「エヴァンジェリンさん、リィンフォースさんは欠席ですか?」
朝のホームルームで出席を取っていたネギは本日の欠席者であるリィンの事を同居人に尋ねる。
「ああ、茶々丸が面倒を見ている」
憮然とした顔でエヴァはネギに告げると同時にクラスメイトに聞こえるように話す。
「見舞いは必要ないぞ。むしろ来られて風邪を移すわけにもいかない。
もうすぐ期末試験が始まるからな……特に下から数えるのが早い連中は絶対に来るなよ」
「は、はあ……」
風邪を移すわけには行かないと言われてネギは見舞いに行くのを控えるべきかと悩む。
その様子からエヴァは更に来させないように話題をずらしていく。
「ネギ先生……失礼だが、先生はまだ正式に担任になったわけじゃないでしょう」
「え?」
「残念な事にウチのクラスはテストのクラス平均点で最下位をずっと更新しています」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。ですから、この際にみんなにはきちんと勉強してもらって最下位脱出を目指してもらいましょう。
そうすれば、先生の評価も上がり……来年は正式に担任に認められるのではありませんか?」
「まさにエヴァンジェリンさんの言う通りですわ!
ネギ先生! 及ばずながら、この雪広 あやかもネギ先生の為に一肌脱がせていただきます!!」
正式に担任になっていないというエヴァの意見にあやかが反応し、クラス全体も来年の担任が別の誰かになる点に気付く。
ネギもまだ自分が教育実習生という立場だったのを思い出して、
「そ、そうですね!
僕の担任就任ではなく、みなさんの為に今度のテストは頑張って最下位脱出を目指しましょう!!」
悲喜交々の意見が飛び交うが……後日、ネギの最終試験としてクラスの最下位脱出が決定し、否応なくネギは試験勉強に意識を捕らわれる事になる。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 七時間目
By EFF
茶々丸は熱を出して眠るリィンを看病している。
「私には分かりません……何故、風邪を引くような真似をしたのですか?」
眠るリィンの額にア○スノンを添える。
熱に魘され、時折悲しいのか……涙を零すリィンフォースを茶々丸は悲しげに看病する。
「そんなにも帰りたいのですか?」
呟く声に答えは返ってこない。
リィンの眠るベッドの枕元にある目覚まし時計の音だけが部屋に響く。
新しい同居人であるリィンフォース・夜天は茶々丸にとってよく分からない存在だった。
高度な技術によって生み出された人工知能を持つ魔導書がリィンのかつての姿だと聞いた。
自分と同じように最初は感情はなく、長い時間をかけて今の感情を得たらしい。
だが、感情を得る事がリィンにとって良かったかと聞かれると……答えられない。
「……悲しい、怒り、辛いという感情が私には理解できません。
そんなにも……生きるのが苦しかったんですか?」
利己的な感情をまだ持たないゆえに自身が消滅して、マスターであるエヴァが助かるなら十分だと茶々丸は考える。
「そんなにも大切な方だったのですか? 私やマスターよりも……」
死ねば帰れると思うほどに慕われるリィンのかつての主に茶々丸はロジックではない何かを感じている。
「……私はあなたに生きて欲しいです」
汗を掻いているリィンの身体を拭こうと思い、茶々丸は着替えとお湯とタオルを用意しに移動する。
小さな漣――茶々丸の中に目覚め始めた感情の発露だった。
「……帰りたい」
何もない真っ黒な空間で膝を抱えて泣き続けるリィンフォース。
そんな彼女の前に淡い輝きを放つ球体が降り立つ。
『泣くのは止めなさい……リィン』
「……だれ?」
『せっかく得た命を粗末にしてはなりません』
「……要らない……こんな世界で生きるより……はやての側がいい」
『茶々丸さんやエヴァンジェリンさん達を見捨てるつもりなの?』
声が真っ黒な空間に響くと小さな球体が幾つも降りてきてリィンを呼ぶ声を優しく奏でる。
『……私はあなたに生きて欲しいです』
『私の従者に世話を焼かすな……腹ペコ騎士』
『……師父、修業はどうするアルネ?』
『老師、手合わせするネ♪』
『では拙者とも手合わせを願うでござるよ』
「……生きなきゃダメ?」
『ダメです。あなたの人生は始まったばかり……この世界で得た友人達の為に生きなさい』
「…………………」
『友人を悲しませるような騎士がはやてが好きでしょうか?』
ビクッとリィンの身体が揺れる。
『はやてが好きだった騎士は逃げるような弱い存在でしたか?』
「……違う」
『はやてが誇りに思えるような騎士になりなさい』
「…………うん」
リィンにとって大好きだった主を理由に諭されて、まだ完全な力強さはなかったがゆっくりとリィンは立ち上がる。
