人は誰もが眠りに就くと夢を見る。
過去を振り返る夢、願望や希望を基に見る楽しい夢や罪の意識に苛まれる悪夢など様々な形がある。

「個人的に言えば、まだ一年程度しかない私は振り返るなんて事はあるのかしら?」

夢だと思いつつ、何故この場にいるのか?
周囲は黒く染まり、闇を形成し……自分の存在だけが光を放っているようにも感じられる空間にリィンフォースは浮かんでいる。

「……夢なら、そのうち目を覚ますはずだよね?」

空間転移に失敗したわけでなく、気が付いたらこの空間に閉じ込められていた。

「人を招待したんなら……そろそろ出てきて欲しいんだけど?」

誰かに告げるわけじゃなく、ただ呟いただけ。
しかし、リィンフォースの漏らした呟きに反応して闇の一部が脈動する。
闇の一部が切り離され、人の形を形成し始める。

「それって……嫌がらせ?」

徐々に形付く姿にリィンフォースは眉を顰めていく。

「なんで私の姿になるんだろ?」
『決まっている……これが私の姿でもあるからだ。
 初めましてと言うべきかな……闇の書より生まれし者よ』
「夜天の書でしょ?」

聞き捨てならない言葉にリィンフォースが訂正を求めるように話すが、

『夜天の書ではお前は生まれる事はない。
 闇の書によって生み出された……それが真実だ』

どこか嘲笑うような空気を醸し出して事実だと告げてくる。
見た目は自分であり、何処か見覚えがある知っている人物のような雰囲気が……。

「……いいわ。聞いてあげるから、さっさと話しなさいよ!」

リィンフォースは自分の中の何かを否定された気になり……苛立たしげに叫ぶ。

『後悔するなよ?』
「聞きたくないって言っても聞かせる気なんでしょ!」
『その通りだ。夜天は教える気がないから……代わりに教えてやろう。
 何故、夜天の書が闇の書になり……悲劇が起きたか?
 何故、お前が存在するか?
 その全てを知って……絶望する姿を見せてもらうぞ』

楽しげに笑い闇が色を得て、世界が一気に変わり始めていく。
リィンフォース自身が知らない歴史の幕が上がり始めた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 三十九時間目
By EFF




近代的であり、どこか古めかしい雰囲気の廊下をリィンフォースは歩く。
初めて見る風景なのに……心のどこかで懐かしさを感じて途惑う。
時折、騎士甲冑らしいものを装備した魔導師と会うが……相手は警戒もせずに通り過ぎる。

『姿は見えていないわよ……ここは古き世界。私達、書が記憶していた過去』
「……ふぅん」
『ここは"ゆりかご"……聖王が遠征する際に使用する船であり、城』
「……なんか恨みでもあるの?」

若干声の中に険が含まれていたのを感じてリィンフォースは問う。

『ある……そして全てを知った時、お前も恨むだろう』
「……そう」

時折、声は指示を出してリィンフォースを中心部へと導いていく。
そしてリィンフォースは辿り着いた場所で見た光景に……驚きを隠せない。

『聖王騎士団……書を持つ騎士達で構成されたベルカ最強の騎士団』
「……お母さん」
『そう……夜天の書は此処で生まれ、そして騎士に仕えていた』

リィンフォースが知らない母の姿が目の前にある。
玉座に王が鎮座し、騎士達が一堂に会した一枚の絵画のような荘厳で厳粛な光景の中に母がいる。
優秀で高潔な空気を身に纏う騎士達の背後にはそれぞれの従者である書が控えている。
何か胸の中が熱くなり……鼓動が高鳴る。

『この時はまだ幸せな時間だった』
「だった……?」

何か不穏な含みのある説明にリィンフォースは不安を覚える。

『夜天の書が闇の書になる前だ』

この光景に暗い陰を落とす内容にリィンフォースの不安は的中する。
そう……夜天の書が闇の書に変わる事は既に決定された事実であり、この後に何かが起きて……悲劇が始まる事に気付く。

