「……ったく、何やってんのよ」

葛城ミサトは右往左往する発令所のオペレーターを見ながら元凶であるアメリカ第二支部の連中に苛立っていた。
偶然生まれた……姿の見えない寄生生物の対応に追われていたので、この事件は本部のスタッフに更に負担をかける事になるからだ。

「マヤ、映像を出して」

リツコの声に衛星からの俯瞰映像が正面の大型スクリーンに映し出される。
画面端のカウンターが時間を刻んで行き……ゼロになるとその場所が白く輝き消失した。

「見ての通り、ネバダの第二支部が消滅したわね」
「……参ったわね。こんな時に」
「管理部と調査部は大騒ぎで……総務部はパニック状態でした」

リツコの声にミサトが顔を顰めていると日向マコトが現状を補足する。

「で、リツコ……何があったわけ?」
「おそらく……S2機関の暴走かしら?」
「そうですね……タイムスケジュールからして丁度起動実験が始まった頃です」

リツコの予想を証明する様にマヤが説明する。

「予想される原因は材質の強度不足から設計初期段階のミスまで32768通りです」
「エヴァ四号機。ならびに半径19キロ以内の関連研究施設は全て消滅しました」
「数千の人間も道連れにね(まあ、実際は無事なんだし、基地だけに抑えてもいるわね)」

マヤの説明の後に青葉が詳細を告げるとリツコが冷え切った振りの声で話す。
前回は89キロ圏内の全てを巻き込んだ大惨事だが……今回は基地周辺に留めてある点をリツコは評価していた。
画面はかつて第二支部があった場所がクレーターになっている映像が出ていた。

「妨害工作の可能性はあると思う?」
「完成したS2機関を強奪したいっていう話なら分かるけど……完全かどうか分からない試作品を欲しがるかしら」

ミサトの質問にリツコが可能性の一つを示唆して否定するが若干方向が違うとミサトは思っていた。

「しかし、派手に消滅したわね」
「で、これはどうなったの?」
「暴走してディラックの海に沈んだんじゃないかしら……零号機みたいに」
「還ってこれると思う?」
「無理だと思うわ(多分、今頃別の場所で改修してると思うけどね)」
「何で還って来れないと断言できるの?」
「S2機関が未完成だからよ。不完全なS2機関で動けるとは思えないわ」
「……なるほど。じゃあせっかく修理したS2機関も」
「パーよ。夢は潰えたけど……ここに完成品があるからどうでも良いけどね」
「……あんたね〜〜人が死んだっていうのにクール過ぎない」

ミサトがリツコに不機嫌な顔で告げる。
スタッフを含む人員が消滅したというのにリツコは全然気にしていないから苛立っているのだ。

「警告を出したんだけど……無視されたからどうでも良いのよ」
「へ?」
「未知の機関だから、チェック項目を増やして慎重に実験するように意見書を出したの」

エリィ達が何とかする事は承知しているが、ゼーレには危険性を先の召喚の時に話していたし……加持に送ってもらったレポートにも警告を発していたが無駄に なった。

「零号機の解析結果を待ってくれると、この惨事も起きなかったわ」
「先輩の忠告を無視するなんて……」

マヤの呆れた声がミサトの耳に残っていたが、もう一つの問題があった事を思い出してリツコに聞く。

「で……参号機はどうするの?」
「日本政府が受け入れを拒否しているから……今、司令達が交渉に向かったわ」
「アメリカは移送を了承しているのね」
「ええ、第一支部まで失いたくないというか……ファントムの量産機の工場を作る話があるから、ネルフ自体要らないって」
「……馬鹿にされたもんね」

ミサトのこめかみに青筋が浮かんでいた。
エヴァの建造を主張しておいて、あっさりとファントムに鞍替えするアメリカの考えに怒りを感じている様子だった。

「第二支部もその点を焦ったのかもしれないわね」
「ネルフ離れに歯止めを掛ける筈が裏目に出たって事?」
「ネルフって特務機関ゆえに関係している部署しか利潤が回らないから旨味がないのよ。
 アメリカにすれば……失業者が減る確率の高い方をどうしても取らざるを得ないわ」

実際に収益があるのはゼーレ関連の企業だけで社会にはあまり還元されない点をリツコは指摘する。
ファントムの量産機がUN軍に正式採用されれば、生産拠点をアメリカに移す計画が日重から出ている事も知っている。
アメリカにとっては失業者対策の目玉になる事は間違いなく……還元しないネルフよりも旨味があるのだ。