『帰りなさい……心配する皆のもとへ』
「…………うん」
真っ黒な空間が罅割れていく。
全く知らないはずの声なのに何故かリィンには懐かしく暖かく心に響く。
目には見えないけど差し出された手に触れた気がする。
その手から溢れ出す慈しむ温もりが心地好く。
リィンは浮遊感を感じながら、その感覚に身を任せて眠りから目を覚まそうとしていた。
茶々丸はリィンの身体に浮かんでいた汗を拭く準備をしている時に微弱だがリィンの部屋から魔力の反応を察知した。
そして即座に踵を返してリィンの部屋へと向かう。
「リィンさん!」
滅多に声を荒げない茶々丸が部屋に入ると、
「何者ですか!? そこから離れなさい!」
戦闘態勢を取りながらリィンの頭を優しく撫でる蜃気楼のような霞んで見える人物を制止する声を放つ。
『心配しなくてもいい……すこし娘が心配になったので無理をして、ここに出ただけだ』
「……娘とは?」
ゆっくりと立ち上がり茶々丸に顔を向けた人物に茶々丸は何処となくリィンに似ているのを感じて途惑う。
(リィンさんと同じ髪の色に真紅の瞳……確かに顔の輪郭も大人になったリィンさんのようですが?)
『……すまない。どうやら私の記憶を色濃く残したみたいだ……こんなはずではなかったが想いというものは侮れんな』
途惑う茶々丸に目の前の人物は計算外の事態に苦笑しているみたいだった。
『私の名はそうだな……"夜天の書"とでも言っておこうか』
「……夜天の書ですか?」
『ああ、残り滓……かつての姿の残滓みたいなものだ。そしていずれ消えていく存在でもある』
リィンを害する存在ではないと判断して茶々丸は若干警戒を解く。
「あなたは……何を望んでいるのですか?」
『……娘に幸せになって欲しいだけかな』
「こんなに苦しめてですか?」
『それに関しては詫びようもない。私の想いが予想以上にこの子の負担になってしまったのは想定外のミスとしか言えない』
痛いところを突かれて困った顔で答える姿に茶々丸は本人にも不本意の状況になったと気付いた。
『すまないが……今しばらくは支えてやって欲しい。
私はこうして簡単に出る事は……おそらく出来なくなる』
「それはどういう意味でしょうか?」
『言ったろ、私は残滓……残り滓だと……そう遠からず消えていく』
「……そうですか」
『私の事は内密にして欲しい。特にこの子には絶対に内緒だ……まだ今の自分を受け入れられるほど余裕がないのでな』
「……承知しました」
色々聞きたい事もあるがリィンの事を第一に考えるならば、それも仕方がないと茶々丸は判断した。
「機械に……心は必要ですか?」
『必要かどうかは自分で判断しなければならない。
あなたはあなたの判断で決める事だ』
茶々丸はどうしても聞きたくなって尋ねてみたが、答えを得る事なくはぐらかされた。
『想いは時に奇跡を起こすほどの可能性を秘めている』
「それは……?」
『この子との出会いはあなたにとって嫌なものかな?』
「いえ、そんな事はありません」
『心は、心と心を触れ合わせる事で成長する。
そして、想いが夢や希望を見せ……救ってくれる』
「私にはまだ……分かりません」
『誰もが最初から分かるようなものじゃない……これから理解していけばいい』
「…………そうしてみます」
『……どうやら時間切れだ』
その言葉と同時に目の前の"夜天の書"の姿が揺らぎ、手足の先から淡い光の粒になって消失していく。
『娘のこと……お願いします………』
「はい、マスター同様に大切な友人としてお側にいます」
その言葉を聞いて嬉しそうに微笑んで消えていく姿に茶々丸は、大切なわが子を慈しむ母親のイメージを強く心に刻み込んだ。
「…………ん、ふ、ふぁぁ……あ、頭痛い……」
「目が覚めましたか?」
「茶々丸?」
「はい。雪の中で寝るから……風邪を引かれるんですよ」
「……ゴメン」
茶々丸とこの場にいないエヴァを心配させたと知って、素直にリィンは謝っている。
「……なんか喉がイガイガして……痛い」
「トローチを持ってきてあげます」
「ありがと」
ドアのほうに向かいながら茶々丸が話す。
「ねぇ茶々丸?」
そんな茶々丸の背にリィンが声を掛ける。
「ここに居たの茶々丸だけだったの?」
「……そうですが、何か?」
先ほどの事を話すわけにもいかないので、内心では申し訳ないと思いながら聞き返す。
「他にも誰かいたような気がしたの」
「いえ、私だけでしたが?」
「なんかね……温かく撫でてくれた……お母さんってこんな感じなのかとイメージしちゃった」
「……夢を見て、そう感じたのでは?」
「……そうかもね。なんか真っ暗で寒い場所から……救い上げてくれた気がしてね」
何処か嬉しそうに話すリィンを優しく見つめながら茶々丸は応答して部屋を出て行った。
(気付いてはいない筈ですか……心が感じたんでしょうか?)
