駅の構内でマユミとリンは対峙している。
「まあ、精々人の顔色窺って無難に生きてけば」
「……最後の最後まで嫌な事言いますね」
ムッとした顔でマユミは不愉快な事を告げるリンに聞く。
「あの人は誰なんです?……私の身体の事を知っていた「知る必要ないわ」」
途中でマユミの声を遮るように告げるリンの顔から表情が消えていた。
一切の感情を削ぎ落としたように能面みたいであり、瞳はマユミを映しているが見ていない様子だった。
「好奇心、猫を殺すという言葉がある……自分の身を守れるか、死ぬ覚悟があるなら踏み込んで来なさい」
「それが……ネルフの流儀ですか?」
マユミが怯えるような眼差しで聞く。
殺されかけたから説明を求めたが、一切答える気がないと言う。しかも、脅しを掛けるやり方に気分は良くない。
「じゃあ、ネルフに全部話しましょうか……実験材料になる?
人間扱いなんてするような甘い連中じゃないわよ」
「そ、それは……」
「私はネルフの一員だけど……ネルフじゃないから、こうやって最後通告してるの。
この街での事は忘れなさい。それが一番最良の選択よ」
「……助けてくれるんですか?」
「ま、今回はね。次はどうなるかは分からないけど……」
「伝言お願いしてもいいですか?」
「なに?」
「ありがとうございました……と」
「仕方ないわね。
これは忠告よ……人を好きになりたいのなら、ちゃんと向き合いなさい。
何も言わずに分かって欲しいなんて……傲慢よ。
向き合って傷付く事は当たり前、痛がって逃げ続けても何も変わらないわよ」
「忠告……痛み入ります」
「あなたの人生だから自分の好きなように生きて……そして死になさい。
今のままだと必ず最後の最期で後悔するわよ。ああしておけば、こうしておけばってね」
リンの話が終わった時にベルが鳴り、マユミは列車に乗り込み……列車は走り出す。
マユミは列車の中でこの街での事を回想して呟く。
「後悔か……死にたくないっていう感情があるとは思わなかった」
首を絞められ、意識が朦朧とする中で死にたくないと思ってしまった。
自分が死ねば、体内の使徒も死ぬはずだから人類が救われるかもと思っていたけど、土壇場で嫌だと考えてしまった……まだ死にたくない、自分はもっと生きた
いと……。
「少しだけ前向きに人と向き合おうかな……生きていれば良い事があるかも」
本の世界ではなく、自分の生きている世界に目を向けてみようとマユミは思う。
死にたくない……生きたいと願ったのだから。
列車が去ったホームを一瞥するとリンは歩き出す……次の戦いでイロウルが還ってくるし、ナオコに逢えるのだ。
老人達のくだらない願いを叶える気はないので、立ち止まらずに歩いて行く。
RETURN to ANGEL
EPISODE:18 近付く脅威
著 EFF
『ロストナンバーを使う』
開口一番にキールが通達した内容に他のモノリスは途惑っていた。
『よ、よろしいのですか?』
『あ、あれはまだ試作段階ですぞ』
『タブリスの方に問題が起きませぬか?』
『半端に戦力を投入するよりはマシだ』
『ですが……制御できますか?』
『然様、一歩間違えば記述にないものを生み出しかねません』
『リスクは承知しているが……ヘルハウンドで勝てると思うのか?』
『それは……』
ヘルハウンド――ハウンド壊滅後に再編制したサイボーグチーム。
最新の技術を投入しているのでハウンドより高性能なサイボーグではあるが……突出してもいない。
スペック的には優秀だが……そう変わっていないという指摘もあるのだ。
『どうせ捨て駒になる可能性があるなら……不安定でも強力な駒を使うべきではないかね』
『しかし、こちらの制御を離れて……想定外の使徒になる可能性も』
『リスクは承知の上だ。
日本にスピリッツの拠点がある以上はこちらも強力な駒をぶつけ、且つ失っても構わない駒を使うのが最善だ』
