「―――という事で冬月副司令の行方は今だ判明しません。
残念ですが、最悪の事態の可能性も見えてきました」
司令室で加持はゲンドウに今現在判明している事を報告していた。
なぜ加持が報告しているのかというのは、他のスタッフが今のゲンドウと向き合うだけの勇気がなかっただけだ。
腹心とも言える冬月を失い、更に冬月の仕事が全部ゲンドウが行わなければならない状況に追い込まれた。
機嫌が悪いという事は誰もが知っていたし、人望ももはや下落しきっている状態で顔を合わせたくないと言うのが本音かもしれないが。
「……これは老人達の仕業か?」
「いえ、彼らの工作員も一緒に始末されていました」
「…………」
(勘弁してくれよ、葛城〜)
保安部に加持に報告に行かせる様に仕向けたのはミサトだった。
冬月を失う事でゲンドウに何か変化がないか、加持に見極めさせたかったのだ。
一筋縄で行かない人物が弱った瞬間ならば、ボロが出るんじゃないかと思ったが……空振りに終わりそうな気配だった。
「……戦自の仕業か?」
「それもまだ判りません。戦自にしては些か荒っぽいんです」
「…………」
やる事が過激すぎると加持は考えているし、調べた限り……動いた部隊に心当たりがないので断定出来ない。
少数精鋭という可能性もあるが、その場合は攻撃力があり過ぎ……短時間で冬月を彼らから奪えるなんて考えられない。
現場を見る限り、虐殺に近い形で戦闘が終わっている。
戦自の仕業としても、工作員全てを始末する形にするのは情報を得られる機会が失われたのと同じ意味になる。
もし戦自の仕業とすれば、もう情報を得る必要性がなくなり……動く段階に突入した可能性もある。
その場合、加持は何故目の前の人物――ゲンドウ――が無事なのかが不思議でならない。
(一番最初に狙うんじゃないかと思ったんだがな)
強引に物事を進めてきたゲンドウを憎む者は大勢いるし、情報を得た以上はA−801を出して、ネルフを強襲することも出来るはずだ。
サードインパクトの阻止を考えるなら、ネルフのトップを始末して瓦解させれば良いだけだ。
ピラミッド型の組織だから、頭が無くなれば……一時的でも動きは制限されるのだ。
委員会の意向を受けた人物が選出されるとは限らない。国連主導の人物が選ばれれば、ネルフの内部調査が始まる。
そうなれば、委員会の後ろめたい部分が明らかにされて……老人達の計画は紛れも無く潰える。
新しい司令の役割はネルフの解体、委員会の実状を見極める事を最優先する可能性が高いのだ。
エヴァはもはや必要ない……ファントムという量産性に優れた兵器が存在している事実があった。
(それとも何か……実務面の折衝役を奪う事で、ネルフの動きを狂わせる気か?
もし、そうなら凄い嫌がらせだな)
ゲンドウに折衝役など出来るわけがないと加持は思う。
強権を駆使して強引に黙らせる事はできても……話し合いの場など作れるとは思えない。
交渉なんてする気はないし、自分の意見だけを押し通すだけなのだ。
副司令の代わりはいない……代行をゼーレから召喚する気もない以上ゲンドウが肩代わりするしかない。
ブレーキを失った暴走機関車というイメージが加持の頭の中に浮かぶ。
何時オーバースピードで脱線して、乗客を犠牲にするか判らない。
お先真っ暗という嫌な状況しか思い浮かばずに内心で大きくため息を吐くしかない加持だった。
RETURN to ANGEL
EPISODE: 36 砕かれた支配権
著 EFF
暗闇の中に浮かんでいる四つのモノリス。
『冬月が何者かに拉致された、と……鈴から報告が届いた』
『国連へは病に倒れて入院中と報告してるが……些か厄介な事になりそうだな』
『然様、後任人事を我々で決定できるか不明だ』
『それは不味い。今内部監査をされると間違いなくネルフは存続出来ない事になる』
ゼーレのメンバーは事態の深刻さに頭を痛めている。
副司令の後任人事はおそらく自分達の意向で動く人物は選出されない方向になる可能性が高い。
どちらかと言うと掣肘の意味を込めて内部監査を重点に行うUN軍の士官が選出され、荒事にも対応出来る直属の部下も一緒に送られる可能性がある。
『こちらの動きを逆手に取られたのか?』
呻く様にモノリスの一つから声が出る。
碇ゲンドウとの確執を利用されたのは明白だ。
冬月の召喚を内密で行い、一時的にガードを外して……拉致した時を狙われた。
しかもご丁寧にこちらの人員も一緒に始末された日には目も当てられない。
そして、その事は拉致した組織はゼーレの動きを掴んでいた事に他ならない。
今回の一件で日本国内の戦力は減らされてしまったのだ。
『あの男がきちんと説明すれば、このような事態にはならなかった!』
『然様……しかも我々の計画に従う振りをして別の計画を企んでいる』
『日本国内にいる実働部隊を失ったのは痛い。今の状況で補充は難しいぞ』
日本政府……いや戦自による日本国内のゼーレ側の人間狩りは苛烈を極めている。
殆んどの人物は情報操作によるスキャンダルで失脚、もしくは事故死、病を患っての病死を理由に排斥されていた。