「世界の危機だっていうのに!」
「エヴァ一機作る予算でファントム十機製作できるの」
「嘘っ!? じゃあエヴァの量産機作るより大量生産できるの!?」
「そうよ」

リツコの説明にスタッフ全員が驚いた顔で聞いている。

「概略だけど資料を見せてもらった……本当に見事な物だわ。
 エヴァは専用機だけど……完全に制限のない機体になっているし、パーツ毎の交換も可能だからメンテナンスも楽だわ」
「メンテナンスが楽っていうのは良いですね」

マヤが羨ましそうに話す。エヴァのメンテナンスに手を焼いている技術部ならではの意見だった。

「そうね。リンもアスカもレイも壊さずに運用してくれるから助かっているわ」
「全くです」

リツコ、マヤの師弟コンビに一言言いたいミサトだが、藪蛇になるのを恐れて口を噤んだ。

「赤木部長……参号機はどうなるんですか?」
「上の交渉次第で本部に移送されるわ……私個人の意見としてはメンテナンスの手間が増えるから来なくて良いけどね」
「……また残業増えますね」
「定時であがれる日はいつになるかしら?」

技術部を代表する二人の憂いを含んだ声に誰も仕事だからとは言えなかった。


RETURN to ANGEL
EPISODE:25 四人目の適格者
著 EFF


『これは予想外の出来事だ』

ゼーレのメンバーが招集された直後にキールが全員に告げる。

『確かに記述では成功する筈でした』
『功を焦ったと考えるべきでしょうか……本部にS2機関の完成品があるので?』
『由々しき事態ですぞ。あの男の元にS2機関があるのは』

一人の意見に全員が押し黙る。この実験で自分達の手元にもS2機関が手に入ると考えていたから余裕があった。
だが、現実は記述通りに行かず碇ゲンドウの元にだけS2機関がある。
あの男にS2機関を与える危険性は十分に理解しているので厄介な事になったと考えるのだ。

『赤木博士の解析結果を待つべきだったが……かの国の情勢を考えると』
『日本が餌を出しましたからな』
『忌々しい事に、かの国にはこちらの影響力が低下していました』

アメリカ国内のゼーレのエージェントは息を吹き返したCIAに狩られ始めている。
指揮を執るはずだったNo.4――オーランド・ジェイスン――はスピリッツによって殺害され、アメリカ政府にいたメンバーも徐々に始末されていた。
その結果、アメリカ国内に於けるゼーレとその下位組織であるネルフの影響力は失われつつあった。

『第二支部長はネルフの面目を躍如する為に焦ったのだろうが……裏目に出たようだな』

キールの声に全員が沈黙する。
失敗はしたが状況を鑑みて……アメリカでのネルフの立場を再び強化するための行為であるから複雑な気持ちになるのだ。

『それもあるが……参号機の移送もある』
『日本政府が拒否しておりましたな』
『あのような惨劇を見た以上は拒否したがるが……それは不味いですぞ』
『記述では確か……エヴァに寄生する使徒でした』

裏死海文書の記述では使徒に寄生されたエヴァ同士の戦いでチルドレンの心的ストレスを高める予定だが……参号機が日本になければ、その記述通りに事が運ば ない。

『日本政府は本部で起動実験するのであれば考えても良いと言うが……』
『それは不味いですぞ』
『然様、寄生されたエヴァを本部に預けるのは危険極まりない』

対応を間違えばインパクトの発生もあるので本部での起動は絶対に回避しなければならない事は全員が承知している。
その為に松代での起動実験を行いたいのだが……第二支部の消滅の映像を見た日本政府は本部以外での受け入れには慎重な姿勢を見せ、警戒している。

『松代で実験する場合はファントムを配備して暴走時には自分達の手で排除すると言ってきている』

エヴァの初期起動には暴走がついて回るので、戦自からも本部以外の起動実験には対応策としてファントムを待機する案が出ている。
実際に、零号機、初号機とも暴走を起こしているので参号機もあり得る話だと日本政府は考えている。

『それでは記述通りに事が運びませんぞ』
『だがアメリカ国内で起動実験させて覚醒したとしても日本に到着後、戦自のファントムが迎撃する可能性もある』
『第七使徒の二の舞か』

苦々しい顔で全員がどちらの選択にするか考えている。

『やはり……まずは使徒を倒す事を第一に、そして……こちらで修正を行うしかないようだな』
『まずは使徒をスケジュール通り撃破する方向で』
『そして鈴からの報告を元に修正いたしますか?』
『それよりも赤木博士をこちらに取り込むべきではありませぬか……あの男よりも我らの計画の重要性を認識してますぞ』

