乾いた荒野の大地で砂塵が起こり、巻き上げられた大量の砂が地面へと落ちる。
そこを長めの布を身に纏った、2人の女性が周囲を警戒しながら歩いていた。
この辺りは視界が悪いのを良い事に、盗賊紛いの行いをする者達が後を絶たない――
以前滞在していた村の人々からそう聞いたのである。警戒しておいて損は無い。

「視界が悪くて進み難いったらないや。斗詩ぃ、ちゃんと付いてきてる?」

2人の女性の内、少し前を歩く1人が自身の後ろを歩く相方に声を掛けた。
彼女の名は文醜。元袁紹軍であるが、諸々の事情で今は浮浪人の身である。

「大丈夫だよ。それよりも文ちゃん、ちゃんと目的地に向かって歩いている?」

そして文醜に斗詩と呼ばれている女性――顔良は苦笑しながら返事を返した。
顔良も文醜と一緒の袁紹軍に所属していたが、今は彼女と同じ浮浪人の身だ。
――ちなみに斗詩と言うのは顔良の“真名”である。

「任せなって。あたいは道に迷うような阿呆じゃないからね」

顔良の言葉に文醜は胸を叩きながら自信満々に言った。
一見頼りなく見えるが、これでも彼女の行動は人一倍である。
万が一盗賊が襲ってきても、難無く追い払ってくれるだろう。

「でも盗賊が出没するなんてね。前はこんな事なかったのに……」
「しょうがないよ。何たってあの人が消えちゃったからね……」

その言葉と同時に文醜は、今は懐かしい男の顔を思い浮かべた。
それは清々しいまでに気持ちの良い男――長曾我部元親だった。
彼が白装束との戦いに大勝利を収め、天の世界に帰ったと言う話は今でも所々で聞く。
元親には沢山の借りがあると言うのに、最後の戦いに加われなかったのは悔しかった。

――別れの言葉も一言ぐらいは告げたかった。

「この大陸……また静かになる時って来るのかなぁ」
「各地で曹操も孫権も頑張ってるし、大丈夫じゃない? あたいの勘だけどね」
「…………ふふ。文ちゃんてば」

親友が言った事に顔良はクスリと笑う。
彼女の言葉は根拠こそ無いが、何故かそう信じてしまう。
そんな力が不思議と感じられるのだ。

「さあさあ、暗い話はここまでにしておいて――次の目的地に行くよ」
「うん……! そうだね、文ちゃん」

気持ちを一転し、目的地へ向けて進む2人だったが――前に見えた人影に顔を顰めた。

(斗詩……!)
(うん……わ、分かってる!)

2人は背中に背負っていた愛用の武器をゆっくりと構え、襲撃に備える。
文醜は大剣を、顔良は大槌をそれぞれ手に持ち、手慣れた様子で扱く。
そして自分達の方へ歩いてくる人影を鋭く睨み付けた。

(随分と間の抜けた歩き方だな。あたい達をナメてるのか……?)

人影はまるで弱っているようにヨロヨロとした動きである。
もしかしたら自分達を油断させる為の芝居かもしれない――2人は警戒を解かなかった。
巻き起こっている砂塵のせいで姿はよく見えないが、自分達より体格が良いのは分かる。
両手に武器らしき物を持っているところを見ると、仕掛けてくるかもしれなかった。

そして――砂塵が消え、覆われていた景色が晴れた。

「「――――あッ!?」」

文醜と顔良は驚愕の表情を浮かべた。砂塵が消え、人影の正体が分かったからである。
人影は2人の姿を見た後、ゆっくりと前に倒れた。慌てて顔良が“彼”を受け止める。

「だ、大丈夫ですか……!?」

顔良が心配そうに声を掛けると、人影――“彼”は一言苦しそうに呟いた。

「は、腹が減った……」
「「へっ…………?」」

“彼”の呟いた言葉に、2人は思わず口を開いたまま呆然とする。
心なしか、辺りで巻き起こっていた砂塵も止んだような気がした。

 

