「…………ッ! 見えてきたぞ」
元親が嬉しそうに声を上げた。彼の後ろを歩いていた文醜と顔良が眼を見開く。
共に“幽州”を目指して旅を始めてから早3日――目的地は3人の眼に映っていた。
幽州を守る巨大門、人々が行き交う町々、そびえ立つ屋敷、全てが変わっていない。
(時間なんか経ってねえみてえだ……)
自分が1度ここの世界から消え、戻ってきた事が、まるで昨日のように感じられる。
それ程までに幽州は変わっていなかった。自分の第2の故郷とも言うべき場所は。
感動に胸が震え、思わず元親はその光景に魅入ってしまった。
「ほら、兄ちゃん」
幽州に魅入り、立ち尽くす元親の背中を文醜が軽く叩いた。
刹那、ハッとした表情を浮かべ、元親は彼女の方へ振り向く。
「ここでボーッとしてないでさ、早く行こうぜ」
「そうですよ。ようやく戻ってこれたんですから」
微笑む文醜と顔良を見つめ、元親は「おお」と呟いて頷く。
そんな彼を見た2人はお先にと言わんばかりに先へ行こうとしたが――
「ちょ、ちょっと待った!」
元親にガシッと肩を掴まれ、引き戻されてしまうのだった。
何事かと思い、文醜と顔良が彼を見ると、何故か気まずそうな表情を浮かべていた。
訳が分からず、思わず2人が顔を見合わせると、元親がポツリポツリと呟き始めた。
「今更なんだが、あいつ等にどう言う顔をして会えば良いか分からなくなってきた……」
「「ハッ…………?」」
元親は思い出す。彼女達と最後の言葉を交わしたあの運命の日を。
あの時は眼が見えなかったが、彼女達が大泣きしていた事は声で分かった。
あれだけ泣かせてしまっておいて、今更どんな顔をして会えば良いか――
こんなところまで来て、元親は多大な不安に襲われていた。
「あの……そう不安になる事もないと思いますけど……」
「斗詩の言う通りさ。兄ちゃんが戻ってきたんだし、素直に喜ぶと思うよ」
2人の言葉を受け、元親は心に募ってしまった不安を散らすように肩で槍を揺らす。
刹那――幻聴かもしれないが――背後で家康が励ます声が聞こえたような気がした。
巨大門が眼と鼻の先にまで迫り、3人は門前に出来ている検問の列へと並び始める。
怪しい事を企む不逞な輩が国へ入らぬよう、何処の国でも検問は行っているものだ。
元親も他の国を見習って置いたが、まさか自分が調べられる日が来るとは思ってもいなかった。
「人生って奴は、つくづく面白えよなぁ……」
「ん? 長曾我部様、何か仰いましたか?」
「いや、別に何でもねえよ……」
そうこうしている内に3人の検問が近くなり、やがて番が回ってきた。
2人の門番が「次の者」と呼ぶと同時に、元親が前へゆっくりと進み出る。
そしていざ検問を始めようとした時――彼等は思わず固まってしまった。
「よう! しっかり門番の仕事、やってるみてえだな」
元親が気さくな笑顔でそう声を掛けると、2人の門番は震える声で問い掛ける。
「あ、兄貴……?」
「ほ、本当に兄貴ですか……?」
彼等からしてみれば真剣だが、元親からしてみれば間抜けな問い掛けだったのだろう。
元親は軽く溜め息を吐いた後、再び気さくな笑顔を浮かべながら言った。
「ああ? 俺以外に誰が居るってんだよ」
刹那、2人の門番が一斉に町の方へ駆け出した。その事に元親が思わず呆然とする。
何事かと驚いた人々が2人の周囲にゾロゾロと集まり、数多くの視線を向けた。
