくるのは……書き始めて、このペースを維持しつつテンションを保つのって大変でした。
自分でもよくここまで書けたものだと偶に思います。
実際一時期は全然進まずに苦悩してましたから。
それでは次回でお会いしましょう。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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