夕食の準備と言われて、ネギは楓とリィンと一緒に山を駆け巡る。
「山での生活は自給自足が基本でござる」
「そうなんですか?」
「自然の動物達は皆そうやって生きているでござるよ」
「た、確かにそうでした」
「まずは岩魚獲りから始めましょうか?」
「ふふ……そのハンマーは何処から出したのでござるか?」
リィンが肩に背負うように載せている柄の長さ一メートルほどのハンマーを見ながら楓は尋ねる。
「それは乙女の秘密♪ 楓だって巨大な十字手裏剣を何処から出すのかしらね」
「何の事でござるかな」
「や、やっぱり長瀬さんは忍者なんですね♪」
「何の話やら♪」
ネギの指摘をはぐらかすように楓は笑うだけで答えない。
そんなふうに三人はじゃれあうようにしながら川辺を見つめる。
「ほら、あそこに居るでござるよ」
「うわー、いっぱい泳いでいるんですね」
楓が指差す先に川を泳ぐ岩魚の姿が見える。
「僕、網とか持って来ていないんですけど?」
「拙者はこのクナイで獲るでござるよ」
――ビシュッ!
軽いスナップで三本同時に投げられたクナイは見事に三匹の岩魚に突き刺さる。
「す、凄いですね」
「ふふ、やってみるでござるか?」
「ぜひ、やらせてください!」
楓からクナイを借りたネギは同じように投げてみるが、
――ポチャン ポチャン
「あれー?」
勢いよく真っ直ぐに飛ばずに軽い放物線を描いて水面に波紋を起こすだけだった。
「はっはっはっ……まだまだでござるな」
「コ、コツがあるんですね!」
意外と負けず嫌いの性格のネギはコツを教えてもらおうとするが、
――ギィィィン!!
「な、なにが!?」
突然、大きな叩く音が響いて、その音が発生したと思われる場所に目を向けると、
「相変わらず器用なやり方で捕まえるでござるな」
「ま、まさか、岩に打撃を行って音で気絶させたんですか?
しかも岩を破壊せずに!?」
水面に立ち、ハンマーで岩を叩いたポーズでいるリィンに楓は感心する声で、ネギは驚きながら見つめていた。
「明日の朝の分も確保したよ♪」
「おお、それは助かるでござるよ」
水面には腹を上にして浮かんでいる岩魚の姿があり、三人は夕食と朝食のおかずを確保していった。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 十二時間目
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三人はゆっくりと草木の生い茂る森の中を歩いていく。
「次は山菜取りでござるよ」
「こればっかりは楓には勝てないのよね」
「えぇ――っ?」
リィンがお手上げと言わんばかりに両手を上げている姿にネギは驚いていたが、
――にんにん×16
「……納得しました」
十六人に分身して山菜取りを行う楓を見て、忍者って本当にいたんだと実感していた。
「三人くらいなら……ベルカの技で何とかなりそうだけどね」
「……僕には出来ません」
精霊を使うやり方でも姿までは完全にコピーできない事を知っているネギは自分に出来る範囲内で山菜取りをしていた。
「野鳥を捕まえて……食べちゃおうか?
撃ち落すくらいならいつでも出来るわよ」
「はっはっはっ……野鳥は色々制限があるのでダメでござるよ」
「そっかー鳥獣保護区だったけ?」
「さてさて、どうでござったかな?」
「え、えっと……僕が持ってきた分も合わせれば大丈夫だと思うんですが?」
恐る恐る二人のハンターから動物達を守ろうとする心優しいネギだった。
そんな感じで三人の食に対する狩りは続く。
「こ、ここを登るんですか?」
「左様でござる。この頂上にあるキノコが美味でござるよ」
「じゃ、先行くね」
片手を上げてフワフワと浮き上がっていくリィンに楓は感心した様子で話す。
「ベルカの技とは便利な物でござるとは思わないでござらんか?」
「そ、そうですね(いいな〜ベルカの技で誤魔化せるなんて)」
身体強化していてもきつそうな崖をよじ登るネギ。
「ひぇ〜〜た、高いですね」
「ほう、初めてにしては中々やるでござるな」
言葉こそ怖がっているが、かなり余裕がありそうな雰囲気のネギに楓は感心している。
(なるほどリィン殿と古が師事するだけの事はあるでござるよ)
古 菲が楽しそうに教え甲斐がアルと話していただけの事はあると楓は思っている。
少し凹んでいたがどうやらリィンが立ち直らせたみたいで、しかも落ち込む前よりも前向きな気持ちが出ている。
(まだ十歳でこれだけの力を見せる……先が楽しみでござる♪)
ネギが落ちないように気をつけながら楓は今後の成長を見続けていたいと思っていた。
この後、ハチミツ取りで熊と対峙し、
――熊鍋か……良いわね
とのリィンの一言に熊が一目散に逃げ、
――う〜ん、残念でござるな
――はわわわ
同じように熊を捕獲し損なった楓の残念がる声にネギが怯え、
――ああ、それ僕が食べようとしたのに!
