薄暗い司令室で冬月が陰気な声で尋ねる。

「どうする碇、特殊監査部もダメなようだが?」
「…………」

再び潜入させようとしたが……定時連絡もなければ、待機していた車両の人員も即死という事態に冬月は焦りを感じている。
まさか殺すとは思わなかった冬月は戦自が本気で対応している事に一抹の不安を感じていた。

「日本政府に働きかけようにも贈賄事件の所為でこっちの駒はマスコミに監視されている。
 戦自もこちらの駒を掃除している……迂闊に介入すれば諜報戦だけではなく、我々の暗殺も考えられるぞ」

戦自はネルフを敵対組織と判断したのか……ネルフへの監視を諜報部に見せながら、戦自は本気だとアピールしている。
迂闊に手を出せば、正面からではなく……裏口から反撃してくる可能性も考えられる。

「委員会の力を借りる」
「良いのか? 変に介入されるとこっちの腹も探られるぞ」
「今、事を構えるのは得策ではない」
「……確かにな。誰かが情報を洩らしているのだろうか?」

ネルフは軍事組織と言うより研究機関が前身なので対人戦は難しいとゲンドウは思う。
使徒戦に関しては戦自は無力だが、対人戦に関してはネルフより遥かに高度なノウハウを持っている。
特務権限を使って黙らせるのは容易いが、本気だとアピールしている連中を刺激するのは面倒だと考える。
アピールが行動に移り変われば……面倒では済まされない。強引な手段で敵を作っている以上、周囲は特務機関だから黙っているが、戦自は特務機関と言えど限 度を超えるのなら容赦しないと態度で示しているのだ。
冬月の指摘にゲンドウは誰が洩らしているのか、予想してみるが……考えが上手くまとまらない。

「彼の仕業か?」
「ありえん……あの男が現時点で裏切る事は考えられない」
「そうだな。その可能性は低いか」

真っ先に裏切りそうな人物はいるがゲンドウの指摘通り、今はまだその可能性が低いと判断する。

「内部の発令所勤務者の裏を取ってみるか?」
「ああ」

エヴァが人造使徒という言葉はシンジが発令所で洩らしたから、一番有力なのが発令所の誰かが内部告発したのかと考える。
使徒の模造品であるならサードインパクトの危険性があるから怖くなったという可能性もある。
身内に戦自の関係者がいたから相談したのかもしれない……背後関係は確認しているが、他に予想が出来ないのだ。


翌日、ゲンドウは委員長のキール・ローレンツとの会見を求めた。

『なんだ、予算の件なら追加予算の申請は承認させたが?』
「いえ、少々厄介な事になりまして……」
『厄介事か……何が起きた?』

キールとしては欧州から始まった各国の諜報機関との暗闘に頭を痛めていたから、厄介事と言われて気が重いようだ。

「JAの妨害工作に戦自が介入してきました」
『ふむ……それくらいの事は自分達で処理したまえ』
「ですが、向こうは本気で動き出しています」
『……真か?』
「はい」

ここでも反対勢力が活性化しているのかと内心で考える。
どうやら瑣末事と考えるのは間違いかもしれぬと思い直す。世界規模で自分達に逆らう存在が現れたとキールは考える。
対応を間違うと全てがご破算になりかねない事態になるかも思い……黒幕は誰なのかと想像する。

『それで強硬に動くのは避けたいと言うのだな』
「はい、今は強硬に動くべきではないかと考えまして」
『…………いいだろう。今回は動くな』

元々アメリカの失業対策の一環であり、軍需が伸び悩んでいるのを何とかして欲しいと言われただけなのだ。
JAのスペックは知っている。ATフィールドも張れないガラクタだが、日本企業がロボットを作るのを阻止したいだけだ。
調子に乗って戦場に出しても使徒には勝てずに敗北するだけで自分達の懐には何の影響もないとこの時点では判断する。
他に気になる点はあるのだ。この際だから問うてみようと思い……問い掛ける。

「分かりました」
『ところで初号機より出現した少女だが……上手く使っているようだな』
「はい、良い駒になっています」
『一度召喚してみようと思うのだが?』
「それは何故でしょうか?」
『イレギュラーだからな。シナリオに影響が無いか知りたいと思うのはおかしいかね』
「いえ、ですがシナリオはスケジュール通り進んでいますが」

