松代のネルフ施設は厳戒態勢で周囲に緊迫感を与えながら、ネルフスタッフは作業していた。
サングラスを掛けた青年が真剣な表情で正面の画面を見つめている。
青年がまとう冷淡な殺意とでも言う様な……極寒地獄が持つの寒さを上回る凍りつく空気に当てられたネルフスタッフは言葉少なめに作業を進めていた。
うっかり触れるとその身も魂も凍らされて……砕かれるような恐れを抱きながら。
「二時間の遅れか……まあ、概ね予定通りだな。
各機に告げる。明日、ネルフ本部スタッフ立会いの下でエヴァンゲリオン参号機の起動実験を行う。
エヴァンゲリオンは暴走の危険もある曰く付きの機体が多い。
S2機関は搭載していないが、暴走した場合は速やかに処理を行う。
本作戦の概要は既に聞いている通りだ……明日の本番に於ける諸君の奮起を期待する」
『『『『『了解』』』』』
はっきり言って、戦自は暴走する事を前提に配置に就いているとネルフスタッフは考えている。
「……まだ暴走すると決まったわけでは」
「完成したエヴァ五機のうち、暴走していないのは弐号機だけでよくそんな事が言えるものだな。
まさか暴走も起動実験の成功だと言うのがネルフの流儀か?」
ネルフスタッフの一人が反論しようとしたが指摘された事実の前には何も言えなくなる。
実際に参号機はまだ起動実験をしていないので暴走するかどうかは判明していないが、他の四機のうち……セカンドチルドレンの操縦する弐号機以外は全て暴走
した事があるのだ。
特に四号機はネルフアメリカ第二支部を消滅させた経緯があるだけに……戦自の対応にも理解出来る点もあった。
「本部でなら暴走時の対応も出来るというのに、何故か本部での起動実験を回避したがっている。
何か裏があると考えた方が良いな」
「猪狩(いかり)二佐……やはり暴走が起きると考えておられますか?」
戦自の士官が猪狩シン(碇シンジ)二佐に尋ねるとシンジはそれ以上の爆弾発言をした。
「暴走程度なら本部でも行うさ。
私が考えているのは人造使徒エヴァンゲリオンに使徒が寄生して侵攻する可能性だ。
なんせ寄生するタイプの使徒にとってエヴァンゲリオンは格好の器になると思わないか?」
「……そうでした。その危険性がありましたか」
ネルフスタッフは驚愕の眼差しで二人を見つめているが、二人はそんな視線を無視して会話を続ける。
「もしそうだとしたらネルフの管理体制はザルだな。
危機管理体制が抜けている……どうもエヴァンゲリオンが人造使徒という事をひた隠していた点も気になる。
もしかしたらエヴァンゲリオンはネルフがサードインパクトを実行する為に作った可能性も捨て切れんな」
「何しろ特務機関という情報を全く公開しない後暗い組織です。
司令自身が胡散臭い人間ですからね」
司令官であるゲンドウが胡散臭いと言われてもネルフスタッフは同意は出来ても反論は出来にくい。
威圧感は人一倍あり、口数が少なく、何を考えているか……まるで分からない。
人としてのコミュニケーションを一切拒絶した人物というイメージだけがネルフスタッフの共通の意見みたいなものだった。
「特務機関という名目で好き放題しているからな。
人類補完委員会というのも何を考えているのやら」
「そう言えばエヴァンゲリオンの量産機を作る話もありましたが……どういう心算なんでしょうか?
