―――夢を見ていた


―――幸せで満たされた……ありえない時間


―――ずっと望んでいた


―――それが偽りの悪夢だとしても


―――縋りたいと願う私は………………弱くて……愚かなのだろうか?





少女は足早に歩き出し、更にスピードを上げて駆け出す。

「お母さん! はやてお姉ちゃん!」

楽しそうに少女が先に歩いていた二人の女性の背に声を飛ばす。
二人の女性はその声に反応してゆっくりと振り返る。

「「リィンフォース」」
「うん」

銀色の長い髪の女性とボブカットの女性が駆け寄る少女を優しく受け止める。

「「ただいま(やな)」」
「おかえり♪」

夜天の王八神 はやてとリィンフォースの母――夜天がそこに居て……リィンフォースの存在を肯定する。

……ありえない現実

……されど、ありえたかもしれない可能性




「フン、泡沫の儚い夢だが、今は見るがいい……」

誰かの優しさと悲しみが入り混じった声が……何処かで響いた。





麻帆良に降り立った夜天の騎士 五十四時間目
By EFF




「悪魔パンチ―――ッ!!」

ボクシングのファィティングスタイルから繰り出されるヘルマンの攻撃をネギは回避し続ける。
この攻撃自体はおそらく石化の効果は無いとネギは思うが、万が一という事もあったのだ。

「ハッハッハッ! 避けるばかりでは私には勝てないぞ、少年」

明らかに挑発のニュアンスの声をネギは無視して反撃に移る。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル―――」

魔法の発動を促す起動キーを唱えながらネギはその背に抱えていた杖を取る。
綾瀬 夕映の機転によって制限がなくなった以上、ネギが躊躇う理由はない。

「魔法の射手 光の九矢――」

もっと多くの矢を集める事が出来たらとネギは切に願う。
たくさんの魔法の矢を作る事は可能だが、それを行うには……足を止めるしかない。
しかし、この状況で足を止める事は即ち、ヘルマンの攻撃を自分からもらう事に繋がるので儘ならなかった。
自分は強くなったと思う反面、ネギはまだまだ足りないものが多いと感じさせられていた。

「――桜華槍衝!!」

杖の尻に当たる部分に魔法の矢を集束させて突き出す槍術――桜華槍衝がヘルマンのわき腹に突き刺さるも、

「「がっ!!」」

ヘルマンもまた力の篭った一撃を返礼代わりパンチをネギに叩き込んでいた。
リーチの差を杖を使う事でカバーしていたおかげでヘルマンの攻撃は僅かに打点がズレていた。
そのおかげでネギはすぐに体勢を立て直していた。

「フ、フハハ……六年前と比べて随分と強くなったものだ」

互いの攻撃で弾かれるように距離を取るヘルマンとネギ。

「だが、あの日の化け物には……遠く及ばんがね」

"化け物"というキーワードにネギは表情を変化させる。
六年前、自分がヘルマンが化け物と示す人物に怯えた罪悪感が思い起こされる。

「サウザンドマスター……ナギ・スプリングフィールド。
 彼こそ、我々以上の悪魔だと感じないかね?」
「だ、黙れ!!」

自身の過去のトラウマを無理矢理思い出させる声にネギは反発する。

「彼のように化け物になろうとする者が「うるさい!!」……」

これ以上聞きたくないという感情がネギの中に噴出し……突撃させる。
尊敬する父親を化け物と感じ、逃げ出した自分の弱さを嫌う心が軋む音をネギは……聞いた気がした。



桜咲 刹那は剣を振りながら今の状況を苦々しく思う。

「――せっちゃん!」

後数歩という所まで誘導したのに……残り数歩が遠い。
放たれる影の刃を何度も斬り飛ばしても……即座に再生する厄介さ。

「くっ!(ステージから一定の距離までしか動かないというのか?)」

木乃香を傷付けるわけにも行かないし……最終手段と考えていた気絶させても無意味。
意識のない状態でも身体は勝手に動いて戦う自動攻撃。

(――陣の位置を変えよか?)
(いえ、これ以上近付けば……危険です!)