自分達では届かなかったかもしれないリィンの心に触れた存在を少し羨ましく思いながら着替えと薬の用意をする。
「うう〜〜なんかお腹空いたよ〜」
「お粥の用意もしますね」
マスターであるエヴァンジェリン同様に手の掛かるリィンの世話に嬉々として行う茶々丸。
母性というものが茶々丸の中に芽生えたのかもしれない瞬間だった。
慶一は昨日の一件の事が頭を離れずにいた。
(……家族を失って独りここに来たのか)
詳しくは聞けない雰囲気だったし、人のプライベートに安易に入り込む無粋な漢にはなりたくない気持ちがある。
だが、好きな娘の事を知りたいという気持ちがあるのも事実。
「もっとも相手のほうは眼中に入ってない気もするがな」
隣で慶一の気持ちを汲みつつ、さり気なく嘘偽りない事実を呟く豪徳寺の声に、
「……言わないでくれ、薫」
ガックリと膝をつき……涙していた。
現在の慶一とリィンの関係は単なる友人であり、全然相手になっていない。
しかも、図書館島の大司書長という伝説の人物が対抗馬として名乗りを上げている。
クラスメイトのメガネを掛けた……ちょっと怪しい目つきの少女が言うには「ラブ臭がしない事もない」だった。
話を聞く限り同じ流派で……しかも先輩という間柄。
聞いた時には石化するほどのダメージを慶一は受けていた。
「仕方あるまい……コレやるから元気付けてやれ」
友人の恋模様に一石を投じるのか、それとも憐れに思ったかは判らないが、豪徳寺は懐から二枚のチケットを渡す。
「ケーキハウスのバイキングチケットだ」
「か、薫?」
「知人に貰ってな。古今東西より女の子は甘い物に弱いと決まっている」
「す、すまない!」
慶一はチケットを受け取って、猛ダッシュでリィンの見舞いへと走り出していく。
「……あいつ、自宅が何処か聞いていたかな?」
ヤレヤレと呆れを含んだ声で豪徳寺は友人の変わりようを見つめていた。
そして時代遅れの長ランの懐から携帯電話を出して登録していた番号に掛ける。
「もしもし……茶々丸さんですか? こちら豪徳寺です」
『豪徳寺さんですか……昨日はお世話になりました』
「いえ、リィンちゃんは風邪引いていませんでしたか?」
『それが……熱を出して寝込んでます』
「そうですか……早く元気になると良いですね」
『はい』
何気に世間話のように会話を続ける二人。
『それで今日のご用件は?』
「実はうちの慶一がもしかしたらそちらに見舞いに行くかもしれないのでご連絡をと思って」
『それはそれは、わざわざありがとうございます』
「ただ自宅の場所を聞いていないかもしれないので、これから連絡を入れてから行くと思いますので」
『そうですね。時間的にお夕飯の準備もしておきますね』
「本当にお世話になります」
『いえ、心配してくださる方を無碍には出来ません』
「それではよろしくお願いします」
『はい』
一応の状況説明を終えて通話を切り、慶一にメールでリィンの自宅の住所を送っておく。
「ん? 豪徳寺、慶一は?」
ちょうどメールを送り終えた時に中村 達也と大豪院 ポチの二人が豪徳寺の元にやって来た。
「慶一はリィンちゃんの見舞いだ」
「……風邪か、豪徳寺?」
「ああ」
「今年の風邪はタチ悪いし……心配だぜ」
「まあ慶一が見舞いに行ったんなら……後で聞けば良いか?」
