「え、ええっと……どういう事でしょうか?」

ネギ・スプリングフィールドは困惑した顔で目の前の人物――絡繰 茶々美――を見つめる。
あの事件以来、ずっと悩み抜いた末に"自分自身でも、簡単に答えを出せない"という事が分かり、師であるエヴァンジェリンにその事を伝えようとして彼女の 家へと向かった。
しかし、エヴァンジェリンの家に入ろうとした時、玄関のドアが開いて出て来たのが、目の前の茶々美。

「現在、別荘の一部を改修中なので当面修行は中断との旨をお伝えします」

簡単な自己紹介の後、茶々美はエヴァンジェリンからの伝言をネギに伝えて、家に入らせないようにした。

「あの、マスターと会いたいんですが?」
「申し訳ありませんが、現在マスターは御来客のお相手で手が放せません」
「……お客さんですか?」
「はい、お客人を持て成さなければならないので、ネギ先生とは学園祭が終わるまでは御面会出来んと仰られました」
「は、はぁ……」

エヴァンジェリンに客というのが意外だったのか、ネギは困惑したままの表情で聞いている。
少なくともネギが此処に通いだしてから、一度も客など来なかっただけにどう返事すれば良いのか迷っているのだろう。

「え、えっと……マスターの弟子だから、挨拶するのは不味いですか?」

他の魔法使いだと思ったネギは会ってみたい気になって聞いてみる。
エヴァンジェリンの元に来る魔法使いとなれば、実力者だと思うので経験談など聞いてみたい気持ちがあったのだ。

「それは禁じられてます」

しかし、茶々美はその事をきっぱりと拒絶して頭を下げる。

「な、何故でしょうか?」
「そうだぜ。兄貴は弟子だし、あのサウザンドマスターの息子なんだから会いたいと思うかもしれねえぞ」

ネギの途惑いと肩に乗っていたアルベール・カモミールが別方向からの援護を行うが、

「はっきり言いますと、魔法の秘匿について無神経なネギ先生とお客人を会わせられんとマスターが仰られました」

容赦ない意見に空気が凍り付いたとカモは思う。
事実、肩に乗っていたネギが衝撃の言葉に硬直して動きを止めている。

「キ、キツイ事言うじゃねえか」
「事実を申し上げただけです。マスターはネギ先生が赴任してから、ずっと見ておられました。
 その結果、不用意に会わせて、相手の事をベラベラと一般人に漏らす事で相手を不愉快な気持ちにさせたくないそうです」

カモが睨みながら茶々美に文句を言おうとしたが、茶々美が厳然たる事実を告げて黙らせた。

「勝手に入って来られるのは構いませんが、その場合はそれ相応の対処を行うそうです」
「……本気なのかよ?」

茶々美を通じて、エヴァンジェリンの真意を探ろうとするカモ。

「はい、既に登校地獄の解呪の目処が立ったので……ネギ先生の価値は大幅に下がっております」
「…………」

忌憚ない意見というか、洒落にならない意見に流石にカモも絶句する。
利用価値が大いに下がったとはっきりと言われ、明確な拒絶の意思を示されるとヤバいとカモは考える。
分かった事は、いつでもネギを切り捨てるようになったという事実。

(ま、まさかと思うが、兄貴に見切りをつけたとでも言うのかよ?)

カモの身体から冷たい汗が滲み出ていく。
元の関係まで遡ってしまえば、ネギとエヴァンジェリンの関係はとてもじゃないが褒められたものではない。
父親を挟んで、険悪な関係に近いと分かっていただけに……本来の位置関係に戻ろうとしているのかもしれない。
完全に停止した主と使い魔に茶々美は一礼して、ドアをゆっくりと閉める。

「カモ君、どうしようか?」
「しょ、しょうがねえよ。真祖の姐さんを怒らせるのは不味いし、相手の客も怒らせたら……マジでヤバイぜ。
 姐さんに恥じ掻かせたら……ダメだろうな」
「……そうだね」
「ま、学園祭の間だけの話なんだしよ。兄貴だってやる事が一杯なんだし、すぐに来れるようになるさ」
「それもそうだ……ね」

しばらくして、再起動を果たしたネギとカモは無理にエヴァンジェリンの家に入ろうとして怒りを買うのはダメだと判断して、深いため息を吐いて来た道を戻っ ていった。

(ハァ……ホントにヤバいかもしんねえな)

