「世界と世界の狭間の空間に研究施設を作るのは凄いネ」

リィンフォースに付き合って、アークメイジ―プレシア・テスタロッサの研究室に入った超は頻りに感心している。
空間の扱いが魔法使い達と違うのは次元移動を知れば知るほど明確に分かってくる。
この場所への入り口が超の魔法使いとしてのスキルでは感知できなかった。
リィンフォースと自身のデバイス――フレイムロード――からの指摘で入り口をようやく知る事が出来た。

(フム、私の知る魔法を進化させても……魔導師には近づけないかも知れないナ)

自身が放つ魔力を精霊に 与えて効果を発動するのが魔法使いが使う魔法であり、魔力を緻密 な術式を用いて効果 を発動させるのが魔導師が使用する魔 法

(アスナさんの魔法無効化能力も自然現象をキャンセルす る事は出来ないネ)

魔力を精霊に与えて、精霊に自 然現象を発動させる魔法では魔力を消去すれば……無力化される。
しかし、魔導師は魔力を精霊に与えずに自然現象を発動させるの で、アスナの認識外、そして手の届かない距離から発動する魔法では防ぎようがない。

(天候を制御する魔法というのは単独で行うのは無かたと思てたが……此処に在るヨ)

アスナが魔導師の魔法を無力化するには発動前に接近するしかないが、地上ではなく……上空に描かれた魔法陣をかき消せるかは現時点では不明だ。

(次元跳躍系の攻撃魔法を 発動されたら……今のアスナさんでは勝てないネ)

アスナが自分の力を完全に制御できれば……ほんの少しだけ可能性があるかもしれないと超は考える。

(ア、でも自然現象として存在する雷撃は消しようが無いからダメネ)

自身の周囲の魔力を完全に消し去る力があっても、別次元で発生して送られる自然現象は防げない。
精霊を活性化させた雷ではなく、自然現象を掻き消すのはアスナには出来ないはずだと超は判断する。

(魔法無効化能力は魔法使いにとては危険なレアスキルかもしれないが……魔導師には脅威になりえないナ)

AMF――アンチマギリングフィールド――をフィールド系魔法として用いる事が出来る魔導師。
擬似的にとは言え……魔法無効化能力に近しい効果を発動させる魔法があるとは超の考えが及ばなかった。

(魔法使いと魔導師……進化の過程が異なる存在なのカ、それともこれから魔法使いが進化するかは分からないネ)

リィンフォースは麻帆良では魔法使いを信用してないのか……魔導師の魔法を必要以上に使用したがらない。

(仲良くなれば、一足飛びで進化できるチャンスを棒に振る魔法使い……滑稽かナ)

リィンフォースと魔法使い達の間には幾つかの隔たりがある。

一つ目は学園長の愉快な性格にリィンフォースがついて行けない事。

(学園長がもう少し真面目に仕事をしていれば……亀裂は広がらなかたネ)

二つ目は闇の福音と恐れられているエヴァンジェリンとの関係。

(元々エヴァンジェリンと魔法使いとの間に深い溝があったのは言うまでもナイ。
 しかし、それを師父にまで適用したのは失敗だたネ)

エヴァンジェリンを今尚犯罪者として扱い、嫌う面子が多々存在する魔法使い達。
事情を知っていても尚ごく自然に付き合えるリィンフォースを胡乱な目で見る者を注意しないのは責任者たる学園長の失策。

(断言してもイイが、今の学園長が亡くなた時が……エヴァンジェリンの最後かも知れないネ)

元犯罪者であり、相互理解を考えない連中がいつまでも危険な人物を放っておく訳がない。
封印が解ける前に排除して後顧の憂いを断つと先走る可能性だってある。

(上の連中はコレ幸いと言うかもネ)

擁護している学園長が居なくなれば、十分に考えられる展開なのだ。

(師父は魔法使い達のそんな雰囲気を感じ取ているかもしれないナ)