――甘いわよ。私の前に置いた時点でね
――ここでの食事は早い者勝ちでござるよ♪
――そ、そんな〜〜
――大丈夫。まだあるでござるよ
更に確保していた焼き魚をリィンに奪われ、涙目のネギに楓がフォローしつつ、
――アスナから聞いたけど、ちゃんと風呂から出て頭を洗うのよ
――水はそこにあるのを足せば良いでござるよ。なんなら拙者が一緒に入るでござるか?
――あぅぅぅ……ちゃんと洗いますぅ(ア、アスナさんのイジワルゥ――!)
ドラム缶風呂に入っていたネギに注意するリィンと楓のからかいに涙し、
それなりの楽しいキャンプをネギは満喫していた。
一方のアスナは複雑な感情を上手くまとめきる事が出来ずに悶々と夜を迎えていた。
「アスナの姐さん……どうしたんですか?」
「色々考える事があるのよ」
同室の木乃香が少し席を外した隙を突いて迷えるアスナにカモは囁く。
「それはもしかして兄貴とパクティオーしてくれ――ブベッ!……」
カモの身体をいきなり掴んでアスナは一気に躊躇いなく締め付ける。
「勝手な事ばかり言うと中身……出るわよ」
「……い、今にも出そうな気が……」
「良かったわね」
「……よかないっス」
「大丈夫、それだけ言えれば出ないわよ」
迂闊な一言を口にして今にも口から魂が飛び出そうなほどのダメージをカモは受けていた。
「大体、私は一般人なの……魔法なんていうファンタジーな世界の住人じゃないの」
「しかし姐さんの体術はそれは見事なもんでしたぜ」
「だからと言って、殺し合いなんて出来るわけないでしょ!」
この一言でカモの言葉は封じられる。
「ネギがそんな世界に踏み込もうとしているのにアンタは止めないわけ?」
「いや、俺っちも止めたいのはやまやまなんスけど……兄貴は止まらねえんだ」
カモにすれば、やばい橋なんて渡らずに適当に気楽に過ごして適度にパクティオーさせての小遣い稼ぎで十分なのだが、
「兄貴は親父さんの背中を見続けているんスよ。俺っちと出会う前から」
「英雄ねぇ……ホント、親に関してはどう言えば良いのか……分かんない」
小さい頃に両親を失ったらしいアスナは親に対する憧れは今ひとつ浮かんでこない。
それ故にネギが必死になる姿を見ても無理しているようにしか感じられない。
「あいつ、お父さんの背中しか見てないんだよね」
「……そうっスね」
がむしゃらに突き進み一生懸命に頑張る姿は応援したい気持ちがある。
(それでも……大怪我しそうな事は…………ああ、もう!)
本来アスナはうじうじと悩むタイプの少女ではなく、即断即決タイプに近い。
後の事は成り行き任せで突っ走るのが基本というか……そういうふうに動いてきたのだ。
「……寝るわ」
「へーい、お休み姐さん」
カモの声に手を振ってアスナは二段式のベッドの上の段の自分の布団を被って横になる。
モヤモヤとした割り切れない感情を無理に押し殺して……。
無事に短期集中訓練を終えて寮に帰ってきたネギはアスナから登校途中でエヴァンジェリンの病欠の可能性を聞かされる。
今日は木乃香が日直で先に行った為にアスナとネギは何の問題なく部屋で話し合っていた。
「ええっ!? エヴァンジェリンさんってお休みかもしれないんですか?」
「昨日、行った時は花粉症に風邪でフラフラだったわ」
「は? エヴァンジェリンさんがですか?」
信じられないと言った顔でアスナの話を聞くネギ。
呪いを掛けられているとはいえ、真祖の吸血鬼が花粉症で風邪を引くなどネギには信じられずにいると、
「私も最初は信じられなかったけど……例の呪いの所為で体力的には10歳の子供と変わらないんだって」
「そ、そうですか……」
何処か納得しつつも納得できない……そんな表情でネギはアスナの話を聞いていた。
「まあ色々聞いたけど……あんた、お父さんの事を諦める事は出来ないの?」
「え?」
「話を聞く限り……怪我じゃ済まない可能性だってあるし」
「心配してくださるのは嬉しいですが、それは出来ません」
アスナが自分の身を案じてくれる事は嬉しいが、ネギは父の背を追わない生き方など考えられなかったのだ。