『その通りだ。聖王の血族が途絶えた時に私が生まれ……地獄の始まりだった』
「……王の死?」
『そうだ。すべての悲劇は王に依存し続けた側に問題があった』
「……ふぅん」
『聖王は戦場に於いて絶対的な強さを持つ……ベルカの強さを示す象徴』
「ああ、そう……」

どこか他人事のように思い、あまり興味のない様子のリィンフォース。
しかし、内心では中心に在った柱を失う意味の大きさを理解して……複雑な気持ちになっていた。

『聖王が騎士の中心にあり、我らは強固な結束を持って勝ち続けていた』

『だが、聖王の血筋が消え……結束は解け』

『騎士団は……空中分解した』

場面が次々と変化し、ダイジェストという形で騎士団の崩壊する光景がリィンフォースの目に入っていく。
王という精神的支柱を 失い、騎士団の中には独自で行動しようとする者が現れる。

『これが人の醜さ……今更言うのも何だが、人って愚かで欲望に流されやすい生命体だと実感する』

「否定はしない……人の醜さは今も昔も変わらないわね」

酷い者には自身が新たな王に成り代わろうとする者もいて、騎士同士が争う場面もあった。
疑心暗鬼……一つの 野心から始まった小さな小火が、大火へと燃え広がる。
過去の映像ではあるが、結束が壊れ……内側から自壊する様子は見ていて気分の良いものではなかった。

『そして、一つの狂気が……を生み出した』

騎士達の中に聖王の復活を望む者が現れる。

『聖王の創生……失った王を新たに生み出し、栄華を取り戻さんとする狂気

聖王が復活されれば、失った栄華を取り戻せると考える者が増え始める。

『だが、それは無数の犠牲の果てにある狂気だった』

失われた聖王の記録から特にリンカーコアの研究を重点的に行い……そのを甦らせようとする。

『聖王の持つ魔力特性は非常に希少なものであり……自然に生まれる確立は零に等しい』

リンカーコアを後付けの形で聖王の力を持つ者を擬似的に生み出そうとするが……失敗を繰り返す。
血塗られた世界が 広がり、犠牲になる者が増え……狂気が更に加速す る。

『ならば、自分達の手で理想の王の生み出し……その血族を再生させる』
「ちょっと待って!!」

闇が何を言いたいのかを理解して……リィンフォースは青褪めた顔で叫ぶ。

『リンカーコアを蒐集し……無数の魔力特性を解析して、王の魔力特性を持つ人物、もしくは王を生み出せる母体を作る』

ニ冊の……主の居ない書が映像として、リィンフォースの前に出る。

『蒐集行使が出来る書は二つ。
 一つは天を総べる……総天の書』

一冊は自分が知っている夜天の書。
もう一冊は初めて見る……何処か懐かしく、しかしリィンフォースに不安を感じさせる書――総天の書――があった。

「や、止めて!!」

闇の声を遮ろうとして大声を発するリィンフォースだったが、

『総天の書の機能の一部をベースに作られた書……それが夜天の書。
 単体で行動し、敵のリンカーコアを奪い、その魔力特性を複製、行使する極めて特異な書』
「聞きたくない!!」

無情にも声は最も聞きたくない真実を明らかにさせた。

『王を生み出すために捧げられた生贄が……お前の母であり、機能を書き換えられた果てに生まれたのがだ』

夜天の書を改変して、記憶の一部を書き換え……自分達の目的に関する一切の情報を消し去り、目的を果たすまで書を維持させる防衛プログラムが後付けで加え られて、書のバランスが狂い出す。
本来の管制プログラムは書のページがある程度まで埋まらない限り目覚めず、完成後も暴走するように促して主を破滅させて……自分達の望む存在を生み出す為 の情報を集め続けるように仕向けられた闇の書が 完成する。

『目的はただ一つ』

『王を復活させる為にリンカーコアを蒐集する』

『如何なる犠牲を出そうが構わない』

「嘘よっ! そんなの信じない!!」

その声は澱みもなく、何の躊躇いもなく……リィンフォースの心を苦しめるように周囲に響き渡る。
リィンフォースは夜天の書が闇の書に変わったのは欲に塗れた魔導師が勝手に改変して……偶発的に歪められたと考えていた。
しかし、話を聞く限り……組織が意図的に狂わせて、犠牲を生み出す事を前提に改変した事になる。
騎士というものに多少は誇りのような物があったリィンフォースには、とても信じられなかったのだ。

