僕たちの独立戦争 外伝7
EFF
―――マリー・メイヤの子育て日記―――
「う、うぅぅ……」
「……いや、大事なお仕事ですから……拗ねられると困るんです」
サフィーに涙目で睨まれて困惑しているルリ様に、私は子供達の育成に問題があったのだと痛感する。
何処で間違ったのかは大体分かるというか……一つしかない。
(アクア様でしょうね……というか他には考えられませんし)
アクア様が臨時でL5コロニーサツキミドリに約二週間出向する為に、ユートピアコロニー再建スタッフのバックアップにルリ様が代理で向かう事が決まった。
サフィーこと、サファイアはルリ様に懐いている。
研究施設でルリ様と比較されていたらしいので、ルリ様に興味があるのだとアクア様は仰られた。
アクア様にも懐いているが、同じくらいルリ様の事が好きな様子。
(所謂、インプリンティングというものなのでしょうか?)
内心でため息を吐きながら、状況を推移する。
このまま行けば泣くだろうと思うので助け舟を出す。
「……帰ってきたら一週間一緒のベッドで寝てあげて下さい」
私のこの一言にルリ様は硬直するが、サフィーは泣き顔から一変して、嬉しそうに花が咲き開いたような笑顔になる。
親離れならぬ、姉離れをして欲しいルリ様は同衾するのを回避したがっている。
週に三回はルリ様のベッドに入り込んでくるサフィーに困っているのかもしれない。
まさかとは思うが、ルリ様がジュール様に夜這いするのを妨害されたくないと邪推したわけではない。
どうもルリ様はアクア様の影響を受けて積極的になっている気がする。
個人的には"まだ早い"と私は思っているので注意が必要だと考えている。
今の状況ならジュール様が逃げ出す可能性が高いから、上手く行かないと思うが。
"押してもダメなら引いてみろ"という利点を教えていないアクア様にも困ったものだと思う。
……いや、まあ、もうしばらくは面白いので見てみたいという訳ではないが。
「ちゃんとお留守番をしていたら、ご褒美に」
「……仕方ありませんね」
「うん、約束だよ♪」
苦悩した顔でルリ様が決断するとサフィーが嬉しそうに抱きついている。
セレスとラピスはその様子にクスクスと忍び笑いをしているが、ジト目のルリ様に睨まれて冷や汗を浮かべて、慌てて顔を逸らしている。
子供達の力関係はルリ様を頂点に完全に構築されている。
……底辺を支えるのは男子ばかりなのが些か気に掛かるが、気にしたら負けのような気がする。
既に手遅れという現実から目を逸らした訳ではないと明記しておく。
ええ、気にしたら負けなんです。
決して負け犬の遠吠えじゃありませんとも……多分。
(私も老いたという事でしょうか?)
(いやいや、規格外品の子供達にあなたは十分頑張っていますよ)
(それとも、日増しにアクア様の影響を受ける子供達に対応できないからでしょうか?)
(そんな事はありません! クリムゾン家のメイド長たる私が敗北する事はあってはならない事!!)
(現実を見てみなさい……あなたは既に敗北しているのです)
(何を言います!! まだ終わっていません……勝負はこれからです!)
(あなたはは現実しか考えていない! だから私は敗北したと宣言する!)
(エゴです、それは!)
(ここで終わりにするか、続けますかか……マリー!)
(まだです! まだ終わらせません! クリムゾン家の未来が懸かっています!!)
「―――マリーさん?」
「はっ! ど、どうかしましたか、ルリ様?」
些かおかしな方向に意識が向いていたのでルリ様の声に反応するのが遅れてしまった。
子供達が見るジャパニメーションの影響でしょうか……ツボに嵌ってしまい、逃避する事が増えている気がします。
まさか疲れているのでしょうか?
「持って行く荷物の準備をしたいので手伝ってくれますか?」
「そうですね。では参りましょう」
「はい」
ルリ様の後に続いて、ルリ様の部屋に入る。
どうもヌイグルミなどのファンシーな小物が少なく、少女らしい空気が感じられない。
機能的である事は間違いないが……機能を優先している気がする。
アセリア王妃が贈ってくれた物は大切に置いてあるが、それ以外の物はあまりない。
それ故に、ルリ様の人格形成の歪さに痛ましさを感じる。
早く大人になり過ぎている……もっと甘えても良いんですよと言っても甘えてくれない。
その分、下の少女達は甘え過ぎている気もしませんが。
ルリ様の荷物の用意を終えて、夕食の準備を行う。
「……つまみ食いはいけませんよ、ラピス」
私の背後でコソコソと何かやっているラピスに注意する。
「そ、そんなことしてないよ〜〜」
「手に油が付いてますよ」
「うそっ!?」
慌てて手を拭くラピスに、
「嘘です。でも、不思議ですね……どうして手を拭くんですか、ラピス?」
私の指摘に身体を硬直させて脂汗を流すラピス。
目をキョロキョロと彷徨わせて周囲の援護を求めているが、誰もが無視しているので孤立無援だった。
「……ラピス、後で話がありますから」
「う、えぅ……あうぅぅ……」
私は子供達全員がラピスの冥福を祈る光景を見ながら調理を進めていた。
昨日はセレスで、今日はラピスが私の説教を受ける。
アクア様とクロノさんが甘やかすので、その代わりに私が厳しくする……まあバランスが取れているので良いでしょう。
下の女の子達はとても素直で大人しいのに……上はすっかりアクア様に毒されている。
しかもイネスさんの悪影響も出て、屁理屈、誤魔化しも上手くなるので非常に手が掛かる。
見掛けは可愛らしく、見目麗しい二人なのに……内面はトラブルメイカー。
ルリ様は大丈夫?だと思いますが、セレスにラピスは心配の種になりそうだから困ります。
