世界は動き出す

人の思いを集めて流れを作る

ささやかな幸せを求める

その積み重ねの先に平和があると信じている

未来を築くのは子供達である

何故なら誰よりも自由な発想を持っているからだ



僕たちの独立戦争  第百二十二話
著 EFF


定期健診を終えたシャロンにイネスはカルテを見ながら答える。

「母子共に健康ね。性別は男の子よ」

「……男の子か」

イネスの告げた内容にシャロンは安堵しながら困った顔をしている。

「あら、女の子のほうが良かったの?」

「微妙なとこなのよ。父親に似て、わんぱくになると思うと」

シャロンが苦笑しながら話すとイネスも納得しながら話す。

「子煩悩で良いお父さんになってくれるわよ」

シャロンのお腹にいる子供の父親の事は良く知っている。

この戦いで常に最前線に立って指揮を執っている頼りになる人物というのがイネスの見立てである。

兵士達の気持ちを理解し、常に共に在らんとする姿勢は好感が持てる。

そして意外な事に子供好きという一面もあった。

男の子が生まれたらスポーツやら、遊びを教えて一緒に楽しむんだと笑いながら話していた。

「子供と遊びまわる父親になるのも考えものだけど?」

「そうかもしれないけど……お互い父親には縁がないから理想が高いとか?」

「……そうかもね」

イネスもシャロンも父親とは縁が薄い。

実の両親とは離れ離れだったイネスは父親というものを良く知らない。

拾って育て上げた人物には感謝しているが記憶喪失の所為で一線を引いていた部分があった。

シャロンにしても父親であるリチャードから親らしい事をしてもらった事がないので父親というものを知らないまま育った部分がある。

そういう理由からお互いの家族関係を知っているので苦笑する二人だった。

「不安になるのは仕方ないわね。

 多かれ少なかれ火星で出産する事に不安を感じない女性は多いのよ。

 産科のドクターがカウンセリングで苦労してるって聞いたわ」

「……ボソンジャンプのせい?」

「ええ」

シャロンの問いを肯定するようにイネスがあっさりと答える。

「一応受け入れはしたけど……不安が消えた訳じゃないわ」

「……でしょうね。私もこの子の未来を考えると不安を感じる時があるもの」

優しく撫でるようにお腹に手を添えて話すシャロン。

自身が妊娠した時から胸に黒い染みのように不安が湧き上がる時間が増えた。

無論、幸せな時間もあるが不安を完全に消す事は出来なかった。

「少なくともお兄ちゃんが知る未来とは変わり始めているけど……先行きは不透明。

 私達の頑張りに懸かっているんでしょうね」

「そうね……この子の未来の為にも頑張らないと」

「気負って自滅しちゃダメよ」

「そんな事しないわよ」

からかうように話すイネスにシャロンが顔を顰めて返事をする。

「それより、イネスはどうするの?