ファントム十機で一機分の予算ですから、経済的なんですがね」
「ネルフはな、人の生き血を啜って自分だけの暮らしが裕福ならそれで良いと考えている……自分本位の組織だ。
エヴァンゲリオン一機の建造費で何万人の餓死者が出ると考えが及ばないんだ」
「この瞬間も亡くなっている方がいるのでしょうね」
「日本政府とNGO団体が支援をしているが、それでも救えずにいる国もある。
知っているか、此処の作戦部長はそれを仕方ないで済ます……偽善者だぞ」
「最低な人間ですね」
聞いているだけで胃が痛くなるような会話をネルフスタッフは交代要員が来るまでずっと聞かなければならない。
ネルフスタッフが気付かなかった現実を二人は言葉の刃で心に突き立てる。
本部から来たスタッフは赤木リツコ技術部長がエヴァの運用に際して、常に注意している点は……この点なんだと今更ながらに気付いて苦い物を口にした時のよ
うに顔を顰めていた。
そして、本来その点を注意しなければならない葛城ミサト作戦部長の杜撰な作戦立案に肩身が狭くなっていた。
「問題は実際に使徒が寄生していた場合だ。
もしかしたらネルフの上層部はその点を知っているから本部での起動実験を回避したいのかもしれん。
その場合はネルフの上層部と人類補完委員会は使徒がいつ来るのか知っている事になる。
そうなるとセカンドインパクトの一件も何処まで事実か分からんな」
「相当胡散臭い話になりますね」
二人の会話を聞いているネルフスタッフは指摘された点に……まさかという気持ちがあった。
「確証を掴めば即座にA−801を発動させて欲しいものだ。
いや、確証は必要ないかもしれん……ネルフの危機管理体制の不備を指摘して、我々に全部任してくれれば上手く行く」
「二佐の言う通りですな」
一般人のネルフスタッフはシンジから漏れ出す殺気を感じてガタガタと震えている。
「おや、随分と震えているようだが……空調の効きが良いのかな?」
「二佐の殺気に震えているんですよ」
苦笑しながら士官がシンジに注意する。
「軍事組織のくせに殺気一つに怯えるとは……本当に甘い組織だな。
自分達が戦争を行っている自覚が足りん」
「所詮、前身が一研究機関です。殺し合いをする覚悟など持ちようがないんですよ」
「そう言えば、此処の司令はセカンドインパクトの直前に南極から脱出していたぞ。
まるでインパクトが起きる事を知っていて……逃げ出したのかな」
シンジの言葉にネルフスタッフ全員が息を呑んで聞いていた。
もしその事実が確かなら自分達の司令である碇ゲンドウはセカンドインパクトが起きる事を知っていた事に他ならない。
それは後暗い組織と言われているネルフにまた新たな疑惑の種が増える証明になるのだ。
「案外、使徒が行動を開始したのはネルフの前身機関であるゲヒルンの所為かもな。
セカンドインパクトが起きる前に調査団を派遣して……第一使徒に刺激を与えて目を覚まさせたのかもしれん。
なんせ生き残りは当時十四歳の少女で失語症になったから、真実を知る者は……傲慢な畜生司令だけだ」
「世界を巻き込んだ悲劇の演出ですか……ふざけた話ですね」
シンジと士官はこの後もネルフスタッフの前で言葉の刃を以って心理的ダメージを与える。
松代のネルフ支部のスタッフはこの会話を聞いた事で司令に対する不信感を更に強めていった。
RETURN to ANGEL
EPISODE:27 それぞれの思惑
著 EFF
―――少し時間を遡る。
葛城ミサトは松代の支部に向かう為にリツコとフォースチルドレン相田ケンスケとVTOLに乗り込んでいた。
ミサトの目から見ても、相田ケンスケは正直不安な気にさせられる。
命令には忠実に動くような気もするが……軽いお調子者の少年に見えて心配だった。
三人娘と比較すると、どうしても足りない物だらけに見える。
アスカ、レイはチルドレンとして登録されてから戦闘訓練を何年も継続しているし、サードダッシュ――赤木リン――にしてもかなりの戦闘技能を有している。
実際、戦闘訓練と称して戦ってみたが……自分を上回る技能を持っていた。
実力差を見せる事でどちらが格上か分からせる心算が……逆に自分の未熟さを身体で叩き込まれた様なものだった。
アスカ、レイには勝てるが、アスカを相手にする時は注意が必要だと感じた。
ドイツで相手をした時はまだまだ楽勝だと思っていたが、この頃は手強くなり油断すると負けるかもしれないと感じた。
レイはそう強くはないと思うが……なんか切り札を持っている気がしてならない。
その切り札を出されたら……死ぬんじゃないかと勘が警告の鐘を打ち鳴らしている。
比較対象に問題があるかも知れないと考えるが、実戦に投入する以上は三人に合わせないとバランスが崩れるから困る。
前衛にサードダッシュ、前衛も後衛もこなすバランスの取れたアスカに、最も安定したシンクロ率を持ちバックアップに優れているレイ……自分の命令に反抗的
でもチームのバランスはとても良く出来ているのだ。
「ねえ、リツコ。あの子で大丈夫なの?