「今の慶一はちょっとナンパ気味というか……弱腰だからな〜。
な〜んか失敗して恥掻きそうな気がするぜ」
「それは言えるな……って言うか、あいつ、自宅の場所知っていたか?」
大豪院の一言に豪徳寺が告げる。
「さっき自宅の住所をメールで送っておいたから大丈夫だろう……多分」
「薫ちんも苦労してんな」
中村が豪徳寺の肩をポンポンと叩いて慰労している。
「だが、この時間帯に行っては却って迷惑にならんか?」
「うちの娘に手を出すなって父親とケンカになるかもな♪」
「いや、それはない。詳しくは聞いていないが……両親は亡くなられたらしい」
豪徳寺が言い難そうに二人に知る範囲でのリィンの家族構成を話した。
「そっか……まあ、なんだ……」
「悲しい事ではあるが、同情するだけが良い事とは思わん。
悲しみを乗り越えてこそ……幸せになれるものさ」
「大豪院……そうだな。悲しい事ばかりじゃないと教えるのも年上の俺達の役目かもな」
「ちなみに茶々丸ちゃん以外にも身内って居るのか?」
中村のふと気付いた疑問に大豪院も豪徳寺も顔を見合わせて聞いてみる。
「豪徳寺、お前知ってるか?」
「……マスターって茶々丸さんは言ってたが、誰だろう?」
「マスターねぇ……喫茶店か、飲食店の店長なのか?」
「それはないだろう。もしや、リィン殿の師匠か、茶々丸殿の師匠ではないのか?」
大豪院がもっともな顔つきでありえる可能性を出してくる。
何度か朝の鍛錬に付き合った事もある三人は茶々丸の実力を知っているので、茶々丸の師匠というならば相当の実力者である可能性が高い。
そして、そのことに思い立った中村と豪徳寺は、
「薫ちん……大丈夫かな?」
「……失敗したかな、住所を教えたの?」
「友人の大切な娘を馬の骨にはやらんって言われなければ良いんだが……」
今更ながらにリィンの家族構成を知らずに友人を送り出した事に青くなっていた。
そして大豪院が想像した頑固親父のイメージが二人の予測に追い打ちを掛けていた。
……慶一の命運は風前の灯かもしれなかった。
豪徳寺からのメールでリィンの住所を知った慶一はお土産を買って自宅訪問がてらの見舞いに赴いたが、
(…………なんだ、このプレッシャーは?)
目の前の金髪の美少女の放つ歴戦の強者の圧力に気後れしていた。
「いらっしゃいませ、山下さん」
「知り合いか?」
「はい、リィンさんの稽古仲間の3D柔術使いの山下 慶一さんです」
「や、山下 慶一です」
何故かメイド服を着ている茶々丸の紹介に目の前の美少女は慶一を睥睨するように一瞥する。
(なんつーか……傅かせるような迫力があるな。
見た目もそうだけど、雰囲気もお姫様というか……女王様みたいだ)
緩くウェーブの掛かった金髪の髪に蒼く輝く力強さを秘めた瞳。
黒を基調としたゴシックロリータの服装に違和感を感じさせない美しさ。
人を平伏せさせるのが当たり前のように感じさせる空気を纏う美少女に慶一は途惑う。
「ふん、この家の主のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」
「その従者の絡繰 茶々丸と申します」
玉座こそなくファンシーな部屋ではあるが、そこに居るエヴァンジェリンの放つ圧力に慶一は思う。
(もしかして……俺ってとんでもない世界に足を踏み入れたのか?)
