「皆の者! これから長曾我部軍との戦に入る!!」
魏の布陣――そこで猛将夏候惇が兵士達に激励を送っていた。
兵士達は夏候惇の言葉を一字一句漏らさず、耳に入れている。
「曹操様の敵は我等の敵である! この戦で完膚無きまでに奴等を殲滅し、2度と我等に逆らえないようにするのだ!!」
「「「オオオオオオオ!!」」」
夏候惇の言葉を聞き、兵士達の士気が一気に高まる。
彼女の傍らに立つ小さな将、許緒も自然と闘気が高まっていった。
「ほえ〜〜〜流石は元ちゃんやなぁ。兵士達がやる気を一気に出したわ」
その光景を眺めていた張遼が感心したように吹く。
ちなみに元ちゃんとは、夏候惇の字である“元譲”を短く呼んだ物である。
「姉者は武人だぞ? それぐらいの兵達の扱いは心得ている」
張遼の言葉を聞いていたらしく、夏候淵が当然と言った様子で言った。
「流石は妙ちゃん。実姉の事は誰よりも分かってるなぁ」
「ふふ……」
同じように張遼は夏候淵の字である“妙才”を短くした呼び名で呼んだ。
それに対し、夏候淵は微笑を浮かべて応える。
「そんじゃウチも出陣の準備に入るとするわ。バッシバシやったるでえ」
「ふっ……頼もしいな」
「期待しててや。それに……今日こそウチの心の人と戦えるかもしれへんし」
「…………?」
張遼は愛用の武器を肩に掲げ、出陣の準備に入った。
夏候淵が張遼の最後に言葉に疑問を覚えつつも、その後ろ姿を静かに見送る。
そして夏候惇と許緒が率いる部隊は、戦への出陣の体勢に入っていた。
◆
広大な荒野に立つ、何千、何万と言う兵士達――
そしてそれ等を率いる武芸に秀でた猛将達――
一方は長曾我部軍、もう一方は曹操軍である。
両軍共に中央、右翼、左翼、どの布陣にも大量の兵士達が配置されている。
今まさに決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
「野郎共ッ! 最後まで付いて来いよ!!」
「「「「オオオオオオオ!!!」」」」
元親が荒野に向けて、家臣達に向けて、兵士達に向けて叫ぶ。
「相手の気合いに呑まれるなぁ! それ以上の気合いで吹き飛ばせ!!」
「「「「オオオオオオオ!!!」」」」
元親と同じく、夏候惇も力の限り叫んだ。
戦は一瞬の油断が、一瞬の気の迷いが命を奪い去る。
戦が始まる前の激励でさえも、同じ事が言えた。
そして――荒野と言う名の戦場に、突如として一陣の風が吹く。
それが決戦の火蓋を切って落とす合図だった。
「「行けえーーーーッ!!!」」
元親と夏候惇、2人の雄叫びが重なった。
将達が、兵士達が各々の武器を構え、一斉に正面の敵に向けて突撃していく。
それはまるで疾風迅雷の如く――両軍が真正面から激しく激突した。
「うりゃりゃりゃ!!」
「オリャーーー!!」
右翼側に配置された鈴々と翠が武器を振るい、敵兵達を蹴散らしていた。
鈴々が蛇矛で薙ぎ払い、翠が十文字槍で斬り裂いていく。
敵兵達の首が、胴が、手足が、血飛沫を上げて飛んだ。
「燕人張飛! 誰にも負けないのだぁ!!」
「この錦馬超、やれるものならやってみな!!」
鈴々と翠の雄叫びが周りを取り囲む敵兵達を震え上がらせる。
それ程までに2人の闘気は凄まじかった。
「私も負けていられんな……」
「この野郎――ッ!!」
同じく右翼に配置された星が2人の活躍を見てポツリと吹いた。
その隙を狙ったのか、1人の敵兵が剣を星に向けて振り上げる。
「ふっ……甘いな!」
その一言と同時に星が素早く槍で敵兵の胸を貫く。
刹那、彼の胸から鮮血が滝のように溢れた。
「んなぁ……馬鹿なッ……!」
敵兵は剣を振り上げたまま、信じられないと言った表情で息絶えた。
星は胸から槍を引き抜き、地面に倒れ伏した敵兵を一瞥する。
「貴様に私は討ち取れんよ……」
そう吹いた後、再び星は1人、2人と敵兵達を槍で薙ぎ払う。
「この趙子龍の首、欲しい者は掛かって来るが良い!!」
星が敵兵に向けて吠える。
何故だか今日は調子がすこぶる良かった。