他にも候補がいたんでしょう」
「生きた人間を人柱にしたいの?」
「でもさ〜〜正直不安なのよ。
あの子をチームに組み込んで……チームバランスが崩れそうでさ」
視線の先にいるケンスケは浮かれた様子でVTOLの内部をビデオで撮影している。
そんな様子にミサトの目にはミリタリーオタクとしか見えていない。
「正直、三人娘に合わせられるか不安なのよ」
ケンスケには聞こえないように小声でミサトは話している。聞かれて不安になられると困ると配慮している様子だった。
「別に合わせる必要はないわ。
今回の起動実験にパイロットが必要なだけよ。
本当はリンを使いたかったんだけど……司令が反対したから、どうでも良いのよ」
「そ、そうなの?」
「ええ、あの子なら参号機に人柱が要らないから……予備機にも出来たわ」
「……司令は何を考えてんだろ。
人柱を使ってまで動かす必要性があるのかしら?」
ミサトの問いにリツコは答えずに手元のノートパソコンに目を向けて、参号機の資料を見直している。
リツコは今回のチルドレン選抜に際して、リンによる起動を進言していた。
だが、ゲンドウは委員会に対する説明回避を理由にリンでの試験起動を反対したのだ。
リンが参号機を使用すれば……初号機の実戦投入は回避出来ますが、と意見を出したが拒否した。
冬月あたりはその点を考慮していたが、リンに余計な力を与えたくないとゲンドウが告げて黙らした。
「全く、どいつもこいつも人の仕事を増やしてくれるわね。
おかげで負担は更に増えるし……厄介事ばかり回してくれるわ」
アスカから聞いたが、ケンスケが機密であるチルドレンの事を学校でいきなり暴露した事にリツコは憤りを感じていた。
キッチリ注意したのに……聞いていないし、守る気配もない。
一応、問い詰めたら頭を下げて謝罪しているが、何処まで本気なのか判断できない。
本部内に入れるIDカードを渡さなくて正解だったと実感していた。
「おお〜〜、あれが参号機って……数が五台もある。
葛城作戦部長、どれが僕の機体でありますか?」
「あれはファントム……戦自の機体よ」
「すっげ〜〜始めて見たよ! こ、こんな機体があったのかよ〜〜」
ファントムの事は戦自の特機として厳重に秘匿されていたので、ケンスケは初めて見るファントムにビデオを向けている。
すっかり浮かれた様子でいるケンスケを見て、ミサトは本当の事を言うべきか悩んでいるがリツコが先に告げた。
「フォースチルドレン」
「は、はい! なんでしょうか!?」
リツコの声にケンスケが姿勢を正している。
変わり身の早さにミサトが唖然としている中でリツコが告げた。
「あのファントムはね、参号機が暴走した時に対応する為に待機しているの。
エヴァって弐号機以外は起動時に暴走しているから、浮かれた調子でいると……死ぬわよ」
「大丈夫であります! 自分はそんなドジじゃありませんから♪」
リツコの注意も耳に入らないのか、ケンスケは浮かれた様子で自信満々に告げる。
隣で二人の会話を聞いていたミサトは本当に大丈夫なのかとリツコに目配せで尋ねるが……リツコの返事はなかった。
不安な気持ちになったミサトが心配する中でVTOLは松代に到着した。
「フォースチルドレン、カメラをこちらに渡してもらおうか?」
仮設指揮車輌に入ったケンスケにシンジは厳しい口調で告げる。
「ここには戦自の機密がある……子供の遊び場であるネルフとは違う。
必要なら射殺も辞さんぞ」
殺気混じりの視線と士官の一人が銃を構える光景にケンスケが息を呑んでいる。
士官の一人がケンスケのビデオを手に取り、ディスクを抜き取って返す。
「全く、子供の好き放題にさせるとは……これで世界を守る特務機関と言えるのか」
呆れた声で告げるシンジに隣にいたミサトが苛立った声で告げる。
「その割りには随分と慎重な対応でいるわね……まるで臆病者みたいね」