天ヶ崎 千草からの気遣う念話を感謝しつつ、刹那は状況を再度見定める。
確かに状況は好転しつつあるが、まだ油断は出来ない。

(ソーマさんと綾瀬さんが居なければ……どうなっていたか)

ソーマ・青と綾瀬 夕映が悪魔達を相手にしてくれているから刹那は木乃香に専念できる。
実際にソーマ・青と犬上 小太郎がステージ上に居るヘルベルトを除く悪魔を還した。
ネギもヘルマンを相手に一進一退の攻防を続けて善戦している。
夕映も二体の悪魔を相手に苦戦する事なく有利な状況で戦い続けている。

「―――影よ」
「ちっ!」

伸び上がる影の槍に小太郎が後方へ下がって回避する。

「男やったら拳で戦えやっ!!」

配下の下級クラスの悪魔を再召喚しながら自身の懐に侵入させまいとするヘルベルトに小太郎が吼える。

「生憎だが、私は武闘派ではありません」

ヘルベルトがにべもなく小太郎の言い分を切って捨てながら影を使った攻撃を続ける間にもヘルベルトの周囲の闇が蠢き……狭間より悪魔が湧き出てくる。

「刹那さん、交代しよう……僕に一つ手がある」
「え?」

地面を見ながらソーマ・青が刹那に告げる。
告げられた刹那は自分の手で助けたいという感情があリ、ソーマ・青の意見に迷い……返事が出来ない。

(……私の手でこのちゃんを救いたいんや…………)

京都では守り手として十分な役目を果たせなかった刹那は今回こそはと決意していた。
ソーマ・青の手助けが嫌と言うわけではないが、自分にも今まで護衛をしてきた自負もある。
矜持がある刹那は即座には返事が出来なかった。

「……分かった。好きにしていいよ」

あっさりとソーマ・青が折れる形で刹那から離れて悪魔達と戦っている小太郎のほうへと向かう。

「あ、あの……」

刹那が恐る恐るソーマ・青の背に声を掛けるも、

「だから好きにしていいと言った」

何処か煩わしげな空気を滲ませるソーマ・青の声だけが返ってきた。

「で、ですから「面子に拘って……目的を履き違えたバカには興味がないのさ」――ッ!!」

完全に刹那を見限るようなソーマ・青の変わり身に言われた方の刹那は絶句する。

「勘違いしちゃいけない。僕は彼女を救う義理も義務もないのさ。
 ただ、千草さんや小太郎くんが動くから此処にいるだけだ」

木乃香を救う事が最優先だったが、刹那は自分の手で助けたいという感情を優先した愚か者とソーマ・青が断じた。
だから刹那のやりたいようにやれとソーマ・青が切り捨てる形で決断した。

「僕はあのお嬢さんがどうなろうと知った事ではない。
 ただ……赤の弟分の小太郎くんが心配だから力を貸しているだけさ」

木乃香と小太郎のどちらかを選べと言われたら、小太郎を選択するとソーマ・青がはっきりと宣言する。
ソーマ・青の視線の先には複数の下級悪魔を相手にしている小太郎の姿がある。
自身の機動力を活かして、悪魔達に囲まれないようにしつつ確実に一体ずつ倒している。
このまま行っても大丈夫だろうと思えるが、何が起きるか分からないのが実戦である。
ソーマ・青にすれば、木乃香を助けるよりも小太郎のフォローを優先したい気持ちがあった。

「数に限りがあるとは思うけど……そんなに猶予がないんだよ」

時間を置けば置くほど増え続ける悪魔は自分達にとっては脅威ではないが、厄介な事は事実。
顎を木乃香に向けてソーマ・青がよく見ろと指示を出す。
刹那はその指示に木乃香を注意深く見つめると……その意味が痛いほど理解できた。

「このちゃん!!」

刹那の悲痛な叫びがステージに響き渡る。

「……う、うちは…だ、大丈夫やえ……」

大粒の汗を浮かべながら木乃香は刹那に心配せんでもええと笑いかけるが、その表情は青褪めて疲弊していた。
無理矢理身体の支配権を奪われて、強引に動かされ続けた木乃香の体力が限界に近付きつつあったのだ。