ネギには気楽っぽく大丈夫だと話したが、カモは薄ら寒いものを予感している。
出来る事なら外れて欲しいぜと心の底から願うカモだった。




麻帆良に降り立った夜天の騎士 八十時間目
By EFF




ネギがエヴァンジェリンの家の玄関で門前払いを受けているのを中から見ている者が居た。

「……ね、ねえエヴァちゃん」
「お前の言いたい事は分かるが、こればっかりは譲れんぞ。
 さっきも話したが、アレは魔法を使う事が当たり前で、人前で使う時も良い事なら仕方ないと思っている浅はかなガキだ」
「いや、まあ……否定はできないけどね」

寂しげに肩を落として去って行くネギを見ると罪悪感のようなものが神楽坂 アスナの心に湧き上がる。
しかし、エヴァンジェリンが言うように、ネギはあまりにも常識知らずな部分が多い。
改善は進んでいるが、それでも秘密を厳守するという事に関しては甘い部分が多いのだ。

「私の元に客が来るなんてジジィに言ってみろ。
 警戒心丸出しで使い魔やら、式神を飛ばして監視して来るんだよ。
 それとも、四六時中覗き見される身になりたいのか?」
「そんなの嫌よ」

常に誰かに見張られるような生活を想像して、アスナはうんざりした顔でため息を漏らした。

「そもそも、その客はお前の過去をよく知る人物だ」
「え? そ、そうなの?」
「リィンが向こう……魔法世界の情報屋に依頼したんだよ」

苦々しい顔でエヴァンジェリンがアスナに告げる。
エヴァンジェリンとしても一度はその男を見たいと思っていたが、今この時期に顔を合わすのは……嫌な予感しか浮かばない。

(ま、まさかとは思うが……リィンの夫になる人物などという事態にはならんだろうな?)

リィンフォースに懸想している馬の骨一号には睨みを効かしている。
一応、従者である茶々丸にもその辺の意を伝えているので大丈夫なのだが、魔法世界の人間では自分の意が届いていない。
まだまだお子様なリィンだけに騙されないかと心配しているのだ。

「……もしかして、それなりにお金が掛かったの?」

恐る恐るアスナが自分の問題に想像以上のお金が必要だったのかと心配していた。

「安心しろ。その辺りはきちんと問題なくやっているさ」
「でも……本当に大丈夫なの?」
「ああ、その点は心配するな。お前も一応私の弟子みたいなものだからな。
 師である私が弟子のために骨を折るのは当たり前の話でもある」
「ネギには……優しくないけどね」

自分には優しくしてくれるのはありがたいとアスナは思うが、だったらネギにも優しくしてあげたらという気持ちを込める。

「当然だろう。アイツはリィンを従者にしようとしたんだぞ」
「……そんな事もあったわね」

エヴァンジェリンが過保護な父親っぽい言動をするので、アスナはリィンフォースの彼氏になる人は大変だなぁと言葉にはせずに内心で呆れている。

「……超の事だが?」
「婚約者じゃなくって……未来から新しい子が来たって話?」
「超のフィアンセなんぞ、どうでもイイが、それがリィンの子孫の可能性があるというのなら話は別だ」
「……リィンちゃんが誰と結婚するのかが気になるんでしょ?」

アスナとしてはこの話題だけはしたくはないが、避けては通れない話だけに憂鬱な表情で先を促す。

「早いとは思わんか、まだアイツは数えで二歳になるところなんだぞ」
「……とてもじゃないけど、二歳には見えないけどね」

戸籍上は十四歳だが、実年齢はようやく二歳になるというのは分かっているけど信じられないのがアスナの心境だ。

「早過ぎるだろう?」
「確かに早いと言えば、早いかもね」
「リィンが幸せになるのは反対はせんが……心の準備はそう簡単にはできんぞ」
「でも、いつだって準備不足というのは……」

アスナが何を言いたいのかはエヴァンジェリンにも分かっている。
いつだって万全の状態で備えられるとは限らない、人生とは準備不足が常だとエヴァンジェリン本人が事有る事に口にしている言葉なのだ。

