鬼姫†無双 外伝〜初期設定SS(こんな外史もありました)〜
<外史1〜天の御遣いは2人〜>
「う、ううん……一体何が起こったんだ……?」
響くように痛む頭を押さえながら、1人の青年が眼を覚ました。
寝転がされていた身体を起こしつつ、周囲を見回してみる。
広大な大地だ。風が吹けば、小さい砂塵が僅かに巻き起こる。
「何処だ……ここは」
青年がそう呆然としたように呟いた後、徐に視線を右へ移した。
するとそこには、自分と同じように男がうつ伏せで倒れていた。
青年は急いで駆け寄り、身体を揺さぶりながら声を掛ける。
「あ痛ッ……クソッたれめ、ザビーの野郎……!」
悔しそうに顔を歪めながら、男は身体を起こした。
とりあえず気が付いてくれた事に、青年は安堵した。
「大丈夫ですか……? 何処か身体に怪我を?」
「いや心配ねえ。何処も怪我なんざしてねえさ」
男が立ち上がり、膝を着いていた青年に手を差し出した
差し出された手を握り、青年も彼と同じように立ち上がる。
「見慣れねえ所だな……っと、お前が助けてくれたのか?」
「いえ、俺もここで眼を覚ましたんです。すぐ近くに貴方が倒れていたんですよ」
「そうだったか……しっかし変だな。俺は確かザビー城ん中に居たんだが……」
聞き慣れない言葉をブツブツ呟く男に首を傾げつつも、青年は尋ねた。
「あの……すいません。俺、北郷一刀って言います。貴方の名前は?」
「俺か? 俺は長曾我部元親ってんだ。鬼ヶ島の鬼たぁ、この俺様の事よ」
「ちょうそかべ……もとちか…………って、ええッ!?」
一刀が突然驚愕の声を上げ、元親を驚かせた。
その後、憧れの物を見るように彼は眼を輝かせる。
「な、何だ……? どうしたんだよ……?」
元親が恐る恐る尋ねてみると、一刀は興奮したように口を開く。
「ちょ、長曾我部元親って、あの四国一帯を治めた人ですよね!?」
「お、おお。俺ぁ四国一帯を統一したぜ。まあ、ちょい貧乏だけどな」
一刀はジロジロと元親を見つめ続けた。
それもそうだろう、自分が見た肖像画とは随分違うのだ。
(全然違う……現代に残っている資料は一体何なんだろうか)
眼の前に居る戦国大名“長曾我部元親”を名乗る男は、まるで暴走族が纏う特攻服のような成りをしていた。
幼少期は姫若子――それからグングンと成長し、鬼若子と家臣達から謳われる程の武を見せた長曾我部元親。
だが彼の場合、幼少期からでも鬼若子と呼ばれていそうである。
「あの、それで――」
「貴方達ですね」
一刀が言葉を続けようとした瞬間、突然聞こえた女性の声が、それを遮った。
2人が声の聞こえた方へ振り向くと、そこには美しい黒髪が印象的の女性が立っていた。
一刀が思わず見惚れ、元親が驚いたように眼を見開く。
「御迎えに参りました。天から訪れし、我が主」
「へっ……? 我が主って……?」
思わず吸い込まれてしまいそうな、女性の黒い瞳に一刀は戸惑う。
女性はそんな事は気にも留めず、声高々に言い放った。
「姓は関、名は羽、字は雲長と申します。我が主達よ、共に乱世を治めましょう」
女性の唐突な言葉に、思わず一刀と元親は顔を見合わせた。
<外史1〜終〜>
<外史2〜ご主人様と兄貴と〜>
「まさかこんな事になるなんてなぁ……」
「ま〜だウダウダ言ってんのか? いい加減諦めろ」
もうすぐ戦が始まる中、天幕の中で一刀と元親は言葉を交わしていた。
戦の相手は黄巾党――今の世の中に不満を持った者達が盗賊と化した集団の事だ。
今回一刀達はそれ等を鎮圧する為、こうして仲間達と共に戦に出向いている。
「兄貴の言う事は分かるよ? でもさ、やっぱり戦いって良い気持ちはしないよ」