ゲンドウにすれば、リンとゼーレとの接触は避けたい事柄だった。
不用意な事をリンが話す可能性が高い以上は絶対に回避しなければならないと考えている。
特にリリスとリンの関係を暴露されると自分の計画も明るみに出てしまう……まだ処理される訳には行かないのだ。

『協力的で損害も予想以下にしておる……会ってみたいと考えるのは不自然か、碇?』
「では時機を見計らって召喚を」

変に拘りを見せると不審を持たれてしまうので、出来る限り時間を稼ごうとゲンドウは考える。
時間を稼ぐ間にリツコに説得させようと思う。リンには脅しが通用しない以上、ゲンドウに出来る事は限られている。
特にシンクロ時にユイに何かされるという事態も考えられるので、強硬策は出来ないし、戦闘力は読めないのだ。
リツコ曰く、単体で活動するもう一つのリリンと変わらないとの事だ。使徒を小型化させた物と変わらないから重火器も通用するか判らない。
今はとにかく時間を稼ぐという選択しかないのがゲンドウには不満だったが……全てを失う訳には行かないので耐えている。

『そうだな、時機を見計らうか……いいだろう』

今はこちらも忙しいので時機を見計らうというゲンドウの意見には特に不満はない。
諜報機関が騒がしい事をこの男に知られるのは何かと不都合がある。
今は協力関係にあるが二人の間には信頼や信用は一切無いのだ……互いに利害の一致で動いているだけの関係だ。
お互いに弱みを見せたくないというのが本音なのだ。
通信を終えたゲンドウは暗い部屋で呟く。

「どうやら向こうでも何かが起きているのか……」

すぐに手筈を整えろと言われるのかと思っていたのに……拍子抜けだった。
何かが起きているのを調べたいという考えも浮かぶがあまり余裕は無い……戦自の介入から組織を守る必要もある。
自分が調査していると相手に気付かれると相手も自分達を調査するだろうから危険でもある。
諜報部も特殊監査部もどこまで当てになるか判らない状況でリスクを冒す訳には行かない。
とりあえず日重への介入をしなくて良いというお墨付きを頂いた事で良しと考えるゲンドウであった。

それが自分達の首を絞める結果になるとはまだ気付いていなかったが……。


RETURN to ANGEL
EPISODE:9 使徒の造りしもの?
著 EFF


「日重ね……こんなもん作るならネルフにもっと予算出せって思わない?」
「ミサトがもう少しエヴァを上手く運用してくれたら楽なんだけどね」

リツコの執務室にお邪魔している(文字通り仕事の邪魔をしている)ミサトにリツコがチクリと一撃を加える。

「なんでよ? この前は上手く活用して倒したでしょうが」
「私のフォローがあってね。誰が注意点を指摘したのかしら?」
「うっ!…………そ、そりは〜〜」
「ダミーバルーンの用意をしたのにエヴァを出そうとするわ。
 陽電子砲をエヴァ用に改造しろなんて無駄な事をさせようとするし、面倒な手間ばかり掛けさせるわね。
 初号機が損傷したらどうする気だったのかしら?」
「……あんた、この頃、毒っ気増やしてない?」

冷や汗を浮かべながらミサトはリツコに尋ねている。
どうもこの頃、リツコは本音を前に出している気がするというか……欲望に忠実になって来ている気がしてならない。面倒な仕事はやりたがらずに楽で効率の良 いやり方しか考えない。
それが悪いとは思わないが……作戦の立案にまで物申すのは困る。
技術部員はその点を感謝している所為か……威力偵察せずにエヴァを出そうとした自分に良い顔をしない。
確かに損傷させれば、仕事が増えるがそれが技術部の仕事なんだから仕方ないと思うのは間違いなのかと考えてしまう。
大体、予算を切り詰めようとしているが、世界を守っているんだから文句を言うなと言いたい。
レイもこの頃、自分に反抗的な気もする。威力偵察を進言するなんて今まではなかったし、リツコの影響かと考えてしまう。

「レイとはどうなのよ?」
「そうね。リンとも仲良くやっているし、そう悪くないわね」
「あたしもアスカを引き取ろうかしら?」
「やめた方が良いわよ。ミサトの部屋って腐海だから……絶対にアスカは同居したがらないわよ。
 引き取りたいなら部屋の掃除をして……覚悟しないとね」
「何よ、覚悟って?」
「ペットじゃないんだから、最後まで責任を持って向き合えるの?
 あなたって面倒事になれば逃げ出すじゃない……ちゃんと責任取れるの?」
「と、取れるわよ!」