「僕は、多分あの日から……止まったままなのかもしれません」
「止まったままって?」
「父さんにもう一度会いたい気持ちを捨てるのは絶対に無理です。
それを行う事は僕は僕でなくなるんです」
ネギの脳裡に浮かぶのは父に向けて必死に手を伸ばす幼い日の泣いている自分の姿だった。
「でも痛い目に遭うだけじゃなく……死ぬかもしれないのよ」
「それも分かってます。それでも、僕は父さんに会いたいんです」
アスナから一度も目を逸らさずに告げるネギに、
「あんたって、ホントに頑固よね」
「すみません。アスナさんが心配してくださるのはとても嬉しいですが……」
「……手、貸してあげようか? 事情も知っているし、どうしてもと言うのなら貸してあげるわよ」
アスナとしては事情を知っているのに何も出来ない自分というのが嫌だったので聞いてみるが、
「それは出来ません」
「なに、意地張ってんのよ。危ないって知っているのに!」
「だからこそ、アスナさんを巻き込むわけには行かないんです!」
思わず怒鳴ってしまうアスナに、ネギは怯える事なくはっきりと告げる。
「本当に危険な目に遭うかもしれないんです。
そんなことに一般人のアスナさんを遭わせるわけには行きません」
「だけどっ! も、もういいわよ!!」
せっかく手を貸してやろうというのに拒否するネギにアスナは苛立って背を向けて歩いていく。
「……怒らせちゃったな、アスナさん」
「兄貴、せっかくのチャンスだったのに」
怒り出して先に学校に向かうアスナにネギが申し訳なく呟き、カモがせっかくの仮契約――パクティオー――のチャンスを逃して残念がっている。
「カモ君」
「今から謝りに行きますかい?」
「カモ君もウェールズに帰ったほうが良いよ」
「な、なに言ってんスか!?」
突然帰れと言われてカモは慌ててネギに真意を問う。
「今回は大丈夫だけど……次も大丈夫だと言えるほど、僕は強くないんだ」
「……兄貴」
「カモ君だって、僕が危ない事をしようとしているのは知っているだろ?」
「そりゃまあ知ってますけど……」
「無論、カモ君に迷惑を掛ける気はないけど……本当にどうなるか分からないんだ」
「俺っちは兄貴の味方ですよ。兄貴を見捨てるほど薄情じゃないし、簡単に死ぬようなタマでもねえぞ」
「……カモ君」
「まあ、本当にやばくなったら勝手に逃げ出すかもな」
ネギの肩に乗って、カモは話す。
「俺っちのことは適当にしてくれればいいス。
ただアスナの姐さんには後で謝るべきですぜ。素直じゃねえけど、心配してくれてんのは間違いねえ」
「……そうだね」
「じゃあ学校に行きますぜ。教師の兄貴が遅刻したんじゃダメですぜ」
「うん」
カモは堅物のネギの気持ちは大体分かっている。
誰かを巻き込まずに自分だけで戦うと決めたんだと言葉の端から伝わっているのだ。
(兄貴には悪いけど……俺っちは俺っちで勝手に動くぜ。
怒るかもしれないけど、兄貴の面倒は俺っちが見ないで誰が見るんだよ)
ネギの肩に載せて貰いながら学校に向かう途中でカモは考える。
(だまし討ちみたいな形でのパクティオーはたぶん不可能だし……ギリギリの場面で姐さんとパクティオーさせるっきゃねーな)
一度失敗したし、ネギ自身が誰かを巻き込むのは良しとしていない以上……今は説得しても難しいとカモは考える。
次善の策として真祖の吸血鬼が襲い掛かって来た時にアスナを巻き込んで強引にさせる事にしようと決めた。
(姐さん、兄貴……これしかないって分かってくれよな)
アスナがネギの身を案じ、ネギもまたアスナに迷惑をかけたくないと思い、カモも二人に悪いと思いつつも巻き込む策を考え、
――そして大停電の夜を迎えた。
街から明かりが消え……麻帆良学園都市は本来の夜の姿を取り戻す。
「兄貴!」
「うん、巨大な魔力を感じるよ」
一時的にエヴァンジェリンの封印が解かれる事はリィンフォースから聞いていたネギはいよいよ戦いが始まると感じていた。
「兄貴、俺っちは俺っちなりに考えた策を実行しますぜ」
「カモ君!」
「へへ、俺っちは兄貴の味方だからな」
「ゴメン、カモ君」