キールの意見に逆らう気はない。ヘルハウンドを失えば、自分達の防御力が低下するのも事実だ。
『約束の日まで我らは死ぬ訳には行かぬ。
代替案がなくば、進める……異存は無いな』
『『『全てはゼーレのために』』』
押し切る形でキールは決議する。回線を閉じて一人呟く。
『今度は如何なる介入があろうともこちらが勝つ。
人を超えしものに人が敵う訳が無いのだ』
ロストナンバー――ゼーレが秘匿している第十七使徒タブリスの細胞と人を掛け合わせたハイブリット。
精神が不安定だが、重火器に耐えられるATフィールドを発生させる事も可能なハウンドを上回る防御力を持つ機械仕掛けの人造使徒。
これならスピリッツが介入しようとも敵ではないと判断する。
問題は自分達の制御から外れ易く……暴走する事が多い点だが日本で暴走しても困る事は無い。
何故なら有色人種が何人犠牲になろうが、選ばれた民である自分達に被害が出なければ瑣末事なのだ。
上手く実戦投入できれば、日重への攻撃も可能ではないとキールは考える。
いつまでもスピリッツの好きにはさせないと思うが……所詮、使徒の粗悪品では彼らに勝てない事をキールは知らなかった。
第87蛋白壁の前にリンは立っている。
薄っすらと染みのような物に手を触れると赤い八角形の小さな点が多数出現するが、リンの触れている場所に集まり消える。
「おかえり……ウル姉さま」
優しく微笑むように呟いたリンは壁から手を離して軽やかにステップしながら家へと帰る。
第十一使徒イロウル……誰にも気付かれる事なく回収完了。
「それ、どういう事?」
夕食の席でアスカがリンに聞く。
「第十一使徒を回収しただけよ。
あれってゼーレの関係者が持ち込んだ資材に混入されていたから」
「ったく……出来レースもいい加減にして欲しいわね」
アスカがウンザリした顔で言う。前回はイロウルの所為で裸のまま放置されるという事態になったのだ。
その元凶がゼーレだと教えられて、ろくな事をしないジジィだと不愉快になっている。
「じゃあ、自己崩壊プログラムって不要になったわけかしら?」
「ううん、ダミー動かすよ。記述に無い様な事態になれば、ヒゲ辺りが不審に思うから」
リツコが事前に用意したプログラムは無駄になったかと思い、残念がっていたのをリンが慰めるように話す。
「垢落としは、やっぱあるのね」
「それ、しないわよ。ダミープラグ計画は頓挫したから普通の実験に変更しているから」
「ラッキー♪ 何が悲しくて裸で何時間も放置されなきゃなんないのかと思ってたのよ。
プラグスーツなら無いよりはマシよね」
前回の一件では腹立たしい限りの扱いに終わったので今回はマシだと思うと気分もいい。
「私としても、ナオコお姉ちゃんが還って来るから嬉しいな。
あっちじゃ、お父さんもママも結構忙しくしてたから、ナオコお姉ちゃんが良く遊んでくれたし」
「……母さん、還って来るのね」
リツコは複雑な顔でリンの話を聞いている。
一度は死別したと思っていただけに、また会える事になると思うと嬉しいが、
「色々教えてくれたんだよ。
リツコお姉ちゃんより若く見えるし」
そう、この点だけは我慢ならない。
生きていれば50を超えているくせに……二十代前半の若いままの姿というのは許せない。
娘の私が苦労しているのに、のんびり眠っているなんて狡いと思ってしまう。
「あっと、一つだけお願いあるけど良い?」
「何かしら?」
「爺様方が私の捕獲に人造使徒を送り込むみたいだから実験は私だけにして」
「人造使徒?」
レイがリンの話した内容に反応する。自分と同じような存在かと思って、気になった様子だった。
「生きた人間に使徒の細胞を植え付けて機械化したエヴァの人間版」
「そんな事までしていたの?」
「少し興味があるわね」
アスカがウンザリした顔で、リツコが科学者としての観点から会話に加わる。
「十七使徒が人の姿をしているから、その細胞を採取して実験したのよ。