リツコの指摘に慌てて反論するが……覚悟を問われて動揺する。

「大学時代から、あなたってフレンドリーな上辺だけの付き合いしかしてないじゃない。
 ゴシップ好きで人をからかっても面倒事になると無関係の振りして逃げ出す。
 加持君の事だって心に入り込まれて、真面目になられると怖くなって……逃げ出したし」
「…………」
「まあ、私も研究一筋で人付き合いに関しては人の事は言えないけど……アスカの人生に係わる以上は面倒見きれるの?」

痛い所を突かれて沈黙するミサト。リツコとは大学時代からの付き合いで自分の事は殆んど知られている。
特に加持との事を引き合いに出されては反論の仕様がない。父親と重ねて怖くなったのは事実だ。加持の浮気癖を理由の一因にしたが、リツコには全部バレてい るみたいだった。

「そういうリツコは大丈夫なの?」
「リンに関しては大丈夫ね。あの子は芯が出来ているから、傷ついても立ち上がれるわ。
 レイはもうしばらく見守る必要があるけど……リンもいるし、いずれは自立出来るようになる」

リンには家族がいるから支える必要は特にないし、リン自身、自立出来るように育てられていると見ている。
鍛えたのもいざという時、自分で戦えるだけの力を持たせたと考える。普段は甘えているが、シンジの記憶の一部を知っているから人の怖さも自覚しているの で、悪意に負ける事はないと思う。
レイには家族がいないからまだ脆い部分はあるが、リンがフォローしているから大丈夫だ。

「どちらにしてもアドバイスもするし、必要なら手を差し伸べるわ。
 ミサトは傷付いたアスカを守れるの?……アスカは強く見えるけど、かなり脆いわよ」
「そ、そうかしら?」
「強気な姿は見せかけよ……内側は結構脆そうに感じるけど」

前回のアスカはそうだった。もっとも今回のアスカはまだ決め付けられない。
もしかしたらアスカもレイ同様に還ってきた可能性もある。
前回はこの時点でシンクロ率は60%程だったが……シンクロ率もかなり上がっているらしい。
未確認ながら、90%を超えたとの情報がある。
リン曰く、「90%を超えた時点でコアとのシンクロが出来てる筈だから……母親の存在に気付いている」との事だ。
90%に到達するにはコアに眠る人物に接触出来なければならないらしいので、還ってきた可能性が高い。

「まあ、部屋の掃除はする事ね(もし還ってきたなら……シンジ君の居ないミサトの部屋で生活なんてしないと思うけど)」

ミサト達の炊事、洗濯などの家事は一切、男であるシンジに任せていた。
あの頃のシンジは無難な付き合いしか出来ないから、文句も言わずにしていたが……今は居ないのだ。
アスカは多少は出来ると思うが……自分の事しかしないだろう。何でミサトの面倒を見なければならないと言いかねない。

「アタシの部屋が汚いと言うの?」
「掃除してない部屋が綺麗だと言うの? ミサトは昔っから家事は全部ダメじゃない」
「……そういうリツコはどうなのよ?」
「私? 出来るわよ。もっともリンには敵わないし、レイにも追い着かれそうだけど」

実際に食生活に関してはリンの世話になっている様なものだとリツコは思う。
シンジ譲りのマメな部分でカロリー計算とかをきちんと考えて調理している点は特に感謝している。
若返る事を決意しているが、それでも今は三十路なのだ……女として色々思う所がある(特に体重とか)

「……嫌な女ね」
「アスカに家事させる気なら覚悟した方が良いわよ……絶対に噛み付くから」
「そ、そうかしら(あ、ありえるわね)」
「ビールってカロリー高いから三十超えると……不味いわよ。
 うちはリンがカロリー計算してくれるけど、ミサトはどうかしらね?」
「も、もちろん大丈夫よ」

ミサトのイヤミにリツコも皮肉で痛烈に応戦する。ミサトは頬を引き攣らせていたが、リツコは平然としていた。

「官舎で生活すれば、部屋の掃除や洗濯は自分でしなければならないけど、それは当然の事だから文句は言わないわ。
 だけどね、他人であるミサトの出したゴミの始末をアスカは絶対にしないし、自分の事は自分でしろと文句を言うわよ。
 料理だって当番制にしても料理のできないミサトが出す食事はコンビニ弁当か、レトルトでしょう。
 断言しても良いけど……アスカは絶対に出て行くわ」
「…………」
「私のマンションは部屋が余っているから引き取る方が食生活は確実に向上するわね」