「分かるだろう?
 木乃香さんの意思ではないとしても身体は強制的に動かされ続けているんだよ。
 それなりに体力はあるみたいだけど、このまま時間を掛け続けるとボロボロに壊れる」

周囲にあった水を使って水の刃を生み出して悪魔達を迎撃しているソーマ・青が再度問う。

「で、どうする? このまま君の矜持で戦い続けて……壊すかい?」
「――っ!!」

状況の深刻さを理解した刹那の身体と思考が失う恐怖で硬直する。
待ったなしの状況で刹那は決断しなければならなかった。
自身のプライドを満足させて木乃香を見殺しに近い形で放置するか、誇りよりも木乃香の安全を最優先に救助するか?
二者択一……簡単で分かり易いが、刹那は自分が役に立たない護衛役と思い込まなければならない恐怖が待ち構えていた。
実際に役に立っていないわけではないが、自分を過小評価して、生真面目で自虐的な傾向のある刹那の勘違いだが。



「うっとしいわ!!」

小太郎はそこそこの強さを有している悪魔達を相手にイライラし始めていた。
一体一体はそんなに強くないし、タイマンやったらすぐに倒せると小太郎は思っている。

「俺を数で押し潰す気なんか! ナメとんのか!?」

数で押し潰そうとする悪魔達を狗神を牽制に使って各個撃破する小太郎。
同時に襲い掛かる悪魔の足止めに狗神を使って時間差を作って一対一の状況を作って数を減らしていく。
苦々しい感情を織り交ぜた視線が向く先はまだ配下の悪魔を召喚し続けているヘルベルト。

「人間の得意とする暴力の一つ……それは数だよ」

数の暴力……力の劣る存在が上位者に勝つ手段の一つを上位者である悪魔が使用する。
小太郎は数の暴力の厄介さを自身の目でつぶさに見ながら理解していく。

「ホンマ、いやらしいやっちゃな!」

ソーマ・青が放つ高密度に圧縮された水の刃が小太郎の援護をしているおかげでギリギリのところで状況を維持している。
ケンカ好きの小太郎もさすがに拮抗した状況では派手な大技で一気に打開する選択を迂闊に選べずにいる。

「……タメが掛かるっちゅうのを直すのが今後の課題やな」

ソーマ・赤に教えてもらった技は、小太郎にとっては凄い刺激的なものだった。

「ホンマ、見かたを変えたら……ああなるんやな」

発想の逆転というものがあんなにも面白い技になるとは思わなかった。
本来ならただの失敗に終わるはずの技術が……とんでもない破壊力の必殺技へと昇華した事は驚きだった。
まだ実戦で使用するには何もかも足りないが、完全に習得できた時が楽しみだった。

「ほな、そろそろガツンとやらせもらうで!」

狗神召喚と小太郎は叫んで影から十数匹の狗神を出現させる。
麻帆良に来て、ソーマの指導の下に改良した技を放つ。

「疾空黒狼牙・穿!」

銃弾のように回転力を更に加えて貫通力を強化した狗神が鋭さを秘めた矢の様に一気に悪魔達に襲い掛かり……分断する。
直撃した悪魔達の身体に穴を穿ち、分断させて数の少ない方へと小太郎は吶喊する。
狗神を拳に纏わせて、手の甲から黒い刃を鋭く長く伸ばして武装する。
まるで剣を逆手に持つような感じで身体を回転させて、回転を力に加え、刃を揮い悪魔を切り裂いていく。

「狼牙無双斬って名付けっかな?
 これ、ちょっと応用したら、足にもできっかも」

悪魔を切り裂きながら、小太郎は自身の強さを高める為に余念がない。
不敵に笑みを浮かべて悪魔を見つめ、更なる強さを得るための命懸けの実戦を重ね続ける。
自分が強くなっていると自覚し、どうしようもなく楽しく感じている小太郎だった。




ヘルベルトは現在の状況が不利な方向へと傾いている事を自覚していた。

(……伯爵)
(何かな?)