もっとも使徒の持つ本能にじかに接触するから精神面はかなり不安定で暴走しやすいのが難点だけど」
「……ATフィールドは展開できるの?」
「可能だけど内蔵バッテリーが長く持たない欠点があるから精々五分くらいかしら。
強度もエヴァほどじゃないけど、重火器は無力化できるみたい」
「全く、面倒なものを作るわね」
「アスカの言う通りだけど……問題は使徒の身体と同化して使徒化する点が怖いのよ」
「何よ、それ。規格が合うってこと?」
「エヴァが人と使徒の細胞を掛け合わせたハイブリットだから理論的には可能なのね」
「私と同じなの?」
レイが不安そうな顔で聞いてくる。自分の存在が酷く虚ろに感じられる。
都合の良い手駒としてゲンドウが扱っていた時の事を思い出すと……どうしても不安になってくる。
「ううん、レイお姉ちゃんとは全く別。
人として生まれた身体に細胞を植え付けるから拒否反応も出るわ」
「……どうして、そんな事をするの?」
「上手く行ったら機械化した身体を放棄して、新しい身体を得る為よ。
使徒の持つ生命力に魅力を感じている生き汚い老人達ね」
「はん、バッカじゃないの。
そんなこと上手く行くわけないじゃない!」
「でも、良いの。
リン一人で相手をして勝てるの?」
リツコの疑問にレイとアスカもリンに目を向ける。
「一人じゃないよ。何人か、支援してくれるけど」
「そうなの?」
「うん、一人でも十分勝てるよ。
だってエヴァと素手で殴り合って勝つ自身あるもん」
「……そうだったわね」
「見かけは人間だけど違ったわ」
「オリジナルのリリンと同じなのね」
リツコ、アスカ、レイがリンを見て納得する。
リンが人間サイズの使徒だとうっかり忘れてしまっていた。
「そうなのよね。普通に暮らしているから忘れてた」
「そうね」
「じゃあ、実験は別の日に行うように手配するわ」
「ゴメンね。リツコお姉ちゃんに迷惑掛けて」
「気にしなくてもいいのよ。こっちも予算の節約に協力して貰っているから」
使徒の解体をアンチATフィールドで処理できる点は非常にありがたい。
ゼーレには極秘で行っているが、リツコの手元にはアンチATフィールドのデーターが着実に集まっている。
解析には時間が掛かりそうだが、新しい研究を始めたいリツコにとっては感涙ものだった。
「悔しいけど、アンタが一番貢献してるわよ。
それより次の使徒とその次はどうすんの?
アタシとしては弐号機で倒せるなら、やりたいけど」
「ダメ、基本的に初号機以外は性能差が大きいから」
アスカが次のレリエル戦に話題を変えるとリンが困った顔で話す。
「なんでか、聞いていい?」
「初号機はね、リリスの身体を切り裂いて臓器とコアをそのまま流用したダイレクトコピーなの。
零号機はリリスの細胞と人の細胞から作られた試作品で、その資料から得た結果でアダムから弐号機以降が完成したの」
「とんでもない事するわね。生きた使徒を解体して作るなんて」
「人の業の深さね。あの人は何を考えてエヴァを作ったのかしら」
「人に未来を遺すって言ってたけど……自分の子供を犠牲にしてでも遺したかったなんてサイテ〜。
その実験結果でキョウコさんが人柱にされたから、いい迷惑よね」
「ムカつくわね……諸悪の根源ってやつ」
「だよね〜。そんな訳で初号機は他のエヴァとは意味合いが違うのよ」
「なるほどね。ある意味、第二使徒そのものなんだ」
前回の初号機と弐号機の違いが分かり、納得するアスカ。
同じ機体の筈なのに何か違和感があった点がやっと理解できた。初号機は使徒そのものと変わらないと事だったのだ。
「じゃあ、最初からS2機関もあったわけね」
「不完全な状態で接続してたけどね」
「危機的状況で動くというの?」
「その通りよ、レイお姉ちゃん。
生存本能を刺激されて起動して、婆さんも目を覚ます仕組みなの。