「こういう時は詫びじゃなくて礼を言うもんスよ」
一人じゃない、自分には頼りになる仲間がいると思いネギは不安な気持ちを吹き飛ばそうとする。
――不安な気持ちになるのは誰も同じ……そこで足を止めない事が勝つための最低条件
――力の差は歴然。ならば、がむしゃらにぶつかって活路を開きなさい
リィンフォースが教えてくれた言葉を思い出してネギは心を奮い立たせる。
「ありがとう、カモ君。僕、頑張るよ!」
「兄貴はそうでなくっちゃな」
気合を入れ直した二人の前にぼんやりと魔力の輝きを見せる佐々木 まき絵が現れる。
「佐々木さん!?」
「なんで……メイド服? いや、まあいい趣味だと思うけどなって兄貴!?」
「うん! 佐々木さんはエヴァンジェリンさんに以前噛まれたんだよ」
まき絵の変化に気付いたカモにネギも同じように気付く。
「ネギ・スプリングフィールド、エヴァンジェリン様が呼んでいる。
寮の大浴場まで来てね」
まき絵は要件だけを告げると強化された身体で飛び跳ねるようにしてエヴァンジェリンの元へと帰っていく。
「兄貴、罠ですぜ!」
「それでも佐々木さんを助けないと……」
「分かりやした。俺っちは俺っちの策を進めます。
兄貴は何とかして例の場所へ」
「気をつけてね」
「兄貴、それは俺っちのセリフですぜ(すんません、兄貴、姐さん。これしかないんで)」
ネギの肩から飛び降りて駆け出すカモ。
頑固な性格のネギが最後までアスナの助力を拒む以上、強引にアスナを連れてくるしかないとカモは判断していた。
カモが走って行くのを見ながら、ネギは用意していた道具を装備してエヴァンジェリンが指定した場所へと向かう。
「エヴァンジェリンさん!」
「ようこそ、ネギ・スプリングフィールド」
大浴場の中に設置されたベンチの屋根の上で茶々丸が側に控え、優雅に座っている女性がネギは誰か分からずに尋ねる。
側にはメイド服を着た四人の女性、佐々木 まき絵、明石 裕奈、大河内 アキラ、和泉 亜子がいる。
「えっと……誰ですか?」
「アホか!! 私だ!!」
いきなり気分を害したエヴァンジェリンは元の姿に戻って叫ぶ。
「エヴァンジェリンさんでしたか……幻術なんて使われたら分からないですよ」
「側に茶々丸が控えていてか?」
「あ、それもそうですね」
ポンと手を叩いて、ネギは納得するが、
「ど、どうして佐々木さん達を巻き込んだんですか!?」
「これも試練さ。私は悪の魔法使いだからな」
エヴァンジェリンが笑みを浮かべて話す。
「キレイ事じゃないんだよ、ぼーや。
戦いはこういう卑怯なやり方もあるって覚えておくんだね」
「そうですか……これも僕に襲い掛かる試練の可能性の一つですか?」
「ん? ま、まあそんなところだ(どうも好意的に見られた気がするな?)」
ネギが自分に対する試練と勝手に判断して、エヴァンジェリンに感謝するような目で見つめる。
確かに自分に関係する人物を巻き込む可能性がある以上、こうなる事だってあると考えろとエヴァンジェリンがレクチャーしてくれたんだとネギは思っていた。
微妙に勘違いしたままで二人は対峙していた。
「行け!」
もはや言葉は不要と思い、エヴァンジェリンは配下になった四人を動かす。
「くっ! すいません。後で必ず治療します!」
ネギは後で治療すると詫びて、四人を相手に構えて"戦いの歌"を唱えた。
全身に魔力を行き渡らせて自身の身体能力を強化して短期間とはいえ古 菲から教わった構えを取る。
「ほう、無詠唱は出来ないようだが……頑張るじゃないか」
「はい、にわか仕込みではありますが短時間とはいえ十分形になっています」
僅か一週間にも満たない時間でネギは準備不足ながら戦えるだけの力を有し始めていた。
「中国拳法……か?」
「古 菲さんの指導でしょうか?」
「おそらくリィンが手配したんだろうな」
エヴァンジェリンと茶々丸の視線の先には四人を相手に未熟ながら戦う拳士の姿があった。
「無詠唱の魔法の射手に打撃を加えたか」
「二発ですが、捕縛系の風で封じ込めています」
茶々丸の言う通り、ネギは打撃で動きを止めると同時に無詠唱の魔法で亜子の動きを封じ込めた。