ヘルベルトは念話を用いてヘルマンに進言する。

(……一度下がるべきではありませんか?)

明らかに自分達に不利な戦況だと思う。

(……フム、確かに否定できんな)

ヘルマンもヘルベルトの言いたい事は理解しているのであっさりと肯定する。

(最初の行動の躓きが響いております)

ネギの知り合いを何人か人質に取る事が不発に終わった事が正直なところ……痛かった。
人質は大勢居た方が何かと都合が良かったのだが、手に入れる事が出来たのは事前に召喚者から聞いていた神楽坂 アスナという人物と近衛 木乃香の二人という想定外の事態だった。
予定では神鳴流剣士とネギ・スプリングフィールドの従者もこの場に人質として配置するはずだった。

(侭ならぬものだな)
(……全くです)

ヘルベルトとヘルマンの視線の先には自分に向かってきた悪魔を排除し終えて、小太郎達の援護に向かう魔導師と呼ばれる少女――綾瀬 夕映――の姿があった。
魔力量は見た感じでは一般の魔法使い達の量よりも多く、効率良く運用している。
そして一番厄介だと感じたのは、魔法を使う者にとって天敵のはずの魔法無効化能力が役に立っていない。
無論、一撃でヘルマンを還すだけの威力はなく、詠唱にも時間が掛かっているが……想定外の事態には変わりない。

(この分ではゲルトは……とうに還されたようだな)

一行に念話に応じないゲルトにヘルマンは既に還されたと判断する。

(……仕方ないな。今回はネ「は、伯爵!!??」)

ヘルマンの思考に割り込むようにヘルベルトの悲痛な叫びが広がる。
何事かと視線を向けたヘルマンは、その光景に声を失い……絶句する。

「は、はグ……しゃ…ギ、た…たす……」

足元に広がる闇がヘルベルトの全身を槍のように貫いている。
しかし、ヘルマンはその光景を不自然さを感じて途惑いの視線を向ける。
そう、あれだけのダメージを受けたら、如何に悪魔と言えど現界出来ずに還る筈なのだ。

「は……ぎ…く、くわ……消え……」

貫いた闇の槍がヘルベルトの全身を這いずるように覆い被さり、更に闇が身体の内部へと侵食していく。

「……何が起きている?」

ヘルベルトが必死に何かから逃れようとする姿からへルマンは可能性の一つに気付く。

「……まさか…………魂喰いなのか?」

ヘルベルトの口から泡が吹き出し、形にならない声が呼吸音のように漏れていく。
身体が必死に抵抗して震えていたが、その震えが徐々に治まり……

「ククク……なかなかに美味しい魂だったよ。
 感じからして、おそらく爵位持ちだな」

ヘルベルトと同じ声音でありながら、何か違う声が凍りついたステージに響く。
その声に残っていた悪魔達は震撼する……自分達の同胞を喰い殺した存在が現れた事態に。

「……麻帆良はこのような化け物も飼っていたのか?」


「おそいよ……もっと早く出て来てくれないと楽できないじゃないか」

周囲が驚愕で声を失っている中で一人暢気に声を出すソーマ・青だった。

「それは失礼したが、状況が変わった」

ゾーンダルク……この場に居る誰よりも深い闇の中で生きていた死神の登場だった。
血で血を洗う戦場で生まれた想念体が魂食いを繰り返して千を超える時間を生き延びてきた。
殺気を漏らすようなヘマなどしない生粋の魂の捕食者が其処に居た。

「……姫さまに何があった?」

少々の事で動じる事のない死神が何処か焦ったような響きを含ませて告げるとソーマ・青も態度を改める。
魔法使いの争い事に無関心のゾーンダルクが今になって動くという意味に警戒で若干声量も下がる。