実働部隊に所属している者は……闇から闇へと葬られている。
おかげで日本国内に於けるゼーレの力は日を追う毎に削がれ、その余波は日本国内から世界へと飛び火している。
UN軍内でもゼーレ側の関係者は左遷、もしくは事故死で処理されていた。
世界各国も同様にゼーレに荷担した連中は本流から外され……日の当たる場所から葬られている。
『何処の部隊なのだ……我々の戦力を潰すのは?』
口惜しそうにキールの声が空間に響いている。
貴重な戦力が何者かによって潰され、国毎の諜報機関が自由に動ける状態になっている。
サイボーグ兵というアドバンテージがなくなり、同じ武装を持つ者同士の戦いは秘匿性のある彼らには数の上でも不利だった。
ゼーレ側の関係者リストを持たれているのか……各国の諜報機関は命令を発信する人物を先に処理してから、混乱の生じた末端を攻撃している。おかげでトップ
と末端の構成員を繋ぐ存在が激減し……指揮系統がバラバラに壊されている。
ピラミッド型の組織の弱点を露呈されて、ゼーレはその組織力を維持するのが精一杯だった。
かつて先進国と言われ、今も国連内で発言力を持つ国は徐々に老人達の影響力から解放され始めていた。
『絶対に必要な量産機の予算を削られたな』
『これは不味いですぞ』
『我々の計画では初号機を入れて十機は必要だ。残り九機……うち五機までは予算を確保したが』
『残りの予算は我々で捻出するしか手段は無いな』
自分達の影響力が使徒戦が始まる前と比べて、格段に落ち込んでいる。
量産機の必要性を訴えても、他の製造コストが低い機体があるので……国連総会が認めない。
国連の一機関である以上、国連の総意がなければ予算申請は通らずにいるので、予算は自分達で捻出する必要がある。
結果、自分達の手元にある資産を出すしかなかった。
裏死海文書の解読よって得られた恩恵を自分達の願いを叶える為に使用する事を決意する。
全ての組織は予算がなければ満足に活動出来ない。
セカンドインパクト以降、一気に表舞台に出て、世界経済を押さえる事で豊富な資金を使って支配してきた秘密結社ゼーレ。
醜悪な妄執のために、その力の源である資本を削る事になる。
例え生き残ったとしても……組織を維持出来るだけの体力――資本――が無くなるとしても、老人達は突き進しかなかった。
「一気に仕事が増えたんだよな……とほほ」
「……青葉さんも大変ですね」
「早いとこ……事件が解決すると良いんだが」
涙目で青葉シゲルは隣にいる伊吹マヤと日向マコトに話していた。
冬月の直属の部下でもあるシゲルは一時的に代行を兼任しているゲンドウと向き合わなければならない。
話の分かる上司を失い……強面の人の意見に耳を貸さずに、自分の意見をゴリ押しするだけの上司。
今、ネルフで最も割の合わない立場にシゲルはいた。
「……もう大変でさ。毎日、胃が痛くなるんだぜ」
「そりゃぁ、そうでしょう……司令と一緒なんですから」
「そうだよな。司令の相手はきついよな」
胃の辺りを手で押さえながら話すシゲルにマヤもマコトも同情していた。
「上の再建の話し合いなんて……全然ッ、進まないし……どうしろってツッコミたいぜ。
会議なのに殆んど意見交換はしないし、誰かさんが圧力掛けて発言を封じ込むし……あれを会議だとは言いたくないね」
「上……怒ってないですか?」
「そりゃあ、もうカンカンだぜ。予算は勝手に削るし、その事を指摘しようとしても……聞く耳持っていないし」
「……どうすんだよ。兵装ビルの修復は可能なのか?」
「無理だな。実務者レベルでの会議は非難の嵐だぜ。総務部の連中……泣きが入っていたぞ」
「ちょ……勘弁してくれよ。葛城さんが……」
マコトはシゲルから事情を聞いて頭を抱えている。
先の使徒戦で見せ場のなかったミサトが、次こそはと言った次第で気合を入れまくっている。
そんな状態のミサトに、「再建には時間が掛かる」などと報告しようものなら総務部に殴り込みを掛けるかもしれない。
もし、そんな事態になれば……上とゲンドウから板挟みを受けている総務部は反発しかねない。
ただでさえミサトの評判は良くないのに、またトラブルを起こせば、面倒事を抱え込む事になる。
司令に次いで嫌われ者のNo.2の座はミサトで固定される事は確実だった。
ちなみにゲンドウ直属の保安部、特殊監査部は最初から考慮されていなかった。
「……副司令がいないと大変ですね」
「「全くだぜ(よ)」
語尾こそ違うが、シゲルとマコトの二人は肩を落として対策をそれぞれの練り始めていた。
「まあ……何とか合格レベルってとこだね」
「くっ! 先は長いみたいね」
リンの評価にアスカが悔しがっている。
「とりあえず還ったら……派手な事出来ないから、ここで何とかするわよ」
「……そうね。アスカには頑張ってもらわないと」
「もう少しママの代わりに居る?」
「……一人だと退屈だから、さっさと還るわよ」
リンとアスカとは少し離れた場所で、レイとキョウコが仲良くお茶している。
「リツコお姉ちゃんに感謝してよ。
シンクロテストを利用して……訓練できるように手配してくれたんだから」