リィンと出会ってから自分が持っていた一般常識が崩れかけている事を慶一はハッキリと自覚してしまった。
「ささやかな物ですがこれをどうぞ」
気を取り直して、クラスメイトの女子に教えてもらった麻帆良でベスト10に入るスイーツの店で買ったお土産を差し出す。
「ふむ、礼儀をわきまえているようだな。
よかろう……茶々丸、こやつを案内してもいいぞ」
「承知しました、マスター」
(な、なんとか……第一関門は突破したみたいだな。
この家に来る時は必ず貢ぎ物を用意しよう)
背中を流れる冷や汗を感じながら、慶一はリィンの部屋に入れる許可を得た事に安堵していた。
茶々丸の案内でリィンの部屋に入った慶一は思う。
(あまり女の子の部屋に見えないな)
シンプルで機能的な部屋に見えるが、歳相応の少女の部屋にはとても見えない。
リビングがあまりにも少女趣味のファンシーな部屋だっただけにギャップの差に困惑する。
「リィンさん、山下さんがお見舞いに来てくださいました」
「ん〜〜」
ベッドで唸るような返事をしてリィンが起き上がろうとする。
茶々丸はリィンの起き上がりを手伝いながら、風邪が悪化しないようにセーターを肩に羽織らせていた。
「こ、こんばんわ」
「わざわざすみません」
ベッドの側にあった椅子に座りながら慶一はリィンの様子を観察する。
(見る限りは昨日の今にも死にそうな雰囲気はないな)
とりあえず危ない雰囲気はなくなったと判断してホッと安堵する。
「俺も心配しましたけど、茶々丸さんはもっと心配したんですから」
「う、うぅぅ……ゴメンなさい。エヴァにも散々叱られたし……」
涙目で肩身の狭い思いをしているリィンをイジメたい気もしないが……既に叱られたみたいなのでやめておく。
「まあ元気になったら……ここに行きましょう」
そう話して慶一はポケットから二枚のチケットを出してリィンに見せる。
「ケーキバイキングのチケットです」
「わぁ〜〜行きたい♪ 行きたい♪」
チケットを見て、はしゃぐリィンに慶一はこのチケットをくれた豪徳寺に心から感謝している。
「では、早く風邪を治さなければいけませんね」
「うん♪」
「では、こちらのお薬をどうぞ」
「うにゅぅ〜〜これ苦いからやだな〜〜」
「……ケーキバイキングを諦めますか?
見たところ期間限定ですから、風邪を治さない限りマスターがリィンさんの外出は禁じられると思われますから」
「えぅぅ〜〜茶々丸のイジワル〜」
風邪薬を嫌そうに見つめるリィンに茶々丸がちょっとイジワルな発言をして飲むようにさせる。
「う、ううぅ……やっぱり苦いよ」
「はい、ではこちらの……のど飴をどうぞ」
「あ、うん……甘くてのどがスーッとしてきた♪」
甲斐甲斐しくリィンの世話をする茶々丸に慶一は母親みたいなオーラを感じている。
(昨日よりも過保護になった気がする……気のせいか?)
微笑ましい光景だが……慶一はなにかライバルが増えたような気がしてならない。
(なんていうか……娘に手を出したら許しませんよって気がする)
甲斐甲斐しく世話をする茶々丸からまるで娘を愛しく思う母性的な空気が感じられるので微笑ましく思いつつ、安易に手を出そうものなら逆鱗に触れそうな危険な匂いもしないわけではない。
そんなことを感じた慶一の頬に一筋の冷や汗が流れ落ちていた。
「山下さん、よろしければマスターと一緒に夕食を食べて行ってください」
「え? いや、そんなご迷惑じゃ」
「豪徳寺さんからのお電話を頂いた時にご用意しましたので大丈夫です」
この家の主であるエヴァンジェリンと向き合っての夕食。
(……味なんて感じる余裕は絶対ないよな)
非常に気まずいというか……思いっきり重圧を感じながらの夕食に慶一は更に冷や汗を流していた。
「こちらです」
「は、はい……でも俺、テーブルマナーなんて詳しくないですよ」
「大丈夫です。今日のメニューは和食を中心にしていますので」
「そ、そうですか」
待ったなしの状況に追い詰められた慶一だった。
テーブルに向き合う形で慶一とエヴァンジェリンは夕食を行う。
張り詰められた緊張感が部屋に充満し、
(ぜ、全然味が感じられん)
無言のまま食すエヴァンジェリンの圧力の前に食事を楽しむ余裕は全く無かった。
「美味しくありませんか?」
「いえ! そ、そんな事はないですよ!」