リツコの部屋は3LDKでレイとリンにそれぞれ部屋を与えようとしたが、二人が相部屋にして暮らしている。
一部屋空いたのでアスカが使用しても大丈夫な状況だった。

「ホント、嫌な女になったわね」
「事実でしょう。どうせ、自分の言う事を聞く駒が欲しいだけじゃないの?」
「そ、そんな事ないわよ!」

図星だったのか、ミサトが声を荒げて否定するが、その表情は苛立ち……睨んでいる。

「ま、どうでも良いけど、一つだけ忠告するわ。
 シンクロ率はメンタルな部分が非常に影響を与えるの。当然、日常の生活でストレスと与え続けるとガタ落ちになるわ」
「そ、それがどうしたのよ?」
「分かってないの……アスカを引き取ってちゃんと面倒を見ないで怒らせる事ばかりするなら、当然シンクロ率に響くの。
 技術部としてはそういう事態になると困るから、ミサトの失点として司令に上申して……保護するわ」
「なんでそういう事を言うのよ!」

自分が面倒を見切れないことを前提に話すリツコにミサトのイライラが爆発するが、リツコは冷ややかな様子で説明する。

「シンクロ率の低下は当然エヴァの能力の低下に繋がるもの。
 戦場に満足に動けないエヴァを出してパイロットを死なせても良いのかしら?」
「そ、それは……」

リツコの指摘にミサトの怒りは一気に冷却される。
命が懸かっていると言われては安易に引き取ってきちんと面倒が見きれないような……いい加減な事は許されない。
勢いで子供を引き取って放り出す事は許されないとリツコは忠告しているのだ。

「……気をつけるわ」
「そうしなさい。自分の事も満足に出来ない人が、他人の事をどうこう言う資格はないから。
 それにミサトは子供達に戦え、死ねと言わなければならないのよ……感情移入しても碌な事にならないわよ」
「…………」
「それともくだらない偽善なのかしら?」
「そ、そんな事……あるわけ……」

不満はあるがリツコの言い分は尤もな話なのだと自分に言い聞かせる。
自分は作戦部長なのだ……子供達に危険な命令も命じなければならない。馴れ合っても何かあった時に責任など取れる訳がないのだ。くだらない偽善と蔑むよう に話すリツコには文句も言いたいが……間違ってはいないと思ってしまう。

「ま、その話はミサトが自分で決めれば良いけど……強引に決めてもアスカは納得しないわよ。
 それより明日は遅刻しないでよ。するようなら一人で行くから」
「だ、大丈夫よ。遅れたりしないから」
「そう? 遅れたら放って先に行くから」
「し、信じなさいよ〜〜」
「行っても碌な事がないわよ。なんせ、ネルフにとって敵地で嫌味聞かされるわよ」
「……仕事だからサボリはしないから」

リツコがからかうように話すが、ありえる話だからミサトは困っている。
戦自がネルフに良い感情を持っていない事は承知しているから、記念式典は苛立つ事が多いと考えられる。

「リツコは気にならないの?」
「何が出るのか、楽しみにしてるのよ」
「……良いわね、科学者って奴は」
「どういたしまして」

皮肉すら通用しなくなっているとミサトは思う。リツコは使徒戦が始まってからイキイキと人生を楽しんでいるフシがある。
日重のJA完成式典を明日に控えて二人は感情的に正反対の方向で動いている。
余計な事、厄介事と思うミサトに、使徒が造りしものを見てみたいと願うリツコだった。

翌日、案の定ミサトは時間通りには来なくて……リツコが激怒した事は言うまでもなかった。


旧東京はいつ見ても寂しい場所だとリツコは思う。
傾き壊れたビルが未だに放置されて景観を損ない……街を寂れたままに見せてしまう。
寒々とした寂寥感だけが残り、当時の繁栄は既に消滅して見る者に絶望とか、諦めといった感情を与える。