『お前もまた……狂気の果てに生まれた道具になる可能性もあるのだ』
「イ、イ ヤァァァァァァッ!!」

心の底から全てを否定し、リィンフォースは絶叫する。

『心せよ……いずれ奴等が必ず来る…………その時に備えよ』

世界が暗転し、リィンフォースの意識も消えていく時に苦笑する響きが混じった警告の声が届く。

『精々足掻くがいい……道具ではなく、人として生きたいのならな』

どこか煩わしいように告げる声だが、リィンフォースには何故か優しげにも聞こえた。

(……エヴァに似てる…………本当は誰よりもお人好しなのに……すぐに突き放すんだから)

皮肉げに嫌味ったらしい物言いがエヴァンジェリンとそっくりな点に少し怖さが薄れる。
優しいくせに素直じゃないヒネた言動は似すぎている。

『うるさいぞ! バカ娘が!』

本当にそっくりだと思いながらリィンフォースは夢から目を覚まそうとしている。
もう少し話したかったという思いと、自分が此処にいる理由を知った動揺を抱えながら……覚醒しようとしていた。



充電を兼ねた待機モードでリビングにいた茶々丸は突然耳に入ってきたリィンフォースの悲鳴に即座に動く。

「リィンさん!?」

慌てて周囲の状況を確かめるべくセンサーを稼動させるが……特に異常はなかった。
それでも心配でリィンの部屋の前にすぐさま駆けつけると、リィンフォースの部屋の前にソーマ・赤が立っていた。

「良い処に来てくれた! すまんが俺の代わりに部屋に行ってくれ!」
「分かりました!」

緊急時ではあるが……女の子の部屋へ入る事を躊躇っていたソーマ・赤の言い分を聞いてドアを開ける。
そこには、あまり部屋を小物で飾らないシンプルな部屋のベッドで蹲るリィンフォースの姿があった。

「ご無事ですか!?」
「何事だ!?」

「ケケケ、敵襲カ?」

リィンフォースが悲鳴を上げたことに非常事態と判断したエヴァンジェリンがクリムゾンムーンを起動させてチャチャゼロへの魔力供給を行って現れる。

「何があった、リィン?」
「どうして? どうして……私は………こんな事のために……作られたの?」

エヴァンジェリンの問い掛けに応えずに、リィンフォースは茫然自失となって虚ろな眼で一人呟く。

「しっかりしろ!」

―――パーンッ!!

「マ、マスター!?」
「落チ着ケ、ショック療法ッテヤツダ」

リィンフォースの頬を平手打ちするエヴァンジェリンに混乱する茶々丸を注意するチャチャゼロ。
呆然としていたリィンフォースが徐々に気を取り直していく。

「エ、エヴァ!!」
「な、なんだ!? いきなりしがみついて……」

まるで幼子のようにしっかりと服を握り締めて離れようとしないリィンフォース。
その肩は小刻みに震え……何かに怯えていた。

「……茶々丸」
「はい」
「とりあえず落ち着かせるために……温かいお茶だ」
「承知しました」

周囲に敵はいない事を確認していた茶々丸はエヴァンジェリンの指示を聞いてお茶の準備を行う。
エヴァンジェリンは怯えているリィンフォースを落ち着かせるように背中を優しく撫でて、茶々丸が用意したお茶を飲ませる。
ガチガチと歯の音を鳴らしていたリィンフォースがゆっくりと温かいお茶を口にして心を落ち着かせていく。

「……ごめん。夜中に騒いで」
「気にするな……で、何を夢で見た?」

単刀直入に問うエヴァンジェリンにリィンフォースは複雑そうな顔で悩みながらも口を開く。

「多分、警告だと思う。私を狙う存在が来るかもしれないから気をつけろって」
「それは夜天さんが?」
「違うと思う。あれは闇の書の意思……何て言うか、非常にヒネくれて捻じ 曲がった愛情表現だと感じた」
「ホォ、ソレハウチノゴ主人ミタイナ感ジカ?」
「オイ、チャチャゼロ!」
「その通り。素直じゃないって言うか……もう少し優しく話して欲しかった」