「当たり前だろう、戦場で生き残る者は臆病さを持ち、時に勇敢に戦う者だぞ。
世界の危機に対して、石橋を叩いて、尚渡らないくらいの慎重さを持つのが間違いと言うのかね。
なんせエヴァンゲリオンは起動時に暴走が付いて回る欠陥機だ。
S2機関がないと言えど、何が起きるか判らん……こちらに任してくれれば、そんな危険性もないんだが」
ミサトの嫌味を倍返しで返すシンジにリツコはミサトの背後でクスクスと笑っている。
「人類補完委員会もこんな欠陥機を量産する計画を立てるとは……何を考えているんだろうな。
まさか人類の手によるサードインパクトでも考えているのだろうか?」
「そ、そんな訳ないでしょう!」
ミサトは慌てて否定するが、人類補完計画という謎の計画を加持から聞いているのでまさかという考えも捨て切れない。
「猪狩シン二佐だ。猪に狩りという言葉を書いて、いかりと読む。
赤木技術部長、明日の細かい打ち合わせを始めてもよろしいかね?」
「そうですね。遊びに来た訳じゃありませんものね。
こちらが明日の起動実験のスケジュールです、猪狩二佐……字は違えど司令と同じ名ですわね」
実験の予定表を渡しながらリツコが期待を込めた視線でシンジに名の事を尋ねる。
シンジは期待に応えるように話す。
「ああ、全く不愉快な話だよ。
傲慢で畜生司令のおかげで名を名乗る度に不愉快な顔をされる……いい迷惑だ。
いかりの名を世界の恥にしてくれたのは頂けんな」
肩を竦めて話すシンジにリツコはクスクスと笑っている。
戦自側のスタッフも同じように笑っているが、ネルフ側のスタッフは……笑いたくても笑えない。
「夫婦揃って世界に迷惑を掛けている。
碇ユイという人物がエヴァンゲリオンという世界の住民に多大な負担を掛ける物を生み出したという事を知っているかね」
「もちろん知っています。天才と呼ばれた人物でしたわ」
「天才ね……知っているかね、天才とはキチガイと紙一重の人物という事を」
「ええ、危ない人かもしれませんね」
隣にいるミサトが睨んでいるが、リツコは笑みを絶やさずに話している。
「ふむ、あなたとは意見が合いそうですな」
「ええ、気が合いそうですね」
(敵と和やかに話すんじゃないわよ)
ミサトの敵意の篭った視線は二人には届かなかった。
この後、二人は幾つかの意見交換をしてスケジュールの不備を改善していた。
作戦部長のミサトは自分を無視して会話を続ける二人に苛立ちを感じながら立っていた。
意見交換が終わった後でネルフスタッフ専用の休憩室でミサトが苛立ちをぶつける。
「いったい何なのよ! こっちが下手に出ていると思って言ってくれるじゃないの!」
「落ち着きなさい、ミサト。
相手のペースに乗ってどうするのよ。向こうはこっちが暴挙をするのを待っているの」
「だからって! チッ!」
舌打ちしてリツコの注意を受け入れるミサト。
参号機の移送についての経緯は聞いている。戦自が遊び半分でこんな事をしている訳では無い事も知っている。
A−801――ネルフ侵攻も視野に入れているとはっきりと日本政府が通達しているのだ。
ミサト達を挑発して暴発するのを戦自は期待している……ミサトは苦々しい顔で椅子に座った。
「フォースは?」
「スタッフを付けて、参号機を見に行ったわ」
「暢気なものね。お調子者だけど……大丈夫なの?」
「さあね、私の意見が封殺された時点でどうなろうと知らないわ。
最悪はエヴァ参号機はスクラップ送りだけど、私達技術部にはその方が良いから」
「あんた、この頃さ〜棘だらけになってない?」
不機嫌な表情で手元のノートパソコンで作業をしているリツコにミサトは問う。
「そうね。ホントはさっさと辞めたいけど……殺されると分かっていて辞める事もできない籠の鳥。
だからと言って、ミサトに協力する気もないわ。