リィンフォースはエヴァンジェリンを嫌っておらず……恐れる事もない。
話を聞く限り……人間以外の知性体が存在している事を確認し、交流していたらしい。
そんな訳で吸血鬼という人外の存在だとしても恐れる事もなく……ごく自然に受け入れている。
もっともエヴァンジェリンを受け入れた事に関しては……自身も追われる立場だったのが原因かもしれない。

(システムに悪質な改変し、歪ませたのが人間カ……つくづく人は愚かなものダネ)

狂わされ、本人の意思とは無関係に暴走するように設定されたら……止めようもない。
そこへ追い打ちを掛けるように正義を掲げて永久封印しようと動き出す正義感溢れる連中……堪ったものではない。

(麻帆良でも……正義感が強過ぎるガンドルフィーニ先生あたりは苦々しく思ているんだろうネ)

生真面目で正義感が強く……魔法使いである事に誇りを持っているガンドルフィーニは悪の魔法使いを快く思っていない。
そして一般人と思い、魔法の事に首を突っ込みたがる自分を快く思っていないのも知っている。

(甘いネ。本当に危険だと思うのなら、さっさと排除するのがベターヨ。
 都合の良い時だけ利用しようとするから……師父に嫌われるのダヨ)

人の好奇心を甘く見過ぎていると超は思う。
人間という生き物は良くも悪くも未知なる物を知ろうとする感情が大なり小なり持っている。

(魔法の隠匿の徹底ができない時点で危機管理が満足に出来ていないと考えるべきなのだが……出来ていると勘違いしている)

専門家ばかりではないし、教師という職種に就いている為にその仕事も疎かに出来ない点を考慮しなければならない。

(片手間で出来るほど情報戦は甘くないネ)

人海戦術という大量の人員を使っての調査を出来ない以上は、どうしても通り一遍等の調査結果しか得られない。
だが、そんなやり方では自分の事を調べられるわけがない。

(それ故に寝首を掻かれる事になるのダヨ♪)

何もかもとまでは言わないが、魔法使い達の対応の甘さが大いなるチャンスを逃す結果へと繋がる。
不確定要素と判断し、即座に取り込む為に動いた自分と、色眼鏡で見つめて距離を取るという選択肢を取った魔法使い。
麻帆良学園都市に住む魔法使い達は自身のレベルアップのチャンスを失ったのは間違いないと超は思っている。

(私の計画が発動すれば、師父と魔法使い達の亀裂は修復不能とまでは言わないが……かなりの時間を要するだろうネ。
 もし、その隙に他の魔法使い達が師父と接触し、助力を得られれば……この地を去る可能性だてあるヨ)

魔導師の魔法を得られれば、魔法そのものが爆発的に進化する可能性が高い。

(ま、今更だけど、学園長も大魚を取り逃がしたネ)

持ちつ持たれつの関係ではあるが、リィンフォースは出来る範囲内と前置きした上で自分の計画に協力してくれている。
口ではそんなふうに話しているが、実際には非常に助かっている部分が多い。
特に魔法と科学の融合である新たな技術の提供には自身が持ち込んだ部分を更に発展させるだけの可能性があり、一科学者としての超の知的好奇心を満たし…… 万が一失敗した際に未来へと持ち帰れる知的財産と成り得るのだ。
超は楽しげに微笑みながら、前を歩くリィンフォースを見つめる。

(多謝ネ、師父♪)

万感の思いを込めて、心の中で礼を述べる超だった。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 三十三時間目
By EFF





