ちび刹那に使用されていた紙型を利用して刹那達の元に向かったネギとカモ。
彼らが刹那達を発見した時には既に悲劇(喜劇?)の幕は上がっていた。
「刹那の姐さん……テンパってるな」
「そ、そうだね、カモ君」
「兄貴、今会話に入ると巻き込まれる気がするから……ちょっと距離を取ろうな」
「え、えっと……」
「良いかい、兄貴。世の中には出来る事出来ない事っていうものはどうしてもあるんだぜ。
今の兄貴があの中に混じっても何も解決は出来ねえし……巻き込まれて、更に事態を悪化させる可能性だってある。
兄貴は知ってるだろ……真祖の姐さんのお仕置きの凄さを」
「う゛!」
エヴァンジェリンのお仕置きという単語を聞いたネギは蒼白な顔色になり、ガタガタと震え始める中で担任として責任を果たそうとするが、カモの慈悲深き説得
のという名の日和見な発言を聞いて責任感と自身が体験したお仕置きによる恐怖心の狭間で大いに揺れまくっていた。
……人間、誰もが自分が大事だと思うのは人が持つ性かもしれなかった。
麻帆良に降り立った夜天の騎士 二十三時間目
By EFF
少し離れた場所から月詠の様子を窺っていた千草とフェイトは自分達の計画通りに進まないのを見せ付けられていた。
「……あきませんな」
「弱くはないさ。ただ……向こうの方が一枚も二枚も上手なだけだ」
「そうどすな」
二人の視線の先には、エヴァンジェリンと月詠の戦い……いや、ワンサイドゲームのような戦闘があった。
「くっ!」
「甘いな」
二刀を用いた連撃から始める自分の技が通用しない。
まず一撃目が捌かれ、軽い一撃をもらって動きを止められ……ニ撃目が出せない状況へと追い込まれる。
連撃で相手を有無言わせずに追い詰めていくのが月詠の戦い方。
だが、最初の一撃で躓いてしまっては……その後の攻撃が続かずに失速する。
「その鉄扇、頑丈ですねー」
相手の持つ鉄扇を破壊しようと決めて、攻撃を加えてみるが通用しない。
斬鉄――文字通り鉄を斬る神鳴流の技で武器破壊しようと試みるが、自分の持つ気で強化された剣とは違うはずの鉄扇が苦もなく受け止めている。おそらく魔力
で強化されているのか……傷一つ付かない。
しかも再度連係の攻撃ではなく、重い一撃で武器破壊しようとしたら……拍子を合わせて、そのまま勢いを変えられて地面に叩き付けられた!
自分の力に相手の力を合わせた投げ技、自分の強力な一撃がベクトルを変えられて……そのまま自分に返された。
衝撃で地面が陥没し、自身が放った力そのものが自分へと撥ね返ってくる。
「合気柔術ですかー?」
「そんなところだ。百年前に手習い程度で始めてみたが……存外に役に立つものだ」
「……百年ですかー?」
鉄扇を開いて口元を隠しながらエヴァンジェリンは月詠だけに聞こえるように囁く。
「……もしかして、闇の福音さんですか?」
関東魔法協会に籍を置く人外の存在など数えるほどいない。
理事の一人が仙人?ではないかという噂も聞いた事がある月詠だが……一番ありえる可能性を考慮して聞いてみた。
「そんな名前もあったな。なんせ二つ名どころか、無数の悪名が今も鳴り響いているからな」
「いやはや、そんなお強い人が来るなんてーやっぱり挑発だったんですねー」
間延びした声で話す月詠だが、内心では結構焦っていたりもした。
負ける気はないが、なにぶん相手は真祖の吸血鬼でしかも……
まだ魔法を使っていないにも係わらずに自分を圧倒している。
自分が放つ力を逆手に取られてダメージが身体に蓄積していくのを月詠は感じていた。
いなされた空振り――空を斬る行為は体力を削っていく。無論、身体能力を強化し、修業によって鍛えられた月詠はそう簡単に動けなくなるなんて事はない。
しかし、延々と当たらない攻撃を続けていくと心の疲労が蓄積して……いずれ身体の方に出てくる。
月詠が見る限り、相手はまだ本気で戦っているわけではないし、本気の攻撃さえも相手の防御を貫く事なく受け止められている。
(この人、堅い守りを持ったはるなー。どうやって抜こうか……難しいわー)
真正面からの攻撃が当たったとしてもどの程度のダメージになるのか……予想できない。