私は、私なりのやり方で生き残る方法を模索しているからね」
「どうしてもダメなの?」
「ええ、爆弾を抱えたパートーナーと火遊びするほど……私は無様じゃないわ」
「どういう意味よ?」
「復讐に身を焦がす者は、その身を焼き尽くすまで止まらない。
そして、その劫火で周囲を焼き尽くしてしまう……知り合いの忠告だけど、今のミサトがその通りね」
「あたしが間違っているとでも言うの?」
ミサトが睨むようにしてリツコに問う。
自分のしている行為が何も間違っていないと確信している自分本位のミサトだった。
「エヴァの建造に何万人の餓死者が出たか……知っている?」
「でも、それは仕方ない事だから!」
「またそれね。仕方ない、仕方ないで誤魔化して、それで自分が汚れていない……正しいと叫ぶ。
いい加減、ネルフは人の屍の上に存在するって自覚して欲しいわね」
冷徹な響きを持ってミサトを見つめるリツコの視線には……温か味がなかった。
「私の手は真っ赤に染まっているわ。
今更、自分が綺麗だという気はないけど……返り血をこれ以上浴びたくないと考えるのはおかしいの?」
「…………おかしくないわ」
ミサトが躊躇いながらも答える。
「エヴァの運用は世界の人々がその日々の生活を切り詰めて……その善意から集めている。
ミサトは自分の給料がどれ程の重みがあるか、理解しているの?」
「でも、仕方のない事なのよ」
「ええ、仕方ない事よ。
でも、その負担を軽くしようという気持ちが今まであったの?」
ミサトの仕方ないを肯定しながらもリツコは敢えてミサトに問う。
復讐だけを優先していたミサトには……その問いに答える事は出来なかった。
「だからミサトに協力出来ないの……あなたは周囲の人間を不幸にしてまで自分の目的を優先しているわ。
私が協力する事で、不幸になる人を増やす訳には行かないから」
「でも、私は止める事が出来ないわ」
「ええ、好きにすれば良いわ。
ミサトの生き方に指図する気はないけど……加持君を地獄に落とす気なのかしら?」
加持の事を言われてミサトは複雑な感情を見せる。
「今の加持君の立場は非常に危険なものよ。
加持君もその点は自覚しているけど……敢えて火中に飛び込んだわ」
「そ、それは……」
「でもミサトは加持君が死んでも仕方ないで済ますのね」
「そんな事ないわよ!!」
「何故? 世界の住民には仕方ないで済ませて……自分の事になると耐えられないの?」
リツコの意見にミサトは昂ぶった感情が一気に冷やされいく。
「他人に仕方ないを強要させて、自分はダメ……随分身勝手な事を言うのね」
「そうかもしれないけど……この感情を止められないわ」
「何度話しても結果は同じ。ミサトは協力して、私は出来ない……平行線なのよ。
どちらも歩み寄る事は出来ない以上は無意味で時間の無駄よ」
「……世界を救うのよ」
「その結果、何万の犠牲者を出してね。
知ってるかしら……一人殺せば殺人者、百万の人を殺せば英雄。
ミサトは英雄になれるかしら?」
リツコの言葉には棘があり、ミサトは怒った顔で睨んでいる。
「ごめんなさい……ミサトは既にセカンドインパクトで億単位の人間を殺していたから英雄だったわね」
真っ赤な顔で睨んでいたミサトの顔から血の気が引いていく。
セカンドインパクトの事を何故リツコが知っているのか……即座に使徒もどきのリンの顔が浮かんだ。
「……あいつから聞いたのね。
でも、それは事実かどうか分からないのよ」
「いえ、私はリンから聞く前に知っていたわ……まさかアダムが助けたという裏話は知らなかったけどね」
「あんた、もしかしてゼーレの人間?」
「いいえ、私はゼーレには所属していないわ。
技術部長としてミサトより上のパスを持っているから自分で調べただけよ。
ミサトは作戦部長だけど……目を塞いで何も調べなかったわね。