 アクアはまだ産む気はないみたいだけど」

話題を変えるようにシャロンはイネスに尋ねる。

以前、アクアに問うた時は子供達の精神状態を考えて少し先送りすると告げていた。

大丈夫だと思うが母親を独占されて拗ねられると困ると笑って話していたのだ。

それを聞いた時、シャロンはアクアが母親の目を持って子供達をちゃんと見ていると感じていたが。

「帰還したら作っても良いかな……うちは特殊だから」

「……特殊ね」

苦笑しながら話すイネスにシャロンも何処か納得している。

ボソンジャンプのおかげで娘と母親の年齢差がないような親子関係というのがイネス達の間にはあった。

二人は親娘というより……姉に甘える妹にしか見えないのだ。

「ママは再婚する気はないみたいだし、再婚されて妹か弟が出来たらどういう感情で接すれば良いか困るのよね」

父親は第一次火星会戦前に事故で死亡していた事を思い出していた。

以前、再婚しないのと聞いたが苦笑いされて誤魔化されてたので……多分再婚しないとイネスは考えている。

「そうよね。相手の男性だって困惑するわよね。

 娘が母親と変わらない年齢って義理ならともかく……血縁じゃあ」

二人は顔を見合わせて苦笑している。

「子育ての楽しみがなくなったからさっさと作ってよ、が口癖になっているのよ。

 私の代わりという訳じゃないけど……もう一度、一から育てたいみたい」

困った顔でイネスが話している。自身が再婚して作る気がないのでその分イネスに期待しているのだろう。

しかし期待されるイネスにとっては迷惑とまでは行かないが困っているのも確かだった。

「まあ両方の気持ちが分からない訳じゃないし……」

子供を育てる楽しみをこれから味わうシャロンにはイネスの母親であるアリサの気持ちも理解出来る。

自分が産んだ子供の成長を見たいという気持ちは母親として誰もが思う気持ちだと感じているのだ。

「私としてはママの期待に応えたい気もするけど……今は仕事が充実して楽しいのよ」

「それも理解出来るわ」

「でしょう」

イネスの心情も納得できるから困る。仕事が充実して楽しいのはシャロンも同じだったからだ。

実際に妊娠した事で仕事に差障りが出ているので、当面は手腕を発揮できないから不満もあった。

出産後もしばらくは体調を整えるために仕事を控えねばならないから、大変だなという思いがシャロンの中にある。

だが、それ以上に生まれてくる子供の事を愛しく思う気持ちもあるので複雑な気分だった。

「でも、こうやって子供の事を話していると不安は軽くなるわね」

「ふふ、そうね。明るい未来を思えば不安は減るものよ」

シャロンが何気なく話した言葉にイネスも同意している。

「カウンセリングしてくれたのかしら?」

「さあ、どうかしら」

クスクスと笑うイネスにシャロンは告げる。

「……ありがと」

周囲が敵だらけだった地球で生活していた時にはいなかった友人に、たった一言の言葉に多くの感謝の気持ちを込める。

「どういたしまして」

優しく微笑むイネスにシャロンもまた笑みで応える。

火星は地球との艦隊決戦の勝利によって平和という穏やかな時間を迎えつつあった。


診察を終えて自宅へと帰宅するための車中でシャロンは付き添ってくれているマリーに告げる。

「男の子だって」

「元気な男の子になりそうですね」

「マリーもそう思う?」

「ええ、レオンさんに似るんでしょうね」

マリーの予想を聞いてシャロンは微笑んで大きくなっているお腹を撫でる。

「まさか自分が母親になるなんて考えもしなかったわ」

「今の自分がお嫌いですか?」

「ううん。幸せになっても良いのかと思う時があるだけよ。

 人を蹴落として生きてきたから、自分が幸せになるのは間違いなんじゃと……」

自身の過去を振り返ってシャロンは表情に憂いを見せる。

人を陥れたり、傷つけた事もあるだけにこのまま幸せになれるか不安な様子だった。

「良いんですよ。幸せになる事を放棄してはいけません。

 私を含め、大勢の者がシャロン様が幸せになって欲しいと願っているのです」

優しく頭を抱え込むようにしてマリーはシャロンを抱きしめて、その背を優しく撫でる。

「なんだか……涙脆くなって」

「嬉しい時は泣いても良いんです。

 元気な赤ちゃんを産んで育てて下さい……それが皆の願いです」

「……うん」

母親に甘えるようにシャロンはマリーの声に頷いていた。


現在の自宅であるエドワード邸に二人は帰宅する。

ジェシカは穏やかに微笑んでシャロンを出迎えた。

「お帰りなさい。

 で、どっちだったの?」

興味津々といった様子で生まれてくる赤子の性別を尋ねる。

「男の子だそうです」

「あらあら、レオンさんに似て、やんちゃになったら大変ね」

マリーと同じ感想を言われてシャロンは苦笑している。

ジェシカはレオンと面識があり、人となりも良く知っている。

「皆……同じこと言うんですね」