「なんか……すっごく大きな借りを作った気がするわ」
「リツコさん、猫耳メイド服を筆頭に幾つかの服の準備をしていたわ」
レイの一言にビシィィィッ!!と派手な音が聞こえた様子でアスカの身体が硬直している。
「あら、それは私も見たいわね♪」
「あ、リツコお姉ちゃん、そういうの映像記録残しているから見せてくれると思うな」
「楽しみね♪」
キョウコは喜色満面の笑顔で聞いている。
ここは弐号機内部――キョウコが生み出した精神世界である。
アスカの単独ATフィールド展開訓練を行う為に、リンとレイはシンクロテストを利用して此処に来ていたのだ。
「エヴァで使い方を少しは学んだけど……奥が深いわね」
「まあね。アスカはコツを知っているから、すぐに上達したけど」
「はいはい。そう簡単に行かないのは承知しているわよ」
「此処だったら派手に暴れても大丈夫だし、出来る限り時間を有効に使わないと」
一旦休憩を挟む事にした四人は午後のティータイムを満喫している。
「……なんでレイは完全に制御できるのに、アタシは出来ないわけ?」
「生まれの問題ともう一人のレイお姉ちゃん……リリスよりの知識付きだから」
少し悲しそうな顔になってリンが二人の違いを述べる。
二人のレイが同化した際に本体になるレイに知識を刷り込んでいたらしい。
「姉さんは私にこの後も生き残れるだけの知識と力をくれたの」
あまり表情には変化がないから分かり難いが、付き合いの長いアスカとリンにはレイが悲しんでいると判断できた。
「……ゴメン。悪いこと聞いたわね」
「気にしないで。私は大丈夫だから」
「そうそう、私も元気だからね」
レイ、リン共に悲しいけど……ダメージを引き摺っていないと苦笑いしながら話していた。
「―――ふうん。結構いい場所じゃない」
「あら……ナオコじゃない…………本当に若返ったのね」
「そういう貴女は……老けたわね、キョウコ」
突然聞こえてきた第三者の声に顔を向けると、ナオコの容赦ない挨拶に凍り付いているキョウコの姿があった。
「ああっ、ナオコお姉ちゃん♪」
「久しぶり。元気そうで良かったわ」
「うん♪ 元気元気♪」
お客がナオコだと気付いて、リンが嬉しそうに抱きついている。
「……ママ。気にしてたのね」
「タブーに敢えて触れるナオコさん……素敵ね」
喜ぶべきか、悲しむべきか、判断に苦しむアスカと、キョウコを見事に凍りつかせた手腕を高く評価しているレイがいた。
「……やっぱりズルイと思うの。若返るなんて反則よ、ナオコ」
涙目で文句を言うキョウコだが、
「……ふ」
「は、鼻で笑われた……」
勝者の余裕を見せるナオコの前には、悔しげに睨む事しか出来なかった。
「わ、私も若返ってやる―――――ッ!! ナオコに負けてなんか居られるものか―――――ッ!!」
「キョウコさんって意外と負けず嫌いなのかしら?」
「アスカのお母さんだけに否定できないわ」
「……ママ、そんなに悔しかったの?」
キレたキョウコを前にまだ年を取るという意味に疎い三人娘が不思議そうに見ていた。
実は……ここにいる者はキョウコ以外はその気になれば自由に外見年齢を変える事が出来た。
キョウコがその事に気付き、落ち込む前の1コマだった。
「……で、落ち着いた?」
「ふんだ……どうせ、私はオバさんですよ」
プイッと顔を背けてナオコに話すキョウコ。
側で見ているアスカは、我が母ながら大人気ないと思い、顔を顰めている。
リンは久しぶりに会ったナオコに甘えて膝枕を堪能していた。
「……リンは甘えん坊ね」
「えへへ♪ たまにはいいでしょ?」
「はいはい。レイちゃんが拗ねているけど良いの?」
ナオコの視線の先にはちょっと不機嫌と言わんばかりの空気を纏ったレイがいる。
「大丈夫♪ 帰ったら……レイ姉に甘えるから」
「……問題ないわ」
「……羨ましそうに見ても甘えないからね、ママ」
「ええ〜家族サービスして欲しいのに〜アスカちゃんのいけず〜〜」
娘が母に甘えている光景を展開されて、羨ましそうに見つめるキョウコに、恥ずかしい真似はしないとクールに告げるアスカだった。
「お父さん、元気にしてる?」
「カティ相手に親馬鹿モード全開してるわ」
「……う、羨ましい。さっさと終わらせてカティちゃんと遊びたいな」
カティの事はリエ姉さんから聞いていた。
聞いた瞬間、リンは狂喜乱舞というか……妹キャラの登場にハイテンションになっていた。
やっと自分より幼い存在が現れたから、おもいっきり可愛がってあげたいし、甘えて欲しいと思う。
「おかげでエリィが拗ねちゃって、二人目を作るわよって叫んでたわ」
「ますますグッドじゃない♪ 妹か、弟ができるんでしょ♪」
「あら……男の子だったらアスカちゃんのお婿さんにしたいわね」
「な、何言ってんのよ、ママ!? アタシは、コイツを姉にする気はないわよ!」
キョウコの爆弾発言にアスカが腰を浮かせて吃驚している。
しかもリンを指差して……大声で否定の意見を発言していた。
「十以上も歳の離れている年下の男なんて要らないわよ!」
「そう? アスカちゃんの好みの男の子に仕込んでみたら……結構楽しいかもしれないわよ?」
