早朝の散歩だとゲートで待機していた保安部の人間は考え、渚カヲルの行動を気にも留めなかった。
海外から来たので時差ボケで目を覚ました可能性のほうを先に考えてしまったのだ
「何やってんのよ?」
双眼鏡片手に葛城ミサトは渚カヲルの行動を監視している。
レイみたいなアルピノのような風貌以外は特におかしな点はないが、自分の直感は警鐘を鳴らしている。
……どうしても拭えない違和感があったのだ。
資料を見ればアメリカから来日したが、出身地はドイツ――ゼーレのお膝元だ。
アスカに聞いても要領を得ないし、リツコが居ない以上は技術部のメンバーから聞き出すのは躊躇われる。
葛城ミサトに対する不満というものが技術部内では堆積している。
リツコ頼りの勤務態度に、責任を取ると言いながら満足に責任を取っていない姿勢、チルドレンに対する対応のいい加減さ……どれを取っても技術部には看過出
来ない問題ばかりだ。
技術部長のリツコが退職した原因の一つは葛城ミサトの後先考えない作戦に付き合いきれなくなったという説も浮上している。
一番の理由は司令に愛想が尽きた事だとネルフ職員は思っているが……責任感のあった人物だから、複数の理由が重なったのが原因ではないかと噂されている。
フォローされるばかりで反省する事なく、改善出来ない人物――葛城ミサト――にも見切りを付けたんだろうと技術部スタッフは囁いていた。
実際に最後に会った加持は複雑な顔でミサトに別れの状況を説明していた。
それを聞いて、ミサトは流石にリツコに甘え過ぎたんだとようやく自覚したみたいだった。
大事なものほど失ってから……その重要性に気付く。
葛城ミサトは自身の甘えによって親友を失った……ただそれだけの事だが、人との付き合いを深くせずに、曖昧なままで生きてきた葛城ミサトには数少ない友人
を失うという大きなダメージになっていた。
今の葛城ミサトは喪失感を誤魔化す為に惰性で動いているような状況だった。
RETURN to ANGEL
EPISODE:41 未来への対話
著 EFF
「……覗き見は悪趣味だと思うね。まあ、勤勉な点は評価しても構わないけど」
葛城ミサトの視線をずっと背中に感じている渚カヲルは湖面の上に立っている。
周囲には何もないよう見えるが、水面の下に隠されている物から声が出る。
『いよいよ最後の使徒として行動を開始してもらうぞ』
キール・ローレンツが代表してカヲルに指示を与えるが、カヲルは困った顔で今の状況を告げる。
「それは構わないが……この地にはアダムの反応が殆んどないんだ」
『なんだと?』
「アダムらしい反応は弐号機くらいかな」
首を傾げる仕草をしながらカヲルは説明を続ける。
「今まで活動していた者達はどうもリリスの反応に呼応したみたいだ。
ここ数日、本部内を調べてみたが……一番下の黒い月あたりに微弱な反応があるだけみたいだね」
『サードダッシュが隠蔽に手を加えた形跡は?』
「その点も考慮したけど……彼女はアダムを取り込んでいない。
ただ司令から微弱な反応があったのが気になるね」
『碇からか? あの男が何かしたとでも言うのか?』
「推測だけど……アダムを捕食してその形質を取り込んだのかな。
もし、そうなら随分おかしな事をする人だね」
アルカイックスマイルとは違う……嘲るような笑みを浮かべてカヲルは話す。
「確かに取り込めば、反応を隠す事は出来るけど……分離なんて出来たかな?」
キール達にとって、難しい修正とも考えられる案件をカヲルは口にしていた。
計画ではアダム、リリスを使わずに初号機による儀式の遂行を予定していたが、碇ゲンドウがアダムを使って介入する可能性が一気に増えた。
キールが考えていた筋書きは碇ゲンドウ乱心を理由にネルフ本部の暴走を理由に量産機を向かわせようとしていた。
そして量産機と同時に内部に手勢を潜り込ませて本部を押さえ、初号機を確保して、そのまま儀式へと移行する予定だった。
『碇め、アダムを使って介入する気だな』
「とりあえず地下にある微弱な反応を目指してから……違った時は司令を襲う事にするよ」
『よかろう。お前の手で時計の針を進めたまえ』