「マリーさん……ため息ばかり吐いていると幸せが遠退くわよ」
ジェシカさんの心遣いをありがたく思うのは絶対に間違いじゃないと思っていた。
夕食の席順はいつもと変わらない。
「クオーツ君……美味しいかな?」
サラちゃんが恥ずかしそうに自分が手伝った料理の味を聞いてくる。
「うん、美味しいよ。ちょっと繋がっているけど……」
「あ、あうぅぅ……」
正直者のクオーツの感想にサラちゃんは涙目になっている。
野菜を切り損なって繋がったままなのでクオーツは食べ難そうにしていた。
「で、でも! とっても美味しいからまた作ってね」
「う、うん! 今度はもっと上手に切るから!」
小さな恋人達の微笑ましい光景だと思う。
「……ラピス達も偶には作ったらどうだ?」
クオーツとサラちゃんの様子を見ていたモルガが冷めた視線でセレスとラピスに言う。
「「パパになら作っても良いよ」」
モルガの意見に二人は躊躇いなく答える。
「……作れんのかよ。消し炭じゃねえのか?」
ボソリと呟いたモルガの声に、
「「行くわよ」」
「ちょ、ちょっと待て!!」
二人は左右に別れてモルガの腕を掴んで引っ張って行く。
廊下から打撃音が聞こえた後、帰ってきたのは二人だけだった。
「キジも鳴かずば、討たれまい」
「口は災いの元ね」
いい笑顔で全員の視線に答えるラピスとセレスに、私はアクア様化を止められない自分の無力さを痛感していた。
ただモルガの迂闊な一言の多さには注意が必要だと感じてはいたが。
「まあ二人とも出来ないのは事実ですし、今後の事も兼ねて練習しますか?」
「「う〜ん、どうしよう?」」
二人の自主性に任しながらも一応勧めてみる。
下の妹である三人はお菓子作りには興味があるので一緒にする事が偶にある。
まだまだ危なっかしい手つきなので注意は必要ですが……何かを作るという行為が好きになっているので上達は早い。
ラピスもセレスも基本は一応クロノさんが教えているのでもう少し努力すれば心配ないですが……まだまだですし。
アクア様に関してはクロノさんから頂いた知識のおかげで心配ないです。
この頃は自分なりのオリジナリティーも出されていますから……一服を盛らない限りは大丈夫でしょう。
(ルリ様が一番心配でしたが……ジュール様のおかげで不安はなくなりました)
恋する乙女は無敵という言葉通り、ルリ様は料理に関しても熱心に勉強してくれます。
(ジュール様に自分の手料理を食べて欲しいのと、女のプライドもあるのでしょうね)
ジュール様は意外と器用で自分で料理を作る事が出来るし、炊事、洗濯、掃除等のスキルを持ち……意外とマメだった。
(流石にジュール様より下というのは……女のプライドに火が付いたのかもしれませんね)
涙目で悔しそうに料理を教えて欲しいと言われてましたから。
(好きな人に愛情込めて料理を作っても……その人が作る料理より美味しくなければショックかもしれませんね)
真剣な表情で時間が取れる時は必ず教わると決意されています。
おかげで日々スキルは上がっていますので……遠からずジュール様以上の美味しい物を作れると確信してます。
(まあラピス達も大切な人が出来たら……慌てて覚えるかもしれませんね
まだまだ……お子様ですから)
「まあ、やりたい時に練習すれば良いですよ。
無理にした処で上達はしませんから」
「だよね」
「やりたくなったら言うね」
「はい、いつでもお待ちしてますよ」
「……千年先かな。それまでは消し炭」
廊下から這うようにして帰ってきたモルガがポツリと呟いて……力尽きている。
(ツッコミの資質が一流というのは如何なものでしょうか?)
モルガの行く末に一抹の不安を感じながら私は食器の後片付けを行っていた。
「ねえ、マリー」
「なんですか、ガーネ?」
下の少女達の中で一番しっかりしているガーネットが私に声を掛ける。
「ルリお姉ちゃんって不器用だね」
「それはどういう意味で?」
「押してもダメなら、引いてみなって言葉を知らないから」
思わず声を失う。まさか、ガーネからそういう意見が出るとは思わなかった。
「レイチェルお姉ちゃんが言ってたよ。
プッシュ、プッシュじゃダメだって♪」
絶対に聞きたくなかった人物の名を聞いて硬直する。
レイチェル・マーベリック――我が人生で最大の天敵と称される女性の名をガーネが告げるとは思わなかった。
「……どうして?」
どうしてその名を?と聞こうとした時にガーネが嬉しそうに言う。
「メル友になったの♪」
(おのれ、レイチェル・、マーベリック!
この子を汚染させる気か――――ッ!!!!)
火星に居れば、絶対に大丈夫だと思っていたが……よもやメル友とは!!
私はしっかりとガーネの肩を掴んで真剣な顔で告げる。
「いいですか……あの悪魔の言葉に耳を貸してはいけません。
耳を貸せば、アクア様のようになります!」
「ママみたいになれるなら、嬉しいな♪」
「か、神は何故、私にこれほどの試練を……」
ラピス、セレスを超える存在がすぐ側で誕生しようとしている。
私の新たな激闘の日々が始まろうとしていた。
今度の敵は強大だと……悲壮感溢れる覚悟を胸にして。
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EFFです。
ちょっと短いですが、クロノ、アクアが出張中の子供達の日常をマリーの視点から書いてみました。
ラピス、セレスのアクア化の進行だけではなく、最後のガーネットのレイチェル化という悲喜劇で〆てみました。
クロノ家最大の魔女になるかは不明ですが♪
それでは失礼します。
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