しかし、これほどの強さを持つ人物と戦える事が月詠にとっては心躍らせるものがある。
「貴様、神鳴流にしては随分と歪な形にしたものだな」
「そーですか? 自分ではそうは思いませんけどー」
「いーや、本来の神鳴流は一撃必殺の剛の剣だ」
距離を取って対峙しながらエヴァンジェリンの声を月詠は興味津々な様子で聞いている。
「連係の技もあるが……基本は一撃で決める。それが神鳴流だろう……違うか、刹那?」
月詠が魔法を知らない協力者達の足止めに使った式神を茶々丸と一緒に片付けた刹那に顔を向けずに声だけで尋ねる。
「はい、基本は気を用いた攻撃で敵対するものを一刀両断するが本来の神鳴流です」
「だが、お前の剣は明らかに連撃を主体にした小回りの利く速さに特化したものだろう?」
「そうですねー。速さで相手を翻弄して斬り刻むのが好きなんですー」
楽しそうに嗤う月詠。そんな月詠を見ながら刹那は呟く。
「トリガーハッピーならぬ……ブレードハッピー?」
「龍宮の耳に入ったら、背中に気をつけないと死ぬかもな」
「え゛? な、内緒にして下さい……お願いします」
刹那がルームメイトの龍宮 真名を一瞬思い浮かべて口に出したのをエヴァンジェリンが耳に入れて話す。
「確かに龍宮は銃使いだが、トリガーハッピーじゃないだろう。それともお前はトリガーハッピーだと思っていたのか?」
「そ、そんな事はありません!」
「そうか? 私が龍宮と言った時点で反応しているのが本音だと思ったぞ?」
「そ、そんなことは決してありません!」
慌てて否定するが、既に聞かれた言葉が消えるわけがなく……刹那は真名に聞かれた際に及ぶ抗議を思い浮かべて大いに焦っていた。
「なんや、センパイって……お茶目さんですえー」
「くっ!」
自身の自爆発言を聞かれ、月詠にからかわれた刹那はマイナス方向へ落ち込み始めていた。
「……話が逸れたな。大太刀を使い、一撃の破壊力を極めていく神鳴流に手数と速さを重視する貴様の剣はミスマッチだ。
才能があるおかげで使える形にはなっているが、剛の剣術を極めるの
が常な神鳴流では歪すぎる故に伸び悩む可能性も無きにしも非ずだ」
「…………」
エヴァンジェリンの指摘に痛いところを突かれたのか、月詠は黙り込み……彼女を見つめている。
「薄々感じていたんじゃないか……自分の限界に?」
「…………」
「ま、貴様の人生は貴様自身のものだ。思うように生きて後悔のないようにな」
「…………それはおおきにですー」
止めろという訳でもなく、否定するわけでもなく、在るがままの月詠を認めてるかのような言い方のエヴァンジェリンに月詠は幼子のように純粋に楽しげに笑い
ながら礼を言う。
「フン、どうせなら試行錯誤して神鳴流の天敵の流派でも興してみるんだな」
「それは面白いですねー。出来ると思いますかー?」
「知らんよ。そんなものはやってみないと答えは出ん」
「なんや突き放されたみたいで嫌やわー」
「そこの小娘相手なら十分モノになっているみたいじゃないか……後は修羅場を潜って生き残る事だ。
十の練習よりも、おおよそ一の実戦こそが人を強くする。力を得たいのなら、それなりのリスクを覚悟する事だな」
対峙しながら講釈を垂れるエヴァンジェリンに月詠は耳を傾けている。
そんな二人の様子を見つめていた千草は決断する。
「そろそろ、こっちも動きましょか。月詠は足止めとしては多少役不足ですが、それなりに役には立ってますえ」
千草の言葉通り、月詠とエヴァンジェリンは周囲の目を集め……目立つように存在していた。
全員の目が月詠と金髪碧眼の美少女の戦いに集中しているのは二人にとって好都合な状況だった。
「そうだね」
「うちが正面から出ますので、神鳴流の剣士に殺さん程度で且つ、動けんような一撃を加えて排除出来ますな?」
「奇襲で良いかな? 真正面からでも勝てるけど……少し粘られる可能性がある」
「上等ですわ。ま、無理やと思うたら即座に引いてもらっても構いません」
「良いのかい?」
「人目がありますさかい……派手にやり過ぎると後が面倒ですえ」