ようやく冷静になってきたのか、リィンフォースは困った感じの苦笑で返事をする。

「とりあえず闇って呼ぶけど……夜天の書が闇の書へと変貌した背景と私が何故生まれたのかを教えてくれた」

嫌そうな顔で闇から聞かされた話を一同にするリィンフォース。

「……最低最悪でしょう?」
「そうだな」
「そうですね」
「ケケケ、頭ノ腐リ具合ガイイ感ジダゼ♪」
「外道って奴だな」

聞かされた面子は古代ベルカの騎士の所業にチャチャゼロがバカにしつつ、可笑しそうに笑う以外は顔を顰めていた。

「で、姫さんよ。いつ頃、来ると考えてんだ?」
「もし……守護騎士プログラムが稼動しているなら、麻帆良祭の時だと思う」
「なるほどな。確かに麻帆良祭の時は世界樹を中心にこの地域全体に魔力が溢れる」

ソーマ・赤の質問にリィンフォースが推測を述べ、エヴァンジェリンがその推測を肯定する。

「で、今は何処にいる可能性があるんだ?」
「勘だけど……世界樹遺跡の何処かに隠れ住んでいるんじゃないかと思うのよ。
 主の居ない書だと思うから……身動きが取れないんでしょうね」

ソーマ・赤の再度の質問にリィンフォースは推測を述べる。
実際に図書館島には必要以上に立ち入る事を許されていないし、警備に関しても大司書長のクウネル以外は内部には配置されずに要請があった時だけ中に入る事 を許されているようなものだ。
訓練にしても決して最深部まで行く事はなく……謎めいた場所が幾つもある。
リィンフォース自身はクウネルの許可があるから、それなりに優遇されているが……本来は立ち入る事が決して許されないだろうと考えていた。

……そう世界樹の影響か、図書館島は非常に濃密な魔力溜まりで書にとっては居心地の好い場所の筈なのだ。

「一辺調べてみるか?」
「……ジジイを刺激するからパス。絶対に事情は話したくないから」
「ハン、あのジジイの事だから碌な事しないさ。貸しでも作って言い様に動く駒に仕立て上げられるぞ」
「学園長ですから否定できません」
「ケケケ、経験者ハ語ルッテカ♪ ゴ主人モソノ一人ダカラナ」
「……エヴァンジェリンも苦労してんだな」
「そうだ! あのジジイとウソ吐き野郎のおかげでイイ迷惑だ!!
 何が、三年たったら呪いを解くだ!! アイツはな! そう言って十五年も放置したままだぞ!!」
「そりゃまた……ずいぶんとまあ無責任な野郎だな」

呆れた顔でソーマ・赤はエヴァンジェリンの苛立ちを聞いている。
自身が告げた約束事を自分で反故にするのは人間らしい無責任さだと思うが、流石に相手が悪いだろうと思う。
見掛けは子供ではあるが、ああ見えても真祖の吸血鬼で太陽を克服した半端じゃなく強い存在だ。

(まさかとは思うが、自分に惚れているから恨みはしないだろうと考えてんじゃねえだろうな?)

愛情と憎悪は表裏一体。

人が容易にへと変貌するのは大概がそんな感情の変化だ。

……大切に思うがあまりに狂う。

誰よりも愛しいから自分だけのものにしたい。

一途に思い……その果てに狂う。

深い愛情ほど、反転すれば……強大な憎悪へと変わりやすい。

(本当にナギ・スプリングフィールドって男は、自分で自分の首を絞める……バカなんだろうな)

吸血鬼の言葉通り……エヴァンジェリンはを内包している存在なのだ。
いつまでも大丈夫などと考えては不味い。
何故なら、ナギ・スプリングフィールドは既にエヴァンジェリンの想いを一度……拒否している。
今現在はまだ未練が残っているが……その未練が永遠に続くとは限らない。
人の気持ちというものは変わる可能性があるのだ。