薄暗く岩肌を見せる部屋の中央に一つのガラスシリンダーらしい物が置かれている。

「コレは一体?」

遠目からは中に何か入っているのが分からなかったが……近付いて見ると液体が満たされたガラスシリンダーに小さな女の子が目を閉じて眠っているように見え る。

「詳しくは知らないけど、ミッドチルダの技術を用いて作られた彼女の娘のクローンかな?」
「クローン?」

非人道的な研究な匂いを感じて超は表情を曇らせる。

「あまりイイ趣味とは言えないネ」
「まあね。娘を失った母親が諦めきれずに……生み出したのよ」
「…………ソウカ」

悲劇の果ての狂気……そんな言葉を思い浮かべる超に倫理を問う気はない。

「だが、肉体を作ても心までは作れるのカ?」
「それで一度失敗したのよ。生まれたもう一人の娘は……道具扱いされていたわ」

リィンフォースの記憶の中にあるフェイト・テスタロッサは言葉通り利用されていた。
娘のほうは純粋に母の為と頑張っていたのだが……報われなかったのは確かだった。

「失敗の原因は娘の育て方が違った所為もあるんだけど……」
「それは当然じゃないカナ……同じように育てるなど不可能ネ」
「でしょうね。記憶の複写だけでは絶対無理なのよ。
 プレシア・テスタロッサ自らが向き合って育てれば良かったんだけど……違う別人と思ってしまうのが怖かったのかな?」
「……複雑な問題ダナ」
「魂を完全に復元するのは不可能かもしれないね」
「それが出来れば、死者蘇生の魔法が生まれていたんだろうナ」

二人は眠り続ける幼子をどうしたものかと考えながら見つめる。

「研究記録を探してみるか?」
「まずはソコからネ」
『その必要はありません』

コンソールパネルへと手を伸ばしかけた二人にマシンボイスの音が耳に入ってくる。

「この子を守るためにあなたがいるのかしら?」
『その通りです。私の名はインテリジェンスデバイス・ミセリコルダと申します』
「確かフランス語で慈悲の言葉が含まれた短剣だたネ」
『はい。もしこの地に魔導師が来られなかった場合……アリシア様に慈悲を与えるように指示を受けています』

またややこしい事態になったものだと超もリィンフォースも気付かされる。

「あと何年ぐらい……保つ事が出来るの?」
『……二年が限界です』



「……そう(結局、娘を甦らせる事は出来なかったのね)」

気まずい空気を漂わせながらリィンフォースはプレシアの執念が実らなかった事を知った。

「……絶望のままに亡くなたわけカ?」
『いえ……プレシア様の御身体の方が……』
「そういう事か……結果を知る事なく、幕を閉じたのね」
「……無念という事ダナ」

聞いていた超も結果を知る前に亡くなったのが幸運か、不幸なのか……その優れた頭脳を以ってしても判断できない。
失敗していた場合は再び絶望を味わって……死んでいく結末だったのだから。

『アリシア様を救って頂けますか?』
「今すぐは難しいわね。来年の春になら……私の妹として育てるわ。
 実のところ、私も色々問題を抱えて、そんなに余裕がないの」
「……否定できないネ」

超もリィンフォースの状況を鑑みて納得する。

(未成年はさて置き……私の問題とエヴァンジェリンの問題を抱えていれば仕方ないネ)

ほぼ同時に重なる問題だけに最悪は麻帆良から出て行く羽目になる可能性もある。
出て行った場合なら拠点をすぐに構築できれば早期に引き取れる事もあるが、麻帆良に残れる場合は未成年ゆえに人道的な見地から学園長あたりが口出ししてく る可能性もある。

『……構いません。このまま慈悲を与えるだけかと想定していただけに希望が見えてきました』

躊躇う事なくリィンフォースの言い分を飲み込むミセリコルダ。
このまま誰も来なければ……プレシアの指示に従い、アリシアの命を救う事が出来ずに終わりを迎えたのだ。
二人にはようやく見えた希望の光に安堵しているようにも感じられた。

「正直に言うわね。私の周りは危機管理の意識の低い連中が多くて……春に来れるかどうか分からないのよ」
『…………それでもゼロではありません。
 私は、私を生み出してくれたプレシア様の真の願いを叶えたいのです。
 アリシア様はまだ幼く独りでは生きて行けません……デバイスたるこの身では救えないのです』