「……分かったよ」
「成功しても、失敗しても止まる事はあらしません。
関西は二分して内紛に突入する可能性は高いですよって……フェイトはんの目的は達した筈どすえ」
「…………そういう事にしておくよ」
探るように見つめる千草にフェイトは肩を竦めて返答している。
「千草も千草で何かしていたみたいだけどね」
「……お互い痛い腹の内を探るのは止めて仕事しますか?」
「そうだね。貴女を敵にするのは面倒な事になりそうだ」
「過大評価されるのも適いませんわ」
「それなりに人を見る目は有るつもりなんだ……」
そう話してフェイトは足元に在った水を媒介にして転移する。
「むっ!? 刹那、気をつけろ!」
「え? な、な……がぁ―――――っ!!」
「せっちゃん!!」
「ちっ! 奇襲とはやってくれる!」
「申し訳ありませんが、足止めさせてもらいますわー」
おかしな魔力の反応に気付いたエヴァンジェリンが刹那に注意を促したが、それ以上にフェイトの動きが早かった。
刹那の脇に瞬時に転移して十分に体重を乗せた震脚からの一撃を出して……刹那のわき腹へと突き刺さるような拳を打ち込んだ。
木乃香が刹那が突然目の前から吹き飛ばされたのを知って叫ぶと同時にエヴァンジェリンが舌打ちする。
そして刹那と木乃香を助けようと動こうとした時に月詠が足止めを伴った攻撃を始めていた。
「申し訳ありませんけどー、足止めさせてもらいますねー」
「…………死にたいのなら、もう一歩踏み出せ」
「へ? それって…………」
月詠が意味が分からずにエヴァンジェリンに尋ねようとした時、手足に鋭い痛みが現れる。
瞬時に動きを止めて周囲に目を走らせると……、
「……糸の結界?」
自身の周囲に張り巡らされ、身体を拘束する魔力で強化された糸に気付いて硬直する。
「……惜しいな。後一歩踏み込んでくれば、その首を切り落としたんだがな」
「ほんま、怖いお人ですねー」
自分には気付かせずに絡め取るように糸を出された手際のよさに月詠は感嘆の声を上げる。
こうなってしまうと本気で気を全開にして、糸を吹き飛ばすしかない。
だが、全力を出すまでに相手の方が先に首に掛かっている糸を軽く引くだけで……簡単に命数を絶つ事が出来そうな気がする。
「安心しろ。影を使って2、3キロ先に飛ばすだけにしておいてやる」
競り上がるように月詠の足元に影が全身を覆い隠していく。
「……え、ええと……ボッシュート?」
「そういう事だ。私は慈悲深いだろ?」
ニヤリと笑みを浮かべてエヴァンジェリンは月詠に軽く手を振って別れの挨拶を行う。
月詠は足元の影に身体の半分を沈め、上半身は競り上がってきた影に飲まれて……強制転移させられた。
「手間を掛けさせる。こんな面倒を押し付けるジジイは帰ったら……ぶん殴るか」
ため息一つ吐いてエヴァンジェリンは次の相手へと視線を向けていた。
「が、がぁ……」
フェイトによって弾き飛ばされた刹那は打撃に込められた力をその身に受けて地面に叩き付けられた。
地面に叩き付けられた勢いのまま二転三転して地に伏せる刹那。
そんな刹那の様子に木乃香は一瞬何が起きたのか分からない様子だったが、身動ぎしない刹那の様子に顔を青く染めていた。
「せ、せっちゃん! 「悪いね、君はこっちに
来てもらおうか」……い、いやや! うちは……」
邪魔者であった刹那を弾き飛ばしてから木乃香に手を伸ばすフェイトだったが、
「させません!」
「人形?」
逸早く茶々丸がフェイトと木乃香の間に割り込んで足止めを行う。
「近衛さん、今のうちに桜咲さんの元へ!」
「え、ええと…………「早く!」っ! 茶々丸さん! おおきに!」
茶々丸に礼を言いながら木乃香は刹那の元へと駆け出して行く。
フェイトは目の前の障害――茶々丸――を一瞥して、
「……邪魔はしない方がいい」
一言告げて茶々丸に自身の持つ牙を見せ付けるように動き出した。
「攻撃パターンC−02……対応する戦術パターンA−03にて迎撃」
自身のデータベースにある戦術プログラムを起動させて茶々丸はフェイトの動きに対応していく。