 

 

 

「くぅ〜〜〜……助かった。危うくこのまま餓死するところだったぜ」
「あうう……文ちゃん、蓄えておいた食料が半分も食べられて消えちゃったよ……」
「ちょ……ちょっとあたい達の食糧食べ過ぎじゃないの? 長曾我部の兄ちゃん」

満腹になった腹を満足そうに叩く彼――元親を半ば呆れ顔で見つめる文醜と顔良。
倒れた彼を岩陰まで運び、自分達が蓄えておいた食料を分け与えたのである。
その食べっぷりは凄まじく、僅かな時間で半分の食糧を元親は平らげてしまった。

(でもまさか……こうして再会するなんてなぁ)

先程まで天に帰ったとの噂をしていた彼が眼の前に居る事を文醜は信じられなかった。
それも腹を極限まで空かせた状態で再び出会うとは、一体誰が想像したであろうか。

「悪かったな。もうホントに腹が減ってしょうがなかったんだよ」
「全く。それにしてもこんなところで何してんの? 兄ちゃんは」

文醜が問い掛けると、元親は頭を掻きながら言った。

「幽州へ向かう途中だったんだが、食糧も水も無くてそのまま……な」

彼の言葉に文醜は呆れた様子で深々と溜め息を吐いた。

「そりゃ倒れるよ。食料も何も持たずに旅だなんて無茶も良いとこさ」
「いやぁ、お前の言う通りだ。次からは気を付けるぜ」

相変わらずの様子である彼に、文醜と顔良は安堵した。
天の世界へ1度帰り、少し変化があると思ったが、そうでもないようだ。

「でも何時頃戻ってきたんですか? 天界からここに」
「お前達と会う3日ぐらい前だ。戻ってこれるとは思ってなかったんだけどな……」

そう呟いた後、元親は文醜と顔良に元の世界へ戻った後の経緯を話し始めた。
――元の世界へ戻った後、そこで天下統一を巡る大戦があった事。
――自分もその大戦に親友と同盟軍を作り、臨んだ事。
――しかし圧倒的な戦力と実力の差で敵わず、敗北してしまった事。
――敵の総大将に討ち取られたと思った時、気が付いたらここに戻っていた事。

元親が全てを話し終えた後、文醜と顔良は思わず溜め息を吐いていた。
彼が話した天界での出来事が、あまりにも大きい物だったからである。
元親が苦笑している中、顔良が何気なく彼が地面に置いた槍を手に取った。

「長曾我部様……この槍って、長曾我部様の物なんですか?」

顔良が手に取った槍は、元親が愛用している碇槍とは随分と形状が違う物だった。
豪華な装飾に円形型の矛先、丁度自分の手に馴染むくらいの大きさである。
元親はそれを顔良から受け取ると、淋しそうな表情を浮かべながら呟いた。

「俺の大切なダチの形見だ。同盟軍の総大将だったんだが、敵の総大将にな……」
「そう……ですか。すいません」

顔良が即座に謝ったが、元親は笑って「気にするな」と言った。
しかし彼の身体から醸し出されている淋しさは消えていない。

「正直に言うとな、少し負い目を感じてんだ」
「どうして? 兄ちゃんは生き残れたんだから幸運なのに」

刹那、元親は顔を俯かせる。
その眼から薄らと一筋の涙が零れ落ちていた。

「ダチも天界の家族も死んじまったのに、俺だけ1人生き残っちまったんだぜ? 神様って奴も残酷な事をしてくれたもんだ。ダチとは互いに生き残って……酒を存分に飲み交わすって約束もしてたのによぉ」