キールの意見に全員がリツコが送ったレポートの最後の一文を思い浮かべている。

『……先ほど、鈴経由で赤木博士から緊急の報告が入った』
『何がありましたか?』

全員がキールに注目する中で報告書の内容を告げる。

『使徒の細胞に汚染された生命体が現れたそうだ』
『それはもしや……ロストナンバーの細胞からでは?』
『これも記述にはありませんぞ』
『赤木博士はなんと?』

『第十二使徒の血液を浴びた動物が変容したのではないかと結論付けている』

ロストナンバーの事を知らないと思っているリツコはそう結論付けた事に全員が納得する。

『問題は使徒の細胞より生まれたのでエヴァにも寄生する可能性もあり、使徒の死骸を取り込んで使徒化する恐れもある。
 サンプルを送りたいが本部に持ち込むと危険なので現場で全て処理するとの報告だ』
『……致し方ありませんな。こちらが送り込んだ者の成れの果てとは申せません』
『然様、勘違いしているのなら、そのまま通しましょう』
『やはり、あの男より赤木博士は上手く動いてくれそうですな』

細かい報告を行わないゲンドウより、鈴――加持――経由でこまめに報告を行うリツコに関心が向かう。
忠実に動く存在としてリツコは認識されつつあった。



夕日が街を赤く染める。
リニアレールから冬月は街を見つめている。

「遅れていた第七次建設も完了し、一応完成した……迎撃要塞都市」
「かつて楽園を追い出され、死と隣り合わせの地上という世界に逃げるしかなかった人類。
 その最も弱い生物が弱さ故に、手に入れた知恵で造り出した自分達の楽園だよ」
「楽園か……とてもそうは思えんよ。
 恐怖から身を守り、自分達の欲望を満たす為に作り上げたパラダイス……ソドムか、ゴモラと同じ道を辿るかもな」
「敵だらけの外界から逃げる街……今はそれで良い。
 全ては約束の時まで生き残れば……十分だ」
「……確かにユイ君が還ってくれば、新しい未来を模索できるからな」
「そういう事だ」

二人はエヴァ参号機の移送について日本政府との協議に第二東京に赴いていた。
その帰りの列車の中での会話だった。

「参号機の件……よく委員会が承知したものだな」
「シナリオ通りに行かない事を自覚したんだろう……老人達も少しはこちらの事も考えてもらう」

四号機の事を匂わせてゲンドウが話すが、冬月は呆れた様子で見ている。

「それはこちらも同じだろう。
 我々のシナリオも修正を余儀無くされているんだぞ」
「……そうだな」
「予備だったサードチルドレンは取り込まれ、リリスは覚醒している。
 シナリオ通りに進めた結果が幕を開けてみたら……とんでもない結果になっているぞ」
「…………」
「だがユイ君のサルベージが可能になった事は僥倖だな」
「……ああ」

顔色一つ変えずに話すゲンドウに見えるが、長年の付き合いのある冬月には苛立っているように感じている。
サードダッシュ――リンに振り回されているのを快く思っていない様子が僅かな仕草で判断できる。

「参号機のチルドレンはどうする……ダミーは使えん。
 戦自の目がある以上、こちらで保管しているコアを使用する方向で進めるか?」
「委員会はマルドゥック機関からの報告を待てだ」
「こちらに一任したという事か……現場の赤木君に決めてもらうか?」
「所詮、使い捨てだ……誰でも構わん」
「覚醒してもここまで来れるか分からんしな」

冬月の一言にゲンドウが苛立っていた。
本部で起動実験させろと日本政府はゲンドウの意見を聞かずに一方的に話していた。
だが、それだけは避けたいゲンドウは松代での起動実験を特務権限で行うと一方的に宣言したが、

「では、こちらもA−801を宣言させてもらう」と日本政府は通達したのだ。

この一言には冬月も驚いていた。ゲンドウも冬月にしか分からないくらいだが……わずかに顔を歪めていた。
確かに国連とは別に日本国内の土地を譲渡して作られた本部に対する処置として日本政府単独でも適用出来る権限ではあるが実際に使う事はないだろうと判断し ていた。
だが、日本政府はその切り札とも言えるカードをこの場面ではっきりと提示したのだ。

「我々には戦自の新型機ファントムが五機待機している。
 ATフィールドを中和すれば通常火器で使徒を打倒できる事も理解した。
 さて……中和されたエヴァンゲリオンは戦自の持つ火力に何処まで耐えられるかな?」

三対五という状況下で自分達が見たファントム二機……そして残りの三機を相手に勝てるかと恫喝された。
ゲンドウが相手を射殺すような視線で睨んでいるが……日本政府からの使者は全然堪えずに口元に笑みさえ浮かべていた。