その背後から襲い掛かろうとした裕奈とアキラを、
「風花 武装解除!」
手持ちの魔法薬を使って武装解除の魔法で吹き飛ばして、まき絵を亜子の近くに誘導して封じ込む。
「リィンは鍛え方が上手だな」
「ネギ先生の才能もあると思われますが」
身体能力を強化して一撃を当てて、そのまま捕縛して動きを封じる。
動きはまだぎこちないが、強化された状態なら十分通用していた。
「大気よ 水よ 白霧となれ
この者に 一時の安息を 眠りの霧!!」
ネギは二人動きを封じて、眠りの呪文を使って無力化に成功する姿にエヴァンジェリンはナギ・スプリングフィールドの面影を見て懐かしげに笑みを浮かべてい
る。
(確かにナギ……お前の息子は才能を十分に受け継いでいるみたいだぞ。
ま、十歳という年齢を考慮すれば悪くはないな)
息を乱しながらネギはエヴァンジェリンを真っ直ぐに見つめて告げる。まだまだ荒削りで自身の力を全部出し切っていないが、優れた師の下で研鑽すれば……ナ
ギ・スプリングフィールドへと到達可能な原石にも見えている。
(面白い。確かに第三のプランとして考慮する価値はある)
登校地獄の解呪は二つあったが、もう一つ増えたとリィンフォースが告げた意味が今なら分かる。
(ぼーやを私が一人前の魔法使いにさせて解呪させるか……く、くくく、それも悪くない。
何も知らない魔法使いどもが憧れるサウザンドマスターの本物を作り上げる……悪の魔法使いによってな)
ナギ・スプリングフィールドがアンチョコ無しで唱えられる魔法は精々五つか六つだ。
何も知らない魔法使い達は千の魔法を使える英雄だと勘違いしているが、実際には違う。
(小利口なぼーやなら千の魔法くらい覚えられそうだ。
面白い、全くもって面白いぞ! 幻想ではなく、本物を生み出し
てみるか!)
少なくともネギは本人は自覚していないが父親をある意味既に超えている。
(既に父親の倍の数の魔法をアンチョコ無しで唱えられる……ま、ぼーやは強さで超えたいのかもしれんがな)
エヴァンジェリンが前回のような甘ったれた雰囲気を払拭する姿のネギを見つめる中、ネギはアキラと裕奈も同じようにして眠らせた。
「四人は抑えましたよ!」
「ク、ククク、なかなかやるじゃないか、ぼーや。
いいだろう……本番を始めようか」
ゆっくりとネギを見つめながら、エヴァンジェリンは茶々丸を従えて戦いに臨もうとする。
「一つ聞いておく……ナギ・スプリングフィールドは生きているの
か?」
アスナから聞いた内容をネギに確認するエヴァンジェリン。
安易に期待しているわけではないが、もし生きているならもう一度逢いたいと願っていたのだ。
「僕は六年前に、この杖を父さんから貰いました!
だから、父さんは今も何処かで生きているはずです!!」
「いい答えだ……ならば、試してやろう。お前がこの世界で生きて行けるかどうかな。
茶々丸、久しぶりに楽しくなってきたぞ!」
全身に魔力を漲らせてエヴァンジェリンはネギへと名乗りを上げる。
「私の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル! 不死にして、悪の魔法使いだ!!」
「その従者、絡繰 茶々丸です」
「見習い魔法使い、ネギ・スプリングフィールド!」
「「いざ勝負!」」
二人の声が重なり、この夜の最大のイベントが幕を開けた。
ネギと別れたカモは即座にアスナの元に向かう。
寮に辿り着いた時、玄関前にアスナが立っているのは流石に驚いていた。
「アスナの姐さん!」
「分かってるわよ! どうせネギが一人で戦うって決めて突っ走っているんでしょ!」
今夜、エヴァンジェリンとの戦いがある事を知っていたアスナはいざとなったら助太刀しようと決意して待っていたのだ。
「すんません! これは俺っちの独断で」
カモの声で事情を察知したアスナは怒っている。
ネギが誰も巻き込みたくないと思っているのは知っているが……本当に頑固だと今更ながらに腹立たしく感じていた。
「何でもかんでも一人で抱え込むんだから!