「呪いを掛けられて半狂乱中」
「…………麻帆良が火の海になるかもね」

ゾーンダルクがシェード経由でエヴァンジェリンから聞いた内容にやや間を空けてソーマ・青が最悪の事態を予感して呟く。

「俄かには信じられないな」
「エヴァンジェリン曰く、科学チックな魔法使いに非科学的な呪いは不意を突き易いらしい」
「あ〜〜……そういう事か」

リィンフォースの弱点らしい問題点を提示されて、二人とも納得している。

「今後の課題になるね」
「そういう事だ」

微妙な空気を滲ませてソーマ・青とゾーンダルクがリィンフォースの弱点をどう改善するかについて考えている。
二人にとって既に戦闘は何気に眼中に入っていないみたいだった。
もっともゾーンダルクに喧嘩を売る悪魔は皆無であり、ソーマ・青に攻撃を仕掛ける悪魔も周囲に仕掛けられた自動攻撃型の水の槍に貫かれて次々と還らされて いたが。
そして自立行動型の呪いで固められた木乃香は、周囲から吹き上がった水が木乃香の身体をドーム状に包み込んで強制的に千草が用意した陣へと吹き飛ぶように 押し入れられていた。

「え、え、ええっ!?」

突然目の前で木乃香に起きた事態に刹那が何事かと誰何している。

「すまないね。事情が変わったから……遊びはここまでだ」
「あ、遊びって!?」

ソーマ・青が自分の仕業だと肩を竦めて告げる中で、千草は即座に動き出していた。
千草が真言を唱えると大地に刻まれた陣の先端部が輝きだして五芒星を形作り水が湧き出す。

「少し辛抱しぃや」

千草が一言だけ木乃香に告げ、木乃香がその意味を理解して頷く。
呪いという名の穢れを剥ぎ取るように浄化の水が木乃香を包み込み……徐々に削り取っていく。
削られた後には木乃香の白い肌が現れ、

「刹那! 木乃香を受け止めや!!」
「わ、分かりました!!」

陣から飛び出すように出てきたところを刹那が受け止める。
中にあった不浄なる穢れは水と一緒に固められて固体化していく。
そして固体化した呪いは千草が生み出した浄化の火に焼き尽くされていった。

「……もう一回やれと言われても無理やな」

心底嫌そうな顔で呪いの解呪を行った千草が呟く。

「お、おおきに……師匠」

疲労がピークに達していた木乃香は助けられた事に安堵して意識を失う。

「こ、このちゃん!?」
「大丈夫や。さすがに振り回されて……疲れたんやろ」

木乃香だけに意識を向けていた刹那とは違い、千草は気を抜く事なく全周警戒を維持している。
この辺りは実戦経験を積んだ違いだとソーマ・青は感じていた。



ヘルマンは険しい視線をソーマ・青へと向けている。
配下のヘルベルトが喰われた事も無視できないが、明らかに人の範疇を超えるような術を平気で行使する存在が居る。
立て続けに想定外な事が起こり、思わず事前に聞いていた情報との食い違いに苛立ちを感じていた。

「…………無能ときたか」

目の前の対峙するネギには聞こえない程の声量でヘルマンは封印を解いて自分を動かした人物をそう評価する。

「仕方あるまい……今回はっ!?」

―――蒐集開始

退き際を痛感したヘルマンが行動しようとした瞬間、全身に激痛が走り……胸から何かを掴んでいる手が生えていた。
そして無機質な声が聞こえると同時に激痛が更に酷くなる。