「お前が暮らしてたとこってのは、よっぽど平和ボケしてたんだなぁ……」
「はは……まあ、兄貴は戦国時代の人間だもんね。戦が日常茶飯事はしょうがないかも」
溜め息を吐く一刀の頭を、元親は優しくポンポンと叩いてやる。
その様子は落ち込む弟を慰める兄――正にその物だった。
実際2人は、出会ってからはまるで兄弟のように接している。
「おら、何時までも考え込んでんな。ご主人様って、お前を慕ってる奴等に失礼だぜ?」
「……うん、分かった。でも兄貴だって、愛紗や朱里にご主人様って言われてるじゃん」
愛紗、朱里とは、関羽と諸葛亮の事である。前者の名前は“真名”と言う物である。
真名は親族、または信頼に足りる相手にしか教える事を許されない神聖な物らしい。
「馬鹿ッ! あれは俺には似合わねえって言ったろ? だからな、呼び方は変えさせてもらったんだよ」
「へっ……? それってまさか……」
一刀の言葉に対し、元親は胸を張って答えた。
「おうッ! 俺の家族や部下達には共通して呼ばせてた、兄貴だぜ!」
「やっぱりねッ!? そうだと思ってましたよ、ええッ!?」
その瞬間、一刀の頭の中に1つの光景が思い浮かんできた。
あの生真面目な愛紗や朱里が、元親の事を兄貴と存外に呼ぶ筈がない――と言うか想像出来ない。
でも鈴々(張飛)なら有り得るかもしれない。
既に自分の事をお兄ちゃんと呼んでいるし、元親の事を兄貴と呼ぶ確立は高い。
(と言う事は…………)
愛紗の場合→初めて呼ぶ時は顔を赤くしながら『に、兄様……』
鈴々の場合→何時も通りの笑顔を浮かべながら『にゃはは♪ 兄貴ッ!』
朱里の場合→愛紗と同じような態度で『はわわ……お、お兄さん……』
「…………兄貴ッ!!!」
「うおッ!? 急に何だよ……!」
「グッジョブッ!!!」
<外史2〜終〜>
<外史3〜義弟を気遣う兄貴〜>
「ご主人様……起きていらっしゃいますか?」
「ふぁい!? ね、寝てませんよ!? 愛紗さん!?」
その弁解の言葉は、今まで寝ていたと言っているような物だ。
愛紗の表情が厳しく締まりながら、鋭くなった目付きが光る。
彼女の剣幕に一刀の背筋が自然と伸びた。
「宜しいですか! ご主人様は緊張感が無さ過ぎです。黄巾党との戦は終わりましたが、まだ乱世は去った訳ではないのですよ!」
「はいッ! それは大変存じておりますッ!!」
「ならばもう少し、この幽州の太守としての責任と自覚をですね――」
それから愛紗の説教は一刻ほど続き、一刀のゲンナリと疲れさせる事となるのだった。
「うう、愛紗は少し生真面目過ぎるよ。もう少し柔らかくならないかなぁ……あの胸みたいに」
愛紗が街の警邏の為に退席し、今この室内には一刀1人だけだ。
説教で消耗した精神力をフル回転させつつ、書類に手を付ける。
そんな中、今は自由時間であろう義兄の事が頭に思い浮かんできた。
「はぁ……全く、自由な兄貴が羨ましいよ」
政務は面倒臭いと言い、兵士の調練役に回った元親。
実際彼のする調練はかなり効果的で、戦でも役に立っている。
流石は戦国時代を生き抜いている大名と言ったところか。
今では兵士内で“兄貴親衛隊”なる物が出来ているらしい。
彼の気さくな態度を考えれば、それも当然かもしれなかった。
「ああもうッ! フリーダム兄貴めッ! 少しは手伝えッ!!」
「何だ? 何か悪口言われているような気がするのは、俺の気のせいか?」
突如として聞こえたきた元親の声に、一刀の身体が石のように固まる。
そしてゆっくりと顔を窓に向けると、そこには木の枝に乗る彼が居た。
ちなみにここは3階である。
「兄貴ッ! んな所で何やってんの!」
窓を開け、一刀は暢気そうに手を振る彼に言う。