「我々とて鬼ではない……条件付きで松代での実験をしても構わないが?」
「聞かせて頂こうか」
「何、簡単な話です。
 実験スケジュールをこちらに提示して、戦自の監督下で行い……万が一の時には我々で迎撃する事を了承して頂く。
 なんせ、支部一つを消滅させるような危険物ですからね……保険は必要でしょう」
「それは出来ん」

ゲンドウがキッパリと拒否の言葉を述べるが、

「委員会は承認しましたよ」
「なに?」

この一言に二人とも声を失い……沈黙した。
最後の砦とも言える人類補完委員会――ゼーレ――が日本政府の行動を容認したのだ。

「返事がなく、参号機を無許可で日本の領域に持ち込んだ時点で迎撃させてもらいます。
 その後、日本政府はA−801の適用を宣言し、戦自によるネルフ侵攻を実行させていただく。
 いつまでもネルフの時代ではないんですよ」

年若い男がクスクスと笑みを浮かべて二人を嘲笑うと同席している日本政府側のメンバーも二人を嘲笑う。
出来レースと気付いた二人は自分達が晒し者になったと知って苛立つように関係者を睨んでいた。
この後、屈辱的とも思える状況下で二人は日本政府の要求を飲み込んだ参号機の移送を合意した。

「議長らの意趣返しかな」
「くだらん! 最初から通達すれば良いだけの話だ」

吐き捨てるようにゲンドウが苛立ちを含んだ声で告げる。
最初から選択肢のない状況で遊ばれたと思い……怒っているのだ。

「お前が強引に物事を進めているから、日本政府が反撃してきただけだ……自業自得だな」

冬月の皮肉にゲンドウは何も答えなかった。
ゲンドウは丸投げするようにリツコにチルドレンの選定を決めさせる。
拗ねるゲンドウを、まるで子供だなと冬月は呆れた視線で見つめていた。



2−Aの教室でヒカリが欠席中の人物を確認していた。

「アスカ〜〜赤木さんは今日は実験なの?」
「……別件でこの街を調査中」

憮然とした顔でアスカが簡単に告げる。

「昼には一度顔出すって言ってたけど、授業には出られないってさ」
「そうなの?」
「うん。詳しくは言えないけど、厄介な事件の調査でね」
「……大変ね」

ヒカリが気の毒そうに話す。クラスメイトも複雑な顔で二人の会話を聞いていた。

「力になれなくて……辛いの?」

ヒカリが席を離れた後、レイが尋ねる。

「そうね……そうかもしんない。
 力になりたいけど……人じゃなくなるのは怖いのよ」
「なら出来る事で力を貸せば良いわ……アスカは無力じゃないでしょう」
「……ティア」

二人の元にティアとマナが近付いてくる。

「少なくとも使徒戦ではアスカの力は必要よ。
 ネルフに優先権がある以上はこっちから出張る訳には行かないもの」
「そうなんだけどね……歯痒いっていうか、悔しいのも事実なのよ」
「じゃあ、放課後、気分転換に四人で遊びに行きましょう♪」

マナが陽気に今日の予定を話してくる。

「レイと私がいれば大丈夫だから行ってみる?」
「私は構わないわ」
「そうね、張り詰めても何も出来ないし……行こうか」
「決まりね♪ 美味しいお店を見つけたのよ」
「へ〜〜楽しみね」

それなりに自分を気遣ってくれる三人にアスカは笑みを返す事で応えていた。



「よう、お嬢ちゃん」
「なんだ……オジサンか」

再開発の予定の取り壊し前のマンションの一室でリンは加持と顔を会わした。
いきなりオジサン呼ばわりされた加持は苦笑しているが。

「違うだろうと思ったけど……やっぱり外れか」
「悪いね」
「大迷惑よ」

それだけ言うとリンは踵を返して部屋から出て行く。

「お〜い、待ってくれないか」

後ろから加持の声が聞こえるが無視するように階段へと歩いて行く

「は、話があるんだ」

加持が走ってきてリンの前に回り込むがリンは手すりを跳び越えて十階から地上へと一気に降りる。

「……勘弁してくれ」

加持は慌てて階段を駆け下りる……鬼ごっこ、もしくは…かくれんぼの始まりだった。


一気に地上に降りたリンは前から歩いてくる人物に気付いて嬉しそうな顔をする。

「リエお姉ちゃん♪」
「お久しぶりです、リンお嬢様」

恭しく礼をして、リエ――レリエル――が口元に笑みを浮かべる。

「これをお渡しするようにシンジ様から言われました」
「お父さんから?」
「はい」

差し出された物は一般人には赤い鉱物を加工して作られたダガーの模造品に見えるが、リンにとっては重要な意味がある。

「ロンギヌス…ダガーよね?」
「はい、オリジナルと寸分ない性能を秘めた一品です。
 もっとも今はオリジナルのような自律行動は出来ませんが……リン様次第ですね」
「って言うよりもあの槍はお父さん以外には従わない……頑固者じゃない」