「あれの母親からも頼まれた以上はきっちり面倒を見る責任が私にはある」
「……ナハトさんだっけ?」
「ああ、自分の事よりも娘の幸せばかり考えていた……母親だ」

アスナは悪魔襲撃事件に関しての事情はエヴァンジェリンから聞き及んでいる。
色々あってリィンフォースの母親 ナハトは彼女を最後まで守り抜いて……眠りに就いたらしい。
そして、リィンフォースが必ず母親を取り戻すと決意した事も知っている。

「……自分で助けられないってのはもどかしいね」
「そうだな」
「……お母さんか、私にもそんな人がいるんだよね?」
「……不安か?」
「ちょっとね」

記憶にない母親がどんな人だったのか、アスナは不安に思っている。

「私さ……散々利用されてたのかな?」
「……さあな。だが答えはすぐにでも分かるさ」

話題が変わったが、更に重い話へとなった為に二人の間の空気は影を引き摺っていた。

「……逃げたいのなら用意してやるぞ。
 お前が、魔法と係わるのは正直勧めたくはないしな」

複雑な事情が有るのだろうとエヴァンジェリンは確信している。
本来なら、記憶を消した後は絶対に魔法に係わらせない様に配慮するべきだったのに、何をとち狂ったか……サウザンドマスターの息子の従者になるように仕向 けるバカが此処には居た。
どんな意図かは分からないが、徐々に水面下で動いていたものが浮上しつつあるのは間違いないとエヴァンジェリンは思う。

(問題はぼーやが、中心になるのか……リィンが中心に取って代わるかだな)

これから事情を聞く事になると分かっているが、エヴァンジェリン本人は出来る限りリィンフォースを巻き込んで欲しくないと考えている。
ネギ自身は本人が父親のような英雄になりたがっているので今更どうこう言っても聞きはしないと思っている。

(ジジィもそのつもりだろうし、タカミチもその気なんだろう。
 しかしな、事情も教えずにコイツを勝手に組み込んだのは……卑劣だぞ)

エヴァンジェリンは横目で隣で立っているアスナを見つめる。
女版ナギというか、勢いとノリで突っ走りそうな感のある人物だけに自分から面倒事に係わっていく可能性が高い。

「……(……いや、違うな。コイツも騒動の中心かもしれん)」
「どうしたの?」
「……気にするな」

エヴァンジェリンの視線に気付いたアスナが不思議そうな顔で聞いてくる。

「……アスナ」
「な、なに? エヴァちゃん」

若干鋭さを加えた視線でエヴァンジェリンはアスナを見つめる。

「おそらくだが……ここが分岐点だ」
「分岐点ってなんの?」

エヴァンジェリンが呟いた一言の意味が分からずにアスナは首を傾げる。

「非日常、魔法という名のドロドロとした殺し殺される世界と退屈かもしれんが……人として幸せになれるかもしれない日常」
「…………」
「ジジィの意図は分からんが、タカミチもジジィもお前を巻き込んで利用したがっているのは間違いない。
 目的はおそらく……新しい英雄を作りたがっているんだろうな」
「……二代目サウザンドマスターだっけ?」
「英雄になりたがっているぼーやなら、自分から進んで……やりたがるさ」
「そう……かもね」

ネギが父親であるナギ・スプリングフィールドに憧れ、自分もそうなりたいと思っているのは知っている。

「英雄なんぞ、なりたいと思ってなるものではないんだがな。
 ああいうのは後から評価されるものだ……ぼーやはそのあたりのことを分かってない」

やれやれと呆れ気味の口調でエヴァンジェリンがアスナに話す。

「そんなものなの?」
「そんなもんさ。英雄に憧れるのは悪い事じゃないが、ぼーやはナギの事を全部知っておらん。
 ただ華やかな英雄譚だけしか聞いておらんくせに……現実はそう甘くはないんだがな」

物事には須らく表と裏――綺麗な部分と腐臭に塗れた聞かせたくない話が付き纏っているのをエヴァンジェリンは知っている。
英雄ナギ・スプリングフィールドとて、その活躍には光と影があるのだが、魔法使い達の上層部はその影の部分を隠して……自分達の都合のいい部分だけを抜き 出して利用しているだけなのだ。