繰り出される攻撃をギリギリのところで回避、類似した攻撃パターンとの比較で次の動きを予測して対応し、学習する。
最初こそ、ぎこちない動きがあったが徐々に修正されてフェイトの攻撃を避けて、反撃を時折入れてくる。
「……人形にしてはやるね」
「人形ではありません……ガイノイドです」
「どちらでも構わない。ここで時間を稼がれて、逃げられるのは困る……本気で「そ
うだな……遊びは止めるか」 ――っ!!」
フェイトが全力で攻撃しようと動き出す前に影を使って月詠を強制転移させたエヴァンジェリンが背後からその手に魔力を集束させた強力な一撃を叩き込んだ。
「ちっ!」
「マスター!!」
だが、切り裂かれた身体は上半身、下半身ともに水へと変わって地面に落ちる。
そしてフェイトが出したと思われる悪魔の形をした式神らしき存在が上空から襲い掛かってくる。
茶々丸がエヴァンジェリンの前面に押し出て盾となり、牽制する。
人の身体を簡単に引き裂くくらいの事が出来そうな爪を捌いて、力のベクトルをずらしていく。
体勢を崩された式神が踏鞴を踏んで……硬直し、そんな僅かな時間的猶予を得たエヴァンジェリンが、
「舐めるなっ!!」
無詠唱で放たれる十二の氷の魔法の射手が着弾し、その動きを止める。
「……終わりです」
茶々丸がセーフティーを解除した状態のレーザーを目から照射して、悪魔の胸部を貫いて紙型へと戻す。
「桜咲の援護に行くぞ」
「承知し……マスター、新たな敵の接近を確認。数は2……これを排除します」
エヴァンジェリンの指示に従おうとした茶々丸は新たに現れた大きなヌイグルミみたいな姿の式神の接近を感知して報告する。
「……任せたぞ」
「承知しました。御武運を」
「ふん、一時的にも全開で戦うのだ……敵と呼べるような存在など居らんよ」
「……残念だけど、そうはいかないよ」
絶対の自信を口にしてエヴァンジェリンは優雅に歩き出すが、フェイトが少し距離を置いた場所から声を掛ける。
「マスター」
「フン、少しは歯ごたえのあるヤツが出てきたか」
一瞬エヴァンジェリンの身を案じた茶々丸が動き出そうとしたのを手で制止する。
「茶々丸、余計な事をするな。私が負けると思ったのか?」
「いえ、失礼しました。私のマスターは最強でしたね」
「そういう事だ」
己の迂闊行動を素直に認めて従者である茶々丸が恭しく頭を下げるのを当然の如く見る。
見ていた観客はド派手な演出に感心しながら、見物していた。
フェイトの強力な一撃を奇襲という形でマトモに喰らった刹那は吹き飛ばされ、息を乱した状態で立ち上がろうとしていた。
「せ、せっちゃん!? だ、大丈夫なんか!?」
「お、お嬢様……は、早くお逃げください(折れたか……だが、まだ戦える!)」
「なに言うてんの!? せっちゃんを置いて行けるわけない!」
口元から血が零れ出し、一筋の線を描きながら刹那が木乃香に逃げるように告げるが、木乃香は涙目で拒否する。その瞳から今にも零れ落ちそうなくらいに涙が
溜まっていた。
「せ、刹那さん!? しっかりして下さい!」
「ネ……ネギ先生?」
「そ、そうです。ちび刹那さんの紙型を使って此処まで来たんです!」
「ちょ、ちょうど良かった……今、その姿を大きくしますので、お嬢様をここから……」
ダメージで震える手で印を結んで真言を唱えて、刹那は小さかったネギを忍者の姿にして大きく変える。
「ネ、ネギ君? せっちゃんが!?」
木乃香はネギが突然自分のすぐ側に現れた事に驚きながらも、刹那の身を案じて話しかける。
「……このかさん、落ち着いて聞いてください」
「せっちゃんを、はようお医者さんに連れて行かな「落ち着いてください!」……」
「良いですか? 刹那さんはエヴァンジェリンさん達が助けてくれます。
それよりも、今はこのかさんが此処にいると不味いんです。
あの人たちの狙いはこのかさんなんです!」
「う、うちが狙われたせいで……せっちゃんが怪我したん?」
ネギの声に木乃香は呆然とした顔で反芻しながら尋ねる。
問われたネギも沈痛な顔になって肯定するように頷いていた。
「……かふっ…………お、お嬢様……ネギ先生と一緒に逃げて