二人は苦笑して……あの赤い槍――ロンギヌスの槍――を思い出している。
シンジを主として認め、シンジの意思に忠実に従い……行動する。
シンジが許可すれば使えはするが……やたら反抗的な存在とみんなが知っている。
ダミーリリスに縫い付けてあるのも既に粗悪な複製品であり、オリジナルはシンジの元にある。

「リン様には比較的……懐いていましたけどね」
「そうなのかな?」
「ええ、シンジ様の娘という点を差し引いても」
「だとしたら……嬉しいな」
「もしかしたらオリジナルのように自律行動も可能になるかもしれません」
「私の意志に従うかは……私次第ってこと?」
「そういう事です」

リンは自分の手にあるダガーに優しく触れる。

「よろしくね、ダガー。私……キミをちゃんと使いこなしてみせるから」

その声に従うかのようにダガーは小さくなってリンの手の平の中に沈んだ。

「どうやら……仮免扱いで主と認められたようですね」
「……ちゃんと使いこなして見せるもん」

頬を膨らまして拗ねるリンに笑みを返しながらリエは顔を上に向ける。

「お邪魔な方が近付いてきましたので……不本意ですが失礼します」
「……ホント、お邪魔虫なんだから」

もう少し話をしたいと思っていたが、加持が近付いてくるのを二人は確認する。
リエは一礼すると再開発地区から市街地へと歩き出し、リンはリツコが用意したバイクを発進させる。

「遅かったか……年かな?」

追い着きかけた加持はバイクのエンジン音を聞いて、間に合わなかったと知って肩を落としていた。
リンが単独で活動している今がチャンスと加持は睨んでいる。

「大変だけど……やるしかないか」

あの気まぐれな少女から聞き出さなければならない事が山ほどある。
加持は自分が乗ってきた車を出して追跡を開始した。
ちなみに……本日は捕まる事はなかった。



「さ〜〜て、飯や、飯や♪」

昼休みに入ると同時にトウジが鞄から洞木ヒカリの手作り弁当を出している。
デートイベント後、ヒカリからトウジへの餌付けが始まっているのだ。

「学校で一番楽しいちゅうたらこれやがな」

弁当箱を開けて、さあ飯やという処でバイクのエンジン音が学校に近付いてくる。

「……なんや?」

楽しい昼食の時間を邪魔されたと思ったトウジは窓の外に目を向けると、

「赤木はんやないか……無免許運転はまずいんとちゃうか?」
「なに! 赤木さんだと!?」
「どれどれ……ホントだ」
「……やっぱりスタイル良いよな」

身体のラインを浮かび上がらせるライダースーツ姿のリンに男子生徒が鼻の下を伸ばしていた。

「――ったく、男って……」
「ホント、だらしないんだから」

女子は女子で鼻の下を伸ばす男子を呆れるように見ていた。
生活指導の教師が慌てて注意しに来るが、リンはきちんと説明をして不承不承での形ではあったが納得させた。
リンはバイクを駐車させてから、手荷物を持って教室に歩いて行く。

「ヤッホー、お昼食べに来たわ」

教室に入るなり、リンはアスカ達に言う。
熱かったのか、胸元を開いて上着部分を脱ぎ、袖を腰に縛った状態で教室に入ってくる。
タンクトップ一枚を着て、ラフな格好だが本人は気にしていない。
男子は鼻の下を伸ばしているが、女子はそのスタイルの良さに自分と比べて……ため息を吐いている。

「どう……順調に調査は進んでる?」
「全然進まないわよ。反応が微弱で人気の少ない場所を探っているけど……散々よ」

ウンザリした顔でリンは調査結果を話す。

「聞いてよ……人気のない場所ってさ、絶好のデートスポットみたいでさ。
 何が悲しくて……デバガメの真似事をしなきゃなんないのよ」
「それって……イタしているところに遭遇したの?」

マナが興味津々の様子で聞いてくると他の女子も男子も聞き耳を立てている。
そんな様子に気付かずにリンは呆れた顔で話す。

「昼間っから、さかるなって言いたいわね。
 最悪だったのは相手の女性が吃驚して……膣ケイレンを起こして大騒ぎになったわ。
 ったく……救急車が来るまで、みっともないもの見せるなって言いたかった」
「ふ、不潔よ―――っ!!」「キャァ――――♪」