(まあ、別にあの男がエヴァンジェリンに殺されても問題ねえし……好きにしてくれだな)

自業自得、因果応報と いう格言通りになるだけ。
少なくとも死んだと噂されるまでは何処かで生きていた。
三年経った時点で呪いの解呪に来れないようなら手紙でも良いから呪文の構成くらいは書いて送れば……拗れる事はなかった。
少なくともあの妖怪もどきのジジイは事情を知っているし……信用できたはずだ。
そのくらいの時間さえも無かったという事はないと思うし、連絡方法の一つくらいは確実にあったはずだ。

(やっぱ、あれかな……アンチョコ失くして、呪文忘れて……解けなくなったのか?)

そう考えるのが一番辻褄が合いそうなので……呆れてしまう。
そんなバカを尊敬する魔法使い達は、どうしようもなく救いようがないバカばっかりだとソーマ・赤は呆れていた。

「おう、エヴァンジェリン、チャチャゼロ……一杯やっか?」
「イイゼ。付キ合ッテヤンゼ」
「酒の肴は、どうしようもなく救いようがない魔法使いどもでどうだ?」
「ケケケ♪ ソイツハイイ肴ダ」
「フン、魔法使いがダメダメなのは今に始まった事じゃないがな。
 茶々丸、お前はしばらく付いていてやれ」
「承知しました、マスター。
 冷蔵庫に酒のつまみを作っておきましたのでどうぞ」

年長者三人?がリビングで酒盛りするために移動する。

「さ、リィンさん。私が側に居ますので安心してお休み下さい」

基本的に体の作りが三人とリィンフォースは違う。
多少の無理は出来ると知っているが、そんな無理をさせる気は茶々丸にはなかったので休むように告げる。

「……ねえ、茶々丸」
「はい?」
「私って…………何なんだろうね?
 人?、それとも都合のいい道具なのか な?」

無理に答えを求めているような感じではなく……自分でも不安になっている気持ちを漏らした呟き。

「そうですね。リィンフォースさんは私にとって大切な人ではいけませんか?
 少なくとも私も姉さんもマスターもリィンさんの事が大好きですよ」

すぐに答えねばならないと思い、茶々丸は今の自分が感じている気持ちを真っ直ぐに伝える。

「そっか……やっぱり茶々丸は優しくて、温かいね」

横になったリィンフォースが茶々丸の手を握る。
茶々丸は握られた手を優しく握り返して、リィンフォースに微笑む。

「分かった……茶々丸ってお母さんに似てる。
 どんな事があっても赦してしまう優しい心があるんだ」
「……そうですか。それは光栄ですね」
「エヴァはね、優しいけど……甘やかさないんだ。
 そのくせ、心配するから目を離さない」
「マスターは少し素直じゃありませんから」
「……そうだね……少し眠るね」
「はい、お側に居ますね」

目を閉じて、眠り始めるリィンフォースを見守る茶々丸。

「……どんな事があっても必ずお守りします。
 ですから、安心してお休みなさい」

自分を信じ、頼ってくる小さな手がある。
決してその手を奪わせない……、

「私は守り続けますが……リィンさんが最後に縋るのは夜天さん、貴女です。
 どうか、リィンさんの差し出す手をしっかりと掴んで……離さないで下さい」

この声が聞こえているかは分からない。
それでも言わずにはいられない茶々丸だった。



一方でリビングに移動したエヴァンジェリン達は、酒を飲んでいる。
チャチャゼロはリィンフォースの一件は頭から除外しているみたいだが、

「しっかし、まあうちの姫さんも数奇な宿命を背負わされたもんだな」
「フン、くだらん願いから始まった狂気というものを押し付けられたのは不憫だぞ。
 ああいうのは本人の意思とは無関係に忍び寄って……争いを招くものだ」

ソーマ・赤とエヴァンジェリンは今後の事を慮って話をしていた。

「ケケケ、ドウセ係ワル気満々ダロ。頭ノ腐ッタ連中ノ脳ミソヲカチ割ッテ、ブチマケテヤルゼ♪」
「ま、その点は否定せん。私が心配しているのは、「姫さんがにならねえか……だろ?」」