「……逆光源氏計画ね」
「…………逆光源氏計画とは何ですか、ナオコさん?」
ちょっと意味が分からずに発案者のナオコにレイが問う。
「昔々ね、いい年こいたおっさんが小さな女の子を拾ってきて自分の好みの女性に教育して嫁さんにした話だっけ?」
「まあ概ねそんなところかしら」
隣からリンが簡単に説明するとナオコが特に間違っていないので肯定している。
「つまり……ヒゲと同じ事をアスカがするというのね」
「だから、しないってば!!」
全力でレイの意見を否定するアスカだった。
「ヒゲと同類なんて……絶対に言わないでよ!!」
「まあ、そうよねえ。あれと一緒にされたら大迷惑ね」
「はぁ〜もう少し好い人見つけなさいってユイに前々から言いたかったのよ」
「小物チックなくせに……野心だけは一人前以上なんだから」
アスカを筆頭にリン、キョウコ、ナオコの順にゲンドウに対する不満を零していく。
「……で、背後霊は?」
「戦自で確保して、取調べ中。黙秘しようとしていたけど……」
「壊れない程度に自白剤を使って暴露中ってとこ?」
「ええ、冬月教授も災難だけどね」
リンが冬月の確保後をナオコに聞くと、場の空気が重くなるような話に変わる。
壊れない程度とナオコは言っているが、逆に言えば壊れなければ何をしても良いと言っている様なものだ。
戦自にしても、確証を得るために容赦しない事は明白だから……冬月も命運は尽きたも同じだった。
獄中で死すか……それとも司法の裁きによって絞首刑になるかの違いだけで、冬月の命運はとうに尽きていたのだ。
「自業自得じゃないの。背後霊だって、暴露したら破滅だって知っていたんだし」
「まあ、ゲンドウ君の狂気を知っていて付き合った結果なんだけどね」
危ない橋を渡っていた途中で橋が崩壊して転落しただけの話とリンとナオコが結論付ける。
「今更そんな話をしても無意味だし、現実的な話に移るわね。
キョウコ、ここから出られるわよ。一応、アスカちゃんのサルベージと同時に行うけど、それで良いかしら?」
「ええ、構わないわ。ここで眠るのも飽きたし」
「とりあえず、アメリカ国籍を用意したわ。
キョウコ・ツェッペリン……ま、ドイツ系移民二世という形で住居も用意出来たけど?」
「十分だけど、年齢は?」
「十七か、十八歳まで若返ってもらうわ。これなら大学に行って、もう一度博士号を取り直せるでしょう」
「そうね。アスカちゃんとの続柄は?」
「若返るなら姉妹、そのままで行くなら義理の親娘で」
「じゃあ姉妹で。アスカちゃんには悪いけどね」
「いいわよ、別に。ママの安全が確保出来るなら文句は言わないわ」
キョウコのサルベージ後の話が具体的になり、アスカも一安心している。
「ちなみに卒業後の就職先はウチ以外はダメよ。
露出は少なかったけど、一応それなりに有名人なんだからね」
「そうね。その点は仕方ないわね」
エヴァ建造に係わった人物として、全てが終わった後で世界に公表する必要があるとナオコは告げる。
年齢を変えるのもその一環だとアスカは判断し、キョウコも納得していた。
若返りなど、現代の技術では夢物語。ちょっと似ているけど……普通は同一人物とは考えないだろう。
「表舞台に出たい?」
「面倒だからパス」
ナオコの問いにキョウコはすぐさま面倒と言って否定する。
表舞台に出ると色々面倒だし、目立つ事で詮索されるのは更に嫌な様子だった。
「地味〜に生きて、悠々自適に研究一筋に徹するわ」
「ウチは結果さえ出せば、文句は言わない。優秀な開発者は優遇されるわよ」
「予算は?」
「結果次第だけど、既に幾つかの特許も得ているから潤沢に回してくれるかもね。
私個人でも幾つかパテントを持ってるから、個人で出すんならパテントを取る時に六割くらいは確保できるわよ」
「得れば得るだけ潤沢になるってとこか……俄然やる気が出るわね。
一気に飛び級して、さっさと研究室に入ろうかな」
研究、開発者魂に火が点いたのか、キョウコからエネルギッシュな空気が滲み出している。
退屈な時間が終わり、再び学究の徒か、研究者としての生が待っていると思うと楽しくて仕方がないみたいだ。
キョウコ・ツェッペリン――後にアメリカで起業されるスピリチュアルインダストリーの開発研究部門の三巨頭の一人の予定。
彼女が研究、開発した素材や製品が世界を席巻する日が来るかもしれない。
初号機のケージでミサトは拘束されている初号機を見つめている。
(アダムの所為でセカンドインパクトが起きたと聞いていたけど……どうも違うみたいね。
だけど使徒を憎むな、と言われても怨みを晴らす事で生きてきたから……)
仇討ちをしたいのなら、真相を知ってから行えと自分よりも年下の小娘に言われた。
「葛城さん……やはり量産機の製造が始まりました。一応上海経由の情報ですのでソースに信頼はおけます」
背後から声を掛けてきたマコトが持って来た情報がミサトの迷いを更に深める。
「何故この時期に量産を急ぐの?(やはりサードインパクトを自分達の手で行う為なの?)」
「エヴァを2機凍結中、実質現在1機しか稼働できません。S2機関の危険性を考慮しているのでは?