今頃になって、焦って調べるような視野狭窄の人間を信頼できると思うの?」
「そ、そりは……」
「いい加減、自分が何も見ていなかったと自覚しなさい。
この分じゃ、加持君は間違いなく死ぬわよ」
加持の生存が懸かっているとリツコに言われて立場の危うさを実感しているミサトだった。
戦自側スタッフの控え室では真剣な表情で明日のミッションの説明が始まっている。
「先程確認したが……やはり第十三使徒が寄生している」
シンジの報告にパイロット達は明日のミッションの重要性を再確認した。
「藤村(ふじむら)、太田(おおた)、若林(わかばやし)」
「「「はっ!」」」
シンジの声に名を呼ばれた三人は直立して敬礼する。
「明日が君達の初陣になる。
おそらくエヴァンゲリオン参号機は人の姿をした獣のように動くだろう。
見かけに惑わされずに行動せよ」
「「「了解!」」」
三人のファントムのパイロットに頷いて、シンジは控え室に持ち込んだ大型モニターに明日のミッションの概要を提示する。
「まずファントムの配置場所だが、ネルフ本部とこの松代との中間点にあるこのポイントに配置する」
モニターに映し出されている地図で場所を示す。
「時田さん、リニアボードのセッティングは?」
「万全だよ。予備も合わせて全部調整が完了している」
このミッションの為に日重から一時出向している時田をリーダーにした整備スタッフが笑みを浮かべて報告する。
「なかなか面白いオプションユニットだよ。
浮く事しか出来ないリニアボードだと思ったが、こんな使い方をするとは思わなかった。
これなら海面での使用は難しいけど……砂漠、泥地、雪上でも使用できるな」
リニアボード
ファントムの足の裏に装着するフローティングボード。
磁力を使用して常に地面と一定の間隔で浮遊する板状の移動システム。
浮く事しか出来ないが、ファントムの推進機構を使用する事で陸上での高速移動を可能にするオプションユニット。
不安定な足場でも高速移動可能にするファントムの主要オプションユニットであった。
「感謝します、時田さん」
「いやいや、面白いパーツを見せて貰ったんで、こちらこそ感謝するよ」
時田にすれば、発想の転換を見た事で十分に意義がある。
ただ浮くだけで使い道が無いと考えていたが、足りないのなら別のパーツで補うという逆転の発想に気付いたのだ。
「こちらの時田さんの協力のおかげでリニアボードは万全の状態で使える。
ファントム1、2が陽動で使徒の注意と攻撃を受け流し、君達が攻撃を担当する。
内部に取り残されたフォースチルドレンの安全を確保する為に銃器の使用は出来ない。
一撃離脱――ヒットアンドウェイに徹して着実にダメージを与えて動きを封じる。
出来る限り安全を確保したいが……此処は戦場だ、君達が生き残る事を第一に行動しろ」
助ける事を優先はするが、必要であれば切り捨てろとシンジは告げる。
「納得できないと思う感情はあるのは当然だ……まともな人間は助けたいとまず考える。
だが、我々は敗北する事は許されない。人類の生存が懸かっている事を念頭に置いて欲しい」
苦い物を飲み干さなければならない事を三人のパイロットは自覚している。
軍人である以上、敵である有人機を攻撃する事の意味は承知している。
まして、今回はこの国で生きている全ての人間の命が懸かっている以上……躊躇いは許されない事は理解している。
「使徒に人質という概念があるかは分からない。
通信が繋がって助けを求める声があるかもしれんが無視しろ。
その声に判断を誤る事は許されない……以上だ」
戦自スタッフ全員が敬礼をして、各部署へと戻っていく。
「やりきれんものがあるね」
「全くですね、時田さん」
シンジと時田の二人が顔を顰めて話をしている。
「手段を選ばないやり方を選択出来れば良かったんですが……問題だらけで出来ない」