レオンを知っている人物が共通の感想を述べるのでシャロンとしては苦笑するしかなかった。

リビングのソファーに腰掛けてジェシカと紅茶を飲む。

「……火星産の葉も徐々に地球産とは違う香りが出てきましたね」

地球で飲んでいた名品の紅茶とまでは届いていないが……それなりの風味と香りが感じられる。

これから更に品種を改良して一級品の茶葉に仕上げると意気込んでいた農業プラントのスタッフのコメントを思い出してシャロンは微笑む。

まだまだ先の長い話だと思うが未来への目標を掲げて突き進む姿は素晴らしいと感じていたのだ。

「そうね……初めて飲んだ時より美味しくなっているわ。

 それは頑張っている人達のおかげかな」

シャロンの批評にジェシカは自身の体験談を話す。

「……駆け落ち同然に火星に来て、右も左も分からずに苦労したわね。

 あの頃はホント大変だったのよ」

「……後悔はしなかったんですか?」

親に逆らってまで添い遂げるという行為を貫くのは以前のシャロンには考えられなかった。

父親の指示に従う気はなかったが、祖父の命には従う意思はあった。

なんだかんだ言って祖父は自分を守ってくれたから……その恩には応えなければならないと心の何処かで思っていた。

だからジェシカのように駆け落ちするというのは少し尊敬している。

自分がクリムゾンから逃れられないと覚悟していたから。

「……後悔はないわね。

 ただお父さんには迷惑を掛けたとは思うけど……エドと離れたくなかったから。

 あの人、結構不器用でね。私がいないとダメになると思ったし、エドがいない生活なんて想像できないのよね」

惚気を言われてシャロンは途惑うと同時に自分はそんなふうになれないかなと考えてしまう。

「理屈じゃないのよ……人を愛するっていうのは。

 気が付いたら好きになっているなんて良くある事だもの」

「……そうですね」

自分とレオンの事を言われた気になって少し頬を赤く染める。

最初は仕事にルーズな男というのがシャロンが抱いていたレオンのイメージだった。

ギリギリまで書類仕事をしないで急かしてから始めるのが普通だった。

仲間とワイワイと騒ぐのが楽しいのか、一人で居る事はあまりない。

いつ死ぬか分からないから仲間を大事にしていると判るまでは好感は持てなかった。

一度魅かれ始めると後は止まらなくなったが、どうしても素直に好きと言えずに酒の勢いを借りて告白してしまった。

自分でも馬鹿な事をしたと思ったが……諦め切れなかった。

自信がなかったし、面倒を押し付けるのも嫌だったけど……レオンの側に居たいという気持ちを捨て切れなかった。

「……我が侭なんでしょうか? レオンの側に居たいというのは」

「そんな事ないわよ。女である以上……愛する人の側に居たいのは当然なの。

 後の事は二人で支えあえば良いのよ」

シャロンの不安を吹き飛ばすようにジェシカは答える。

「私もエドの負担になったかなと話した時があったけど……エドに叱られたわ。

 "なんでそうなる、私には君が必要なんだ"って怒られた。

 後にも先にもエドに怒鳴られたのはその時だけね。

 だからレオンさんに迷惑なんじゃとか言ってはダメよ」

「……怒られました。全部承知の上で惚れたんだって」

頬を赤く染めて俯き加減でシャロンが話す。

「ふふ、シャロンもアクアちゃんも良い目をしてるわね。

 ちゃんと自分を大事にしてくれる男性を見つけたんだから幸せにならないと」

「……はい、この子の為にも」

「そうそう、お母さんが笑っていないと子供は不安になるの。

 子供ってね、意外と親の事を見ているわ。

 だから不安にさせちゃダメよ」

周りの皆が幸せにならないといけないと言ってくれる。

それに応えたいと思うシャロンだった。


―――地球クリムゾン会長室―――


「ふむ、選挙戦は順調に進んでいるみたいだな」

重厚な造りの机で仕事を成果を確認するロバート。

その姿を見る度にミハイルは思う……人を惹きつけるカリスマを持つ王の器とはこういうものだと。

クリムゾンを繁栄させた偉大な存在は今だ健在であると実感させられる。

この方が居る限り、クリムゾンは磐石だと誰もが思うだろうと確信していた。

「はい、事前に準備が整っていましたので負けはしないかと」

「そうだな。このまま戦争が続くのは些か良くない。

 戦争特需の反動が出る可能性が高いし、人的資源の損耗もこの辺りで抑える必要がある」

ロバートの指摘は尤もだとミハイルは考える。

欧州、アフリカ戦線の内情を分析しただけでも戦争が長引くのは不味いと予測できる。

戦時徴用という形で社会を構成する人材が軍に偏り、社会体制の弊害が広がる可能性がある。

社会を構成するど真ん中の存在がなくなれば、社会は崩壊するのは当たり前だが……気付かない人間が多い。

そういう人間ほど、正義だとか、秩序を守るという名目で戦争を賛美して扇動するから始末が悪い。

最後まで自分達の主張が正しいと言い続け、責任を取らないので大迷惑だった。