ヒカリの音波攻撃が発生すると同時に女子の黄色い声が響き、男子が股間を押さえながら相手の男性の不運を痛ましく思っていた。

「アスカ……あれでも協力したい?」
「絶対イヤよ!」

ティアの質問を全力で否定したアスカだった。
嵐が静まった教室でリンはいつものメンバーと昼食を取りながら……銃の分解整備をしている。
手馴れた感じで分解整備を行う光景にケンスケは興味津々で見つめているが、他の生徒はリンが銃の扱いに手慣れている事に恐れを抱いている。

「リンって分解整備上手よね」
「そう……慣れれば簡単だけど。
 まあ、私の場合は訓練っていうか……ママに教わったから」

マナが感心するように話すとリンが徐々に不機嫌な表情に変化する。

「12の時から射撃の訓練もあったのよ。その頃は大体一日200発は撃ったっけ。
 分解した銃を自分で組み立てて制限時間内に全部撃たないとその後のメニュー倍になるんだ……あれは鬼だよ」
「……ホント、容赦ないのね」
「でしょう。後は精密狙撃も訓練したわ。中央から外れる度に……お父さんの手料理一品抜きだよ。
 お父さんが取り成してくれなかったら……ご飯だけだった」
「鬼教官はその頃からだったのね」

エリィの訓練内容を聞いてマナが納得しつつ、リンの不遇な環境を知り……合掌する。

「訓練サボって遊ぶからじゃないの?」
「……アンタが悪い」
「リン、サボリはダメ」

その頃の事を知るティアの証言に自業自得という顔でアスカが告げ、レイも注意した。

「だってさ〜〜お父さんと遊びたかったんだもん」

拗ねるように話すリンに呆れた目で三人は見つめ、エリィを相手にサボるという行為を平気で行うリンにマナは素直に感心していた。


昼食後、リンは机の上に手荷物を広げて再確認する。
拳銃一丁に予備弾倉二本、携行型焼夷手榴弾(リツコ謹製ネコ印あり)三個、スタングレネード二個、ダガー一本。
ケンスケは本物の銃火器を垂涎の眼差しで見つめるが、他のクラスメイトは本物の銃器に恐れを抱いている。

「あ、赤木さん……戦争でもするの?」
「戦争って……今更そんな事を言われてもね。
 この街は使徒を迎撃する為に……戦場になる事を想定して作られたんだけど」

装備品を見たヒカリが恐る恐る聞くが、返ってきた答えは薄ら寒いものがあった。

「もしかして……人を殺すの?」
「必要とあらば……殺すわ。私は強くなりたいし……その為の覚悟も固めたから」

ロストナンバー戦で人を殺すという意味を知ったリンは泣き言を言う気はなく、もう一人のレイとの別れを経験して自身の力の無さを痛感して強くなると決意し た。

「か、覚悟って?」
「人を殺す覚悟と……殺される覚悟よ。
 銃を向けるって事は相手に同じ事をされても文句は言えない。
 撃って良いのは撃たれる覚悟のある者だけよ」
「そうね……覚悟の無い人間が戦場に出るのは赦されないわね」
「ア、アスカ?」
「私もドイツで軍事教練を受けたから、リンの言ってる事が正論だって知っているのよ。
 そういう意味では……ネルフはダメダメね」
「ここが戦場になる事を知っていたくせに街を作った愚か者がネルフ。
 人類を救うためなら如何なる犠牲が出ても気にしない……もっとも犠牲になるのは自分達以外の人間って思っているけど」
「ティ、ティアさんまで」

冷めた意見を述べる二人にヒカリは声を失ったように閉口する。

《参号機が来るわ》
《予定通りなの?》
《……ええ》

リンはティアに告げると荷物をまとめて教室を出る。
しばらくするとバイクのエンジン音が聞こえた。
しばらくの間、教室の中は薄ら寒い空気で満たされていた。



ミサトはリツコの執務室に出向いて参号機の移送と実験に関しての相談をしていた。

「参号機の件、聞いたわ。
 でもパイロットの当てはあるの?」
「マルドゥック機関の報告待ちね」
「そういう誤魔化しはやめて……誰を生け贄にするの?」

真剣な表情でリツコを睨むミサトに肩を竦めて答える。

「……加持君から聞いたのね。
 ミサト、自分が危ない橋を渡っているって知っているの?」
「覚悟は……出来ているわ」

まっすぐに自分を見つめるミサトにリツコは仕方なさそうに選抜したフォースチルドレンのプロフィールを見せた。

「コアのプログラムに関しては既に用意してあるわ。
 私もどうやって確保したのか知らないけど……いくつか予備が保管されていたのよ」
「マトモな方法じゃないんでしょうね」
「おそらくね。でも……今、生きている誰かを犠牲にするよりはマシよ」
「……綺麗事を言うなってこと?」