◆
変わって左翼側――ここに配置されたのは紫苑、水簾、恋の3人である。
水簾と恋を中心に敵兵を倒し、その少し後ろで紫苑が得意の弓矢で敵兵を撃ち取っていた。
無論、紫苑の弓矢による攻撃は先頭に立つ水簾と恋の援護も兼ねている。
「ハアアアッ!!」
水簾の戦斧が円を描くように大きく振るわれ、敵兵の胸が斬り裂かれた。
鮮血が辺りに大量に飛び散り、水簾の服と地面を血化粧で染め上げる。
「……邪魔ッ!」
その傍らに居る恋も、得意の戟で敵兵を容赦無く吹き飛ばした。
一騎当千の強さを持つ恋にとって、敵兵を宙に何人も打ち上げる事など造作も無い。
その後も恋は次々と敵兵達を蹴散らし、ドンドンと1人で前へ進んでいく。
「なっ……! 待て恋! 勝手に1人で前に進むな!!」
恋の無謀とも言える行動に驚き、水簾が悲鳴のような声で叫ぶ。
対して恋は水簾の方を振り向きはしなかったものの、ゆっくりと答えた。
「……早く敵を倒す」
恋が敵兵1人を吹き飛ばす。
戟を振るいつつ、恋は言葉を続けた。
「……早く敵を倒して、ご主人様の所へ行く」
「んなっ!? 何だとっ!!」
水簾と恋が同時に敵兵を薙ぎ払った。
「ご主人様には愛紗が付いている。心配は……いらん!」
また1人、水簾が敵兵を斬り裂く。
恋は暫く間を開けた後――
「……愛紗だけじゃ駄目。恋も守る」
そう一言吹き、自分の背後に居る敵兵を斬り裂く。
心なしか、この時水簾には恋が不機嫌そうに見えた。
溜め息を吐いた水簾が敵兵を倒しつつ、恋を論そうとした時――
「――――ッ!?」
刹那、前に出ていた恋の頬を何かが通った。
その何かのせいで頬は切れてはいない。
不意に恋が正面を見つめると、額に矢が刺さった敵兵が立っていた。
剣を振り上げているが、この状態では恐らく絶命しているだろう。
「恋ちゃん、油断しちゃ駄目よ」
背後から声が掛かる。
矢を撃ったのは自分等の後ろに居る紫苑だった。
彼女の周りには多数の兵が守っているが、それでも狙いは百発百中らしい。
水簾は改めて、紫苑の頼もしさと底知れぬ強さを思い知った。
「恋ちゃんが思っている事は誰もが一緒よ。でも今は陣形を崩しちゃいけないわ」
「……………………(コクッ)」
紫苑の言葉に恋は長い間を空けた後、渋々と言った様子で頷いた。
その間にも敵兵を何人か倒しているのは、流石は恋と言った所か。
(やれやれ……紫苑が居てくれて良かった)
水簾は溜め息と共に敵兵を2、3人斬り倒す。
更に後ろから続く敵兵を水簾は力の限り睨み付けた。
◆
場所は変わって中央――ここに配置されたのは元親と愛紗の2人。
2人は他の武将達とは1桁も2桁も違う実力の持ち主である為、中央を任されたのだ。
鬼ヶ島の鬼と幽州の青竜刀が、敵兵達を何十人も圧倒していた。
「野郎共ッ!! ちゃんと付いて来てるかぁ!!」
「「「「付いて来てるぜ! アニキーーーーッ!!」」」」
「訓練の成果を見せる時だ! 自身の武を示せ!!」
「「「「オオオオオオオ!!!」」」」
自分達の後方で奮闘する味方の兵士達への激励を忘れず、元親と愛紗は武を振るった。
「喰らいなッ!!」
元親が碇槍を振るい、突き刺し、先端を飛ばし、敵兵を死への渡し船を出す。
「せやあああああ!!」
愛紗もまた、敵兵を青竜刀で突いて払い、敵兵を物言わぬ屍へと変えた。
その後、2人は無意識に背中を合わせ、周囲の敵を見渡す。
「倒しても倒してもキリが無い。今更ですが、流石は魏ですね……」
「数がどうした。こっちは足りない分を気合いと根性で補うんだよ」
「ふっ……そうですね」
2人は殺気を出し、敵兵を威嚇する。
「それに俺の背中は頼もしい青竜刀が守ってくれてるからな」
「――――ッ!」
「お前だけじゃなく、鈴々達も野郎共も守ってくれてる。安心して戦えるってもんよ」
「……そのお言葉、私達にとって感激の一言です!」
刹那、2人は合わせていた背中を離し、周囲の敵兵達の中に飛び込んだ。
互いに武器を振るい、1人、又1人と沈めていく。