「がっ!? グ、グハッ!?」

胸に生えていた手を掴もうとしたヘルマンは自身の中の何かが砕かれる音を感じた。
正面に立っているネギも何が起きたのかまるで分からずに呆然とした顔でいた。


「……最悪だね」
「……そうだな」

ソーマ・青とゾーンダルクが何が起こったのか理解して、苦々しい表情である方向に視線を向ける。
二人の漏らした声を聞いていた千草と刹那も視線を向けた先には、

「……リィンはん(さん)」

別人のように冷たい無機質なガラス細工のような瞳でこちらを見つめるリィンフォースが現れ、

「ちっ! ぼーや! すぐに此処から離れろ!!
 今のリィンは呪いを掛けられて過剰防衛行動に出ているぞ!!」

端的にリィンフォースの身に起きた事を告げるエヴァンジェリンがネギのすぐ隣に影を使ったゲートを使って現れた。

「え?」
「天ヶ崎 千草! 近衛を此処からすぐに逃がせ!!
 魔力総量の大きいヤツから優先で仕掛けてくるぞ!!」

咄嗟の事にまだ状況が理解出来ないネギを一瞥しながらエヴァンジェリンはこの場で機転が聞きそうな千草に告げると、

「刹那! そこから離れ!」
「は、はい!」

千草は即座に刹那に指示を出し、反射的に刹那は跳ねるように千草の元に飛んだ。
まだ状況が分からないが刹那はこの場に居ては不味いと判断していた。

「あ、あぶな〜」

千草の安堵する声を聞きながら刹那は振り返ると、

「なっ!?」

空間を引き裂くように黒い手が木乃香が居た場所に出現していた。
ゾッと肌が粟立つような感覚を刹那が覚えるところへエヴァンジェリンの指示が飛ぶ。

「足を止めるな!」

ネギもその指示に逆らわずに即座に千草達の側まで駆ける。
エヴァンジェリンは非常に不本意な苦々しい表情でリィンフォースに牽制の魔法の射手を放つ。

―――エヴァンジェリン、ユニゾンを!

「ダメだ!」

エヴァンジェリンは夜天の声を無視するように攻撃を続行する。
覚えたばかりの不慣れな魔法ではなく、六百年の時間を掛けて鍛え上げた魔法でリィンフォースが展開した防壁を砕くも……回避された。
リィンフォースは無機質な瞳をエヴァンジェリンに向けて、

「…………攻撃…順位……変更………」

なんの感情を含んでいない虚ろな声で呟いている。

「貴様をまだ死なせるわけには……」

直感だが、エヴァンジェリンはユニゾンする事で夜天の残された時間を全て使い切ってしまうと予想していた。
残される悲しみというものが如何に苦しいかは自分の身を持って知っていた。

―――良いのです

「黙れ!」

何処か諦めた言いようの夜天にエヴァンジェリンが苛立つ。

「貴様はリィンフォースの母親だろう……娘に別れの言葉も掛けずに逝くのか!?」

―――そ、それは……

「可能性があるのなら、まずをそれを試してからだ!」

万全ではないのは自分もリィンフォースも同じ。
自分は麻帆良学園都市の結界で本来には到底及ばないが、リィンフォースも呪いの所為で酷く不安定なのだ。
半ば反射的に攻撃と防御を行っているのは明白で、付け入る隙は十分にある。

「ヴォルケンリッターを出す前に全部片付けてやる!」

残される悲しみに暮れるリィンフォースの顔は見たくはないとエヴァンジェリンは思う。
ここ数年、退屈で惰性で流される日々が続いていた。
力は制限され、自分などよりも未熟な精神の子供に混ざって終わらない学業に就かされる日々。
不死の吸血鬼にとって退屈な時間は滅びを撒き散らす毒みたいな物だったが、そんな日々に終止符を打つように現れたのがリィンフォースだった。
未知なる魔法に、周囲に居る綺麗事ばかりほざく魔法使いとは異なる価値観。
そして、中途半端な現状維持しか出来なかったバカ――ナギ・スプリングフィールド――に憤り、この退屈な鳥籠の中から解放してくれるであろう家族みたいな 存在のリィンフォース。
ここで母親である夜天とユニゾンすれば、確実に助けられるかもしれない。
だが、その先にあるのは悲しみに泣き沈む少女の姿があるかもしれない。
虚ろで見えているようで何も見ていないリィンフォースを必ずに元に戻すとエヴァンジェリンは決めていた。

「私は最強の魔法使いだ!
 いいか! 貴様にとって大切な娘であるように、私にとってもアイツは大事な家族だ!
 アイツを悲しませるようなマネを安易に選択するな!!」

―――ッ!! エヴァンジェリン!