で、場所は何処?」
「来てくれるんですか!?」
強引に巻き込もうとしていたカモはアスナの助太刀をありがたく思い、アスナは叫ぶ。
「しょうがないでしょ! 頑張っている奴が報われないのは我慢できないのよ!」
「姐さん……いい女に絶対なれますぜ」
アスナの肩に乗ってネギの元へと向かおうとしていた。
「兄貴がトラップを用意しているんで先回りしますぜ」
「大丈夫なの?」
「兄貴を信じてますから」
アスナの参戦が決まり、カモとアスナはネギが来る事を信じて先回りした。
先手はエヴァンジェリン。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」
片手を高らかに上げて魔法使いが最初に唱える始動キーを呪文を宣誓する。
「氷の精霊 17頭 集い来りて 敵を切り裂け!
喰らえっ! 魔法の射手 氷の17矢!!」
茶々丸が前衛となりネギを牽制する中、二人に向けて放たれる氷の矢。
ネギは茶々丸と距離を取り、杖に乗って大浴場の窓ガラスを破って脱出する。
「くっ!」
落下しながら、ネギは体勢を整えて武装の一つ魔法銃で迎撃しながら移動する。
(今は出来るだけ魔力を消費しないようにして移動するんだ)
相手は格上の魔法使いだから、少しでも魔力を使わせて疲弊させた状態で例の場所に誘い込む。
格上を相手にしてまともに戦っても、先に息切れするのはリィンとの手合わせで学んだネギは手持ちのアイテムで自分の魔力を温存する作戦を選択した。
「ほう……魔法銃とは随分と珍しい物を」
「ネギ先生はアンティークコレクターだそうです」
「少しは考えているようだな。足りない物を道具で補うか……父親は突っ走るだけだが、息子は考える頭があるな」
「マスター、罠の可能性もありますが、如何なさいますか?」
「構わん。罠があるというのなら見せてもらおう―――っと!」
茶々丸と会話を行っていたエヴァンジェリンのすぐ側を掠めるように魔法銃より放たれた弾丸が飛んできた。
「小賢しくも挑発してまで、余程こちらに来て欲しいみたいだな。
行くぞ、茶々丸!」
「ハイ、マスター……ですが時間切れにご注意を」
「……分かった」
蝙蝠を集めたマントで宙を舞い、ネギを追い翔けるエヴァンジェリン。
茶々丸の背中と足のバーニアを吹き上げて追尾する。
停電によって、暗闇になった麻帆良の空に魔法使いの戦いが展開されていた。
割れた窓ガラスの前にリィンフォースと瀬流彦が現れる。
リィンフォースはクラスメイト四人の元に向かい、抗吸血鬼化の薬を飲ませて脱衣場にあった服に着替えさせる。
流石に男性の自分が女の子の着替えをするのは不味いので、リィンが着替えさせている間に瀬流彦は割れた窓ガラスと周囲の破損がどの程度か確認していた。
「ハデに壊してくれるし……瀬流彦先生、ココお願いして良いですか?」
「良いよ。此処のフォローは僕がしよう。
君は追跡と侵入者が二人の戦いを邪魔しないようにしてあげなさい」
人のいい笑みを浮かべて瀬流彦がリィンフォースを先に行くように促すとリィンフォースが割れていた窓から三人を追跡する。
「さて、後始末をしますか」
記憶の改竄と壊れた建物の修復を行い、何もなかった事にして魔法を隠匿する。
「本当に学園長のお遊びの後始末はいつもこうなんだよ。
この分じゃ修学旅行も彼女に頑張ってもらうつもりなんだろうな」
やれやれと肩を竦めて瀬流彦がぼやく。
この大停電の日にエヴァンジェリンが動くのは予想されていたので警備を担当する魔法先生達はフォローと警備で大忙しだ。
瀬流彦も出来るだけ早く修復して、眠っている生徒達を部屋に戻して警備に回らなければならないと思っていた。
事前の予想では今夜の侵入者に数はいつもの倍に達する可能性があると皆が考えていたのだ。
エヴァンジェリン達に上空を押さえられたネギは攻撃よりも回避を優先させて目的の場所へと向かっている。
「魔法の射手 連弾 氷の12矢!」
「くっ! 風楯!!」
手持ちの魔法薬も僅かしかないが、ネギはもう少しで辿り着くのを知っていたのでココを耐え切れば何とかなると考えていた。
「本当に粘るな……ナギ、お前の息子は才能があるぞ!」
年齢と経験を考えても十分過ぎるほどの粘りを見せるネギにエヴァンジェリンは楽しんでいた。
「マスター、あまりお楽しみを優先するのはどうかと」
「分かっている。本当に残念だがそろそろ終わりにしよう」
茶々丸がエヴァンジェリンに注意を促すと残念そうにしながらもネギの全力を見る事に気持ちを切り換える。
「氷爆!!」
「あうっ!!(も、もう少しだ)」
肌を少し凍らせながらもネギは目的地である学園都市と外の街を繋ぐ橋へと辿り着く。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。
来れ氷精 大気に満ちよ 白夜の国の 凍土と氷河を こおる大
地!!」
――ビキッ! ビキビキ――ッ!!