嘘偽りないミセリコルダの気持ちにリィンフォースは決意する。

「……分かったわ。必ず生き延びて……妹を迎えに来る事を誓う」
『それまでこの地で見守り続けます』
「ダメよ。この地で見守った後、アリシアの為にデバイスとして側に居る事を誓いなさい。
 あなたはプレシアの代わりにアリシアが幸せになるのを見届ける役目があるのよ」
『……誓います。プレシア様の分まで必ずお守りします』
「緊急時の連絡先を教えるわ。何かあった時は必ず連絡して」
『はい、承知しました』

フェイト・テスタロッサに母は救われたのは間違いない。
ならば、今度は自分がその借りを返すとリィンフォースは考えていた。

「……死ねない理由が出来たナ、師父」

口出ししなかった超が複雑な思いで子供を引き取る決意をしたリィンフォースを見つめていた。
超は茶々丸からリィンフォースの事で相談を受けていたので……事情を察している。
母親がアリシアの姉、もしくは妹に相当する人物に救われたと聞いた以上は義理堅い彼女には……見捨てられないのだ。

(如何なる困難があろうと見捨てられない……たた一人の家族を救てもらたからにはネ)

少々重荷があるほうが無理はしないし、無茶を繰り返して自滅するような真似もしない。
超はこの一件でリィンフォースが無茶をしなくなる事を願っていた。






時間通りに観光を終えて、ネギ達一行は約束の場所へと足を運んでいた。

「……そうですか、残念です」

一足違いで此処に来て貰う事が出来なかった事を刹那から聞いた詠春。
先にネギ達をナギがこの地で過ごしていた家へ進ませて、エヴァンジェリンと話している。

「諦めろ。例え招待されても来るとは限らんぞ。
 リィンは近衛の男が大っ嫌いだからな」

にべもなくフォローになっていない言葉を紡ぐエヴァンジェリンに詠春は苦笑いしていた。

「で、スクナは無事に封印できたのか?」
「はい、呆気なさ過ぎるほど簡単に出来ました」
「ま、あそこまでダメージを受けていれば簡単に出来るさ(実際は違うがな)」

中身は抜け殻だとエヴァンジェリンは告げる気はない。
今回の事件では、久しぶりの遠出を邪魔されたのは間違いなく……意趣返しの一つくらいはしたいという気持ちもある。

「……出来れば、確認したい事があったんですが」
「聞きたい事があるのなら自分から足を運べ……ジジイもそうだが、お前もヌルいのだ。
 アイツはフリーランスの魔導師でお前達の部下ではない
 今回の一件もそうだが……どうもお前達は気楽に物事を想定し過ぎるな」

エヴァンジェリンは淡々とした表情で二つの協会の長の認識の甘さを一刀両断する。
今回の事件は明らかに二人の先走りとエゴの結果だとエヴァンジェリンは思っていた。

「それともアレか……娘を囮にして反対派の始末を計画してたのか?」
「……そんな真似はしません」

憮然とした顔で詠春はエヴァンジェリンの意見をはっきりと否定する。

「言っておくが、私は魔法使いの師になる気はないからな」
「……ダメですか?」
「イヤだね。お前ら二人の尻拭いなどゴメンだ」

木乃香を魔法使いにしたいと考える場合、目の前の人物に預けるのが一番安全だと思うも……拒絶された。
こう言われては次善の策として考えていた計画で行くしかないと詠春は思う。

「アイツを魔法使いにしてみろ……そこら中から反発が出るんじゃないか?」
「……いや、まあ…………これも私の失敗ですか?」
「ハン。陰陽師を統べる長でありながら、魔法使いよりの思考をするのがそもそもの間違いだ」
「……同じような事を天ヶ崎君に言われましたよ」

苦いものを口にした時のように詠春の表情が曇り顰められる。

「……巻き込んですまなかった。ただその一言があれば……こうも抉れなかっただろうと」
「人の傲慢さは今も昔も変わらん。どうしようもなく醜く……汚いさ。
 こうは思わんか……力があるから暴力が生まれるのか?
 それとも人の持つ性質が暴力を肯定して……生まれるのか?」