自分達に向けられる視線を気にも留めず、彼等は思い切り息を吸い込んで叫んだ。
「兄貴が……天の御遣い様が御戻りになったぞぉぉぉぉぉぉ!!!」
「変わらぬ御姿で……門の前にいらっしゃるぞぉぉぉぉぉぉ!!!」
彼等の声は瞬く間に町中へ広がり、幽州に住む人々が一斉に門の方へ駆け出した。
まるで巨大な津波のように押し寄せる人々を前に、元親は少し圧倒されてしまう。
彼のすぐ傍に居た文醜と顔良も迫力に圧倒され、思わず元親の背に隠れた。
――ちなみに元親達の後ろに並んでいた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていたりする。
「太守様ぁ! 俺達の願いを聞いて下さったんですね!!」
「よくぞ……よくぞ戻ってきて下さいました……!!」
「おお、ありがたや……ありがたや……!!」
「おかえりなさぁい!! たいしゅさま!!」
喜びに溢れ、笑顔で抱き合う人々――
膝を突き、拝んでいる老人達――
屈託の無い笑みで迎えてくれる子供達――
元親は彼等の喜び全てを全身で受け止めた。
そして――笑顔で彼等に言った。
「……元気にやってたか? お前等」
すぐさま再び歓声が沸き起こり、幽州全体を疾風の如く駆け巡る。
そんな光景を見つめ、文醜と顔良は思わず眼から涙を流していた。
「長曾我部様……本当に良かったね、文ちゃん」
「うん。あたい達も付いてきた甲斐があるってもんだよ」
2人は流れ出る涙を拭いながら、心から元親を祝福したのだった。
◆
元親の屋敷・謁見の間――愛紗達は毎度昼頃に行う事にしている定例会議を始めていた。
主に民の納税、住居、治安等を中心に話し合っており、警邏の順番もここで決めている。
現太守である愛紗と軍師の朱里が中心となり、会議は滞る事なく順調に進んでいった。
「それではこれで解散する。皆、今日も1日頑張ってくれ」
愛紗の一言を機に、席に着いていた武将達が次々と立ち上がる。
そして愛紗も席を立とうとした――その時だった。
「か、関羽様ッ!! 関羽様ッ!!」
1人の兵士が慌てた様子で謁見の間の扉を開け、勢いよく飛び込んできた。
少々無礼な言動ではあるが、只事では無い様子の為、愛紗は眼を瞑っておいた。
「どうした? 騒々しいぞ」
「も、申し訳ありません……」
兵士は愛紗に一言謝った後、息を深く吸い込んで呼吸を整えた。
そうして落ち着きを取り戻した後に膝を突き、改めて愛紗に告げる。
「御報告致します…………御戻りになられました!!」
「戻った……? 一体誰の事を言っているのだ?」
「御戻りになられたのです! 天の御遣いが……兄貴が!!」
刹那、この場に居る誰もが信じられないような表情を浮かべ、息を飲んだ。
そうなるのも無理は無い。彼は別れを告げ、天の世界に帰って行ったのだ。
愛紗は徐々に震えつつある身体を必死に抑え、膝を突く兵士に問い掛けた。
「そ、それは本当か? 本当にご主人様が……戻ってきたのか?」
「はい! もう幽州の民が、皆が一斉に町中で祝福しています!!」
この場に居る皆が顔を見合わせ、一斉に頷く。その後の彼女達の行動は素早かった。
我先にと謁見の間を飛び出し、町へ向かう。先程の定例会議の事は頭から消えていた。
(ご主人様が……ご主人様が戻ってきた……!!)