エヴァンジェリンの声を遮って話すソーマ・赤の意見に、エヴァンジェリンは顔を顰めて頷く。

「……姫さん、お袋さんのこと……大切に想ってるんだろ?」
「……ああ、自分がせっかくのやり直しの機会を奪ったとも感じている」
「そりゃ、また……不味いな。情の深い人間ほど……堕ちやすいんだぞ」

人が鬼に変貌するのは情の深さが切っ掛けになる事を二人とも知っている。
深く愛した男を理不尽に失って……鬼女となる昔話は東洋ではありふれた話であり、西洋でもポピュラーな話だ。

「で、どうすんだ? 姫さんに協力すんのは当然だが……鬼に「させんよ……それは母、夜天の望みではない」」

ソーマ・赤にとって、リィンフォースは結構気に入っている主みたいなものだけに……つまらん事になるのは避けたい。
になった末路な ど、大概は碌なものじゃないので興味をそそられない。
殺し、殺される世界の住人でも、やり方次第では幸せな末路を迎える事は出来なくはない。

「んじゃ……鬼にはさせないって事で良いんだよな?」
「ああ……そんな生き方は私だけで十分だ。あれはな、何も手に入らずに……虚しさしか残らん」

昔、自分を吸血鬼へと変えた魔法使いを殺した時、エヴァンジェリンはポッカリと胸に穴が開いたままでしばらく生きていた。
満足感など……浮かび上がらず、ただ……これで何かが変わるわけでもなく、何も変わらない事が確定しただけだった。

(そうだな……残されたのは忌まわしい吸血鬼として後ろ指を差されていく日々だけだった。
 リィンが勝たねばならないのは理解している。だが……それは人として勝つ事であって、鬼として勝つ事ではないのだ)

いつかは死が二人を分かつのは覚悟している。
しかし、エヴァンジェリンはリィンフォースが幸せに生きて……満足して終わりを迎えて欲しいと願う。

(フン、まだ先の話だが……な)

先に逝かれるのはいつもと同じであり、辛いが……いつかは悲しみも癒えるはずだ。

「父親であり、姉であり、母親役の三役をやるのは大変だな」
「言っておくが、父親役は 本意じゃないからな!!」
「ケケケ、似合ッテンノニナ」
「チャチャゼロ―――!!」
「オイオイ、ゴ主人、騒ギ過ギルト、起キチマウゾ」

今頃は茶々丸がリィンフォースを寝かしつけているはずと匂わせてエヴァンジェリンの暴発を抑えるチャチャゼロ。

「グ、グググ!!」

寝た子を起こすと言うチャチャゼロの言い分にエヴァンジェリンが口惜しそうな顔で睨む。

「フン! いいか! これ以上、余計な事を口にするようなら魔力供給を切るぞ!」
「ワーッタヨ」
「ぷ、ぷはは♪ なかなかおもしれぇ漫才ってやつか」

いつもと変わらぬ二人の会話を面白そうに笑って聞いていたソーマ・赤。

「黙らんか!」
「わーったよ」
「フン!」
「ケケケ♪」
「ククク♪」

怒鳴る事で一応黙らせてもエヴァンジェリンの憤る姿をチャチャゼロと一緒に楽しんで見ている。

(本気で凍らしてやるか……)

真祖の吸血鬼の怒りを屁とも思わない余裕が二人にはあった。

「……楽しそうだな?」
「当然だろ。俺は鬼だぜ……三度の飯より喧嘩好きっていう大馬鹿な化け物さ」
「そうそう♪ ああいう壊れた連中に嫌がらせするのは大好きさ♪」

ソーマ・赤がこの状況を楽しんでいるとはっきりと伝え、同じようにソーマ・青も一瞬ではあるが楽しげに答える。

「イイ性格シテヤガンナ」
「魔導師って奴は魔法使い達よりも頑丈で壊し甲斐があんだぜ。
 色々と制限はあるが、相手にとって不足はねえ!」
「ケケケ、俺モ久シブリニ楽シメソウナ相手ガ出テキタンデ……面白クナッテキタト思ッテタンダ!
 バッサバッサ斬リ刻ンデヤンゼ♪」