「戦争なんぞ、綺麗なものじゃないんだ。ハデな英雄譚だけで全部上手く行かなかったからこそ……今があるのさ」
「終わらせた後のこと? ネギのお父さんはそこでミスったの?」
「ま、そんなところだ。大方、面倒だから逃げたのかもしれんがな。
 アイツは昔から面倒な事には嫌そうな顔で逃げを打った」
「うげ……なんかさー、ホントに英雄なの?」

アスナは頭の何処かでネギの父親――ナギ――に引っ掛かるものを感じながら口を開く。
正直なところ、アスナは戦後処理と言われてもピンと来るものがないのでどう判断して良いのか困った感じだった。

「一応な」
「……あっそ」

エヴァンジェリンの平坦な一言が全てを物語っていそうで更に頭を抱えたくなった。
ただアスナは自分でも良く分からない腹立たしさが心に浮かび上がっていたが。




高音・D・グッドマンは憔悴した顔のまま学園都市を駆け回って自身の従者である佐倉 愛衣の姿を探し続けていた。

(……ゴメンなさい、メイ)

独断専行を諫めようとした愛衣の言葉に耳を貸さずに行った結果が全て裏目に出てしまっている。
学園長も高畑も事情が事情なだけにキツイ注意をしなかったが、話し合いの場を作るのが難しくなったのも否定できない。
超 鈴音の仲間ならば、エヴァンジェリンやリィンフォースを通じて話し合えると考えていたが……違うらしい。
しかもエヴァンジェリンとも何かトラブルが発生したのか、学園長と顔を合わすのも嫌がっている。
リィンフォースも超 鈴音も行方が判明していないので捜索中。
悪い方へ、悪い方へと状況が動いている為に愛衣を探し出して、取り戻したいが……人手(戦力)が足らない。
その原因を生み出してしまった高音の足取りは重く……表情も翳りのあるものだったが、

「ええっ! 私が出すんですか?」
「仕方ないだろう……細かいのないんだから」
「う、うぅ……後で返してくださいね」

聞きなれた声が耳に入って、そこへ顔を向ければ、

「な、何をやっているのよ!?」

自動販売機を前に愛衣にお金を出させているルディの姿があった。

「……誰だっけ?」

いきなり怒鳴り声を出す高音を見てのルディのこの一言に隣で聞いていた愛衣は肩を落として告げる。

「私が仮契約しているお姉さまです。一度会ったのに……忘れたんですか?」
「そうだったか? 量産型ザコの顔なんて一々覚えないようにしてるからな」
「……そうやって、挑発するのはどうかと思うんですが?」

愛衣にしてみれば、沸点の低い高音にはこのやり方は怒らせるだけなので困ったものだと思う。
事実、ルディの言葉に高音は肩を震わせて今にも爆発しそうな空気を見せ出していた。

「愛衣……さっさと離れなさい」
「…………」
「早く離れなさい!」

拘束されている訳じゃないので高音が自分の元に来るように告げるが、愛衣は動かない。
苛立つようにして離れるように再度告げた高音に対してルディは、

「あ、それ無理だから」
「なんですって!?」
「だって彼女の首に爆発物仕込んでいるから」
「なっ!?」

愛衣の首にアクセサリーとして身につけているチョーカーを指差して物騒なセリフを出した。

「……思うんですけど、正義っぽくないですね」
「この辺りは師匠の薫陶の賜物だよ。君たちは負けた以上は生殺与奪の権利は俺に有るからな」
「なにか……悪っぽい?」
「フフフ、それは最高の褒め言葉だね。戦う事を選択した以上は須らく悪になるようなものだ。
 どんなに綺麗な言葉を飾ろうが、戦って誰かを傷つけるのが正義とは思わない事だよ」

開き直った感じで愛衣がルディに思った事をあっさりと口に出す。
言われたルディの方も軽く肩を竦めて飄々とした様子だった。

「メ、愛衣! あ、貴女は自分の置かれている状況を理解しているんですか!?」

そんな二人の様子に高音が激昂するも、

「……まだ私を殺す事はないと判断してますから」
「なんなら、代わりに例のキーワード「そ、それは結構ですから!!」」

どこか諦観か、悟ったらしい愛衣が自身の利用価値みたいな事を口にした。
そんな愛衣の開き直りにルディがニヤニヤ笑いながら、からかう言葉を出すと慌てていたが。

「で、ここで僕にケンカを売る以上は……勝てる自信があるんだよね?」
「くぅっ!」

ルディの挑発とも取れる言葉を耳にして愛衣は項垂れる。

(お姉さまじゃ勝てるわけがないのに……)