シンジ達が前面に出て行動出来れば全て上手くいくが……いずれ人類に排除される可能性が高い。
使徒と人類の共存は無理だとシンジは考える。
人間が自分達より強大な力を持つ存在を受け入れる事はまずあり得ないと判断している。
人同士が争う事をやめないのに……人とは違う存在を受け入れるなんて甘い考えを持つ事は出来ないのだ。
「仕方ないで済ますのは間違いなんですけどね」
「だが、時にはその選択をしなければならない……人の愚かさを実感するな」
やれやれと言った顔で時田が苦笑している。
今回の作戦を聞いた時から、シンジの苦悩を見ているし、自分も同じように悩んでいる。
フォースチルドレンの少年を犠牲にするやり方を選択しなければならない現実に憤りを感じているのだ。
「誰かの汚い仕事を任せる訳には行きません。
これが大人の責任って事でしょうか?」
「今更、逃げる事は出来ない……か。
逃げないと選択した以上は目を逸らさずに見つめて次に生かすだけだよ」
「最初から答えは出ています。僕は自分のやり方が正しいとは思いませんが……突き進む。
出来る限りまともな未来を次の世代に遺すだけです」
「その点には同意するとも……未来はちゃんと遺してあげないとね」
口に出す事で自分の覚悟を再確認する。
シンジも時田も苦笑いして、自分達の戦う場所に戻っていく。
ベストを尽くす……その先に未来があると信じて。
第三新東京市のネルフ本部の加持の執務室でスピリッツNo.12から渡されたDVDディスクを見て……愕然としていた。
「なんてこった……知りたい事が全部入っているじゃないか」
セカンドインパクトの真相からゼーレの計画している人類補完計画に、それに乗じてゲンドウが行おうとしている計画の詳細も分かり易いように記されていた。
「葛城には見せられんな……見せたら司令室に乗り込んで殺されちまうぞ」
セカンドインパクトの前日にゲンドウが資料の全てを持ち帰ったなどとミサトが知れば、激昂する事は間違いない。
そこに至る経緯が記されていない以上はセカンドインパクトから逃れたと勝手に判断しかねない。
《失敗する事は分かっていたから……逃げたのか?
警告したが無視されたので諦めて資料だけ持ち帰った……さて、どちらが真実でしょうか?》
「謎掛けは好きじゃないんだが」
《どちらも真実かもしれませんわ。
失敗する事は分かってが、一応警告して資料を持ち帰った線もありますわ》
「真実は当人に聞かないと分からないって事だな?」
《人の数だけ真実がありますわ……さて、パシリ一号の真実はどれでしょうか?》
「それは真実じゃないんじゃないか?」
《では、何を以って真実というのでしょうか?
故人である葛城博士に聞かれますか、それとも司令に聞いて死を選択しますか?》
「どちらも不可能じゃないかな」
《それでは真実は誰かが決める事になりますわ……パシリ一号が決めても問題はありません》
極論だと加持は思うが歴史家の歴史考証には様々な解釈がある事に気付いて苦笑いするしかなかった。
《真実を求めるなどと言っていますが……結局は自分の考えで判断するしかないでしょう。
パシリ一号の求める真実も真実じゃないかもしれませんね。
知りたい事だけを追い求めて、それ以外は偽物と勝手に判断していく……都合の良い事ですね》
この声は棘だらけだと加持は思う。
渡された資料は間違いなく真実だと判断するが……偽物だと告げられた気にさせられる。
「……随分と穿った意見だな。
では、これは偽物だと考えて良いのか?」
《ご自身で判断して下さい……大人が他人の意見に一々迷ってどうします。
そうやって大人が都合の悪い事から目を逸らしているのは頂けませんね》
「で、これを俺に見せてどうする気だ?」
《そうですね。葛城ミサトに見せて……死んでもらいましょうか?