ください……」
ダメージが大きいのか……虚ろな顔になり二人に向けて声を出す刹那。
「い、いやや! せっちゃんを置いてなんて行かれへん!」
目から涙を流しながら木乃香は駄々をこねるように刹那の手を取って話す。
「せっかく昔みたいに近くに居てくれたのにまた離れるなんて……」
「……お嬢様、私のことを思って下さるのなら、今はネギ先生とお逃げください」
力尽くで引っ張って行く事が出来ないネギが躊躇しているのを困った顔で見ていた刹那が説得する。
「いやや! せっちゃんを置いて「大丈夫です。エヴァンジェリンさんが病院に搬送してくれますから」」
嫌がる木乃香の手を掴んで刹那は苦笑いしながら告げる。
「お嬢様が捕まれば……私がここで倒れた意味さえも無意味なものになります。
お嬢様が無事であれば、この怪我も私にとっては価値あるものになるんです」
「……せっちゃん…………なんで、うちの為に……」
「お嬢様が……大切な人ではいけませんか?」
「う、うちにとってもせっちゃんは大切な友達なんえ……だから見捨てろなんて言わんといて!」
「なかなか麗しい……友情ですけど、そこまでですえ」
三人の背後から淡々とした声音で千草が姿を見せる。
「せ、せっちゃん!?」「刹那さん!」
「だ…大丈夫ですから……逃げてください……」
そして、その傍らに立っていた式神がネギと木乃香、刹那の間に割って入って分断する。
「詠春はんも……随分とヌルイお人やったわけか。
娘にはなんも知らせんとそこの小娘に護衛を押し付けた……危機管理がなってませんな」
「くっ! このかさん、僕の後ろに!」
ネギが慌てて木乃香を自分の後ろに庇うようにして千草の正面に立つ。
周囲に目を向けるとエヴァンジェリンとフェイトが互いに牽制しながら動きを止めて睨み合い、茶々丸が千草の放った式神を相手に足止めされて……こちらへの
援護は難しい状況に追い詰められていた。
「どういう事なん? 護衛って、なんやの?」
「な〜んも知らんお嬢様にはちと酷な話やけど教えてあげますわ。
そこで倒れている小娘はお嬢様の護衛役で影から守りながら、お嬢様の日常を守るために傷だらけの日々を送ってたんですわ」
刹那が慌てて木乃香に千草の声を聞かせないように動こうとしたが……千草が出した小さな子ザルの式神達に口を塞がれる。
千草から聞かされた木乃香は愕然とした表情に変わっていた。
「お嬢様がのほほんと笑い転げている最中も小娘は気を休める事なく、常に周囲を警戒していた……自分の日常を切り捨ててな」
「う、うそや!?」
「あんたのお父さんがそれを命令した……娘を守るために小娘を犠牲にしてな」
「ち、違います! 刹那さんは木乃香さんを大事に思っていたんです!!」
ネギが慌てて千草の穿った意見に反論するが、
「このかさんが大事な友達だから、守りたいと思ったからここに居るんです!」
「そやな。ぼうやが言ってる事は間違いやない。
でもな、結局は誰かを犠牲にしての平穏な日常には変わりませんえ。
実際にお嬢さんが京都に来れば、どうなるか分かっていたのに何ら手を打たないのは……甘いんとちゃいますか?」
「そ、それは……でも、ここまでするなんて誰も思っていなかったはずです!!」
「それが甘いんですわ。平穏な日常を維持するのは簡単でもありますが……難しいんですえ。
簡単にしたければ、関西呪術協会の不穏分子が消えるまで来なければええだけ。
敢えて渦中に飛び込んだのは……ぼうや達。ほな、お嬢様は貰いますえ」
「こ、このかさんは渡しません!」
「ああ、変な動きをするのなら小娘がどうなっても知りませんで」
厳然たる事実を突きつけて千草は式神に木乃香を連れてくるように指示を出す。
ネギが木乃香の手を取って慌てて駆け寄ろうと動くが式神が刹那を傷ついた部分に足をつけて、
「ぐ、
ぐはっ!」
「せっちゃん!」「刹那さん!」
ダメージをまざまざと見せ付ける行為を行って、ネギの動きを止めさせる。
「折れた肋骨が内臓に突き刺さったら……危ないわな。
どうします、お嬢さん。うちと来てくれないと……誰かさんが更に傷つきますえ」