前回の一連の暴走はオバサンの不手際で危機的状況にして、お父さんを追い詰めて婆さんの本能を刺激するシナリオ」
「最悪ね、最初からシンジって道具扱いだったわけね」
「第三使徒戦なんて訓練なしで使徒と戦えだよ。
最初から暴走で倒す事を前提としたシナリオなんだから」
「もしかして、私の事故も……」
レイが不安そうな顔で聞いてくる。
「その通りよ。オートイジェクションの誤作動ではなく、人為的に出されたわ」
「リツコさんがしたのですか?」
「いえ、私もこの件は関与してないわ。
まもなく使徒戦が始まるって時に、そんな危険な行為をするなんて予想外だったわ。
私は実験後に不審な点があって、そこから予想しただけで証拠は無いわ」
リツコもこの件に関しては文句が言いたかった。
自分に話してくれれば、もっと安全な方法を選択する事も出来たのだ。
態々零号機を暴走させなくても他にも手段があるのにと考える。
「結局のところ、私も信用していないのよ。
他の者より多少は知らされているけど肝心な点は黙っているの」
リツコも不満な様子を隠さずに話す。
一応協力者だからもう少し詳しく話してくれると動きが取り易くなるのに黙っている。
そのくせ、仕事ばかり押し付けるのは我慢出来ない。
結局、あの男は誰も信用せずに駒のように扱うだけの男だとはっきりと理解していた。
「サイテ〜ね。とりあえず弐号機と初号機の違いは分かったわ。
第十二使徒は初号機でないと還って来れないって事なのね」
「多分ね、S2機関があれば、もしかしたら大丈夫かも知れないけど……自信ない」
「取り込むのは……喰らうしかないのよね」
アスカが弐号機にも搭載できないか考える。
「取り込んだら間違いなく凍結処分よ」
「そうだったわね……バレない様に誤魔化さないと不味いか」
レイの指摘に弐号機が凍結される光景を思い、複雑な顔になるアスカ。
無限の活動時間は魅力的だが……動かせないのなら一緒かと思う。
「それにS2機関を動かす時は気を付けないと……ね。
なんせ、最初に膨大なエネルギーを放出するから、爆発イベント付きだから」
「物騒な話ね。アンタのエヴァも爆発すんの?」
「もう起動しているから大丈夫だけど、誤魔化すのが面倒なのよね。
活動時間のタイマーを気にしながらって、大変なのよ」
「……私達の機体とは逆の意味で注意が必要なのね」
「五分過ぎても動けるなんて知られたら……凍結だもんね」
レイの指摘にアスカも困った顔で話す。
「極秘で調査してるから、研究が進まないのよね。
未知の機関――S2機関なんて科学者からすれば、垂涎物だけど…」
スタッフを集めて一気に研究したい気持ちのリツコだが、そんな事をすればゲンドウが煩いから出来ずに手を拱いている。
おかげで細々と自分の手で分析を続けている状態で不満が一杯だった。
そのくせ、面倒な仕事を押し付けてくるからキレたくなる。
不穏なオーラを溢れ出すリツコにアスカは思う。
(リツコにばっか、しわ寄せ来てるのね。ご愁傷さま……そのうち、良い事あるわよ)
そしてレイもリツコの様子を見て思う。
(リツコさん……ある意味、ネルフで最も苦労している人……何か美味しい物でも作ってあげよう)
リンもまたリツコを見て、
(ナオコお姉ちゃんは結構気楽にしてたけど……リツコお姉ちゃん、真面目だから溜め込むから大変よね。
今度、猫耳メイド服着て、側に居てあげようっと、多分元気出ると思うから)
と考えているが、それこそがリツコに負担を掛けるとは思ってもみなかった。
自分自身を常識人と考えるリツコにとって、ユリじゃない、ショタでもないと反芻させて、心に負担を掛けている事をリンはまだ知らない……カミングアウトす
れば、救いもあるが自分を常識人と位置付けるリツコにとって絶対に譲れぬ線だった。
リツコの苦悩の日々はまだ続く……。
加持は内調からの警告に頭を痛めている。