このままの状態を保とうとしていた、その時――――
「これ以上貴様等の好き勝手にはさせんぞッ!!」
愛紗の元へ、左目に蝶の眼帯を付けた武将が斬り掛かった。
刃の形状に独特な形を持つ大刀と相まって、愛紗はすぐに武将の正体が分かった。
「夏候惇かッ! 我等の邪魔をするな!」
「それはこちらの言う言葉だ! 関羽! 今日こそ決着を着けてやるぞッ!!」
武将――夏候惇の持つ大刀と愛紗の持つ青竜刀の刃が組み合い、激しい火花を散らす。
愛紗は夏候惇からの申し出に微笑を浮かべて答えた。
「望むところ!! 来い、盲夏候!!」
「くっ……! その名で呼ぶなぁーーーッ!!!」
愛紗は反董卓連合以降に付いた夏候惇への呼び名をわざと言って挑発する。
対する夏候惇はその呼び名を非常に嫌っていた為、怒り心頭で大刀を持つ手に力を入れた。
一方、2人の決闘が始まったのを横眼で見ていた元親は次々と敵兵を倒していた。
愛紗は強い。魏が誇る猛将の夏候惇相手でも負けないし、引けを取らないだろう。
元親はそう信じているからこそ、あえて眼の前の敵兵撃破に専念しているのである。
「今日は俺も、野郎共も食い付きが良いじゃねえか!!」
元親は戦場を勢いよく駆け抜ける。
手に持つ碇槍を振るい、駆け抜けた場所には血の海が生まれた。
「さあ、ドンドン掛かって――ッ!?」
身体中に鋭い殺気を感じ、元親は咄嗟に自分の居た場から跳び退いた。
元親が跳び退いた場所には弓矢1本が地面に深く突き刺さっている。
その光景に驚く隙を与えず、再び弓矢が元親を狙った。
「ちっ!」
元親は碇槍を持ちながらも、海で鍛え上げた筋力を存分に生かし、間髪入れずに飛んでくる弓矢を避け続ける。
その間に元親が体勢を崩した隙を狙って敵兵が斬り掛かって来たりもしたが、元親はギリギリで全てを受け流した。
(この腕前……斥候の言ってた夏候淵だな。弓矢の名手とは知ってたが……)
更に飛んでくる弓矢に対し、元親は碇槍を盾代わりにして防ぐ。
弓矢の猛攻を受けつつ、まだ見ぬ夏候淵の姿を探した。
(ちっ……! 何処から飛ばしてやがるんだぁ?)
「長曾我部元親ぁ!! 覚悟!!」
「ああん? 田舎者が邪魔すんじゃねえ!!」
その最中に斬り掛かってきた敵兵達は殴り飛ばし、又は蹴り倒して気絶させた。
(ご主人様……!? 早く行かなくては!)
少し離れた所で夏候惇と激闘を繰り広げている愛紗は、元親の異変に気が付いていた。
今すぐにでも元親の元へ助けに行きたかったが、夏候惇が道を通さなかったのである。
「どうした関羽! 己の主の事が心配でしょうがないか!!」
「くっ……! 黙れ!!」
青竜刀と大刀がぶつかり合い、何度も火花を散らす。
両者の勝負の決着はまだ着きそうもなかった――
◆
場所は変わり、再び右翼側――ここでも2人の武将が決着を着けようと、激闘を繰り広げていた。
「このペタンコ! 春巻き頭!! 今日こそやっつけてやるのだ!!」
一方は蛇矛を振り回す鈴々。
「馬鹿張飛! チビのくせに生意気なんだよ!!」
もう一方は巨大な鉄球を軽々と振り回す許緒。
2人は以前の戦いで何度も出会い、武器を交えた宿敵同士である。
ちなみに身長は鈴々と同じくらいだ。
「チビって言うな! 馬鹿って言うな! 言った方がチビで馬鹿なのだ!!」
「ならお前もペタンコって言うな! 春巻き頭って言うな!!」
まるで子供の喧嘩みたいだが、実際は武器を振るう立派な決闘である。
近くで見守りつつも、少々呆れている翠と星は溜め息を吐いていた。
「おいおい、緊張感がまるでねえよな……っと!!」
「確かに。気が削がれるから向こうでやってほしいものだな」
2人は悠長に会話を交わすが、敵兵を倒す事を忘れてはいない。
向かってくる敵兵を翠が十文字槍で薙ぎ払い、星の槍が突いた。
そんな乱戦が続く中、長曾我部方の兵士の1人が本陣へ向けて走っていた。
本陣――後方で各配置に指示を出す朱里に向け、とある報告を伝える為だった。
――我等の後方に旗有り。旗印は“呉”、援軍です!