「だ、だめや! この――がっ、ごふっ!」
「せっちゃん! や、止めて――っ!」
刹那を押さえつけていた式神が力を加える様子に木乃香は慌てて止めるように訴える。
「う、うちが行けば……せっちゃんを解放してくれるん?」
「ええ、ついでに治療もしましょ。ただし……うちに付いてくると死にますえ」
「え?」
「うちの雇い主はお嬢様を生贄にするお積もりやさかい……楽には死ねませんな」
「そんな事はさせません!」
「無理やで……ぼうやには出来ひんて」
千草から木乃香を庇うように立っていたネギだが、千草がネギの額に指を突きつけて真言を唱える。
「ネ、ネギ君!?」
突然、目の前にいたネギが人の形をした紙に変わり、紙はひらひらと地面に落ちていく。
「式神というもんですわ。これを見て驚くようやと……ほんまに何も聞かされていないみたいですな。
初めてにしては上手く使ってますけど、まだまだちゅう事ですわ」
「お、お嬢様……逃げてください…………」
口から血を流し、ダメージの深刻さが徐々に刹那の顔色を悪くさせるが……視線だけは未だ力が尽きる事がなく、射抜くような鋭さで千草を睨みつける。
しかし、千草は刹那の視線などまるで気にせずに木乃香のほうへと歩き出そうとする。
「さ、お嬢さん、行きましょか……恨むんやったら、なんも教えんかった詠春はんを恨むんやな」
「…………せっちゃんを助けてくれるん?」
「もちろんですわ。うちの役目はお嬢様を連れて行くこと。他の連中を傷つけたり、殺すのが仕事やおませんから」
「ダ、ダメや……行っちゃ……」
千草の差し出された手を取ろうとする木乃香を止めようとする刹那だが、伸ばされた手は届く事なく……木乃香の背中にさえ届かずに虚空を掴む。
(このちゃん……こ、こうなったら……)
ここで躊躇えば、何もかも失うと刹那は判断して……最後の切り札を出そうとしたが、
『サークルプロテクション!』
少し間延びした声が聞こえると同時に木乃香と刹那を守るように地面に魔方陣が輝き浮かんで、刹那を押さえていた式神を弾き飛ばす。
「なっ!? まだ他にも隠してたんか?」
慌てて後方に退いて、千草は周囲を見渡す。
しかし、周囲には該当するような人物の姿はなく、
「…………随分とまあ地味というか、存在感の薄い……隠れキャラですか?」
『ヒ、ヒドイです!』
よく見るとオモチャみたいな魔法の杖を片手に持った可愛らしい三頭身の女の子の姿をした相坂 さよが二人を守るようにフワフワと浮かんでいた。
「あ、相坂さん……い、いつのまに?」
「……さよちゃん、いつ、来たん?」
背中の翼を出そうかとしていた刹那と木乃香が唖然とした顔でさよを見つめていた。
『朝倉さんが……お二人のフォローするように言って、慌てて来たのに〜』
ファインプレーのはずなのに、何故か報われない……さよだった。
二人は自分達が守られていると知り、肩の力を一瞬抜くが、千草の方は即座に式神を使って行動を開始する。
「熊鬼! 壁を破壊してな」
千草の命令を忠実に守り、式神は結界を切り裂くように壁に爪を立てるが……容易には壊れんと言わんばかりに弾き返される。
「なんやて!? 地味なんはカッコだけで、中身は優秀やと言うんですか?」
『ああ〜〜!! また地味って言ったぁ―――!!』
自分の式神の攻撃を易々と受け止める結界に千草はちょっと驚いた様子でさよを見つめる。
(そりゃ見掛けはちょ〜とファンシーかもしれませんけど、それなりに力があるんですえ)
自分でも分からないが、何故か自分が作る式神は迫力のないファンシーなヌイグルミになる。
でも、その秘められた力はそれなりに有していると自負しているだけに……地味な可愛らしい人形みたいな使い魔が張った結界に負けてショックだった。
「ちっ! 残念やけど……ここまでか? フェイトはん、退きますえ」
防御結界を破壊出来ない訳ではないが、あまり派手な術をおおっぴらに見せるわけにも行かずに千草は舌打ちして……退く決断をする。
そして、ちょうど千草が茶々丸の牽制に出した二体の式神が茶々丸によって撃破された瞬間でもあった。