ミサトの問いにリツコは沈黙で答えるが、ミサトも今更の話なので返事を期待している訳ではなかった。
リツコは手元にあった資料を集めて立ち上がるとミサトに告げる。

「それじゃあ、スカウトしてくるわね」
「使えるの?」
「…………」

ミサトが戦力になるのかと問うが、リツコは沈黙を以って返事をしていた。

「まぁた……何か隠しているわね?」
「ええ、言えない事だらけよ……ミサトって口も軽いし、簡単に動きが読めるから」
「どういう意味よ?」
「まだ死にたくないって事よ……私にだって、命を預ける相手を選ぶ権利があるもの」

シレッとした顔でリツコはミサトには協力出来ないと告げて……執務室から出て行こうとする。

「ミサト……ロックするから出られなくなるわよ。
 それから……耳は潰すから置いといても構わないわ」

耳――仕掛けた盗聴器の事を簡単に暴露してリツコはミサトの退室を促す。

「はっきり言って私を出し抜くのは容易じゃないわよ」

苦々しい顔でリツコを見つめるミサトに告げる。
ミサトは後ろめたい事をしている自覚があるだけに文句が言えない。

「一つ聞くわ……リツコ、あんたは敵なの?」
「さあ……どうかしら?」
「はぐらかさないでよ!」

ハッキリしない友人にミサトは苛立つように叫ぶ。

「私は、私の思惑で動いているの……ミサトの道具じゃないわね」

リツコはミサトに目もくれずに執務室のロックをすると歩いて行った。
後に残されたミサトは怒りを含んだ視線をリツコの背に向けていた。


薄暗い廃屋らしい場所にリンは向かう。

「……ビンゴね」

今までとは違う反応を感知して右手を前に出すと赤いダガーが掌の中に納まる。
斜めに傾いていたドアを蹴り開けて――室内に入る瞬間、

「ちっ! 上から来るとはね」

天井に張り付いていた赤いスライムが落下してくるのを展開していたATフィールドが受け止めていた。
リンは即座にダガーを突き刺してLCLへと分解して、周囲の状況を走査する。

「…………一匹だけか……先は長いわね」

リンは携帯を取り出して作戦部の日向マコトに連絡を入れる。

「サードダッシュだけど」
『状況は?』
「うん、一匹始末したから洗浄班回して」
『了解、焼夷弾は使わなかったのかい?』
「ええ、焼夷弾で燃やせば十分だと思うけど……廃屋で燃えやすいから処理に困ってね」
『判った……人員を回して廃屋ごと焼却する』
「他からの報告はどう? 新たに死骸を見つけた場所は?」
『残念だけど君が最初に発見したみたいだ……他は未だ発見できない状況だ』
「そう、参号機が来る前に終わらせたいけど……難しいわね」

捗らない状況にリンは苛立つ。
このまま時間を掛けると人を呑み込むかもしれないし……ゼルエル戦後、その身体に取り付いてしまう可能性もある。
力を司る使徒の身体をベースにされると厄介な事になりかねない。

「面倒な事になりそうね」
『そう悲観するもんじゃないよ』
「一つ忠告しておくわ……作戦を立案する上で大事なのは最悪の事態を想定して回避する事よ。
 ノーテンキに希望的観測を口にするもんじゃないわ」
『キ、キツイね』
「どこがよ……一流と呼ばれる戦略家とか戦術家は常に勝つ為に何をすれば良いか、しちゃいけない事を常に考えるわ。
 あのビヤ樽女はそれが出来ないし、あんたもその点を指摘しないからパシリやらされてんのよ」
『そういう言い方はないだろう』

反感を覚えたのか……リンを注意するように低い声で話すが、

「これが使徒の身体に寄生して、使徒が復活する可能性を考慮したの?
 最悪は連戦とか、同時侵攻になる可能性もあるのよ」
『そ、それは……』
「そういう事を作戦部長に進言しないから……パシリのままなのよ!」

吐き捨てるように告げるとリンは通話を終えて移動する。
副官なら諫言するくらいの気構えが欲しいが……イエスマンでしかない。
リンにとって日向マコトは最低な人間として認識されつつあった。