力を得る事で 傲慢になり……人を踏 み躙る

それとも人の持つ性質が……人を踏み躙る事を肯定するのか。


「…………どうでしょうか」
「少なくとも600年以上生きてきた私を化け物と罵り……手段を選ばずに殺そうとした連中は平気で道を外していたぞ」

正々堂々ではなく、吸血鬼だから何をやっても赦されると考えていた連中が居た事をエヴァンジェリンは知っている。

「麻帆良にいる連中だって……口では綺麗事をほざいている。
 分かっていないのかも知れんな……自分達が簡単に人の命を奪える力を何のリスクもなしに使えるという現実を」

刑罰という法の制約を魔法使いは受ける事がない。
あるのは魔法使い同士のモラルだけで……バレなければ、人殺しだって容認される可能性もある。

「自分達が化け物と罵る連中に対抗できる化け物だと……考えた事はないのかもしれん」
「…………」
「強くなる事で平穏を得られたが……あったのは孤高という名の孤独だったぞ」

静かで穏やかな時間ではあったが、同族は存在せず、ただ独り……。

「私を殺して名を上げようとするバカは大勢いたが、それも何度も返り討ちにしていたら……来なくなったな」
「マッタク退屈デ、ツマンネェ時間ダッタゼ。
 敵ガ来ネェンジャ斬リ刻メネェジャネエカ」

エヴァンジェリンの頭の上に乗っていたチャチャゼロが当時の話をする。

「ゴ主人ハ本ヤ魔法ノ研究ヲシテイタガ、コッチハヤル事ガネェンデ、酒飲ンデ不貞寝スルシカネェ」
「フン」

従者の言い分など知った事ではないと言わんばかりにせせら笑うエヴァンジェリン。

「ヤット、外ニ出タカト思エバ、男ノ尻ヲ追ッカケルダケ」
「黙れ、チャチャゼロ!」
「シカモ、呪イヲ掛ケラレテノ放置プレイダゾ……随分ト丸クナッタモンダナ」
「……言いたい放題言うな」

こめかみにバッテンと浮かべて怒りを顕にするエヴァンジェリンの様子を見ても何処吹く風というようにチャチャゼロは怯える事なくエヴァンジェリンの頭から 飛び降り隣に立つ。

「……アンナ碌デナシノ何処ガ良カッタンダ?」

からかう為に過去を穿り返したのではなく、真剣に聞いてくるチャチャゼロ。

「言ッチャ悪イガ、ゴ主人ハ捨テラレタンダゼ。
 闇ノ福音ト恐レラレタ真祖ノ吸血鬼ノ誇リヲ……捨テタノカ?」
「…………そうだな。捨てられたというのは否定できんな」

ジッと見つめるチャチャゼロに少し間を置いてからエヴァンジェリンが自嘲めいた苦笑いで言葉を返す。

「三年経ったら……呪いを解くなどと言いながら未だ放置されているのは厳然たる事実か。
 詠春、お前の元にいたのに私は放置されていた」

ナギがここで何らかの研究をしていたのかは聞いたが……日本を去る時に関東魔法協会に来なかった。

「やはり、アレか……魔法の呪文を忘れて、アンチョコも失くして……"ま、いいか"で逃げたのか」
「ソウナンジャンェカ……アイツ、イイ加減ダカラナ」

そんな事はないと言いたい詠春だが……友人の性格とずぼらな部分を知っているだけに複雑な表情で黙り込んでいる。

「……光に生きろ。
 私を闇に落としたのが魔法使いで、光に行けというのも魔法使い……」
「調子ノイイ事バカリ言ウノガ人間ダゾ」
「……そうだな」

(あのバカは何処をほっつき歩いているんだ……)

エヴァンジェリン達の会話を聞きながら、詠春はこの場に居ない友人を恨めしく思う。

(女性を惹きつける魅力ある男なんだが……鈍いというか、無頓着すぎる)

「ま、いずれ会う事になるだろうから……言い訳を聞いてからだな」
「サッサトバラソウゼ」
「それも有りだな」

(さっさと帰って……土下座して謝れ!
 さもないと息子が酷い目に遭いかねんぞ!!)