高音の力量は良く知っているし、ルディの実力の全てを見たわけじゃないが片鱗はしっかりとその目に焼きついている。

(……高畑先生でも厳しい気がするのに)

こうしてルディが自由気ままに学園を徘徊しているのは確固たる自信があるからだと愛衣は思う。
上位種のドラゴンが束になって掛っても楽に勝てそうなルディにまだ研修中の高音や自分が勝てるなどと言う思い上がりは今の愛衣の頭の中にはない。

(……と言うか、お兄様方が暴れる口実を作りたがっているんでしょうか?)

仮想空間で無理矢理稽古をさせられ、その内容故に絶対に逆らわないと愛衣が心に決めた四人の守護騎士。
一対一で戦ったというか、一方的に弄ばれた感が強い面子を思い出して……恐怖で身体が震える。

(あの方々と本気で戦ったルディさんは……人間なのかしら?)

正直、ルディが普通じゃない事だけは理解できた。
どういう育て方をしても、あれだけの魔力を人間が保有できるとは愛衣には考えられない。

(封印が解けた時のエヴァンジェリンさん以上って、普通はありえないんですが……)

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル――またの名を闇の福音。
停電時に解放された彼女の強大な魔力を感知した時以上の魔力を人間が保有するというのは常識の範囲外だと思う。
魔の力に侵された人間という存在にはとても見えないし、そんな怪しい気配もない。
状況を高音に知らせたい気持ちはあるが、パクティオーカードはルディが持っている以上はカードを使った念話も不可能。
出来ない事もないが、自分の実力ではルディにも聞かれる可能性が高いので……どうにもならない。

『念話でお話してあげたら?』
『……トラップのつもりですか!? 私はそんな簡単に引っ掛かりませんよ!!』
『そりゃ、ざ〜んねん』

自身の考えを見透かしたかのようなルディの念話に愛衣は逃げ場のない罠に陥った気持ちになる。

「んじゃ、行きますか? そろそろ顔出さないと後が怖くなるから」
「……怖くなるって、そんな人いるんですか?」
「今の俺なら勝てるけど……未来じゃ勝てないんだよ」
「……その人、人間なんですか!?」

本気で問い詰めるかのごとく愛衣がルディに向かって叫ぶ。

「さて、それは後で詳しく聞かせてあげるよ」
「……私を怖がらせるのは楽しいですか?」

手こそ出ていないが、これは立派なイジメだと愛衣は本気で思う。
わざと怖い話を聞かせて自分の反応を見て楽しんでいると分かってしまうと、意地が悪いと本気で感じてしまう。

「フフフ、分かってきたじゃないか」
「……性格が思いっきり捻れてますよ。どうすればこんなにも捻れるんですか……?」

悪趣味と言うか、この手法はあのエヴァンジェリンさんに似過ぎていると愛衣は思うと、

「……そういう事なんですね」

かっちりとパズルのピースが埋まってしまい……超 鈴音の背後関係も想像が付いてしまった。

「聡いね。どうやら下僕にして正解だったかな」

ニヤニヤ笑うルディに愛衣はしばらく振り回されると予感して……絶望した。

「いい加減になさい!!」

一方で無視された形だった高音は堪忍袋の緒が切れたのか……癇癪を起こす。

「……どうしてこうも激し易いんだろうね」
「……お、お姉さま」

ただ会話を聞いているだけでもルディの事が少しは判明するのに強引に会話を途切らせてしまう。
この分だと自分達が話していた内容も頭に入っていないんじゃないかと思うと愛衣は失望めいた感情が浮き上がってくる。

「で、どうしたいんだ?」
「え?」
「だから、一体何がしたいんだ?」

端的に魔法使い達の要求を聞くフリをするルディ。

「最初から話し合う気があるのなら、挑発されたくらいで一々熱くなるのは……未熟の証。
 でもね、自分を抑える事も出来ず、相手の技量も知らないうちに先に手を出すのは……傲慢というか、滑稽だ」