おそらく第二次整備に向けて予備戦力の増強を急いでいるんでは?」
真相を知らないマコトならではの意見だが、もう一つの可能性を知るミサトには複雑な気分を助長させるしかない。
「どうかしら? リツコが調査した結果では起動時の安全確認は出来ているわ。
今更コード付きの機体なんて必要なの?」
「確かにそうですが、やはり安全性を考慮しているのでは?」
完全に安全だと証明されたわけではない。エヴァが有効的に使えるのは外部電源による制御ではないかとマコトは考えている。
使徒の複製品である以上、S2機関の搭載は新たな使徒を人類の手で生み出す可能性もある。
少々不具合があっても制御できる機体が望ましいと委員会が考えているのだとマコトは判断していた。
「で、これは公式の発表なの?」
「いえ、何故か非公式で……予算も委員会が不足分は自腹を切っているみたいです」
「はぁ?」
おかしな話にミサトは途惑う。ネルフが絶対と言うわけではないが、必要ならば出させれば良いと思う。
「国連総会で否決されたみたいなんです。エヴァの量産に予算を回すならファントムを作れって」
「……ったく、一応こっちを優先しなさいよね」
苛立つようにミサトの声に険が含まれている。
確かにファントムの方が予算を逼迫させないのは理解しているが、ネルフがファントムを上手く運用できるかは不明なのだ。
上手く運用できないと判明すれば……ネルフは使徒戦から外されて、戦自を中心としたUN軍に指揮権が変わりかねない。
(リツコなら研究機関に逆戻りしても喜びそうだけど……あたしは嫌よ!)
使徒が仇ではないかもしれないが、使徒と戦うために頑張ってきたのだ。
その努力を無に返すような事態などミサトには到底受け入れる事など出来ない。
「なんか陰謀臭い話になってきたわね……」
「確かに委員会の動きはおかしいですね。しかし、前回の侵攻みたいに複数が来るのは不味いのも事実です」
「……その話はいいわよ」
地雷を踏んだとマコトは直感した。
ミサトが眠っていた間に使徒戦が始まり、目が覚めた時点で終わっていたと聞かされて、しばらくは大いに不機嫌な様子だったのだ。
「で、兵装ビルの再建の予算は出そうなの?」
破壊されたビルの修復の申請をしたが……未だに返事はない事にミサトは苛立っていた。
「冬月副司令が居ないので……」
「ああ、もう! 誰が誘拐したのよっ!」
言葉を濁しているが、上との折衝役が不在の状態では遅々として進まないとマコトは婉曲に告げている。
ゲンドウが強引に話を進めても、いざ実務レベルになると従う振りをしての工期の着工の妨害をする連中が居る。
本来は冬月がきちんと話し合って、合意の上で進めるのだが……人との長時間の接触を嫌うゆえに一方的に通達して向こうの反発を買っているだけだった。
「迎撃態勢を整えなきゃなんないのに!」
次が来るまでに万全の状態にしたいがままならない。
第三新東京市は、下はネルフの支配下だが……上は日本政府が徐々に勢力を拡大し始めていた。
その状況下で対人恐怖症の誰かさんが、自分の都合を一方的に押し進めようとする。
結果、上の政治家達もネルフのやり方に反発し……距離を取り始めている。
「量産機のおかげで予算も削られました」
「どうすりゃいいのよ!!」
予算という使徒戦以上に厄介な敵が現れてミサトは頭を抱えていた。
彼女は面倒事を押し付ける事はあっても、押し付けられた事は少ないし……自分からは係わろうとしなかった。
しかし、今回はそういうわけにも行かない。交渉役が居ない以上は自身の手で行わなければならないのだ。
冬月不在のツケが徐々に表面化し始めていた。
そんな状況でも事態は動き出し……使徒発見の第一報がネルフに入った。
発令所のスクリーンには鳥のような姿をした第十五使徒――アラエル――が映し出されていた。
「……衛星軌道上ね?」
手の届かない場所に出現した使徒にミサトは攻撃手段を幾つか模索している。
「ポジトロンライフルって届くかしら?」
「届くけど……効かないと思うわよ
「なんでよ?」
リツコの否定的な意見にミサトは顔を顰めながら聞く。
「……出力不足。向こうだって防御しないわけじゃないし、放っておけば……此処に来るんだから待ち伏せが良いんじゃない」
「消極的な手段ね」
「別に準備はしても良いけど……反撃された時はどうするの?」
不満気に話すミサトに、リツコは向こうが攻撃した時の防御手段を教えろと聞いてくる。
「だから反撃出来ない一撃で」
「その一撃にどれだけの電力が要るのか……不明なのよ」
「撃ってみないと分からないと?」
「第五使徒を基準にするか、更に強力なフィールドを備えていると仮定して……撃ち抜くのに電力はどれだけ使うか……ね」
「……それを計算するのが仕事でしょ?」
「あのね……相手が何もアクションを起こしていないのに判るわけないの」
お馬鹿な子に分かり易く説明するお姉さんみたいだとマヤは思ってしまった。
映像から判明したのは相手の大きさと現在位置だけなのだ。攻撃手段も防御力も不明ではリツコでも対策は立てられない。