ネギがエヴァンジェリンに弟子入りしたと聞いている詠春は表情こそ変えていないが……脂汗を流している。

「意趣返シニヨォ、アノボーヤヲ悪ノ魔法使イニシヨウゼ」
「そうなれば、派手な親子喧嘩をするかもしれんな」

クククッと楽しげに悪魔チックな笑みを浮かべるエヴァンジェリンに詠春の冷や汗は止まる事なく流れ続ける。

「なんせ、ぼーやはずいぶんと深い闇を抱えて生きているからな。
 ちょっと方向性を弄ってやれば……堕ちていくさ」
「ケケケ、育テ方ヲ間違エタノハ誰ダ?」
「周りの人間が贋者のナギ・スプリングフィールドという男越しで見たせいさ」

贋者というキーワードに詠春はネギの周囲の人間関係に不安を覚える。

「ぼーやはぼーや、ナギはナギなんだが……踊らされるダメ人間が多いからな」
「ケケケ、立派ナ魔法使イナンテ、後カラ付イテ来ルモノダゼ」
「称賛や名誉を最初から求めてるとは存外に俗物ばかりだな」

英雄は最初から英雄だったわけではなく、結果を残してから称賛、尊敬されていくものだとエヴァンジェリンは告げる。

「生きた英雄なんてものは……非常に扱い辛い存在だと思わんか、詠春?」
「…………」

嫌味ではなく、本気で口にしているように思えたからこそ……何も言えなくなる。

「あのバカは、もしかしたら魔法世界のお偉方に騙し討ちを喰らって……幽閉か、暗殺されかもな」

絶対にないと断言出来るほど綺麗な世界だとは詠春は思っていない。
魔法世界には未だに奴隷制度もあるし、賞金稼ぎなどという職業も存在する決して治安の良い場所だけではない事を知っている。

(まさかとは思いますが……)

「フェイト・アーウェルンクス……ずいぶんとまた懐かしい名が出て来たものだな」

ドクンと胸の鼓動が跳ね上がるのを詠春は感じた。

「顔は知らんが……ナギの旧敵の名が出るとは思わなかったぞ」

エヴァンジェリンがアーウェルンクスの名を知っていて詠春は複雑な気持ちを隠せずにいる。
まさか、かつて自分たちのパーティーが命懸けで戦った相手と同じ名を持つ人物だとは知らなかったみたいだ。

「ええ、イスタンブールの魔法協会から来たらしいんですが……ダミーみたいです」

苦々しい表情で取り逃がした人物の情報を話す。
"はっきり言うて、うちより強い人の足止めなんて出来まへん"と千草に言われ、詠春は嫌な予感を感じている。
千草の技量は間違いなく上位クラスだと見ているし、その千草が自分よりも上と断言する以上は疑いようがない。
前大戦のおり、世界を終わらせようと企んだ連中の残党ならば……最悪の事態すら考えられるのだ。

「……次の戦争が始まるかもしれんな。
 ま、私には関係ない話だがな」
「ツマンネェナ……サッサト呪イヲ解呪シロヨ」

戦争には興味を持たないエヴァンジェリンにチャチャゼロが不満な声を漏らす。

「……解呪ですか?」
「そうだ。あのバカは私の事など二の次みたいだからな……その思いあがりを後悔させてやろうかと考えている。
 "お前の掛けた呪いなどほんの僅かな時間稼ぎにしかならなかった"とな」
「……再び悪の魔法使いと恐れられるつもりですか?」
「さあな、十五年も幽閉させられたんだ……そろそろ世界を歩きたくなっても不思議じゃないだろう?」

幽閉という言葉に詠春は何とも言えない表情でエヴァンジェリンを見つめる。

「アイツは人手が足りないから、私を利用しただけだろ?
 十五年も働いてやったんだ……まだ足りないとでも言うんじゃないだろうな?」
「…………出来れば、今しばらくは麻帆良の治安を守って頂けませんか?」
「貴様の娘のためにか?」