「クリムゾンムーンやるぞ!」
『お任せを!』
「母親が娘の心に大きな傷痕を残すようなマネをするな!!」

主の決断に賛同するようにクリムゾンムーンもまた自身を生み出してくれたリィンフォースを必ず救うと決意していた。
ガシュッという音と同時に排出されるカートリッジがエヴァンジェリンの身に掛けられた呪いを一時的に軽減した。

最強の魔法使いと魔導師との戦いの始まりだった。





ネギ・スプリングフィールドは目の前の光景に目を奪われていた。
自身の師であるエヴァンジェリンの実力は分かっていた筈だったが……自分の想像以上だった。
そして、そのエヴァンジェリンと互角以上に戦い続けているリィンフォース。
どちらも六年前に見た父親と大差ない強さを秘めていた事が衝撃的だった。
息を吐かせぬ連続の魔法行使による苛烈な攻撃に幾層に積み重ねられた魔法障壁による鉄壁に近い防御。

「…………すげえな」
「二人とも万全でない状態であれだよ」

いつの間にか自分の隣にやって来た小太郎とソーマ・青の声さえも耳に入らないよう様子でネギは見つめ続ける。

―――闇より出づる 鮮血の刃

エヴァンジェリンの詠唱と足元に見知らぬ魔法陣が浮かび、黒塗りの刃が十二……周囲に出現する。

―――刃を以って、血に染めよ

同じようにリィンフォースも京都で見た魔法陣を足元に展開して、血塗られた剣を八本出す。

―――進軍せよ ダークブレイド!

―――穿て ブラッティーダガー

互いの詠唱の完了と同時にミサイルのように高速で飛び交う剣群。
それぞれの剣を思考制御しているのか、どちらも互いの隙を突こうと牽制と強襲を繰り返している。
一見すると互角にも見えるが、数の差から四本の闇の刃が間隙を突いてリィンフォースへと襲い掛かるも、

―――パンツァーヒンダネス

装甲障壁という意味合いを持つ魔法防壁が相打ちのような形で砕けるに留まる。

―――疾風なりし天神 今導きのもと撃ちかかれ

―――沈黙を呼ぶ氷の女王 我が声に従い集え

リィンフォースが以前、京都で使用した雷球が現れ、エヴァンジェリンもまた蒼く輝くクリスタルを展開する。
数はほぼ同じくらいの物が二人の前面に展開された事に全員が息を呑む。

「ちょ? 兄貴!?」
「う、うん!」
「刹那! うちの後ろに!」
「は、はい」
「小太郎!」
「わーってる!」

互いに大規模破壊の攻撃呪文を使用すると知ってネギ達は巻き添えを食わないように結界を慌てて作った。

―――フォトンランサーファランクスシフト

―――フリジットランサーアヴァランチシフト

互いの準備が整い、発射の声が同時に出る。

―――ファイア

―――シュート

雷の弾丸と氷の槍が互いに潰し合うようにぶつかり……破壊の衝撃が怒涛のように周囲に吹き荒ぶ。
複数の結界を複合させても大気の震えがやって来る。

「ぐ、ぐぅ……」
「き、きついわ」
「……勘弁してほしいな」
「まったくやな」

直撃ではないが、震動が結界を維持する者達に襲ってくる。

「あ、ああっ!? ネギ先生、た、大変です!?」
「せ、刹那さん?」

木乃香を抱きかかえていた刹那が慌てた様子で大声を出す。
ネギは何事かと結界を維持しながら刹那を見る。

「ア、アスナさんが……結界の外に!」
「え、ええっ!?」

刹那が何を言いたいか分かって、ネギ達は蒼白な表情で顔を合わせた。
結界越しでも伝わってくる衝撃を、もしかしたらアスナは……無防備に喰らっている?
慌てて全員がアスナの方へ顔を向けると、そこには球形上の輝く結界を展開していた夕映がアスナを守っていた。

「……アスナさん、絶対に力を使わないでくださいです」
「わ、分かってる!」

うっかり魔法無効化能力を使うなと指摘する夕映に何度もコクコクと顔を頷かせているアスナの姿がいた。
ネギ達はその光景にホッと安堵していた。

「……刹那」
「は、はい」

千草は刹那が抱えている気を失った木乃香を一瞥して……苦渋の決断をする。
刹那は千草が何を考えているかまでは判っていないが、表情から察して非常に心苦しい決断をしたと感じていた。