「……監視衛星が破壊されました」
ミサトとリツコの二人が少しずつ険悪な雰囲気に変わりつつある状況でスクリーンの映像がブッツリと途切れた。
「で、どうやって破壊したの?」
「ATフィールドの応用でしょうね」
「あっそ」
反目しかけた状態の二人にシゲルはどちらに付くべきか……悩んでいた。
(男の友情を取るべきか、気になる女性の気を惹くべきか……それが問題だ)
マコトとの友情を取るなら、ミサトに協力すれば良いが……正直ミサトに付いてもメリットがない。
リツコが説明したように衛星軌道上の使徒を攻撃する手段は限られている。
しかも、攻撃しても通用しない可能性の方が高いらしい。
相手はおそらくATフィールドによって無傷で、反撃できる手段があるのなら迂闊に手を出すのはどうかと思う。
(でも、葛城三佐は攻撃を敢行するんだろうな)
シゲルが反対意見を出して、ミサトは耳を貸さないだろう。
何故なら、自分よりも立場のある赤木リツコ技術部長の進言すら耳に入れようとしていないのだ。
「どうしてもやるって言うのなら……ポジトロンスナイパーライフルを用意するわよ」
「それで結構」
「但し、反撃があった時……被害に対する全責任は葛城作戦部長が負う事。
私は使徒が降りてくるのを待つ事を勧めたけど……」
「分かってるわよ! 責任はあたしが取るわよ」
責任の所在をはっきりと示したリツコを、ミサトは睨みながら告げた。
「マヤ、初号機にポジトロンスナイパーライフルを」
「……分かりました、先輩」
ため息を吐きながらリツコが指示を出すと、マヤも面倒ですねと言うニュアンスを含めた返事で答える。
「使徒はアダムを目指してくるんだから……こっちの手の届く所に来るのを待つのがベストなんだけど」
「……先手必勝なのよ」
もう決めた事だと言外に含ませて、ミサトがリツコの意見を切って捨てる。
この後、初号機の準備が終わり、第三新東京市に射出されるまで二人の間には会話もなく、視線さえも合わす事がなかった。
『とりあえず攻撃するけど……照準の補正をお願い』
初号機のエントリープラグ内から通信でリンがサポートを依頼する。
「マヤ、計算は完了してる?」
「はい、こっちはいつでも良いですよ」
マヤがヤシマ作戦(改)の時のデーターを参考にして、陽電子を用いたスナイパーライフルの弾道計算を行っていた。
『ちょうど雨も振ったし……血の匂いも消えそうね』
にわか雨だったが、この雨のおかげで街のビルに付着していたLCLの洗浄も完了している。
発令所の中でも上からの苦情を聞いている者は、リンの感想にホッと安堵している。
冬月副司令が不在になってから、上との交渉は……誰かさんのおかげで非常に険悪な状況に陥っている。
これで少しはマシになるかと思うスタッフの明るい雰囲気を表すように雲の隙間から日が射し始める中、初号機が射撃体勢に入って陽電子の光条が放たれた。
「……ダメです! ATフィールドで弾かれました!」
マコトの報告とスクリーンに映る映像がキッチリと重なっている。
アラエルが展開したATフィールドの前に陽電子の輝きは弾かれて……その身体には傷一つなかった。
「敵使徒! 反撃してきました!」
シゲルの報告が入ると同時に第三新東京市全体を守るように赤い傘のようにATフィールドの壁が展開される。
使徒から放たれた一条の光は初号機によって遮断されているが、初号機は防御で手一杯で反撃は無理そうだった。
「初号機ATフィールド展開、使徒の攻撃を防ぎました」
『で、どうするの? 使徒の精神攻撃みたいだけど』
シゲルの被害報告に続いて、リンが攻撃方法の説明を行う。
「攻撃力のない可視光線だから不思議に思ったけど……ATフィールドを使った精神攻撃なのね」
『そうみたい。これを長時間維持するのは無理だから、最悪の時も覚悟してね。
地下まで届いたら……まず間違いなく廃人コース直行よ』
精神汚染の危険性を示唆されて、発令所内は騒然とする。
「物理攻撃じゃなく、精神攻撃に切り換えたわけね」
「厄介な敵ですね、先輩」
観測機器を使って、分析を始めているリツコとマヤ。手元に集まってくるデータを見つめながら状況を把握しようとする。
マヤの手は止まる事なくキーボードを叩いていた。
「初号機のフィールドで遮断されていますが……どの程度維持できるんでしょうか?」
「リン、どの程度維持できそう?」
マヤの質問に、リツコが通信でリンに尋ねる。
『良いとこ……三時間が限界。まあ最悪は自分の身を守る事に専念させてもらうけど……いいわね、オバサン?』
「…………」
ミサトへのあてつけを兼ねた問いにミサトは黙り込んでいる。
『タイムリミットは二時間。それまでに攻撃手段を考えて倒さないと……全員使徒の精神攻撃で廃人。
葛城作戦部長の手腕に期待するわね』
完全にミサトを小馬鹿にしたような物言いでリンは通信を終えて、フィールドの維持に専念する。
「くっ! 馬鹿にして! いいわよ、二時間以内に作戦を立案してやるわよ!」
苛立つ声で舌打ちし、ミサトが声高々に宣言しているが……スタッフは絶望的かもなと諦観し、ミサトの傍らにいるリツコに期待の視線を送っていた。