そんな訳で今回の選挙戦ではそういう人物の排斥を最優先で行っている。

戦争特需は悪い話ではないが、反動が怖いと経済の専門家の意見にはロバートもミハイルも納得し、理解を示している。

大規模なインフレが発生し、その影響による世界恐慌の可能性を専門家は警戒している。

今の状況下で停戦し、連合宇宙軍の敗戦による政府の兵士達の遺族の補償を最優先で片付ける。

今なら支払えるだけの余力を連合政府は備えているし、人的損害による社会不安も兵士達の社会復帰で立て直せる。

ギリギリではなく、余裕のある内に対応しなければならないと識見ある者は考えている。

一時的な活性ではなく、長期的な経済の活性を社会は望んでいると信じて。

「識見のない人物は徹底的に排除するべきだと思います。

 戦争特需ではなく、開拓による特需が三惑星の発展に繋がりますから」

「やはり本社の移転も考慮するべきか?」

「大仕事になりますが時代の流れを見つめると必要事項かもしれません」

ロバートの問いに真剣な眼差しで答えるミハイル。

クリムゾン本社の火星移転は重要な意味を持つ。

それは多国籍企業から惑星間企業へと大きく変貌する事になる。

そして惑星間企業というものは人類至上初めての試みになるのだ。

今までのようにただ支社を作るのではなく、本社そのものを移転する事自体が異例の話だ。

「流れを見極めて、次の世代がスムーズに移転できるようにするのが最後の仕事になりそうだな。

 まだまだこの椅子に老骨が座っていろと時代が言っておるのか……」

「……会長」

クリムゾンの澱みは着実に取り除いているし、次世代を支える人材も台頭するように社内を改革している。

後はトップになる人物の成長を待つのみである。

親族経営ではなくなっているが、まだ社内では象徴を欲している風潮がある事をミハイルは知っている。

直系五人の内、二人は十分な結果を残しているので期待されている。

二人が女性でなければ、ややこしい話にはならなかったが、詮無き話だった。

「次世代の育成を進める必要がありそうですね」

「そうだな」

直系のジュールだけに押し付ける気のないミハイルは側を固める人物の必要性を告げる。

旗印というか、今しばらくはクリムゾンの直系という象徴が必要になると二人は予想している。

だが、その体制を維持するだけでは発展は見込めない。

多様性が必要になる事も二人は理解しているので、直系以外にも優秀な人材を求めていた。

「やはり……ルリ様は是が非でも欲しいですね」

「うむ、あの子の気持ち次第だがプッシュしようじゃないか」

憐れ……外堀を完全に埋められているジュールだった。


「処で……シャロン様のお子様は男子だそうで」

「そうなのだよ……私としてはもう一度、いや今度こそ深窓の令嬢をと考えていたんだが残念だ」

曾孫の誕生は嬉しいが、少し残念な気持ちがあるのだろうとミハイルは思う。

何故なら、残念そうに肩を落とすロバートがそこに居るからだ。

「……些か残念でしたね」

「全くだ」

規格外の令嬢ばかりだったので残念がるロバートにホロリと涙を零すミハイルだった。



中盤に差し掛かった選挙戦をシオンは冷静に分析している。

大規模な反戦キャンペーンを展開して市民の理解を得ているので負ける事はないと思っているが油断はしていない。

最後まで徹底的に相手陣営を叩き潰すという姿勢をスタッフに見せて、決して油断しないように注意を促している。

長年シオンの元で仕事をしている選挙スタッフはシオンの考えを理解し、各ブロックとの連携を怠らない。

「ふう……今度の選挙だけはいつも以上に気を引き締めねばな」

事務所の席に座って一息を吐きながら、シオンは次の一手を考える。

シオン達の派閥はこの選挙戦で独自の政党を作り、その理念を掲げて選挙戦を始めた。

"平和と安定と共存"という分かり易い言葉で公約を説明している。

平和に関しては、まずこの戦争の終結を第一に考えている。

この戦争が地球の一部の権力者達の恣意的な考えによって始まったのでその修正を最優先になると明言していた。

安定に関しては、戦時徴用による人的損耗の早期解決。

戦争による社会不安の解消と責任の所在をはっきりとして、今後このような事がないようにする事を明言。

共存に関しては、木連の国家認定と火星独立の認可。

今更ながらであると前置きしながら、両惑星の主権を認めて発言権を与える。

どちらも独自の軍事力を持ち、自給自足の体制を築いている。

戦争に至る背景を知った市民は関係修復が最優先なのは誰もが感じていたのだ。

テレビというメディアを通じて、この戦争の無意味さを訴える。

権力を悪用した者達を市民に教えて、二度とこのような馬鹿らしい戦争が起きないようにしなければならない。

課題は山ほど積みあがっている……一つずつ解決せねばとシオンを盟主と仰ぐ政治家達は思っていた。