「……仕方ないね」
睨み合いという千日手の状態になっていたフェイトは千草の指示に逆らう事なく動き出す。
フェイトは肩を竦めて後ろへ飛んで、橋の欄干に立ち……そのまま飛び降りて、水を使った転移で移動する。
「……エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。まさか……真祖の吸血鬼たる貴女が出張ってくるとは思わなかったよ」
「ふん、私としては面倒事などゴメンだがな……これも仕事だ」
「そこのお嬢さん。うちの同僚、何処に飛ばしました?」
「安心しろ……嵐山辺りの川の真上に飛ばした。運が良ければ、風邪引く程度だ」
ニヤリと笑って月詠がずぶ濡れで居る事を示唆するエヴァンジェリン。
「そりゃご親切にどうもですえ」
式神の抱えられて千草は礼を言いながら宙を舞って何処かへと消えていく。
流石に月詠に死なれると契約とはいえ、神鳴流との関係がギクシャクしかねない可能性もあり、一安心したのか安堵の息を吐いていた。
『た、助かりました〜』
千草と睨み合う形になっていたさよはホッと一安心していた。
実のところ、さよが使える魔法で一番硬い防御だったが……そう長く持ち堪えられそうにない予感を感じていたのだ。
「さよさん、大丈夫ですか?」
『茶々丸さ〜ん……こ、怖かったです〜〜』
さよは涙目で声を掛ける茶々丸に抱きついている。
今まで戦いとは無縁な世界の住人だったので、こんなふうに対峙しての睨み合いなど初めての事だから……怖かったらしい。
「――ごふっ! かはっ……「せっちゃん!?」」
咳き込んだ拍子に血を吐き出した刹那の様子に木乃香が泣き出している。
「……お、お嬢様…………ご無事ですか?」
「う、うちは大丈夫。それよりもせっちゃんの方が!?」
「……私のことなら気にしないで下さい」
「なに言うてんの!? うちのせいでせっちゃんが……怪我したんやで!」
自分自身を蔑ろにするような言い方の刹那に木乃香が怒り出す。
「せっちゃん! お父様が何を言うたんかは知らんけど、せっちゃんがうちの為に怪我するのは間違ってる!
う、うちはせっちゃんとまた仲良うなりたかっただけなんや!!」
刹那の手を取り、その身体を抱きしめるようにして木乃香が話している。
「お、お嬢様……私の血で汚れるのでお放しください」
「いやや。ええか、せっちゃん? 友達っていうものは辛い事、悲しい事、苦しい事はみんなで背負って生きてくんや。
そして、楽しい事、嬉しい事は分かち合って笑い合えるようにするものなんや」
ただ真っ直ぐに自分の思いを告げる木乃香に刹那は上手く声が出ない。
「せっちゃんだけが傷つくのは間違ってるんや」
「……で、ですが「うちのせいで、うちの知らんところで、せっちゃんが傷つくのはいやや」……」
反論しようとするも涙目で見つめられると気恥ずかしくなって声が出ない。
「事情は後で聞くけど……うちとこれからも友達で居てくれるんやったら、ちゃんと教えて。
でないと……うち、せっちゃんの側に居られへんわ」
自分のせいで刹那が傷つくのが木乃香にとっては非常に辛い事なのだと真摯に話し、それが出来ないようならば……距離を取る事も辞さない。そんな意味を込め
た言葉で木乃香は刹那にお願いする。
刹那は自分の側から離れるとまで言い切る木乃香に大きく動揺し、話すべきか悩む。
「察してやれ、刹那。もう話さんわけには行かんだろう」
「…………エヴァちゃんは知ってんの?」
木乃香に助け舟を出すエヴァンジェリンを複雑な視線で見つめる刹那。
「ああ、お前が麻帆良にいる理由もジジイと詠春が隠している事も全部知っているさ」
「そ、それ以上は……ぐ、がはっ「せっちゃん!?」」
長である詠春の許可を貰っていない状況で事情を説明するのは不味いと判断した刹那がエヴァンジェリンに一声掛けようとして身体を動かそうとした時……限界
に達した。
慌てて木乃香が着ている着物を汚さないように手で口を塞いだが、その隙間から血が流れ出している。
「不味いぞ! 折れた肋骨が内臓を傷つけたか!?