「ああん? 可愛い義弟の為に、差し入れ持って来てやったんじゃねえか」
そう言って元親は街で買ってきたらしい、桃を2個見せた。
果汁が沢山詰まっていそうで、とても美味しそうである。
「あ、ああ……ありがとう。嬉しいよ」
「でもなぁ、さっき俺の事を悪く言って気がするからなぁ……他の奴にあげるか?」
「嘘です、謝ります、御免なさい、ですから少しでもその癒しを下さい」
一刀の態度にクックッと笑った元親は、1個の桃を投げて渡した。
「ほら、義弟想いの兄貴からの差し入れだ。ありがたく食えよ?」
「うん。ありがたく食べさせてもらいます」
「はっはっ、良い心掛けだ。流石は俺の義弟」
2人は同時に桃に被り付き、ゆっくりと堪能する。
甘い味が口内に広がり、2人の気分と胃を癒した。
「ふふっ、今更ながら分かった気がするよ」
「ん? 何がだ?」
「兄貴がしつこく、ここの部屋を執務室に推薦した訳だよ」
一刀が微笑みながら、元親に言った。
「ああ、ここならこうして、何時でもお前に差し入れ持って来れるだろ? やっと理解したか」
「やっと理解出来ました。今まで全然分からなかったよ」
こうして疲れを癒した一刀は、政務を滞り無く終わらせた。
そして警邏から戻ってきた愛紗を、大変驚かせたらしい。
<外史3〜終〜>
<外史4〜義兄に振り回される義弟と軍師〜>
「おらぁ!! 一刀ぉぉ!! 朱里ぃぃ!!」
大声を上げながら、元親は執務室の扉を蹴り開ける。
その衝撃で扉がガタッと外れ、無残な姿を晒した。
「ちょ! 兄貴、何やってんの!!」
「はわわわッ! お兄さん、扉を壊しちゃ駄目ですよぉ!!」
そんな一刀と朱里の言葉も聞く耳持たず、元親は2人の腕を取った。
「何時までも部屋ん中に閉じ籠ってねえで、外行くぞ外! このままだと腐るぞ」
ニッと笑う元親だが、2人は対照的に乗り気ではなさそうである。
「兄貴は相変わらずフリーダムな発言をしますねッ!? 無理だよ!」
「はわわ……! まだお仕事が終わってませんから、駄目ですよぉ!」
抵抗する2人だが、それもすぐに無駄な努力となる事を知らない。
「少しくらい休んでも大丈夫だろ? 心配し過ぎだっての」
「お兄さんは逆に心配し無さ過ぎです!!」
「そうだよッ! これを終わらせなかったら、愛紗に……うう、ブルブルッ!?」
「何をヘタレた事を言ってやがんだよ。来ないってなら仕方ねえ……鈴々ッ!」
元親が呼ぶのを待っていたかのように、鈴々が執務室に飛び込むように入ってきた。
「呼ばれて飛び出て、鈴々、只今さんじょーなのだ!!」
「揃っちゃったッ!? フリーダム兄妹!!」
元親と鈴々――この2人の性格は非常に似通っている。
単純な考え、そして2人が行動を共にする時は、まるで本当の兄妹である。
一時期、鈴々は、実は天の御遣いの落とし子ではないかと噂されたほどだ。
故に一刀は、2人の自由奔放な性格と言動を称えて“フリーダム兄妹”と呼んでいる。
この2人の考えと行動が一致してしまった時、止められるのは鬼化した愛紗しかいない。
「お前は朱里を持て。俺は一刀を抱えて行くからな」
「りょーかいなのだッ!」
2人の眼が怪しく輝き、身体を震わす哀れな得物(一刀と朱里)を捉えた。
「「い、いや〜〜〜〜〜〜〜ッ!!??」」
その後、2人がどうなったのかは言うまでもない。
愛紗が鬼化したのも、言うまでもないのだ。
<外史4〜終〜>
後書き
鬼姫の初期の段階をご覧頂き、ありがとうございます。
これ等は初期設定、及び当初書いていた物を超短編化した物です。
鬼姫本編が一息吐いた今、こうして小ネタ等を晒していきたいと思います。
後日談の更新はもう少しだけ御待ち下さい。
修羅場ネタが上手く書けないんです……
では。