現政権に属する政治家達はシオンとの選挙戦と自身の背後に迫ってきている連合司法局の足音を怖れていた。

大規模な粛清とも言える徹底した疑惑解明を司法局は行っている。

通常の捜査と違って市民に得た情報も開示するという前代未聞の捜査を展開している。

完全に逃げ場を破壊するかのように口封じを妨害し、司法取引を執り行って着実に追い詰める為の情報を入手していた。

連合宇宙軍の敗北という只でさえ逆風の状態での選挙戦。

開戦に関与していた議員は選挙戦に参加する事もできずに拘束され、崖っぷちの状態。

官僚達も司法局の追及の前に逮捕者が続出していた。

選挙戦を戦う為の資金も集まらないという選挙スタッフからの泣き言も出ている。

今までは黙っていても企業の方が出してくれたが、戦争という社会不安を引き起こした陣営に出す気がないのか……義理程度しか出さない企業が続出していた。

身内の企業などは出してくれているが四大企業は完全にソッポを向いている。

クリムゾンは親火星派の筆頭ゆえに今回の開戦を引き起こした自分達に味方する気はないと宣言している。

アスカインダストリーも火星に進出していた支社の損害を理由に資金援助を拒否していた。

マーベリックもまた、会長自ら通達している。

「マーベリックに説明も無しに開戦して利益を独占する馬鹿に出す資金はありません」と言い、音沙汰なしだった。

戦争特需で利益があったネルガルさえも義理立てして僅かながらに援助している状況だった。

議員達の中には私財を投げ打って選挙戦に入った者もいるが逆風の状況では勝てる見込みも薄かった。

何よりも、声高々に戦争継続を叫んでも市民が付いて来ない。

戦争に至る経緯を完全に知られた以上は戦争継続を訴える議員の識見のなさに失望している始末だ。

家族を失った者達にとっては木連も憎いが、木連が正式な手順を踏んで開戦に至ったと知っては戦争を回避しようとせずに無策のままで安易に勝てると考えた連 中が近くに居ると判れば、その矛先が向かうのは必然だった。

遠くの敵より、近くの敵に憤りをぶつけるのは道理だった。

自分達の陣営に対して過激な連中が暴力という手段で攻撃する事件が発生する事態もしばしばあった。

金も集まらず、求心力も失い、自身の保身も考えながらの選挙戦に勝つのは容易ではないと気付いた時は既に引き返せない。

……自業自得、因果応報を体現しながら破滅へと進んでいた。

風は吹いている……それは滅びへと向かう逆風として。


―――木連市民船れいげつ―――


「被害はあったものの高木君は勝ってくれたな」

内閣府の執務室で高木からの報告書に目を通して村上はホッと安堵の息を吐いていた。

特に人的被害を最少にしてくれたのは本当にありがたかった。

熱血クーデターという内乱で市民船さげつの被害があっただけに、これ以上の被害は出したくないというのが本音だった。

「市民船しんげつの情勢は?」

「はっ! 海藤大佐からの報告では反乱分子の存在は排除したとの事です」

新城が少々不機嫌な顔で村上に報告する。

この期に及んでまだ逆らうのかという気持ちが表に出ている様子だった。

「……新城、腹芸は覚えた方が良いぞ」

やれやれと言った表情で村上が注意する。

「俺もそうだが、春も腹芸は出来るからな。

 一国の中枢にいる以上は時に仮面を付けるくらいの作った表情も要るからな」

「……そういうのは苦手なんですが」

困惑した顔で新城は村上に話す。

新城にすれば、自分は軍人であって政治家ではないと言いたいのだろう。

「一兵士であれば、それも良かろう。

 だが、お前は一兵卒ではない……軍の中枢と政府に係わっている」

「…………」

村上の意見に押し黙る新城。

いつまでも気楽な立場にいられないと言われている気がして途惑った表情でもあった。

「お前が軍人として軍に在籍したいという気持ちは分からんでもない。

 俺も軍を離れてみて……苦い思いをした事があるからな」

身体を壊して従軍出来ないと知った時の事を思い出して苦い物を口にした顔つきで村上は話す。

「軍人だけがこの国を守っている訳ではないぞ。

 むしろ、これからは軍人では守れない事が増えるかもしれん……時代の流れが変わるからな」

流れが変わるという言葉に新城は一抹の不安と寂しさを感じている。

「それは……大人になれって事ですか?」

「そうかもしれんな……」

端的に問う新城に苦笑いで答える村上。

木連の歪さを自覚している新城も村上の苦笑いに釣られるように苦笑するしかなかった。

「面倒だが誰かが抑え役に回る必要がある。

 まあ秋山も南雲も居るし、高木君達も居る」

村上が数えるように理性的に行動出来そうな人物をピックアップしていく。

「……まだ足りないという訳ですね?」

「残念ながら……軍に従事している連中ばかりだからな」

軍事政権に近い形で木連の政治体系は構成されている点を村上は懸念していると新城は判断する。

(軍人ばかりでは対外的に不味いという訳か……)