ゼーレからは中断するように通達があったが、「はい、そうですか」と言えるほど従う気もない。
一応、両者の顔を立てるように大人しくしている振りはしているが、独自の調査はする気満々だった。
冷却期間を置いてから調査を再開しようと計画すると同時にもう一つの調査をしようと考える。
「よっ! アスカ、調子はどうだい?」
シンクロテストが終わった頃を見計らって、アスカに声を掛けてみる。
「まあまあってとこ。
加持さんってば何処ほっつき歩いているの……連絡取れないから困ってたのよ」
「そりゃ悪かったな。監査部の仕事であちこち出張してたんだよ」
「せっかく奢って貰おうとしたのに……つまんないわね」
思わず頬が引き攣る――リツコに口止め料を支払ったばかりで少々金欠気味だったから余計な出費はしたくなかった。
アスカといい、リッちゃんといい、もう少し遠慮して欲しい気がする加持だった。
「じゃ、先に行ってるわね」
「右に同じ。今日の夕飯はハンバーグだから……奢らせるのは良いけど食べ過ぎると大変よ」
レイとリンがアスカに一言言って離れて行く。
「オッケー。ジャンボパフェはやめとくわ」
「ア、アスカ?」
「さ、食堂が私を呼んでいるわよ。行くわよ、加持さん」
アスカに腕を掴まれて引き摺られるように食堂に向かう加持の顔は引き攣っていた事は言うまでもなかった。
この分では容赦のない出費があるのだと確信したのだ。
「う〜ん……ジャンボパフェは夕食があるから、我慢するとして、やっぱコレで決まりね!」
アスカが食堂の食券売り場で決めた一品を見て加持は鬼だと思った。
視線の先にある物は……デラックスプリンアラモード、食堂で二番目に高い品物だった。
(トホホ……完全に冷え切っちまったな)
デラックスの名に恥じない一品で相応の値段が付いているので、加持の財布からお札が飛んでいる幻覚が見えている。
「で? 何を聞きたいの?」
「え?」
「暇じゃないのに態々顔を出しているからには何か聞きたい事があるんでしょ」
アスカが真剣な顔で聞いてくるので思わず驚く。
「アタシに盗聴器を仕込んだ一件は頭に来るけど、散々奢ってもらったからチャラにするわ」
「な、何の事かな?」
「オーバーザレインボーでアタシの服の襟に盗聴器を仕込んだ件を表沙汰にしたいの。
さすがに監査部でも人権問題に抵触しそうだけど……あのヒゲがそんなこと気にする訳ないし、コレで勘弁してやるわ」
ジロリと睨むアスカに進退窮まった加持は肩を竦めて詫びる事にする。
「悪かった……一応仕事なんで勘弁してくれると助かるよ」
「次は許さないけどね。
仕込んだら技術部経由で苦情を出すから」
「さ、作戦部じゃないのか?」
「ミサトの懐柔が得意な加持さんに作戦部を使うなんてナンセンスよ。
どうせ嫌がらせするならリツコ経由のほうが効果あるじゃない」
アスカの意見に加持の頬が引き攣る。
葛城相手なら言いくるめる事も可能だが……リッちゃん相手となると不利だと思っている。
「で、何が聞きたいの? 当然、情報料は貰うけど」
「ちゃ、ちゃっかりしてるな」
「当然でしょ。リツコが言ってたもん"都合いい女にはなるな"って」
「なんつ〜事を言うんだよ、リッちゃん」
ニヤリと笑うアスカに加持は頭を抱えていた。
「ちょうど……欲しい服あったのよね。
ちょっと手が届かないかな〜と思ってたけど……加持さん、ダンケ♪」
「う、恨むぞ、リッちゃん」
加持の財布から再びお札が飛んで行く幻覚が見えた事はごく自然な流れだった。
デラックスプリンアラモードを見て、満足そうな顔で食べ始めるアスカ。
「さすがね……デラックスの名は伊達じゃないのね」
「そりゃ、良かったよ」
青色吐息の加持とご満悦なアスカ。
通りかかる職員は加持の嘆きにご愁傷様と思っていた。
「で、何が聞きたいの、加持さん」
「直接聞く事にするよ(財布が寒いから聞けないなんて言えんな)」
「別に良いけどさ。どうやって接触するの?