一睨みしつつ、エヴァンジェリンは詠春の願いの確信に触れる。

「……否定はしません」
「フン! 自分の娘がそんなに大切だったら、身を守る術くらい教えておけ ば良いだけだ。
 最初にエゴを通したのはお前だ……自分のケツくらい、自分で拭いておけ!」

「それは、そうなのですが……」
「いい気なもんだな……娘さえ良ければ、他人の境遇など気にしないと?」
「そうは言いませんが……」
「人手が足りないのなら集めれば良い……ようするに自分の庭に余所者が入って来られるのがイヤなだけだろう?」
「ケケケ、器ノ小セイ人間ラシイ話ジャネェカ」

からかう響きを含んだチャチャゼロの物言いにエヴァンジェリンは嘲笑し、詠春は苦々しい表情に変わる。

「で、何人死んだんだ?」
「…………おそらくですが38名です」

おそらくと前置きして詠春は過激派の中でも更に強硬論を唱えていた面子から消息不明の数を挙げる。

「何もかも搾り取られて確認できなかったというわけだな?」
「……はい、酷い有様でした」

現場の確認に向かった術者からの報告を聞いた詠春は複雑な胸中だった。
確かに危険な思想の人物の排斥は必要ではあるが、もう少し穏健なやり方で排斥したかったのだ。

「生かしておいて……意味があるのか?」
「それでも死ぬよりはマシでしょう」
「そして負担は麻帆良やお前の部下達が請け負うのか?」

もし生き残り行動を開始した場合、火傷を負うのは詠春ではなく、他の人間だとエヴァンジェリンは示唆する。

「死人が出てから責任を取る前に、自分が汚れ役になってでも解決する気概はないのか?」
「それは…………」
「人の上に立つというのは綺麗事ばかりでなく、汚れる事を厭わない事でもあるんだがな。
 お前といい、ジジイといい……甘すぎるな。それとも人を甦らせる力があるとでも言うのか?」

糾弾の意味を含ませてエヴァンジェリンが詠春を叱るように問う。

「お前の娘が麻帆良に来てから、コッチの仕事は増加した。
 ま、死人こそ出ていないが負傷者は出ている事を忘れるなよ」

全部お前達の我侭から始まっているんだぞとエヴァンジェリンが告げている。
聞いている詠春は胃の痛みを覚えながら……もはや数えることも放棄した何度目かのため息を吐いていた。





「ここで父さんが暮らしていたんだ……」

詠春の案内で入った家の中でネギが嬉しそうに呟く。

「ネギせんせーのお父さんか……どんな人だったんだろうね?」
「蔵書を見る限り……イイ趣味な人みたいです。
 いや、まったく秘蔵というか、部数の少ない本がたくさん有るです」
「そうなの?」
「ええ、これなど……私が知る限り、日本には数えるほどしかなかったはずです」
「へー」

図書館島探検部の三人組は夕映の薀蓄を聞きながら室内の本のタイトルを見てはパラパラと内容を見るも、

「……読める?」
「いえ、ラテン語は流石に無理です」
「ネギせんせー、写真立て見つけました。
 中央にネギせんせーにどことなく似た人が写ってますよー」

のどかの声に全員が集まって写真を見つめる。

「中央で写っているのがナギ・スプリングフィールド……君のお父さんですよ」
「へー結構カッコいいじゃない」
「そうだね。ネギ君が成長するとこんな感じになるんだ」
「それも良いけど……この渋そうなオジサンって誰?」
「ア、アスナの病気が出たな」
「病気いうな!」