不確定要素が増えたが、タブリスによるサードインパクトは起きないと裏死海文書には記されている。
幾つかのズレは起きているが大筋では変わらないだろうととキールは予想している。
最後に笑うのは自分達だと知っている強みを前面に押し出していた。
(そう甘くはないんだけどね……)
これがピエロというものだろうなとカヲルは肩を竦めて聞いていた。
老人達はカヲルが嘘を吐くとは考えていない……真実をちゃんと話すと勝手に思っているだけ。
今までカヲルが協力的だったのはシンジに会って何が起きたのか聞きたかっただけだ。
その為に老人達が予定通り送るのを待っていた。おそらくシンジの意向を知っていると思われる少女に会う為に。
リン・シンスティー――碇シンジの娘であり……新生する事のない使徒の中で新たに生まれてきた奇跡、そして希望。
(シンジ君との出会いも素晴らしいものだったし、一筋の光明が見えてきた未来を見届けたいね)
義理はあるが、義務はない。アダムが居ない事は事実だし、嘘は吐いていない。
時計の針を進めろと言うのであれば、進めよう……ただし、その針が自分達の終焉への針だと知らない老人達を憐れに思いはしない。
注意したところで、素直に聞く筈がないのは判っている。
「すべてはリリンの流れのままに……」
人類が醜悪な願いを持つ同胞を処理出来れば、それで良し。
出来ないようであれば……人類にこの地上を任せられるとは思えない。
カヲルにとって人類は個々として気に入った人も居るが、全体を見た後で好きか嫌いかと問われれば好きとは言えない。
老人達を通して、人の持つ醜い部分を見てしまったカヲルは人類を存続させるだけの理由を失くしていたのだ。
(シンジ君はこちら側に立った以上、彼の意思を優先するよ。
あなた方に味方する義務もないし……リンを悲しませる気は僕にはない)
この世界ではないが、一度は義理を果たしたので貸し借りはないとカヲルは思う。
老人達主導では同じ結果になると判っている事態を二度も引き起こす気はないともカヲルは考えていた。
ぼんやりと湖面を見つめていただけにしかミサトには見えず、その後の行動もおかしな点はない。
「……勘繰り過ぎなのかしら?」
専門家が見れば下手くそな尾行と評価する尾行でカヲルの様子を監視していた。
再建が進まずに瓦礫が残っている開けた場所でカヲルは休憩する気なのか、足を止めていた。
「あたしの勘もダメになったのかな」
不審な点が見られずに尾行を止めようとミサトは考えて本部へと歩を向けた。
渚カヲルは不審な点はあったが、白の可能性が高い……そんな結論をミサトは取り合えず付けた。
ミサトが離れて行くのを知っていたカヲルは、
「やれやれ……アスカの言うように抜けてるね。
まあ個人で動く以上は長時間張り付くのは不可能だけど…………それはそうと……そろそろ出てきて欲しいな」
誰も居ない場所へ視線を向けて、カヲルは話す。
「ATフィールドを用いた気配遮断だけでなく、光学迷彩も温度迷彩も見事だよ。
僕もうっかり見過ごすところだった……というより態と分かるように中途半端にしている気がするね」
その声に苦笑するような反応を見せながら、周囲の景色が揺らいで……シンジと同行していた三島が姿を見せた。
「やあ、久しぶりだね」
「僕にとっては、つい先日の事だけど……君にとっては千年ぶりになるんだね」
自分が知る姿のシンジではなく、大人の姿にカヲルは時間の流れを確かに感じていた。
「三島さん、これから話す内容は荒唐無稽な話なんで最後まで聞いてから質問するか、聞かなかった事にして下さい」
「上に報告出来ないような内容ばかり増えるのは勘弁して欲しいんだが……」
三島は苦笑しながら頷いて……二人の会話に口を挟まないようにする。
なんせ、この会談の結果次第で使徒によるサードインパクトの回避が決定する事になる。
余計な事を口にして最後の使徒を刺激するのは不味いのだ。
「僕にとって、千年前のサードインパクトは……救いがなかったよ。
人類はまだ心の弱さを克服していないし、揺り篭から出られる強さを持っていなかったしね」
いきなりのシンジの発言に三島は思わず叫びそうになっていた。
(ど、どういう事だ!?)