ネギの足元を真っ白な氷が覆い、氷柱がネギへと伸びて襲い掛かる。
「わ―――ッ!!」
身体に氷柱の一部が掠り、体勢を崩したネギは橋へと落下していく。
――ズシャァァ!!
「あぐっ!!」
一瞬地面に叩き付けられた痛みで意識が飛びかけたネギだが、
「も、もう少し……」
必死に這いずりながら立ち上がろうとしていた。
「アハハ、考えたな。確かにココなら万が一の時は外に逃げれば良いからな」
ゆっくりとネギの近くに降りてきたエヴァンジェリンが感心したように話す。
「だが、これだけで魔力を無駄遣いせずに来たわけではあるまい」
「くっ! まだ僕は戦えますよ!」
「いい目をしている……まだ切り札を隠しているという事か」
その言葉にネギは一気に後方に下がって、戦いの歌を唱え直して強化する。
「そうでなくてはナギには追いつ……こ、これは!?」
エヴァンジェリンと茶々丸の足元が輝き、光るロープが身体を拘束していく。
「捕縛結界か!」
「そ、そうです。これで勝てるとは思っていませんが時間は稼げますよ」
そう告げてネギは呪文の詠唱に入る。
「確かにその通りだ……茶々丸」
「ハイ、マスター」
エヴァンジェリンの声と同時に茶々丸の耳飾りからアンテナのような物が出て結界を破壊していく。
「くっ! や、やっぱり対応策があったんですね」
「フフフ、そういう事だよ、ぼーや」
慌てて後方に飛んで茶々丸の攻撃を回避するネギ。
「いい手だったよ。本来ならば、ここで私の負けは決まっていた」
「結界解除プログラム……科学の勝利です」
――そんな事ないわよ、ネギ!
「ちっ! 伏兵を用意していたとはな!」
ネギの後ろから、魔法銃で援護射撃する者とネギへと駆け寄ってくるアスナがエヴァンジェリンには見える。
「これでも食らいなさい!」
――バシュッ――!!
アスナはカモから教わったマグネシウムをライターで着火させて生じる閃光でエヴァンジェリンと茶々丸の目を眩ませている間に、ネギを抱えて後ろに下がる。
「ア、アスナさん、どうしてきたんですか!」
「あんたが心配だからよ!
いい! 私が参加するのは私の意志で決めたの……誰の責任でもないから安心しなさい!
カモ、準備はいい!」
「姐さん、失敗なんてしませんよ!」
アスナは強引にネギを抱えて、カモが書いた仮契約の魔方陣へと飛び込んでいく。
「今回は非常時だからノーカウントだからね」
「な!?」
――パクティオー!!
カモの声と同時に魔方陣が更に強く輝き、契約の成立を意味する。
"魔法使いの従者(ミニステル・マギ)"――アスナの誕生だった。
「す、すみません。アスナさんを巻き込んでしまって」
「こういう時は謝るもんじゃないわよ」
「兄貴、こういう時は礼と勝つことですぜ」
自身の力不足で落ち込みそうなネギの頭を軽く叩いてアスナは笑ってみせる。
「お願いします……僕、勝ちたいんです」
「そうこなくちゃっ兄貴ー」
「勝つわよ、ネギ!」
「はい!!」
意思を統一してアスナとネギはエヴァンジェリンと茶々丸の前に立つ。
「神楽坂 明日菜……忠告を忘れたのか?」
「忘れてないけど……ほっとけないのよ!」
「情で動けば……いつか後悔するぞ」
「それでも見捨てる事は私らしくないの!」
睨みつけるように話すエヴァンジェリンを同じように睨み返す事でアスナは意地を見せる。
ここで少しでも怯むと自分が自分でなくなると言わんばかりにアスナは不退転の意思を見せ付ける。
「まあ今回限りにするのなら引き返す事も可能だろう。
平穏な時間というのは本当に貴重なものだからな。
茶々丸、相手をしてやれ」
「分かりました、マスター」
「条件は五分とはいかんが……二対二だ。
今夜は私を生徒だと思わずに全力で掛かってくるがいい」
「……はい」
その声と同時にネギとエヴァンジェリンは詠唱を開始し、アスナと茶々丸は互いに接近して……何故かデコピンの応酬をする。
二人の魔法使いは魔法の射手を撃ち合い、互いの攻撃を迎撃しているが徐々に自力の差でネギが追い詰められて行く。
このままではジリ貧になると思ったネギは一つの賭けに出た……幸いにも事前に用意した一つの策がまだ使える状態だった。
(……短期決戦。今なら勝てるかも……じゃなくて、ここしかない!)