徐々に政治体系を変更しなければならないが、政治というものは一日で出来上がるような簡単なものではない。

軍出身者で政治に参加して欲しい人材として自分が必要とされているのだと新城は理解する。

(それでも自分は軍人でありたいと言うのは我が侭だろうか……)

ジレンマだと思うが、自分の生き方を簡単に変更出来るほど器用な人間ではないと思う。

「今すぐじゃないぞ」

自身の心の内の葛藤に入り込み始めた新城に村上の声が届き、ハッとした顔で村上に目を向ける。

「お前の生き方もあるからな……二年ぐらい先に決断してくれれば良い。

 だから思う存分考えて、納得できる形で答えを出せば良い」

「……良いんですか?」

「自分を殺してまで仕事する馬鹿は春と俺だけで十分だ。

 だから簡単に答えを出すな。

 迷って、迷って、更に悩んだ末に出た答えならそれがお前を支える力になる」

はっきりと断言するように話す村上に自分にはない強さを感じる。

「分かりました……自分なりに考えて考えて返事をします」

「安易な答えなんざ要らん。

 男の一生を懸けた決断になるんだ……しっかりとした答えを頼むぞ」

「はい!」

どういう形になるかは分からないが、どんな答えになってもこの人は受け入れてくれる。

だから今は自分に出来る事を全力でして、この人の力になりたいと考える新城だった。


市民船しんげつの居住区で白鳥雪菜は自身の未来について考える。

反乱事件で兄の親友だった月臣元一朗は亡くなった。

身近な人の死を知った事で軍に所属する兄の白鳥九十九の身を今まで以上に心配するようになった。

両親が死んでから、兄と二人で支え合って生きてきた。

とりあえず停戦の方向で動いていると兄は言ったが、それもまだ決まった訳ではない。

「……兄貴が器用だったら不安にはならないんだろうな」

ポツリと零した言葉が自分の抱える最大の不安だと思う。

軍人として優秀だが……優しすぎるのではないかと常々感じている。

それが兄の良い所だと分かっているが、その優しさが兄を苦しめるのではないかと考えてしまう。

「……戦争なんて嫌いだわ」

ゲキガンガーも嫌いだが、戦争も嫌いだとはっきりと思うようになった。

自分から大好きな兄を奪うかもしれないと思うと憂鬱になる。

反乱の所為か、自分と同じように戦争を嫌う人が増えている。

特に火星との停戦を望む声は増えている。

火星は木連を直接攻撃してきた国だから皆が不安を感じているし、火星との国交樹立で移住できる点もある。

人工の物ばかりで構成されている木連には無い物が火星にはたくさんある。

昔よりは生活し易くなっても……まだ大変な点があって弱者には優しい国ではない。

「籠の中の小鳥は籠の外に出たら……生きていけない」

小鳥というものを雪菜は見た事がないし、動植物も自分達が生きる為に必要な物しか存在していない。

農業用の街で生み出された植物、食用の動物の肉。

味気ない物としか言えない形でしか見た事がないので興味はある。

自身が籠の中に居るので外に出てみたいという感情が湧き上がるのを抑えきれない。

そして、その機会が訪れようとしている。

「地面に足をつけて走ってみたい……自分の足で世界を歩いてみたい」

学校の友人達も自分と同じように広い世界を見たいと話している。

大人は恐る恐る歩き出すつもりだが、自分達は駆け出すつもりだった。

まだ見ぬ未知なる大地に思いを馳せて……。











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EFFです。

政治の話はつまらないかもしれないのでナレーション形式で書こうかなと思ってます。
最後の雪菜視点での部分は大人ではない、少年や少女の持つ強さを書いてみました。
好奇心や探求心が人を動かす原動力になり、子供が自由な発想で動き未来を夢見る。
そんな点が出てたら良いなと思ってます。

それでは次回でお会いしましょう。


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