「何、裏返った声で返事をするのだ。
こんな小娘一人を恐れるとは……情けない」
クククと笑いながら話すエヴァンジェリン。
完全にイジメっ子モードに突入し、今の慶一はまな板の鯛(いや鯛は勿体無いから鰯)、もしくは捕食者に睨まれた小動物に茶々丸には見えた。
ハイデイライトウォーカーとして700年生きている真祖の吸血鬼エヴァンジェリン相手に多少気の扱いが出来る少年では歯が立たないのも事実だが。
なんとか無事?に食事を終えて、慶一は告げる。
「え、ええと夕飯ごちそうさまでした」
「ふむ、茶々丸」
「はい」
「リィンは今どうしている?」
「先ほど見た時は眠っておられました」
「で、では俺もそろそろ帰「さて、本題に入ろうか」りたいかな〜と」
「デザート用意します。
それと山下さん、寮のほうには先ほどお電話を入れて遅くなる旨を話しておきました」
「ああ、わざわざウチの大切なリィンの見舞いに来てくれたのに、この程度のもてなしでは不十分だな」
「はい、マスター」
茶々丸は厚意から出た言葉かもしれないが、エヴァンジェリンは絶対に違うだろうなと慶一は思っていた。
有無言わさずに紡がれた主従の言葉に慶一は進退窮まったと自覚し……天を仰いでいた。
「今日のデザートはリィンさんが好きなミルクプリンを用意しました。
山下さんが持ってこられたケーキは風呂上りにお出しします」
「うむ、それで構わん」
「あ、ありがとうございます(薫、達也、ポチ……俺に力を貸してくれ!!)」
逃げ場がないと理解した慶一は……覚悟を決めて目の前の困難と戦う事にした。
「さて」
「は、はい」
「リィンの事だが」
(き、きたぁあぁぁぁ!)
茶々丸がリィンの看病の為に一時席を離れると同時に据わった目付きになったエヴァンジェリンが慶一に……尋問を開始する。
「見ての通り……リィンは少々箱入りというか、一般常識に疎い部分がある」
「は、はぁ」
「詳しくは言えぬが訳ありでな」
「み、みたいですね」
言いたい事は大体理解したので頷きつつ会話を進める。
「この地のように平和な場所で生まれたわけではない」
「そ、そうですか」
「今でこそ、よく笑うようになったが引き取った時は昨日みたいな状態だった」
「………………」
ため息みたいなのを一つ吐いてエヴァンジェリンは会話を一旦閉じ……窓の外を見る。
実際に戻る事が出来ないと知った時は虚脱状態でひどく落ち込んでいたのを側で見ていたのだ。
「こんな雪の日にリィンは家族の全てを失ってしまった」
「…………」
「昨日はその時の事を思い出してしまったんだろうな」
「そうですか」
昨日のリィンの痛々しい姿を思い出して慶一は沈痛な表情になる。
「まあ、時を戻す事など誰にも出来んし、蒸し返すのも今更だ」
「ま、まあその通りですが」
自嘲気味な表情で話すエヴァンジェリンの前向きな意見に文句をいう気はないので慶一は同意する。
「生まれの所為か、リィンは大人の部分と子供の部分が完全に乖離した部分があるのは分かるな」
「え、ええ、確かにありますね」
大人びた顔で達観した意見をいう時もあるし、妙に子供っぽい感情で動く点も近くで見ていたので慶一は知っている。
「貴様がリィンに懸想しているのは知っている」
突然、ズゴゴゴォォという擬音が聞こえそうな重圧の掛かる空間になり、
「イエ、ソンナメッソウモナイ」
慶一は完全にエヴァンジェリンの雰囲気に飲み込まれて声が裏返る。
「ウチの大切な一人娘に遊び半分で手を出そうなら……………分かるな?」
声が出なくなり、慌てて頭を何度も上下させて頷く。
「別に遊び半分でなければ……文句は言わん」
「そ、それでは!?「だが、ハンパな実力者などにはやらんがな」……」
一瞬希望の光を見せて……どん底に叩き落すエヴァンジェリン。
「最低でも茶々丸を相手に片手で勝てるほどの猛者なら……いや、それでも足りぬか」
非常に物騒な話に傾いているなと思いながらも、慶一はエヴァンジェリンの放つプレッシャーの前に口を挟めずにいた。
「……そうだな。せめてタカミチクラスの実力者でなければ、リィンのパートナーとしては役不足か」
「高畑先生クラスはそうは居ませんが」
(デ、デスメガネですか……)
ちょうど帰ってきた茶々丸がエヴァンジェリンの声に反応して口を挟む。
「確かに高畑先生ならば実力に不足はありませんが年齢差をお考えください」