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」
「来たれ雷精 風の精 雷を纏いて吹けよ 南洋の嵐」
「来たれ氷精 闇の精 闇を従え吹けよ 常夜の氷雪」
「お、同じ呪文かよ! あ、兄貴、打ち合う気なのか!?
カモの叫びにアスナと茶々丸は動きを止めて二人を見つめる。
「雷の
暴風!!!」
「闇の吹雪!!!」
詠唱の完了と同時にネギからは雷を纏った暴風が吹き荒れ、エヴァンジェリンからは闇を纏った吹雪が吹き荒ぶ。
放たれた瞬間はほぼ同じ威力に見えたが……徐々にネギの放つ雷が押され始める。
「くっ!」
「どうした、ぼーや。その程度なのか?」
余裕を持って話すエヴァンジェリンにネギはもう一つリィンフォースから教わり、ずっと練習していた……最後の切り札を切る。
毎日毎日練習して積み重ねてきた遅延発生という時間差を用いた技を……捕縛結界に追い詰めた際に使用する予定だった呪文を解放する!
「解放!」
「なにっ!」
「雷の暴風!!!」
「あ、兄貴! 兄貴の最大級の呪文を連発なんて無茶だ!!
一発でガス欠だぞ」
押し込まれていた雷の嵐は新たに発生した雷の嵐の後押しを受けて闇の吹雪を押し返した。
――ドオン!!!! ゴオオオ―――!!!!
「ネギ!」
「マスター!」
アスナと茶々丸の声が二人が打ち合っていた場所に飛ぶ。
周囲に雪が舞い、風と雷が荒れ狂い……二人の主の姿を隠していく。
そして、心配する二人が見つめる中、吹雪と雷が消え去った後には……、
「全く……父親と同じで無茶をするところはそっくりだよ」
片手に気を失ったネギを抱えているエヴァンジェリンの呆れた声が響いていた。
ゆっくりとエヴァンジェリンは橋に降りて来る。
「……負けたのか、兄貴」
カモが残念がる声を漏らした時、
「いや、ぼーやの勝ちだよ。
私は魔法使い同士の戦いにズルをしたからな」
「へ? ズルって?」
エヴァンジェリンが苦笑しながら話し、アスナが意味が分からずに呆気に取られた顔をしていた。
「なに、とっさに吸血鬼の力を……霧に変化する事で回避したんだよ。
魔法使い同士だったら……ぼーやの勝ちさ」
エヴァンジェリンがアスナにネギを渡し、背を向けて歩き出す。
「気が付いたら褒めてやれ。お前は間違いなくナギの血と才を受け継いだってな」
「……エヴァちゃん」
「マスター」
「ああ、久しぶりに封印の解けた今夜の戦いは楽しかったぞ。
さて、行くか」
「ハイ、マスター」
満足したという顔でエヴァンジェリンは茶々丸を連れて帰宅していく。
「見掛けはガキですけど……姐さんと同じいい女ですぜ」
惚れ惚れしたという顔でカモが告げると、
「なーんか、掌で踊った感じね。
パクティオーしたけど……意味なかったみたい」
活躍できずに終わった気がして、ちょっと不満な気がするアスナがその場に残っていた。
「ま、いっか。ネギが勝ったんだから」
「終わり良ければ、全て良しって事で」
気を失ったネギを背負ってアスナとカモも寮へと帰っていく。
「ま、こんなものか。初めての戦いなら健闘したものだね」
勝ち目の薄い戦いは最初から分かっていたが、ネギは今の自分に出来る全てを出し切ってみせた。
リィンフォースはそんなネギの奮闘を楽しげに思う。
「頭でっかちみたいだけど、頑張れネギ少年」
あれこれ考えすぎて思考が硬直しがちな点はあるが改善できるだけの余地もあるし、ノーテンキというかあまり悩まずに突っ走るタイプのアスナがいれば何とか
なると思ってもいた。
この後、リィンフォースは被害状況を確かめて報告して帰宅する。
長い夜はまもなく終わり、明るい陽射しの日常が始まる少し前の出来事だった。
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EFFです。
ネギ大健闘……でも魔法で勝って、勝負に負けたっポイってことで。
エヴァンジェリンが大人として胸を貸した感じです。
まあ、呪いの解呪の目処が立ってますから、ネギとの事は本気だけど本気じゃない感じですね。
それでは次回も活目して待て!
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