「君に全てを一任して上手く行くと思った僕とリリスが甘かったんだね」
苦い悔恨の響きを持ったカヲルの声が出ている。
リンから聞いたときもショックだったが、シンジ本人から聞くのも非常に辛かったみたいだった。
「儀式の中央に配置された碇シンジは文字通り階梯を一つ上がり……無限に近い生命を持つ使徒へと変貌した。
だが、量産機による儀式とアダムとリリスの融合による儀式が偶然にも重なり、状況は混沌と化した」
「混沌か……確かにそんな事になれば、イレギュラーが山のように出てきそうだ」
「その結果、僕の中に全ての使徒の生命の実と量産機の生命の実が入ってしまった」
「……よく無事だったね。それだけの力を内包すれば……内側から自己崩壊しかねない」
蒼白な顔でカヲルはシンジに起こった事態を聞いている。
(……全然分からんが、かなり不味い方向に進んだみたいだな)
何とか強靭な自制心を発揮して聞き役に徹した三島は二人の会話の内容を検証するが……理解出来ずにいた。
とりあえず、危険な方向に進んだらしいというくらいは気付いていたが。
「儀式の際に全人類の知識や感情が奔流のように入り込んで混乱したけど……大体の意味は分かった。
世界を支配していると勘違いした老人達の集団自殺に付き合わされたとね。
その後は、感情のままに人類が築き上げていた建造物やらを破壊し続けて……最後には自爆して大陸一つを沈めたんだよ」
「そ、そうかい……」
(大陸一つを沈める自爆というのは……セカンドインパクト以上か?)
カヲルも三島もシンジの行った行為に文句を言う気はなかった。
カヲルは人類の事よりも友人の方の心配をしているし、三島は人類が滅んだ後の事だから仕方ないかなと思っていた。
「その自爆のおかげで大分ガス抜きが出来てね……かなり安定したんだよ。
まあ再生する際の痛みは半端じゃなかったけど」
「運が良いのか、悪いのか、コメントし辛いね」
「結局、LCLに液状化した人類に再構成して還って来るように話し続けて……二百年、誰も還って来なかったよ」
「そこまで人類は弱かったんだね」
カヲルの表情は暗く沈んでいる。聞いていた三島も顔を顰めている。
「まあ、此処までで五百年かな。ずっと独りで紅く染まった世界で生きてきたんだよ」
自身が生きてきた千年の約半分の時間を簡単に告げたシンジだが、その表情に変化なかった。
「流石に二百年も反応がないから……諦めたよ。
それで代わりの存在を生み出して、彼らにこの星の未来を託そうかと思ったんだ」
「アダムと同じ事を君はしようとしたんだね。
彼も独りで生きる事よりも、共に生きる事を望んでいたからね」
「支え合い、時に高め合い……共存して礎となり、未来を次の世代に託して繋いで生きる事は素晴らしい事だと思う。
死にたくないという感情自体は生命体にとって汚いものじゃないが……老人達はそれに囚われて醜悪になってしまった」
「生き抜こうとする意志自体はシンジ君の言う通りだよ。
老人達は次世代への未来の引渡しを拒んで……全てを消そうと企んだ。
僕はそんな老人達とは別に人類に生きて欲しいと願ったんだけど……ダメだったのか」
カヲルは力を失ったように肩を落としている。自分の決断が世界をダメにしたと知って悔やんでいた。
「足りない物だらけだったから、紅い海に混ざり合った人類の知識を得る事から始めたよ。
何かを生み出すという行為は力を使うから暴走もなく……時間だけが過ぎて行く。
僕をこんなふうに変えた人類に対する怒り、憎しみという感情はクールダウンしたのも事実だ」
「今も残っているのかい?」
「時間が心の傷を癒すというのは嘘だよ。
僕は人類が如何に醜い存在か知っているし、多分昔のように好きだとは言えない」
「……そうかい」
カヲルは昔のシンジとは違うと知り、そういうシンジに変えた一役を自分が担った事に複雑な気持ちだった。