彼女が死ねば、ネルフが無駄遣いをしなくなるでしょうから、最良の選択かもしれませんね》
「悪いがそれは拒否させてもらうぞ」
《構いませんよ……私がそれを見せれば良いだけですから》
その声に加持は殺意を覚える。自分達をおもしろおかしく踊らせようとする意志を感じたのだ。
《あら、随分と傲慢ですわね。
生き残る為には弟さんですら犠牲にしたくせに彼女はダメと言うのですか?》
「好きでやったわけじゃない!」
加持は自分の心の傷に刃を突き刺す声に憤りと怒りを感じる。
《よく分かりませんね。他者の屍の上でのうのうと生きているくせに愛する者の命を失う事は我慢できない。
ネルフ、ゼーレに所属した時点で自分の愛する人も生け贄に捧げる覚悟があったと思っていたんですが》
「自分が死ぬ覚悟はあったさ……だが、葛城には死んで欲しくないと思うのは間違いなのか?」
《他者を利用する者は自分の命と家族を巻き込むくらいは当たり前でしょう。
いい加減、自分が危ない橋を渡っていると自覚しなさい。
スリルを楽しんで遊び半分で居られるほど……気楽な世界ではありませんよ》
「……確かにそうかもな」
《愛する人を手にした時から自身が弱点を晒したと考え……慎重に動かないと彼女を泣かせますわよ》
甘えるなと叱責された気分になって、加持は意気消沈している。
《では、本日の指令を与えます。
パシリ一号の背後にあるディスクを赤木博士にお渡し下さい》
その指示に加持は背後に目を向けると床に一枚のフロッピーディスクが置いてあった。
加持はそのディスクを手に取ると、
《内容を確認する事は禁じます。
自己消去型のウィルスを混入していますので一度しか見る事は出来ません。
見るのは構いませんが……当然、その代償は支払ってもらいます》
「それは俺の命って訳か?」
《……葛城ミサトの命です。
言った筈です……あなたは弱点を晒したと》
「俺が信用できないというのか?」
《その通りです。内調を首になった原因は既に知っていますので。
好き放題動く事を我々は認めません……ゼーレ、碇ゲンドウのようにあなたを泳がせるような甘い事はしません》
「……あ、甘いって」
加持が知る限り両者とも非情な組織であり、気が抜けないと考える厳しいものだと判断していた。
だが、スピリッツはその二つを甘いと言って切り捨てる。
《冗談で人の命を天秤に掛ける気はありません。
自分の命を平気で捨てる人間には……愛する家族を失う痛みを存分に味わってもらいます》
「勝手な事、失敗は許さんって事だな?」
《然様でございますわ》
進退ここに窮まったと加持はようやく悟る。
失敗しても自分が死ぬだけと考えていたが……自分の命ではなく、葛城を殺すと言われた。
これで勝手に動く事もままならずに向こうの指示通りに従うしかない。
相手の所在地もその顔も見ていない。
ただこうして誰も居ない筈の部屋で声だけが脳裡に響くだけで……自分は何も知らない。
「何時から俺を利用する気だった?」
《八年前、あなたが葛城ミサトの為に真実を追い求めた時から》
「……周到に追い詰められたわけか?」
《謀り事とはそういうものです。
こちらの計算どおりにあなたは隙を見せ、後は絡め取り……逃げられなくするだけです》
加持はこの声に底知れぬ恐怖を感じている。
綿密に張り巡らされた意図の下に自分は動かされたような気がするのだ。
自分の考え方も動きも全て見透かされていると考えると……安易な行動は取れない。
《人形遣いとは人知れずその糸を絡めて……操る者ですよ》
クスクスと楽しそうに笑う声が小さくなって消えて行く。
「…………逃げられそうもないし……逃げ切れる自信もないぞ」
加持は自身が冷たい汗を流している事に気付いて……暗澹たる気持ちで自身の先行きに不安を感じていた。
……実際はそんな事もないと知る由もなく、自身がからかわれているとは思わなかった。
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どうもEFFです。
次回はバルディエル戦が始まります。
伏線は張っているので先が読める人はこの次に何が起きるか……予想しているでしょうね。
この次のゼルエル戦の後にまたオリジナル要素の使徒戦を考えています。
その名はマカティエル……天災の意味を持つ天使の予定ですから、期待して頂けるとありがたいです。
それでは次回もサービス、サービス♪
僕たちの独立戦争のほうでも書きましたが、リアルのほうでとても大事な事件が起きました。
親父が倒れて……逝きました。
大往生とは言えないかもしれませんが……それなりに満足した人生を送ったと思いたいです。
結構精神的にもダメージがありました。
まあストックがある内は送りますので……途切れはしないかもしれませんが。
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