「これがかつての大都会のなれの果てか」
「寂しいものですね」

ヘリコプターのパイロットがミサトの言葉に答える。

「かつては眠らない街なんて言われたんですけど」
「眠らない街ね。悪いわね、こんな場所に来させて」
「いえ、これも仕事ですから」
「そうね、誰かさんは遅刻しても詫び一つ言わないから……頭にくるけど」

注意したのに遅刻するミサトにリツコは怒っている。

「鳥頭の誰かさんは反省という言葉も忘れたのかしら?」
「……ゴ、ゴミン」
「謝れば済むと思っているみたいだけど……限度ってものがあるのよ。
 あんまりふざけていると本気で作戦部長から引き摺り下ろすわ」
「リ、リツコ〜〜」

本気で怒っているとミサトは感じている。リツコはやると言ったら必ずする有言実行タイプの人間だ。
自分を引き摺り下ろすと言えば、本気でやりかねない。

「真面目に仕事する気があるのかしらね」
「あ、あるわよ!」
「事務仕事は日向君に任せっきりでも」
「そ、そりは〜〜」
「今日の仕事は遅刻しないように事前に注意したのに聞いていないし」
「いや、だから……悪かったわよ」
「この分じゃ、使徒戦でポカしないか、本気で不安だわ」
「そ、そんな事しないわよ!」

大声でリツコの言い分を否定するが、リツコは冷ややかな声で話す。

「……普段の勤務態度で信用しろと?
 私は何度も忠告も注意もしてきたけど、改善してないように見えるわね」

ヘリコプターの中に気まずい空気が漂う。リツコは言いたい事だけ告げると書類に目を通してミサトの事など無視している。
ミサトはリツコが本気で自分を作戦部長から降ろそうと動くのではないかと思って不安になる。
友人だから甘えすぎたと思うが、自分の願いの邪魔をするなら……。

「私を殺す? 自分が真面目にすれば良いのに自分の事は棚に上げて注意する者を排除するのね」
「そ、そんな事……しないわよ」

図星だったのか、声が震えるように否定する。
リツコはミサトに顔を向けずに資料に目を通しながら話している。

「もう少し真面目に仕事なさい。あなたには危機感が足りないわ」
「危機感って?」
「もし戦自がエヴァに対抗できる物を作ったら、戦自が先に発見したら指揮権の移譲はしない。
 特務権限で奪おうとしても本気で逆らうかもしれないわよ。
 日本政府だってネルフの横暴さには頭に来ているようだから戦自の支援をしかねないわよ」
「ハ、ハッタリじゃないの?」
「あの場で私がスタッフを不安にさせるような事を言えると思うの?」

他のスタッフも聞いているのだから上層部の自分が不安にさせるような事は言えないとリツコが告げる。

「ネルフは使徒戦のノウハウはあるけど前身は研究機関なのよ。
 戦自みたいに対人戦を想定している訳じゃないし、戦闘の専門家ではないの」
「そ、そりゃあ、そうだけど」
「エヴァ以外にも対抗できて……戦術のノウハウがある集団とノウハウがない集団ならどっちを選ぶ?」
「……ゴメン、危機感が足りなかったわ」
「見えたわね。敵地に乗り込むから冷静に、熱くならないでよ」

窓から目的地が見えてきたのでリツコは真剣な顔で警告する。
もっともリツコは警戒は特にしていない。ミサトが横槍を入れて自分の邪魔をさせないようにしただけだ。


JA完成式典は前回とは違っていた。
まずネルフのテーブルにきちんとした食事の用意がされているのは驚いている。てっきり前回のように生温いビールが数本だけテーブルに置かれていると思って いた。

「あらん、これも美味しいわね♪」

隣にいるノーテンキなミサトは無視するとして同じテーブルに座る人物は記憶にない人物だった。

「初めまして、サキと申します」
「僕はシエル、よろしくね」
「……ラミよ」
「ネルフの技術部長の赤木リツコと申します。もしかして関係者の方ですか?」

三人とも赤い瞳の女性にリツコは何となく想像がついて確認の為に聞いてみる。

「面倒な掃除でお留守番なのです」
「そうそう、今頃はアメリカじゃないかな」
「ずるいわ……二人っきりなんて」

「そ、そうですか?」
「ねえ……何、話してんの?」
「ミサトは食事に専念しなさい。私はファントム開発者の皆さんに聞きたい事があるから」
「な、なんですって!」

思わず立ち上がって周囲の注目を集めるミサト。戦自の新型機の開発者と聞いて黙っていられなかったのだ。

『何か、疑問点や不審な点でもありましたか?』

壇上でJAの説明を行っている時田シロウはミサトに問い掛けると会場全員の視線が集まる。

「い、いえ、なんでもありません」
『そうですか。退屈かもしれませんが、もう少し説明に付き合って下さい。
 説明の後に質問の場を設けますので』

周囲から失笑を買いながらミサトはバツの悪い顔で座り直す。
戦自の高官はファントムというカードを手にした所為か、余裕といった雰囲気で冷ややかにミサトを見つめている。