彼に再び会う為に、彼に名を呼んでもらう為に、彼に触れる為に――彼女達は走る。
報告に来た兵士はそんな彼女達を見送った後、次の場所へ急ぎ報告をしに向かった。
屋敷に居る者全員に伝えなければならない。待ち侘びた人が戻って来たのだから――
◆
「太守様……御身体の具合は大丈夫ですか?」
民から祝福の言葉を受ける中、元親は専属医師として迎えた華柁と向かい合っていた。
会った当初、彼女は他の者達と同じく感激で泣いていたが、今では普通に話している。
「お陰様で何ともないぜ? 華柁、俺が居ない間に腕は上げたのか?」
「はい。太守様が天界に戻っておられる間、必死に修行を積みました」
彼女は外見こそ変わってないが、医師としての腕は上達したらしい。
次に怪我を負った時、治療してもらうのが楽しみだと元親は思った。
――気絶癖は相も変わらず治っていないらしいが。
「――――あ……ちょ、長曾我部様」
顔良が元親の腕をクイクイッと引っ張り、とある方向へ向けさせる。
見るとそこは民が跪いており、中央に自分へと続く道を作っていた。
彼等が控えているところを見ると、どうやら位の高い者達が来るらしい。
そして――先の方から走ってくる人影を見つめ、元親は眼を見開いた。
「愛紗……」
元親が呟く。その声色は何処か安堵した様子が窺えた。
自らの真名を呼ばれた彼女もまた、ポツリと呟いた。
「ご主人様……!」
愛紗が来た後、鈴々、朱里、星、翠と言った武将達が息を切らしながら次々に走ってきた。
彼女達は元親を一心に見つめる。彼は何処も変わってはいない。あの時のままだ。
しかしあまりにも唐突な再会だった為か、互いに掛ける言葉が見つからなかった。
元親が、愛紗達が、少し距離を空けて立ち尽くす。
そんな中、愛紗が絞り出すように声を出した。
「戻って来てくれたんですね……! 我々の元に……」
彼女の言葉に元親は微笑を浮かべ、答える。
「ああ……戻ってきたぜ、愛紗」
そう答えた後、元親は集まってくれた彼女達へ1人ずつ視線をやった。
「鈴々、朱里、星、翠、紫苑、璃々、月、詠、恋……」
彼女達の名前(真名)を懐かしむように呼び、元親は微笑む。
彼に呼ばれた際、鈴々達は緊張した面持ちで返事をした。
それぞれ呼び終わった後、元親は再び愛紗を見つめ、言った――
「ただいま……か? こう言う時は」
その言葉を皮切りに、立ち尽くしていた愛紗達が一斉に元親の元に駆け出した。
涙を流し、先頭の愛紗は跳び付くように彼へと抱き付く。自然と嗚咽が漏れた。
愛紗に続き、鈴々達も元親へ抱き付いた。普段は誰にも見せない弱い姿である。
元親は槍を地面に落とし、そんな彼女達をもう離さないと言わんばかりに抱き締めた。
「辛い思いさせたなぁ……本当に悪かった」
「ご主人様ぁ……ご主人様ぁぁ……!」
「もう鈴々達の前から消えちゃ嫌だよ……! ずっと一緒に居て……!」
「ああ、必ず約束する。もうお前等の前から、絶対に消えたりはしねえ」
もうこれ以上の言葉は要らない。後はただ強く、抱き締めるだけだ。
その光景を見つめる民から歓声が三度上がり、幽州を震わせる。
彼が戻ってきた事を盛大に祝う、祭の始まりを告げる合図だった。
◆
闇を照らす満月が輝く夜――幽州の町は昼間のように明るく、賑やかだった。
人々が歌い、踊り、酒を飲み、今日と言う日を盛大に祝う。無礼講の夜だ。
屋敷内でも兵士達が武将達から振る舞われた酒を飲み、盛大に騒いでいた。
調理場を支配する料理長も腕を振るい、次々と作っては屋敷の者に振舞っていた。
そんな中、幽州のすぐ傍にある森林に元親は居た。
森林の奥には武将達がよく利用する水浴び場がある。
とは言っても、普通の川なのであるが。
「よっと……こんなところか」
屋敷の宴からコッソリと抜け出した元親はここで“ある物”を作っていた。
その“ある物”とは――今は亡き友と天界の家族を弔う中程度の墓だった。
太陽が照りつけ、川がよく見渡せるこの場所は墓を作るには丁度良かったのである。
「お前の得物だ。家康……今返すぜ」