加持さんには接点ないと思うけど」
「痛い所を突くな」
「だって、ミサトとは犬猿の仲よ。
断言しても良いけど、ミサト経由じゃ絶対に警戒されるわよ」
「リッちゃん経由は……ダメだな」
加持がリツコを経由して目的の人物――赤木リン――に接触しようとしたが却下する。
「リツコなら絶対に気付いて後が……怖いわよ〜」
からかうようにアスカが話してくる。
ありえる話なので加持としてもリツコを怒らせる真似だけは絶対にしたくないと思う。
「大丈夫。二万で手を打つから♪
アタシってば、優しいよね〜〜天使のようなハートを持った美少女よ」
ニンマリと哂うアスカに、"絶対天使じゃないぞ、小悪魔だぞ"と加持は気付かれないように思っていた。
この日、加持の財布は絶対零度の寒さになった事を加持本人以外は誰も知らなかった。
当分、お昼はカップラーメンか、かけ蕎麦だなとふか〜いため息を心の中で吐く加持だった。
その頃、リンとレイは食材の買い物で近くのスーパーマーケットに来ていた。
「レイは肉のハンバーグと豆腐のハンバーグのどっちにする?」
「……豆腐にするわ」
「アスカが肉で、レイは豆腐と。
私とリツコお姉ちゃんはサイズを半分にして両方食べる事にして……」
買い物籠に食材を二人は入れて歩いて行くと背後から声を掛けられる。
「赤木さん、綾波さん」
「ん? 洞木さんも買い物」
二人が振り向いた先に洞木ヒカリともう一人。
「こ、こんにちわ、リンさん、レイさん」
「ナツミちゃん、こんにちわ」
「こんにちわ」
鈴原家の台所を預かる少女――鈴原ナツミが二人に挨拶していた。
意外な交友関係と思うかもしれないが……台所を預かる者として、この場所で顔を会わす事は度々あるのだ。
まずリンとナツミが仲良くなり、レイ、ヒカリの順に話すようになった。
ナツミのお供で買い物に来たトウジとリンが出会った事が始まりだった。
腰が引けている兄の様子を不思議に思いながら、リンに何があったのか聞いたナツミは……その日のトウジの夕食のおかずをメザシ一匹にした事は当然の処置
だった。
「お兄ちゃん、学校でバカやっていませんか?」
「あの人がバカなのはいつもの事」
「あ、綾波さん!」
容赦ないレイの一言にヒカリは困った顔で注意する。
「そうね。相田のバカに付き合って恥を晒しているわ」
「あ、赤木さんも!」
「そろそろ、友人は選んだ方が良いと思うけど……結構お人好しだからダメね」
「相田ケンスケの盗撮は犯罪行為の一歩手前。
鈴原トウジも巻き込まれると思うわ」
一応、礼儀は弁えているかもしれないが、勝手に撮って売りさばく事は許される事ではない。
着替え中等の写真はないので大きな問題にはなっていないが……プライベートに勝手に踏み込むのは犯罪だとレイは考える。
もっとも、これはリンから教えてもらった事で、関心を持ち始めたレイの心の成長とリツコは思っている。
「今度、女子の意見をまとめて警察に届出を出そうかな。
でも、鈴原兄も警察行きになるかもしれないからダメよね?」
「お兄ちゃんって何してるんですか?」
「写真の販売時のボディーガード。
売り上げの一部を貰っているの」
「そんな事してるなんて……お父さんとお祖父ちゃんに言うから!」
兄が学校でおかしな事をしている事を知ってナツミは怒っている。
リンは一枚の封筒をナツミに渡して告げる。
「これをお父さんか、お祖父さんに直接渡して」
「なんですか、これ?」
「今回の件の詳細が書いてあるわ。
私としては公にする気がないから、二人の判断に一任するって言っておいて」
「それってどういう意味なの、赤木さん?」
ナツミに封筒を渡すリンにヒカリが尋ねる。
「チルドレンの存在は基本的に機密情報に関する事なの。
相田のバカがやっている事は機密情報を売りさばく事と同じだから……このまま放置すると命の危険性もあるのよ。
当然、鈴原もその危険性があるだけ」
「そうね。エヴァを動かせる人物の資料を欲しがる人は幾らでもいるわ」
「少々危ない橋を渡っても欲しがる連中もいるから相田と鈴原を拘束するのが楽なんだけど……洞木さんに恨まれそうだし」
「あ、赤木さん!!」
真っ赤な顔で抗議するヒカリを見ながら、リンはナツミに聞く。
「どう? 洞木さんがお姉ちゃんになるのは?」
「……悪くないかも」
ナツミのこの一言にヒカリは口をパクパクと動かして声にならない言葉を発していた。
「そう……良かったわね」
(あ、綾波さんにもバレてるの!?)