「エヴァはんの援護に木乃香の魔力を使って鬼を大量に召喚するえ」
「…………それしかありませんか?」

刹那もこの状況がそう長く続かないと分かっているだけに……千草にダメとは言えない。
一見互角に見えるがエヴァンジェリンが一時的に呪いを誤魔化して、かつての力を取り戻しているだけなのだ。
どのくらいの時間まで誤魔化せるか分からない以上は……短期決戦しか勝ち目は薄いと考えるしかなかった。

「鬼を召喚して……うちらは撤退するえ」
「殿をさせるのですね?」
「うちもあんたも万全やないし、ぼーやも小太郎も五体満足やないやろ?」

万全やったら援護も出来るが、この状況での援護は足を引っ張る可能性が高いと千草は考えて告げる。

「ぼ、僕は大丈夫「見習い魔法使いが師匠の足を引っ張ったらあかんよ」……」

ネギは何か言いたげな表情だったが、千草は一睨みで黙らせる。

「ま、そういう事だね。
 夕映お嬢さん、アスナお嬢さんをこっちに!」

ソーマ・青の指示に夕映も頷き、結界を維持しながらアスナを連れてくる。
二人が近くに来た時、エヴァンジェリンの大声が聞こえてくる。

「ちっ! バインドか!?」

リィンフォースが出した青いリング状の捕縛系の魔法がエヴァンジェリンの動きを押さえ込む。
慌ててエヴァンジェリンが拘束を振り払うように魔力を集める中、

「ま、不味い!!」

夕映達が合流した時、ソーマ・青がリィンフォースが行おうとしている事に気付き、動揺する。

「早く召喚を! 姫さまがヴォルケンリッターを召喚する気だ」

リィンフォースが見慣れない魔法陣を自身の周囲に四つ展開している。
動揺など殆どしないソーマ・青が焦る声を聞いて千草は即座に木乃香の額に札を貼り付けて、真言を唱える。

「オン――キリ キリ」

千草の真言が響き始め、周囲の地面に梵字が輝き浮かび上がる。

「――ヴァジャラ ウーンハッタ」
「ん、んぅ……」

苦悶と呼べるほどの深刻な響きではない木乃香の声が漏れる中、

「ちょ、ちょっとぉっ!?」

アスナが驚きの声を上げながら、周囲の地面から出現する鬼達を指差す。

「とりあえず三百かな」
「そうやね……流石にこれ以上出すのは……無理やね」

木乃香にこれ以上の負担を強いる気はないと千草が言外に匂わせる。

「それでも……精々十分持つかどうかだよ。
 姫さまが完全に固定砲台に徹しきれる状況じゃ……そんなものか」
「そうですね」

ソーマ・青と夕映の諦観めいた予想に千草に刹那、ネギ、アスナは絶句する。

「マジなんか?」
「僕はそうそう嘘は吐かないよ」
「そこもツッコミたいけどな」

小太郎だけが慌てずソーマ・青達の予想に疑問符を付けていた。

「魔力総量も木乃香お嬢さんより上だよ」
「え゛?」

あっさりと知っている事を告げるソーマ・青に刹那は蒼白な顔で吃驚していた。

「何となくそうなんやろうと感じてたわ」

あっさりと千草はその言葉を認めて頷いていた。
そしてリィンフォースが展開していた魔法陣から四人の騎士が出現してくる。

「ヴォルケンリッター……かつて姫さまの母上に従っていた一騎当千の強者」
「そして高ランクの魔導師が恐れ……竜種さえ打倒した古代ベルカの騎士」

最悪な事態ですと呟いた夕映の声が震えていた。




――麻帆良学園都市を廃墟へと化す事が出来る恐るべき騎士達が召喚された事を魔法使い達はまだ理解していなかった。






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EFFです。

とりあえず迷いつつも書く事にします。
いよいよリィンフォースの記憶の中にある頼れる仲間ヴォルケンリッターが召喚されます。
とは言うものの、リィンフォースの意識が不完全故に万全の状態ではありませんが。

それでは風雲急を告げる次回でお会いしましょう。




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