元親は家康の墓に中心に、彼が愛用していた槍を深く突き刺した。
本当は三河で作ってやりたかったが、この状況ではそうは言っていられない。
そして同じく“関ヶ原の戦い”で命を落とした家族達も四国で弔いたかった。
(生きて酒を飲み交わしたかったなぁ……お前等)
そう心中で呟きつつ、元親はここに来る途中で摘んだ花を墓へ丁寧に備えていく。
摘んだ花を全て備え終わり、元親が息を吐いた――その時だった。
「こんなところに居られたんですね。ご主人様」
背後から呆れたような、または安堵したような調子の声が聞こえてきた。
元親が後ろを振り向くと、そこには微笑を浮かべる愛紗が立っていた。
「へへっ……バレたか。他の奴等が殆ど酔い潰れたから、バレねえと思ってたが」
「全く……確かに酔い潰れていたから良かったものの、皆がまた心配しますよ?」
そう言いながら愛紗が元親の方へ歩み寄り、隣にしゃがんだ。
「黙って姿を消すのは、今回で最後にして下さいね?」
「肝に銘じておく。今度バレたらヤバそうだからな」
「当たり前です」
そう意地悪く笑いつつ、愛紗は正面にある墓を見つめた。
豪華な装飾が施された槍が中央に深く突き刺さっている。
「ここに眠る人の物なのですか?」
「ああ。俺の親友の得物だ」
元親が手を合わせ、親友と家族の冥福を祈る。
そんな彼の姿を見た愛紗も「失礼します」と言った後、手を合わせて祈った。
自身の主の大切な友なのだ。共に手を合わせなければ失礼に当たると思った。
「ありがとよ。一緒に祈ってくれて……」
「とんでもない。礼などいりませんよ」
顔を合わせ、元親と愛紗はフフッと互いに微笑み合う。
その後、元親は腰に提げていた徳利を持ち、蓋を開けた。
「生きて酒を飲み交わすって約束は果たせなかったが、せめてな」
元親がそう言いながら徳利に入っている酒を墓に注いだ。
注がれた酒が心を安らげる香りを発しながら、墓に沁み込んでいく。
その光景が愛紗には、まるで盃に酒を注いでいるように見えた。
「ご主人様は御優しいままだ。家臣として嬉しく思います」
「へっ……んな事、真顔で言うんじゃねえよ。照れ臭い」
空になった徳利を墓へゆっくりと置き、元親は心中で呟く。
(また注ぎに来るぜ。ゆっくり眠れよ……お前等)
刹那、安らかな風が元親と愛紗に吹き付けた。
2人の髪が揺れる。ゆっくりと顔を合わせた。
「そろそろ戻るか……?」
「そうですね……」
再び微笑み合った後、2人は墓に背を向け、その場を後にする。
その帰り道、愛紗は元親に聞こえないようにソッと呟いた。
「お帰りなさい……ご主人様」
その声は彼の耳に届く事は無く、風の中に消えていった。
そしてそんな彼等を気付かれないよう見送る人影が1つ――
「まさか戻ってこれるとはね……新たな管理者となった私にも予想外だったわん♪」
その人影は驚きながらも、嬉しそうな様子だった。
人影の正体――言わずもがな、“漢女”の貂蝉だ。
彼は徐に空を見上げた。満月が美しく輝いている。
「まさに奇跡ね。この世界を救おうと、自分の命を懸けてまで頑張った、ご主人様だけに許された奇跡……私はそう信じるわ」
そう言った後、貂蝉は再び元親と愛紗が歩いて行った方を見つめる。
そして――満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに言った。
「お帰りなさい。ご主人様♪」
後書き
【後日談編】その2をお送りしました。如何でしたでしょうか?
以降は桜花、華琳、蓮華と、各地に散った武将達とも再会させる予定です。
ああ……物凄い修羅場が書けそうな予感。ドタバタ劇が起こるか?
それと新作についてですが、沢山の御意見をありがとうございます。
ここで1つ注意なのですが、執筆しようと思っているのは1ルートのみです。
私の技量では3ルート全てにBASARAキャラを所属させる物は書けません。
申し訳ありませんが、御容赦願います。いや、ホントに駄目なんです。
御意見はまだまだお待ちしていますので、ドシドシお願いします。
では、また次回の後日談編で!!