「前は人類を救う為に……カヲル君を殺した。
でもね、その時の決断は正しかったとは思えなくなった。
同じ事があれば、僕は今度はカヲル君を殺さずに……人類を滅ぼす。
次世代を担う子供に人殺しを強要するような人類に未来を託す気はないし、自分の都合ばかり押し付ける存在は嫌いなんだ」
「……それで良いのかい?」
「分からないね。ただ父親になった時にそう決意したんだ。
子供の手を血で染めるような真似だけは絶対にしない……そんな親にはなりたくないって。
もっとも娘には『お父さんは私が守る』って言われるような情けない父親だけど」
父親思いの娘に負担を掛けていると苦笑するシンジ。
カヲルは苦笑するシンジの顔は昔と全然変わっていないと感じて、安堵したように微笑んでいる。
「新たな種の創造を模索して四百年が過ぎた頃に……虚数空間に閉じ込められていた彼女が還って来たんだよ」
「シンジ君の奥さんだね?」
(ほう、シンジと細君との出会いというわけか……少し興味はあるな)
カヲルの問いにシンジは頷き、三島はこんな場所でシンジとエリィの馴れ初めを聞くのかと思っていた。
「最初、彼女はあまりに変貌した世界に吃驚していたよ」
「だろうねぇ……普通じゃないかもしれないけど、人類の変わりようには驚くしかないよ」
「僕が仕方なく事情を説明すると怒り出してね。憎まれて……殺し合いになったんだよ」
「そ、それはまた……極端な展開だね」
(……ありえる話だな)
カヲルは急展開に驚き、エリィの性格を知っている三島は何処か納得して聞いている。
「負の感情を向ける相手が僕しか居なかったのも事実なんだよ。
彼女は人類を救う為に自分の力の限りを尽くして頑張って生き抜いたのに……還って見れば、人の営みが終わっていたんだ」
「……そうか、確かに悔しくて悲しかったんだろうね」
「使徒になる怖さもあったけど……それ以上に人類を救いたいという気持ちがあったんだ。
その全てが無駄に終わったんだよ。しかも、自分が所属していた組織のトップがこの世界を生み出した。
悔しいなんてもんじゃない……その感情を誰かにぶつけたかったんだよ」
「で、シンジ君が身体を張って受け止めたと?」
「僕は世界をダメにした元凶の一つだからね……誰かに断罪されたかったんだよ」
「君の所為じゃない! 君だけの所為じゃないんだよ!!」
シンジの言葉に、カヲルが滅多に上げない荒々しい声で叫ぶ。
「なんでそうなるんだ! シンジ君は優し過ぎる! もっと怒っても良いんだ。僕を責めてくれても良いんだ!!」
「カヲル君は僕の為に何とかしようとしてくれた……僕が弱かったのが原因なんだ」
「そんな事はない! 「まあ、過去の事は変えようがないし」……」
昂ぶる感情を見せるカヲルに、シンジは落ち着いた声で告げる。
カヲルは言いたい事はまだまだあったが……今後の対応を優先する事にした。
「百年ほど殺し合ってね。最後には泣かれたんだよ……独りにしないでって、一緒に生きてって。
そんな彼女がどうしようもなく愛しくて、ずっと側に居たいと思うんだ」
「……救われたんだね」
「……彼女と娘にね。多分、僕一人だったら……内包する力が暴走して世界は崩壊していただろう」
「……そうだね」
シンジが家族について嬉しそうな表情で話すのを見て、カヲルは安堵していた。
「いい子だね……天真爛漫というか、自分の思いを大事にして、命の輝きに満ち溢れている」
「妻に似て、元気がありすぎるのは困るんだよ。
本当は僕がこの地に残る予定だったんだけど……『私がする! お父さんは楽にして良いよ』って言い出してね。
娘には安全な場所に居てもらおうと考えたのに、頑固な子で説得失敗したんだ」
「お父さんが大好きだから、力になりたいんだよ」
「祖父と祖母のおかげで苦労させっ放しなのは心苦しいんだけど……」
苦笑いするシンジにカヲルはもう一つの質問をする。
「フォースインパクトで世界が崩壊したのは本当かい?」