「む、確かにそうだな」
「それにクウネルという人物がリィンさんのお気に入りみたいですが」
「……クウネルか、一度会わねばならんな」
「リィンさんが言うには相当の実力がありそうな方だとか」
「そんな奴がここに居たのか?」
「図書館島の大司書長と伺っています」
「ふむ。あそこは管轄外だからな」
いつの間にか、リィンの相手について話す二人に慶一は蚊帳の外に放り出される。
「……ハッ! 申し訳ありません、お客を前にこのような話をして」
「気にするな、茶々丸。そいつはリィンに懸想しているから部外者ではないぞ」
「……では、山下さんもパートナー候補でよろしいのでしょうか?」
「ぜ「馬鹿者!! そんな貧弱な小僧にリィンを任せられるか!!」」
是非にと言おうとした慶一の声を遮ってエヴァンジェリンの一喝が部屋に響く。
「ア、アア、嗚呼、マスター……それ以上ネジを回されると……」
茶々丸の頭を抱え込んで後頭部にあるネジをギリギリと捻るエヴァンジェリン。
「ひ、貧弱……」
それなりに鍛えているし、麻帆良四天王などと言われるほどの猛者である自分が貧弱と断言されて慶一は落ち込む。
確かに一般人のレベルではトップクラスだが、エヴァンジェリン達のような裏側の人間から見れば、まだまだといったレベルなので言葉がきついのは仕方がなかった。
「リィンに必要なのは憧れるだけの惰弱な男ではなく、背中を預けられるほどの強者だ!!
ちょっとプレッシャーを掛けたくらいでガタガタ震えるような輩など不要だ!!」
脳天に稲妻が落ちたように慶一の頭に衝撃が走る。
(お、俺は試されていたというのか!?)
「しかし、マスター。パートナーというのは、やはりリィンさんのお気持ちも考えないと……」
「ふん、私の目に狂いは――ぶべっ!「なに、恥ずかしい事を言うのよぉぉぉ……」「リィンさん!」」
リィンは真っ赤な顔でエヴァンジェリンの顔に枕を投げて黙らせる。
しかし、その行為で体力が尽きたのか……バッタリと床に倒れてしまう
「無茶をしてはいけません!」
「うにゅうぅぅ……だってぇ〜〜」
目を回してエヴァンジェリンに文句を言おうとするリィンを抱え上げる茶々丸。
「見舞いに来てくれた山下さんに失礼でしょぉぉ〜〜「し、しっかりしてください!」」
「バ、バカモノ! 熱があるのに無理をする奴があるか!」
慌てる二人を見ながら慶一は思う。
(まあ、この二人が居る限り……これからは大丈夫だろうな。
しかし……デスメガネを超えなければ、交際はダメなのか……前途は厳しいな)
大事に育てられていると思い安堵しているが、非常に過保護な気もしない。
「ケケケ、オメーモ苦労シテンナ」
「に、人形がしゃべった!? いや、ロボが存在する以上……プロトタイプか?」
三頭身くらいの人形がいきなり慶一に声を掛けてきたので焦ったが……目の前に茶々丸さんというロボットがいる以上は受け入れ認めないとリィンとは付き合っていけない気がする。
「ケケケ、オメー、リィンニ惚テンダッテ……精々派手ニフラレチマエ」
「く……ま、負けんぞ」
人形にまでダメと言われて慶一は必ずこの逆境を乗り越えて見せると決意する。
ただ漠然と強くなりたいと思っていた慶一はこの日目標をはっきりと見据える事になった。
この学園最強の男と目されている高畑・T・タカミチ……通称デスメガネ。
……慶一は熱く燃え滾っていた。
ちなみにこの日は寮に帰ると同時に精根尽き果てて燃え尽きていた。
彼が学園最強への第一歩を踏み出した試練の日々の始まりだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。
リィンフォースと夜天の書……謎が増えただけかも?
ま、ぼちぼち今後に説明する事で良しとしてください。
茶々丸さんが過保護なお母さん化の可能性が出てきました。
では、誰がお父さんになるのか(まあ、予想通りあの人で……お願いします)
慶一の空回りはどこまで続くか?
謎が謎を呼び……答えは出るのか?
活目して次回を待て!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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