「……無様ね」
「落ち着きが足りませんね」
「空気が読めない、おバカさんだ。初めて見たよ」
「……バカ」

リツコを含む四人の女性の呆れた視線にミサトは居心地の悪さを感じていた。

「これ良かったら、ご一緒しませんか?」

リツコが万が一の為にリンが用意したお弁当を三人に見せる。

「では、席を替えて頂きましょう」
「誰かさんの所為で目立ってしまったから」
「そうね、楽しみだわ」
「ミサト、悪いけど内密な話があるから残ってね」
「何でよ?」
「だから……意見交換するのよ。専門知識がいるけど耐えられる?」
「……いってらっしゃい」

不本意だがチンプンカンプンな専門用語の会話には付き合えきれないから我慢する。
四人は席を中央から最後尾の空いているテーブルに移動する。後には一人ミサトだけが招待席に残っていた。
仕方ないから食べる事に専念しようとミサトは決めるが……何故、この場にファントム開発者がリツコに挨拶しに来たのか疑問に思わないのか、もう少し注意深 くいれば良いのに何処か抜けているのが葛城ミサトだった。
直感は非常に優れているし、本質を見極める目はあるはずなのだが、自分の興味のない事には無頓着で勘が鈍い。ギリギリまで追い込まれないとダメなのかもし れない。


「微妙にオリジナリティーが出て来てますね」
「そうだね。ちゃんと成長してるみたいだ」
「でも、シン様のが一番いい」
「そう、シンジ君のは美味しいのね」
「当然ですわ。あの味には未だに追い着けません」
「愛情タップリのご馳走だね」
「出来れば、ア〜ンってして欲しい」
「そうだよ。リンちゃんだけの特権って多くない」
「一応、ご息女ですから」
「でもチャンスはあるからやってみせる」

三者三様に反応する。リンだけが甘えられるのが悔しいのだろうかとリツコは思う。

「と、ところで母がご迷惑をお掛けしまして申し訳ありません」

こ、これだけはどうしても言わなければならないと思っていたので謝罪するリツコであった。
リンから聞くだけでも相当ぶっ飛んでいる様子だった。一応、娘なのでフォローしておいた方が良いかと考えていたのだ。

「お気になさらないで。ウルと一緒にハジケているだけですから」
「そうそう、あれも一種の娯楽みたいなものだから」
「爆発イベントはマッドの基本」

最後のラミの言葉に頬を引き攣らせるリツコ。
他の二人も否定しないという事は母はマッドとして認定されていると感じた。

「……ちなみにファントムはウルとナオコが主に設計した。
 あなたのお母さん、いい仕事する」
「ラミの言う通りだよ」
「そうですわ。結果はきちんと残されています」
「そ、そうですか」
「シン様曰く「永い時間を生きるには……それなりの経験が要る」だってさ。
 僕達はそうじゃないんだけど、元リリンのナオコはどうして退屈になるからバカやるんだって」
「……時間を持て余すという事ですか?」
「然様でございます。こればかりは慣れるしかないですわ」
「……あなたもなる心算なら気を付けて、マッド二乗は大変だから」