(フォースインパクトって……どういう事だ? もしかして……いや、まさかな)
聞き役に徹している三島もその質問には非常に興味があったので、神経を集中させて一言も聞き逃さないようにしていた。
「本当だよ。あの子が14歳になった時に、世界を破滅させた災厄が還ってきたんだ」
滅多に感情を表に出さないようにしていたシンジの雰囲気が変わっていく。
全身から、怒り、苛立ち、憤り……憎しみといった負の感情が二人には感じられた。
「永遠に生きる為に初号機に溶け込んだ女が、寂しいという理由で還って来るのはどう思う?」
「矛盾だね。永遠に生きる以上、他者との交わりは減るのを覚悟しないと」
「自分は歳を取っているけど姿は変わらないのは覚悟して、独り取り残される恐怖にも慣れないとダメなんだよ」
「そうだね。それは最低限必要な事だ」
「その覚悟もないくせに人の生きた証だとか言って永遠に生きようとしたんだ……碇ユイは」
「なんて言うか……愚か者以外の何者でもないね」
深い吐息をしながら、カヲルは肩を竦めて呆れている。
「それで自分の計画した通りになったのに……認められずに僕の所為にしたんだ」
「なんて女だろうね」
「クソ野郎……じゃないか、最低な女だな」
碇ユイの身勝手さに思わず三島も呟いてしまう。
「化石化した量産機を復活させて、僕達に無断でまた失敗すると分かっているのに儀式を始めたんだ」
「もしかして、その時の儀式の暴走で……世界の崩壊が起きた?」
「その通りだよ。人類こそは復活していなかった世界だけど……家族みんなで再建しようと頑張っていたのに壊されたんだ」
「なんて事だ……それで時間を遡ってこの時代に帰還したんだね?」
「そうだ。虚数空間を使って時間軸を遡る事は出来た。この世界は僕達が来た事で平行世界へと変化した」
カヲルの質問にシンジは頷き、三島は全てを理解して納得していた。
(何の事はない。これから何が起きるか分かっていたんで……阻止する為に動いていたのか)
このまま行けば、人類はシンジが知る未来と同じようになる。
それを望んでいないから……自分達に力を貸してくれたんだと理解し、感謝していた。
「虚数空間を使う事で時間移動は可能だった。
終わった世界に戻って、そのままやり直すのもありだけど……娘に友人を与えたかった。
傷付くかもしれないけど、共に生きる仲間がいる喜びを知って欲しかったんだ。
あの世界だと、末っ子で寂しい思いをさせていた気がするんだよ」
「なるほど……娘の為と、ついでに人類を救うという事か……シンジ君は親馬鹿だねぇ」
(娘と世界……もう少し世界の方に比重を置いて欲しかったんだが)
三島は二人の会話を聞いて、シンジの娘リンに対する溺愛になんだかな〜と天を仰ぎ見ながら苦悩している。
その気になれば、さっさとネルフ本部を強襲して使徒戦を優位に進める事も出来たのでは、と思っていたのだ。
「還って来た時にみんなの魂がこの世界の使徒の身体に戻ってね」
「ああ、それでは戦力不足で動けないね。シンジ君は単体では無敵でも個人で行動するのは大変だよ」
(なるほど……つまり現在の姿ではなく、巨大な身体に皆さんは封じられたようなものだったんだな)
シンジとエリィとリンの三人では出来る事など限られてくる。
「いや、大陸一つを海に沈めても良かったんだけど……『無関係の人毎というのはちょっと不味いわよ』と彼女に言われて」
(エリィさん、貴女に最大級の感謝を)
シャレにならない事態へと発展しそうな展開を防いだエリィに三島は感謝していた。
シンジなら必要とあれば、その行為を迷いなくやるだろうと三島は付き合いから知っていただけにエリィの制止の発言はありがたかった。
「多分、彼女は世界を救うというより、自分の手で老人達に攻撃したかったんだと思うけどね」
「ず、随分過激な女性だね」
(に、似た者夫婦かよ!)