茶々丸! ぼーやの位置か……いや、リィンフォースの緊急連絡しろ!」
「承知しました、マスター」
自身の身体能力に頼りきりで治癒魔法の習得を疎かにしていたエヴァンジェリンが険しい顔で茶々丸に命じる。
(ちっ! やはり……今後の事を考えると憶える必要があるのかも知れんな)
「いえ、その必要はないかと思われます」
「なっ!? こんな時に……目覚めるか?」
茶々丸の返事に文句を言おうとしたエヴァンジェリンが突然木乃香を中心に巻き起こった魔力の奔流に顔を顰めている。
「せっちゃん!」
荒れ狂うように魔力を放出し、光の渦の中心に立つ木乃香。
しかし、そんな幻想的な光景など目に入らないのか、木乃香はただ刹那だけを見つめている。
『はわわっ〜〜、す、すごい魔力ですね〜』
茶々丸に抱きついて泣いていたさよも驚いて泣き止んで、この光景を見つめている。
観客はこの光り舞う幻想的な光景に目を奪われて、今日のアトラクションは派手にやってるなと感心していた。
光りが徐々に弱くなり、霧散していく中で、
「ほう……近衛 木乃香は治癒に特化した魔法使いになれる素養があったみたいだな」
刹那の傷が治っていくのを間近で見つめていたエヴァンジェリンが起きた状況を正確に把握して感想を述べる。
「……お、お嬢さま?」
「せっちゃん……これから家に行くえ」
「は、はい?」
いきなり実家である関西魔法協会に行くと言う木乃香に刹那は途惑っている。
「フン……家に行くか? いやはや……詠春の自業自得という訳だな」
木乃香の言い方に何処となく険が含まれていたのに気付いたエヴァンジェリンがほくそえんでいる。
「ちょ〜と、お父様に話があるよって……
な」
「クククッ……良いではないか、では案内してもらおうか、茶々丸」
「承知しました、ご主人様」
千草が去り、同時に茶々丸を牽制しようとしていた子ザルの式神も去って行った。茶々丸は式神が去った後はいつも通りにエヴァンジェリンの後ろに立ち、忠実
なる従者として存在していた。
そして、エヴァンジェリンの指示に従って、途惑う刹那を立ち上がらせる。
「エヴァちゃん、事情を聞かせてくれる?
なんや、せっちゃんはお父様の味方で適当にお茶を濁したような説明しかせんみたいやし」
「良いだろう、ついでにジジイの悪巧みも詳しく説明してやっても構わんぞ」
「おおきに♪」
学園長への意趣返しと言わんばかりのエヴァンジェリンの微笑に刹那は震撼する。
(…………終わった。長、申し訳ありません……御武運を)
怒り狂った木乃香のハンマー攻撃が吹き荒れそうな予感を感じた刹那は犠牲者になるであろう木乃香の父詠春の待ち受ける運命に天を仰ぐ。
「桜咲さん、健闘を祈ります」
「茶々丸さん、フォローしてくれないのですか?」
「あれほどまでにお喜びになっているマスターの邪魔をするほど野暮ではございません」
茶々丸の視線の先にはエヴァンジェリンが嬉々として木乃香に事情を説明するシーンがあった。
エヴァンジェリンの従者である茶々丸が主の意向に背くわけもなく、刹那は暗澹たる気持ちで木乃香の実家でもある本山へと向かう事になった。
―――ククク、次回は血の海が
見られるかもな(BY エヴァンジェリン)
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EFFです。
エヴァンジェリン大活躍で刹那の見せ場がない。
しかも千草による事情暴露によって……刹那、木乃香に怒られる。
まあ木乃香にすれば、水臭いし……父親が一番の親友に押し付けた仕事を知って腹も立つでしょうね。
原作を見る限り、詠春って信用、もしくは信頼できる部下がいないのでは?と考えた事もありました。
案外、指導者としての資質がないから、部下に舐められているのは?と穿った事も考えてもいます。
それでは活目して次回をお待ちください。
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