「で? なんでリツコがここに居んのよ?」
「ただのアドバイザーよ。技術的な問題に答える為だから」
ミサトの作戦に茶々入れする気はないと明言し、リツコは会議室の隅の椅子に腰掛ける。
そんなリツコにミサトは厳しい視線を向けるが、状況を考えて意識を切り換える。
二時間という時間制限を受けた作戦会議の始まりだった。
「リツコ、N2による飽和爆雷って出来る?」
「無理よ」
「何でよ!?」
にべもなく答えたリツコにミサトは苛立ち叫ぶ。
「弾切れだから。先の第十二使徒戦で使い切ったでしょう」
「……そうだったわね」
国連が保有していたN2爆雷は全て使い切っている事を思い出してミサトはトーンダウンする。
再生産は始めているので数は確保できると思うが、ネルフにない以上はUN軍に頼み込むしかない。
「あったとしても軌道上まで撃ち込むだけのミサイルを保有しているのはUN軍くらいよ。
まあ、向こうに手柄を譲るというのなら話は別だけど」
「……そ、それはちょっち嫌ね」
弾道ミサイルクラスの発射施設を持たないネルフには衛星軌道上にミサイルを撃ち込むのは時間的に不可能に近い。
UN軍に依頼するという形になるが……実質ミサトの作戦ミスの尻拭いになる。
ただでさえ色々失点もあるし、交渉役の冬月もいない今……強権を使って従わせると禍根を残すのは間違いない。
直感的にやばいと感じたミサトは自身の作戦を没にした。
「じゃあ、次の意見が出るまで……ちょっと席を外すわね」
「え? 何処へ行くのよ?」
会議の席を中座してまで何処に行く、とミサトの目は物語っている。
「撃破出来る手段が一つだけあるから……その準備ね。
まあ、ミサトがやりたいようだから時間ギリギリまでは言わないから安心しなさい」
その発言に会議室にいた作戦部のスタッフ一同が動きを止めて……部屋中に沈黙の帳が落ちる。
「ちょ、ちょっと! そんな手段があるならなんで言わないのよ!」
逸早くミサトが再起動して、リツコに詰め寄っている。
「かなりリスクのある方法で……委員会の承認なしで行う事が出来ない手段だからよ。
ミサトに話したら勝手に使いそうな感じがしたの」
リツコの分かりやすい説明にミサト、マコトを除くスタッフ全員が納得していた。
「そ、そりはちょっち酷くない。リスクがある方法ならあたしも無理に使おうとは思わないわよ」
ミサトが引き攣った笑みを浮かべながら言い訳めいた口調で話す。
しかし、リツコはミサトの言い訳など耳に入っていない様子で予定と後の事をマヤに任すと告げて……会議室から退室した。
「という訳でこれから司令に相談するから……そうね、技術的な問題で聞きたい事があるならマヤに聞いてみて」
「ちょ、ちょっと待ちなさい―――」
振り返らないリツコの背を見ながら徐々に閉まるドアがまるで二人の間に出来た壁みたいだとミサトは感じていた。
「ロンギヌスの槍を使いましょう」
司令室に入って開口一番にリツコは槍の使用をゲンドウに進言する。
いつもの口の前で手を組んで表情を見せないようにしていたゲンドウだが……、
「司令にとって、槍は不要でしょう」
「……何を考えている?」
流石にこの発言には微妙に途惑った感のある声で問うていた。
「何を言うかと思えば……三時間後にはこの街全体が使徒の精神攻撃に遭う可能性があるんですよ。
今回は事前に教えてもらっていたので使徒の能力も大体は把握してます。
はっきり言いまして、今回の使徒の攻撃は非常にえげつないですね」
「……そうなのか?」
リンから事前に情報を得たと聞いて、リリスから事前情報を得られる機会がある事をゲンドウは思い出していた。
実際には違うのだが、リツコは肩を竦めてやれやれと言った様子でゲンドウを見つめていた。
「人のトラウマを刺激するらしいんです。
例えば、司令の場合なら……そうですね、ユイさんが初号機に取り込まれる瞬間とか、思い出させますよ」
リツコがゲンドウの古傷を抉るような発言をする。
言われた側のゲンドウは黙れと言わんばかりにリツコに殺気を向けて、室内の空気を重くしていた。
「あら、お怒りになられたんですか?」
「…………」
言葉ではなく、視線だけで人が殺せそうなほどの殺気をリツコに向けるゲンドウ。
そんなゲンドウの様子にリツコは薄ら笑いで応えている。
「……私を殺しますか? その場合、ご自身の手でユイさんを見殺しにする事になりかねないですよ」
「何だと?」
嘲笑を含み、睨むゲンドウの視線を物ともせずにリツコは睨み返す。
「私が死ねば……リンはユイさんを始末するでしょうね」
煮え滾っていた溶岩のような怒りが一気に冷却されていく。
手元にある銃に伸ばしかけた手が止まり、リツコにぶつけていた殺気も消え失せている。
「せっかくユイさんを取り戻す機会があるのに放棄するなんて……失っても構わないのですね?」
「…………」
ゲンドウも状況を鑑みて……押し黙る。
「レイは離反し、リンは司令を嫌い……唯一の交渉役の副司令は行方不明。