ルディの声のトーンがフラットになり、徐々に表情も平坦なものへと変わる。
そして、徐々に周囲の空気が重くなり……高音と愛衣の肌が粟立ち始める。

「ル、ルディさん! お、抑えて下さい!!」

愛衣は慌ててルディに声を掛けて、事態の収拾を図ろうとする。
完全にルディが意識を攻撃的なものにシフトしてきたと愛衣は判断し、高音が負けるのではなく……殺されると感じていた。

「お、お姉さま! に、逃げて下さい!!」

ルディに気圧されていた高音に愛衣は急いで退くように必死に声を出す。
守護騎士達との訓練でベルカの騎士が戦うと決意したからには簡単には止まらないと体感していた。
このままでは一方的に高音がルディの攻撃に晒され続けて、身も心もボロボロになってしまうと予想していた。

「メ、愛衣?」

間に割って入ってきた愛衣の必死さに高音は途惑いながらも自分が虎の尻尾を踏んだという事だけは理解した。
偶然という形で遭遇しただけで、ルディに対して有利になるだけの手札を得たわけじゃない。
このまま戦闘になっても勝てるかと問われたら……勝てないと分かっている。

「悪いけどさ……横にどいて欲しいんだけど?」
「だ、だから! もう少し穏便にして欲しいんです!」
「問題ないさ。死体なんか残さない」

証拠隠滅というか、死体が残らなければ問題ないと嘯くルディ。
そんなルディの様子に高音は絶句し、愛衣は頬を引き攣らせる。

「そこまでにしてもらえないか」

緊迫した空気の中、第三者の声が場を満たす。
高音と愛衣がその声の方へと顔を向けるとポケットに手を入れた状態の臨戦態勢で高畑・T・タカミチが歩いてくる。

「おや……確か、エロメガネさんでしたね?」
「…………高畑先生です」

分かっているくせにどうして挑発するんですかと愛衣は本気で叫びたくなっていた。
既に関東魔法協会の構成人員の資料を手にしている以上は目の前に居る高畑が一、二を争う実力者である事を知っているのだ。
それなのにまるで分かっていないフリをするのは悪辣すぎるのではないかとツッコムべきかと考えてしまう。

「…………少し聞きたい事があるんで付いて来てくれないかな?」
「何の権利があって?」

ルディの挑発を流しながら高畑が話し合いのテーブルに着かせようとするが、ルディは拒絶の意思を示す。
ピキリと場の空気に亀裂が入ったと愛衣は思う。

「当然の事だけど、無理矢理連れて行こうとするのなら全力全開で抵抗するよ。
 それこそ、周囲もハデに巻き込んでね」

周囲に目を向けてルディは大暴れするぞと脅しを掛ける。
一般人さえも巻き込むと宣言したルディに高音と高畑は顔を顰めて嫌悪感を見せる。

「あんたの事は色々聞いている……覚悟が足りないダメな人だってマスターは言ってたよ」
「……そうかい」

自分の事を誰かから聞いていると言われた高畑は若干警戒を緩めたが、

「不熟者と……師匠の真似事で満足して、超えようとしなかった出来損ないとね」

ルディの放った言葉に苦い表情をした。

「新しい英雄を生み出す為に、全てを放棄させて、平穏な日常を得た人間の時間を壊したんだって?」

高音と愛衣はルディが何を言っているのか、良く分かってないのか……首を傾げる。
しかし、高畑の方はルディと目を合わせられずに逸らす。

「せっかく得た退屈かもしれないが、優しくも温かい時間」
「…………」
「辛いだけじゃない時間もあったが、全ての記憶を封じておきながら自分達の都合で再び過酷な世界へと放り出す」
「…………」
「サイテーだな、英雄さんよ。覚悟が足んねえとここまで醜いものなんだ」

嘲笑、高畑の存在全てが無様と言わんばかりにルディは嗤う。

「さて、行くか?」
「え?」
「興が冷めたんだよ。それともこのままハデに戦うのを見たい?」
「全然見たくありません!!」

一頻り嘲笑った後、クルリと高畑に背を向けてルディは歩き出す。
そんなルディに愛衣は途惑ったが、戦いが回避できるのなら悪くないと判断してその後ろに付いて行った。

「……待ってくれないかな」

やる気が失せたと言い、無防備にも背中を晒すルディに高畑が声を掛けるが、ルディの足は全く止まらない。
一見すると隙だらけにしか感じられないが、ここで自分が手を出せば……悪い方向へと進むのは想像できた。
どうしたものかと高畑が迷っているとルディの周囲の景色が歪んで四人の男女が姿を現す。