ヒカリは自分が孤立無援だと知り、力尽きたようにガックリと肩を落としていた。
翌日、鈴原トウジは顔に青痣を付けて登校する。
ナツミからの連絡ではお父さんとお祖父ちゃんの二人から一晩掛けて説教を受けて、事態の深刻さに気付かされたらしい。
トウジはケンスケに今後は隠し撮り写真の販売には手を貸さないとはっきりと告げて危険性を訴えるが、ケンスケは聞く耳を持たないでトウジと喧嘩別れする。
自分の興味本位で動くケンスケは次第にクラスから浮いて孤立するが、本人は気にせずに行動を省みない。
事、此処に至ってリンは決断して、アスカとレイに話す。
「……しょうがないわね。誰が乗っても同じなら相田を乗せるわ」
「ヒカリとジャージを乗せるよりはマシね」
「そうね。ヒカリさんを傷付けるのも、悲しむ顔も見たくないわ」
コード707――予備チルドレンを集めたクラス。
第十三使徒バルディエルへの供物となるのは相田ケンスケとリンは決めた。
ダミープラグを使用する意見もあったが完全な物を使うとゲンドウもゼーレも悪用する可能性が高いので、前回の資料をそのまま流用してゼーレしか使えないよ
うにしておく事に決めた。
クラスの誰かが犠牲になるのなら……志願したがるバカにすれば良い。何度も注意したが反省しない以上は自分の命をチップにして戦場に立ってもらう事にす
る。
完全無欠の正義などリンは信じていないし、自分に出来るのは高が知れていると考えている。
どうせ、嫌な思いをするのなら自分で決めたいと思い、リツコにフォースチルドレンの一件を話しておく。
「……そう、面倒な人物だけどその方向で決めておくわ」
「ゴメン、リツコお姉ちゃんにまた負担を掛けて…」
「いいのよ。嫌な決断を迫ったのは私なんだから」
誰をフォースチルドレンにするのか……そう尋ねたのは自分なのだとリンを慰めるように話す。
「悲しくて、泣きたい時は泣いても良いの……お姉ちゃんに甘えてもいいわよ」
優しく諭すように抱きしめたリツコにリンは肩を震わせて静かに泣いていた。
精神的にかなり鍛えられているが、まだ幼い部分を残しているとリツコは思っていた。
誰も犠牲にしたくないと思うけど決断しなければならないから苦しいのだ。
少々へそ曲がりな部分を持っているが、その本質は心優しい少女だとリツコは理解している。
(こんなの柄じゃないけど……まあ、悪くないか)
静かに泣き続けるリンの頭を撫で続けるリツコだった。
伊吹マヤはこの頃忙しくなったなと感じている。
元々好きではなかったダミープラグの研究は中止になったから、楽になったと思ったが先輩は他の仕事を与えてくれる。
この仕事もその影響だろうと考えていた。
「ロジックコードの変更は最終手段として……」
「マヤちゃん、何の仕事だい?」
同僚の青葉シゲルが尋ねてくる。
「ハッキング対策の一環で……マギ一基で何処まで対応できるかの予測をシミュレートしてるんですぅ」
「それって戦自対策?」
「どうでしょうか? ちょっと自信はないですね」
「でもさ、ウチってエヴァとマギを落とされたら終わりだぞ」
「……そうですね。マギを落とされたら、エヴァの運用にも影響出ますね」
「赤木部長もその点を注意しているからマヤちゃんにも考えさせたいんじゃないか。
マヤちゃんが専任のオペレーターだし、それだけ信頼されているんだよ」
「うう……その分、仕事が増えるんです〜」
「そ、そりゃ、困るかもな」
涙目で話すマヤにシゲルはマヤの仕事量の増加についていないとしか言い様がなかった。
そんな時、リツコが発令所に入って来てマヤに告げる。
「マヤ、今日は定時で上がって良いわよ」
「ホ、ホントですか?」
「ええ、明日からカスパーのオーバーホールするから最悪徹夜仕事になるから今日はゆっくりと休みなさい」
「そ、そんな〜〜」
天国から地獄へと一気に突き落とされたなとシゲルは思っていた。
「なんなら今日は一緒に帰って家でご飯食べる?
今なら連絡取れるから、追加できるわよ」
「お泊りオッケーなら是非に♪」
「……ま、いいわ。課題が終われば、その時点で上がっていいわ」
リツコは少々頭を抱えるようにして告げる。
「任せて下さい、先輩!」
一気に作業を進めるマヤにリツコは深いため息を吐いている。
「やっぱり……そういう趣味だったのね」
マヤには届かなかったが、シゲルの耳には届いた呟きにシゲルは肩を落とす。
(そ、そういう趣味って……そうなのかい、マヤちゃん?)