「……はっきり言われたな」
「ほっといてくれ」

二人の会話を聞いていた青葉シゲルがマコトの肩を叩いて慰める。

「でも事実ですよ……日向さんって、葛城さんに逆らえませんから」

身も蓋のない言い方でマヤが話すと下の段で勤務している他のオペレーターもクスクス笑って同意している。

「作戦部は危機感が足りないって、よくリンちゃんが愚痴みたいに言います。
 さっき話した使徒が寄生する事もありえますから」
「そ、そうなのか、マヤちゃん?」
「ええ、青葉さん。先輩もその点を考慮してリンちゃんに学校休んでまで行動してもらってます。
 葛城さんはそういう点を考慮してないみたいですけどね」

マヤが真剣な顔で告げるとマコトは作戦部の失点を言われて複雑な顔をしている。
他のスタッフも作戦部の危機管理体制に呆れているみたいだった。


最上段で二人の会話を聞いていた冬月も呆れている。

「口が悪いな……あれはユイ君か、シンジ君の性質なのか?」
「ユイではない」
「ではシンジ君か?」
「何故そうなる……リリスではないか?」
「……なるほど、ではレイもああなるのか?」

ゲンドウの返事を期待した訳ではないが……ちょっと聞いてみたい気がする冬月だった。



『二年A組の相田ケンスケ君、至急校長室まで来て下さい』

六時限目の授業が終わると同時に校内放送が校舎内に流れる。

「ケンスケ……何、やらかしたんや?」
「…………あれかな、それとも……?」

心当たりが多過ぎて考え込むケンスケにトウジは呆れた視線を向ける。
他のクラスメイトも同じような視線を向けていた。

「……断ると思う?」
「絶対、断らないわ……アイツ、戦場の怖さを忘れているから」

レイの問いにアスカが断言する。
第四使徒戦の事をレイとリンから聞いた時点でケンスケの馬鹿さ加減には呆れている。
チルドレンの顔写真を売る危険性を指摘して注意したが反省していない。
危険性を理解したトウジは手を退いたが、ケンスケはまだ販売を続けている。
前回の事も考慮する限り……ミサト辺りに直訴するかと思ったが、リツコがケンスケの父親に叱責して息子に情報を与えないように手配していたのでその件はな かった。

「頭の悪い奴じゃないけど……ガキなの。
 英雄願望というか、自分は死なないと勘違いしているのよ」
「エヴァに乗ったら無敵になれると思っているのね」

レイの考えに頷く。

「エヴァに乗っても自分の出来る範囲内の事しか出来ないわ。
 そういう意味では素人だったシンジは短期間で強くなったから……才能はあったのよ」
「碇君は望んでなかったはずよ」
「それも奴らの計算の内だったわ。
 望んでもいない事を強要して、心的ストレスを掛けて……心を壊して、自分達の目的に使う……反吐が出るわ。
 そして、それに利用されたアタシの愚かさがムカつくのよ」

エヴァに拘るように心理操作されていたとリツコは教えてくれた。
自分は選ばれた者であり……急遽見つかったサードなんてアタシを惹き立てる道具という気持ちがあった。
シンクロ率で抜かれてからは敵愾心しかなくなり、負の感情に囚われた。
実際はほぼ同時期に選ばれていたのだと還ってきた事で知った。

「ホント、下衆な事ばかりしてくれるわね」
「……そうね」

レイにしても似たような気持ちがある。
あの男は結局自分を道具としか見ていない事が理解できた。
愛する妻の代わりに自分に優しくしていただけ……妻が戻ってくると分かってからは自分に対する視線は冷ややかなものしかない。
シンジは友人として裏表なく接してくれた。

「お父さんを信じられないって聞いたけど……間違いだったわ。
 あの男は誰も信じていないし、自分以外の人間は駒であれば良いと考えていた……そんな事も見抜けなかった」
「アンタの場合はしょうがないわよ……マトモな教育を受けていなかったから」

慰めるようにアスカが話す。
レイの生活環境を聞いただけでもマトモじゃないと考える。
満足に食事も与えずに一般常識さえ教えない……人の尊厳を踏み躙るような劣悪な生活環境に閉じ込めて"無に還る"などと刷り込むように洗脳する……狂気の 所業。

「……やってらんないわね」
「ええ」

二人してため息を零す。

「アスカ〜〜行くわよ〜〜」

マナが教室のドアの前に立って手を振っている。
隣にはティアが立ち、こちらを見つめている。

「ヤケ食いするわよ」
「……付き合うわ、アスカ」

気合の入った顔で告げるアスカにレイも同調する。
二人は鞄を手に取ると二人の元に向かった。
後日、極端に軽くなった財布にアスカは頭を抱える事になった。











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どうもEFFです。

オリジナル要素の所為か……長引いています。
面白ければ良いんですが、面白くないと言われると落ち込みそうです。
それはそれで今後の反省材料として活用できるようにしたいと前向きに考える事にします。

それでは次回もサービス、サービス♪



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