「……良いのかい? なんなら代わりに俺がやっちまおうか?」

長身の線の細い青年が軽いノリで高畑を見ながら話す。
口元に笑みが浮かび、身に纏う空気も暢気なものしか感じられないが、高畑は自分が気付けなかった事に内心で驚いている。

「悪いがダメだ」
「ダメか?」
「ダメだね。彼の命運は既に決まっているから」
「そうなのか?」
「そうだ。目を逸らして、逃げてきた報いをこれからイヤと言うほど味わう事になるのさ」
「ふぅん」

戦いたがっている青年を窘めるルディ。
本来は年長者が血気に逸る若者を抑えるというシーンになるはずが立場が逆転していた。

「それにだ」
「なんだ?」
「弱い者イジメは……醜いだろ?」
「そりゃ、そうだ」

肩を竦めて話すルディに青年は得心が行ったと言わんばかりに頷く。

「黙って聞いていれば……高畑先生をバカにしてるんですか!?」

蚊帳の外に放って置かれた高音が肩を震わして二人の言いように怒る。

「だって……ねぇ?」
「まあな、それなりに強いっていうのは分かるが……それだけだろ?」
「言っておくけど、僕は面倒だから参加しないぞ」
「オメェはいつもそうだな」

二人の会話に口を挟んだ人物の目はやる気が完全に消失していた。
軽くパーマが掛かった髪を七三に分け、しっかりと鍛えた体躯を持っているが、身に纏う空気は気だるさしかない。

「当たり前だろ。殺し合いなんて野蛮極まりないじゃないか。
 一応、これでも人の命を扱う治療が専門の騎士なんだって分かってるだろ?」
「あー、そりゃ分かっているが……ナイフ一本あれば、五分で人間を解体できるじゃねえか」
「そんなの出来て当然の話さ、医師なんだから」

軽口を叩き合っている二人だが、内容自体は剣呑なものだった。
高畑は手を迂闊に出してしまえば……腕だけじゃなく、そのまま全身を噛み千切られるという予感しか感じられない。

(…………まるでジャックみたいな人達だ)

自身が知っている最強の戦士と似た感じの空気を纏う四人の人物。
高畑はエヴァンジェリンが学園長室で話した内容が偽りないものだと感じていた。

「…………よろしかったのですか?」

愛衣を含むルディ達が去って行くのを黙って見ていた高畑に高音が声を掛ける。
高畑に視線で手を出さないように注意されて黙って見ているしかなかったが、内心では愛衣を助けたかったのだろう表情は納得しているものではなかった。

「……僕一人では、どうにもならないかもしれないんだよ」

忸怩たる思いがあったのか、高畑の声は沈んだものだった。
あの四人のベルカの騎士らしい人物を見て、高畑は自分にもあれだけの力があれば……と思ったが、首を左右に軽く振ってないもの強請りは止めようと気持ちを 切り替えた。

「今年の学園祭は……大荒れかもしれないな」

高音には聞こえないように小声で呟いた高畑、出来ればこの予感は外れて欲しいと思うが無理だろうなと感じている。
この手の嫌な予感は外れない事を経験則で理解していた。
そして、その予想は外れる事はなかった。


いよいよ麻帆良祭、開幕。

そして、この麻帆良祭で少しずつ動き出していた流れが一気に加速する事をまだ誰も気付いてはいなかった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
EFFです。

高畑先生は一体何をしたいのか……よく分からん。
アスナの記憶を消して、平穏な日常を提供し、守っているんでしょうがやってる事は中途半端ですよね。
これから魔法使いとして活躍するはずの少年と同居させる危険性はすぐに分かりそうなんですが……反対しているようには見えない。
それとも積極的に係わらせて、ネギにアスナを護らせようとしているのであれば、いい年した大人が何やってんだと言いたくなります。
師であったガトウは魔法と完全に縁切りさせろみたいなことを言ってたのに、弟子は師の思いを叶える気はないんでしょうか?
微妙な感じで、見ていると無責任な大人にも感じられるんです。

それでは次回でお会いしましょう。




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