さて、どうやってユイさんのサルベージを依頼しますか?」
完全にゲンドウを見下したかの物言いでリツコがカードを一枚切って問う。
「リリスは司令以上にユイさんを恨んでいますからね……リリスを利用するという手段は自滅行為ですわね」
更にカードを一枚切って、自分の置かれている状況を分かり易く説明する。
「……あらあら、そんなに殺気をぶつけられるとリンに注進したくなるわね。
あの子は私に懐いてくれたから、司令に虐められたと言えば……」
ゾッと寒気を感じさせるような冷淡な笑みを浮かべるリツコ。
殺気を向けていたゲンドウは、ユイを失う恐怖を再び感じさせられて……額から冷たい汗を一筋流している。
「どちらにしても、攻撃手段がない状況では槍を使う以外……道はありません。
あの日の苦痛をもう一度味わいたいと言うのなら話は別ですけど。
それとも葛城作戦部長に頼るという無駄な行為に全てを賭けますか?」
クスクスと笑いながら、リツコはミサトを小馬鹿にするような意見を述べる。
「……葛城三佐を見捨てるか?」
「見切りを付けたと言って頂きたいですわ。
友人には変わりませんが……憎悪の目で戦う事を選択したミサトと最後まで付き合えるほどお人好しではないんです」
加持を通じて真相を知っているのに、冷静な判断が出来ないミサトにリツコは付き合う気はない。
リツコが知る限り、ミサトがマインドコントロールを受けた形跡はない以上……自分の手で倒したいというのはただの我が侭に過ぎない。
むしろ、友人を捨てるなどという人道的な事を口にしたゲンドウの方に問題がある。
自分よりも狭い世界観で全てを切り捨てて妻に会おうとしている男が口にして良い言葉ではない。
「全てを見捨てておきながら……人に説教でもする気ですか?」
そんなゲンドウに向けて、リツコは哄笑する。
人として全てを棄てて獣になったくせに人の道を説くなど笑い話だった。
「それとも……あの日のように私を犯して……従わせてみますか?」
「…………」
ゲンドウを見下し怖れない視線を向けられて……ゲンドウはリツコに怯えを感じ始める。
もはやリツコはゲンドウの支配下から離れ、従わない人間に変わっていたのだ。
人に対する恐怖……ゲンドウがネルフで生きていく為に排斥した人間が目の前にいる。
「人が怖いから……従う者だけを集めた」
ビクッとゲンドウの身体が反応する。
「あなたが人と向き合う事が出来ない臆病者だとはっきりと知った以上……怖がる必要もないし、不当な命令に従う気もない。
私は自分が生き残る方法を模索させてもらいますわ」
「……私に逆らう気か?」
内心の怯えを感じさせないように話すゲンドウだが、リツコにははっきりと自分に怯えるゲンドウの心が感じられる。
「ユイさんの命が要らないのなら……ご自由に」
背を向けて、リツコは司令室から出て行く際にたった一言……ゲンドウにとっては非常に重い意味を持つ言葉を掃き捨てるように告げる。
その一言に暗い司令室は……更に空気が重くなり、様々な感情が入り乱れたゲンドウが取り残された。
ようやくゲンドウは自分が強引に従わせていた人物が目を覚まして、牙を剥いて襲い掛かってきたと自覚した。
だが、その人物にしか、妻を救い出す事が出来ない事も同様に気付かされ……その困難さを理解して怒りと憎しみを感じる。
自分に逆らうリツコを殺したいが……リツコを殺せば、自身の願いは完全に崩壊する。
リツコ以上に、自分の妻の命運を握っている存在がいて……リツコに味方しているのだ。
……結局、ミサトは作戦を立案できず、ゲンドウはリツコの進言に逆らう事が出来ずにロンギヌスの槍の使用を許可する。
零号機に槍(オリジナルはシンジの元にあり、劣化したコピー品)を取りに行かせ、そのまま第十五使徒に投擲させた。
放たれた槍はATフィールドをあっさりと貫通して、使徒と共に砕け散る。
かつて、それを手にする者に世界を制するなどと言われた名を持つ槍が砕ける光景に、リツコは裸の王様になったゲンドウを思い浮かべ……誰にも知られず見え
ない位置で嘲笑していた。
委員会に失点として自身を排斥される可能性がありながらも……どうする事も出来ずに従うしかない憐れな男に対して。
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どうもEFFです。
ゲンドウの権威の失墜ですね。
贋物の愛情に振り回される事がなくなったリツコさんがいよいよ動きました。
ゲンドウにとって、従順な存在ばかりを集めてきたのに……腹心であり、自分の側で厄介な交渉事を任せていた人物が欠け、遂に絶対に敵に回してはいけないリ
ツコも反抗してきました。
女性に見捨てられたヒモは惨めかも。
それでは次回もサービス、サービス♪
感想提示版に何度も感想を書いて下さっているアレクサエルさん。
なかなか返事が書けなくて……申し訳ありません。
この場を少しお借りして、お詫びとお礼申し上げますね。
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