カヲルはシンジの意見を聞いて、レイとは違う怖さを持つ女性だと想像して……冷や汗を浮かべている。
ありえる話だから三島も絶句している。
「そんな訳で、ここに娘を配置して同胞の魂の回収を任して、僕達は暗躍する事にした。
まずエヴァに代わる戦力を日重を通じて戦自に提供した」
「確か……ファントムだったかな?」
「そうだよ。ファントムというのは幽霊という意味を持つ、エヴァの亡霊みたいな存在だしね。
そして、ゼーレの勢力を削る為に国連と世界各国の諜報機関を支援した」
「老人達が苦労しているみたいだったよ」
(ふん、いい気味だ)
カヲルが楽しそうに笑うとシンジも同じように笑っている。
聞いていた三島も、さぞ苦労しているんだろうなといい気味だと思いながら笑っている。
シンジの性格を思えば、自分が知らないところでも徹底的に嫌がらせを行っているはずなのだ。世界を支配していると勘違いしている老人達にとっては頭の痛い
話どころではないだろう。
「ゼーレはピラミッド型の組織で上からの命令を忠実に行う事しか出来ない。
そして、老人達は自分達の存在を隠すために幾つかの中継点を経由して指令を発信している。
僕達が中継点に当たる人物を排除すれば、指令系統が混乱して麻痺状態へと陥る。
後は動きの鈍った組織を国連と各国の諜報機関に任せれば……麻痺状態の末端が崩壊していく。
ついでに戦闘力のあるサイボーグ兵を生み出す拠点を破壊すれば、影でコソコソと動くしか能のない連中には何も出来ない」
「お見事。そこまでお膳立てされれば、勝てるだろうね。
逆に言えば、これで負けるようなら……世界を存続させる必要がない。
世界を正常な形に変えようとする自浄化も出来ないようなら、人類に未来はない」
「その通りだよ。人類が築き上げてきた社会なんだ。自分達で変えようとする努力しないのなら……助ける義務はない。
僕は家族と人類のどちらかを選べというのなら即座に家族を選択する。
僕もエリィも人類の代表者みたいな老人達によって、人じゃない身体に変えられた。
人類じゃなくなった時点で人類に与する義務があると思うかい?」
「ないね」
(言いたい事はあるが、シンジの言い分を聞く限り……否定出来ないよな。
無理矢理人間である事をやめさせられたんだ。これで人類に味方しろと言っても……駄目だろうな)
シンジの問いにカヲルはあっさりと答え、三島もシンジの半生を聞いて協力してくれただけでも感謝するべきだなと判断した。
その気になれば、シンジ達は老人達に掣肘を加える事なく、儀式を失敗する方向にすれば良いだけだ。
過去の出来事をそのまま行えば、人類は老人達の集団自殺で……その営みを閉じる事になる。
その後はシンジ達が自由にこの星で新たな営みを行えば良いだけだ。
「先も言ったように、僕は人類に何の希望も抱いていない。
この後は人の営みに関与する気はないけど……人類の方で僕達に係わって来て、虐げる気なら……戦うよ」
「……本気なんだね」
「僕の願いは、この世界の片隅で家族と静かに暮らすことだ。
そんなささやかな願いさえも受け入れる事が出来ない度量のない人類と一緒に生きる気はない」
「やれやれ、うるさ型の上官達には言えんな。こいつは俺が墓まで持って行くしかねえな」
三島は今日の会談は聞かなかった事にすると宣言する。
シンジに借りはあっても、貸しは一つもない。恩を仇で返すようなそんな非道な人間になる気はないし、この世界で生きる者にとって信義というものは必要だと
三島は思っている。
汚いものを見るが多い裏の世界ゆえに信じてくれる者を裏切るという行為は人として生きる三島はしたくないのだ。