和気藹々と会話をする面子の中で、

「あれー? この人って……クウネルさん?」

のんびりとした口調ののどかの一声に夕映とハルナが反応する。

「……確かに似てるです」
「口元の楽しげに笑ってところはそっくりだよね」

そんな三人の会話を耳にしたエヴァンジェリンは隣にいた詠春に聞く。

「……どういう事だ?」
「……私も今初めて聞きましたよ」

聞き捨てならない話にエヴァンジェリンの咎めるような視線が詠春に向かう。

「のどかさん、この人、麻帆良に居るんですか?」
「た、多分……図書館島の最深部に」
「ええ、おそらくですが、リィンフォースさんが知っているはずです」
「確かに図書館島の最深部に到達したはずだった」
「そ、そ。メル友なのか、ツーカーの仲だったよ」
「と、図書館島か……?」
「ネ、ネギせんせー、最深部に凶悪な番人が居る みたいですよ」
「そうそう、それを倒さないと到達できないってさ」
「ば、番人ですか……?」

ネギ達がそんな会話を続ける中、

「人が呪いを掛けら れて苦労しているのを楽しんで見ていたわけか……殺すか?」
「オ♪ 俺ノ出番カ?」
「ジジイもイイ度胸だな……あの出っ張った頭を削り取ってやるか」
「マスター、その際は私にも一声掛けてください。
 私自身、今回の一件でリィンさんに掛かった負担を鑑みて……殴りたいという感情を抑え切れません」

エヴァンジェリンと従者コンビは古い友人に対する報復を計画していた。

(相変わらず悪趣味な事をしているな……アル)

もはや数えるのを止めていたが、それでも憂鬱な気持ちを抑える事が出来ずに詠春はため息を吐く。
少なくとも友人であるアルビレオ・イマが麻帆良に隠れ住んでいるのは詠春も聞いていない。
趣味の悪い、イイ性格の友人故に黙っていて欲しいなどと言った可能性も捨てきれないし、義父の愉快な性格を考えるとエヴァンジェリンがおちょくられている と判断してもおかしくない。

(お義父さん……あんまり調子に乗って、からかい過ぎると本当に殺されますよ)

エヴァンジェリンは意外と思慮深い部分もあるが……その姿通りに短気で頭に血が昇りやすい点もある。
何事にも限度はあるし、修復不可能なところまで行けば……悪い方向に進む事だってある。

(紅き翼のメンバーはタカミチ君……と私くらいしかマトモな人間がいなかったからな。
 ナギは後先考えないで勘で動くし、ラカンは頭まで筋肉っぽいし……アルは確信犯的な奴だった)

自身の親馬鹿な性格を棚に上げて詠春は生きている面子を思い出して嘆息する。

「とりあえずは最深部まで到達したリィンさんに聞くのが一番ではありませんか?」
「そうだな。私も限定解除で一度潜ってみるか」
「ソン時ハ俺モ行クゼ♪ 侵入者用ニ配置サレタ魔法生物ヲバッタバッタト切リ刻ンデヤルゼ!」
「根こそぎ狩り尽くして……ジジイらを困らせてやるか、ク、ククク♪」

(お義父さん……頑張って下さい)

自業自得だと思うが、義理の父・近衛 近右衛門の苦労を慮って心の中で同情する詠春だった。
この後、詠春はネギにナギがこの地で最後に調べていた資料を渡す。
受け取ったネギは詠春に礼を述べて、ホテルへと帰って行った。




「次の時代がそろそろ始まるのかもしれませんね」

ネギを見送りながら詠春は感慨深げに呟く。
そして、出来得る事なら……血を流さずに新しい時代が始まって欲しいと願っていた。


尤も、そう願っている本人が自身のエゴから波乱を引き起こしているという事実の前には……心の底から本当に願っているのかという疑問点が多々あったが?







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

多分、麻帆良への侵入者って木乃香が来てから急増したんでしょうね。
結局のところ、詠春も近右衛門も自分達の家族の事を優先して、現場の人間に負担を増やしているみたいな感じです。
なんて言うか……それは上に立つものとして如何なものかと思います。
自分達の都合で人様に負担を強いるのなら……出す物をきちんと出しているのでしょうか?
お人好しな魔法使い達はこれも修行の一環などと偽善めいた事を口走っているんじゃないかと思う。
そんな事をしているから、上が調子に乗ってしまい……遊び半分で仕事をしているのかも。
ホント、悪循環だな。

それでは次回でお会いしましょう。




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