「あなたも大変ね。日向君といい、あなたといい……報われないわね」
「マ、マコトと一緒にされるのは嫌なんですが」
「そう……傍で見ていると変わらないと思うけど」
「あいつは葛城部長のパシリですけど、俺は断じて違いますよ」
「そうね。でも……あの子、潔癖症だから振り向かせるの大変よ」
リツコがマヤの方を見ながら困った顔で告げる。
「何て言うか……可愛いものや同性なら綺麗だと思っているのかもしれないわね。
潔癖症なんて……自分が汚れていると気付いた時が大変なんだけど」
「リアルな存在はダメって事っスね」
「……多分、ロジックじゃないのは専門外だから。
青葉君も、もう少し他の女性に目を向けたほうがいいわよ。
その方がきっと……楽だから」
「……ご忠告感謝しますが…………はい、そうですかと言うもんじゃないっス」
「そうね。まあ、頑張りなさい」
リツコはシゲルに言うべき事は言ったという態度で発令所を後にする。
いつもの倍以上のスピードで仕事をするマヤに、シゲルはどうしたものかと悩んでいる。
自分のライバルが赤木部長とリンちゃんの二人だと考えるとお先真っ暗だと感じてズズ〜〜ンと沈んでいた。
ドイツから第三新東京市に向かう一団がいる。
「所詮、失敗作は使い捨てなのかね〜〜」
「黙ってろ」
「良いじゃねえか……一々うるせえ男だな〜〜」
語尾を伸ばすように話す男はしまりのない顔でヘラヘラと笑っている。
真面目な顔でいれば、好感の持てる人物に見える気がするが……薄ら笑いの所為で台無しといった感じだ。
もう片方の男は無表情に近い、しまり過ぎて怖い印象しか持てない人物だった。
他にもいるのだが、それぞれが奇妙な行動しかしていない。
ある者は膝を抱えてブツブツと周囲に聞こえないくらいの低い声で呟いては笑みを浮かべている。
また、ある者はピクリとも動かずに硬直したままの姿勢で座り続けている。偶に瞬きするので生きていると思うがまるで精巧に作られた人形かと錯覚しそうであ
る。
「分かっているんだろう……俺達が使い捨てだって事はよ〜〜」
「だとしても上手く動けば価値も出る」
「そんなわけないっつーの〜〜。
俺達はどう生きても、いずれ処分される出来損ないなんだよ〜〜」
「……では、ここで死ぬか?」
男の身体から殺気が放射されると、
「ダメだぞ〜〜勝手な事をするとお終いだぞ〜〜」
「くっ! 貴様!」
呆れた声を伸ばして話す男に殺意の篭った目で睨んでいる。
「そう急ぐこた〜〜ねえぞ〜〜。
死に場所をくれるって言うんだ……精々頑張ろうや〜〜」
「どうして、こんな奴らと……」
苛立つように話す男に静かに告げる。
「そりゃ、俺達が出来損ないのロストナンバーだからさ」
「出来損ないなどと言うな!
俺達は選ばれた実験体だ……出来損ないなどではない!」
「では、結果を出して認めさせるしかねえな〜〜」
「ああ、認めさせてやるさ!」
そう告げる男は頭から毛布を被って周囲の声も光景も拒絶する。
「そう、いきり立つなっつ〜の……まだまだ青いね〜〜」
周囲を微かに赤く見せる拒絶の壁を軽く叩きながらヘラヘラ笑いで告げる。
「そうやって簡単に拒絶されると寂しいんだけどね〜〜」
ATフィールド――拒絶の意志を示す者達……ロストナンバーが第三新東京市に到着しようとしていた。
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EFFです。
本当はこの話でナオコさんを出そうかと思ったんですが……次に持ち越しました。
かなりお茶目な性格にしようかと考えてます。
なんて言うか……一度死んで吹っ切れたので、性格が反転したという感じです。
生真面目なリツコさんにとって天敵になるかもしれませんね(爆)
それでは次回もサービス、サービス♪
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