「……ありがとう、三島さん」
「俺は居眠りして聞き損なったからな」
「まだまだ人は捨てたもんじゃないね」
三者三様に青空の下で笑みを浮かべていた。
この日、最後の使徒タブリスと呼ばれる存在が行動を開始する。
それは使徒戦の終結を意味し、そして世界を支配していると勘違いしている老人達との決戦の幕開けでもあった。
――――本編に関係があるかないか、判断しにくい裏話――――
「ところでシンジ」
「何ですか、三島さん?」
とりあえず今後の予定を決めて打ち合わせを終えた後、三島がシンジに質問する。
「お前、この後……女性陣をどう説得するんだ?」
「……どうしましょう?」
「どうしましょうって……無策で行ったら、とんでもない結果になりそうだぞ?
流石のエリィさんも全員の説得は難しいだろう? 力尽くで黙らせるのはお前の流儀じゃないし。
まあカティちゃんは子供だし大丈夫だけど……もしかしてペド?」
「いや、そういう悪趣味じゃないですよ」
三島のぺド疑惑を否定して、シンジは頭を抱えている。
「一体なんの話だい?」
「お前さんは男だから良いが……他の使徒の皆さんは女性ばかりなんだよ。
しかもシンジが好きで、恋人よりもう一ランク上の妾、愛人というものになりたいって宣言したんだ」
「そ、それはモテモテだね、シンジ君」
顔は笑っているが微妙に頬が引き攣ってコメントするカヲル。
女性関係というものは複雑になっていてシンジが苦労しているんだと想像したみたいだ。
「しかし、女性体ばかりというのも極端だね」
「ハーレムでも作るつもりだったのか?」
「そうじゃないですよ。使徒の男性体のパーソナルデーターが僕のしかなかったんです。
まさか自分の複製体を作るのはさすがに躊躇って」
「シンジ君の複製体は不味いよ。内包する力の事もあるしね」
「もしかして娘さんとエリィさんのを使ったのか?」
「いえ、参考にしただけで複製体じゃないですよ」
近親相姦かと三島は考えて問うと即座にシンジが否定している。
「カヲル君……何人か相手をしてくれないかな?」
「いや、それは止しておくよ。人の恋路を邪魔すると碌な事がないって言うからね。
僕個人としては、惣流さんかな……彼女が一番安全パイに見えるから」
「良い判断だよ、カヲル君。アスカは一応常識人だから……無茶は少ないよ」
「……ゼロじゃないんだね」
シンジの意見を聞いたカヲルの顔色はホンの少し青くなっている。
「しかし、使徒の男性は振り回される星の下に生まれたのか?」
「そういう運命は結構ですよ」
「そうだねぇ。静かな生活が一番だよ」
シンジ、カヲルの両名が真剣な表情で答えている。
「三島さんだって……奥さんに頭上がるんですか?」
「……言うな」
「いつの世も男は辛いね」
カヲルの心の底から告げた言葉に恐妻家の二人は共感していた。
……彼らの明日はどっちだ?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どうもEFFです。
ラストの会話は適当に流してくれると助かります(核爆)
次回はカヲルが行動を開始して、連動するように事態が動き出します(多分)
そして、フィナーレまで一気に突っ走れると良いんですが……難しいかもしんない。
それでは次回もサービス、サービス♪
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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