マ、マッド二乗と言われて困惑する。時間を持て余すからバカやるのなら自分も……マッド化するのかと不安になる。

「わ、私は常識人です」
「私達、常識外……あなたもその仲間入り」

ラミの指摘に更に険しく顔を曇らせ、頬を引き攣らせるリツコであった。
気持ちを落ち着かせるように深呼吸して本題に移る。

「ファ、ファントムとはどの程度の性能があるんですか?」

……まだ動揺しているようだった。

「シンクロは僕達以外じゃ80%が限度かな」
「その他のスペックはエヴァの99.89%時の一割ダウンくらいですね。
 ただ機械的な補助を組み込みますので機動力の向上は可能ですわ」
「そうだね。エヴァは細身の女性体に近いけど、ファントムは成人男性みたいにある程度の筋肉が付いた感じかな」
「無骨な騎士よ、シエル」
「そうそう、それだよ。後は装備を変更する事で戦術を選択出来るようにした汎用型だね」
「ネルフの口先だけの汎用型ではありませんね」
「あれは局地戦限定兵器。コンセントとコードがなければ、五分しか動けないポンコツ」
「そうですわね。うちのはS2機関の搭載はいつでも出来ますし、内蔵電源で最低でも三時間はフル稼動しますわ」
「外付けで半日は可能ね」
「武装も充実させたもんね。遠距離、中距離、近距離の全部対応できるよ」
「量産性はエヴァなんて足元にも及ばない。エヴァ一機に掛かる費用で十機は楽に作れる」
「そ、そうですか(戦自も良い買い物したわね……出来れば一機貰って分析したいわね)」

量産性に優れた汎用人型兵器――ファントム。
これからの戦争の主流になりかねない一品を簡単に設計した彼女らに驚きつつ、その技術に触れてみたいと思う。


『それでは、これより質問の場に移りたいと思います』

壇上の時田が説明を終えて、質問の場を設けている。
リツコは手を上げて質問する事にする。一応、形だけでも質問しておかないと冬月辺りがウダウダ言いそうだったからだ。

『それではネルフの赤木博士どうぞ』
「それでは質問させて頂きますが、JAは核動力を内蔵の予定だったのではありませんでしたか?」
『それに関しては日本が持つには相応しくない兵器になるという懸念を考慮して、新型の内蔵電源に切り替えました。
 我が国は非核三原則というものがありますので、兵器になるかもしれないJAに核動力は国際問題に発展しそうですから』
「なるほど……国民感情というものですね」
『それもありますが、現代の戦闘というものは長期の作戦行動は監視くらいでしょう。
 専門家の方に聞いても、150日間動けても意味があまりないと言われたものですから……操縦者が持たないそうです。
 遠隔操縦も考えたんですがタイムラグもまだまだありますし、一瞬の判断が必要な戦闘では無理みたいです』
「なるほど、それは一理ありますね」
『最終的にJAは二系統に分離すると思います。
 有人型の戦闘用JA2と申しましょうか、それと限りなくコストを下げてスパコンの制御で複数で行動する土木用です』
「土木用ですか?」
『はい、人型ですから応用が利くんです。オプションの拡充が出来れば、どの重機の代わりも出来ます。
 マギクラスのコンピューターの一括制御で作業現場を管理して24時間体制で作業も可能です。
 災害救助も僅かな管理スタッフを交代させながらフル稼働も出来ます』
「それは復興事業とかに役立てそうですわ」
『人が作業するには難しい場所でも機械のJAなら動けるでしょう。
 JAは人の代用であり、人を支えるものとして存在すれば開発者冥利に尽きます』

時田は誇らしげに胸を張って答える。
戦闘用も大事だが、人の未来に貢献するという科学の本分に立ち返るのも悪くないと思っている。
自分が学問を学んだのも誰かの役に立ちたいという思いから第一歩を出したのだ。

『人あっての科学です。世界に貢献できる物を作り出したのは嬉しい事です』

そう締め括って質問を終わらせると、JAの機動テストを会場のお客に披露する。
リツコは前回とは比べ物にならないくらい滑らかできびきびとした動きをするJAを見ながら尋ねる。

「ファントムはこれ以上なんですよね?」
「当然、あれはATフィールド発生システムは組み込んでないし、関節だって蛇腹じゃないよ」

起動しているJAは蛇腹関節であるが、JA2であるファントムは蛇腹関節ではないとシエルは答える。

「OSはナオコが向こうで最初に作ったシステムだけどね」
「ファントムは更に戦闘用のOSが入っているからシンクロ率が80%でも十分エヴァに対抗出来る」

母親――ナオコの製作したファントムに俄然興味が沸いてくるリツコ。
ナオコに対するコンプレックスはあるが……それ以上にどれほどの物なのかという好奇心が出る。

「そうですね。かつての私の三倍の強度のATフィールドを常時展開出来ますわ。
 後はパイロット次第で更に強度も上げられますし、二つの展開も可能ですわ」
「もっとも限界はある。私達が負ける事はありえない」
「人の限界と我々の限界は差があるね……その差は容易に埋められないし、埋まるものじゃないよ。
 私達も向こうで鍛え直したから」
「ここにいるのは新生して、それぞれの能力を見せ合って自分のものにした者よ」
「同じだと思って相手にしたら……大火傷で済まされませんわ」