相手は魔法使いではなく、遥かに戦闘に長けた魔導師だというのに恐れる事なく……楽しもうとしている。
しかも生きてきた時間さえも自分達よりも長く……戦闘経験も豊富そうなヤバい連中だというのに不敵に笑う。

「異世界の最古の魔道書と最強の魔法使い……無論勝つのは私だがな」
「カビが生えていそうな古本だろ?」
「ソウダゼ。相手ハ頭ノ中身ガ、カビダラケノ虫干シヲ忘レタ穴ダラケノ古本サ」

弱気になる必要もなく、いつもと同じようにムカつく連中をぶっ壊して……地べたに這い蹲らせるだけ。

「フン、カビの付いた古本を触るのは手が汚れるから焼いてしまうか?」
「オウヨ♪」
「触ると呪われそうだから、さっさとお祓いして燃やそうぜ♪」

年長組の三人は不敵に笑う。
チャチャゼロは久しぶりの派手な殺し合いに。
ソーマは強敵になりそうな連中との戦いに。
エヴァンジェリンは真祖の吸血鬼の怖ろしさをその身に刻み込んでやろうと。
楽しげに杯を掲げて、酒を飲んで来るべき戦いのための英気を養っていた。


やるべき事を確認した後、ソーマ・赤はエヴァンジェリンに問う。

「ところでよ……エヴァン「エヴァで良いぞ」……んじゃ、エヴァの弟子は大丈夫なのか?」
「……さあな。ぼーやがどうなろうと私の知った事ではない」
「うわっ! すげえな……投げ遣りだぜ」
「ケケケ、原因ハ、アノ馬鹿ニアンダ」
「……親が馬鹿で無責任だと子供は苦労すんな」
「フン、一応稽古はきちっとしてやるさ……それ以上の事など面倒見きれんわ!
 あのぼーやの歪みは自分で気付いて、本人が変える気がない限り……どうにもならん類のものだ」

口で諭しても耳に入るか、どうか……不明。
と言うか、聞く耳があるのかさえ分からない。
実際に目の前とのソーマ・赤との手合わせがなかったら、危険だと言われている図書館島最深部へ潜り込もうとしたに違いないのだ。

「周りの大人は何やってたんだか……」
「期待だけを押し付けるしかない能のない連中だ」
「コノ場合、脳ミソガ無イ意味モ混ジッテルゼ」

有無を言わせずに裏の事情をあっさりと暴露してくるエヴァンジェリン。

「何が原因かは知らんが、あのぼーやは父親を神格化でもしているのだろう。
 無論、そういうふうにミスリードさせたのは……周りの大人だろうがな」

最初からだった訳ではないとエヴァンジェリンは考える。
周りが父親を褒め称えるのを聞き、父親に憧れるように仕向けたんだと容易に想像出来る。

「……いい大人が何やってんだか。
 だが、あの小僧にも問題というか……才能があったんだろうな」
「まあ魔力の大きさと頭の回転の速さは否定しないさ」

才能に関しては、悪くはないとエヴァンジェリンは見ている。

「十歳の小僧を荒事の場に立たせる時点でダメダメだぜ。
 何と言うか……大人の仕事に子供を使うような組織は先が無さそうだな」
「ク、ククク……まさにその通りだ」

ソーマ・赤の先が無いという発言はひどく耳触りが心地好い。

「あの爺さん、頭ん中、痴呆がそろそろ始まってんじゃねえか?」

憐れむような口振りで此処のボスである近衛 近右衛門の思慮の無さを指摘する。

「……遊びすぎと言うか、仕事と遊びとの線引きが曖昧すぎるぞ。
 ああいうのが上に居続けると緊張感が無くて、緩々の隙だらけになっちまうな。
 一枚岩の組織って奴はある程度の締め付けも必要なんだぜ」
「そうだな。押さえるべき所は、押さえているんだろうが……それでも甘いのかもな」