その報告を聞き、朱里の小さな身体が興奮に震えた。
今はこちらが――少しだけ――優勢に立っている。
呉からの援軍が来るには丁度良い頃合いだった。
朱里の指示により、援軍の到着はすぐに長曾我部軍所属の武将、兵士に伝えられた。
この報告を聞いた時、長曾我部軍の誰もがこの戦の勝利を信じていた。
◆
「呉からの援軍だと!? くっ……おのれ!」
「どうやら勝利の兆しは我々に向いてきたようだな」
激闘を続けていた愛紗と夏候惇は、呉からの援軍到着の報告を聞いていた。
これでは劣勢に立たされるのは最早明白、夏候惇は焦った。
「だ、黙れ関羽! 私は曹操様の為、決して負けん!!」
「貴様のその言葉、この戦では無意味と知れ!!」
動揺している夏候惇を押し、愛紗は激烈な攻めを続ける。
互角の立場に立っていた2人の形勢が、徐々に逆転し始めていた。
その模様はこの戦の変わり目をも表しているようだった。
そして援軍到着の報告は元親にもすぐに伝わっていた。
飛んでくる弓矢を避けつつも、勝利の兆しを見い出す。
「孫権……ありがとよ!」
この場には居ない呉王に向け、元親が礼の言葉を吹く。
元親の状況はあまり変わっていないが、この場を乗り越えられる気が増したのは確かだった。
「……悔しいが、とりあえずここから離れるか」
夏候淵の弓矢の射程距離から離れる為、元親は掛かってくる敵兵を蹴散らしつつ、後退していく。
遠距離からの射撃が無ければ突入したいのだが、援軍が来た今は体勢を立て直すのが先決だった。
「兄貴ッ! ご無事で!!」
「ああ、お前も頑張ってたようだな」
元親が後退していくと、衣服がボロボロになった味方の兵の姿があった。
身体の所々に擦り傷はあるものの、頑張って戦っていた事が窺える。
他にもまだ生き残っている味方の兵達は沢山居り、元親を安堵させた。
それから弓矢は飛んでこなかった。
どうやら夏候淵の射程距離内から外れたようだ。
「(愛紗はまだ戦ってるらしいな)よし、お前等は後退して体勢を立て直せ。そんでもって呉の奴等と協力して、この戦に――」
「やっと見つけたでえ! 長曾我部元親!!」
元親が兵士達に指示を出そうとした時、元親の背後から声が掛かった。
声色からそれは女性と分かるが、肌に感じる闘気は並の物ではない。
元親がゆっくりと後ろを振り向いた。
「何だぁ? テメェは」
元親が後ろを振り向くと、微笑を浮かべた1人の女性が立っていた。
胸にはさらしを巻き、その上には黒い上着を羽織り、下には袴を穿いている。
元親からしてみれば自分と同じくらい珍しい格好を彼女はしていた。
「ウチは張遼文遠。魏の将や。あんたと戦える日を待っとったで!!」
「――――ッ! ……あんたが張遼か。元々董卓の方に居た武将だったな」
「それは昔の話。今のウチは曹操に仕える将や!」
そう言い放ち、女性――張遼は肩に掲げていた槍を元親に向けた。
元親は張遼の持つ槍の形状を見て、驚きに眼を見開く。
「その槍……まさか」
「気付いたか? そうや、あんたの持ってる得物とほぼ同じ物を作ってもらったんや」
張遼の持つ槍は元親の持つ碇槍にとても似ていた。
違う所と言えば大きさが二回り小さい事、先端を飛ばす鎖が無い事、刃に竜の装飾が施されている事ぐらいだ。
「俺の武器の猿真似なんかして、一体どう言うつもりだ?」
「決まってるやろ。あんたはウチの心の人、少しでも近づくためや!」
張遼の語る理由に元親は首を傾げた。
言っている事がいまいち分からないが、自分と張り合いたいと言う気持ちだけは分かった。
「なるほどなぁ……俺と張ろうってのかい? はっはっはっは!」
「ちょっと違うが……今はそう取ってもらっても構へん。さあ、勝負や!!」
張遼の醸し出す闘気に触れ、双方の兵士達がその場から自然と退いて行く。
元親も自軍の兵士達が引いて行くのを見た後、負けじと闘気を漲らせる。
「呉からの援軍がもう来てるってのに、俺に勝負を挑む度胸……気に入ったぜ!」
元親は碇槍を1度地面に叩きつけた後、張遼へと向けた。
「鬼ヶ島に鬼たあ、この俺よ……その鬼退治、受けて立つ!!」
元親と張遼――2人の武人が対峙した。