不敵な言い様の三人に少し腰が引けるリツコ。

『では、これより戦略自衛隊との共同開発で製作したJA2――正式名称はMG−01ファントムのお披露目になります』

その言葉と同時にJAの発進口から新しい機体が出て来る。
テスト機ゆえにグレーのカラーリングで無骨なイメージを醸し出す――ファントム。
頭部は人型にはない流線型で一つ眼の様なガンカメラとセンサーを複合させた角が頭頂部から後方に流れる様に付いている。
肩は複数の武器をマウント出来るように大きく張り出した形に設計されている。
胸部は複合装甲で固められ、パイロットの安全性が重視された造りであり、背面には加速用の推進装置もある。
腰周りにも武装をマウントできる設計が加えられている。
脚部はフル装備時の重量を支えられるように太めで、脹脛の部分にジャンプ用の推進機構もある。
隣に立っているJAとは全く別物の機体であり、戦闘用というだけの存在感を見せつけている。

『現在は戦闘用のオプション装備を開発中ですが、最終的にはあらゆる局面での戦闘が可能な機体へと計画しています』

歩き出すファントムはまだぎこちなさがあるがATフィールドを目の前で展開して模擬弾を防いだ瞬間、会場は歓声が沸き起こり、招待客は使徒に対抗できる機 体を日重が開発したと確信した。

『まだ操縦経験の浅いパイロットですが経験を積めば、まだまだ動きはスマートに、そしてダイナミックになります』

「あらあら、みっともなく睨んでいますね」
「ホント、醜い顔だね」
「見当違いの復讐劇に踊る道化」

苦々しい顔でファントムを睨みつけているミサトを三人は呆れと侮蔑を含んだ声で話している。

「本当に無様ね、ミサト」

自分の手で使徒を葬り去る機会が減る事を危惧したのだろうが、ラミの言う通り見当違いも甚だしいのだ。
冷静に落ち着いて周囲を調べて、少々危ない橋を渡る覚悟があれば真実に辿り着ける立場にいるのに……復讐心の前に視野が狭窄している為に辿り着けない。
本音を曝け出して協力を頼めば味方はいるのに、本音を曝け出す事に怯えて上辺だけの付き合いで誤魔化す。
そんな事をしている限り見当違いの方向で進んで、本来の仇に協力し続ける事になるピエロのままである。

「手を貸してあげないの?」
「私は友人だと思っているけど、本音を隠されたまま利用される気はありません」
「嘘はダメだよね。相手に失礼だ」
「臆病すぎるのも問題ですわね」
「ある意味……あのヒゲと似てるわ。誰も信用していない。
 友人である、あなたさえも自分の心に踏み込まれるのを嫌がっている」

ラミエルの指摘にミサトとゲンドウの相違点に気付くリツコ。

「確かに人の意見に耳を貸さずに自分の願いだけを押し付けるのは同じですね」

世界を救うという免罪符を掲げて自分を正当化するミサト。
特務機関ネルフの権限を使って、傲慢に物事を進めるゲンドウ。
上司が上司なら下も似たような人物になるという典型的なパターンだった。

「あなたも苦労しそうね」
「あんな上司と同僚じゃあ、面倒ばかり押し付けられるんじゃない」
「周囲に迷惑ばかり掛ける上司と同僚……ご苦労な事です」
(し、使徒に同情される日が来るなんて……私ってホント、上司と友人に恵まれないわね)

ラミ、シエル、サキの三人の使徒から同情されてリツコは乾いた笑い声で返事をしていた。

……ファントムの完成によって日本国内におけるネルフの優位性は失われる。
特務機関ネルフと戦略自衛隊の関係に一石が投じられ、波紋を巻き起こす事になる。










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どうもEFFです。

シンジ達の嫌がらせは着実に世界に波紋を起こしています。
今回のタイトルは"人が造りしもの"を"使徒が造りしもの"に変えてみました。
ファントムのイメージはアーマードコア2の中量級の機体でACランキング1もプロビデンスしょうか。
あの機体は格好良いと思う。

それでは次回もサービス、サービス♪



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