その甘さが今までの侵入者の増加を傾向の一因かもしれないとエヴァンジェリンは感じている。

「ちゃっちゃっと始末して不法侵入をする事の恐ろしさを見せつければ良いのさ。
 それ相応の代償があると分かれば、二の足を踏む小利口な連中だって居るだろう?」
「まあな。一罰百戒という意味合いでは必要なんだが」
「ケケケ♪ ソンナ事、ココノ腰抜ケドモニ出来ルワケネェサ」

見せしめに殺すなど出来るような覚悟のある連中が居ないとチャチャゼロは楽しげに告げる。

「犯罪者デモ身内ニハ甘イ連中ナンダゼ。
 魔法ガバレテモ、オコジョニナッテ数年シタラ元通リ♪
 命ヲ失ウワケデモネェ。ソンナ甘イ刑罰デ覚悟ナンテ生マレヤシネエゾ」
「チャチャゼロの言う通りだな。
 確かに麻帆良は魔法使い達が管理する都市かもしれんが……此処は魔法世界じゃない。
 そういう事を理解せずに魔法を安易に使っている連中も居たな」

悪戯好きのバカなクラスメイトがエヴァンジェリンの脳裡に浮かんでしまう。
魔法使いになる気があるのか、ないのか……判らない。
真面目に学ぶ気がなく、指導している教師を悩ませている。
そのくせ、子供っぽい悪戯にはバレない程度に魔法を使っている。

「ああいうおバカを切り捨てるのが一番なんだがな」

自分の都合で魔法を好き勝手に使用する。
一応注意はしているが……その場限りの反省で同じ事を繰り返す愚か者。

「小賢しい小悪党が目の前をウロウロするのは見苦しくて嫌だし、庇い立てする連中も気に入らん」
「昔ノ弱イゴ主人ハ魔法使イデ在ルト同時ニ吸血鬼ダッテバレネェヨウニ慎重ダッタカラナ」

チャチャゼロがまだ力の無い頃のエヴァンジェリンを思い出して話す。

「あの頃は逃げるしか手立てがなかったからな」

日の光はダメ、流水もダメというように弱点だらけの身体で正義を語る連中が嵩にかかって襲い掛かって来た。
望んで吸血鬼になったわけじゃなく、争いを好んだわけじゃない。

……ただ人間じゃないから受け入れられずに彼らの都合のいい正義の前に抹殺されかけただけ。

「呪いを掛けられて、今度は安全と引き換えに魔法使いの奴隷……しかも約束は守られないか」

三年経ったら呪いを解くと言った男は未だ現れず。
事情を知っているクソジジイは解呪に手を貸す事も無く傍観しているようなもの。
口では申し訳ないと囀っているが、自分達にとっては都合が良いから放置しているのかもしれない。

「そろそろしっぺ返しをしても構わないのかもしれんな。
 いつまでも闇の福音が格下の奴隷に成り下がっているのは業腹だ」
「ケケケ、リィンニハ頑張ッテ貰オウゼ。
 俺モ地ベタニ寝タママデ居ルノハ飽キタ!」

春にネギを相手にして一度失敗したように見せたのは偽装なのだ。
大本命の封印解除は順調に進行中で、遠からずその成果を油断している連中に見せ付ける!

「ク、ククク……いつまでも味方で居ると思わない事だな、ジジイ」

登校地獄の呪い自体が問題ではない。
その呪いを強化している学園結界と結界を支える電力が厄介な障害なのだが、核である登校地獄の呪いそのものがなくなれば……殆ど意味を為さない。
油断しているジジイが青褪める様子を思い浮かべてエヴァンジェリンは嘲笑っていた。







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EFFです。

リィンフォース誕生秘話です。
何故、夜天の書が改変されたのか……その点をこんな形で書いてみました。
よくよく考えるとシグナム達も原因は知らなさそうですし、起動、停止する度に情報が消された事も不自然。
何らかの意図があったのかと考えてみました。
そんな訳で、リィンフォースには二人の保護者が内部に居ます。
母親らしい夜天の書と保護を最優先している防衛プログラムの闇の書でしょうか?
ま、今後の展開を期待していただけると嬉しいです。

それでは次回でお会いしましょう。


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