彼の言葉に文醜と顔良は何とも言えない表情を浮かべる。
2人の顔を見る事なく、元親はそのまま言葉を続けた。

「それでつい考えちまうんだ。俺だけ生き残って良かったのか、あいつ等が恨んでねえかってな……」

元親がそう呟いた時、文醜が勢いよく彼の背中を叩いた。
不意を突かれた為、驚いた表情で元親は彼女を見つめる。
文醜は気さくな笑顔を浮かべながら口を開いた。

「らしくないよ、兄ちゃん。そんな事で悩んじゃうなんてさ」
「そんな事ってなぁ……俺は真剣に考えて――」
「じゃあ訊くけど、兄ちゃんはその人達に恨まれるような事をしてきたの?」

文醜の問い掛けに対し、元親は返す言葉に思わず詰まってしまった。
そんな事は断じてやっていない。それは天に誓っても良いくらいだ。
元親が「してねえ」と言うと、文醜は彼の胸に拳をゆっくりと当てた。

「それなら大丈夫だよ。兄ちゃんは絶対に恨まれちゃいないし、寧ろ喜ばれてるよ」
「…………何だそりゃ。随分と自信タップリな答えだな」
「兄ちゃんが皆に優しいって事は、あたいも斗詩も少なからず知ってるからね」

文醜に続き、今まで様子を見守っていた顔良も口を開いた。

「文ちゃんの言う通りだと思います。長曾我部様は恨まれてなんかいませんよ」
「…………顔良」
「貴方だけでも生きててくれて良かった……きっと皆さん、そう思っています」

2人からの温かい励ましに、元親は自嘲気味に笑わずにはいられなかった。
何を今まで悩んでいたのだろうか――元親はぶっきらぼうに頭を掻いた。

「ありがとよ……お前等」
「「どう致しまして」」

元親はそう言うと、地面に置いた碇槍と親友の槍を持って立ち上がった。

「世話になったな、お前等。必ずこの礼はするぜ」
「幽州へ向かうの?」
「ああ。愛紗達の顔を早いとこ見たいからな」

そう言った後、元親はその場を後にしようとするが、2人に突然呼び止められた。
彼女達曰く「自分達も一緒に幽州へ向かう」との事。元親は彼女達に問い掛ける。

「お前等も幽州に何か用があるのか?」
「あの……長曾我部様にあげた分の食料補給へ」

顔良が苦笑しながら言うと、元親は無言のまま納得した。
食糧が半分無くなってしまったのは自分のせいだからだ。

「……この分だと、礼は早く出来そうだな」
「そうみたいですね♪」
(まあ……あたい達が付いてないと、また兄ちゃん行き倒れしそうだからなぁ)

文醜と顔良の内心も知らぬまま、元親は彼女達を加えて幽州を目指す。
第2の故郷まで、後もう少し――

 

 

後書き
【後日談編】その1をお送りしました。文醜と顔良の再登場です。
次回で元親と愛紗達は再会します。泣き所を入れてみるか……?
更新は未定ですが、なるべく早く更新する予定ではあります。

それと沢山の拍手と応援、メール感想をありがとうございます。
皆様の温かい御言葉に私が泣いた! 本当に嬉しかったです。

執筆予定である『真・恋姫†無双』と『戦国BASARA』のクロスSSを楽しみにしておられる方々が多くて恐れ多いです。
鬼姫みたいに長く執筆出来るかどうか不安ですが、頑張りたいと思っています。

ちなみに皆様から多かったリクエストでは主人公とライバルは以下のようになっています。

・伊達政宗
ライバルは松永久秀、三好3人衆、風魔小太郎

・片倉小十郎
ライバルは松永久秀、三好3人衆、風魔小太郎

・前田慶次
ライバルは豊臣秀吉、竹中半兵衛、松永久秀、三好3人衆、風魔小太郎

・本多忠勝
ライバルは豊臣秀吉、竹中半兵衛、風魔小太郎

ライバルが物凄く偏ってらっしゃる(汗)
皆様は松永や風魔が大好きなのですね?

今後も意見や感想はメール、または感想掲示板にてお願いします。
出来れば蜀、魏、呉の3勢力の内、どちらに所属させるかも書いてくれると嬉しいです。
ではまた次回でお会いしましょう!!



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